タイトル:【NL】I can see allマスター:神宮寺 飛鳥

シナリオ形態: シリーズ
難易度: 難しい
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/02/10 06:46

●オープニング本文


前回のリプレイを見る


「タキシード、お似合いですよ」
 背後からの声に振り返り眉を潜める天笠。そこには料理の載った皿を片手に微笑む部下の姿があった。
 ここはバグアとの競合地区からかなり遠い人類側の都市、高層ビルが立ち並ぶ中心部に鎮座するとあるホテルのパーティー会場の片隅。本来ならばただの軍人である天笠には無縁の場所である。
 彼らがここに来てから既に一時間近くが経過しようとしていた。凡そ200人が収容されたホールには沢山の人々が行き交っている。
「嫌味を言っている暇があるのか。というか何を食べている」
「立食形式のパーティーって馴染みなくて苦手ですよね。日本人だからでしょうか。それとも貧乏だからでしょうか」
「そんな事はどうでもいい。状況を報告しろ」
「動きがあれば報告しています。今の所異常はありません」
 ハムを指先で摘み、舌の上に乗せながら答える女。天笠は腕を組み、溜息を共に目を瞑った。
 彼ら天笠隊がこんな場所に居るのには当然理由がある。切欠はこのパーティーに出席しているとある人物からリークされた情報であった。
 このパーティーには様々な権力者が集まっている。戦争と言う時代に武器商人が成り上がる事は別段珍しくもなく、ここにはそういう類の人間も集まっている。その中の数名がバグアと取引をしている親バグアであるというのだ。
「何か食べないんですか。美味しいですよ、これ」
「高峰、未だ情報提供者とコンタクトは取れないのか?」
「呼ぶだけ呼んでおいて姿を現しません。実在はするんでしょうけど」
 この社交パーティーに参加する為には既存参加者の紹介状が必須だ。天笠達も紹介状を手にこの会場に入ったのだから、居ないという事はないのだろうが。
「正直胡散臭くはありますね。罠の可能性もあります」
「重々承知の上での少数精鋭だ。しかし、要領を得んのも事実」
 親バグアが居るという事、そして彼らの正体が今日ここで暴かれるという事。その二点が天笠の元に飛び込んで来た情報であった。
 具体的にこの200人の中の誰がその親バグアなのかも、何をどうして正体を暴くのかもわからないのだから、普通なら一笑するような話だ。
「会場の監視を引き続き継続しろ。何かあれば指示を出す」
「せっかくですし、楽しんだらどうですか? こんな機会そうありませんよ」
「俺にワルツでも踊れと?」
「案外お似合いかもしれませんよ」
 微かに微笑む部下の顔を一瞥し天笠はその場を離れる。
「気に入らんな‥‥」
 さも全てお見通しですと言わんばかりではないか。天笠隊が親バグア殲滅に対し経験豊富である事実も、恐らく情報提供者は知っているのだろう。
「そんなに怒らなくても」
 背後からの声を無視して歩く天笠。そんな彼と入れ違い、会場に入る男が一人。
「‥‥さて、ここまでは予定通り。あとは皆さんがどう動いてくれるか、ですねぇ」
 眼鏡を中指で押し上げながら微笑むブラッド・ルイス。行き交う人々を眺め、数日前の出来事を回想する。

「パーティーに潜入して、親バグアの人間を暗殺?」
 LH、ネストリング事務所。怪訝な表情で反応するドミニカを無視してブラッドは話を続ける。
「あ、何も絶対暗殺ではありませんよ。むしろ殺さない方が得です。生かしたまま捕らえられれば芋蔓式に他の親バグアを捕らえられる可能性もあります」
「問題はそこに何の関係もない一般人が大量に紛れ込んでいるという事ですわね」
 壁に背を預け呟く斬子。そう、このパーティー会場には200人程の人間が集まる事が予想されている。その内捕らえたいターゲットはたった6人。
「残り全員を巻き込む事になりかねませんわ。そうなれば混乱は必至‥‥わたくしは賛成しかねますわ」
「ていうか、それこそUPCに通報すればいいじゃない。私達の出る幕じゃないでしょ」
「本当にそうでしょうか。仮にその親バグア達と、UPCの軍人が繋がっているとしたら?」
 口を噤む斬子とドミニカ。ブラッドは封筒から資料を取り出し、机の上に広げていく。
「これは根の深い問題です。UPCの中にも信用出来ない人間はいるのです。僕らが通報した事が原因で逃げられちゃったらどうするんです?」
 顔を見合わせる二人。勿論それだって100%ではないが、一考させるには十分な要素だ。
「そこで皆さんの出番です。ちょちょっと会場に紛れ込んでターゲットを確保してくれればいいんですよ。正義の味方に相応しいお仕事でしょう?」
「戦闘になった場合、どうするんですの?」
「会場に居る無関係な一般人を守りつつ、ターゲットの抵抗を完封し、かつ可能な限り殺さないで捕らえる」
 言うは易しだが中々の無茶振りである。唖然とする二人を前にブラッドは肩を竦める。
「幸い潜入は楽です。今回は協力者を用意しました。ターゲットと交流のある商人ですが、不正を暴く為に力を貸してくれるそうです」
「その人の安全も守れって事ね‥‥」
「はい。何せ皆さんにとっても意外と無関係ではない人物ですからね」
 資料を一枚手に取り差し出すブラッド。それを目に斬子は驚きを隠せなかった。
「九頭竜 剣蔵。協力者というのは九頭竜さん、貴女のお父様の事です」
「わふ!? くず子のパパですか!?」
 煎餅を食べていたヒイロが慌てて立ち上がる。斬子が資料を引っ手繰るが、ブラッドは気にせず話を続ける。
「九頭竜さんのお父様は実に勇敢で正義感に溢れたお方です。彼の協力が無ければこんな作戦実行に移せませんでしたよ」
「‥‥くっ」
 俯く斬子。そのまま背後をちょろちょろしていたヒイロを押し退け部屋を飛び出してしまう。
「くず子‥‥」
「そういう事するか、普通‥‥」
 ばつの悪い表情でブラッドを横目に睨むドミニカ。ヒイロは頭をぽりぽり掻き、ブラッドに歩み寄る。
「ブラッド君。この作戦、必ず成功させようね」
 意外にも素直にそう笑うヒイロ。ドミニカは眉を潜める。
「成功させるって事は、誰も悲しませないって事。悪い人だけやっつけて、それで終わりにするって事。誓ってブラッド君。これは悲しい事を止める為の作戦なんだって」
 真っ直ぐに見つめる瞳。ブラッドは苦笑を浮かべ、静かに頷く。
「ええ、勿論ですよ」
「約束だよ、ブラッド君!」
 笑顔で小指を絡めるヒイロ。こうして新たな正義の味方の戦いが始まるのであった‥‥。

