●オープニング本文
前回のリプレイを見る「これは一体どういう事だ、ブラッド!」
とある辺境のUPC軍基地。その司令室に怒号が響いていた。
バグアとの競合地区付近にある小さなこの基地は、さして高くない重要度の所為もあってかこれまで多大な被害を受けた事が一度もない。しかしこの基地が放置されている理由はただそれだけではなかった。
『どうもこうも、貴方との取引はもうお終いだと言っているんですよ』
電話口から聞こえる飄々とした声に小太りの男は表情を歪める。
「貴様ぁ‥‥ワシの助力もなしに貴様の言う理想を叶えられるとでも思っているのか!?」
『ええ、まあ。というか、貴方大した事してないじゃないですか。別に善良ではありませんが、悪党と呼ぶにはちょっとね』
「当然だ! ワシは人類の為にこれまで貴様の甘言に乗ってやってきたのだぞ!」
『ご冗談を。貴方のそれはただの保身でしょう。家柄と他人の手柄の横取りだけで小さいとは言え基地指令にまでなれたんです。折角なら死にたくありませんよねぇ』
見る見る顔が真っ赤になる男。ブラッドはそれの様子をありありと想像しつつ、嘲笑を浮かべる。
『とはいえやはりバグアに着くとか言われても困りますし、僕の事を誰かに話されるのも拙い。そんな訳で、貴方との付き合いもこれまでです』
「ど、どういう意味だ?」
『近々ご挨拶に参ります。精々首を洗って待っていて下さい。それでは失礼』
「ま、待てブラッド! おい! おーい!」
叫べと返事はない。男は怒り任せに受話器を置き、その場で何度も地団駄踏んだ。
「‥‥あぁんのクッソ眼鏡! ワシを使い捨てるつもりかぁ!」
と、その時ノックの音が響いた。男は頭を掻き毟り、冷静を装い椅子に腰掛けた。
「入れ!」
「失礼します」
姿を現したのは痩躯の軍人、天笠中尉であった。司令官の男はそれが気に入らないのか、あからさまに表情を変える。
「‥‥貴様か。一体何の要件だ?」
「は。先日、親バグア組織調査の任務中にある男からこのような資料を手渡されました」
天笠は茶封筒から複数の書類を取り出し、それを一つ一つ司令官に突き出していく。
「これはこの基地の物資の支出を記録した物です。更にこれはその仕入れ元と搬入先。一応偽装を凝らしてありますが、明らかにこの基地で使用される以上の物資が搬入され、どこかに流れています」
目を丸くする小太り男。天笠は表情を変えず淡々と話を進める。
「中佐、これは貴方の口座です。意味不明の振込みが大量にあります。しかも莫大な金額です。更に貴方はこの個人の口座で更に武器弾薬を購入している‥‥個人的に」
「き、貴様には関係のない事だろう!」
「あります。ご存知でしょう、私が親バグア組織殲滅に特化した部隊を運用する人間であると言う事を。内部調査は我々の十八番です」
ぎろりと睨みを効かせる天笠。小太りの男はすっかり萎縮してしまっている。
「‥‥現時点で揃っている資料は信用ならぬ筋からの物故、断定は出来ません。しかし我々がこれから調べ直せば幾らでも同じような物が出てくるでしょう」
「き、貴様‥‥! 味方を疑ってばかりの厄介者である貴様らを暫定的とは言えこの基地においてやったワシの恩を仇で返すか!」
「関係ありませんな。黒ければ斬る‥‥我々はそういう部隊です。身辺整理をする時間は与えましょう。それがせめてもの恩返しです」
「ま、待て天笠! 何が望みだ!? ワシを脅して金でも巻き上げるつもりか? そうだ、貴様も商人共に協力させてやろう! このご時勢だ、戦争を続けたい奴は山ほど居る! 戦争が続く限り、潤う所は潤い続けるのだからな!」
立ち去ろうとした天笠だが、足を止め振り返る。そうして机を力いっぱい叩いた。
「舐めるなよ豚野郎。俺達は戦争を終わらせる為に戦っているんだ。貴様の様な屑と一緒にするな、俗物め」
「き、貴様ぁ‥‥上官に向かってなんという‥‥」
「直ぐに上官でもなんでもないただの豚に成り下がる。そのケツの下にあるご立派な椅子は別の有能な指揮官様に譲る事だ。貴様の居場所はもうここにはないのだから」
