タイトル:永久の守護者マスター:神宮寺 飛鳥

シナリオ形態: ショート
難易度: 不明
参加人数: 10 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/05/13 10:08

●オープニング本文


●絆
「――これで最後だ。だから、危険を承知でお願いするよ。ヒイロちゃん‥‥僕に力を貸して欲しい」
 カシェル先輩は、少しだけ大人になったようにヒイロには見えたのです。
 デューイ先輩が死んでしまって。大切な人が居なくなって。そんな時ヒイロは何も出来なかったのに‥‥力を貸して欲しいと言ってくれた。
 ヒイロはよわっちいから。ヒイロは足手纏いだから。皆を手伝う事すら出来ないと、そう思っていたから‥‥とてもうれしかったのです。
「やっと仲直り出来たですね!」
 手を取り笑いかけるとカシェル先輩は照れくさそうに頬を掻きました。
「あの時はごめんね。良かったらまた、チョコレート‥‥作って欲しいな」
「勿論なのです! その代わりその三倍のクッキーをヒイロは所望するのですよ!」
「君は変わらないねー。そこまでブレない心を持ってるのはうらやましいよ、逆に」
 笑い返しながら、ヒイロは色々な事を思い返していました。
 ヒイロだってブレないわけじゃない。悔やんだり迷ったり、色々思う事もあったのです。でもそれはきっとおあいこなんだ。
 LHに来て傭兵になって、独りぼっちだったヒイロをデューイ先輩が拾ってくれた。カシェル先輩が友達になってくれた。そして‥‥。
「‥‥メルちゃんも、敵になったのですね」
 結局皆ばらばらになってしまった。最初は皆、同じ物を見て、同じ夢を見ていた筈なのに。
 分かり合ったつもりになってみても、結局人は擦れ違う。擦れ違い続ける‥‥それは分ってる。でも――。
「諦めてないよ、僕は」
 ヒイロの頭を撫で、カシェル先輩は笑います。
「最後まで諦めないよ。勿論、敵なら倒さなきゃならないけど‥‥それを理由に、安易に逃げたりしたくないんだ。今度は姉さんの時とは違う。殴ってでも連れ戻すさ」
「わふっ! そしたら皆で!」
 もう、『みんな』じゃなくなっちゃったけど。
「また、皆で‥‥楽しく、明るく。一緒に頑張るのですよ!」
 小指を絡めて約束した。一番大切な人を失ったあの時から、ヒイロは誓ったのです。
 諦めない、逃げ出さない、抗い続ける‥‥例え目の前の壁がどれだけ高くても、必ず超えてみせると。
 子供なヒイロ達を守ってくれた大人達の戦いが終わった。だから今度は守られるだけじゃない‥‥ヒイロ達の意志で、戦いを始める。
 それぞれ準備の為に背中を向けた。ヒイロは皆が笑っている写真に誓うのです。
「いってきます、おばあちゃん」
 ヒイロを支えてくれる人が居る。だからヒイロは諦めない。生きて、足掻いて、そして見届けなければならないのです。
 この身を守って散っていった命が望んだ、この世界の出す答えを――。

●家族
「そんなに不満かい? 我らが主の直衛をメリーベルが担うようになったのが」
 ミュージアム内部に乱立するジオラマを眺め、ぼんやりと佇むレイ・トゥー。背後からの声に女は振り返る。
「お前には関係のない事アル。そっちは随分ご機嫌そうアルな」
 歩み寄るジョン・ドゥの外見は以前と少々異なっている。尖った爪、太い手足、それは更なる強化を得た証である。
「メリーベルが、あのお嬢さんが言っていた‥‥『生きる』という言葉の意味が掴めそうなのだ。私は今、生きている気がする」
「折角装甲頑丈にしたのになんで傷そのままにしてるアル?」
「これは『痛み』の代わりだよ、レイ。人間がつけたこの傷は、私の存在の証明だ」
 肩口から袈裟に胸元まで引き裂かれた深い傷、それを指先で撫で顔の無い異形は笑ったように見えた。
「存在の証明、か‥‥。ジョン、お前も今なら分るアルか? ボスが‥‥パパが、レイ達に望んでいた事」
 指先でシルクハットを回し、ジョンは首を擡げる。レイは眼下の街を眺め呟いた。
「ボスはきっと‥‥家族に憧れていたんだ」
「家族?」
「ザコい人間はザコいからこそ寄り添い、共に生きようとする。特に血の繋がりがある物を家族と呼ぶアル」
「‥‥? 理解に及ばないな」
「パパはレイ達に何も強制しなかった。自分で考えるように、好きにさせていた」
「それがツギハギという危険因子を生んだ」
「‥‥そうアルな。『間違い』なんて、そんな事‥‥そんな馬鹿げた事を出来るのは、人間だけアル」
 胸に手を当て思い返す。記憶も過去も失った自分が始めて見た彼の笑顔を。
 生まれてきてくれてありがとうと言って、彼は名前と生きる意味をくれた。
 洗脳すれば手っ取り早いのに、わざとほったらかして『自我』と呼べる物を見守っていたその眼差しは、まるで――。
「メリーベルは、パパにとっては妹、或いは娘ある。だから‥‥レイは、信じるアルよ」
「その言葉の意味は理解出来ないが、私もあのお嬢さんは嫌いではないな」
「お前マジでボンクラな。何年ミュージアムにいるんだよ」
「興味が無かったのでな。人間をちゃんと見た事等無かった。つい最近までな」
 肩を並べる二人。片方は異形だが、見方によればそれは姉弟の様に見えない事もない。
「必ず守ろうな」
「無論だ。その為に我々は存在する」
「もし生き残れたら、その時は‥‥人間の話をしてやるアルよ」
「そうか。それは楽しみだ」
 なんとなくそのIFは来ないような気がした。『約束』なんて意味も理解出来ないけれど、真似したくなる何かがそこにはあった。
 ゆっくりと歩き出すレイ。これまで様々な戦場を放浪し、様々な仲間の死を見届けて来た。
 ドールズと呼ばれる組織が出来た時、レイは何と無くそれが人形師が作りたかった答えだったのではないかと思った。
「ツギハギ、天枢、ユリウス、セプテム、ペリドット、ルクス、キャロル‥‥デューイ」
 非効率的な組織だった。些細な言い争いや喧嘩が絶えなかった。
 それでもあそこには何か言葉に出来ない物があって、その良くわからない思いが胸の奥で燻っている。
「つくづく、人間って奴に感化されてしまったアルなぁ‥‥」
 理解出来ぬ思いの捌け口は、八つ当たりにも似た敵討ちに求めるしかない。拳を握り締め、前を向く。
 長かった戦いの終わりが今、始まろうとしていた――。