●参加者一覧

藤村 瑠亥(ga3862
22歳・♂・PN
上杉・浩一(ga8766
40歳・♂・AA
米本 剛(gb0843
29歳・♂・GD
キア・ブロッサム(gb1240
20歳・♀・PN
巳沢 涼(gc3648
23歳・♂・HD
犬彦・ハルトゼーカー(gc3817
18歳・♀・GD
ティナ・アブソリュート(gc4189
20歳・♀・PN
イスネグ・サエレ(gc4810
20歳・♂・ER

●リプレイ本文

●Beginning of night
 闘争の銃火に程遠い夜の街。煌びやかに光を帯びたその大きなホテルを見上げ、犬彦・ハルトゼーカー(gc3817)は風に吹かれている。
 前回に引き続きリーダーを引き受けた犬彦。今回の作戦では三つの実働隊がそれぞれターゲット確保の為に動き、犬彦はそれらの情報を纏め指示を出す役割を帯びている。そして彼女の仕事はもう一つ‥‥。
「護衛任務なんていつ以来だろうか‥‥」
 それは協力者である九頭竜剣蔵を護衛する事。彼は今回の作戦に組み込まれており、決して欠かす事の出来ない要素となっている。
 ネクタイをきつく締め、サングラスをかける犬彦。そうして振り返り告げる。
「何をコソコソしているんだ」
 犬彦の背後では落ち着かない様子で斬子が立ち尽くしている。彼女も剣蔵を護衛する役目を負っている。
「お父様はわたくしがネストリングに所属している事を知りませんわ。わたくしがこれまで何をして来たのかも‥‥」
 腰に片手をやり息吐く犬彦。歩み寄り、斬子の顔を覗きこむ。
「親子なんだ、遠慮しなくてもいいんだぞ」
「親子だから、という事もありますわ」
 頬を掻く犬彦。どちらにせよ剣蔵の護衛はするが、常に隣に居る必要はない。
「行くぞ。要はきちんと護れれば問題ないんだ。すぐ飛び出せる位置に居ればいいだろう」

「‥‥でも、本当に大丈夫でしょうか。正直あまり自信が‥‥」
 幾つかあるホテルの駐車場の一画、憂鬱げに肩を落とすティナ・アブソリュート(gc4189)の姿があった。こちらは第1班。予定の場所に車両を停め、行動を開始した所である。
「そのドレス似合ってるぜ、お嬢様。普通の男ならほっとかねぇよ、俺が保証するって」
 白く清潔感のあるドレスの裾を摘みながら困り顔のティナ。巳沢 涼(gc3648)は親指を立て爽やかに笑う。
「ま、実際俺たちゃこういうの向いてねぇんだよなぁ。別に脳筋ってわけじゃないが、フォーマルな場は苦手だし」
 頭をがしがし掻く涼。そんな二人の間に黒いドレスを纏ったキア・ブロッサム(gb1240)が立つ。
「苦手でもなんでも‥‥お仕事ですから、ね。余り考えすぎず‥‥仕事だと割り切った方が楽ですよ」
「勿論、ちゃんとやりますよぅ‥‥うぅ」
 肩を落とすティナの横顔に悪戯っぽく笑うキア。確かにこれから二人がやる事を思えば、色々と得手不得手という物があるだろう。
「それに‥‥ちゃんとボディーガードがいますから、ね?」
 タキシードにサングラス姿の涼は中々様になっている。彼は今回、名実共に二人の護衛役というわけだ。
「お願いしますね、タチバナ!」
「了解だぜ‥‥じゃなくて。畏まりました、お嬢様」
 ティナは涼の手を掴み上下に揺する。涼は苦笑を浮かべ、恭しく答えるのであった。

