タイトル:くず子、修行する!マスター:神宮寺 飛鳥

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/07/21 07:39

●オープニング本文


「あのクソメガネ‥‥いつかカチ割ってやりますわ」
 空を見上げ九頭竜 斬子は思わず呟いた。あのクソメガネというのはブラッド・ルイスと言ういけすかない傭兵の事だ。
 いつも上から目線で命令してくるし危険な事を大量に押し付けてくる割には自分は前線で戦わず高見の見物‥‥まあそれはいいのだ。その辺は了承して関わっている事。だが‥‥。
「むきーっ! 何だか最近ヒイロさんに水をあけられている気がしてなりませんわーっ!」
 それは斬子的にはとてもよく無い事だ。何故なら自分達はライバル同士。実力は拮抗していなければならない。
 と、そこまで考えて深く溜息をつく。当然と言えば当然の現実だ。いくら頑張った所で自分はただの凡人に過ぎないのだから。
 ヒイロと初めて会ったのは傭兵としてLHにやって来て間も無くの事だった。初めての戦いで斬子はヒイロと一緒だったのだが、それをヒイロは覚えていなかった。
「思えばあの時からあの子は変わってたわね」
 次に会った時には何故か『アホになっていた』のだ。その意味が良く分らなかったが、今なら何と無く分る。
「あーもう、ぐだぐだ考えても仕方ありませんわ! 今は兎に角強くならなくては!」
 立ち上がり柄の長い大斧を手に取る。冷静に考えてみると幾ら傭兵が多いこの島でも平然とこんな物を持ち歩いているのはどうなのだろうか。
「って、すぐなんかこうやって色々余計な事考えるのが悪い癖ですわーっ!」
 木に向かって頭突きしまくる斬子。戦闘技術以前の問題としてメンタルの弱さは自覚している所である。
「しかし皆さんどうやって強くなってるのかしら? やっぱり師匠とかがいるのかしら‥‥」
 その時である。
「困っているようだな、我が妹よ」
 その声に思わず背筋が縮こまった。頭上を見上げると今自分が頭を叩き付けていた木の上から人影が降りてくる。
「久しぶりだな斬子」
「おッ!? お姉様‥‥」
「何でそんな嫌そうな顔するんだ? 久しぶりの姉妹の再会だというのに。さあ、この胸に飛び込んでおいで!」
 両腕を広げて爽やかに笑う女。彼女の名は九頭竜 玲子。要するに斬子の姉である。
 しかしそんな姉に対し妹は冷ややかな視線を向けていた。むしろじりじりと後退してすらいる。
「何で木の上に? っていうかいつから?」
「結構前からだ」
「結構前から木の上でわたくしを見ていたんですの?」
「そういうことだ」
 何故か自信満々で頷く玲子。なんだろうこのどや顔は。いや、斬子もよくこうなってるわけなのだが。
「この間の作戦で一緒になった傭兵が君の事を心配していたよ。色々大変だったみたいだな」
「お、お姉様には関係の無い事ですわ! 言っておきますけど、わたくしは帰りませんからね!」
「別に連れ帰るとは言ってないだろう? その気なら頭上から攻撃してまず黙らせている」
 妹は知っていた。姉は極端にクソ真面目なので、基本的に冗談は言わないという事を。
「話は聞かせてもらった。斬子は要するに強くなりたいんだろう? で、師匠を欲していると」
「まさか自分が師匠になるとか言わないでしょうね?」
「言わんさ。師になっても私も仕事がある。君の傍で稽古をつけてやることが出来ないからな」
 そういう問題なんだ‥‥とか思ったが黙っていた。黙っていないと話がスムーズに進まない事を妹は知っていた。
「というわけで、私が君の師を探してやろう。で、君が私を倒す事が出来たなら傭兵を続ければいい」
「絶対無理ですわよそんなの!?」
 思わず絶叫してしまった。それくらいに二人の間には実力差があると言う事をやはり妹は知っていた。
 この姉は基本的に頭が悪い。しかし身体能力、戦闘技術に関しては文句無しに一流なのだ。
 元々軍人の家系である九頭竜家の血を確り継承した姉は能力者になる以前から幾ら剣で勝負しても一勝もする事は出来なかった。
「何故無理だと思う?」
「だってお姉様強いじゃない普通に!」
「最初から出来ないと諦めてどうする」
 思わず絶句する。確かにその通りだ。最初から諦めては出来る事も出来ない。それにこれからの戦いはきっと格上との戦いになる‥‥。
「私は三日間LHに滞在する。その間に私を倒し、まいったと言わせれば君の勝ちだ」
「ちょ、ちょっと待‥‥」
「君の手伝いをしてくれそうな傭兵は私が探しておこう。それでは頑張れよ、我が妹よ!」
 颯爽と立ち去っていく姉。妹はポカンとした表情でその背中を見送るのであった。