睨みつけ立ち去る天笠。部屋を出るとそこには軍服の女が彼を待っていた。
「言いすぎですよ、中尉。あれはあれで結構可愛いじゃないですか。豚君」
「お前の趣味等知った事ではない。虫唾が走るクソ野郎だ、あれは」
「にしてはお優しいですね。さっさと内偵を進めて証拠を突きつければ済む事では? 逃げる猶予を与えているような物です」
「俺にも色々と考えがある。この一連の流れ、どうも誰かが作った物にしか思えんのだ。意図的に俺達を動かしている‥‥そんな奴がいる」
ポケットから飴を取り出し口に放り込む女。天笠は先日の任務以降、明らかに苛立っているように見える。
「例の正義の味方君ですか」
「余計な口を叩くな。これより中佐殿の護衛と監視を開始する。同時に調査も怠るな」
「まさか。ここに来るっていうんですか?」
「あの資料、簡単に入手出来る物ではない。あの自称正義の味方のクソ眼鏡も一枚噛んでいるに違いない。先日と同じ手口だとすれば、確実に中佐を殺りにくる筈だ」
「‥‥酷かったですからね、あれは」
パーティー会場から消えた数名の親バグア商人。彼らは後に無残な姿で発見された。その調査をしたのも天笠の隊であった。
「でも少し似ていますね、私達と。組織の中で逆立ちして嫌われ者になってる感じ」
天笠は無言で歩きを早める。女は飴玉を噛み砕き、槍で肩を叩きながら笑みを浮かべるのであった。
「――で、基地までやってきたわけですが」
双眼鏡を覗き込んでいたドミニカ。冷や汗を流しながら立ち上がる。
「なんか基地にKVが配備されてるんですけど? 強そうなんですけど?」
「正に職権乱用ですねぇ。どうせバグアの襲撃があるとか言って配置したんでしょうけど」
腕組み微笑むブラッド。その背後、ヒイロは溜息を吐いている。
「基地の司令官さんなのに、どうして‥‥」
「権力を手にした人間のやる事なんぞ大体同じ様な物だ。人間は傲慢で、そして戦争はそれを浮き彫りにしてしまう」
ヒイロの肩を叩くマクシム。斬子はそんな様子を眺め、ブラッドに問う。
「それで、あの警備を崩せば良いんですの?」
「おや、やる気ですね九頭竜さん。しかし司令官以外は普通の真面目な軍人さんですから、殺しちゃ駄目ですよ」
「わかってますわ。少し眠って貰うだけ、でしょう?」
真っ直ぐな斬子の目に微笑むブラッド。振り返り、傭兵達に告げる。
「それでは作戦開始です。今回は僕も参加しますので、指令抹殺班は僕が指揮を。あのKVの相手やら時間稼ぎをするのはもう一つの班にお願いしますね」
それぞれマントで身を隠し、顔を仮面で覆う。ブラッドも同じくそうして身を闇に包み込んだ。
「作戦開始です。今夜も元気に正義の味方と行きましょうか――」
●リプレイ本文
●信頼定義
「暗殺って、オイ。全く正義の味方らしくないなぁ」
思わずツッコまずには居られなかったイスネグ・サエレ(
gc4810)。作戦開始直前、傭兵達は小高い丘の上から基地を見下ろしている。
「しかも警備硬いな‥‥なんでKVまでいるんだ」
見取り図を手に冷や汗を流すイスネグ。巳沢 涼(
gc3648)は頭をがしがしと掻きながら複雑な表情を浮かべている。
「味方の基地を襲うとか、正体バレたら即銃殺だぜ。皆分かってるとは思うが、一般人に怪我させんなよ」
「ちゃーんとヒイロもわかってるですよ。やっつけていいのは、悪い人だけ!」
「そうそう。命懸けで戦ってる一般軍人さんを傷つけるなんざゴメンだ。何にも悪い事はしてないんだからな」
ヒイロの頭を撫でながら頷く涼。しかしだからこそ腑に落ちない事もある。
「しかし、司令クラスにまでバグアと通じてる人間がいるとはねぇ‥‥気に入らねぇな」
「おや、意外でしたか?」
仮面をつけたまま歩み寄るブラッド。そうして涼の傍に立つ。
「バグアは圧倒的な存在です。近年人類側が反攻の勢いを増していますが、本来ならば誰でもまともに相手をしたくはないものでしょう」
「何が言いたいんだ?」