●参加者一覧

須佐 武流(ga1461
20歳・♂・PN
終夜・無月(ga3084
20歳・♂・AA
藤村 瑠亥(ga3862
22歳・♂・PN
六堂源治(ga8154
30歳・♂・AA
月城 紗夜(gb6417
19歳・♀・HD
加賀・忍(gb7519
18歳・♀・AA
沖田 護(gc0208
18歳・♂・HD
イレイズ・バークライド(gc4038
24歳・♂・GD
イスネグ・サエレ(gc4810
20歳・♂・ER
茅ヶ崎 ニア(gc6296
17歳・♀・ER

●リプレイ本文

●月光
 静かな月夜だった。
 生い茂る木々に隠されたミュージアムへと続く搬入口。そこには闇に紛れ警備のキメラが佇んでいる。
「ここで終わる。ドールズに関わって来た俺達の因縁が」
 鞘に収めた太刀を見つめながら六堂源治(ga8154)が呟いた。その瞳にはこれまでの様々な戦いが映りこんでいる。
 物陰で突入前の最終確認を行う傭兵達。その心境は各々、複雑な者もいればそうでない者もいる。
「思いの他、長い旅になったもんだ」
 どちらにせよここで幕は下りるだろう。戦いの中で朽ち果てていった幾つかの物語の終着点。この戦場で、一つの決着を迎える事になる。
 草木の陰でヒイロはやや緊張した面持ちで深呼吸を繰り返していた。
 間違いなくこの一戦は厳しい物になるだろう。無事に帰ってこられる保証はない。彼女自身はそれを納得の上でここに来たが、気になるのは仲間の事であった。
「イスネグ君、ニアちゃん‥‥くれぐれも気をつけるのですよ」
 大型の爆薬を背負ったイスネグ・サエレ(gc4810)と茅ヶ崎 ニア(gc6296)はヒイロの声に顔を見合わせる。
「安心なさいヒイロ。無責任シスターでもやる時はやるんです」
「先輩も気をつけて。せっかくカシェルさんと仲直り出来たんですから、無事に帰ってきましょう」
 心配そうに頷くヒイロ。その頭を撫で、終夜・無月(ga3084)はヒイロの首にペンダントをかける。
「わふ‥‥これは?」
「幸運のお守り‥‥かな。一緒に頑張ろう‥‥緋色」
 首から提げたメダルを握り締め、ヒイロは笑顔で頷く。
「借りた幸運は必ず返すのです!」
「その意気だよ。みんなでまた集まろう、ヒイロちゃん」
 無邪気な笑顔に笑いかける沖田 護(gc0208)。護は決意を胸にヒイロの肩を叩く。
 みんなでまたもう一度――。その為に、この場にいない仲間の分までヒイロを守ろうと堅く誓うのであった。
「さあ、全てにケリをつけに行こう」
 源治の声を合図に傭兵達は次々に立ち上がる。長い戦いの長い終わり、それが今始まろうとしていた。