●参加者一覧

時任 絃也(ga0983
27歳・♂・FC
ヨダカ(gc2990
12歳・♀・ER
張 天莉(gc3344
20歳・♂・GD
犬彦・ハルトゼーカー(gc3817
18歳・♀・GD
三日科 優子(gc4996
17歳・♀・HG
茅ヶ崎 ニア(gc6296
17歳・♀・ER

●リプレイ本文

●豆腐
「きゅ〜ちゃんの妹さんですか‥‥なんだかすごくむせそうなお名前ですね!」
 適当に広場に集まった一行。ヨダカ(gc2990)は笑顔で開口一番斬子にそう告げた。
「以前の報告書を見せてもらったですけど、きゅ〜ちゃんが心配するのも尤もなのですよ。実力は兎も角その豆腐メンタルを厚揚げメンタルくらいにはしないと、いつか誰かを巻き込んで破滅するですよ?」
 斬子は色々な意味でしょんぼりな表情を浮かべている。その額を犬彦・ハルトゼーカー(gc3817)のデコピンが弾いた。
「まあ、三日間で強くなるなんて無理だ。お湯入れて三分のインスタントじゃあるまいに」
「さっきから酷い言われようですわ‥‥」
 額を撫でながら唇を尖らせる斬子。その横顔を眺めながら犬彦は目を瞑り苦笑する。
「それでも何もしないよりマシか‥‥。出来る限りのことは教えよう」
 そんな訳で豆腐の特訓が開始されるのであった。
「じゃあ、ウチが特訓つけるな。教えるのは基礎やけれども」
 斬子の予備の武器を借り、三日科 優子(gc4996)は構えながら言う。斬子は気分が乗り切れて居ないのかしょぼくれた様子だ。
「やってるやってる。他の人達は?」
「天莉と犬彦は玲子に会いに行ったらしい。ヨダカもついて行ったな」
 茅ヶ崎 ニア(gc6296)の疑問に答える時任 絃也(ga0983)。ニアは納得した様子で頷きながら言う。
 二人が斬子と優子の特訓を眺めていた頃、張 天莉(gc3344)は玲子と対峙していた。
「それでは玲子さん、手合わせ願いますね」
「ああ。お互い怪我が無いようにしよう」
 スーツ姿の斬子は刀を抜いて天莉の構えに応じる。刃を交える二人、要するに敵情視察である。天莉は玲子の動きを観察しつつ模擬戦を進める。
 その様子を近くのベンチで犬彦とヨダカが眺めていた。にこにこしているヨダカに対し犬彦は微妙な表情を浮かべている。
「中尉殿も思ってた程ではないな」
 戦いは拮抗しているように見える。天莉は十分動きに対応して余りある為、単刀直入に言えば玲子は彼より強いようには見えない。
 そうして平凡な模擬戦が一区切りつくと、ヨダカは笑顔で玲子へと駆け寄っていく。
「きゅ〜ちゃん、差し入れなのですよ!」
「おぉ、ヨダカは気が利くいい子だなぁ。可愛いなぁ」
 ヨダカを撫でる玲子。そのまま少女に差し出されたジュースを一気に煽る。それが原因であんな事になろうとは、玲子は全く予想だにしていなかった。
「玲子さん、そろそろ続きと行きましょう?」
 ヨダカを抱いて回転し続ける玲子。模擬戦が再開されるのはもう少し先の事である。一方その頃斬子の方はというと。
「アホか! どんなに速くとも振りかぶったらテレフォンパンチや!」
「そんな事言われましても、斧ですのよ!?」
「戦斧は、戦斧として使わんといかんって決まりはないで!」
 斬子と優子の特訓はいつの間にか白熱していた。斧を思い切り振り回す斬子に対し優子は持ち方を変え、薙ぐ様な動きや突きを交えて行く。
「速さには近さ! 力には力の入っていないタイミング! 体格には死角! リーチには距離! 反射神経にはフェイントで対応しい!」
 斧を振り上げた手を打たれ、更に足払いで転倒する斬子。派手に捲れたスカートから絃也はすっと目を逸らした。
 二人の特訓は何度か休憩を挟みつつも夕暮れまで続いた。そこへ別行動していた三人が合流してくる。
「そちらの調子はいかがですか?」
「そうだな。目を逸らす回数は減ってきた」
 頷く絃也。天莉は不思議そうに小首を傾げていた。
「こっちは大変やったけどな」
「何かあったの?」
「ああ、こいつが一服盛ったみたいでな」
 ニアの質問にヨダカを指差す犬彦。当のヨダカは相変わらずにこにこしていた。
「何も思いつかなかったので、とりあえず下剤入りのジュースを差し入れしておいたのです!」
 天莉と戦っていた玲子が突然悶え出し、死にそうな顔をしていた時は随分と慌てた物だが‥‥。
「結局犬彦さんがお手洗いに連れて行ってくれて事無きを得ましたが‥‥」
 遠い目をする天莉。それと斬子がダウンしたのはほぼ同時であった。優子も疲れていたのか、その場に座り込んでしまう。
 こうして特訓一日目は一先ずお開きとなった。傷の手当を終え、ふらふらとベンチに腰掛ける斬子。そこへ絃也が声をかける。
「疲れている所すまない。少しいいか?」
 汗を拭いている斬子を捕まえ絃也が取り出した物、それは携帯用の小さな将棋盤であった。
「身体だけではなく、頭も鍛えてみんか?」

