タイトル:ヒイロ、家出する!マスター:神宮寺 飛鳥

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/10/19 19:59

●オープニング本文


●猫箱
「‥‥んっ!? な、なんだこれ?」
 A4のプリントの束を片手に兵舎を歩くカシェル・ミュラー。彼の部屋の前、小さなダンボール箱が置いてある。
 恐る恐る近づいてみると、箱の中から何やら動物の鳴き声の様なものが聞こえてきた。慌てて箱を開くと、そこには猫の姿が。
「あれ? 君はマリーさん‥‥どうして箱の中に?」
 首を傾げつつ抱き上げるカシェル。ふとその時猫と一緒に取り出した何かが床に落ちた。
「手紙‥‥」
 とりあえず猫をダンボールに入れ、小脇に抱えて部屋に入った。
 上着を脱いでベッドの上に腰掛ける。手紙には辛うじて読めるか否かというレベルの文字でこんな事が書いてあった。

 カシェルせんぱいえ。
 ヒイロはしばらくたびに出ます。なので、マリーさんをあずかってください。
 マリーさんの好きなものは、ねこが食べるかんづめのやつと、牛乳です。
 いつ帰って来るかはわかりません。みんなにはないしょにしてください。さがさないでください。

「家出だ‥‥っ!」
 乾いた笑いと共に手紙を折り畳む。猫はカシェルの足元で丸くなっていた。
「‥‥探すなと言われてもな。何かあったのか‥‥とりあえずっと」
 ヒイロの知り合いに連絡してみるカシェル。しかしその悉くと連絡が取れないか、ヒイロの居場所は知らなかった。
「九頭竜さんも留守電か‥‥最近皆忙しいのかな?」
 携帯電話をポケットに突っ込み猫を抱き上げる。ヒイロの猫にしては随分大人しい。
「マリーさん、君のご主人がどこに行ったか知らないかい?」
 小さく鳴く猫。それからカシェルの手を離れ扉の前に座る。
「まさか‥‥知ってるのか?」
 いや、猫が知ってる訳ないか‥‥と思いつつカシェルは扉を開いた。
 案内されたのはヒイロの部屋であった。鍵の掛かっていない扉を開き、カシェルは絶句する。
 部屋は荒らされていた。元々散らかった部屋ではあったが、その比ではない。家具は破壊され、あらゆるものが散乱している。何より――。
「ヒイロちゃんがやったのか‥‥?」
 壁に掛けられた祖母の写真。それだけは毎日ぴかぴかに磨いていたのに‥‥何かを叩き付けたのだろう。額縁は無残な姿に変わり果てていた。
 ふと、思う。先程電話を何人にかけただろう? ヒイロの居場所を知る人を、彼女と親しい人をカシェルは知らない。
 思えばあの子は一人だった。一人で始まって、それから自分は彼女が人の輪の中に入れたと錯覚していた。だが‥‥。
「ヒイロちゃんの居場所、か‥‥。とは言え、かなり限定されてるんだよな」
 カシェルは知っていた。あの子が一人になった時、どこに行くのかを。もう終わったはずの事を、未だに終わりに出来ていない事を。
 電話を手に取る。彼女がそこにいるなら、それは自分にも無関係ではない。だが――。
「僕がそこに居る資格は‥‥あるのか?」