●突入
 こうして傭兵達は山中の要塞、ミュージアムに突入する事になった。
 ミュージアム唯一の出入り口である搬入口には人形のキメラが警備として配置されていた。傭兵達はこれを速やかに撃破。しかしこの時点で幾つかの予定に狂いが生じる。
「この出入り口は簡単に封鎖出来そうにもありませんね‥‥」
 搬入口の入り口は広く、そして頑丈だった。唯一物資を出し入れする場所なので、当然と言えば当然なのだが。
 口元に手を当て考え込む護。その足元に転がったキメラを見やり源治が眉を潜めた。
「こいつは‥‥確かジョン・ドゥにリンクする能力を持ってたッスね」
 それこそがジョンが人形師の護りの要である理由。ジョンは自分の外見を模したキメラの反応を察知する能力があった。
 この搬入口の警備が沈黙した事は直ぐに知られるだろう。そして警備は他の搬入口にも存在する筈。搬入口の封鎖は山の東、南、西という距離のある各所を巡り行うには難しい案であった。
 南搬入口を開放し、広い直進通路を進む傭兵達。その正面に無数の人形キメラの姿を確認する。
「‥‥お出ましか。突破するぞ。爆弾を持った二人は俺からあまり離れるなよ」
 和槍を構え、イスネグとニアをカバーするように立つイレイズ・バークライド(gc4038)。一方、加賀・忍(gb7519)は敵を発見するなり接近、率先して斬り込んで行く。
「人の形をした敵が沢山居るのは嬉しいけど‥‥これじゃ物足りないわ」
 人形に肉薄し、身体を捻るようにして斬撃を繰り出す。キメラは倒れるが、次から次へと立ち塞がってくる。
 キメラを蹴散らしながら一丸となって突破する傭兵達。やがて通路を抜け、外周部に存在する居住エリアへと足を踏み入れた。
「ようこそ、我らが偽りの居城へ。歓迎するよ、人間諸君」
 町へ足を踏み入れた傭兵達の前に白い人形が立ち塞がる。仰々しく語ると帽子を胸に当て一礼する。
「俺達が来るのはお見通しってわけか」
「ほう‥‥まるで前回の焼き直しだな。芸が無いといえばそれまでだがね」
 低く笑うジョンを睨む須佐 武流(ga1461)。その隣に源治が並び、仲間を守るように布陣する。
「こいつの相手は俺達がする。悪いが他の事はお前達に任せるぞ」
 視線だけ仲間に向け呟く武流。無責任とは思うが、今はこの敵を倒す事に集中したかった。そうしなければ勝てないだけの力を持った敵だと、彼は身を以って理解していた。
「武流君、死んじゃ駄目なのですよ! 一人で無理したらヒイロはぷんすかするのです!」
 背後で何か小さい子がじたばたしていて一瞬緊張感に欠けるが、武流が軽く後ろ手を振ると静かになった。
「源治君も気をつけるのですよ。本当に本当に‥‥気をつけるのです」
 こうして二人を残し仲間達は奥へ進んでいく。それを阻止しようともしないジョンに武流は構えながら問う。
「行かせて良かったのか」
「警備は万全さ。それに私は嬉しいのだ。またこうして君達と対峙する事が出来て」
 腕を広げ、恍惚とした口調で人形は語る。
「君達のお陰で私は強くなっていく。君達と戦う事で私は命の躍動を感じる‥‥! 我に艱難辛苦を与え給え! 君達を殺し、私は生きる!」
「望む所ッスよ。ペリドットの、そして俺の無念を晴らす為に手前を斬る。そうしなけりゃ‥‥俺は前に進めなくなっちまったんだ」
 刃を構える源治。ジョンは高笑いの後、猛然と二人へ駆け寄るのであった。
 ジオラマの町には警報が鳴り響いていた。住人達は白い箱のような家の中に飛び込み、今は息を潜めている。
「緋色、これを‥‥」
 ヒイロにインカムを手渡す無月。情報端末「天照」 には拡声機能がついており、住民への呼びかけに役立つだろう。
 頷くヒイロ。町にはやはり人形のキメラがあちこちに配置されており、取り囲むように近づいてくる。
「俺はヒイロと一緒に住民の説得を試みます‥‥そちらも気をつけて」
「ああ。プラントの爆破が終わったら合流する」
 無月の声に頷くイレイズ。無月は近づくキメラを撃ち抜きながらヒイロと共に街の奥へと進んでいった。
 プラント爆破の為研究エリアを目指し移動を再開する一行。目指す通路の扉の前、腕を組んで待つレイ・トゥーの姿があった。
「素通りじゃねえか! ジョンは何してるアルか‥‥!」
 憤りに舌打ちするレイ。その傍らに上空から炎を纏った怪鳥が降り立り、甲高い鳴き声を上げる。
「真正面から突っ込んで来るとは‥‥アホなのか、それとも策があるのか。どちらにせよいい度胸アル」
 と、レイが離している間にニアとイスネグは家屋の影に隠れていた。
「私の戦場はここじゃない‥‥なんちゃって」
「隙を見て突破するのが得策ですね」
「うんうん。時間がもったいないし、命がいくつあっても足りなくなっちゃう」
 イスネグの言葉に頷くニア。護衛としてついてきたイレイズと忍が迂回ルートを確認し、二人を誘導する。
「チャイナガール、出会ってすぐお別れとは寂しい限りだわ」
「ジョンはいいんですか」
「ジョンは別にいいや」
 そそくさと去っていくニアとイスネグ。それに気付かずレイは話し続けている。
「お前達は望まれない客人だって事がわからねえアルか? ここじゃお前らの方が悪党アルよ」
 喋りながら小首を傾げるレイ。傭兵達の数が減っているような気がする。
「悪党だろうが構わん。人形と人間は所詮相容れんのだ。ピノキオの物語は、幻想だ」
 月城 紗夜(gb6417)の声に思考を中断し目を向けるレイ。隣で藤村 瑠亥(ga3862)も二刀小太刀を構える。
「付き合ってもらうぞ、中国人。お前の相手は俺達だ」
「そうアルか。まあレイは正々堂々やるつもりはないアルが」
 周囲から迫る無数のキメラ。炎の怪鳥は翼を広げ、はばたき舞い上がる。
「背後は守ります。皆さんは目標に全力を」
 周囲から迫るキメラを見やり、護が呟く。三人はそれぞれ武器を構え、迎撃を開始するのであった。

