●オープニング本文

●絆
「ヒイロちゃん、これ」
　彼女に手渡した鈍く銀色に光るライターは、僕が放った弾丸によって歪んでしまって、多分本来の使い方は出来なくなっていた。
　それが何なのか、何を意味しているのか、彼女は直ぐに理解したようだ。そっと両手で抱き締め、自らの胸に押し当てる。
　夜明けが近づく薄暗い公園で僕たちは久しぶりに再会を果たしていた。
　一緒に暮らしていた時は、毎日早朝走りこみをして、ここで休憩したりしていた。少し前の事なのに、今はとても懐かしく感じる。
「‥‥ごめん。デューイ先輩は、僕が殺した」
　もう少し気の利いた言葉があるだろうにと我ながら思うけど、それしか言えなかった。
「このライターが銃弾を防いだ時、君が僕たちの戦いを止めようとした気がしたんだ。でも僕はあの時‥‥止まる事が出来なかった」
　瞼の裏に映す記憶――。幸せな事もあったし辛い事もあった。そのどちらが欠けていても、きっと僕はまともでは居られなかった。
　姉さんの真実を知り、先輩を討ち、不思議と心は晴れやかだった。やっと僕は、守られるだけの存在ではなくなった気がする。
　世の中の嫌な事実や自分にとって不都合な現実から、大人達が僕を守ってくれていた。僕はそれに甘え、ただ相手を憎む事しかしなかった。
　我ながら子供だと思う。そんなどうしようもない僕を、支えてくれる人達がいた。一緒に戦ってくれる人達がいた。
「‥‥ありがとうなのですよ、カシェル先輩」
　彼女はそう呟いて顔を上げる。優しげな微笑は、少なくとも僕の想定した反応とは異なっていた。
「許すのか、僕を」
「ヒイロは何もしてあげられなかったのです。カシェル先輩が頑張って出した答えに文句をつける権利なんて無い」
　そして彼女はライターを僕の手の中にそっと収める。
「これはカシェル先輩が持ってて。一度はデューイ先輩の命を守ってくれたなら、きっとカシェル先輩も守ってくれる。それに、デューイ先輩はきっとカシェル先輩と一緒にいると思うから」
　許したわけではないのだろう。
　僕だって納得したわけじゃない。はいそうですかと、受け入れられる物じゃない。
　でもそれでいいんだ。僕らは迷ったり苦しんだりしながら‥‥間違えながら、答えを探していく。
　最初から手に入る正解なんてない。僕らは常に自らの過ちを畏れ、問答しながら戦っていかなければならない。
　独善的な正義も、自分を偽る悪も、そんな哀しい事はこの世界にあっちゃならないんだ。
「これで、終わるのですよ。終わらせるのです。こんな事は、もう」
　無言で頷き返し、空を見上げる。僕の背負った罪は重い。でも、それに押し潰されたりしない。
「――これで最後だ。だから、危険を承知でお願いするよ。ヒイロちゃん‥‥僕に力を貸して欲しい」
　僕を支えてくれる人が居る。だから僕は死なない。生きて、足掻いて、そして見届けなければならないんだ。
　この手で奪ってきたいくつかの命が望んだ、この世界の出す答えを――。

●家族
「また説得かい？　無駄だって分ってるんだろう？」
　人形師の地下要塞、通称『ミュージアム』。そこに割り振られた自室にてメリーベル・エヴァンスは眉を潜めていた。
「勝手に部屋に入らないで、ウルカ」
「君といいデューイといい、本当に俺を怖がらないね。一応、俺は君の命を握っているんだけどな」
　人形師の視線の先、メリーベルは傭兵であった頃とは少々異なる趣の服を身に纏っていた。
　黒いドレススーツの上に赤いマントを羽織り、手には異形の槍を持っている。メリーベルはベッドに腰掛け、人形師を睨み付けた。
「勘違いしないで。私は貴方の軍門に下ったわけじゃない」
「でも俺の強化措置を受けただろう？」
「‥‥能力者の体に限界があるからよ。私の願いを叶えるには時間が掛かりそうだもの」
「本当にやる気かい？　『ミュージアム』に住む人間二百人余り――全員説得しようだなんて」
　ここには大切な人をキメラとして復元された人々が暮らしている。人形師はそうした人々を拒まず、その生活の安全を保証している。
　望む事はただ『これまでと同じ生活』をする事だけ。そんな人形師の奇妙な行動を神聖視したり、恩義を感じている者も多い。
　通常とは少々異なる意味での親バグア派の人間達が暮らしているこの場所を守る事、それが彼女の願いであった。
「ここを維持し、人型キメラを管理するには貴方の力が要る。だからそれまで貴方は死なせない」
「でも説得が終わったら俺を殺すと‥‥。虫のいい話だ。俺に強くしてもらっておいて」