「とはいえ、この様な小芝居は専門外なのですがね‥‥」
 びっしりと書き込みと付箋で溢れた手帳を閉じ、懐に収める米本 剛(gb0843)。こちらは第2班。第1班とは別のルートからホテルへ向かっている。
「その割には随分熱心に勉強したみたいじゃない。ホントはちょっと楽しんでるんでしょ」
「おや、ばれてしまいましたか。尤も、我々にとっても無関係ではない知識ですからな。学んで損はありませんよ」
 ドミニカの声に微笑む剛。小芝居の為には仰々しく思える程、今回の為に兵器知識を詰め込んで来た。傭兵は日々最新兵器に触れる身なので、それほど難しい学習ではなかったろうが。
「しかしまぁ、何とも変わるもんねー」
 口元に手をやりしげしげと藤村 瑠亥(ga3862)を眺めるドミニカ。瑠亥は髪を下ろし、いつもの包帯も外している。
「いつもそれで居ればいいじゃない。折角イケメンなのに超近寄り辛いんだから、あんた」
「‥‥無駄口を叩いていないで行くぞ。予定の時間に間に合わなくなる」
 さっさと歩き出す瑠亥。ドミニカは肩を竦める。
「行きますよドミニカさん。早めに剣蔵さんと接触しなければなりませんからな」
 ドミニカの肩を軽く叩き先に行く剛。ドミニカは眉を潜め後を追う。
「私変な事言ってないと思うんだけどなぁ‥‥ねえ米本さん、そうだよね?」

「でも、疑念を捨て切れないんですよね。彼らは本当に親バグアなのだろうか‥‥なんて」
 頬を掻きながら呟くイスネグ・サエレ(gc4810)。彼らは第3班、ホテルを目指し歩みを進めている。
「何か気になってる事があるですか?」
「いえ、具体的に何がというわけではないのですが」
 隣をちょこちょこ歩くヒイロの質問に苦笑するイスネグ。疑念はネストリングの依頼を受け始めた時から傭兵達の中に蔓延ってはいるのだが、ではその正体が何かと言われると難しい所である。
 今回の依頼も、何と無く引っ掛かりを覚える部分は確かにある。だが何かが決定的に矛盾しているわけでもない。結局それは薄く延びて身体を覆う膜のように、微かな懸念となって残ったままだ。
「気になると言えばあの三人だ。揃って自由行動、というのが引っ掛かる」
「あからさまに裏がありそうな組み合わせですからね」
 上杉・浩一(ga8766)と難しい話をしながら歩いているその隙間、ヒイロは口元から涎を垂らしながらアホ面で歩いている。
「何か既にもういいにおいがしている気がするのですよー」
「‥‥先輩、車の中で何度も説明しましたが改めて言いますね。先輩は基本的に私達の後ろに控えて、いざとなったら相手を取り押さえたりするのがお仕事ですからね?」
 きょとんとするヒイロ。浩一は咳払いを一つ、ヒイロに言い聞かせる。
「ヒイロさんには相手に不意打ちを仕掛けられるようにして貰わないとならないんだ」
「わふぅ? ヒイロ、名刺交換したいー!」
 冷や汗を流す二人。今回のミッションに限って言えば、最も不適切なのは恐らくこいつである。
「そういうのは私達がやりますので‥‥」
「じゃあ、お肉食べてていいですか?」
 ぷるぷるするヒイロ。この後二人はホテルに着くまでの間、不毛な説得に時間を取られる事になるのであった。

「あー、テステス‥‥。こちらブラッド・ルイスならぬ、犬彦・ハルトゼーカー。正義の味方諸君、聞こえていたら合図してくれたまえ」
 パーティー会場二階。吹き抜けにぶら下がる巨大なシャンデリアの輝きに身を乗り出し、犬彦は一階の様子を眺めながら呟く。
 ここからは会場が一望出来る。既に一階にはそれぞれ会場入りした傭兵達の姿を確認する事が出来る。
 ネクタイピン型の小型マイクに語りかけると各班毎にグラスを掲げたりネクタイを緩めたりと反応を返す。ブラッドの協力もあり、小道具の仕込みも万全だ。
「各班一回ずつくらいは協力者と接触するんだったか。九頭竜剣蔵は中央付近のテーブルに居る。順番に接触し、作戦を開始してくれ」
 一階の父を見下ろす斬子。影の差した横顔が微かに戸惑いに揺れる。犬彦は横目でその様子を眺め、口火を切った。
「――始めるぞ。長い夜の幕開けだ」