●幻想
 レイが立ち塞がっていた入り口から迂回し、別の入り口から研究エリアに潜入したイスネグ、ニア、イレイズ、忍の四名。複雑に入り組んだ迷路のような通路を突き進んでいく。
 道中には人形のキメラが何体も立ち塞がり、遭遇する度イレイズと忍が始末しているが、次々に現れるキメラの所為で中々先に進む事が出来ない。
「狭いし隠れる所ないし敵多いし、本当に命が幾つあっても足りないわ‥‥!」
 走りながらぼやくニア。その時十字路の左右からこれまでとは違うデザインのキメラが出現、ニアに襲い掛かった。
 巨大な十字架を引き摺って走ってくるカソックの大男‥‥。奇妙な外観のキメラは十字架を振り下ろすが、間に入ったイレイズがその一撃を受け止める。
 槍で受け止め押し返すイレイズ。ただの人形のキメラと比べ、この敵の戦闘力は格段に高い。
「後ろからも来てるわね」
 背中合わせに武器を構えるイレイズと忍。キメラは低い声で吼え、再び攻撃を繰り出してくる。
「こいつらは引き受ける! 二人は先に行け!」
「すみません! ニアさん、行きましょう」
 忍が敵の一体に斬りかかり道を作ると、そこをイスネグとニアが通り抜ける。
「どこを見ている、こっちだ!」
 キメラは先に行った二人を追いかけようとするが、イレイズの声に踏みとどまる。結果二人はキメラに囲まれる形になった。
 振り下ろされる十字架をかわし、側面に回り込みながら身体を平行に回し鋭く斬撃を放つ忍。しかしキメラは怯まず再び攻撃を仕掛けて来る。
 背後に跳び、壁を蹴って再び斬り付ける忍。刃に返って来る感触は鈍く、そして重い。
「一筋縄じゃ行かないわね‥‥ふふ、こうでないと」
「嬉しそうだな」
 返事の代わりに口元に笑みを浮かべる忍。戦う二人を残し先に進んだ二人は通路の影に隠れ、慎重に進行を続けていた。
「慌てず急げって感じね」
 イレイズと忍に守られて直進していた時より進行速度は格段に遅くなったが、キメラの相手をしている余裕は無い。急がば回れである。
「そろそろプラントですかね」
 そうして二人がプラントに近づいていた頃――。

「ミュージアムにお住まいの皆さん、ヒイロの話を聞いて欲しいのです!」
 ジオラマの町の中、マイクに叫ぶヒイロを守って戦う無月の姿があった。
 大声が響き渡っている所為か次々に現れる敵、それを無月は一人で何とか迎え撃っていた。
 迫る人形を拳銃で片っ端から撃ち抜く。そこへこれまでの物とは違うデザインの黒いキメラが猛然と迫ってくる。
「ヒイロ達は人形師を倒し、この基地を壊しに来ました! もうここで暮らしていく事は出来ないのです! だからヒイロ達と一緒に逃げて欲しいのですよ!」
 接近する黒い人形は三体。走りながら腕を射出し、その一撃はヒイロを狙っている。無月は走り、迫る攻撃を刃で払う。
 三体の敵を同時に相手にする無月を心配するヒイロ。そこへ何処からとも無く石が飛んでくる。
 石を投げて来たのは幼い子供だった。それを皮切りに家屋から人々が姿を見せ始める。
「出て行け! どうして俺達の幸せを邪魔するんだ!」
「私達何も悪い事はしていません! 誰にも迷惑はかけていません! ただ家族と一緒に居たいだけなんです!」
 次々に飛んでくるガラクタを浴びながら戸惑うヒイロ。更にキメラが出現し、ヒイロも武器を構える。
「緋色!」
 二丁拳銃を連射する無月だが敵の動きは素早く止めるに至らない。ヒイロを守ろうと立ち回る無月に四方八方から攻撃が降り注ぐ。
「く‥‥っ、数が多すぎる‥‥」
「無月君!」
「大丈夫‥‥緋色には傷一つ付けさせない‥‥!」
 剣を横薙ぎに振るい、キメラを両断する無月。ヒイロを守りながらでなければ積極的に攻められるが、今は耐えるしかない。
 この敵はキメラとは言え強力だ。この数に襲われてはヒイロではひとたまりもないだろう。
「もうここでは生きていけないのです! ヒイロの話を聞いて欲しいのです! お願いだから――!」
 声は届かない。怒りや嘆きの声で掻き消されてしまう。それでも少女は叫び続けた。