「だったらどうして？　私を洗脳するなり言う事を聞かせる手段は幾らでもあったはず。貴方は‥‥」
　微笑む人形師。メリーベルの疑問には答えず、代わりに質問を返す。
「君のその計画が達成される前に、君の仲間が俺を殺そうとしたらどうするんだい？」
「守るわ。その為に私はここに居る」
　即答は意外だったのか、人形師は苦笑を浮かべる。肩を竦め、小さく呟いた。
「俺を殺す為に俺を守るのか‥‥。うん、いいね。面白い‥‥人間は、面白いよ」
「何と言われようとこの意地だけは通す。天枢がそうしたように‥‥それが私の最後の願いだから」
　全ての罪は自分にある――少女にはそう思えた。
　デューイの村が襲われた時、自分だけが生き残った。自分を逃がす為にデューイの妻はキメラに殺され、自分は生き残った。
　天枢が人形師の正体に気付いた時もそうだ。自分は蚊帳の外で、結果天枢は人形師の道具になった。
　自分が居なければ、そもそも天枢はデューイの村に腰を落ち着けよう等とは思わなかったかもしれない。
　言葉を失い化物になった天枢を殺し。何人かの強化人間に導かれ。彼らが守ろうとしたこの場所に辿り着いた。
「守ってみせる‥‥そして全員幸せにしてみせる。もう誰も傷つけさせない‥‥誰も奪わせない。私は‥‥戦う」
　泣き出しそうな顔で呟くメリーベル。その横顔を見つめ、人形師は静かに部屋を後にした。
「‥‥仕方ないか。約束と言う奴だからね」
　廊下を歩きながら思い返す。
　自分に敗れたデューイも天枢も、『家族』は助けてくれと願った。
　共に暮らしていた時、『この子を頼む』と言われた。
　故郷で死んだあの馬鹿な男が、『お前が守ってくれ』と言った。
「理解は出来ないけれど」
　ふっと笑みを浮かべ、歩く。
「一度くらい約束を守ってみるのも――悪くないよね」
　ただの気まぐれなのか、或いは手の込んだ悪意なのか。
　鼻歌を歌いながら男は目を瞑る。これから起こるであろう、沢山の悲劇に想いを巡らせて。
　長かった戦いの終わりが今、始まろうとしていた――。

●参加者一覧

●リプレイ本文

●月光
「――始まった」
　別働隊からの連絡に呟くカシェル。傭兵達は山頂付近にある直通エレベーターの前に待機していた。
　戦闘が始まった。これから彼らは頃合を見て内部に突入し、全ての元凶である人形師を討つ討つのだが‥‥。
「今更ですけど、貴方は何故来たんですか？」
「逆にお訊ねしますが、何故嫌そうな顔をしているのですか？」
　籠島　慎一郎（gc4768）をジト目で見つめるカシェル。腕を組み、困った様子で語る。
「いや、貴方が居ると何か僕にとって良くない事が起こるような気がするんです」
「おやおや‥‥随分な言われようですねぇ」
　笑う慎一郎を睨むカシェル。気を取り直し、端末に向かう。
「ここにカードを通せばいいんでしょうか？」
　カードを手に小首を傾げる雨宮 ひまり（gc5274）。傭兵達の前には整地が広がっており、その中心部に地下に通じるであろう門が待ち構えている。
「気をつけて下さい。罠の可能性もあります」
　ナンナ・オンスロート（gb5838）の声に頷くひまり。両手でカードを掲げ、目を瞑り小刻みに震えている。
「‥‥どうしたの、ひまりちゃん」
「お祈りしてからにしようと思って」
　なにやらツッコみたそうなカシェルに気付かずひまりはそのまま端末にカードを挿入する。
「よろしくおねがいします」
　端末がカードを認識し、機械音が響く。赤崎羽矢子（gb2140）はひまりの手を引き仲間を後退させる。
　緊張の面持ちでエレベーターの到着を待つ一行。暫くすると地下へ続く扉が開き、間抜けなほど澄んだベルの音と共にエレベーターがせり上がってくる。
「‥‥変なエレベーターね」
　思わず呟く羽矢子。巨大な大理石の箱を思わせるエレベーターの前に傭兵達は並ぶ。
「いよいよだな‥‥。泣いても笑ってもこれが最後‥‥か」
　神妙な面持ちで呟く崔　南斗（ga4407）。それもその筈、彼にとってこれは長い旅路の終わりでもあり、約束の地でもある。
「長かったですね、本当に‥‥」
　隣に並び呟くカシェル。それから少年は振り返り、仲間達に言った。
「こんな事を言うのも何ですが‥‥皆さん、ありがとうございました」
「んー？　どうしたのさ、藪から棒に」
　頭の後ろで手を組みながら月読井草（gc4439）が言う。カシェルは苦笑を浮かべ、それから顔を上げた。
「この戦いも危険で、助けも無くて‥‥デメリットの方が遥かに多いはずなのに一緒に来てくれた。皆さんにはどうお礼を言えばいいのか」
