●オープニング本文
前回のリプレイを見る 灰色の空から、冷たい雨粒が降り注ぐ。
崩れた街の最中、幾つかの影が駆け抜けていく。行く先には無数の人影。銃を構え、迎撃体勢を取る。
走る者達の中、一人が水溜りを踏み抜く。全身をすっぽりと覆う赤いマントが揺れ、両腕と握り締められた拳銃が顔を覗かせた。
引き金を引く度に爆ぜる光が薄暗闇の中に侵入者の姿を浮かび上がらせる。仮面をつけた女は立ち塞がる敵に次々に弾丸を撃ち込み、沈黙させていく。
「ヒイロちゃん、後はよろしく〜」
声に応じ、女の脇を素早く駆け抜ける影。マントをはためかせながら低い姿勢で地を滑り、刀を抜くと同時に敵を切り裂いた。
「ごめんね‥‥」
次々に敵を両断する少女。周囲に敵の影がなくなると刃を収め、振り返った。
「突っ込みすぎよ、ヒイロ。相手が雑魚だけだから良かったけど」
声をかけられ仮面を外すヒイロ。それから自らが屠った敵の死体に目を向け、何とも言えない表情を浮かべた。
ここはとあるバグア領にある街。現在では親バグア派の組織の根城であり、様々な悪徳が成される場所だ。
ヒイロと同じく仮面を外すドミニカ。たった今彼女達が殺したのは強化人間ではなく一般人だ。当然、能力者の一撃にまともに耐えられるはずも無く、無残な死に様を晒している。
「ったく、ブラッドはどういうつもりなのかしら‥‥」
「こんな変な格好させられるなんて、私も思って無かったわ〜」
仮面を付け直すドミニカの背後から銃を手にし、周囲を警戒しながらマリスが近づいてくる。
「変な格好かなぁ? ヒイロは正義の味方っぽくてかっこいーと思うですが」
「‥‥ヒイロ、それはあんたのセンスが残念なだけよ」
苦笑を浮かべるドミニカ。こうして彼女はこの地に訪れる前の事を思い出していた。
ブラッドから任務の呼び出しがあり、事務所に赴いたドミニカ。そこで彼女を待っていたのは、ブラッドの満面の笑みだ。
「来ましたねオルグレンさん。今日は貴女達にこれをお渡ししようと思いまして」
突きつけられるマントと仮面。見れば他の面子も同じ物を受け取っているようだ。
ヒイロは目をきらきらさせて喜んでいるが、正直ドミニカには微妙な物にしか見えない。恐る恐るブラッドの顔色を窺う。
「皆さんには今後、身分を隠して戦闘に参加してもらう事になると思います。これはその措置の一つですね」
「身分を隠して‥‥? どういう意味ですか?」
「文字通りの意味です。皆さんは元々傭兵ですから立場も何もあった物じゃありませんが、それ以上に『正体不明』になって貰わねば困るのです。何せ皆さんには、『正義の味方』になってもらうのですから」
「はぁっ?」
素っ頓狂な声で驚くドミニカ。ヒイロだけは目を輝かせ、テンションが上がってきたのか走り回っているが、ドミニカからしてみるともう一度聞き直してみたいような内容である。
「正義の味方ですよ。ご存知ありませんか? ほら、変身したり、五人だったりするやつ」
「はあ‥‥」
「皆さんにはそれになってもらいます。マントと仮面は必須でしょう?」
何が必須でしょう? なのか分からないが、元々何を考えているのか全く分からない男だ。ドミニカはそう自分を納得させた。
そう、ブラッド・ルイスが何を望み、何をしようとしているのか。もう彼の下について暫く経つが、一行に見える気配が無い。
普段から確かにこの男はふざけている。人の感情を逆撫でするような物言いが好きで、本当に嫌な男だ。が、今回のこれは一体なんなのか。ふざけているとか嫌な男とかそういう問題ではない気がする。
「さて、本題に入りましょう。皆さんには今回、身分を隠してUPCの殲滅戦に乱入してもらいます」
突然真顔で語り始めるブラッド。が、内容が内容だけに話についていけないドミニカ。ヒイロはよくわかっていない顔だ。
「ちょ、ちょっと待った! UPCの作戦に乱入って‥‥!」
「というよりは、横取りですね。彼らが行なう殲滅作戦に割り込み、先に対象を殲滅します」
もう完全に意味がわからない。それなら一緒に協力して戦えばいいだけの話じゃないか。そもそも身分を隠して戦場に乱入なんかしたらどうなる? バグアだと思われて攻撃されるのではないか――?
