タイトル:裁きの名の下にマスター:神宮寺 飛鳥

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/06/07 22:38

●オープニング本文


●再会
 曇り空に銃声が数回、重なるようにして響き渡った。
 人が住む町に現れたキメラを倒す――依頼内容はそんなよくある、特に難しくもない物だった。
 結論から言えば討伐は無事に完了、依頼内容は十二分に達成された。後は引き上げるだけ‥‥それなのにヒイロ・オオガミの気持ちは晴れなかった。
 また銃声が響き渡った。戦闘の終わった町にその音は不必要な筈だった。それなのに銃声は止む気配がない。
「スバルちゃん、もう止めるのです‥‥それはもう、死んでいるのですよ」
 オーソドックスな動物型のキメラの死体が転がっていた。その頭を踏みつけ、執拗に死体に向かって引き金を引くよう兵の姿があった。
「スバルちゃん!」
 ヒイロが大声を出すと漸く動きが止まる。AU−KVで全身を覆われた彼女がどのような表情を浮かべているのか、ヒイロには分らなかった。
「あ、オオガミさん。何か言いましたか?」
「何か言ったって‥‥そのキメラはもう死んでるのです。蹴ったり銃で撃つのはやめるのですよ!」
「確かに弾の無駄ですね。まだキメラが潜んでいないとも限らないし」
「そういう事じゃなくて‥‥」
 銃を収めたと思ったら今度は死体を思い切り蹴り飛ばすスバル。何度も何度も蹴りを入れ、踏みつけ続ける。
「スーバールーちゃんっ! やめるのです! どうしちゃったのですか!?」
「どうしたもこうしたも‥‥だって化物じゃないですか。こいつらが人類を苦しめる敵なんですよ」
「でももう死んでるからっ!」
「死んだくらいじゃ生ぬるいです」
 背後から飛びつき羽交い絞めにするヒイロ。それでやっと静かになったスバルにヒイロは戸惑いの視線を向けた。
 彼女の様子がおかしいと感じたのはこの討伐以来を一緒に受けた時からだった。違和感は戦闘が始まると色濃くなり、やがて核心に変わった。
 スバル・シュタインが傭兵になる以前からヒイロは彼女の事を知っていた。そして彼女が傭兵になると決めた日、ヒイロもその場に居合わせた。
 彼女はどちらかと言えば内向的で、身体が弱い事もあって物静かな印象だった。それが今となっては――。
「化物を、人間の敵を、一匹残らず駆逐する‥‥それが能力者の役割です」
「それはそうなんだけど! それはそうなんだけどスバルちゃん、なんかおかしーのです!」
 我が身の傷を省みず敵に突っ込んでは周囲との連携も無視してただ暴れるだけ。敵に攻撃するにしても急所をあえて狙わず手足を挫きいたぶるようにして仕留める。果ては仕留めた敵をいつまでも飽きずに攻撃する‥‥その様子は以前の彼女と比べ明らかに異常だった。
 不安げに声をかけるヒイロ。しかしスバルは逆に不思議そうに首を擡げる。
「何がおかしいんですか?」
「な、何がって‥‥」
「この力があれば敵を殺せる。人類の敵を。私達の敵を。憎い敵を。憎いから徹底的に殺すんです。可能な限り楽しんで」
 血に染まった手を見つめ呟くように言うスバル。その口元はきっと笑みを作っていた。
「大丈夫です。オオガミさんも守ってあげます。今のわたしならそれが出来るんです。もうお土産話は要りません。一緒に何処へでも行けるんですよ」
「スバルちゃん‥‥」
 悲しげに犬耳を垂れさせるヒイロ。スバルは優しかった。いい子だった。なのにどうして――。
 言っている事は間違いだと言える程間違いではない。確かに敵を殺し人を護るのが能力者の仕事だ。しかし、これでよかったのだろうか?
「ど、どこに行くですか?」
「敵がまだ居ないか探してみます。覚醒が切れたらわたしは役立たずですから、動けるうちに」
「ま、待つのです! もういいのですよ、敵はいないのです!」
「わからないじゃないですか、そんなの」
「いないったらいないのです! いないのですーっ!」
 自分が何故こんなに必死になっているのか、それはヒイロにもわからなかった。
 ただこのままでは何か良くない事になる‥‥そんな嫌な予感がして、それが奇妙な焦りとなって彼女の背中を押し続けていた。