●孤独
「結局私は何処にも行けないんだよ」
 暗闇。森の中、闇を焚き火が照らしている。
 激しい戦闘はせっかく片付けた物をめちゃくちゃに撒き散らした。またそれを拾って積んでも、また吹き飛ぶのだろうか?
「分ってるくせに。君はただビビってるだけ。自分の手を汚すのも嫌、人に嫌われるのも嫌‥‥都合の良い事しか認めない」
 少女は顔を上げる。焚き火の向こう、誰かが立って居る。長い髪を揺らし、着物姿の少女は笑う。
「傭兵になったのだってそうでしょ? 結局この村から逃げ出したかったんだ。ここに君の居場所はなかったから」
「‥‥違う。ヒイロは、みんなを守るために‥‥」
「守る? 何を? 君が何を守ったって? 皆死んだ。皆死んだんだよ?」
「守ろうとした」
「守れなかったじゃない」
「守ろうとしたっ! 守ろうとしたんだ!」
「でも守れなかった。それが現実」
 目を瞑り俯く。一人は怖い。一人は嫌だ。一人になるといつもそうだ。知りたくない事を語りにあの子がやってくる。
「デューイ先輩もメルちゃんも死んだ。たった一人私を救ってくれたユカリも死んだ。それだけじゃない、君は沢山殺した」
「殺してない」
「殺したよ」
「殺してない、助けようとした!」
「でも助けられなかった。それが現実」
 耳を塞いでも聞こえてくる。炎に包まれた作り物の街で、沢山の人が焼ける声が。
「君さ。人殺しが嫌とか守るとか言うけどさ。結局他の人に責任押し付けてるだけでしょ」
「違う」
「友達とか言うけどさぁ。便利に使ってるだけでしょ?」
「違う」
「君がやらなきゃその友達がやる事になるんだよ?」
「違う! 皆大事な仲間だよ!」
「カシェル先輩も? ユカリを殺した奴の弟なのに?」
 顔を挙げ立ち上がる。その表情には強い憎しみが見て取れた。
「違う」
「何が違うの? じゃあ正解はあるの?」
「違う‥‥」
「カイナは私達が歪んでいる事を見抜いていた。ブラッド君もね。ううん、本当は皆そう。友達だと思ってるのは君だけ」
「やめて‥‥」
「ニコニコして当たり障り無く他人と接していれば優しくして貰える。それが気持ち良いんでしょ?」
「もうやめて‥‥」
「本当は自分に人殺しの血が流れているって事も忘れられる。他人と仲良くするより排除する方がラク。だってわからない物は怖いよ」
「やめてよぅ‥‥っ」
「なら、死ねば?」
 声はすぐ目の前から聞こえた。
「君の信じる神は死んだ。君だけ生きているのは不自然だ。人に迷惑をかけるなら、死んでしまえばいいさ」
 反論しようとして、『目が覚めた』。
 パキンと薪が折れる音がした。薄い毛布を被り、瓦礫の隅で目を覚ます。
 全身をぐっしょりと濡らす汗に悪夢を見たと思い知る。またかと小さく呟いた。
 ここで再び戦って思い知った。自分の卑怯さも醜さも、無力さも。
 力をつければ克服出来ると思った。でもそれは違う。自分が目を逸らし続けていた現実は、予想以上に黒い。
「おばちゃん、どうしよう‥‥。私、おばあちゃんの言う通りにして来たよ? みんなと仲良くなったよ? それなのに、どうして‥‥」
 やはり、ルクス・ミュラーを許せないでいる。カシェルを見ると、彼に対しても憎しみを抱いてしまう。
 全部敵だと思ってしまう。他人を拒絶して排除してしまえば安心できると思ってしまう。
 ブラッドに刀を渡された時、本当は少し安堵した。これで人を殺しても――それは自分の所為じゃないと。
「何で‥‥死んだ!」
 立ち上がり、刀を抜く。その横顔は涙に濡れていた。
「死ぬなら私に優しくなんかするなよ‥‥! 死ぬなら‥‥居なくなるなら最初から助けんなよっ!」
 刃を喉元に突きつける。この強烈な自己否定を表現してしまいたくなる。別れるなら――出会いなんて無ければ良かった。
「綺麗事ばっかりだ‥‥私」
 膝を着き祈る。神はとうに死んでいる。なら誰か正解を与えてくれと願う。自分の力で生きるには、この世界は辛すぎる。
 目を瞑り眠る。あの頃の夢を見て。狭くて切なくて、それでも満たされていた時の夢を‥‥。

●参加者一覧

須佐 武流(ga1461
20歳・♂・PN
終夜・無月(ga3084
20歳・♂・AA
崔 南斗(ga4407
36歳・♂・JG
レインウォーカー(gc2524
24歳・♂・PN
イスネグ・サエレ(gc4810
20歳・♂・ER
茅ヶ崎 ニア(gc6296
17歳・♀・ER