●Waltz
「お話中失礼します。九頭竜剣蔵さんですね?」
 他の客と話をしていた剣蔵に歩み寄り声をかけるイスネグ。剣蔵は友人に会釈し、イスネグへと振り返る。
「おや、貴方は‥‥」
「‥‥ご無沙汰しています」
 軽く頭を下げる浩一。二人の男は何やら複雑な様子で見詰め合う。
「またお会いする事になるとは思いませんでしたよ。それもこんな場で」
「その節は‥‥」
 後頭部を掻く浩一。剣蔵とこうして話をするのは、ある種の気まずさがあった。
 かつて浩一は剣蔵と顔を合わせている。あの日は斬子は姉の玲子に実家へ連れ戻され、傭兵を続けるかどうかの節目にあった。
 浩一は斬子の傭兵を続けたいという気持ちを汲み、剣蔵の説得に手を貸した。しかし今でもその選択が正しかったのかどうか、浩一は確信を持てずに居た。
「娘は元気ですかな?」
「ええ、まぁ‥‥」
「斬子さんは頑張っていますよ。頑張りすぎて心配になる事もありますが」
 浩一に続き微笑むイスネグ。剣蔵は髭を弄りながら頷く。
「あれは粗忽者でして‥‥しかし安心しました。皆さんが一緒なら、娘はきっと大丈夫でしょう」
 屈託なく笑う剣蔵。それから咳払いし、真面目な表情に変わる。
「さて、では商談と行きましょうか」
「はい。では、もう少し詳しい情報をお願いできますか?」
 手帳を取り出しメモを取るイスネグ。三人がそうして話している様子を遠巻きにティナは眺めている。
「不正を暴く為とはいえ、斬子さんのお父さんを巻き込むのは‥‥これっきりにして欲しいものですね‥‥」
 グラスの中、琥珀色に映った顔が揺れる。涼はその隣、背後で手を組みながら呟く。
「‥‥一般人に被害は出させません。当然、ミスター剣蔵にもです」
 ティナと涼、二人もまた剣蔵とは面識があった。こういう形で依頼に巻き込む事になるのは、恐らく不本意な事だろう。
「彼にはきちんと護衛がついていますから‥‥。上杉さんの話も終わったようですし‥‥私達も、行きましょう」
 二人にそう告げ歩き出すキア。浩一とイスネグが剣蔵との話を終えた頃合を見計らい、接触を試みる。
「‥‥失礼。九頭竜剣蔵氏‥‥少々お時間、宜しいでしょうか?」
 微笑を携え声をかけるキア。剣蔵は振り返り三人の顔を眺める。
「いやはや、こんなうら若き乙女に声をかけて貰えるとは。仕事でなければなんとも嬉しい所なのだがね」
 ウィンクしながらキアと握手を交わす剣蔵。それから涼とティナにそれぞれ目を配る。
「斬子の件では世話になったね。こんな時でなければ礼をしたい所だが」
 無言で会釈する涼。剣蔵はティナに歩み寄り、グラスを掲げ笑顔を浮かべる。
「実は君にはもう一度会いたいと思っていたのだ。あの時の君の言葉は実に身につまされたよ。だからこそ今は斬子の事を信じてやる事が出来る。父親として応援する事が出来る」
 口を開きかけ閉じるティナ。あの日の言葉は確かに真実だった。しかし時が流れ、状況は無慈悲に変化し続けている。
「皆さん、これからも娘をお願いします」
 深々と頭を下げる剣蔵。キアはティナと涼の様子を横目に確認しつつ話を進める。
「‥‥では早速、商談に入らせて頂きます‥‥ね」
 ターゲットについて話を聞くキア。そんな彼女達の様子を少し離れた別のテーブルから犬彦が眺めている。
「‥‥嬉しそうだな」
 ナイフに刺したリブステーキを齧る犬彦。父親に背を向けたまま俯く斬子はその問いに答えなかった。
『‥‥リーダー、こちら第2班。厄介な客に気付いた』
 唇を舐める犬彦。別のテーブル付近に纏まっている第2班、瑠亥の視線の先には見覚えのある男の姿があった。
「藤村さん、あの男‥‥」
「ああ‥‥以前の作戦で遭遇した軍人だ。何故ここに‥‥」
 ドミニカの声に眉を潜める瑠亥。二階へ続く中央の階段付近、男は特に何をするでもなく険しい表情で人々を眺めている。
「‥‥厄介ですな。如何せんあの時とは外見が違いますから、一目でそれと見抜かれる事はないでしょうが」
「よりにもよって、ね。偶然にしては出来すぎよ」
『作戦そのものに変更は無しだ。但し、言うまでも無く察知されると面倒極まりないので、各班注意は払ってくれ』
「‥‥了解」
 呟き通信を終える瑠亥。その視界の端にターゲットの一人を捉え、剛とドミニカに目配せする。
「丁度一人みたいだし、アタックしちゃえば?」
「妙な言い方をするな‥‥」
「米本さんの方は私がアシストするから大丈夫よ。人手足りてないんだから、好機は逃さないようにしないと」
 瑠亥の背を叩きサムズアップするドミニカ。剛は苦笑を浮かべ、瑠亥に頷く。
「ほら私達も行くわよ、社長!」
「お手柔らかに‥‥」
 こうして瑠亥とは別々のターゲットへ移動を開始する剛とドミニカ。二人が遠ざかると瑠亥は一息吐き、気持ちを入れ替え歩き出す。
「私と一曲、お付き合い願えますか?」
 喧騒から逃れるように壁際に佇む女性が一人。瑠亥は彼女に歩み寄り笑顔でそっと手を差し伸べる。
「はっ? アタシは疲れてんのよ、見てわかんないの?」
 きょとんとした様子で苦笑する女。ドレスの女性が多い中、女はスーツを着込んでいる。商談も行なわれる場とは言え、その殆どが男性。スーツを着ている女と言えば金持ちの護衛くらいの物だが、彼女は立派な招待客の一人であった。
「失礼。ですが美しい女性を壁の花のままで枯らせてしまうのは余りにも勿体無い」
 普段とは大分キャラが違うが、これも勿論演技である。そうそうある事ではないが、以前にもこうした機会は何度か経験している。強いて理由を挙げるとすれば、このキャラクターはブラッドにスーツを借りる時にアドバイスされた物である。
「よ、よくそんなセリフが言えるわね‥‥」
「折角来たのですから、一曲くらい踊らなくては損ですよ」
「いや、アタシこんな格好だし‥‥ていうか踊りなんて無理よ」
 腕を組んだまま目を逸らす女。瑠亥はその手を取り、一歩身を引く。
「でしたら尚更、私が教えましょう。ワルツなんて一度踊ってしまえば‥‥簡単な物ですよ」
「いや、だから‥‥っ」
 ゴネる女の手を引き踊りの中に紛れる瑠亥。女は当然踊れずよろよろしているが瑠亥はそれを巧みにフォローする。
「っとと‥‥ちょっと、笑うんじゃないわよ」
「これは失礼。しかし初めてにしては上出来です」
「嫌味かしら? こんな事なら仕事一筋じゃなくてダンスの稽古もしておくんだったわね」
 抱き合うような格好のまま踊る二人。女も慣れてきたのか、既に周囲のカップルと遜色ない動きになって来ている。
「それで、何が狙いかしら? 何の意図もないって事はないんでしょ?」
 鋭く瑠亥を睨む女。瑠亥は思わず眉を潜める。
「そんな、まさか」
「隠さなくてもいいわよ。男が強い業界だし、ナメられるのも無理ないわ。でも、ナメられっぱなしは性に合わないのよね」
 シニカルに笑いながら踊る女。段々と調子が出てきたダンスを瑠亥も負けじと踊り続けるのであった。