●疾走
 人気の無い街中を突っ走る大型バイク、そこに跨り青ざめた表情を浮かべるリップス・シザースの姿があった。
 先ほどからこのバイクは目的地に真っ直ぐ向かわず寄り道をしまくり、住人が避難した都市を走り回っている。
「カイナ止めて‥‥! きもちわるい‥‥!」
「あーっ!? 聞こえねーよ! 何か言ったかリップス!?」
「カイナ! 吐くっ! もう‥‥吐くっ!!」
「聞こえねーよ! イヤッホォオオオオオッ!!」
 ウィリー状態のバイクを猛スピードで走らせる赤髪の女。カイナと呼ばれた女は背中にひっついているリップスを気にも留めず楽しげに歓声を上げている。
 二人の仕事はこの町にキメラを放ち、それを討伐しに来た能力者と一戦交える事。しかし二人は既にキメラが殲滅されている事を知らない。
「カ‥‥イ‥‥うぷっ」
「どうしたリップス、楽しめよ! 久しぶりの外出だっつって楽しみにしてたじゃねえか‥‥おっ?」
 力尽きたリップスが振り落とされ転落する。カイナが慌ててUターンして戻ると道端でリップスは嘔吐していた。
「何ゲロってんだお前‥‥キモ‥‥」
「えぐ‥‥っ! 止めてって‥‥とめてってゆったのに‥‥ぐすっ!」
「あー、俺が悪かったよブラザー。よしよし、泣き止むんでちゅよー」
 泣いているリップスの頭を撫で回すカイナ。暫くして落ち着くと二人は街を眺めながら顔を見合わせた。
「なんかこの町でやる事があったような気がすんだよな」
「‥‥カイナ、ここに何しに来たのか知ってる?」
「何しに来たんだ?」
 思い切りカイナの足を踏みつけるリップス。こうして二人は本来の目的を果たす為、戦場へと向かうのであった。

●参加者一覧

時枝・悠(ga8810
19歳・♀・AA
水雲 紫(gb0709
20歳・♀・GD
蒼河 拓人(gb2873
16歳・♂・JG
グロウランス(gb6145
34歳・♂・GP
張 天莉(gc3344
20歳・♂・GD
ティナ・アブソリュート(gc4189
20歳・♀・PN
イスネグ・サエレ(gc4810
20歳・♂・ER
茅ヶ崎 ニア(gc6296
17歳・♀・ER