●リプレイ本文

「やれやれ、今度は家出か‥‥」
 高速艇に運ばれ件の廃村にやってきた傭兵達。須佐 武流(ga1461)は山を見上げ、小さく溜息を吐いた。
「ヒイロ‥‥一人でここに居るのか」
 かつて人の営みがここにあった事を崔 南斗(ga4407)は覚えている。ここにはまだ片付いていない事が多すぎる。それは南斗の胸中も同じであった。
「ここに来るのは二度目だけど、相変わらず辺鄙な所だねぇ」
 静寂が運ぶ冷たい風に肩を竦めるレインウォーカー(gc2524)。そうしてあの日と同じ道を進んでいく。
「とりあえず、行ってみようかぁ。どうせあそこだろうしねぇ」
 淀みなく歩くレインウォーカーに続く武流。傭兵達は各々迷いながら山道を歩き出した。
「先輩、ちゃんとご飯食べてるといいけど‥‥」
「そうね‥‥」
 歩きながらのイスネグ・サエレ(gc4810)の言葉に茅ヶ崎 ニア(gc6296)は気の無い返事を返す。彼女もまたヒイロにかける言葉を考えていた。
「いつもあの無邪気さに癒される気がしてたが‥‥本当は負の感情を溜め込んでいたんだな」
 歩きながら南斗はこれまでの戦いを思い返していた。
 思えばヒイロはいつでも笑っていた。悩みはしても足を止める事はなかった。いつも希望を信じていた。
 しかし、荒れ果てたヒイロの部屋を見た時分ったのだ。本当はその胸の内に嵐を抱えていた事を。
「あぁ、いたいた」
 先頭を進んでいたレインウォーカーが足を止める。山道を登った先、かつてそこにはヒイロが暮らした屋敷があった。
 焼け落ちて残った残骸は先日の一戦で散らばっていた。ヒイロはそれを一人で片付け続けている。
「片付け、してるのか‥‥」
「まるで三途の川だねぇ」
 南斗の呟きにレインウォーカーが返す。きっとこの残骸も先日の戦いの前はある程度片付いていたのだろう。
 けれど激しい戦いは彼女が積み重ねた物をあっさり吹き飛ばしてしまった。そしてまた懲りずに彼女は瓦礫を積むのだ。
「賽の河原‥‥ですか」
 静かに呟く終夜・無月(ga3084)。それからヒイロへと駆け寄っていく。
「緋色‥‥無事で良かった」
「え? 皆、どうしてここに?」
 泥だらけの手をタオルで拭い、ヒイロは傭兵達を見つめる。その視線に含まれた近寄りがたさ故か、両者の距離は開いたままだ。
「やっほうヒイロ。久しぶり‥‥元気してた?」
 ニアの明るい声に目を逸らすヒイロ。ニアは頬を掻き、首を横に振る。
「‥‥んなわけないか。隣、座っていい? ほら、ソーセージあるよ」
「お腹が空いたら考えも悲観的になるって偉い人が言ってましたよ。私もご飯を持ってきましたから」
「ごはん‥‥っ」
 一瞬ヒイロの瞳に光が戻り、じゅるりと涎が垂れる。しかし首をぷるぷる振ってヒイロは涎を袖で拭った。
「要らないのです。どうして来たですか? みんなには内緒にしてってカシェル先輩に言ったのに‥‥」
「カシェル先輩、先輩の事心配してましたよ」
「カシェルだけじゃないよ。斬子もマリスさんやブラッドさんも‥‥皆心配してるよ」
 イスネグとニアの言葉に俯くヒイロ。そうして小さく手を握っては放す。
「‥‥心配してなんて頼んでないのです。内緒にしてってゆったもん。ヒイロ、悪くないもん」
 顔を見合わせるイスネグとニア。南斗は一歩前進し、ヒイロに語りかける。
「片付け、手伝わせてくれないか。俺にも‥‥責任がある」
 そうして近くに転がる木材に手を触れようとした時。
「――触らないでっ!」
 ヒイロの怒声が響き、南斗は手を止める。歯軋りと共に手を握り締め、ヒイロは顔を上げる。
「こっちに来ないで。これは私の問題。君達には関係ないんだから」
 傭兵達を無視し片付けを続けるヒイロ。武流はその様子をじっと見つめる。
「何を言われても帰って来る気はない、か」
 そのままヒイロから少し離れた木の根元にどっかりと座り込む。
「‥‥須佐君?」
「話してくれるまで待つ。どこまで時間が許すかは分らないが‥‥」
 南斗の声にそう返す武流。南斗も同じく隣に腰を下ろした。
「そうだな。腰を据えて話を聞くしかないか」
「では、私は魚を取ってきますね。確か近くに川があったはずですから」
 仲間にそう告げ森の中に入っていくイスネグ。そんな様子をレインウォーカーは遠巻きに眺めている。
 ヒイロも傭兵達の動きには気付いていたが、無視を決め込んでいた。時間はゆっくりと、しかし確実に過ぎていく‥‥。