「――貴様等は一々人間に夢を与える。まるで死者が生存しているかのように」
 喧騒を遠くに聞きながら紗夜はレイと切り結んでいた。鋼の拳でそれを受け止め、レイは笑う。
「与えられなければ生きていけない弱い生き物だから、レイ達が与えてやっているだけアル」
「‥‥邪魔な存在だ。故に排除する」
 刃でレイを押し返し、屈みながら蹴りを放つ紗夜。足払いで体勢を崩し、しかし地に手をついてレイも蹴りを放つ。
 間に刀を挟んでも腕に重く衝撃が走る。歯を食いしばり耐える紗夜。レイは逆立ち状態から滑らかに直立し、身体を捻りながら裏拳を繰り出してくる。
「紗夜さん!」
 後方から銃を放つ護。銃弾に反応し身を逸らしたレイの一撃を刃で弾き、紗夜は僅かに後退し構え直した。
「人は弱い。人は愚かだ。人は縋る。在りもしない幻想に。与えられた神に」
 自らの傷を癒しながら息を整える紗夜。護の練成治療も手伝って傷は凡そ回復する。
「自分で歩けねぇバカには与えられた夢がお似合いアル」
 包囲していたキメラを倒し、より前に出る為に走る護。その背景を舞う怪鳥を瑠亥は建造物の上を駆けながら対応していた。
 追ってくるキメラを薙ぎ払い、降り注ぐ火炎をかわしながら二丁拳銃で怪鳥を迎撃しているその様子には余裕すら感じられる。
「まぁ、火力としては足りんかもしれんが、弾幕は武器にはなるか」
 無傷で戦う瑠亥よりも苦戦する紗夜を護が優先してフォローするのは当然の流れだった。しかし二人がかりでもレイは手強い。回復能力が無ければ勝負は既に決していたかもしれない。
「お前猪口才アルなー‥‥さっきから余計な事を!」
 軽くステップを踏み、急加速するレイ。空振る紗夜の刃を潜り、一息に護へ駆け寄る。
 銃で迎撃を試みるがレイは悉くを回避。繰り出された拳を盾で防ぐが、それでも護の身体は軽く弾き飛ばされる。
「く‥‥! 竜は、倒れないっ! 紗夜さん!」
 レイの背後、紗夜が素早く近づき刃を繰り出す。片腕で止められるが、紗夜はそのまま踏み込み身体を回転させながら刃を振りぬく。
 見詰め合うレイと紗夜。互いの瞳には別々の怒りの色が宿っている。
 何度も願った。大切な人が生きていればと。もう一度やり直せたら、と。
「我は違う――!」
 与えられた夢よりも、失った痛みが背中を押しているから。
「幻想に屈したりはしない!」
 交える一撃。刃を止め、腕を掴みレイは組み伏せる様にして紗夜を大地に叩き付ける。鈍い音が響き、あらぬ方向に曲がった腕に思わず悲鳴が零れる。
「やらせない! 僕が相手だ!」
 銃を構える腕を拳で打たれ、得物を取りこぼす護。続け繰る攻撃を盾で受けるが、左右の腕から繰り出される攻撃はとても見切れない。
 全身を殴られAU−KVの装甲が拉げ悲鳴を上げる。それでも剣を手に、仲間をフォローする為に攻撃を繰り出す。
「遅ぇんだよ、お前は!」
 刃が届くより早くレイの渾身の拳が護の腹を穿つ。驚異的な威力を受けた護はかなりの距離を吹き飛び民家に激突する。
 瓦礫から起き上がる護を横目に倒れた紗夜を踏みつけるレイ。折れ曲がった腕から血を流しながら刃に手を伸ばす紗夜をレイが蹴飛ばそうとしたその時。
 側面から瞬時に踏み込んできた瑠亥の一撃に飛び退くレイ。瑠亥は血塗れの紗夜を抱きかかえ護の所まで後退する。
「間に合わなかったか‥‥すまない」
 眉を潜めるレイ。気付けば怪鳥は首を落とされ民家の上に墜落している。
「さて、もう少し頑張れるか? 中国人」
「つーか中国人じゃねえアル」
 駆け出す二人。風を引き裂く刃の音が静かに響き渡った。

