●リプレイ本文
●VSロードランナー
「相変わらず現実と錯覚しかねないレベルだなぁ」
再び見る仮想の世界に神撫(
gb0167)は素直にそう呟いた。彼に続き、エメルト・ヴェンツェル(
gc4185) とアンドレアス・ラーセン(
ga6523)の二名も戦場に転送されてくる。
神撫がこの偽りの世界に足を踏み入れるのは二度目だが、現実と見違える程の光景に思わず見とれてしまう。それからやや遅れ、依頼人が三人の背後に現れた。
「お久しぶりです。元気にしていましたか?」
「ど、どうも‥‥」
エメルトが挨拶すると、小柄な白衣の少女も小さく頭を下げた。エメルトに続き、神撫も依頼人の頭を撫でながら笑う。
「いいデータ取らせてやるから、今度は邪魔しちゃだめだよ」
「あ、あれはわざとではないのです! 後は言わなくてもわかりますね!?」
何故か和やかな空気にアンドレアスは苦笑を浮かべた。依頼文が不審にも程があった今回の依頼、正直色々と警戒していたのだが‥‥友人である神撫があの様子では杞憂だったようだ。
二人に撫で回され、何やら抗議している依頼人を遠巻きに眺めつつアンドレアスはやや緊張を緩めた。裏の裏まで探るような張り詰めた空気の戦場ばかり渡ってきたのだ、たまにはこういうのも悪くない。
「テ、テストを開始しますよ! 他のエリアに転送された皆さんはもう真面目にやってるんですから!」
耐え切れなくなったのか、逃げるように依頼人がテスト開始を告げる。空中に蛍光色の文字が『Caution』と羅列を作り、光にテクスチャを貼り付けるようにしてキメラが登場する。
「とにかく抜かれんな。相当酷いコトになっても復活させてやっから‥‥って、何してんだ!?」
「ここなら安心安全。眺めもいいからここから見ててね」
唐突に依頼人をアンドレアスの背中に乗せた神撫。予想外すぎる事態に依頼人は固まっていた。
「そう嫌な顔するなよアス。女の子を背負えるなんて役得じゃないか」
「お、おまえなあ‥‥」
「お二人とも、敵が来ますよ」
エメルトの声で神撫が前に出る。猛スピードで突っ込んでくる敵を見ては、ここで依頼人を降ろすわけにもいかない。仕方なくアンドレアスはそのまま二人に練成強化を施した。
大地を激しく蹴り猛進するキメラの前に神撫が立ちふさがる。直線的な攻撃、彼なら回避出来た一撃、それをあえてインフェルノにて受け止めようとしていた。
金属と金属が激突する激しい音に続き、踏ん張る神撫が徐々に背後に押しやられていく。
「データ取れてなかったら怒るかんな!」
しかしそこで一気に力を込め、神撫は正面からキメラを弾き飛ばした。力勝負で負けたキメラは慌てた様子で周囲を走り出す。
「相変わらず、物好きな奴だぜ」
呆れた様子のアンドレアスはしかし友人の行動が分かっていたかのように素早く練成治療を施した。
「よくやりますね。その発想は自分にはありませんでした。フォローは任せてください」
キメラは一旦距離を開いた後、再び突撃してくる。前衛で戦う二人の様子を見つつ、アンドレアスは依頼人の為安全に立ち振る舞っていた。
「誤解すんなよお嬢さん。俺が助けたいから助ける、OK?」
「‥‥お、おーけー」
先程の神撫の行動で依頼人は完全に目が点になっていた。
何度も突撃を繰り返すキメラ、その正面に向かって行くエメルトは流し斬りを発動、身体を捻り側面に回りこむと、両断剣にて足を斬り付けた。
「まだ走っていられるか?」
傷つき、よろよろと歩くキメラ。そこへ練成弱体をかけ、アンドレアスがエネルギーガンと小銃「フリージア」を向ける。
「フィナーレといくかね‥‥? 食らいやがれ、デカブツ!」
銃口から放たれる眩い閃光と弾丸。それは慌てる依頼人の声を無視し、キメラの額を撃ち抜くのであった。
●VSショットテール
「はうう、恐竜さんがぁっ!」
背後で声を上げる依頼人にジャック・ジェリア(
gc0672)は背筋をびくりとさせる。振り返ると依頼人はがっくりと項垂れていた。一体何があったのか‥‥。
路地裏にキメラを誘導しようと物陰から射撃を続け移動しているジャックにとって、依頼人がへたれる事は迷惑以外の何者でもない。