●傷
 翌日、集合場所にやってきた傭兵達が見たのはベンチで絃也と将棋を指す斬子の姿であった。
「全員が同じ事をして『船頭多くして船山登る』といった状況になってはあれだしな」
 これも修行の一環。しかし斬子は楽しげに絃也と向き合っている。早めに集まって将棋を指していたのも彼女の要望だった。
 とはいえ最初からこう和やかだったわけではない。最初は絃也が鬼気迫る様子で将棋を指していたので斬子は正直引いていた。
 しかし彼の持病が少し治まってくると斬子も楽しむ余裕が生まれたらしい。今ではすっかり仲良く遊‥‥修行している。
「将棋とはいわば読み合いだ。指した手に相手がどう動き、動いた場合どう切り返すかといったな。戦いであっても相手の動きをある程度予測できれば対処も多少成りはしやすいだろう?」
「うーん、言っている事はわかりますわ‥‥えい!」
「そうだな。まぁ、そう簡単にはいかんのも世の理だ」
 笑いながら差した彼の一手に斬子は固まる。暫く冷や汗を流し考え込んでいたが、それも徒労に終わるのであった。
「結局勝てなかったけど、楽しかったですわ。昔お姉様とやった時も結局一勝も出来なかったけど」
 そうして片付けを終えた絃也の手を取り斬子は微笑む。
「ありがとう、時任さん」
 一方絃也は凄まじい形相である。感謝するなら手を放してくれとは言えなかった。
 こうして始まった二日目の修行。昨日の玲子との戦いと優子の修行を生かす形で斬子が天莉と模擬戦を行う流れになる。
「この攻撃は玲子さんならどう避けるか、次の動きを予測しながら絶え間なく攻める事が大切です」
 実際に刃を交えた印象、玲子の刀は思いの外器用であった。
 片手で扱う刀である事もあるだろうが、技量による部分が大きい。途中でダウンし退場するまではAAとは思えない軽やかな身のこなしを見せた。
「頭で色々考えても体が追い付きません。相手の動きを感じるんです!」
 一方斬子はただ斧を力一杯振り回すだけではなくなりつつあった。拙いながらも技巧を前面に。そしてそれを試すのに天莉は格好の相手であった。
「そもそも身体能力は大して問題ないやろ。今までに何度か戦闘を見てきたがパワーもスピードも十分にあると思う」
 戦闘を眺めつつ呟く犬彦。そう、斬子は別に弱い訳ではない。だが――。
「一番足りないのは、薄々気付いていると思うが集中力だな。目の前の戦いに集中出来ていない」
「豆腐メンタルなのですよ!」
「いや、その纏めはどうなん」
 ヨダカの声に小さく突っ込む優子。特訓は続いたが、やはり斬子は煮え切らない表情をしている。
「どう斬子? 皆の特訓で少しは自信付いた?」
 一区切りついた頃、ニアは斬子に声をかけた。その様子から自信は感じられない。
「斬子はダメダメなのでお姉様に勝つなんて無理です! とか言ったんだって?」
「そ、そんな変な言い方してませんわ」
 疲れた横顔から感じられるのはやはり弱気な気持ちだった。思えば斬子は最初からずっとそうだ。
 修行中も、最初から勝てると思っていない顔をしていた。負けた時の事を考える顔だ。ニアは溜息を一つ、歩み寄る。
「私がやるのは貴方の卒業検定よ」
「え?」
「ほら、いいから! まずは互いに礼!」
 慌てて頭を下げる斬子。ニアはその隙に銃を構え引き金を引いた。
 何が起きたのか分らず倒れそうになる斬子の服を掴みその頭を銃で叩くニア。反撃しようと斧を振り上げる斬子、そのスカートを思い切り捲る。
「またか」
 と、絃也が言ったのは誰にも聞こえなかった。
「どうしたの! 振り回すだけの武器じゃないでしょ斧槍はさ!」
「ひ、卑怯ですわよ!?」
「卑怯じゃない! 女は勝ってこそ華、負ければ泥!」
 蹴倒され転がる斬子を指差しニアは続ける。
「戦場じゃ強い奴はごまんといるし、お姉さんみたいに優しい人ばかりじゃないのよ?」
 唇を噛み締め俯く斬子。ニアはそこに止めの言葉を放つ。
「自分の所為で人が死んでも泣き言いうだけ? ヒイロのお祖母さんの時みたいにさ!」
 途端に沈黙と共に重苦しい空気が場を支配する。斬子は黙って俯いていた。
「分ってますわ‥‥でも、怖くて」
 見れば斬子は大粒の涙を零し、悲痛な表情で打ちひしがれていた。
「失敗するのが、怖い‥‥またあの時みたいになったらって‥‥そう思うと怖くて怖くて仕方がないのよっ」
 立ち上がり背を向ける斬子。最後に泣きながらニアを一瞥して叫んだ。
「ばか! いじわる! 貴女なんて大嫌いですわーっ!」
 取り残される傭兵達。こうして二日目はなし崩し的に終了となるのであった。