「誰でもバグアに屈する可能性を持つという事です。それは軍人も傭兵も政府の要人も例外ではありません。敵はバグアだけであると考えるのが危険だという事は、巳沢さんならば理解しているでしょう」
これまで散々親バグア派の人間と戦ってきたのだ、言っている事は嫌でも分る。だが納得出来るかとはまた別問題だろう。
「故に、皆さんのような存在が必要なのです。人知れずに悪を討つというのは、案外合理的なのですよ」
悪を暴くという事は、それだけで労力を要する。そして暴かれた悪は必ず周囲に影響を及ぼす。ならば秘密裏に悪を討つ事、それが必要最小限の被害で悪を摘み取る手段なのである。ブラッドはそう語った。
「我々も既に、小規模とは言え‥‥軍基地を襲うだけの戦力ですからね」
腕組み頷く米本 剛(
gb0843)。この作戦に投入されたのは彼の知る限りでも最高の戦力だ。ネストリングがこの作戦に懸ける想いも相応の物だろう。
「皆さんの力があってこそ我々もこうして動く事が出来る。感謝していますよ」
「感謝‥‥ね」
会話を耳に挟み呟くキア・ブロッサム(
gb1240)。笑顔で語るブラッド・ルイス、しかし彼の行動に疑問は多く残っている。
彼が事の核心に触れようとしないのは、恐らく自分達を信用していないからだろう。無論、仕事内容にいちいちケチをつけるほど野暮ではないが‥‥。
「信頼関係は難しい‥‥か」
「それ、まだ覚えてたのね」
突然隣から顔を覗きこむドミニカ。腰に手をあて悪戯っぽく笑っている。
「貴女言ったわよね。世の中馬鹿を見るのは騙される側、騙す側に罪も罰も無い‥‥って」
頷くキア。ドミニカは肩を竦める。
「人を信じるのって難しいわよね。傷つくのは怖いし、傷つけるのはもっと怖い」
「‥‥では、何故ここに?」
ブラッドはネストリングという組織を、そして傭兵達を利用して何かをしようとしている。それはもう火を見るより明らかだ。そしてそんな事がわからない程ドミニカも馬鹿ではないだろう。
「まぁ、色々。そういう貴女は少し変わったわよね」
顔を寄せ、瞳を覗き込むドミニカ。キアは近すぎる距離に目を細め後退する。
「気安くなった感じ。自分でもそう感じる瞬間、あるんじゃない?」
後ろ髪を散らし背を向けるキア。ドミニカは苦笑を浮かべる。
「あのさ。この作戦が終わったら、さ‥‥」
「ドミニカ、ちょっといいか」
背後から声がかかり振り返る。犬彦・ハルトゼーカー(
gc3817)は二人を交互に見やり、首を擡げた。
「邪魔したか?」
「別に。どうしたの、リーダー」
「班分け決まったぞ。ドミニカはうちと一緒にKV狩りな」
「何でやねん!? 言っとくけど私この中じゃ単純な戦闘力は最低よ!?」
「まぁまぁ。いざとなったら肩車してやる」
喚きながら去る背中。キアは目を細め、それを一瞥した。
「しかし‥‥ドミニカちゃん、死ぬなよ」
真顔で両肩に手をかけ語る涼。ドミニカは涼の腕を掴み、ずいっと顔を寄せる。
「ちょっと変なフラグ立てないでくれる‥‥? 本当に死んだらどうするのよ‥‥」
「KV相手のガチ戦闘なんてそうそう出来るもんじゃない。ドミニカにとってもいい経験になると思うぞ」
「そんな経験いらんわ! 普通は一生ないわ!」
ドミニカに胸倉を捕まれぐらぐらしている犬彦。涼はその様子に苦笑しつつ斬子に目を向ける。
「斬子ちゃんも、大丈夫か?」
「ええ。わたくしは特に問題ありませんわ」
「そ、そうか。ならいいんだけどよ」
表情無く涼に応じる斬子。そうしてマリスへ目を向ける。視線に気付いた黒衣の女は暢気に手を振り微笑んでいるが、斬子は何も言わずに背を向けるのであった。
「いや〜ん、なんか怒ってるみたい‥‥傷つくわぁ、慰めて〜」
「何故そこで私に抱きつくんですかーっ!?」
マリスにしっかりと抱き締められ悲鳴を上げるティナ・アブソリュート(
gc4189)。頬ずりされながら青ざめるティナを横目に、こうして作戦は開始されるのであった。
静寂に包まれた基地。その滑走路に並んだKVの中、隊長機であるフェニックスが面を上げる。
『‥‥敵影? 真正面から、だと?』