●リプレイ本文

●連戦
「銃声がしたから来て見れば‥‥何事です?」
 キメラ討伐が終了して間も無く。水雲 紫(gb0709)は新人二人の揉み合う様子に首を擡げていた。
「ハシカみたいなものだろ、能力者の」
 紫の質問に答える時枝・悠(ga8810)。新人二人の様子に思う所が無い訳ではないが、今は面倒であるとう彼女の方が勝っていた。
「スバルさん‥‥」
 新人二人のやり取りを不安げに見守る張 天莉(gc3344)。その隣で口元に手を当てグロウランス(gb6145)は片目を瞑る。
「このDG、長生きは出来んな」
 誰にも聞こえない程の小さな呟き。我が身を省みて人の事は言えないなと思い改めるが、それでも彼女と自分には違う所がある。
「まぁスバルさんは依頼初めてだし何回か戦えば普通になるかな‥‥多分。ヒイロ先輩も昔よく突っ込んで行ったっけ」
 物思いに耽るグロウランスに代わり語るイスネグ・サエレ(gc4810)。少し懐かしい様な不思議な気持ちで見守りつつ、仲間に治療を施していた。
「そう‥‥ま、あの手の子にはよくある事です。力に酔ってる今、何か言っても効果は期待できないでしょう」
 複雑な表情でスバルを見つめる紫。そうして声をかけようとしたその時である。
 遠くから近づいてくる爆音と女の叫び声。傭兵達が目を向ける大地の先、大型バイクが猛然と近づいてくる。
「ついたぜェ、リップス!」
 ドリフト気味に急停車すると後ろに跨っていた少女が吹っ飛び傭兵達の前に転がってくる。泡を吹いていた。
「こんな所に人間? んなわけないか、ありゃ敵だわ‥‥!」
 物陰の狙撃位置で撤収の準備をしていた茅ヶ崎 ニア(gc6296)が呟く。同じく狙撃位置にいた蒼河 拓人(gb2873)も再び銃を構える。
「‥‥ちょっと拙いのが出てきたな」
 スバルに一言考えていたのだがそれはまだ先になりそうだ。ライフルを構え、スコープ越しに敵を見る。
「よォ今日は御機嫌よう。喧嘩しようぜェ、人間」
「人‥‥いや、強化人間?」
 初めて見る強化人間に身構えるスバル。その前に出てイスネグは庇うように腕を伸ばす。
「相手の意図が分らない‥‥二人は下がって」
「敵なのでしょう?」
「スバルちゃんここはイスネグ君の言う通りに!」
 背後からスバルを捕まえるヒイロ。そんな三人を横目にティナ・アブソリュート(gc4189)は敵に声をかける。
「あなたがいるなんて聞いていませんが‥‥えっと、リップ・サービスさん?」
「なにそれエロい‥‥じゃなくて、リップス・シザース!」
「知り合いか? 俺はカイナ・ゲンノウだ。宜しく嬢ちゃん」
 握手でも求めそうな爽やかな表情で自己紹介するカイナ。そんな敵をじっくり眺めるグロウランス。
「ふむ、貴様は鋏の子‥‥そっちはツチノコに決めた」
「勝手に人をUMAっぽく呼ぶなよ」
 指差され苦笑するカイナ。気を取り直しグロウランスは口を開く。
「リップスとカイナ‥‥唇と腕、か。では仲間に足や神経が居たりするのかな?」
「冴えてるねェ、ほぼ正解」
「ところでツチノコ君、そのバイクだが‥‥」
 バイクに跨ったままの女は今気付いたという様子で降りるとバイクを押して端っこに移動させ戻ってきた。
「気遣いどうも」
「変形させて纏ったりしないのか?」
「趣味と仕事は混同しない主義でね」
「それは良かった。鎧を纏ったら素敵な胸元が鑑賞できないのでね」
「はッ、違いねェ」
 二人はそうして和やかに笑い合っていた。そんな空気に業を煮やすリップス。
「何仲良くしてんの! 仕事でしょ!」
「同感です。化物とお喋りなんてどうかしています」
 同じく批判的な視線を向けるスバル。カイナは肩を竦め背にしていたハンマーを放り投げた。
「ご尤もで。そっちも面倒だと思うが付き合ってくれよ。なァに、ちょっとちょっかい出すだけだからよ」
 動き出す強化人間。キメラ討伐から休む間もなく傭兵達は応戦を強いられるのであった。