「子供が何気を遣ってるんだか‥‥それに、まだこれからでしょ？」
「そういう台詞は死亡フラグっぽいから止めといた方がいいぜー？」
　羽矢子にわしわしと頭を撫でられるカシェルに井草がにやりと笑う。
「人形師を倒して全員生きて帰るよ。『10人』でね」
　力強く頷く羽矢子。こうして傭兵達はいよいよ直通エレベーターに乗る事になった。
「気乗りしませんね‥‥何か仕掛けてくれと言っているような物です」
　大理石の箱を調べながら眉を潜めるナンナ。ざっと調べた所特に異常は無いが、安心するにはまだ早いという物。
「これだけ調べて何もないとなると、乗ってみるしかなさそうですね」
「私は本当は乗りたくないんですよ？」
　少し不満げに呟くナンナに慎一郎は笑顔で頷き返した。
「いいだろ。これが一番早いんだ」
　特に何も考えず一番にエレベーターに乗り込むベーオウルフ（ga3640）。壁に背を預け佇んでいるが何も起こる気配は無い。
「それじゃあ僕もお先に」
　続いて同じく特に何も考えずエレベーターに乗り込む市川良一（gc3644）。やはり何も起こらなかった。
「ナンナさん、そろそろ行きますよ」
　気付けばナンナ以外の全員‥‥ちゃっかり慎一郎も含む‥‥がエレベーター内で待機していた。
「何かあったら内部から破壊して脱出する為に構造を調べていたんですが‥‥」
「継ぎ目がないというかなんというか、不思議ですよね」
　苦笑を浮かべるカシェル。口元に手を当て思案するナンナの背中を押し、ぐいぐいと箱に押し込んでいく。
「ナンナさんがそれだけ調べて何もないんだからきっと大丈夫ですよ」
「これでもまだ万全とは言い難いと思いますが‥‥そうですね、整備用通路等があれば‥‥」
「多分ないと思いますよ‥‥」
　そんな感じで全員乗り込み、エレベーターは動き出すのであった。

●突入
「本当に変なエレベーターね」
　ぽつりと呟く羽矢子。天井裏に隠れていようかと思ったのだが、構造的に隠れるスペースがない危険性があり、断念せざるを得なかった。
　動いているのか動いていないのか曖昧な程度の速度で箱は闇に沈んでいく。中を照らすのは幾つかの小さなランプだけで、光源が万全とは言い難い。
「ところでひまりちゃんは隅っこで何してるの？」
　全員搭乗しても余りある広さのエレベーターの片隅でひまりはぽつんと立って居る。
「え？　警戒してるんだよ？」
「そ、そう‥‥」
「そういえば、カシェル君にあだ名を考えて来たんだけど‥‥」
「えっ？」
　素っ頓狂な声を返すカシェル。ひまりは口元に指先を当て、それからカシェルを指差して告げた。
「カー君？」
「えっ！？　それはあだ名なのかい‥‥？」
「うん、お礼だから」
「えっ？　何の‥‥？」
　そんなグダグダというか不思議な会話を断ち切るベルの音。扉が開かれ、傭兵達はミュージアムへと降り立った。
「‥‥何も無し、か」
　敵の襲撃を警戒していた南斗が拍子抜けした様子で呟く。降りてみるとそこはエレベーターホールのようで、他のエリアから完全に独立しているようだった。
「なんかさー、如何にもラスボス戦って感じで燃えるよ。遂にここまで来たんだなぁ」
「‥‥行こう。道は一つしかないらしいからな」
　走り出す南斗に仲間達も続く。真っ直ぐに、道はただ只管に真っ直ぐ続いている。
　何もない白い回廊を進む彼らの頭上、通路に設置されたスピーカーから唐突に声が聞こえてきた。
『俺のＩＤを使ったらしいな。無用心と言うか、勇敢と言うか‥‥お人好しな奴らだ』
「この声‥‥デューイ？」
　走りながら顔を上げる井草。次の瞬間ただの白い壁に過ぎなかった彼らの側面に映像が映りこむ。それは今正にミュージアムで起きている戦いの物だ。
『俺のプラン通りに攻撃を仕掛けたなら、ウルカは襲撃にとっくに気付いている筈だ。だがここは奴の最後の居城、逃げ場はもう無い。必ず待ち受けている筈だ』
　出口と呼ぶべきか入り口と呼ぶべきか、扉が迫ってくる。
『今まですまなかった。そして俺を信じてくれてありがとう。余り意味は無さそうだが‥‥幸運を祈っている。奴を‥‥頼む』
　扉が開け放たれる。眩い光が差し込み一瞬目が眩む。そんな彼らの前に決戦の地が広がっていた。
　一面に広がる決して枯れる事のない花畑。地下である事を忘れさせるような高い天井。無数のケーブルは頭上で森を作り、人工的な太陽が幾つも健気に花を照らしている。
「――ようこそ我が聖域へ。歓迎するよ、ドン・キホーテ」