闇の中を駆ける襲撃者達。接近する敵を前にKV隊は前に陣取り、多数の一般兵が銃を手に走り出す。サーチライトが基地を照らし、傭兵達の姿を光の中に浮かばせた。
『直ちに停止しろ! こちらの要求に応じない場合、攻撃を開始する!』
銃を向けるKV。しかし当然相手は止まらない。パイロットは舌打ちし、フェニックスを前進させる。
『――警告はしたぞ。迎撃開始! 奴らの正体に関わらず射殺せよ!』
「ひぃー! 早くも帰りたくなってきたぁー!」
泣きそうな顔で喚くドミニカ。KV隊はずらりと一列に並び機関銃による攻撃を開始。これを受け傭兵達は散開しそれぞれ敷地内への侵入を目指す。
槍を回し降り注ぐ銃撃を弾きながら走る犬彦。藤村 瑠亥(
ga3862)は右へ左へ小刻みに跳躍し迎撃を回避しつつKVへと向かう。
「さ〜て、派手に行きましょうか♪」
「フッ、楽しい夜になりそうだ」
走りながら背負っていた大型のガトリング砲を構えるマリス。足を止めそれを掃射、KVに攻撃を開始する。犬彦はその間も前進、KVの注意をひきつけている。
「いやぁー、すごい騒ぎだ」
「適当にこの辺を片付けて、わたくしたちは基地内へ進みますわよ!」
「正面からじゃ勝ち目はないな。攻撃し辛いように基地側に回り込むぞ!」
頭を片手で抑えながらぼやくイスネグ。斬子と肩を並べ、涼が声を上げる。
「細かい標的を狙い撃ちにするのは難しいはずだ。常に動き回ってりゃなんとかなる!」
犬彦、瑠亥、マリスが正面からKVに対し、残りが背後に回りこむ事で挟撃の図が完成する。涼の言う通りKVとしては基地を壊すわけには行かないし、細かい標的に対し正確に射撃を行なうのは困難。ある程度状況は安定したといえるだろう。
「死ぬーッ! なんで私まで人外側なのよーッ!」
必死で泣きながら逃げているドミニカ以外は。
「‥‥どうして彼女、あっちのチームなんですの?」
「さ、さぁ‥‥今は無事を祈るしか‥‥」
冷や汗を流す斬子とイスネグ。彼らの正面からは武装した一般兵達が迫り、迎撃を開始している。
「怪我はさせたくないが‥‥仕方ねぇ!」
加速する涼。SESを搭載しない銃器では涼を止められず、片手で繰り出した槍が兵士達の銃を両断する。続け、ペイント弾を装填したSMGにて攻撃。顔を狙い視界を奪って戦闘不能に追い込んでいく。
同じく一般兵と戦う上杉・浩一(
ga8766)。近寄る兵士の武器を刀で破壊し、素手で次々に気絶させていく。
「一般人が相手だ、あまり怪我をさせんでやってくれ」
「分っていますわ!」
斬子も同じく素手で戦闘。一般兵を蹴り倒し、適度に戦闘不能にさせていく。
『隊長、一部の敵に突破されました!』
『三番機対応しろ! 味方を撃ってくれるなよ!』
『了解!』
反転し突っ込んで来るR−01。銃での攻撃を躊躇い、腕部に装備したブレードを振り上げ傭兵達へ遅いかかる。
振り下ろされた剣の一撃を散開して回避する一行。それを確認しR−01は反転しつつ片足で蹴りを繰り出す。
「させませんぞ!」
蹴りを両手で構えた斧で受ける剛。イスネグは照明銃を取り出し、KVのカメラ目掛けて発射する。
『何!?』
「おぉおおおっ!」
大斧をフルスイングしKVの足を打つ剛。そこへ涼が一気に接近、追加で足に飛び蹴りを放つ。
バランスを崩し転倒しかけ、片膝を着くR−01。すかさず機銃を向けるが、足元から跳んで来た斬子が両断剣・絶を纏った斧を叩き込んだ。
「ふぅ、案外いけるものですね」
「もう十分だろう。適当に兵士の相手をしつつ突破するぞ」
冷や汗を拭うイスネグ。着地した斬子は浩一の声を受け背後に跳ぶ。剛を殿に、こちらは基地へと突入を開始する。
『三番機、機銃破損‥‥敵の突破を許しました‥‥』
『基地内部の防衛隊に連絡! 我々は引き続きこいつらの相手をする!』
『しかし、司令の護衛が最優先では?』
『見て分らんのか馬鹿者。こんな連中を行かせる方が危険極まりないだろう』