●鋏と槌
「カイナがしっかりしないならあたしが!」
 鋏を分割し襲い掛かるリップス。対峙する天莉は傘を手に身構える。
 踊るように連続で繰り出される刃の猛攻を防ぎながら天莉は顔を近づけ問いかけた。
「あなた達と孤児院の関係、後は杭打ち少女に心当たりはありませんか?」
「効いてないんだ。へぇ、やるじゃん」
 そこへ側面から駆け寄り剣を振るうティナ。片手で攻撃を受けながらリップスは眉を潜める。
 ただ鋏を大振りに繰り出すだけでなく小柄な身体を器用に操り蹴り等も織り交ぜリップスは攻めてくる。
 しかし防御に専念した天莉は余力を持って対応を。前回の交戦から癖を学んだティナも不意打ちの連続に食らいつく事が出来た。
「速くなってるね‥‥ムカツクじゃん」
「この間、何か暗くて人の話を聞かない杭を飛ばす方と遭遇しましたが、彼女も仲間ですか?」
 振り下ろされる刃を剣で受け、固定した剣に逆立ちし、体を捻り斬撃を放つティナ。
「それともう一つ。貴女達の依頼人ってどんな方?」
「さっきからうるさいなぁ!」
 続けて攻撃するリップスの側面から蹴りを放つ天莉。二人は交互に攻撃を繰り出し隙を潰すように立ち回る。
「そんなの答えるわけないじゃん。バカなの死ぬの!?」
「なんか常に泣いてる気がしますね。泣き虫リップス‥‥」
「泣いてないもんバーカ!」
 涙目になっているリップスに苦笑する天莉。少女は地団駄踏んで答える。
「知った所で無意味でしょ。あたしが可哀想な孤児だったら、あんたはあたしを見逃すの? 許せるの?」
 暗く敵意の篭った視線で少女は天莉を睨む。
「あたしの仲間も依頼主も関係ない。そろそろ命のやり取りに集中したら? でないと‥‥死ぬよ」
「あ、釘打ち少女は仲間なんですね」
 しまったという表情で肩を震わせるリップス。ティナはびしりと指を差して言う。
「プロの傭兵なら冥土の土産に! とか言って格好良く教えてくれる筈ですが?」
 僅かに思案するリップス。それから眉を潜めて言う。
「じゃあ、殺す直前に教えてあげるから死んでよ」
「‥‥そうきましたかー」
 小首を傾げるリップス。冷や汗を流しながらティナは剣を握り直すのであった。

「準備はいいか? これからテメェらをぶん殴るぜ」
「そちらこそ良いのですか? 得物を放って」
 一方、カイナと対峙する紫。カイナは徒手空拳でゆっくりと歩いてくる。
 徐々に加速し、そのまま拳を繰り出すカイナ。その一撃を紫は扇で受け止める。
「招かれざるですよ! 早々にお帰り願いたいのですがっ!?」
「俺のパンチを受けて平気とはやるね。ならこういうのはどうだ?」
 右足を地に強く着くカイネ。アスファルトが砕け、短く繰り出された拳は紫の扇に命中する。
 防御には成功した。しかし不意に衝撃が体を突き抜ける。そのまま派手に吹き飛び、ビルの壁に激突した。
「これは‥‥いけませんね」
 口に逆流する血液。腹の鈍い痛みに顔を歪めながら紫は立ち上がる。
 グロウランスは超機械の扇を振るい竜巻を発生させる。その攻撃に特になんの反応も見せずカイナは笑う。
「そよ風が吹いたな」
「まるで効いてない、か‥‥」
 白い歯を見せ笑う女。そのまま真っ直ぐにグロウランスに向かう途中、悠が割り込み刃を振るった。
 カイナはそれを腕で受けるが刃は身体を裂いて血を吹き出させる。流れる血に女は驚いた様子だった。
「スゲェな。俺の身体普通に斬るのか」
「斬って斬れないもんじゃないでしょ、身体なんて」
「いやこれ相当硬んだぜ。参るね、どうも」
 二人はそのまま格闘戦を始める。太刀による攻撃に銃撃を交え悠は優勢に戦闘を組み立てていく。
「向こうが抑えている内に‥‥と」
 紫に練成治療を施すグロウランス。紫自身も自らを治癒し、直ぐに体勢を立て直す事が出来た。
「――こっちは抑えられそうだな。問題は‥‥こっちか」
 屋上から戦闘を眺めながら呟く拓人。鋏の少女は揉めている新人の所へ向かいつつあった。