「ターゲットはこの界隈で幅を利かせている親バグア組織です。バグアの下っ端ですが、人身売買から要人暗殺まで幅広く悪事を働いています。強化人間も沢山いるそうです」
「ちょちょ、ちょっと!? 要するに、結構大きい組織って事ですよね!?」
「ええ。だからUPCが殲滅戦を行なうんですよ」
「それに割り込んで‥‥倒せと?」
「そういう事ですね」
沈黙が事務所を支配する。頭を抱えるドミニカ、一方ヒイロはやる気満々だ。
「人知れず暗躍し、人助けをする‥‥まさに正義の味方なのです! わふふー!」
「まあ、実際難しいミッションです。UPCも能力者を突っ込んで来るでしょうし、下手したらそっちの相手もさせられるかもしれません」
「ちょっとちょっと、冗談じゃないって!」
「ちなみに強制ではありませんので、やれると思った方だけ参加していただければ結構です。今回九頭竜さんとマクシムは辞退してますし」
小首を傾げるヒイロ。ドミニカは眼鏡を中指で持ち上げながら眉を潜める。
「もう二人も辞退してるって‥‥。斬子とマクシム、何かあったの?」
「僕は関知しない事ですが、色々あるようですよ。さて、どうしますか? 一応君達にも断る権利はありますが」
肩を竦めるブラッド。ドミニカは頭をぼりぼり掻き、それから深々と溜息を漏らした‥‥。
「とにかく、あんまり無駄話をしている時間はないんでしょ?」
「そうね〜。UPC軍が突入してくるまで時間がないわ。それまでに敵を片付けないと‥‥」
「ヒイロたちも敵だと思われて、撃たれるですか?」
頷くマリス。雨の中、ヒイロはぷるぷる震えている。別に寒いわけではない。
「ブラッドが何をしようとしてるのかわからないけど‥‥兎に角、やれるだけやってみよう」
頷くドミニカ。一方ヒイロは急に真剣な表情になり、空を見上げた。
「ヒイロ、行くわよ! 何ぼーっとしてんの?」
「‥‥うん、今行くのです」
頭を振り駆け出すヒイロ。傭兵達は雨の振る街の中へ吸い込まれるように姿を消していった。
●リプレイ本文
●意味不明
依頼出発前。作戦に参加するメンバーは集まり、最後の準備と確認を行なっていた。
ネストリングという組織に所属し与えられた一つ目の任務。その不可解さは傭兵達の中にも困惑の影を落としていた。
「正義の味方、か‥‥。一体何をさせたいのか‥‥」
与えられた衣装を手に呟く藤村 瑠亥(
ga3862)。その表情には不信感が見て取れる。
ネストリングという組織も、その理念も不明な点が多い。だが何より理解に苦しむのは、こんな依頼を出してくるブラッド・ルイスについてだ。
そもそも組織性も理念も彼が根本に居るのだから、意味不明という言葉の全てを彼の所為であると言えない事もないだろう。
「何かさせたい事があるのでしょうね‥‥私達に」
壁に背を預け語るキア・ブロッサム(
gb1240)。ただのおふざけにしては度が過ぎているのだから、当然目的は存在する筈。
「ともあれ、この様な状況を了承して入ったわけですからな。納得しているわけではありませんが、今は行動あるのみかと」
「そうだな‥‥。それに、俺達の行動でUPCの被害は抑えられるかもしれない。ならそれで一先ずいいんじゃないか?」
米本 剛(
gb0843)の言葉に同意を示す上杉・浩一(
ga8766)。そう、確かにその通り。別に『悪い事』をする訳ではないのだ。
むしろ見方によっては善行と呼べるだろう。戦場に多少の混乱を起こす可能性はあるものの、上手く行けば死傷者の数を減らす事が出来るかもしれない。
戦場への介入という行為を善と悪どちらに比喩するかは人それぞれだが、絶対的に明白な悪というわけでもない。それが傭兵達にとってブラッドの意思が見通せない理由の一つになっているのかもしれない。
「まぁ、とにかくUPC軍人の被害を抑える事だけ考えようぜ。ごちゃごちゃ考えても、今は仕方ないしな」
巳沢 涼(
gc3648)の声に頷く一同。そんな真面目な話をしている一方、ヒイロはうずうずした様子でその辺をうろうろしている。
「わふー! ヒイロはこの日を待っていたのですよー! マントとマスク‥‥正義の味方そのものなのです!」
「‥‥そうですか? むしろ、悪の組織‥‥の方が、あっているような‥‥」