隊長機を中心に陣形を整え直すKV隊。その正面には瑠亥、犬彦、マリス、それから死にそうな顔のドミニカが立って居る。正確にはドミニカは膝を着いているが。
「さぁて、後は私達のお仕事ね〜」
「これだけの騒ぎだ、『あっち』も順調に動いているだろうさ」
唇を指先で撫でながら笑うマリス。犬彦は片目を瞑り小さな声で呟く。その二人の会話に目を向けず、瑠亥は小さく息を吐く。
「‥‥鬼が出るか、蛇が出るか。どちらにせよ好都合、ここで見える物もあるだろう」
二刀小太刀を構える瑠亥。ドミニカは顔を涙と鼻水でぐちゃぐちゃにしつつ頭を抱えて叫んだ。
「誰か‥‥助けてーーーーッ!!」
「‥‥始まったようですね」
基地で開始された戦闘、その騒動を眺めつつ暗がりから立ち上がるキア。残りのメンバー、ティナ、ヒイロ、マクシム、そしてブラッド。五人は他二班を陽動とし、暗殺を狙う本命であった。
「KVまで配備したのは準備が良いと思いますが‥‥相手が悪いですよね」
「あの調子なら向こうは大丈夫でしょう。我々はスマートにお仕事と行きましょうか」
苦笑を浮かべるティナにブラッドは微笑みかける。戦闘が激化してきた頃合を見計らい、彼らもまた行動を開始するのであった。
●灰色問答
基地内部へ突入を開始した突入班五名。彼らは立ち塞がる一般兵を薙ぎ払い行軍を続けていた。
「君たちでは役不足だ。能力者もいないようだしさっさと通らせてもらおう」
残った敵に言い放つ浩一。一般人が放つ銃撃等彼らにとっては大した脅威にはならない。基地内と言う事もあり敵は大火力の兵装を持ち出してこない為、足を止める事は全く出来なかった。
「雑兵共が‥‥! 猛者は、猛者は居らぬのか!」
「くっ、駄目だ‥‥阻止出来ない! 応援を頼む!」
斧を掲げ叫ぶ剛。基地の兵士達は通路の曲がり角などに隠れつつこちらの様子を伺っている。と、その時。
「お呼ばれしたので推参‥‥貴方達はご苦労様、下がって良いわ」
「高峰軍曹!」
紅い槍を肩にかけながらゆっくりと歩み寄る高峰。傭兵達と一定の距離を保ちつつ、緩い敵意をこめた眼差しを向ける。
「こんにちは、正義の味方さん。お会いするのは二度目‥‥三度目かしら」
「よくよく縁があるな、あんたら‥‥」
ぽつりと呟く涼。イスネグはバイブレーションセンサーで周囲を確認。通路から次々に敵の気配を感じる。少なく見積もって四人、能力者に囲まれている。
「うーん、うちらの行く先々にいるなぁ。偶然にしては出来すぎですよね」
「そうだな‥‥。俺達の雇い主に目をつけられているのだとしたら、何かやらかしておるんじゃないか? 君らは」
イスネグのぼやきに続け問いかける浩一。高峰は軍服のポケットから飴玉を取り出し口に放り込む。
「酷い言い草ね。まぁ、仮に何かしているとしても、貴方達には関係のない事だけれど」
ゆるくウェイブした前髪の合間、うっすらと笑みを浮かべる瞳。高峰は槍を回し、構える。
「一応訊くけれど、投降する気は?」
傭兵達は無言で得物を構える。女は何も言わず溜息を漏らした。
「噂の天笠隊と打ち合えるとは僥倖ですな。任務でなければ名乗りを上げたい所ですが」
「そう。じゃあ、その趣向に沿って」
剛の言に悪戯っぽく笑う高峰。そして告げる。
「天笠隊所属、高峰千尋軍曹――お相手仕る」
ゆっくりと走り出す高峰。浩一はこれに対し後退する。
「すまん、少し下がらせてもらう」
「では、高峰さんの相手は自分が」
入れ替わり前に出る剛。高峰が繰り出す突きを斧で受けると、女は目を細め笑う。
急激に動きを早めた高峰は突きのラッシュを放つ。一撃一撃が重く、しかも速い。防御が間に合わず槍は剛の身体に突き刺さるが、致命傷には程遠い。
「頑丈ね」
「素晴らしい槍捌きですな。しかし、我流ですかな?」
高峰の動きには大げさな緩急がついている。ゆったりと動いているかと思えば急加速し、また緩める。間合いも着かず離れず独特で、ゆらゆらとした動きはまるで踊っているかのようだ。
「蝶の様に舞い、蜂の様に刺す‥‥と言った所ですか」
二人が先頭で打ち合う間、背後からは別の能力者が迫っていた。両手の拳をナックルで覆った男が一人、超機械を手にした男が一人。