「‥‥いつまでそうしてるつもりですか!?」
 日も暮れ始めた頃、傭兵達は焚き火を囲みイスネグが捕って来た魚を焼いていた。
 気付けばテントも設置され、完全に傭兵達は止まりこみの様相である。流石にそれにはヒイロも業を煮やし、声をかけて来たのだ。
「ヒイロが話してくれるまで」
 焼き魚を食べながらそっけなく答える武流。地団駄踏むヒイロ、その様子を眺める南斗の肩をイスネグが叩く。
「気付きましたか?」
「ああ‥‥監視されているな」
 他の傭兵に聞こえないよう小声で話す二人。彼らの後方、気取れるギリギリの場所に此方を窺う気配がある。
「敵意はないようですけど」
「そうだな。あえて存在を仄めかしている感すらある」
 警戒は続けつつ、一先ずその件は伏せておく。南斗は立ち上がり、ヒイロに声をかける。
「ヒイロ、もうこの際だ。心に溜め込んでる事、全部吐き出してしまえ。それでお前の事嫌いになる奴なんて、それだけの奴だ」
「緋色‥‥貴女は如何したい?」
 投げかけられた声にヒイロは背を向ける。小さな背中は震えていた。
「したい事なんかないよ。嫌われたって別にいい。だってヒイロは最初から一人だったから‥‥」
 それで困った事はなかった。他人の存在なんて煩わしいだけ。
「皆と仲良くするとね、おばあちゃんが喜ぶの。私を褒めてくれる‥‥それだけ。それだけで良かったんだ」
「ヒイロは‥‥傭兵を辞めるつもりなの?」
 ニアの問い掛け。それにヒイロは何故か笑い出す。
「辞めないよ。辞められない。他にヒイロに出来る事なんてない‥‥戦う事以外、ヒイロに価値なんかないんだ」
 振り返り、ヒイロは傭兵達に歩み寄る。その顔には自虐的な笑みが張り付いている。
「仕方ないからやってるだけ。目的意識なんかない。惰性で仕方なく続けてるだけだよ。もう私が戦っても褒めてくれる人はいないんだから」
「仕方なく‥‥? 赤祢は貴女の背を押し、斬子は貴女が進む可能性の在る道の先陣を斬り進んでいる‥‥それでも仕方なくですか?」
「知らないよ。頼んだ覚えはない」
 無月の声にヒイロは驚くほど淡白に答えた。興味ない、口調がそう告げている。
「自分に嘘をついたまま、これからもずっと生きるのかぁ? だとしたら、カイナの死は無意味だねぇ」
 後ろの方で話を聞いていたレインウォーカーが声を上げる。ヒイロは睨みを利かせるが、男は怯まない。
「そもそも死に意味なんてないさ。死んだら終わり、その後には何もない。意味があるとしたら、それは残された生者の行動で決まる」
 溜息を吐き、肩を竦める。そしてヒイロに言い放った。
「分かるかぁ? お前がそのままでいたらカイナの死は無駄死になるんだよぉ。カイナだけじゃない、お前が関わって死んでいった奴全員の死が」
「‥‥煩いなぁ。お喋りが過ぎるよ、君」
 長い前髪の合間、ヒイロは鋭くレインウォーカーを睨む。腰から下げた刀を片手で回し、腰溜めに居合いの構えを取る。
「帰って。もう話す事はないよ」
「待てヒイロ! まだ話さなきゃいけない事があるんだ!」
 南斗は思い出していた。ヒイロの拒絶の視線に過去の記憶が重なる。
 あの時は助けられなかった。十二分に懲りている。だからこそ、共に帰らねばならない。今度こそ‥‥。
