●リプレイ本文
●おでかけ
「みんなー! スバルちゃんを連れてきたのですよー!」
覚醒して物凄い勢いで車椅子を押しながら駆け寄ってくるヒイロ。急ブレーキをかけると車椅子からスバルが飛び出し、路上にぐったりと転がった。
「今日はよろしゅうな‥‥立てるか?」
青ざめた表情で転がるスバルを助け起こし、三日科 優子(
gc4996)が割と本気で不安げな表情で問いかける。奇跡的にかすり傷で済んだが、スバルは遠い目を浮かべていた。
「ヒイロに押してもらうのは怖いから、ウチが車椅子押すわ‥‥」
「え? なんでですか?」
「なんでって今カタパルトみたいになっとったやろ!」
満面のアホ面のヒイロを押し退け車椅子を押す係に立候補する優子。誰の目から見てもそれは賢明な判断であった。
「初めましてスバルちゃん。スーダラ傭兵とかスチャラカ傭兵と言われてる茅ヶ崎 ニアよ。よろしくね」
「ス‥‥? あ、はい、初めまして‥‥」
涙目のスバルに挨拶し、握手を交わす茅ヶ崎 ニア(
gc6296)。続け、二人の間にひょっこりとララ・スティレット(
gc6703)が顔を出す。
「初めましてっ、ララ・スティレットですっ! 今日はよろしくお願いしますねっ」
そうしてぱっとスバルの手を取り、ぶんぶんと上下に振ってみる。満面の笑顔だ。
「今日は楽しみましょうね!」
「あ、はい‥‥ありがとうございます」
人見知りからかスバルの表情は固いが、ララはにこにこと微笑み親しげな様子だ。
「あれ? そういえば他のみんなはどうしたですか?」
「他は準備とかで後で合流するみたいね。まずは学園の見学、それから皆でお花見よ」
ヒイロの質問に腕を組み応えるニア。朝から頑張って『場所取り』してきたのだ、今日はナイスポジションで花見が満喫出来る事だろう。
不思議と綺麗に準備に勤しむ男性陣と学園見学に向かう女性陣と分かれた傭兵達。女性陣は雑談を交えつつカンパネラ学園へと向かった。
「さぁて、頑張って準備しましょうか♪」
台所に立ち袖をまくる張 天莉(
gc3344)。自分で店を持っているだけあり、その横顔はかなり様になっている。
「お花見しながらですから、冷めても美味しく食べられるように手を加えた色んな種類の点心を‥‥」
少し思案し、本日の献立を頭の中で纏める天莉。その隣でイスネグ・サエレ(
gc4810)はどこからとも無く大量の卵を取り出しズラリと並べていた。
「わあ〜、すごい数の卵ですね♪ 何に使うんですか?」
「え? 玉子焼きですよ?」
笑顔の天莉に笑顔で応じるイスネグ。大量の卵を一つ一つ割ってはボウルに落とし込んでいる。
「本当はダチョウの卵が良かったんですが、運悪く売ってなかったんです」
「ダチョウの卵ですか〜♪」
以上、特にその件に関するツッコミは無かった。
「ヒイロさんもいるから大量に用意しておきましょうか♪」
「先輩いつも腹ペコだからなぁ‥‥これくらいペロリと食べてしまうでしょう」
楽しげにお弁当を作る二人。ここには決定的にツッコミが欠如していた。
一方、最後の男性陣である上杉・浩一(
ga8766)はというと‥‥。
「‥‥俺はロリコンなのだろうか‥‥」
公園のベンチに腰掛け空を見上げる四十歳の春。思いがけぬ苦悩に見舞われていた。
●けんがく
「ここが私達の通うカンパネラ学園ですよっ」
門の前で両腕を広げ、ララが元気良く声を上げる。行き交う制服姿の人々を横目にスバルはきょとんとした表情を浮かべていた。
「へー、娑婆の学校ってこんな風になってるのね」
興味深そうに呟くニア。見ればスバルだけでなくヒイロもニアも、そして優子もしみじみと学園を眺めている。
「実はウチもこういうところ苦手やからあんまり来ないんよ」
「ヒイロも学校行った事ないのです」
「えっ? そうだったんですか?」
驚くララ。ここに居る面子は全員本来ならば学生として青春を謳歌していてもおかしくない年代の筈なのだが‥‥。
「それなら尚更ですね! 四名様、カンパネラ学園にご招待ですっ」
こうしてララによる学園案内が始まった。
食堂やら教室やら、彼方此方を巡りながらララは言う。能力者にはこうした学生としての生活もあるのだと。
「どーです? ここが私達の学び舎ですよっ。いいとこでしょう?」
「はい。皆‥‥楽しそうですね」
車椅子を押されながらスバルは寂しげに微笑んだ。羨む気持ちと憧れともう一つ、何か混じった瞳の色を読み解くのは難しい。
ふと、ヒイロとニアが音楽室の扉にへばりついているのが目に入り、優子は声をかける。
「何しとるんや?」
「折角いい音楽室だから歌ってあげようかと思ったら使用中なのよねー」