「ドミニカさん、我々もそろそろ行きますよ」
 踊っている瑠亥の姿に笑いを堪えるドミニカ。剛は冷や汗を流しつつ手帳を取り出す。
「だって、キャラ違いすぎ‥‥はー、おなか痛い」
 目尻の涙を拭い歩くドミニカ。二人の行く先には別のターゲットの姿がある。
「失礼。九頭竜氏の紹介を受けたのですが‥‥」
 髪に白髪の混じった初老の男性は振り返り二人を交互に見やる。
「ほう、九頭竜の所の」
 名刺を交換する剛と男。ドミニカはやや後ろ、すました様子で立って居る。
「近日この分野にも新規参入させて頂く事になりまして。九頭竜氏のご助力を得て、こうして彼方此方に声をかけさせて頂いている所です」
「ふむ。確かに新規参入は厳しかろうな。ルートは大方埋まっているだろうし、独力で新たな流通を開拓するのは骨が折れる事だ」
 グラスを交わし話を続ける二人。ドミニカはその間周囲の様子や天笠の様子を警戒している。
「仰る通り、我々だけで軌道に乗せるのは難しい状況です。出だしが肝心という事で、方々に手段を模索しているのですが」
「単刀直入に言いたまえ。この私に何を望んでいるのかね?」
 にやりと笑う男。剛は手帳を閉じ、男と距離を縮める。
「仰る通り、流通は殆ど抑えられています。真っ当な物は、ですが」
 眼鏡を輝かせる剛。男も言わんとしている事を理解したのか、声のトーンを落とす。
「危ない橋を渡っても、とりあえず会社を軌道に乗せたいのです。何か良い方法があればご教授願いたいですな」
「‥‥ふっ、九頭竜め、私の誘いを蹴っておいて別の者を寄越すとはな」
 グラスを呷り笑う男。僅かに思案し、それから答えを決めたのか頷いてみせる。
「良いだろう。無論、一方的な提供とは行かんがな」
「では、静かな場所でじっくりとお話を伺いたいのですが‥‥宜しいですか?」
「ああ。ホテルに部屋を取ってある。ついてきなさい」
 男が取り出した部屋の鍵にドミニカは何とも言えない愛想笑いを浮かべる。そして移動を開始しようとすると、黒服の男が二人集まってくる。
 眉を潜めるドミニカ。先程からこちらを見ていたので存在は察知していたが‥‥ターゲットの護衛という事だろう。
 頷きあう剛とドミニカ。ターゲットと共に二人は会場を去っていった。