「正直な話、話し合いとかよりもこっちの方が好きなんだよねぇ。無粋な言葉よりも刃に己の意思をのせてぶつかり合う方が戦士に相応しい」
「待って、本当にやる気なの!? 相手はヒイロなんですよ!」
 ニアの声を聞かず刀を抜いて走り出すレインウォーカー。ヒイロも抜刀しそれに応じる。
 衝突は瞬く間の事だった。二人は高速で刃を交え火花を散らす。その遣り取りは互角のように見える。
「カイナもそうだったはずだ。アイツと戦って分かったよ。アイツは誰かに命じられたわけでも、縛られるでもなく自分の意思でお前と戦った」
 鍔迫り合いの様相で語りかける言葉。ヒイロはあの日の戦いを思い返す。
「己の死と言う結末を知りながら、それでも逃げずに。お前に何かを伝えるために。それが分からないなんて言わせないぞ、ヒイロ・オオガミ」
「うるさい‥‥うるさい!」
 レインウォーカーを強引に弾き返すヒイロ。吹っ飛びながら体勢を立て直し、男は着地する。
「緋色‥‥赤祢が貴女に何を伝えようとしたのか。如何するべきなのか、本当は分っている筈です‥‥!」
 大剣を構える無月。しかしその前に武流が立ち塞がる。
「そのくらいにしておけ。ここでヒイロを叩きのめして、何の意味があるんだ?」
 同時に駆け出したニアがヒイロに飛び付き抱き締める。これ以上ヒイロが傷つく事を彼女は良しとしなかった。
「今俺達のするべき事は彼女を知る事だろ?」
 肩を竦め刃を収めるレインウォーカー。ヒイロは刀を握り締めたまま俯いている。
「辛い時は思い出せ。自分が何の為に戦っているのか。能力者になった時のこと、今まであったことを思い出すんだ」
 振り返る武流。ヒイロは潤んだ瞳でその姿を見る。
「辛い事ばかりじゃなかったはずだ。取るに足らないこともある。だが、そこに何かがあるはずだ。そしてそれが‥‥本当に自分が願うことだ」
「願い何て‥‥私の気持ち何か知らないくせに‥‥」
「そんなの分からないよ! だってヒイロは全然話してくれないもの!」
 ニアは叫び、ヒイロの両肩を掴む。そうして顔を近づけた。
「私馬鹿だから人の気持ち察したりとか出来ないよ! だから‥‥言葉にしてくれなきゃ伝わらないよ‥‥」
「‥‥そんなの、今更」
「――甘ったれるなッ!」
 片手を振るい、声を上げる無月。ヒイロはゆっくりと顔を上げる。
「神様なんて居ない。誰も救ってなんかくれない許してなんかくれない‥‥。判ってる筈だ‥‥取り戻せないと」
 はっと、目を開いた。その言葉には覚えがあった。
「皆戦っている‥‥抗っている‥‥。其れは生きている人間の義務だからだ! 生きて幸せになる為に努力を続ける事が‥‥生まれてきた意味だからだ!」
 それはあの日、失った者を取り戻せずに足掻く人達に叫んだ言葉。
「一緒に来い! 独りぼっちなんかじゃない! ‥‥同じ痛みを抱えて一緒に生きていく仲間が‥‥貴女には居るのだから!」
 傷だらけになって叫んだ。助けたいと願った。その熱は決して嘘ではなかった。
「この言葉は誰の影響でもない。緋色‥‥貴女が自分の中の自分の言葉で発したモノだと俺は思います‥‥」
 分っていた。本当は言われるまでも無い。
 最初から決まっている。ただその願いは途方も無くて、諦めていただけ。
 確かに切欠は他人の言葉だった。それに縋って、言われるがままに生きてきた。いい子であろうとした。でも――。