キアが手にしている衣装は確かにその通りだろう。仮面は蝶を模した派手な色合いで、マントは黒塗り。キア本人の雰囲気も相まってややサディスティックな感じである。
「‥‥でもキアちゃん、それ自分で希望したんじゃ‥‥」
震えるヒイロからさっと視線を反らすキア。ヒイロがキアの周囲をちょろちょろしている最中、犬彦・ハルトゼーカー(
gc3817)はじっと鏡を覗き込んでいる。
「気に入ったんですか、ボス?」
イスネグ・サエレ(
gc4810)の質問に踵を返す犬彦。腕を組み、頷いた。
「意外と悪くない」
「なんで犬なのにー、虎ですかー?」
小首を傾げるヒイロ。犬彦は何故か虎のマスクを着用していた。
「カッコイイだろ。一目で正義の味方だと分かる」
「ぷふーっ! 虎なんてかっこ悪いのです、かっこいーのは狼なのです‥‥ぎゃんっ!?」
ヒイロの頭を鷲掴みにする犬彦。そんな感じでドタバタしていると、ティナ・アブソリュート(
gc4189)が溜息を吐いた。
「斬子さんとマクシムさん‥‥やっぱりあの時の事で‥‥」
二人が直前に参加した依頼に同行していたティナ。ここで考えても仕方の無い事だが、どうしても気になってしまう。
「おーい、ちょっといいかー。皆集まれーい」
片手でヒイロのほっぺたをむぎゅーっとしつつ、片手で手招きする犬彦。そこへ傭兵達が集まる。
「今回はうちがリーダーという話だったが、それでいいか?」
「ええ‥‥適任かと」
「私もリーダーは犬彦さんがいいかと」
「異議なし」
キア、イスネグ、瑠亥が次々に同意する。そんな訳で、リーダーは犬彦に決まった。
「バイトの人がリーダー‥‥バイトリーダー‥‥むきゅぅ!」
ヒイロのほっぺたをぐにぐにする犬彦。イスネグはさりげなくヒイロを救出しつつ、手を挙げる。
「では、私はボスと呼ばせてもらいますね」
「別に班長とかでいいぞ、堅苦しいし。まぁ‥‥好きにすればいい」
そうこうしているとマリスとドミニカが合流してくる。二人は軽く挨拶し、傭兵達に近づく。
「お待たせ。大体準備終わってる?」
笑うドミニカ。その横顔をキアはじっと見つめている。
「そんなに睨まないでよ。前回はああいう形だったけど、今回は仲間なんだから」
「別に‥‥睨んでなんていませんよ」
「その顔が睨んでるって言うのよ。どうせ一緒に戦うなら、仲良くした方がいいでしょ? ほら、握手」
手を差し伸べるドミニカ。キアはそれに応じなかったが、強引に手を取られ振り回されてしまう。
無表情に手を離し、そっぽを向くキア。ドミニカは肩を竦めながら苦笑している。
「とりあえず、お二人にはこの温泉饅頭をどうぞ」
颯爽と饅頭を取り出すイスネグ。しかしドミニカはジト目で見た後、イスネグの束ねた髪をがしりと掴んだ。
「何あんた、ふざけてるの?」
「いえ、これは超限定品の‥‥」
「はぁ? 何? 引き抜くわよこれ」
髪を引っ張られ笑顔に冷や汗が流れるイスネグ。ヒイロがそこへ飛びついた。
「イスネグ君の後頭部を苛めるなー! イスネグ君はこれでも一生懸命がんばってます!!」
と叫んで饅頭をさりげなく横取りするヒイロ。その様子を笑顔で眺めていたマリスと視線が合うティナ。
「あらあら〜? どうして目を反らすのかしら?」
「い、いえ‥‥」
じりじりと後退するティナ。マリスは駆け寄り、その身体に飛びついた。
「いや〜ん、可愛い〜! お姉さん、すっかり貴女の事が気に入っちゃったわ〜!」
頬ずりされながら完全に表情が固まっているティナ。ぷるぷるしてる彼女はさて置き、傭兵達はこうして戦場へ向かうのであった。
●予測不能
静かに雨が降り注ぐ街。灰色の空に覆われた世界。そこがやがて戦場になるという事を、住人達は既に理解していた。
UPC軍の部隊が近づいているという情報は既に得ている。故に街全体が臨戦態勢にあり、襲撃者に対する準備を終えていた。しかし――。
「何だ‥‥?」
親バグア兵達が構築したバリケード付近。街の外側からやって来た二つの人影が見える。
「えー‥‥ヒイロやっぱりもっとカッコイイ名前が良い‥‥」
「迂闊な事を言うな。その一人称もなんとかしろ」
二人は何やら話をしながら近づいてくる。小さい方の影が何やらゴネているようだ。
「UPCの兵士‥‥には、見えないな」
ライフルのスコープを覗く敵兵。来訪者の姿はマントと仮面でハッキリ視認出来ないが、軍人でない事は確かだろう。