「ヒイロギターひく!」
愚痴っぽく唇を尖がらせるニアと一人でエアギターしているヒイロ。このままだと廊下でセッションし始めそうだったので速やかに二人を連れて離脱した。
「何時か、スバルさんとここで一緒にお勉強できたらいいですっ! あっ、ヒイロさんもどーですかっ? 今ならカンパネラは誰でもウェルカムですよっ!」
校門まで引き返した所でララがにこにこと語る。ヒイロは乗り気だが、スバルはしょげた様子だ。
「能力者はバグアと戦う者‥‥ですよね? こんな所で勉強していていいんでしょうか‥‥」
それは一般人ならではの言葉とも言える。ララは少し考え、それからこう返した。
「大事なのは、勉強じゃないですっ。むしろ、色々な事を『学ぶ』事の方が大事なんです! ‥‥ってお父さんが言ってました」
「学ぶ‥‥」
俯くスバル。何とも言えない空気の中車椅子を押す優子が語りかける。
「気分とかは大丈夫か?」
「あ、はい。すいません、変な事言って」
「よしゃ。どうせやしヒイロの部屋も見に行こうや」
務めて明るく言う優子。ニアもそれに同意する。
「ヒイロの部屋とカシェルさんの部屋を見比べれば傭兵にも色々居るってのが端的に分かるでしょ」
「ニアちゃん、それどういう意味ですか?」
こうして一行は傭兵の生活について話しながらヒイロの部屋へと向かうのであった。
兵舎やら何やらをぐるっと見学し、公園にやってきた一行。その姿を捉え、浩一は軽く手を振り立ち上がる。
「どうしたんですか? この前の娘の写真をじっくりたっぷり、ねぶりあげるように見つめたりなんかして」
「いや、これはだな‥‥」
写真をポケットに捻じ込みつつ焦る浩一。ニアは悪戯な笑みを浮かべて続ける。
「わかってますよ、ロリコンじゃないって事は」
「浩一‥‥前回のがトラウマになっているんやな」
ほろりと涙を流す優子。ヒイロは背伸びして両腕を広げ、浩一の視界からララを隠していた。
「‥‥。二人が弁当を持って合流するまでまだ少し時間があるな」
その辺を総スルーして浩一は歩き出す。
「スバルさんに見せたい物がある」
そうして浩一がスバル達を連れて行ったのは傭兵達が乗り込む高速艇の乗り場であった。そこには戦場へ向かう能力者の覚悟と安堵がある。
「‥‥傭兵は、良い事もあれば悪い事もある。でも皆自分に出来る事を精一杯やっている」
戦場へ向かえば様々な苦難が待ち受けている。だからこそ傷だらけで帰って来る彼らの笑顔には価値がある。
「君が思う様な傭兵の生活は無いと思う。が、能力者になるなら俺たちは君を歓迎しよう」
「いえ、私は‥‥むしろ、こうだと思っていましたから」
車椅子の上、スバルはどこか納得したような不思議な表情を浮かべる。
「能力者って、そういう事ですよね」
「‥‥スバルちゃん?」
海を眺めるスバルの横顔を覗き込むヒイロ。車椅子の少女は寂しげに微笑を返すのであった。
●おはなみ
公園に戻った一行。予め場所取りしておいたからとニアに案内された彼女達が見たのは桜の木の根元に突き刺さった十字架であった。
『聖何とかかんとか終焉の地』と書かれた立て札に唖然とする一行。
「一番良い樹の下を選んでおきました」
サムズアップするニアの後頭部を軽く叩き、優子が言う。
「いや、怒られるやろ! 公園にキリスト設置すな!」
そこへジーザリオに乗った天莉とイスネグが到着。二台から巨大な弁当箱を取り出し、ヨロヨロと運んでくる。
「綺麗な桜だー、いい場所取れましたね。ニアさんグッジョブ」
「わぁ、死体が埋まってそうですね♪」
のほほんとしたイスネグと天莉。騒動の中、ララとスバルは並んで苦笑を浮かべていた。
そんな訳で他にもちらほら見えるお花見客に混じり、花見を開始する一行。音楽室で歌えなかった分エアマイクを握り締めニアが歌い、ヒイロは自室に寄った際持ってきたギターを弾いていた。
「ゆっくりでええよ? ちょっ! ヒイロは食べるか弾くかどっちかに‥‥!」
「流石先輩、あのサイズの玉子焼きを頭からもりもり食べてしまうなんて」
スバルの隣で慌てて叫ぶ優子。イスネグは速攻消失したヒイロ用玉子焼きを思いつつ天莉から受け取ったお茶を飲んで微笑んでいる。
「という訳で、初めましてスバルさん♪ 良かったら温かいタピオカミルクもどうぞ」
「わあ、ありがとうございます」
「どうでしたか? 見学した感想は」
スバルはカンパネラやヒイロの部屋等を見た話を天莉に語る。横で聞いていたイスネグはお茶を飲みながら言った。
「適正があるならなってみてもいいんじゃないかな。今は学園も生徒募集してるし、友達もできると思うよ」
