●リプレイ本文
●歌と異変と
能力者達が件の村に到着すると、直ぐに異変と呼ぶべき存在を感じ取る事が出来た。
あまりにも静か過ぎる村の空気、そしてどこからともなく聞こえてくる微かな歌声‥‥。話には聞いていたが、やはり何かがこの村で起こっているようだ。
「謎の歌の響く漁村‥‥ね。住人全員の消息不明、か。急いで行かないとね」
今給黎 伽織(
gb5215)は探査の眼とGooDLuckを発動し、周囲を警戒しつつ歩き出す。
「連絡が途絶えた村。変な歌が流れてくる‥‥。ま、十中八九キメラ絡みだな」
「歌と聞いたら黙ってられないわね‥‥」
足音と微かな歌だけが響く道中、六堂源治(
ga8154) が呟いた。肩を並べて歩くケイ・リヒャルト(
ga0598)は面白くない様子だ。歌を愛する者として、それが人を苦しめる道具になっている事が許せないのだろう。
「何だか怪しいね。って、うん‥‥。何だか、その‥‥眠‥‥」
村に近づき移動をしていると、背後から物音が聞こえた。くるりと能力者達が振り返ると、そこでは鈴木悠司(
gc1251)が土の上にうつ伏せに倒れ、寝息を立てていた。
「予感的中でありやがるですね」
シーヴ・王(
ga5638)は倒れた悠司に歩み寄り、その寝顔を覗き込む。すやすやと、悠司は気持ち良さそうに眠っており、ちょっとやそっとでは起きそうにも無い。
「‥‥これは‥‥歌の所為、か? 頭が、くらくらする‥‥くっ」
悠司に続き、龍乃 沙夜(
gc4699)も額を押さえながらその場に膝をついてしまう。うとうとした様子で、眠いというよりは強制的に意識を奪われる感覚だ。
「村が近づき、歌の効果が強くなってきたようですね‥‥。皆さん、耳栓は持っていますか? 先にハンドサインを決めておきましょう」
春風霧亥(
ga3077)が倒れそうになる沙夜を抱き留め、周囲を見やる。どうやら眠ってしまったのは沙夜と悠司だけのようだが――。
見ればヴァイオン(
ga4174)の腕からは紅い鮮血が滴り落ちていた。眠ってしまうのを防ぐ為、彼は自らの腕に刃を突立てたのだ。
「とりあえず、眠気を感じたら耳栓をつけるのが無難でしょうね‥‥」
「そうですね。皆さん、眠ってしまった二人を起こしてください。ヴァイオンさん、腕を診せて貰えますか?」
耳栓をつけたヴァイオンへ霧亥が練成治療を施す。幸いただの気付け代わりなので大した傷ではない。
伽織が沙夜を優しく揺すって起こす隣、シーヴの足元で悠司は寝返りを打っている。
「悠司、起きやがるです」
「‥‥う〜ん。あと5分だけ‥‥」
「悪ぃです」
バシーンと頬を叩かれ、悠司は慌てて飛び起きた。頬を押さえながらシーヴを見上げると彼女はあっけらかんとした様子で言った。
「先に『悪ぃです』と言いやがったです。さっさと起きやがるです」
「あ、うん‥‥ありがとう?」
寝起きで状況がよくわかっていないのか、悠司は小首を傾げつつ言った。
能力者たちはやや引き返した場所で歌に対する対処とハンドサインを決定、改めて村へ向かう事にした。
●静寂の村
「皆、寝ている――?」
ケイの呟きは村の状況を端的に、そして的確に表現していた。
村に入った彼らが見たのは、ただただ静寂が広がる光景だった。歌はより一層強くなり、村人達はその影響か誰もが眠ってしまっている。
道端で眠っている者も居れば、家の中で眠っている者もいる。日常の景色の時を静止させてしまえばこんな景色が出来上がるのかもしれない。
「何とか、話だけでも聞いてみましょうか」
「ええ。しかし大勢起こすとパニックになってしまいかねない‥‥。慎重に行動しましょう」
霧亥と伽織は頷き合い、近くの民家へと向かった。
「‥‥別にシーヴは今の所何ともねぇですね」
外した耳栓を掌の中で転がしながらシーヴは歌に耳を傾けた。どうやら人によって歌の効果がどの程度影響を及ぼすのかは異なるようだ。
「俺もなんともないッスね。ケイ、そっちはどうッスか?」
「あたしも今の所は大丈夫そうね。歌は海の方から聞こえてるみたいだけど」