●意志
 最終日、墓場近くのススキ野原にて玲子と共に傭兵達は斬子を待っていた。その背景は明らかにLHではない。
「遅いですね、斬子さん‥‥」
 天莉の呟き。約束の時間も場所も伝えてあるのに、斬子は現れなかった。
「‥‥これまでだな」
 玲子の終了を告げる声に重苦しい空気が流れた――その時。
「お、遅れましたわ!」
 駆け寄る斬子の姿があった。少女は斧を片手に汗を拭う。
「こんな訳のわからない場所設定するから迷子に‥‥!」
 斬子の横顔は昨日と違って以前より少しだけ前向きに見えた。しかし緊張の取れない肩を叩き、犬彦は言う。
「斬子は強いんやからもっと自分に自信を持って戦えば良い」
「犬彦さん‥‥」
「攻撃は最大のディフェンスだ。そのデカイ斧は見掛け倒しじゃあるまい持ち前の力でブチかましたれ」
「はい!」
 深夜の月光に照らされ対峙する姉妹。玲子は僅かに微笑んで言った。
「いい顔になったな。行くぞ!」
 と、かっこよく走り出した直後、玲子は悲鳴を上げて転倒した。それはヨダカが絃也に掘らせた落とし穴であった。
「プライドは投げ捨てるもの! 戦いとはこちらの長所を相手の短所にぶつける作業なのです」
「しかも何かべとべとする‥‥」
 そういえばヨダカがペイントボールの中身を入れていたなあとか思い返す絃也。
「ぶっちゃけ殴り合いの腕をあげるより、落とし穴を掘って落す方が効率は良いのですよ。げぇ、こーめー! なのですよ。さあ、今が好機なのです!」
 当然斬子も見逃さずに走り出す。そうして斧を振り上げた瞬間、彼女もまた落とし穴にはまって転倒した。
「きゃあ!」
 とか言う声が響き、何とも言えない微妙な空気が場を支配していく。
 復帰した二人は改めて戦闘を開始する。その時絃也がラジカセのスイッチを押し、おどろおどろしいBGMを流し始めた。
「あ! あんな所に姉に殺された妹の霊が!」
 ニアが指差す先、幽霊に化けたヨダカがススキの間から顔を覗かせる。途端に優子はニアに飛びついた。
「ちょっ! ウチこんなこと聞いてないで!」
「痛いのです〜、苦しいのです〜‥‥」
「ひい!?」
 ニアは完全に優子に捕獲され何も見えなくなった。玲子は生唾を飲み込み、幽霊へと歩み寄る。
「君は‥‥」
 そうしてお化けをひょいっと抱き上げた。
「ヨダカじゃないか。うん、その格好も可愛らしいよ」
 再び場を何とも言えない空気が支配する。
「‥‥何故わかったですか?」
「うん? だって、明らかにヨダカじゃないか。君にはどんな格好も似合っているよ」
 爽やかに微笑みながらヨダカの頭を撫でる玲子。しかしヨダカは非常に複雑な表情を浮かべていた。
「あかんて! うちお化け駄目やねん!」
 しかし優子は相変わらずお経を唱えながらニアに引っ付いていた。
 仕切り直し、姉妹の決闘が始まる。すると直ぐに玲子が斬子を圧倒し始める。
 斬子も特訓の成果を生かし対応しようとするが実力差は歴然。繰り出される斬撃に傷だらけになっていく。
「やはり強いですね」
「ああ。手加減してたのか」
 天莉に続き呟く犬彦。先の模擬戦と同じ器用さで、そして数倍の鋭さと圧力を以って刃は斬子を打ちのめす。
 最早戦いにすらならず一方的に弄られる斬子が逃げ惑うような状況が成立していた。
「やっぱり私じゃ、お姉様には‥‥っ」
「ヒイロさんのライバルはこんな事で諦めちゃダメですっ!」
 天莉の叫びに斬子は玲子へと猛攻を仕掛ける。が、大斧は小さな刀で、片手で片っ端から弾かれてしまう。
「あ‥‥」
 その表情に諦めと恐怖が色濃くなると玲子は妹を蹴り飛ばし、刃を鞘に収めて構える。
「そこまでやるか‥‥斬子!」
 叫ぶ犬彦。鞘から抜かれた刃は剣の紋章を衝撃波へ変換。紅い光を纏った斬撃が斬子へと迫る。
 轟音と共に衝撃が走った。地には直線に続く亀裂が残り、その先では斬子を庇った犬彦が傷を負い膝を着いていた。怪我の程度は決して軽くない。が、意に介さず玲子は歩み寄る。
 犬彦でさえこの傷、自分ならどうなっていたか。恐怖で背筋が凍る。だがそれよりも早く足は動いた。
 姉へと遅いかかる斬子。が、刃は届かない。立ち上がり攻撃。しかし届かない。それがどれくらい続いただろうか。
 傷だらけになり血を流しすぎたのか、斬子はいよいよ倒れてしまう。最後まで伸ばした指は姉の服を掴み、血の跡を残し地に落ちていった。