「来たか。同じ能力者同士だ、悪いが遠慮はしないぜ!」
走り出し迎撃する涼。男は素早く拳の連打を繰り出し、涼はこれを盾で防ぐ。斬子は援護に回りたいが得物が大斧の為、涼と並べず困惑している。
「ああ、別の武器を持ってくるんでしたわ‥‥」
そこへ高峰の背後から身を乗り出したスナイパーが狙撃を仕掛けて来る。肩を撃たれ、一歩仰け反る斬子。
「スナイパーか‥‥そういえば居たな。車に穴を空けられたっけな‥‥」
「今しょげてる場合ですの!?」
「それでは、私が子守唄で‥‥」
「こんな所で使ったら味方も寝ますわよ‥‥?」
斬子に突っ込まれ、腕組み顔を見合わせる男二人。斬子は斧を背負い、二人からそれぞれ一つずつ苦無を引っ手繰る。
「借りますわよ。スナイパーはわたくしがどうにかしてきますわ」
高峰は斬子の道を塞ごうとするが、剛が押さえ込みにかかる。斬子がスナイパーを追いかけ曲がり角に消えるのを浩一と剛は遠い目で見送った。
「私達も戦いましょうか」
「そうだな‥‥援護するぞ、巳沢さん」
涼は前に出て盾を構えスキルを発動、グラップラーのパンチとサイエンティストの超機械攻撃に耐える。その間に浩一が刀で押し込み、イスネグは後衛に杖を掲げ攻撃する。
剛の方は取り回しの悪い斧を手放し刀を抜く。これで高峰の突きや打撃を何とか捌けるようになった。
「勝負はまだまだこれからですな」
笑みを浮かべる高峰。二人は何度も互いの得物をぶつけ合い、火花を散らす‥‥。
「‥‥人気がありませんね」
一方その頃、裏側から潜入した抹殺班達。まるでがら空きの警備状況にティナは思わず拍子抜けしている。
「ロート、脱出のタイミングと合図と、ちゃんと覚えられましたか?」
振り返るティナ。ヒイロは知性の無い目で口をぽかーんとあけている。暫く時が止まった後、いい笑顔でサムズアップした。
「大丈夫です。ヒ‥‥ロートは賢いので一回で覚えました!」
なんとも言えない表情を浮かべるティナ。無言でヒイロの頭を撫でて前を向いた。
キアは素早く物陰から物陰へと滑り込み先行。周囲を警戒し、背後から続く仲間に合図を送る。更にマクシムが同じ動きで後方を警戒し、慎重かつ迅速に目的地へと進んでいく。
「ターゲットは順当に行けば自室に篭っているでしょう。そしてその周囲に護衛をベッタリつけているはずです。交戦はまず避けられないでしょうね」
「それにしても‥‥静か過ぎます、ね」
陽動が成功しているとは言え、幾らなんでも敵の姿が皆無なのはおかしい。違和感を感じ取ったキアだが、それが何を意味するのかはまだ分らない。
「罠‥‥それも有り得ますか」
「まぁ、あまり細かい事は気にせずとも良いと思いますよ。突破して殺っちゃえば僕らの勝ちですから」
気楽に応じるブラッド。確かにもう、それほどの戦力がこの基地に残っているとも思えない。最悪強引な動きに出る事も視野に入れて構わないだろう。
こうして順調に移動し階段を駆け上がる抹殺班。敵には一切遭遇しないまま、目的の部屋の前へ辿り着いた。
「‥‥来たか」
部屋の前に居るのは天笠一人だけであった。入り口を背に、背後で手を組んで佇んでいる。
「またあなた達ですか‥‥」
「ヒ‥‥ロート知ってる。前に追いかけてきた人だ」
呟くティナ。ヒイロは思い出したように手を叩き、天笠を指差す。
「‥‥失礼致します、ね‥‥正義の味方御一行です‥‥」
一礼するキアの視線の先、天笠は目を細める。彼からしてみれば、傭兵達の動きは想定の範囲内であった。
正面からKV隊を突破しての攻撃。そんな物はどう考えた所で囮以外の何者でもないだろう。そもそも隠密行動が基本であると予想される彼らなのだ、不自然であるといえばそれまでの事。
違和感が確信に変わったのは突入班の行動だ。自分達の居場所を悟らせないようにする工作を彼らは一切行なわず、むしろ味方に連絡をつけやすいように兵士をあえて見逃したり、分りやすく監視カメラを破壊したりしている。それでも高峰達を向かわせたのは――。