●決戦
 遠くからヒイロが住民を説得する声が聞こえる。仲間の安否を想いながら源治は刃を構え直した。
「フ‥‥つくづく人間とは愚かな存在だ。無意味な行為に懸命な姿には愛しさすら覚えるがね」
 笑うジョン・ドゥ。一度はジョンを追い詰めた源治と武流だが、今回は以前よりも更に苦戦を強いられていた。
「偉大なる我が主の力で更に強く逞しくなった我が肉体は如何かね? これならば君達に遅れを取ったりはしないさ」
「他人の力で強くなって偉そうな口を利くな。お前たちが人形なら‥‥俺は人間としての力で勝つ」
「その意気だ! さあかかってきたまえ! 夜はとても長いのだよ!」
 素早く駆け寄り蹴りを放つ武流。連続して繰り出される鋭い蹴りをジョンは左右の腕で受け止める。
 ジョンは反撃で鋭い爪を振るい、拳を繰り出す。武流もまたそれをかわし、繰り出される腕を弾いていなしていた。
「素晴らしい動きだ! そして素晴らしい連携だ!」
 武流の蹴りをかわした先、回り込んで挟撃の形を取っていた源治が刃を繰り出す。
 生半可では耐えられない程の威力を持つ源治の刃を腕で受け止め、至近距離で腕を射出するジョン。源治は切っ先でそれを逸らすが、直後ジョンの体が近づいてくる。
 源治の背後にあった民家の一部を掴んで本体を引き寄せたジョンは源治を蹴り飛ばし、民家の上に立って笑う。
「ふははっ! そうだ、この傷が私の胸を高鳴らせる‥‥まるで恋焦がれる乙女の心地だ!」
 武流が超機械で、源治が衝撃波でそれぞれ攻撃を放つ。それを跳躍して跨ぎ、上空から二人に左右の腕を放つ。
 身をかわす武流だが、胸倉を捕まれた源治は飛来する本体の膝蹴りを受ける。が、同時に刃を繰り出し二人は同時に後ずさる。
 口の中の血を吐き出し刃を構える源治。その胸に様々な思いが去来する。
 ドールズと呼ばれた強化人間達を彼はこれまで何人も斬って来た。その最期は一つ残らず覚えている。
 今だからこそ思う。彼らと自分達の一体何が違ったのだろうか?
 ただ斬って終わらせるには長すぎる戦いだった。立場の違いだけで敵を斬ってきた。そして今もまた、斬って終わらせようとしている。
 悩まずに来たと言えば嘘になるし、今もそれは変わらない。だが、心に一つ、答えは決めて来た。
「俺は俺のエゴで手前を斬る。『人類の為』じゃねえ。俺は俺の為に、俺の意思で手前を斬る――!」
 覇気に満ちた構えに隙はない。これまで以上に冴え渡る刃の煌きに源治は必殺を誓う。
「俺を憎めジョン・ドゥ。手前を殺す、この俺を――ッ!」
 源治と武流は猛攻を仕掛ける。二人の攻撃を連続で受けながらもジョンは素早く立ち回り持ち前の頑丈さと豪腕を武器に耐え続ける。
「どうした、それが人間の力か! その程度でこの私を殺すというのか!」
 腕を射出し突きを放つジョン。頬を掠めるその一撃をかわし、武流は刀を取り出す。
「そう何度も同じ手を食らうかよ!」
 腕と本体を連結するワイヤーを斬り付ける。しかし頑丈な糸に刃は通らない。
 しかし武流は刃を返し、素早く同じ箇所に刃を奔らせた。二度目の攻撃でワイヤーに断裂が生じ、射出した腕はそのまま壁に突き刺さる。
 それはこの上ない好機であった。超機械で電磁波を放ちジョンを怯ませると武流は勢いをつけ跳躍する。
「なんと!?」
「俺には約束があるんでな‥‥! お前に倒されてる暇はねぇんだ!」
 空中から飛来する武流の蹴りが狙うのはジョンの古傷――二人が以前つけた傷跡であった。
 傷に減り込む踵。衝撃に後退するジョンの傷跡から周囲の装甲に亀裂が広がっていく。
「ふっ、ふはは! だがこの程度!」
「まだだ! まだ、終わりじゃねぇ――!」
 傷口から足を引き抜いた武流は空中で静止していた。空に片足をかけ、ジョンを見下ろす。
 縦に回転する身体。スコルが火を噴き加速する足。放たれたそれは彼の渾身の一撃――。
 負けるわけには行かない理由があった。彼にとってはどうでもいい些細な約束だ。
 しかし彼女はそれを本気で信じている。自分を信じて、今も戦っている。
「それだけは――!」
 護ってやらなければならないと思うから。
「おぉおおおッ!?」
 撃鉄を思わせる一撃は再び古傷を穿つ。亀裂が広がり、やがて砕け、ジョンの上半身の装甲は崩れ去った。
「馬鹿な‥‥我が主から賜った鎧が‥‥砕けるなどっ!」
 怯み仰け反るジョン。そこへ背後から回り込んでいた源治が渾身の力で蹴りを放つ。
 蹴り飛ばされ壁に激突するジョン・ドゥ。源治は刃を両手で上段に構え、瞳を閉じる。
 剣の紋章が浮かび上がり、それは光となって刃に宿る。瞳を開き――ありったけの力で刃を振り下ろす。
「これで‥‥終わりだッ!」
 閃光の刃が放たれた。光ジョンの身体を縦に真っ二つに切り裂く。
 大地に、壁に、這うように刻まれた直線の斬痕の真ん中でジョンの身体に皹が入り、そして夥しい量の血が空を舞った。
「人間‥‥如き、に‥‥」
「――ふん。人間の力を」
「舐めるんじゃないッスよ」
 膝を着き、崩れ落ちる。
 うつ伏せに地に伏した異形はそれきり動く事は無く。それは長かった因縁の終わりを意味していた――。