「人形師‥‥ウルカヌス」
　両腕を広げ微笑む人形師を遠巻きに睨む羽矢子。人形師の傍らにはすっかり雰囲気の変わったメリーベルの姿もあった。
「どうやってここに‥‥まさか、デューイが‥‥？」
「久しぶりだな、メリー！」
「井草‥‥馬鹿ね、どうして来たの」
「あんたが嫌でも構うよ、なにせ猫だから」
　笑みを浮かべる井草。それから少しだけ真剣な表情を浮かべる。
「デューイに頼まれたからね。あたしは義理堅い猫で通ってるんだよ」
「別働隊が強化人間と居住区で対峙するそうですよ？　逃げ遅れた方がいたらどうするんでしょう？」
　井草に続き口を開いたのは慎一郎だ。挑発的な笑みを作り、首を横に振る。
「‥‥と、失礼。貴方にはどうでもいい話でしたね？　人を辞めた貴方には」
「挑発なら無意味よ。私はこの力で守りたい物を守れればそれでいい」
「挑発とは‥‥ただ、貴女の興味を引く事は出来たようですが」
　眉を潜めるメリーベル。異形の槍を手に人形師を庇うように前に出る。それに応じるようにカシェルも前に出て剣を構えた。
　どうして。何故、こんな事になってしまったのだろうか。
　一口に語るには余る様々な戦いがあり、思惑があり、願いがあり、悲劇があった。
　世界にとって取るに足らない、しかし小さな存在に過ぎない彼らにとってはかけがえの無い日々が。
　銃を手にナンナは過去に想いを馳せていた。悲しいような懐かしいような、おかしな心地が胸に染み渡る。
　みんなみんな死んでしまって、失ってしまって、変わってしまった。それでもやはり戦いしかないのだ。戦いでしか、人は終われない。
「――さてと、そろそろ始めようじゃないか。終わらせに来たんだろう？　物語の結末を見届けに来たんだろう？」
　人形師は軽やかに舞うようにして一息に後退、指を鳴らして笑う。グラジオラスの花畑に無数の腕が伸び、倒れていた人形達が動き出す。
「見せてくれ、命の輝きを。朽ちる間際のひとひらの花弁を。流れて尽きる、星の瞬きを」
　一斉に武器を構える傭兵達。最後の戦いが今、始まろうとしていた。

●幻想
「ふん、楽しくなってきたな」
　一斉に襲い掛かる無数の人形達。それを殴り飛ばし、ベーオウルフは走る。目指すは人形師――その道にメリーベルが立ち塞がる。
　繰り出される槍の一閃は異常な速度を有していた。咄嗟に後方に飛ばなければ彼の胸を貫いていただろう。
「それが人間を裏切って得た力か」
　槍を回転させ周囲を凪ぐように振るうメリーベル。花畑を揺らす風はそのまま威圧の力であると言い換えて良い。
「さて‥‥彼らは、最後に何を見るのかな」
　ライフルを構えキメラを撃ち抜く良一。井草は超機械で攻撃しつつメリーベルへと駆ける。
「キャットファイトしようぜ！　メリー！」
「悪く思わないでね‥‥！　ここに来た貴女達がいけないのよ‥‥！」
　超機械の光を物ともせずメリーベルは槍を振るう。高速で繰り出される攻撃は明らかに井草の反応速度を上回っていた。
「月読さん！」
　そこへ横から割り込みカシェルが盾を構える。しかし盾で受けて尚、二人纏めて弾き飛ばされた。
「っつぅ‥‥！」
「うぉお、全然見えなかった‥‥助かったよカシェル」
「気をつけて下さい‥‥以前とは別人です」
　井草に手当てを受けながら呟くカシェル。南斗はキメラに銃を撃ちながら叫んだ。
「聞け、メル！　今ヒイロ達が住民の説得に行ってくれてる！」
　南斗の声に一瞬メリーベルの表情が変わる。その隙を突いてカシェルはメリーベルへと走っていく。
「彼女は抑えます！　皆さんは、ウルカヌスをッ！」
　カシェルの叫びに応じて走るベーオウルフ。それに羽矢子とナンナも続く。
　雑魚を蹴散らし人形師に急接近すると右側に回り混み、鋭く拳を放つベーオウルフ。しかしそれは容易く剣で防がれてしまう。
　動きを止めず、連続で拳を放つ。一撃で決めるのではなく数を放つ連打だが、それも片っ端から防ぎ、人形師は受け止める。
　片腕でベーオウルフを弾き飛ばし、剣を振るう人形師。波打つようにしなる剣が地を薙ぎ払いベーオウルフへと迫る。
　その攻撃を阻止したのは羽矢子とナンナの銃撃だった。左腕で攻撃を弾かれたが、剣の狙いを逸らす事に成功する。
「人形師――ッ！」
「やあ、また君か‥‥縁があるのかもしれないね、俺達には」
　一気に距離を詰め斬撃を放つ羽矢子。目にも留まらぬような刃の煌きを片腕で弾き、人形師は笑う。
　脅威となる右手の剣を封じる為インファイトを仕掛ける羽矢子だが、人形師は難なく攻撃に動きを合わせて来る。左手の爪の動きをどうしても突破出来ない。