「説得は難しいかもですがっ。でも、スバルさんの気持ちをまっすぐに伝えれば、きっとわかってくれると思いますっ」
シートの上に座ったまま近づき、元気良く頷くララ。
「説得は難しいかもですがっ。でも、スバルさんの気持ちをまっすぐに伝えれば、きっとわかってくれると思いますっ! そして一緒にカンパネラに!」
目をキラキラさせるララ。微妙に勧誘入ってるのは本人も自覚する所である。
「でも危険な仕事もあるし、大切な物を失う事もあるかもしれない。最後に決めるのはスバルさんだけど‥‥ご両親にはちゃんと相談してね」
優しく語るイスネグの言葉にゆっくりと頷くスバル。爽やかな様子のイスネグ、次の瞬間――。
「イスネグ君ー、ヒイロはぽてちを所望するのですよ!」
すっくと立ち上がり、猛然と走り出すイスネグ。
「刮目せよッ! コレが能力者のパシリだッ!」
何か物凄い勢いで走り去っていくイスネグ。きっとぽてちを買いに行ったのだろう。スバルは遠い目でそれを見送っていた。
「ララちゃんも一緒にぽてちのうたを歌うのですよ!」
「えっ? ぽてち‥‥え?」
ヒイロに拉致られ、ニアとバトンタッチして桜の前に立つララ。歌は全く分らないがヒイロと肩を組み、勢いで何と無く合わせている。
「実はウチも傭兵になった特別な理由なんてないんよ」
歌う二人を眺めつつ優子は笑う。
「戦うの怖いし、怪我するのだって嫌や。ただ、誰か傷ついている人がいて、自分がそれを減らせる可能性を持っている。なのに何もせず笑って過ごせるような人間になりたなかっただけやねん」
「‥‥三日科さん」
「まぁ、傭兵言っても戦うだけが仕事やないしね」
「スキルを活かして医療関係者というのも多少はあるみたいですし。戦わないで済む依頼だけを選ぶ事も出来ますし、意外と自由なんですよ♪」
優子の言葉を補足するように天莉が続ける。ニアはおにぎりを食べ、指を舐めながら言う。
「安全も保障もされてないけど、誰かに命令されないだけマシかもね。天国へ一歩、地獄へ一歩、どちらへ転んでもシャバとお別れ!」
複雑な表情でタピオカミルクに口をつけるスバル。イスネグが肩で息をしながら戻ってきたのはその頃であった。
「‥‥花見酒、中々乙なものだ‥‥」
若者達の話に耳を傾けつつちびちび酒を飲んでいた浩一の隣に座るイスネグ。同じく杯を傾け、爽やかに微笑む。
「私が付き合いますよ‥‥ハアハア‥‥愚痴とかあるでしょうし‥‥ハアハア」
「‥‥気持ちはありがたいんだが、どういう意味だ‥‥? あと、少し休んだ方がいい」
汗を拭くイスネグ。何故かヒイロとララは手を取り合い、桜の木の前で踊っている。
「なんていうか‥‥凄いですね」
個性的な能力者による花見に圧倒されるスバル。ニアは缶ビールを開けながら笑う。
「お弁当食べたり、お酒飲んだりと‥‥まぁ傭兵は気楽な稼業ってなものよ。運が悪けりゃ死ぬだけさ」
冷えたビールを一気に呷り、何とも言えない声を上げるニア。
「ニアさん、完全におっさんですね♪」
「ていうか‥‥いいんですか?」
「能力者の外見はあてにならないんですよ」
スバルの肩をポンと叩き微笑む天莉。その笑顔に圧倒されもう何も言及出来なかった。
「イスネグ君、肩車なのです!」
ヒイロに呼びつけられ肩車させられるイスネグ。一言も文句を言わず笑顔で付き合っている。一方ララは疲れたのか火照った顔を煽ぎながらお茶を飲み干している。
「よかったらスバルさんもどうですか? 桜が近くで見えますよ」
「え!? いえ、わ、私は遠慮しておきます‥‥」
先輩、桜食べちゃ駄目ですよ‥‥とか言いながら歩いているイスネグ。最早何がなんだか。
「興味があれば兵舎にも行ってみますか? 私のお店もありますし、他にも色々有るんですよー♪」
スバルの隣に腰掛け次の予定を話す天莉。スバルは苦笑を浮かべ、頷くのであった。
「それではヒイロはスバルちゃんを送ってくるのですよ!」
「皆さん、今日はありがとうございました。またいつか‥‥」
花見の後も彼方此方巡り、日が暮れる頃スバルは帰って行った。かなり念入りに注意した為ヒイロもゆっくり車椅子を押している。
「またお話して、遊んで‥‥できれば一緒に学園生活送りたいですねっ。友達として、待ってますからっ!」
両手を振って見送るララ。スバルは軽く手を振り返し、その背中はやがて見えなくなった。
終始賑やかなこの経験が彼女にとってどんな意味を持つのか。それはまだ誰にも分らない、知る由もない事である。
夕焼けの景色を横目に少女は目を伏せる。そこにある決意の意味を、ヒイロもやはり知らないのであった。