●敵意
「流石に今回ばかりはヤバイかもな‥‥」
 ティナと天莉の戦いを眺めながら呟くイスネグ。状況は拮抗していたが敵が本腰を入れた事もあり徐々に劣勢になりつつあった。
「何故戦わないんですか! 私達も戦うべきです!」
「彼女らは相当強い、油断すると死ぬよ」
「それが何だって言うんですか」
 不思議そうな声に振り返るイスネグ。ヒイロも驚いた様子だ。
「敵と戦って死ぬのが私達の仕事です。戦わない戦士なんて必要ないんです」
「あ、ちょっと‥‥相手の力量もわからないのに飛び出しちゃダメだ!」
 イスネグの制止を振り切り走り出すスバル。二丁拳銃でリップスを攻撃するが、片っ端から避けられてしまう。
「何この雑な攻撃‥‥死にたいの?」
「ヒイロさん! とにかくスバルさんのフォロー、お願いします!」
 片方の鋏を投げつけた後、それに追いつき受け取って連続で攻撃するリップス。猛攻に天莉が怯むと足を払って前に進む。
「化物の分際で!」
「どっちが!」
 スバル目掛けて刃を振り下ろすリップス。そこへ側面から銃弾が連続して飛来する。
「下がりなさいスバルちゃん!」
「茅ヶ崎さん‥‥?」
 物陰に隠れていたニアの銃弾を受け引き下がるリップス。そのまま逆手に刃を持ち、思い切り投擲した。
「ちょっ」
 凄まじい勢いで吹っ飛んでくる剣。避ける間も防ぐ間も無くニアの体に突き刺さったであろうそれは一発の銃声と共に逸れ、彼女の傍の壁に突き刺さった。
「何、どこから‥‥うあっ!?」
 続け響き渡る銃声。銃弾はリップスの腕を貫き残りの鋏も地に落とした。
「間一髪って所かな」
 薬莢を排出しライフルを構え直す拓人。ニアもスバルも無事のようだ。
「全く世話の焼ける子達だ。自分の時もそうだったから人の事言えないけどな」
「ヒイロ先輩そっち持って下さい!」
「わふ!」
 隙を見てヒイロと共にスバルを確保し後退させるイスネグ。スバルは二人を振り払おうと暴れている。
「放して下さい! 敵を殺さなきゃ! 敵を!」
「ヒイロさんは何があっても彼女の事を離さないように‥‥!」
 そんな三人を横目にリップスへ駆けるティナ。今スバルに何か言った所で恐らく無駄だろう。
「覚醒による変化と言っても‥‥」
 行き過ぎている。その心にどれだけの闇を溜め込んでいたのだろうか。
 ニアが連射する銃弾をかわしながら鋏を拾い上げるリップス。天莉の蹴りを片手で受け、そのまま身を返すようにして地に投げつける。
「流石にキッツ――!」
 舌打ちするその背後から駆け寄るティナ。交差させた刃を繰り出し少女の背を斬りつけるのであった。