源治とケイは同時に海へと続く道を見やる。そこへ聞き込みを終えた霧亥と伽織が戻ってきた。
「村人の命に別状は無いようです。しかし、数日間眠ったままのようですから、流石に衰弱しています」
「そこの住人の話によると、やはり歌が原因のようだね。直ぐ寝てしまったから詳しくは聞けなかったけれど」
「十分でありやがるです。そうと決まれば――」
そうして話が纏まった頃、耳栓をしたヴァイオンが近づいてきた。シーヴの肩を叩き自分達の後方を指差す。
行ってみると、そこでは腕を組んだ沙夜と困った様子の悠司が待っていた。彼らの足元には木陰で安らかに眠るメリーベルの姿があった。
悠司は事前に彼女の写真を入手していたので直ぐに発見出来たようだ。
「‥‥この寝てやがるの、先行した傭兵?」
「‥‥そうみたいね」
しかし、それは『眠らされた』と言うよりは、『自分で寝た』と言った様子である。鞄を枕代わりにして口元から涎を垂らしている。実に気持ち良さそうだった。
「この子が『怠け者の傭兵』かな‥‥? 眠ってるだけか。無事で良かったね」
伽織は口ではそう言うのだが、その目線は実に生暖かかった。特に誰が言い出したわけでもなく満場一致で彼女を放置し、一行は元凶の退治へと向かうのであった。
●歌の力は
一行が砂浜に出ると、先程まで聞こえていた歌がピタリと止んだ。
元凶は隠れる気配すら見せず、浅瀬の上にある岩に腰掛け微笑んでいる。セイレーンの前に並んでいた魚人達は能力者に気づいたのか、ぞろぞろと近づいてきた。
「やれやれ、この町の異変は貴女の仕業でしたか。では――これで御仕舞いです。アンコールはありませんよ」
ヴァイオンの言葉に続き、それぞれが武器を構え覚醒しつつ砂浜を進んでいく。魚人はセイレーンを守るように展開、中々数も多いようだ。
「さて‥‥やれるだけやってみようかのぅ」
小さく息をついて沙夜は二対の刃、フォルテピアノを構えた。沙夜にとってはこれが初依頼、今の自分の力を試すチャンスでもあった。
「エースアサルトの力、上手く扱えるかどうか、見極めなくちゃな――」
浮かび上がった剣の紋章を見やり、軽くそれを振ってから構える。獅子牡丹の刃に決意を浮かべ、源治は先陣を切り走り出した。
魚人達が一斉に動き出す中、唇を人差し指で撫でるとセイレーンは歌を再開する。障害物も無く距離も近い為、その効果は重圧のように場に降り注いだ。
響き渡る歌声はここまでは無事に耐え切れた者にも影響を与える。暴力的な睡魔の影響を寄せ付けなかったのは三人、源治、ケイ、シーヴだけであった。
それぞれ耳栓を詰め直し対応するが、身体が重くなるのを感じずにはいられなかった。源治は近づいてくる魚人を斬り抜け、セイレーンを目指す。
「この程度じゃ、俺は止まらないッスよ!」
「そっちは任せやがったです。歌さえ止めちまえばこっちのもんでありやがるです」
「歌を武器にするなんて無粋ね‥‥! 源治、歌を止めるわよ!」
近づく魚人の槍をいなし、かわし、源治は道を切り開いていく。射線さえ通ってしまえば歌は止まる――彼には確信があった。
その信頼に応じるように、ケイは二丁の銃をセイレーンへと構える。連続で放たれた左右の一撃はセイレーンの喉へ命中、耳障りな歌は止むのであった。
「鉛の飴玉のお味は如何?」
響き渡る醜い悲鳴の中、仲間達は意識をはっきりと取り戻した。目の前には敵が迫っている。
「すまん‥‥。世話をかけた様じゃのぅ‥‥」
「悪いけど、眠ってしまってちょっと不機嫌なんだ‥‥。斬り飛ばす――」
仲間が復帰するのを横目で確認し、シーヴはソニックブームを放つ。近づいていた敵を足止めし、そこへ踏み込み重い一撃を叩き込んだ。
「まずは歌の元をなんとかしないとね‥‥!」
悠司が真音獣斬を、ヴァイオンがナイフをそれぞれセイレーンに放つ。二人は能力を使い一気にセイレーンへと近づくが、その道を邪魔するように水中より魚人が現れる。
二人が足を止めるよりも早く、伏兵を警戒していた伽織がオルタナティブMでそれを射抜くと、二人の攻撃が同時にセイレーンを引き裂いた。