「なんだ、もうバテたか? 随分あの二人に苦戦を強いられたらしいな」
 レイの放つ拳が空振り、瑠亥は静かに笑みを浮かべる。
 二人の高速戦も佳境を迎えつつあった。手を、足を、刃を、二人は凄まじい勢いでぶつけ合う。
 互いに決定打を当てられない精神を削る様な攻防が続いていた。
 まるで事前に打ち合わせたかのように互いの攻撃はぎりぎりで命中せず、二人は踊るように立ち回り、時折位置を入れ替えながら戦いを続ける。
「どうした、息が上がっているぞ?」
「チッ、涼しい顔しやがって‥‥!」
 高速で繰り出されるレイの拳をかわし、小太刀を繰り出す瑠亥。遂に刃はレイの脇腹を切り裂き、鮮血がぽたりと地に落ちる。
 怯まず攻撃を繰り出すレイだが息を乱し始めたその拳からは徐々に鋭さが消えていくのがわかる。
 その時、身を引いたレイの足を護の放った弾丸が貫いた。後方で紗夜の傷を癒しながら銃を構える護はレイに呼吸を整える間を与えない。
「く‥‥っ!」
 ぐらつく身体に瑠亥が追い討ちをかける。刃をかわしきれず、レイの体を小太刀が刻む。
 反撃を繰り出すレイだが、放った蹴りは空を切る。瑠亥は突然後方に跳んだのだ。
 代わりに足元に何かが転がってくるのが見えたが、今のレイには反応しきれなかった。ましてやそれが既に戦闘不能にしたと思っていた紗夜が投げた物なら、気付けないのは当然の事だった。
 レイの足元で眩い光が炸裂し周囲を照らし上げる。護の治療で意識を取り戻した紗夜が投げつけた閃光手榴弾にレイは身を引く。
「今だ! 練成超強化――藤村さんッ!」
 光の中全身する瑠亥の背中に護が放った虹色の光が宿る。レイは雄叫びと共に拳を繰り出すが、放たれた一撃は瑠亥の影を貫いただけだ。
「なっ、ざんぞ――!?」
 その時漸く自分が斬られたのだと気付いた。二人の戦いは要するに先に一撃を決めた方の勝ち。レイの背後、瑠亥は鞘に小太刀を納めた。
 崩れ落ち、血を吐いて倒れるレイ。その体に刻まれた十字の傷は致命傷と呼ぶに値する物だった。
「パパ‥‥ごめん、なさい‥‥」
 涙を流し倒れるレイ。瑠亥はゆっくりと振り返り、その最期に目を瞑るのであった。