「貴様らと話をしてみたかったからだ」
「話‥‥?」
首を傾げるティナ。天笠は傭兵達を順に眺めていく。
「貴様らがどういう立場なのかは既に薄々は分かっている。だが解せんのはその理由だ。貴様らは何をしようとしている?」
「それは‥‥」
俯くティナ。何をしようとしている? そんな事を言われても答えられる筈は無い。何故なら‥‥。
「まさか、何も知らずに戦っているのか?」
肩を竦める天笠。そうして睨みを効かせる。
「呆れた物だな。貴様らの言う正義とは何だ? 何に味方をしている? こんな事を続けて一体何の意味がある?」
ブラッドは黙っている。様子を見ているのか、何か考えがあるのか。それを横目で確認しつつキアは天笠へ向き合う。
「話が変わりますが‥‥送り返しました皆様方は‥‥御元気で‥‥?」
それは出発前、キアが瑠亥と話し合った事であった。
「前回捕獲した者の顛末、ですか‥‥」
腕組み頷く瑠亥。キアは肩を竦め、皮肉るような笑みを浮かべる。
「この前の依頼の件、奴らも俺達が関わっていると予想はついているだろう。そしてあの場に居た以上、事後処理に関しても奴らが任されている可能性は高い‥‥」
「彼らのその後を気にするとは‥‥随分と優しいのですね」
「‥‥あまり興味があるわけではない。だが、ブラッドは彼らをUPCに引き渡したと言った。それが実際どうなのか、という話だ」
真実は何処にあるのか、それは訊いてみなければ分らない。ブラッドというフィルタを通して流された情報を鵜呑みにするのではなく、一歩踏み込んでみる事。そこから見えてくる嘘もあるだろう。
「奴らが俺達の方に現れたのなら、俺が確認しよう‥‥だが、そうでなかった場合」
「私に訊いてほしいと、そういう事ですね――」
天笠と対峙するキア。男は目を細め、答える。
「貴様が何を言っているのかは分らんが‥‥これだけは確かだ。貴様らが通った道に『御元気』等と言う言葉は一つもありはしない」
薄っすらと笑みを浮かべるブラッド。顔を仮面で隠したブラッドのその表情をキアは見逃さなかった。
そう、誰一人生きては居ない。ネストリングが捕らえた親バグア派の者達、或いはそうならざるを得なかった者達‥‥。
そこに関係は無い。ただ羽ばたけば全てを薙ぎ払い滅ぼす翼――それがネストリングという組織そのもの。無事に生き残った者等、一人たりとも存在しなかった。
「貴様らの行いは間違いではない。だが行き過ぎている。何もかも悉く殺し尽くしすぎる。俺も人の事は言えないがな、貴様らよりは幾分か人道的だろうよ」
「‥‥そんな。私達は、そんなつもりじゃ‥‥」
「それが現実だ。貴様らはわけのわからん正義を振り翳し、『誰か』にとって都合の悪い存在を滅ぼす暴力装置に過ぎん。ただの大量殺戮者に過ぎん。それが正義を語る等、片腹痛いぞ」
腰から提げた軍刀を抜き構える天笠。ティナは思わず戸惑い、俯いてしまう。
「俺は貴様らの存在を認めはしない。人に人を裁く権利等ありはしない。人を裁いて良いのは、歴史が作りし倫理と法だけなのだから――」
●理想家
「フフフ‥‥アハハ! さぁ、ガンガンぶっ放すわよー!」
轟音と共に滝の様に舞う薬莢。マリスは目を見開き、笑いながらガトリング砲を掃射している。
基地外部での隊KV戦闘を継続する四人。彼らは四機のKVを相手に善戦‥‥否、圧倒的な戦いを繰り広げていた。
『あのガトリング女なんとかしろ! 装甲が持たん!』
走るマリスを狙い撃つKV。そこへ犬彦が駆け寄り、足に槍を突き刺す。更に瑠亥は敵を翻弄しつつ接近、剣を間接部に打ち込んで行く。
『速すぎる‥‥照準が全く追いつかん‥‥!』
『た、隊長ー! うわぁああ!』
そうこうしている間にマリスに撃たれまくったKVが一機、彼方此方から黒煙を巻き上げがくりと膝を着く。
「イケメンカモン。合体攻撃だ」
走りながら手招きする犬彦。瑠亥は跳躍、犬彦は跳んでくる彼の動きに合わせ槍を両手でスイングする。
「犬彦‥‥ホームラン!」