「構うこたねえ、撃っちまおう。入ってくるからには敵だろ」
複数の銃口が二人を狙う。一斉に引き金が引かれ銃弾が発射されるが、それを来訪者は水飛沫を弾いて回避する。
「大人しく言う通りにするなら、後でポテチをやろう」
「わふ。物で釣る気ですかー?」
「‥‥5袋でどうだ」
小さい方が口元に笑みを浮かべる。二つの影は一気に動き出し、バリケードへ突っ込んでいく。
「速――!?」
降り注ぐ雫を弾き舞う漆黒。尋常ならざる脚力は一般人が目で追えるような代物ではなく、容易に防衛線の突破を許した。
二対の刃を左右に突き出すように構える男。一斉に銃撃が行なわれるが、その弾丸が彼を傷つける事は無かった。
次々に倒れていく兵士達。何が起きているのかも良く分からないまま、引き金を引いたと思った時にはその身が引き裂かれている。
「‥‥ごめんね。怪我させちゃうけど、我慢してね」
追いついてきた小さい影が拳を振るう。ただ殴られただけで人体が空を舞うのだから異常である。だか彼ら異能の存在に対する知識は勿論敵にもあった。
「こいつ‥‥能力者か!?」
増援を呼ぼうと手を伸ばした通信機から同時に声が聞こえてくる。彼方此方から報告される敵襲の声は交差し、戦場の混乱を端的に表現していた。
二人の襲撃開始とほぼ同時刻。街の別のエリアでも銃声が重なり轟いていた。
水溜りを撒き散らしながら疾走するジーザリオ。運転するイスネグは正面に見える敵に苦笑を浮かべる。
「このまま突っ込んじゃっていいんですか?」
「安心しろ、車はなるべく守ってやる。壊されても面白くないしな」
車両の上に立った犬彦は風と雨粒に打たれながら片手で槍を回す。敵兵はロケット砲で迎撃の構え。
「RPGですな」
呟く剛。発射され真っ直ぐに車に向かって来る砲弾を犬彦は前に跳躍し、槍で打ち払った。
「ああ、前が見えません‥‥ボス」
爆炎を突き破り進行するジーザリオが次々に敵兵を刎ね飛ばす。
剛は助手席の扉を開け、身を乗り出し二丁拳銃を連射。目に付く敵を片っ端から撃ち抜いていく。
「こうまで完全武装で迎撃されるとは、どうやらUPC軍に対する警戒は万全だったようですな。尤も、これならば非戦闘員を屠る憂いも無いのですが」
状況を割り切れた訳ではないが、これも承諾済の事。冷静に意気を潜め、引き金を引く。
「今は心を凍らせ‥‥行動あるのみ」
「その状態でよく狙えますね」
運転しながらイスネグが微笑む。剛の外見は、なんかもう凄い事になっていた。
元々車上からの射撃となれば狙いは散漫になりがち。しかも剛は武者鎧着用で、仮面もマントも非常に物々しいデザインだ。
「まあ、一般人相手であれば掠るだけでも戦闘不能に出来ますからな。見た目ほぼキメラな気もしますが、これなら正体の露見はないでしょう」
着替えた姿を見たヒイロが泣きそうな顔をしていたのを思い出しつつ、敵兵を跳ねるイスネグであった。
一方、更に場所を変えた某所。雨の中を走るティナの後ろにぴったりとマリスが追従している。
「ち、近くありませんか?」
「え〜? そうかしら〜?」
ニコニコしながら走るマリス。ティナは青ざめた表情で背後からの奇妙な気配を感じていた。
「大丈夫‥‥キアさんもいるし、大丈夫‥‥」
自分に言い聞かせるように小声で呟くティナ。マリスは手を合わせ微笑む。
「大丈夫よ〜、私が守ってあげるから〜」
それが心配なのだが――本人に言えるはずも無く。二人もまた敵集団と遭遇する。
銃を向けてくる相手にティナは加速し真正面から果敢に襲い掛かる。マリスは担いでいたガトリング砲を構え、掃射。敵を薙ぎ払っていく。
かなり後ろが気になるティナだが、射撃を邪魔しないように気をつけつつ敵を剣で切り裂く。そこへ連続で手榴弾が投げ込まれ、ティナは後方へ大きく跳んだ。
マシンガンを手に前に出てくる兵士達。その身体をどこからか飛来した弾丸が撃ち抜いていく。
道路に面したビルの窓から拳銃を突き出し構えるキア。次々に引き金を引き、その度に敵が倒れていく。
「正面T字路‥‥敵装甲車が接近中、です」
呟くキア。曲がり角を曲がってきた装甲車はバリケードを粉砕しながら急行してくる。
「はいは〜い、お任せ〜」
前進しガドリングを構えるマリス。装甲車を蜂の巣にして撃破、転倒した車両が火を吹きながらスピンする。
冷や汗を流し振り返るティナ。マリスは何やら可愛い子ぶってガッツポーズしていた。