「デリーの夜明け作戦の?」
 一方3班。浩一とイスネグはターゲットの一人、若い男に声をかけていた。
「近々デリーの夜明け作戦での優勢を決定的な物にする為、極秘作戦が行なわれる。我々はその協力者を求めているのだ」
「大量に武器弾薬を買い付ける必要があるのですが、情報漏洩を防ぐ為にごく一部の方にだけ声をかけさせて頂いているんです」
 浩一に続き話を進めるイスネグ。若い男は腕を組み、ニヤニヤと笑っている。
「成程、それで俺の力が必要ってわけか。優秀な俺の力がよ。いいぜ、話くらいは聞いてやる」
「内密な商談だ、ここでは拙い。駐車場に人気の無い場所を確保してあるが、どうか?」
「駐車場ぉ? んでそんなしみったれた場所なんだよ‥‥チッ、しゃあねぇなあ」
 ぶつくさ文句を言いつつ大人しくついてくる男。あまりにもあっさり行ったので浩一もイスネグもやや拍子抜けした様子である。
「でも、油断は出来ませんね。親バグアなら強化人間を連れていてもおかしくない」
「ああ‥‥そこはヒイロさんが居るから大丈夫‥‥」
 二人してすっと視線を横に向ける。ヒイロは幸せそうに満面の笑みでハムを頬張っているのであった。

「すまん親父さん、力を貸してくれ」
「任せたまえ。私はこう見えても若い頃は演劇の剣ちゃんで通っていたのだよ」
 ひそひそ話す涼と剣蔵。彼らの視線の先には二人のターゲットの姿がある。
「やあやあ、二人とも調子はどうかねー」
 凄まじい棒読みで歩み寄る剣蔵。額を押える涼だが、知り合いなのか相手に気付かれた気配はない。
「お久しぶりです」
「九頭竜か‥‥何か用か?」
 片方は紳士的な雰囲気の男性だが、もう片方は背が低く小太りでジトっとした目をしている。
「そう邪険にするな。今日は君達に紹介したい子達が居てね」
「‥‥御歓談の所失礼致します、ね」
 慎ましやかな笑顔で歩み寄るキア。その美しさに二人とも感嘆の声を上げている。
「く、九頭竜! 誰だこいつは!」
「私のー知り合いのー叔父のー娘のー孫のー父親のー姪っ子だー」
 襟首を捕まれながら意味不明の言葉を紡ぐ剣蔵。男を振り払い、キアの肩を叩く。
「色々と苦労しているようなのだ。良かったら力になってくれたまえ」
 ウィンクして去っていく剣蔵。紳士は苦笑を浮かべている。
「本来この様な場‥‥同席させて頂くのもおこがましい身ですけれど。折角の機会、無駄にしたくはありませんし‥‥御挨拶だけでも、と」
「その若さでこんな業界に居るんだ、九頭竜さんの言う通り苦労しているんだね」
 頷く紳士。と、そこに近づいていたティナが足を捻り転びそうになる。紳士は慌ててティナを抱きとめるのであった。
「おっと、大丈夫かい?」
「は、はい。ありがとうございます」
 小さく頭を下げるティナ。キアはそこに非難染みた視線を向けた。
「‥‥ティナ?」
「ごめんなさい、お姉様‥‥」
「申し訳ありません、妹がとんだ粗相を‥‥」
「気にする事は無いよ。怪我も無さそうだし、良かった」
 頭を下げるキアに微笑む男。そんな様子を涼は背後から見守っている。同じく二人にも護衛がおり、涼とは睨み合う姿勢だ。
 こうしてティナは紳士と、キアは小太りの男性と話をする流れになる。ちなみにさっきティナが転んだのはわざとである。
「え、えーと‥‥ご趣味は‥‥」
「うん? 趣味かい?」
「変な事聞いてすいません‥‥理由とか聞かれると、個人的に貴方に興味があるからとしか‥‥」
 男と楽しげに話をするティナ。一方キアは小太りの男に身を寄せグラスを傾けている。
「ふぅ‥‥暑い。少し‥‥飲みすぎてしまいました、ね」
 素肌を仰ぎながら流し目で男を見るキア。男はちらちらとキアの胸元に目をやっている。
「だ、大丈夫か? 俺でよければ部屋まで送るぞ?」
「そんなお手間を‥‥。しかし、新参者が名を覚えて頂くに‥‥名刺一つでは足りぬ事もありますわ‥‥そう思いませんか?」
 腕を組み微笑むキア。男は無言で頷いている。
「生憎今日は身一つ‥‥御見せできる物も有りませんが。せめて‥‥私を知って頂けますよう持成させて頂ければ‥‥お互いにとって、有意義な夜になるかと‥‥」
「そ、そうだな。まだ何の話もしていないんだ、ビジネスはこれからだな、うん!」
 腕を組んで歩き出す二人。キアは涼に目線をやり、顎で指図する。
「承知しました、お嬢様」
「お、お前達も空気読め! 俺に護衛は不要だ!」
 ぞろぞろついてくる護衛に怒鳴る男。黒服二名は顔を見合わせ、去っていく主を見送った。
「‥‥商談の邪魔だそうだ。少し離れよう」
「お互い苦労するな」
 短く遣り取りする涼と黒服。ティナも意を決し、男の手を取る。
「折角ですし、私達もゆっくり話せる場所に移りませんか?」
「え、ああ‥‥? 参ったな、最近の子はこんなに積極的なのかい?」
 苦笑しつつ引っ張られる男。涼は無言で冷や汗を流すのであった。