「ごめんなさい!」
 目覚めた斬子にニアは頭を下げてまずそう言った。
「私は人として最低なことを言った。許してくれとは言えないけど、出来ることなら何でもする!」
「怒ってませんわ。本当の事ですし」
 起き上がりニアの肩を叩く斬子。それから言った。
「何でもするっていうなら、わたくしのお友達になってくださる?」
 手を取り微笑む斬子。そうして立ち上がり、悔しげに言う。
「わたくしの負けですわね‥‥」
「あ、いや。それなんだけどさ」



「最初からこうするつもりだったんですね」
 決闘の場を去る玲子の背に語りかける天莉。
 玲子は倒れた斬子を抱き留めながらまいったと言った。要するに結果はそういう事である。
「もう少しだけ、私達に任せてもらえませんか? 玲子さん」
「任せるも何も、あれは自立した人間だ。私が口出しする事ではないのさ」
 振り返り、それから深々と頭を下げる。
「どうか愚妹をお願いするよ」
 微笑む天莉。それから肩を並べて語る。
「一人で飲むつもりだったんでしょう。ご一緒しても宜しいですか?」
 こうして斬子の修行騒動は幕を下ろした。この経験が彼女にとってプラスとなったのかどうか、それはまだ誰にもわからないのだが‥‥。