　左腕で羽矢子を弾き、追撃で剣を振るう人形師。叩き付けるような斬撃を左右に転がるようにしてかわす彼女に左右からキメラが迫っていた。
　逃げ場を奪われた羽矢子の遠距離からの突きが迫る。次の瞬間キメラが矢で射抜かれ、羽矢子は屈んで突きをかわす。
「みんなの邪魔は‥‥させません！」
　輝く弓を構え、目を細めて矢を放つひまり。四本の軌跡は次々に人形師を取り巻くキメラを貫き吹き飛ばした。
　続けて刃を振るおうとする人形師の側面に回りこむナンナの姿があった。高速移動しつつ連続で放たれた銃弾に人形師は旋回するようにして刃を振るう。
　飛来する連なる剣。スライディングで一気に距離を離しつつ攻撃をかわし、間髪入れずに攻撃を続ける。
「右腕の剣を封じる‥‥赤崎！」
「わかってる！」
　再び人形師に急接近し拳を放つベーオウルフ。同時に羽矢子は駆け寄り攻撃を繰り出す。飛び掛るように繰り出した剣は左腕で防がれている。
　人形師は二人の攻撃を受け止め後方に飛ぶ。その着地地点にひまりの放った矢が連続で着弾するが、人形師は素早く動いて掻い潜っていく。
「速い‥‥！」
　銃を構えるナンナ、そこへ一息に近づく人形師。繰り出される爪を盾弾いて一気に後退すると入れ替わりでベーオウルフが突っ込んで来る。
　繰り出される拳を最低限の動きでかわし、鋼鉄の爪でその腕を掴む。そのまま羽矢子目掛けて投げ飛ばし、纏めて薙ぐようにして剣を振るった。
「なんてデタラメな‥‥」
　広大な花畑の奥で続く人形師の戦いを横目にライフルを構えながら良一が呟く。
　メリーベル付近のキメラは凡そ倒されたが、立ち塞がるのは遥か強敵。意図せずとも緊張で背筋が凍る。
「こんなところで、死にたくないんだよね」
　生きる為にスコープを覗き込む。放った弾丸は片っ端からメリーベルに叩き落されるが、それでも味方への援護にはなる。
　メリーベルが銃弾を弾いている間にカシェルは後退。井草に治療を受けつつ自らも銃を放つ。
　南斗はペイント弾を装填した銃を構える。放たれた弾丸は以前彼女を怯ませる事に成功したが、今回はあっさりかわされてしまった。
「自分の手でけりをつけたい気持は分かる。家族‥‥だもんな。だが今の君の生死は‥‥人形師が握ってるんだな‥‥」
「気持ちが分る‥‥？　分るですって？　いい加減な事を言わないで！」
　怒りを露に突きを放つメリーベル。切っ先から渦巻くように衝撃波が放たれ、それは真っ直ぐに南斗を狙っている。
「南斗さ‥‥うわああっ！」
「カシェル！？」
　花畑を吹き飛ばしながら飛来した衝撃から身を挺して南斗を庇うカシェル。全身がズタズタに引き裂かれ、遥か後方に吹っ飛んでいく。
「いつも分ったような顔でペラペラと‥‥！　迷惑なのよ、貴方の存在は！」
「メル‥‥くっ！」
　猛然と駆け寄り槍を叩き付けるメリーベル。咄嗟に盾で防いだが、それでどれだけ威力を削れたのか。腕に走る激痛に南斗は顔を顰める。
「必ず君を連れて帰る‥‥！　ぺリドットとデューイとの約束と‥‥何より、俺の、願いだ！」
「今頃になって、まだ――！」
　槍の石突で南斗の顔を殴り飛ばすメリーベル。続けて槍を振り下ろそうとした所へ良一の放つ弾丸が飛来する。
　続けて遠距離から超機械で攻撃しつつ井草が駆け寄る。槍を掻い潜って拳を繰り出すが、メリーベルは空いた手でそれを受け止め井草を蹴り飛ばす。
「はうあっ！？」
　ボールのように何度か地面を転がり吹っ飛ぶ井草。そこへ再び構えを取り、メリーベルが衝撃波を放つ。
　巻き込まれそうになった良一は前転気味に攻撃を回避しつつライフルを放り投げ、立ち上がると同時に二丁拳銃を抜いた。
「君は何をしたかったの、わざわざ人類を裏切って。それだけの価値が、理由があったの？」
「私は‥‥私は、誰も傷つけたくなかった。悲しみを止めたかった。仕方ないじゃない！　人間は‥‥人間は弱いのよ！」
　二丁拳銃を連射する良一へ迫るメリーベル。振り下ろされる一撃は彼に死を連想させたが、咄嗟に間にカシェルが割り込む。
「市川さん‥‥下がって！」
　頭から血を流し口からも血を吐きながら叫ぶカシェル。盾で受け止められたのは一発だけで、二発目は彼の肩に鋭く食い込んだ。
「現実はいつも奪っていくだけ‥‥ただ悲しいだけよ！　誰もが全員それと戦えるわけじゃない！　弱い者は縋らなきゃ生きて行けない事だってあるわ！」
　眉を潜め、後退する良一。自らの傷を癒しながら下がるカシェルと入れ替わり南斗が銃弾を連射、メリーベルを牽制する。