●A not true thing
「それぞれ首尾よく動いた、か」
 各班からの報告に犬彦は呟く。そうして視線の先にいる剣蔵へと歩み寄った。
「良かったのか」
「良くはないだろうな。皆他人と言うわけではない。残念だよ」
「何故ブラッドに協力した?」
 視線を合わせず背中を向け合ったままの問答。剣蔵は髭を弄りながら思案する。
「彼の言葉には説得力があった。何より彼の行動に偽りを感じなかった」
「偽り?」
「人間は誰でも偽りを抱えている。彼もそれは同じだろう。しかし彼の中にはブレない真っ直ぐさがある。君も、そうは思わないかね?」
 目を瞑り微笑む剣蔵。犬彦は眉を潜め、思考と共に瞼を閉じた。

「んで、その極秘作戦ってのは‥‥あ?」
 人気の無い駐車場。振り返った男の視界に入って来たのは光を帯びたイスネグの姿だ。
 子守唄のスキルを発動し、眠らせに掛かるイスネグ。男は膝を着いたが、眠るには至らない。
「てめぇ、何のつもりだ!」
 ナイフを取り出し走る男。その脚力は一般人の比ではない。
「強化人間‥‥」
 飛び退くイスネグ。それと入れ替わりに飛び込んで来たヒイロが男へ急接近、腕を殴りナイフを弾く。
「ごめんねっ」
 拳を腹に打ち込み、よろけた襟首を掴んで足を払い投げ飛ばすヒイロ。転がって来た男に天地撃を付与し浩一が苦無を振り下ろす。
「ぐあっ!?」
 仰け反り気を失う男。大した戦闘力ではなかった為、確保は順調に進んだ。
「イスネグさん、確保完了の連絡を」
 頷きネクタイを緩めながら通信するイスネグ。気絶したターゲットは浩一とヒイロに運ばれていった。

 一方ホテルの一室。初老の男性を護衛する強化人間二人と剛は対峙している。
「貴様ら‥‥何者だ?」
「正義の味方かしらね」
 出口を塞いだまま苦笑するドミニカ。黒服二名はナイフを取り出し剛へ向かって来る。
「止むを得ませんな‥‥御免!」
 擦れ違い様、懐より機械刀を取り出し瞬く間に護衛を斬りつける剛。手足を切り付けられた護衛は倒れ、その頭をドミニカが蹴り飛ばす。
「はーいお疲れ様」
「能力者か‥‥馬鹿な、何故‥‥」
 冷や汗を流す男。剛は歩み寄り機械刀の刀身を突きつける。
「ご同行、願えますね?」
 男を気絶させ縛り付ける剛。ドミニカは額を指先で叩きながら悶々とした表情を浮かべている。
「皆情報伝達しろっていうけど、これ結構疲れるのよね。他の所も上手く行ってるといいけど」

「えーとえーと‥‥ごめんなさい!」
「へっ? おぶっ!?」
 駐車場の隅、男に倒れこむようにして拳を減り込ませるティナ。男は一般人だった為一溜りもなく倒れてしまう。
「貴様、何を!」
 動き出そうとする護衛。その肩を掴み振り返らせ、涼は拳を叩き込む。顎を打ち抜かれた護衛は派手に吹っ飛び、コンクリの壁に激突した。
 更に振り返りもう一人の護衛が取り出した銃を蹴り飛ばし殴り倒す涼。二人が完全に動かなくなったのを確認し、溜息を漏らす。
「ご無事ですか、お嬢様?」
「大丈夫です。でもちょっとやりすぎじゃないですか、タチバナ」
「一応強化人間みたいですからね。それよりもう一人のお嬢様は大丈夫でしょうか」
「うーん‥‥多分、あの調子だと‥‥」
 苦笑するティナ。その頃キアはと言うと、小太りの男が取った部屋で窓から街を眺めていた。
「残念でした、ね‥‥。言葉も我が身も、須く私の仕事道具‥‥それが私の本業、かつての庭‥‥」
 振り返るとベッドの上、パンツ一丁の男が気絶している。キアはベッドに腰を下ろし、眠る男に指先を伸ばした。
「‥‥いい夢、見られましたか?」

「ま、こんな事だろうと思ってたけど‥‥」
 突きつけられた拳銃を見つめ自嘲染みた笑みを浮かべる女。その瞳に瑠亥の姿が映る。
「悪い事は出来ないのね。世の中上手く出来てるわ。廻り廻って罪は裁かれる、そういうものね」
 二人きりの部屋の中寂しく声が響く。女は顔を挙げ、瑠亥を睨んだ。
「アンタにも分る日が来るわ。そんな事を続けていれば、いつかは誰かに裁かれる。そこに例外はないの」
 引き金に指をかける瑠亥。女は覚悟を決め目を瞑るが、瑠亥は引き金を引かず当て身で女を眠らせた。
「‥‥殺しはしない」
 女の頬を伝う涙。瑠亥はそこから目を逸らした。