仕方がなく物陰から飛び出したジャックが制圧射撃でキメラを迎撃する。盾を両手に前進する敵はまさに移動する砲台そのものだ。ゆっくりと、しかし確実に迫ってくる。
レベッカ・マーエン(
gb4204) の練成強化を受けているとは言え、敵はやはり頑丈だ。だがこれで倒せるとはジャックも思っていない。今はただ、奴の足を止めるのみ――。
「バージョンアップとは言え短期間でここまで仕上げるか、やるじゃないか。面白くなってきたぞ」
エネルギーガンで腕の付け根や足を狙い攻撃を続けるレベッカへとキメラの尾が向けられる。そうしてやや遅れ、巨大な針が射出された。
大砲のような威力の一撃をポリカーボネートで受けるレベッカ。腕が痺れ衝撃が身体を突き抜ける。だが、それでいい。
「今だ! 9A、ジャック‥‥一気に決めるぞ!」
合図と同時、キメラの真上から落下してくる9A(
gb9900)の影があった。その姿は灰色になった髪と共に、滅びた町に溶け込んでいる。
「アレが今回の‥‥ふふ、まァ精々楽しませて貰う、サ!」
狭さ故にキメラは旋回出来ず、尾の矛先はレベッカを向いている。身動きが取れないキメラへ9Aの刃が煌いた。
「上がガラ空き、貰ったァアアアッ!」
キメラの頭に刃を突き刺し、素早く9Aは距離を置く。壁を蹴り、舞うようにしてジャックの脇へ。
「一匹じゃ俺を盾で対処しても他を止められないだろ。固定砲台は優秀な前衛がいてこそだからなぁ――!」
ジャックのガトリングガンが火を噴いた。濁流のように薬莢が舞い煌く――。狙いは敵だけではなく周囲のビルの壁も捉えていた。崩れる壁に更に動きを制限されるキメラへ9Aが再び矢のように襲い掛かる。
「近付きゃ怖かァないサッ! 喰らえェェェッ!」
正に疾風迅雷、9Aは二連撃でキメラの尾を両断する。こうなってしまえば敵に攻撃手段はなく、正に袋の鼠である。
背後でジャックのガトリングとレベッカのエネルギーガンが炸裂する音に微笑み、9Aは通信を試みた。
「さて‥‥皆、どうだい? こっちは終わったよ」
●VSホワイトパンチ
「こっちはまだだ。というか‥‥如何したお前?」
通信に応答しつつ弓を構える牧野・和輝(
gc4042)の隣、依頼人は泣きそうな顔で項垂れている。
「‥‥つ、強すぎるぅ」
嘆く依頼人と和輝の正面、キメラと壮絶な格闘戦を繰り広げるフォビア(
ga6553)の姿があった。キメラの素早い猛攻を、どこか楽しげにいなしている。
キメラは次々に拳を放つが、フォビアは踊るようにそれらをかわし続けていた。冷静に脳裏で繰り広げられる戦闘思考が彼女から迷いや躊躇という言葉を消し去っている。
「が、頑張って下さいうさぎさん! 貴方が最期の希望です!」
「‥‥もう全滅したのか」
「う、うるさいですよ牧野・和輝! 貴方が足を攻撃するから、うさぎさんがよろけているじゃないですか!?」
と、横で喚いている依頼人の目の前で和輝は再び矢で援護する。体勢を崩したキメラにフォビアはフェイントを織り交ぜつつ、次々に拳を叩き込んでいく。
先制攻撃で和輝が放った矢は今だキメラの足に突き刺さり、その行動を阻害し続けている。戦闘は終始能力者のペース、キメラは他のチームより少ない人数に圧倒され続けていた。
声にならない声を上げて頭を抱える依頼人は気にも留めず、フォビアは流れるような動作で攻撃を続ける。キメラは不利と判断し、一度大きく背後へ跳んだ。
和輝はあえて矢をキメラの背後へと放った。乾いた音が響き、キメラの耳がぴくりと揺れる。それをフォビアは見逃さなかった。
全てのスキルを発動しキメラの懐に潜り込み、攻撃を屈んで回避するとそこから一気に拳を繰り出す。鋭い一撃がキメラの胸を貫いた。
「――瞬天石火の打」
拳を引き抜くとキメラの鮮血に混じり、彼女自身が放つ淡い花弁のような光が降り注いだ。膝を突き、しかしまだ立ち上がろうと努力するキメラに依頼人は目を輝かせる。が、希望空しく死角に回り込んでいた和輝が放った矢があっさり止めを刺してしまった。
「あーっ!? あー! あーっ!」