●希望
「これでよし。ニアさん、そちらはどうですか?」
「うーん、もう少し‥‥」
 キメラプラントに到達したイスネグとニア。既に爆弾を設置したイスネグはニアに歩み寄る。
 青白い光に照らされたその部屋の壁には水槽があり、中には人間の‥‥否、キメラの部品が無数に漂う。
 ここが悲劇の中枢。人に夢を見せる装置。このプラントが停止すればミュージアムはその機能を失うだろう。
 その時プラントの扉が開き、無数のキメラが入り込んでくる。
「ニアさんまだですか!?」
「急かさないでよ‥‥っと!」
 爆弾を設置し振り返るニア。二人を取り囲むようにキメラはじりじりと近づいてくる。
「私達、爆弾二勇士って感じですね、イスネグさん」
「その流れで行くと、私達も爆死のような気がします」
 背中合わせに構える二人。イスネグは笑い、閃光手榴弾を取り出す。
「ハッピーエンドにする為にも腹くくっていこうか」
 放り投げられた閃光手榴弾が眩い光を放つ。二人は同時に走り出し通路へ続く出口へ急ぐ。
 邪魔なキメラを殴り飛ばし走るイスネグ。追ってくるキメラを銃で牽制しつつ扉を閉め、ニアが息を吐く。
「急いで離れないと爆死確実ね。でも入り組んでるし道が‥‥」
「こんな事もあろうかと目印をつけてきました」
 イスネグが指差す壁には彼が道中つけてきたペイントがべったり付着している。
「そういやそうだったわね」
 目印を頼りに走り出す二人。道を塞ぐキメラは片っ端から無視をして駆け抜ける。
 そんな二人の正面に大柄のキメラが立ち塞がる。十字架を振り上げ吼える敵にニアは小銃を連射。怯んだ隙にイスネグはニアを抱え、スライディングで脇を一気に通り抜ける。
 頭上すれすれを薙ぎ払う一撃にひやひやしつつ突破に成功しイスネグはニアを降ろして笑う。
「惚れるなよ」
「はいはい」
 そうして二人が向かう先、イレイズと忍はキメラとの戦いを続けていた。
 繰り出される十字架を槍で弾き、胸を貫くイレイズ。そこへ跳躍した忍が袈裟に刃を叩き込み、漸くキメラは沈黙する。
「数が多すぎるな‥‥」
 頑丈な上に次々に現れる敵に二人共限界を迎えていた。息は上がり、服に染み付いた血は敵の物か自分の物かも分らない。
 漸く一通り敵を処理した瞬間、緊張の糸が途切れるかのように倒れこむ忍。イレイズはその身体を抱き留める。
「ここは自分を高めるにはもってこいの戦場ね‥‥」
「無茶しすぎだ。ほら、捕まれ」
 肩を貸すイレイズも傷だらけだが忍よりは余力を残していた。そこへイスネグとニアが走って来る。
「爆弾は設置したわ!」
 追ってくるキメラに銃を乱射するニア。その間にイスネグが二人を治療すると全員で走る余裕が生まれた。
 肩を並べて走る四人。ふとイスネグが不安げに呟いた。
「先輩、無事だといいのですが‥‥」
「あいつなら大丈夫だ」
 走りながら答えるイレイズ。彼は道中ヒイロと話した事を思い返していた。
「あいつは大切な人を失っても立ち止まらなかった。本当に、心が強くなければ出来ない事だ」
 少女は真っ直ぐだった。悲しみや苦しみと対峙し、それでも歩き続けた。
 その姿勢を少し羨ましく思う。そしてだからこそ、彼女を信じられる――。
「――甘ったれるなッ!」
 遠くから少女の声が聞こえる。
「神様なんて居ない。誰も救ってなんかくれない。許してなんかくれない。わかってるんでしょ、取り戻せないって!」
 キメラを切り裂き振り返る無月。少女は無月を見やり、叫ぶ。
「皆戦ってるんだよ! 抗ってるんだよ! それは生きている人間の義務なんだよ! 生きて幸せになる為に努力を続ける事が、生まれてきた意味なんだ!」
 各地で戦いを終えた傭兵達が集まってくる。イレイズはその様子を眺め小さく微笑む。
「そうだ、難しく考える必要は無い。ただ‥‥背を押してやればいい」
 差し伸べられた小さな手にはどれほどの価値があっただろうか。
「一緒に来い! 独りぼっちなんかじゃないんだよ! 同じ痛みを抱えて一緒に生きていく仲間が、皆には居るんだから――!」
 言葉が人々に届いたのか。或いは彼ら自身が考えた結論なのか。
 失った人を取り戻せない事は失った人間が一番良くわかっている。例え形は同じでも、それを違うと感じるだけの親しさがあったのだ。
「皆聞いて! もう直ぐここは爆破されるわ! 逃げるなら今しかないのよ!」
「俺は貴方達を死なせたくない‥‥お願いです、一緒に行きましょう」
 声を上げるニアに続き無月が手を差し伸べる。人々の中にどよめきが走り、そして――小さな子供が一歩、彼らへと足を踏み出した。



 爆発音と共に光が溢れ、炎が全てを焼き尽くしていく。
 夢を見せる機械は爆ぜ、周囲の施設を誘爆させながら朽ちていく。
 町がどうなったのか。町に残った人々がどうなったのか。脱出した傭兵達に知る由は無い。
「緋色」
 風に吹かれ月光の下に佇む少女。その肩を叩き、無月は指差す。
「是が緋色の力だよ‥‥」
 説得に応じ、脱出してくれたのは何割だったろうか。
 全てを救う事も全てと分かり合う事も出来ない。それでも僅かに生き残った彼らを、『救えた』と言えるのだろうか。
 大粒の涙を流し悔しげに拳を握り締めるヒイロをひょいと抱き上げ、肩車する無月。
 戦いが終わり、傭兵達は等しく月を見上げていた。これが幸福な結末だったのかなんて誰にも分らない。
 それでも月は、ただ優しく。
 終わった彼らの物語を、光で包み込んでいた。