「それでもデューイは最後には自分の罪と向き合い戦ったんだ！　だからこそ俺達がここにいる！」
「デューイはウルカを倒してくれとあたしらに言い残して死んだ！　自分が不幸にしてまったメルを救ってくれとも言った！　意味は自分で考えろ！」
　叫びながら立ち上がる井草。メリーベルは悲しげに俯き、唇を噛み締める。
「何が救いよ‥‥。そんなの‥‥そんな夢みたいな話‥‥あるわけが、ないじゃないっ！」
　涙と共に絶叫が零れ落ちた。繰り出される烈風が、容赦なく傭兵達に迫っていた。

●決戦
「大変残念ですウルカヌス様‥‥その力で造り上げるものが『たかが』永遠とは‥‥」
　仲間を治療しつつ後方で語る慎一郎。人形師は剣で周囲を薙ぎ払いながら顔を上げる。
「永遠など写真の様に変化の無い世界と同じ‥‥。変化があるからこそ面白い。そうはお思いになりませんか？」
「‥‥なるほど、君は中々面白い事を言うね。そうだね‥‥僕も最近はそう思うようになったよ」
　ひまりとナンナが放つ遠距離攻撃を鞭の様な剣で薙ぎ、ベーオウルフの攻撃を受け止めながら人形師は笑う。
「人は儚く脆い一生に様々な物を残す‥‥その存在は奇跡と呼べるだろうね」
「では何故‥‥？」
「それを願う人々が居たから、だよ」
　笑いながら答える人形師。そう、始まりは些細な事だった。
　そう出来る力があった。そうしてくれと頼まれた。気まぐれでそうしてみた。ただ、それだけの事。
「花が枯れる事は寂しい。愛玩動物が息絶えるのは悲しい。愛する人が無残な死を遂げれば絶望もする――。永遠を欲するは人の業。人の夢。俺は人間の語る理想に操られていたのかもしれないね」
　だからこそ、『変化』を有する永遠を生み出そうとした。
　ミュージアムに生きた人間を招き入れたのも、ドールズと呼ばれた不安定な強化人間達を生み出したのも、全てはただその一点の為に。
「完璧なる世界‥‥痛みと哀しみの存在しない永遠。僕の語る永久はいつかきっと君も気に入ってくれると思うのだけど」
「やはり残念です‥‥貴方様とは気が合うようで、決定的に食い違っている様です」
　きょとんとした表情のウルカヌス。慎一郎は周囲を眺めながら笑った。
　数多くの物を失い、痛みと哀しみを与えられた者達。しかし彼らはその中で苦しみ戸惑いながらも前に進んできた。
「変化のきっかけは、ほんの少しでなければ。人形師ウルカヌス――貴方様は踏み込みすぎたのです」
　呆然とするウルカヌス。その横顔にベーオウルフの拳が減り込んだ。派手に吹き飛ぶ人形師を睨み、ベーオウルフは息を吐く。
「余所見しながらお喋りとはな‥‥まずは一発だ」
　立ち上がり口元から流れる血に驚くウルカヌス。それから肩を震わせ、楽しげに笑い出した。
「人間には色々な事を教えられるよ。こんなに楽しい気分はいつ以来かなぁ‥‥ふふ、ははははっ！」
　敵の戦いへの姿勢が変わった事を傭兵達は肌で感じていた。刺す様な鋭い感覚を敵意と呼ぶのなら、目の前のこの敵は今まで自分達と適当に戦っていたという事になる。
「‥‥来ますか」
　呟きながらリロードするナンナ。人形師が再び動き出した頃――。
「ビリー、天枢、ぺリドット‥‥デューイ。力を貸せよ‥‥！」
　腕に巻いた首輪に手をやり顔を上げる南斗。人形師を倒す事は重要だ。だが彼にはもっと大事な事があった。
　届けなければならない。伝えなければならない。一人でここに来たわけではない事を彼は知っている。
　これはバトンだ。今自分に託されている物は誰かから手渡された物。それを今、繋がねばならない。
「そうやってお前は、何でもかんでも一人でけりをつけるつもりなのか！」
「言ったでしょ！　私は独りで生きて、一人で死ぬ！」
「そんなのがお似合いな訳ないだろ！　お前が生きてる事こそ、皆が確かにこの世に生きてた事の証なんだぞ！」
「そんな‥‥そんな事ぉおおおっ！」
　繰り出される烈風。それをカシェルが遮り受け止める。
「天枢とデューイがもういないなら、あたしが代わりにお尻ペンペンしてやる！」
　衝撃波をかわし、紫電を走らせる井草。再び槍を低く構えるメリーベルへ良一が拳銃を連射する。
「それはもう撃たせないよ――」
「生きろメル！　希望の始まりになれ！　それが天枢の、真の願いだ！」
　南斗の放った貫通弾が彼女の槍を落としたのは誰の意思だったのか。メリーベルは膝を着き、呆然と佇む。
「どうしたらいいの‥‥もう、わかんないよ‥‥」