浅瀬で足を止めた源治が放ったソニックブームが水面を切り裂き、セイレーンを岩ごと吹き飛ばす。断末魔の悲鳴が響き渡り、誘いの歌は永久に止んだのであった。
「下手糞な歌ッス。ケイの方が、もっと綺麗で心動かす歌を歌ってるッスよ!」
セイレーンさえ倒れてしまえば残りは雑兵である。攻撃を回避し素早く身を翻す沙夜に霧亥がハンドサインを出す。
「一気に決めさせてもらう‥‥! 疾風!」
魚人を切りつけつつ、その間をくぐるようにして沙夜は移動する。そちらに魚人が目を向け並んだ時、霧亥が雷光鞭を放った。
纏めて吹き飛ぶ魚人達。取りこぼしをシーヴと沙夜が倒し、無事キメラの討伐は終了するのであった。
●起きなさい
戦いが終わると村人達は目覚めた。幸い大事に至るような事も無く、衰弱していた村人は病院へ運ばれる事になった。
全てが無事丸く収まったはずだったが、問題がまだ一つ。村人が目覚めても寝たままのメリーベルを起こさねばならなかったのである。
「生きてますかー?」
「仕方ない、起こしてやるとするかのぅ‥‥。おい娘、いい加減起きんか」
悠司と沙夜が身体を揺さぶると、ピクリと少女が動く。そうして苦しげに悶えた後、彼女は言った。
「お‥‥」
「お?」
「おなか、すいた‥‥」
呆れた様子で傭兵達は顔を見合わせ、それぞれが持ち寄った食料品を分け与える事にした。
お菓子やらカレーやらを黙々と口に放り込み、幸せな様子のメリーベル。まるで遠慮というものがない。
よほど空腹だったのか、全部綺麗に平らげて『ごちそうさま』まですると、思い出したようにすっくと立ち上がり言った。
「そういえば、キメラをやっつけないと」
「もうそれ、終わってるッスよ」
「まーじーでー?」
冷や汗を流しつっこむ源治。さして表情も変えず、メリーベルは霧亥から受け取ったドリンクを飲み干し一言。
「それってもしかして、私はお給料無し?」
「‥‥逆に訊くが、働いた覚えがあるのか? おぬしは」
「全くないわね」
「ていうか、実は抵抗出来たのにあえて寝てやがったでありますね?」
シーヴの一言にメリーベルは一瞬驚き、それから首を横に振った。
「善戦したけど、私の抵抗力では力及ばず‥‥。村人を助けられず、実に無念‥‥」
「で、自分の鞄を枕代わりにして寝てたってわけ?」
鞄を指差し呆れた様子のケイ。とぼけられなくなったと判断すると、メリーベルは目を瞑り微かに微笑んだ。とても反省している様子には見えない。
「まあ行方不明者もいなかったし、死傷者も出なかったんだからいいんじゃないかな」
「そういう問題なんですかね‥‥」
「一応、うら若きオトメですよ?」
伽織はヴァイオンと悠司の言葉に肩を竦め微笑む。霧亥は何度か手を叩き、全員に言った。
「とにかく、無事解決です。さあ、帰りの仕度をしますよ」
「はーい、お兄ちゃん」
返事をしたのはメリーベルだった。無機質な声に霧亥は眉を潜め、乾いた笑いを浮かべるしかなかった。
村人の様子とキメラが残っていないかを念入りに確認し、改めて依頼終了を確認する。
あちこちでお礼を言われると、何故か何もしていないメリーベルが『人助けが能力者の使命ですから』と答えていた。
「なんだか色々な意味で不思議な依頼でしたね〜。早く帰って一杯やりたいなぁ」
「えーと‥‥どうしました?」
ヴァイオンが振り返り、足を止めていたメリーベルに声をかける。少女は自分の上着のポケットやら何やらを確認し、頷いた。
「またどこかに鞄忘れたみたい」
「‥‥いい加減にしやがれです」
「実に申し訳なく思う」
「本当にそう思ってるのかしら‥‥というか上着のポケットに鞄は入ってないでしょ」
「‥‥はあ。仕方ない、戻って探すとするかのぅ」
村へぞろぞろと引き返していく傭兵達。結局鞄の捜索には不思議な事にかなりの時間がかかった。
どうしたらこんな所に忘れるんだ? という場所に落ちていた鞄。これこそが実際の所、今回一番の謎ではないだろうか。
「皆親切、優しいね。どうもありがとう」
鞄を片手で掲げそう言ったメリーベル。それを素直に受け取れるかどうか。彼女の感謝の言葉を信じられるかどうかは、人それぞれだろう――。