「通りすがりの覆面ライダーってとこか。なんにせよ、ガキの頃憧れたヒーロー達とは違うな‥‥」
AU−KVに跨った涼が呟く。ここはまた更に別の一画。涼の隣りは浩一の運転するジーザリオが並走している。
大通りの道端に車を停める浩一。涼もAU−KVを装着し、周囲を警戒する。
戦闘になれば敵とはいえ一般人‥‥ただの人間を殺す事になるだろう。避けられない現実ではあるが、彼はそれを割り切れてはいない。
「浮かない顔ね、涼。こんな訳の分からない任務じゃ気も乗らないだろうけど」
ジーザリオから降りたドミニカが声をかける。腕を組み、苛立った様子で靴底で地を叩いている。
「ブラッドがもう少しマシな説明してくれればいいんだけどね。あの変態、何が目的なんだか」
「あんたもブラッド・ルイスを疑ってる口か? ま、よろしく頼む」
片手を差し出す涼。ドミニカは少し驚いた様子で寂しげに笑い、その手を取った。
「みんなあんたくらい素直ならね。宜しく、涼」
AU−KVの装甲を軽く小突くドミニカ。そんな二人の様子を眺めていた浩一が声をあげる。
「行くぞ。もう他の班は戦闘を開始しているようだからな」
頷き、浩一の後に続く二人。拡大する戦闘は、本来予期された物とは違う方向へ進みつつあった。
●第三勢力
「これは‥‥どういう事だ?」
UPC軍が目的地へ到着した時、既に街は戦場と化していた。響く銃声、倒れた親バグア兵‥‥困惑しない方がどうかしている。
「既に各地で戦闘が開始されている模様です。天笠中尉、これは‥‥」
指揮官の男は帽子のつばを掴み、僅かに思案。真っ直ぐに前を見据え、口を開く。
「作戦に変更はない。この街に居る者は全て踏み砕け。但し、想定外の状況に遭遇した場合は現場で柔軟に対応して構わん。全員、命を粗末にするなよ」
号令を受けて各方面から一斉に軍人達が突入を開始する。天笠も雨の中、先陣を切り飛び込んでいく――。
「UPC軍‥‥もう突入してきましたか」
逸早くその存在に気付いたのは高所から周囲を索敵していたキアだ。こちらに向かっていた敵が足を止めUPC軍と交戦を開始している。
「う〜ん、どうする〜?」
「乱戦に飛び込むのは下策‥‥。注意を引きつけ‥‥狩るべき対象だけに絞りましょう。それで構いませんか‥‥ヴァイス?」
無線からの声に頷くティナ。『ヴァイス』というのはコードネーム。彼女達はお互いの名を出す時、それを使うようにしている。
「そうですね。UPC軍をほうっておくわけにも行きませんし‥‥。ヴィオレット、くれぐれも彼らを巻き込まないようにお願いしますね?」
「う〜ん? どうしようかしら?」
この女、ティナが困るのが分かっていてからかっているのだ。無線の向こうの様子に溜息を一つ、キアはビルからビルへと飛び移りながら敵を狙う。
「‥‥敵を誘い出します」
気配を消して銃を構え、敵を狙撃する。攻撃に気付いた敵、強化人間が数名キアに向かって来る。UPC軍は一般人だけなので、優先順位を考えたのだろう。
後退するキア。追ってくる敵を迎撃しに打って出るのはティナだ。敵はマシンガンでティナを狙う。
高速移動で銃撃をかわすティナ。狙い一般人と比べ明らかに正確、銃の威力も桁が違う。身をかわしつつ剣を振るい、衝撃波で敵を狙う。
キア、マリスはティナの戦闘を銃撃で援護。相手は強化人間とは言え程度は低く、戦闘は優位に進む、しかし‥‥。
「‥‥ヴァイス、UPC軍が追ってきます」
銃を手に走って来るUPC軍。攻撃してこないのは、この状況が意味不明だからだ。
「口で説明しても仕方ありません。ここは行動で‥‥!」
マリスが制圧射撃を仕掛けた所をティナとキアが次々に撃破して行く。戦闘に区切りがつくとUPCの兵士達も銃を向け前進してくる。
「う、動くな! お前達は何者だ!」
ビルから飛び降りティナの傍に着地するキア。スカートの裾を摘みうやうやしく頭を下げ、軽く手を振って走り去る。
「お、おい。追わないのか?」
「追わないのかって言われてもな‥‥」
困惑する兵士達。三人は追われていない事を確認し、次のエリアに急ぐ。
「まるで本当に正義の味方ね〜」
「それがブラッドさんの望みですからね。だけど‥‥」
相手が悪人とは言え、やっているのはただの虐殺。それが本当に正義の味方と言えるのだろうか――?