「助けたかった‥‥救いたかったんだ。本当は一つも諦めたくなかった‥‥っ」
「皆が自分の生き方を選んでそして死んでいった。それを先輩が自分のせいだと背負うのは傲慢じゃないかな」
 両目からボロボロと涙を零し、ヒイロはイスネグの声を聞く。
「彼らはきっと彼らなりに守るべき場所やプライド‥‥色々な大切な物を見つけたんだと思う。今となっては分からない事だけどね」
 だから最後は笑って死んでいく。分っていた。分っていたのだ。
「でも私はあの時約束したんだ‥‥先輩と一緒に戦うと。私は嘘はつきたくない。だから先輩はもっと皆を頼ってもいいんだよ」
「私は‥‥怖い」
 ニアの胸に顔を埋めながらヒイロは目を瞑る。
「私の我侭で、この手で誰かを傷つけるのが‥‥。私の為に、大切な人達が居なくなってしまうのが‥‥怖くて堪らないんだよ」
「忘れたのか? 約束したろ。俺は死なない」
 歩み寄り、声をかける武流。
「だからヒイロも死ぬな。結んだ本人に勝手にいなくなられたりしたら‥‥俺が困る」
「武流君‥‥」
 ニアから離れ、涙を拭うヒイロ。そうして己の掌を見つめる。
「ヒイロは‥‥臆病だった。人の所為にして嘘吐いて、自分の本当の願いを忘れてたんだ」
 最初はあの人を喜ばせる為だけだった。だが今は違う。
 大切な物は一つではなく、沢山になった。守りたいと祈り、願い、力を手に戦おうと誓った。
 もう責任から逃げたりしない。自分自身の願いを、借り物の祈りを本物にする。だから口を開いた。
「強くなりたい‥‥誰にも負けない最強に。目に付く全てを片っ端から守れる――正義の味方になる」
 空を仰ぎ、それから微笑む。その笑顔は以前と同じ真っ直ぐさを湛えていた。
 事の成り行きを見届け、レインウォーカーはそっとその場を去っていく。ニアはヒイロと肩を組み、笑いかける。
「帰ろう、ヒイロ。マリーさんも寂しがって鳴いてるよ」
「‥‥うん。ありがとう、ニア」
 ヒイロに歩み寄る無月。前髪を片手で退かし、その額にキスをする。
「行きましょう。貴女にいと高き月の恩寵があらんことを‥‥」
 ヒイロの上着の内襟を指差す無月。そこには『義無き力も力無き義も共に不義』と刻まれている。
「ではご飯にしましょうか。先輩もおなかぺこぺこでしょうしね」
 笑うイスネグ。ヒイロはお腹を撫でながら涎を垂らして席に着いた。
「ヒイロ、すまなかった‥‥。メルを、デューイを、俺は連れて帰れなかった」
 ヒイロの隣に腰を下ろす南斗。焚き火に照らされ、思い出を浮かべる。
「聞いてくれるか? 二人の戦いの事を。何を守り、生きて、死んでいったのかを‥‥」
 頷くヒイロ。すっかり日も暮れたその場所で南斗はあの日の戦いを語る。ヒイロはじっと真摯に聞き入っていた。
「皆、ごめんね‥‥ありがとう」
 話の終わり、ヒイロはそう呟いた。照れくさそうに、嬉しそうに。夜空を見上げ――目を瞑りながら。



「で、結局出て行かないのかぁ?」
 森の中を歩くレインウォーカー。彼はそこで一人の男と擦れ違う。
 スーツ姿の男は腕を組み、遠くの焚き火を見つめている。
「ええ。僕の出る幕ではなかったようですから」
 片手で眼鏡を押し上げ笑うブラッド・ルイス。レインウォーカーはその姿を一瞥し、闇の中へと姿を消した。