　泣き崩れるメリーベルへ歩み寄り、良一は銃を突きつける。そこへ慌てて南斗と井草が駆け寄る。
「もう一度訊くよ。君は‥‥何がしたかったの？　君をこんなに想う人達がいるのに」
「私は‥‥私が、したかった事は――」
　全てを守りたかった。人々を傷つける全てから。
　分っていた、間違っているという事。自分が守りたかった人達にまで、刃を向けていた事。
　手を差し伸べてくれる人達が居る。何故もっと早く、素直になれなかったのだろう。
「助けて‥‥」
　泣きながら懇願する。少女と男は顔を見合わせて笑った。
「何言ってんのさ」
「助けに、来たんだよ――」



　ウルカヌスとの戦いは激化の一途を辿っていた。恐ろしい猛攻は対峙しているだけでも精神を削り取っていく。
　人形師が取り出し、投擲した物。放たれるそれを目にした瞬間羽矢子は更に加速し回避する。
「それはデューイから教えて貰った。そう簡単に当たらないよ」
「デューイか。彼には感謝しているよ。彼ほどの悪人を俺は知らない。彼が居なければ今の俺は無かった」
「黙れ。デューイは後悔してたんだ。あんたを育て、メリーベルを巻き込んだ事を」
　死に際に彼は言った。無様な敗北者は言った。勝ってくれと。倒してくれと。
「あんたが運命を狂わせた。あんたの存在を認めるわけにはいかない。だからあたしは戦う。ここであんたを――倒す！」
　笑い、手に束ねるようにして持った杭を一斉に投擲する人形師。その多くを羽矢子が弾き落とすが、幾つか後衛に通ってしまう。
　高速で飛んでくる杭は避けるも防ぐも困難な攻撃だ。慌ててしゃがもうとして転ぶひまりに迫る十字架をカシェルが剣で払いのける。
「カー君！？　なんかぼろぼろだよ？」
「色々あって‥‥」
　冷や汗を流しながら笑うカシェル。続け井草、良一、南斗の放つ遠距離攻撃が一斉に人形師を襲う。
　攻撃に対して剣を伸ばし迎撃する人形師。その攻撃を防いだのはメリーベルであった。
「‥‥そうか。君は結局、人間を諦められなかったらしいね」
　呟く人形師。そうして一気に加速し傭兵達へと襲い掛かる。
　一斉に繰り出される傭兵の攻撃を最早全て受ける事はせず、傷を負いながら突撃する人形師。狙いは後衛だ。
　一瞬で慎一郎に近づくと胴体を左手の爪で貫き、そのまま壁目掛けて思い切り放り投げる。続け井草に剣を射出、その身体を貫き壁に縫い付けた。
「不思議と最悪な気分なんだ。全員死んでもらうよ。一人残らずね」
　そのままひまりへと迫る人形師。早すぎて反応出来ないひまりの前、カシェルが立ち塞がる。しかし一撃で盾を弾き飛ばされてしまう。
　背筋にひやりとした感覚が走る。カシェルが息を呑んだ瞬間、ナンナが駆けつけ人形師に盾を構えて突っ込んだ。
　カシェルからナンナへと狙いを変え剣を繰り出す人形師。今度はカシェルが人形師を背後から切りつけその狙いを逸らす。
「ナンナさんっ！」
　二人は肩を並べ銃を構える。至近距離で一斉に放たれた銃弾に人形師は後退、カシェルは盛大に息を吐いた。
「また守られちゃいましたね‥‥でも、もう守られるだけじゃありません。今度は僕も、貴女を守ってみせる」
　少年の横顔は以前とは別人のようだった。微笑むナンナが少し嬉しそうに見えたのは、彼女が彼を弟のように思っているからか。
「守ったら負ける！　全員で攻めるぞ！」
「これ以上の悲劇はもう十分ですっ！」
　ベーオウルフの声に動き出す傭兵達。メリーベルが衝撃波を放ち、それに追随するタイミングでひまりが矢を放つ。
　四本の弓に動きを縛られ衝撃波を防ぐのに両手が塞がる。一斉に降り注ぐ銃弾に傷つきながら人形師は突撃。やはり後衛を狙う。
　擦れ違い様に良一の身体を斬り付け、そのまま南斗へと迫る。不可避と言って過言ではない刃、それをメリーベルが受け止めていた。
「やらせ、ない‥‥もう、これ以上――！」
「‥‥そうか。ならおしまいだ」
　爪がメリーベルの胸を穿ち、夥しい量の血が舞う。腕を引き抜き振り返る人形師、その視界をナンナの放った閃光手榴弾の光が覆う。
「メル‥‥うおおおおっ！！」
　背後から銃弾を放つ南斗。それを振り返りながら左手で弾く人形師。しかし閃光とその攻撃の所為で右から迫るベーオウルフに気付くのが遅れる。
　顔面に減り込む拳。すぐさま反撃で繰り出された爪がベーオウルフの身体を貫くが、彼はそれを掴んで離さなかった。
「やれ、赤崎ッ！」
　赤いオーラを纏い、加速する羽矢子。身動きの取れない人形師へ駆け抜ける一陣の風となって迫る。
「終わりだ――ウルカヌスッ！」