疑念を飲み込み走るティナ。広い戦場は、まだまだ彼女達が向かうべき乱戦で満ちている。
「新手が来たね。UPCなら、同士討ちに気をつけないと」
車を運転しつつ呟くイスネグ。彼はバイブレーションセンサーで周囲を様子を探りつつ移動を続け、場合によっては別働隊に指示も行なっていた。
しかし、車両移動中という事もあり、スキルの効果は万全ではない。元々激戦区でも適性効果を発揮するバイブレーションセンサーだが、車両に乗ったまま、運転を挟みながら行なうのは難しい物がある。
結果、彼が感知出来ているのは本来の索敵範囲の半分程度。街の広さも相まって、周囲の班に対する支援としては微妙な効果だ。
「完全なレーダーとは言えないけど‥‥自分達の行く道を決める程度なら十分かな」
正面から複数の人影が向かって来る。犬彦は車両の上からその存在を視認した。
「この動き‥‥強化人間か。ボス、どうします?」
「足はなるべく止めない方がいいだろ。降りるから拾ってくれ」
正面から銃を乱射し迎撃してくる強化人間達。犬彦はそこに飛び掛り槍を突き刺す。
イスネグは大通りをUターン。再び強化人間達に迫ると、剛が銃で背後を狙う。
次々に敵を蹴散らし、車に飛び乗る犬彦。背後から屋根の上に乗り、その間に剛が片付けを終える。
「サエレさん、怪我はありませんかな?」
「いや、普通うちの心配が先だろ」
「おや、失礼。そちらは大丈夫そうだったものですから、つい」
剛の声に鼻を鳴らす犬彦。イスネグはほっと胸を撫で下ろし、車を走らせる。
「正面、UPCと親バグアが交戦中です。どうしましょう?」
「突っ込め。バグア兵のお命は片っ端から横取りする」
「敵兵は早急に排除しなければ、UPCの被害に直結しますからな」
二人の言葉を受けアクセルを踏むイスネグ。三人は乱戦の真っ只中へ飛び込んでいく‥‥。
一方、強化人間と交戦中の瑠亥とヒイロ。二人は背後から迫ってくるUPC兵からの攻撃を受けていた。
「わふー! 背中がちくちくする!」
UPC兵が隊列を組み射撃をしてくる。瑠亥はこれを回避しつつ強化人間へ突撃、次々に薙ぎ払っていく。
「シュヴァルツ、能力者が来てる!」
というのは、瑠亥のコードネームである。最初は黒、赤と呼ぶ気だったが、ティナの提案に便乗した形だ。
剣を手に走って来る能力者。ヒイロは一対一で回避しつつこれに刀で応じる。反撃は出来ないのでただ防ぐ事しか出来ない。
続け、ガトリングを担いだ能力者が攻撃開始。瑠亥を狙うが、彼は銃撃を回避しつつ強化人間を斬り伏せる。
「まともに相手をするな‥‥引くぞ」
ヒイロに駆け寄り手を伸ばす瑠亥。それに引かれる形で一気に加速し、一瞬で能力者の攻撃から離脱する二人。
「わふー!? 足速いぃい!!」
「‥‥手を放すなよ」
高速で街中を駆け回っているとまた新たな敵集団と遭遇する。瑠亥はヒイロを離し、真っ只中へ突っ込んだ。
「退いてろ‥‥邪魔だ!」
襲い掛かる無数の敵意を掻い潜り、斬撃を返す。無数の軌跡が光を描き、強化人間達が吹っ飛んでいく。
「いま、なにしたの?」
震えるヒイロ。瑠亥は額の汗を拭い、ヒイロの顔色を窺う。
戦い通しの走り通し。既に疲労は蓄積されつつある。瑠亥もだが、ヒイロにも体力の限界はある。
「まだやれるか?」
握り拳に満面の笑みを浮かべるヒイロ。リーダーにもきちんと命令を見ろといわれている以上、無視は出来ない。
「無理はするな」
瑠亥は頷き、更なる敵を目指して走り出した。その頃、涼、浩一、ドミニカのD班は‥‥。
「錬力半分持ってあげるから、遠慮せず行きなさい!」
ドミニカの支援を受け、刃を振り上げる浩一。十字に広がる衝撃波が吹き飛ばす強化人間を涼がマシンガンで次々に撃ち抜いていく。
「あんたらも好き好んでバグアに付いたわけじゃないんだろうが‥‥悪いな、俺の手はそこまで長くねぇんだ」
三人はこのコンボで次々に敵集団を屠って来た。涼は自らが撃ち殺した敵の死体を前にばつの悪そうな顔で呟く。と、その時。
「強化人間と戦う、か。しかし我々とも違う‥‥第三勢力と言った所か?」