『残りは後一人だが、感づかれたかもしれん。仲間がすっかり居なくなったのに気付いたのか、そわそわしている』
 犬彦からの通信に走る涼とティナ。剛とドミニカも会場へと戻っている。
「ここで一人逃がしたんじゃ努力が水の泡だ!」
「流石にもう誘い出すのは難しいかもしれませんね‥‥」
 涼に続き呟く剛。そこへイスネグの声が割り込む。
「そういう事でしたら仕方ありません。手っ取り早く拉致ってしまいましょう」

「こんにちは、天笠中尉」
 パーティー会場中央階段付近。天笠の前に一人の男が足を止める。
「貴様が我々を呼びつけたのか?」
「はい。個人的に貴方とお話したい事もありまして」
 にっこりと笑うブラッド・ルイス。天笠が片手を挙げると傍に待機していた黒服の女が素早く駆けつける。
「私もその話とやらには興味があるな。是非ゆっくりと聞かせて貰おうか」
 睨みを効かせる天笠。しかしその時会場に異変が起こり始めていた。どこからか煙が立ちこめ、段々と視界が悪くなってくる。
「おっと。そろそろお開きの時間のようですね」
「貴様達の仕業か。一体何者だ、貴様」
「正義の味方‥‥と言えばご理解頂けますか?」
 眉を潜める天笠。会場は軽いパニック状態に陥り、二人の間を沢山の人が走り抜けていく。
「どうしました? 混乱を収める為、避難誘導をしなければ」
「‥‥高峰!」
 素早くブラッドの背後に回り捕縛しようと試みる女。しかし瞬く間にブラッドは距離を取り、気付けば二階に上がっている。
「また会いましょう。これはプレゼントです」
 茶封筒を天笠に投げ渡し姿を消すブラッド。高峰と呼ばれた女は前髪をかきあげ舌打ちする。
「すみません」
 息を吐く天笠。その手にはブラッドの置き土産が確りと握られている‥‥。

 煙が立ち込めた会場の中犬彦は剣蔵の傍に控えていた。そこへ走ってきたイスネグが何か耳打ちし走り去っていく。
「事は済んだのかね」
「ああ」
 腕組み呟く犬彦。それから剣蔵に目を向ける。
「車まで送るが‥‥どうする」
「いや、ここで構わんよ。私にはこの混乱を収め、見届ける義務がある。それに危険はないのだろう?」
「敵は全て排除した」
 ウィンクして微笑む剣蔵。犬彦の頭を強引にわしわしと撫で、サムズアップする。
「娘の事は頼んだよ、犬彦君。さあー皆さん落ち着いてー! 何も怖い事はありませんよー!」
 上着を脱いで走り出す剣蔵。犬彦はその後姿を見送り背後に目を向ける。
「だ、そうだ」
 背を向けたままの斬子はその言葉に溜息を一つ。それから呟いた。
「親馬鹿ならぬ、馬鹿親ですわ」



 それぞれターゲットをつれ混乱に乗じてホテルを離脱した傭兵達。眠らぬ夜の街外れ、ブラッド達とも合流を果たしていた。
「はい、全員居ますね。任務完了ご苦労様でした。後の事は私にお任せ下さい」
 別の車に詰め込まれ運ばれていく親バグア商人達。彼らがその後どうなったのか、傭兵達は知る由もない。
「やっと終わったか‥‥慣れない事をすると疲れるぜ」
「結構様になっていましたよ‥‥タチバナ」
 サングラスを外し苦笑する涼に笑いかけるキア。ドミニカは背筋を伸ばしながら空を見上げる。
「うーん、面白かったようなめんどくさかったような‥‥藤村サンと米本社長が見られただけヨシとするかなー」
「社長はやめてくれませんか。自分はそのような器では‥‥」
 頬を掻き苦笑する剛。瑠亥は腕を組んだまま黙り込んでいる。
「何だか可哀想な事をしてしまいましたね」
「結局彼らが本当に悪党だったのか、良く分らなかったしね」
 ティナの呟きに首を捻るイスネグ。何にせよ既に真偽を確かめる手段は残されていない。
「無事に終わったんだ‥‥よしとしよう。皆良く頑張ってくれたな」
「ヒイロは? ヒイロは?」
「ヒイロさんも頑張ったな」
 ヒイロの頭を撫でる浩一。嬉しそうに笑いながらヒイロは声を上げる。
「ねーねー、それでチーム名は?」
「まだ言ってたのか‥‥いいから帰るぞ。うちは疲れてるんだ」
 首を鳴らしながら歩く犬彦。ヒイロはその背中を追いかける。
「ねーバイトリーダーでしょ? オオガミ歌劇団でいい?」
「‥‥ティナに聞け」
「わ、私ですか!?」
 ぞろぞろと歩き出す傭兵達。その様子を眺める浩一の隣に斬子は並ぶ。
「上杉さん。わたくし、もう少し頑張ってみますわ」
「‥‥そうか」
 斬子の肩を叩く浩一。こうして波乱万丈の任務は無事に完了し、傭兵達は帰路に着くのであった‥‥。