ぐったりと倒れるキメラ。依頼人は喚きながら和輝へと駆け寄りその背中をばしばし叩いたのだが、和輝は微動だにしない。二人のその様子にフォビアは小首を傾げ、爪についた血を振り払っていた。
●惨敗後
テストが終了すると能力者達は一箇所に集められ、真っ白に燃え尽きている依頼人を眺めていた。
「最大の間違いは‥‥。三匹纏めて来れば連携によっては結構な強敵だったかと思うんだが、バラだとそりゃあ数と作戦で押し切られるよな‥‥と」
ジャックが腕を組み頷きながら今回のテスト内容を一言で纏めると、依頼人は余計にしぼんでしまった。
「三人分動かそうなんて無茶するから‥‥。全部自分でやろうとすると、どこかで躓くことになるよ」
と、神撫の一言。もはやライフが0になってしまった依頼人、そこに差し伸べられる手があった。
「だが、いい物を見せてもらった。科学者として一番大切なモノ、根性をな。前に言った妄執は撤回させてもらう」
「レベッカ・マーエン‥‥」
「凄いシミュレータね。次の予定もある?」
フォビアがそう続くと、依頼人も少し元気を取り戻した様子だった。
様々な問題を抱える依頼人を危惧する神撫であったが、女子三人が仲良さそうにしているのを見ると少しだけ安心する。その背中をアンドレアスが叩いた。
「ったく、ホント物好きだよなぁ‥‥お前はよ」
和やかな様子を9Aとエメルトが並んで見守っている傍ら、徐に煙草を取り出す和輝の姿があった。
「そう言やぁ、ここでも煙草は吸えるのか?」
「勿論です。皆さんの携帯品は全て完璧に再現――」
「ごほっ!? ‥‥んだ、こりゃ‥‥!?」
胸を張る依頼人だったが、煙を吸った和輝は涙目になっている。ふと、愛煙家達は自分がここで煙草を吸っていない事を思い出した。
「あ‥‥甘っ!?」
ジャックが悲鳴を上げたのを口火にそれぞれが悶えているのを依頼人は不思議そうに見つめている。
「煙草というのは、おいしいものではないのですか?」
「‥‥どうやら、まだ彼女には煙草の味は分からないようですね」
「ボ、ボクの高級煙草がァ‥‥!?」
エメルトが笑う隣、9Aが顔を顰める。アンドレアスはげっそりした表情で神撫に寄りかかっていた。
「そういえば、名前は?」
フォビアの問いかけに依頼人は戸惑いながらも答える。
「‥‥イリスです。イリス・カレーニイ」
「レベッカ・マーエンだ。改めてよろしく頼むのダー」
イリスの手を取り笑うレベッカは言葉を続ける。
「あとな、『これしかない』じゃない。『これがある』、だ」
あの日イリスが言った言葉、それをレベッカは訂正する。照れくさそうに笑うイリスとの間にちょっとした友情が芽生えた様子だ。
「次こそは、能力者をぎゃふんを言わせるようなキメラを作ってみせます!」
「そういう事なら、今度は直接依頼してはくれないかな? 君はもう少し人と触れ合う時間があったほうがいいんじゃないか‥‥って思うことがあるんだ」
「‥‥か、考えておきます」
神撫の優しい声にイリスは顔を赤らめ頷いた。しかしずいっと身を乗り出したアンドレアスが続ける。
「神撫、そんな事よりこのキャンディみたいな煙草を何とかするのが先だろ! これは余りにもヒデェ!」
「お、俺も同感だ‥‥。なんとかならないのかねぇ?」
「彼女、未成年でしょう? 煙草の事なんて知らなくていいんですよ」
煙草を握りつぶすジャックをエメルトが諭す。その背後、9Aは楽しげに笑っていた。
「アハハッ! こりゃァ、一本取られたって感じだなァ!」
「本当、お菓子みたいね」
「‥‥そんなに変ですか? おいしいのに‥‥」
煙草を一本受け取り、甘い香りに微笑むフォビア。一方、一同から離れた場所で和輝はわなわなと拳を震わせている。
「牧野・和輝! 牧野・和輝!」
背後から依頼人に呼ばれ振り返ると、彼女は大量の煙草を手に満面の笑みを浮かべていた。
「遠慮しなくて良いですよ、どんどん吸ってください。後はわかりますね?」
「――俺を殺すつもりか!?」
煙草が吸えないと死んでしまう男、牧野・和輝――。
イリスから『煙草のようなもの』を引ったくり、地面に落として踏みつける。結局彼だけは終始、依頼人と睨み合う事になるのであった――。