三人に近づく影。少数、そして各々が統一性の無い得物を所持している事からそれらが能力者であると分かる。
「何が目的だ? ここで何をしている‥‥洗いざらい話して貰おうか」
士官らしい男が銃を向けてくる。涼はそれに盾を構えつつ言葉を返す。
「これも仕事でね、素性は明かせないが‥‥俺達は敵じゃない」
「素性を明かせない者の言葉を信じろと?」
「お互いトラブルとは無縁でいたいだろ?」
「それには同意するが、私も軍人でな。危険かもしれない相手を、放置する訳にもいかんのだよ」
引き金を引く士官。飛来する銃弾を涼は盾で防ぐが、既に槍と斧をそれぞれ構えた能力者が突っ込んできている。
繰り出される猛攻。この能力者の錬度は先の簡易強化人間達とはレベルが違う。涼は緑色の光を纏い、盾で体当たりをかまし片方を吹き飛ばす。
更にもう一人には浩一が対応。槍使いの攻撃を刀で受け、涼をフォローする。
「ちょ、ちょっと‥‥二人ともここは引いて‥‥きゃあっ!?」
士官の後方でライフルを構えていた能力者の攻撃で倒れるドミニカ。涼はペイント弾で顔を狙う事で斧使いを後退させ、ドミニカに走る。
滑り込み、追撃の銃弾を盾で弾く。浩一は走りながら閃光手榴弾を投げつけ、涼と協力しドミニカを車まで運ぶ。
「まずいな‥‥逃げ切れるか?」
車を急発進させる浩一。能力者達は既に追いかけてきており、スナイパーの銃弾が何度も車両に穴を空けている。
「また穴が‥‥」
「ドミニカちゃん、無事か!?」
「肩を撃たれただけよ‥‥!」
ドアから身を乗り出し追撃に対しペイント弾をばら撒く涼。ドミニカは傷を回復し、別働隊に援護を要請する。
「何とかまいたか‥‥?」
バックミラーを確認する浩一。粗方振り切ったように思えたが、脇道をショートカットしてきたのか、先の士官が猛然と追いかけてくる。
「速ーッ! 全然来てるじゃない! 涼、なんとかしなさいよ!」
「んなこと言われてもなー!」
涼の銃撃を男は回避しながら追ってくる。片手で軍帽を抑え、移動スキルで急加速し剣を抜く。
追いつかれる、しかも車が斬られる――そう思った直後、脇道から飛び出してきた瑠亥が士官に飛びかかった。
足止めが成功し、走り去るジーザリオ。追いついてきたヒイロが瑠亥に並び、刀を抜く。
睨み合う三人。しかし士官は刃を納め、踵を返した。そうして数歩進み、首だけで振り返る。
「背を見せても襲わず、か‥‥。貴様らの存在を容認した訳ではないが、ここで消耗し作戦が失敗すれば元も子もない。ここは引かせて貰おう」
一気に加速し姿を消す男。ヒイロは息を吐いて刃を収めた。
「何か、強そうな人だったね。引いてくれて良かった」
先に飛び掛った時に打ち合った際、瑠亥の力を把握したのだろう。そして瑠亥もまた‥‥。
「‥‥そうだな」
強力な部隊がUPC側に居る事は直ぐに全ての班に伝えられた。結果、それを可能な限り避ける形で傭兵達は行動する。
各所で起こるUPC軍と親バグアの戦闘に乱入し、UPCに助成する者達。その活躍で戦闘は圧倒的にUPC軍優位に進んでいく‥‥。
「そろそろ引くぞ。100%狩りつくす必要もなし、もうUPC軍の圧勝は見えている」
イスネグの走らせるジーザリオは街から離脱を開始。犬彦は無線で仲間に指示を出す。
「こちらB班‥‥敵の追撃を受けています。ある程度引き付けてから‥‥脱出を開始します」
物陰から銃を撃ち、強化人間を迎撃するキア。その時、敵を挟んだ向かい側から軍の能力者達が走って来る。
槍使いはティナと戦っていた強化人間を撃破。ティナを一瞥し、別の強化人間へ襲い掛かる。
「え‥‥っと」
「今の内に逃げちゃいましょ〜!」
ティナの手を取り走るマリス。能力者は追ってくる気配もなく、むしろ強化人間の足止めをしているようにさえ見えた。
「まさか、本当に正義の味方だと‥‥認めて貰えたわけでは‥‥ないのでしょうけれど」
走りながら後方を確認し呟くキア。ティナは複雑な表情を浮かべ、それから前を見た。