 カイナと悠の殴り合いは続いていた。二人の能力が似通っている事もあり互いに傷つきつつも余力は残している様子である。
「いてて‥‥あー、強ェ強ェ。余裕かますんじゃなかったぜ」
「こっちは面倒臭いし早く帰りたいんだ。最後の言い訳がそれでいいならもう終わらせる」
 呟き一歩身を引く悠。入れ替わりでグロウランスの起こした竜巻がカイナを襲う。
「ちっ、髪がブワってなんだろが!」
 続け駆け寄った紫が擦れ違い様に足を斬りつける。ガクリと体がぐらついた所へ悠が銃を顎に突きつけ引き金を引く。
 衝撃で舞うカイナの身体。太刀を低く構え小さく息を吐く。
「ひり出せ。まだ撃てんだろ、私――」
 浮いたカイナの身体を無数の剣閃が引き裂く。最後に手元で銃を回し引き金を引くとカイナの身体は派手に吹っ飛んでいった。
「やりすぎじゃないか?」
 苦笑を浮かべるグロウランス。すると倒れていたカイナの体がピクリと動き‥‥。
「殺す気かテメェーッ! 死んだらどうすんだ、あぁッ!?」
 割と元気に叫んだ。
「めんどくさそうな顔してんじゃねェ! あったま来た! ぶっ殺してやる!」
 全身から血を流しつつも元気なカイナ。ずかずか歩いて槌を拾い上げると振り返り言う。
「‥‥と言いたい所だが今日は喧嘩しに来ただけだからな。決着はまた今度だ」
 バイクに跨るとそのまま走り出す。ついでにリップスの首根っこを掴み引き摺りながら。
「きゅっぷぃ!?」
「あ。わり、絞まったか」
 ドリフトしながら後ろにリップスを乗せてエンジンを唸らせるカイネ。グロウランスはその背中に叫ぶ。
「なあ、次に会う時はデートしないか!? 敵味方無しに!」
「はッ、物好きめ‥‥! 考えとくよ!」
 投げキッスを残し走り去っていくカイナ。悠は武器を収め溜息混じりに呟いた。
「嗚呼、酷い時間外労働だ――全く」

●言葉
「なんでまたあんな無茶苦茶を?」
 スバルの傷を救急セットで治療しながら問うニア。敵は去り覚醒も解いた所為かスバルも落ち着いた様子だ。
「すいません‥‥少しやりすぎました」
「物には限度ってもんがあるわよ。何があなたを変えたの?」
 思いつめたスバルの瞳を真っ直ぐに見つめるニア。しかしスバルは目を逸らしてしまう。
「別に何も‥‥。皆さんにご迷惑をおかけした事は謝ります」
「そういう事じゃなくてさ。言いたい事があるなら‥‥」
 しかしスバルは何も答えずふらふらと立ち去ってしまう。その背を見送りニアは目を伏せた。
 あのまま病室に居たのと今、そのどちらが幸せだったのだろう?
「でもあの娘は自分でこの道を選んだ‥‥」
 確かな事はそれだけだ。立ち上がり背を見つめる。届かなかった言葉はニアの胸の中に埃のように薄く積もっていた。
「じき酔いも醒めます。武力には『弱肉強食のふるい』が在る。力在る者だけが残り、より強くなる。ふるいに堕ちた者は‥‥」
 ヒイロの隣に立ちスバルを見ながら呟く紫。
「生き残れば這いあがる事もある。けれど殆どが、それで死ぬ。死なせたくないなら‥‥目を放さない事です」
「‥‥スバルちゃん」
 悲しげに目を伏せるヒイロ。紫は振り返りそっと夕日を見上げる。
 まるで昔の自分を見ている様だと思った。茜色の世界は彼女の目には映らない。ただ無機質な色彩が全てを覆っていた。
「地獄を深く覗き込む時、地獄もまた君をじっと見つめているのだ」
 仲間達から離れた場所に座るスバル。その背に拓人は語りかける。
「怪物と戦う者は誰でも自分が怪物になってはいけないという事を知らないといけない‥‥って事さ」
「私達はまだ怪物では無いと‥‥そう思いますか?」
 寂しげな目で振り返るスバル。そうして首を横に振る。
「私達は化物です。化物は化物と戦って死ぬ‥‥それがたった一つの冴えた死に方なんですよ」
「‥‥君は」
 そっと口を閉じる拓人。二の句を躊躇わせる程に彼女の拒絶は強かった。
「何か起こる前に情報集めて対処しないとまた厄介な事になりそうだなぁ」
 帰り支度を進めながら呟くイスネグ。
「ネストリング‥‥か」
 嫌な予感がした。そして彼の予感は近々現実の物となるだろう。こことは違う場所で、こことは違う理由で、違う意味を持って。
 夕焼けの中傭兵達は帰路に着く。すっかり遅くなってしまった帰り道を‥‥。