　煌く刃の軌跡が人形師の首筋を薙ぐ。夥しい量の血を驚いた様子で眺めながら人形師は膝を着く。
　切り裂かれた喉は音を紡ぐ事は無く、空気の抜けるような音と共にただ血を流し続ける。故に最期に彼が呟いた言葉は誰にも分らなかった。
　ただ男はあっけなく倒れ、花畑に血が広がっていく。それが全ての終わりである事、それだけが事実であり、結末であった。

●希望
　ノイズ交じりの別働隊からの連絡に傭兵達はこの戦いが終わった事を知る。
「‥‥終わった、のか」
　剣を地に刺し崩れるカシェル。ひまりは慌てて駆けつける。
「ごめんねカー君、一杯怪我させて‥‥」
　カシェルに庇われたひまりだが、それは本来彼女の望む所ではなかった。
　出来ればカシェルが戦う前に人形師を倒したかった‥‥申し訳無さそうに俯くひまり。カシェルは苦笑を浮かべて言う。
「勝手な事をしてごめん。でも、君が無事で良かった。護らせてくれてありがとう」
　爽やかに笑うカシェル。その直後慌てた様子で周囲を見渡し。
「いや、他の人も護りたかったんだけど！　皆、大丈夫ですか！」
　そのまま走っていく。誰もが傷だらけで半数近くが動けない程の傷を負っていた。
　プラントの爆発がどれほど影響を及ぼすのかはわからないが、どちらにせよ脱出しているに越した事は無いだろう。
　カシェルとひまりが良一を担ぎに向かった頃、ナンナは壁際でダウンしていた慎一郎を助け起こしていた。
「ま、まだです‥‥まだ彼に、嫌味を‥‥言ってな‥‥」
　がくりと大人しくなる慎一郎。溜息を一つ、ナンナは彼を背負い上げた。
「うぐ‥‥さすがに血を流しすぎたぜ‥‥」
　倒れたまま青ざめた様子の井草。そこに南斗がメリーベルに肩を貸しながら歩いてくる。
「立てるか？　急いで脱出するぞ」
「うーん‥‥ちょっと‥‥立てないかも」
　冷や汗を流す南斗。結局彼はメリーベルに肩を貸したまま井草を背負う事になった。
「引き上げるわよ、急いで！」
　ベーオウルフに肩を貸しながら羽矢子が叫ぶ。こうして傭兵達は長い通路を戻る事になった。
　残されている時間は多くないが、後は真っ直ぐ進むだけ。二人担当している南斗の移動が一番遅く、最後尾を進んでいた。
「皆‥‥脱出出来たかな」
「別働隊がうまくやってるさ、きっと」
「そっか。そうだよね」
「大丈夫か？　もう直ぐエレベーターだからな」
「平気よ、強化人間だもの」
　色々な事があった。
　嫌な事ばかりで、良い事は確かに少なかった。
　悲劇だと言われたらすんなり首を縦に振るだろう。
　それでも――それでも良かったと思う。自分は生きていて良かったのだ。そう思えたから。
　エレベーターは傭兵達を乗せて地上を目指す。月光のその下へ――。
「帰ったら‥‥お礼、しなきゃね‥‥」
　視線を向ける南斗。メリーベルは力なく笑い、呟く。
「私、これでよかったんだ‥‥生きててよかったんだ‥‥。誰かの助けを待ってたのは‥‥弱かったのは‥‥」
　嬉しい時にも涙が出るのだと、その時初めて知った。
　まるで彼らが地上に出るのを待っていたかのように地鳴りが響いた。それに安堵するように南斗は息を吐く。
「間に合ったか‥‥っと、メリーベル？」
　急に肩に重みがかかった。問う声に返事は無い。
　隣に居た羽矢子が少女の肩を揺する。まるで眠っているかのように安らかなその頬に涙の雫が伝って落ちた。
「何で‥‥全部一人で背負い込んで‥‥！　少しは‥‥少しは、頼ってよ‥‥！　頼って、良かったのに‥‥！」
　泣き出しそうな顔で少女の頬に触れる羽矢子。ずるりと、重さに耐え切れなくなったかのように。自然の摂理に従って、動かない体は地に落ちた。
　それがこの物語の結末。当たり前のように訪れた決着。
　月明かりの下、彼らは依頼を達成した。もうこれ以上悲劇が繰り返される事は無い。もう誰も、運命に翻弄される事は無いのだ――。



　目を開けると大切な人達が待っていてくれる気がした。
「‥‥ねえ、聞いて。私ね、やっとわかったんだ」
　少女は笑みを浮かべる。これまでの寂しげな物ではなく。満面の、幼かったあの日のような。
「私ね――生きていても、良かったんだよ。独りぼっちじゃ‥‥なかったんだよ！」
　手を繋いで歩いていく。皆幸せになれる、そんな希望を抱いて――。



「虹の橋であの二人が待ってるよ。何時かあたしもそこに行く 」
　井草の声はもう届かなかった。誰の声ももう届かない。少女は月を仰ぎ、夢を見て眠る。
　覚める事の無い、希望の物語を。幸福に満ちた、許された世界の永遠を――。