車両に乗り込み離脱していく傭兵達。それを追う者は無く、無事に全員が戦場からの離脱を完了するのであった。
●疑心暗鬼
「敵戦力の沈黙を確認。制圧完了しました」
部下からの報告を受け、顎に手をやる士官。考え込むその隣にライフルを手にした能力者が立つ。
「中尉、例の不審者の件ですが」
「ああ。どうだ?」
「彼らの攻撃を受け、負傷した兵は皆無です。どうやらバグア側の戦力だけを狙い、攻撃していたようです」
「間違いはないのだな?」
軍帽を脱ぎ、空を見上げる。曇り空からは光が差し、雨はすっかり上がりつつある。
「奴らが何者かは分かりませんが、お陰で随分こっちの被害、少なかったみたいですよ」
槍を手にした女が呟く。士官は首を横に振り、戦場を眺める。
「だから逃がしたのか? 言い訳にしては稚拙だな」
「逃がしたわけではありません。ただ、優先順位を決めただけです」
それからも士官は部下達の話を聞き歩いた。
命を救われた者、攻撃した者、乱入で混乱した者、反応は様々だ。しかし最終的には『困惑』という二文字に集約する。
誰が何故、あんな事をしたのか。思い当たる節は全く無い。であれば当然、疑念を解凍する事は出来ない。
「天笠中尉、次の指示は‥‥」
部下の声に思考を中断する。男は振り返り、歩き出した。
「残敵の索敵殲滅、及び拠点調査だ。予定通り、一つも狂いはない――」
「何とか無事、一仕事終える事が出来たか‥‥」
件の街から十二分に距離を取った平地。雨上がりの空の下、浩一が仮面を外し溜息を吐く。
「みんなお疲れ様〜! 立派に正義の味方だったわよ〜!」
「‥‥マリスさん、なんでそんなに元気なんですか‥‥?」
げんなりした様子で呟くティナ。戦闘の連続だったのだ、全員疲れが顔に出ていて当然なのだが‥‥。
「そちらは中々大変だったようですな。距離が近ければ、我々も救援に迎えたのですが」
「藤村さんが来てくれて助かったよ。UPCにも、色々な能力者がいるもんだな」
剛の声に苦笑する涼。ヒイロがほっぺたを膨らませているのを発見し、その頭を撫でる。
「ヒイロちゃんも来てくれて助かったぜ」
「でゅふふ‥‥涼君、ヒイロをもっと頼ってもいいんだぜ‥‥?」
何と無く、『良い事をした』ような雰囲気である。しかし根本的な部分にある疑念が晴れたわけではない。
「でも‥‥今はまだ、踊らされておくが吉、かな」
賑やかな様子を遠巻きに眺め呟くキア。そこにドミニカが歩いてくる。
「おつかれ! 怪我してない? 治してあげよっか?」
すっと身を引くキア。ドミニカは頭を掻き、手を強引に取る。
「いいからほら、治してあげるってば!」
「いえ‥‥このくらい、大丈夫ですから‥‥」
そんな様子に息を吐く瑠亥。と、ヒイロが突然手を上げて叫んだ。
「今こそ、チーム名を考えるべき時なのですよー! ヒイロはねー、ヒイロと愉快な仲間達がいいと思う!」
沈黙。その後、浩一がヒイロの肩をそっと叩いた。
「仮面付けて仮装してるからバル・マスケとか? もしくは‥‥ヴァイス・フリューゲル? 犬彦さん、何かいい案ありませんか?」
ティナに話を振られ、腕を組んで話を聞いていた犬彦が顔を上げる。
「チーム名、か‥‥そうだな」
「ヒイロと愉快な‥‥きゅぅ!」
ヒイロの頭を鷲掴みにする犬彦。全員が耳を傾ける中、言葉を紡ぐ。
「シークレット‥‥」
全員の視線が犬彦に集中。その時犬彦はヒイロを手放し、背を向けて車に向かっていく。
「やめた。あえて言わんでおく」
「えー! ちょっと、何ですか? 途中で止めたら気になるじゃないですか!」
その背を追いかけるティナ。どっと空気の緊張が緩み、各々車両へと歩き出す。
「‥‥先輩、大丈夫?」
道端に転がりぷるぷるするヒイロ。イスネグが声をかけると、ヒイロはぼそりと決意を口にした。
「バイトリーダー‥‥たおす‥‥っ」
こうしてネストリングからの一つ目の依頼が完了した。雨上がりの空の下、傭兵達は帰路に着く。
この戦いが、彼らの行動がどんな意味を持つのか。それはまだ、誰にもわからない。依頼人であるブラッド・ルイス、ただ一人を除いて‥‥。