槍を踏み、射出された瑠亥は矢の如くKVへ飛来。擦れ違い様に頭部を切断し、KVを戦闘不能に陥らせる。
『貴様ぁ!』
腕部ブレードを振り下ろすフェニックス。犬彦はこれを槍で受け止め、逆に弾き返す。
「アッハハァ! 気持ちいいーっ!!」
顔を紅潮させながらフェニックスを滅多撃ちにするマリス。被弾しつつフェニックスは後退する。
『ク‥‥ッ! KV四機で歯が立たないとは‥‥!』
「今更だな。重力波レーダーも慣性制御もないHWだと思えば、どれだけやりあったかと‥‥」
「アハハハハハー!」
「ちょ‥‥少し落ち着け。大破さすなよ」
三者三様の反応を示す傭兵達。ドミニカはその後方から呆然と様子を見ている。
「‥‥あれ? もしかして私、今回の作戦で一番楽なポジションだったんじゃ‥‥?」
一方、天笠と対峙する抹殺班。こちらは道を塞ぐ天笠を相手に苦戦を強いられていた。
二丁の拳銃を揃え連射するキア。天笠はその銃弾を悉く切り払ってしまう。マクシムの銃撃もティナのエアスマッシュも同じ結果に終わった。
「何とか突破さえ出来れば‥‥」
呟くキア。天笠は先程から一歩も動いていない。踏み込むのを躊躇させるほどの気迫でそこに立って居るだけだ。
「仕方ない、直接仕掛けるしかないね」
「‥‥そうですね。行きましょう」
拳を構えるヒイロ。同時にティナも二対の剣を手に走り出す。二人は高速移動で天笠の眼前で交差、互いに反対側の壁を蹴り、左右から高速で襲い掛かる。
繰り出される攻撃。その瞬きの間に天笠は一瞬姿を消し、半歩引いた場所に現れた。ヒイロはそれを目で追い、攻撃が空降った事と反撃を受けた事を知る。
「っつぅ‥‥!」
ヒイロは脇腹、ティナは肩口を深く切り裂かれた。咄嗟に剣を交差させ構え、追撃を受けるティナ。ヒイロと共に傷を庇いながら後退する。
「血がいっぱい出てるーっ」
「速い、ですね‥‥」
「二人とも大丈夫ですか? 僕が行きますから、皆さんは援護をお願いします」
刀を抜き前に出るブラッド。一瞬の間の後、キアが制圧射撃を仕掛ける。ヒイロとマクシムもそれに銃撃で続き、ティナは閃光手榴弾を取り出す。
「ヴィーゲン・リート!」
それが使用の合図。眩い光が通路を照らし出す。その瞬間ブラッドは走り出した。
天笠と擦れ違う瞬間、高速で火花が散る。結果ブラッドは突破に成功、扉を蹴破り部屋に飛び込む。
「ひい! き、貴様は‥‥ひゅぐっ!」
即座に刃を振るうブラッド。エアスマッシュは司令官の首をストンと落とした。更にブラッドは部屋の中に待機していた護衛の能力者二名を残像斬で散らし、高速移動で戻ってくる。
「終わりましたよ。さあ、用が済んだらスタコラサッサです」
「あ、は、はい」
瞬く間の出来事に少々呆然としつつ頷くティナ。追ってくる能力者相手にブラッドは殿を務め、残りの者達は離脱を開始する。
「目標の排除に成功、夜は明けた。繰り返す、目標の排除に成功‥‥」
他の班に通信を送るティナ。それを耳にした残り二班は撤退を開始する。
「よし、長居は無用だ。引き上げるぞ」
「そんな、まさか‥‥天笠隊長が突破されるなんて」
初めて表情に感情を込めた高峰。浩一の合図で突入班は来た道を引き返していく。
「軍曹、我々は?」
「追えとは命令されていないわ。隊長からの指示を待って」
立ち去る傭兵を見送る高峰。飴を取り出し、直ぐにそれを噛み砕いた。
「やっぱり似ているのかもね‥‥私達」
基地の外に出た突入班。そこにはKVが戦闘不能状態になっており、陽動班の四人と合流を果たす事が出来た。
「あらら、すっかり終わってますね」
「ドミニカちゃん、生きてたか!」
「うわーん! 涼ー! 怖かったよー!」
のほほんと呟くイスネグの隣、涼はドミニカに泣きながら飛びつかれている。
「不本意だがKVを壊してしまって悪かった。こちらの目的は達したので、ここらで穏便に手打ちといかないか」
フェニックスから降りてきたパイロットがヘルメットを外し睨みを効かせる。しかし生身でやり合うのは無理と感じたのか、地べたに座り込んで片手を軽く振った。
「すまん」
背を向け走り出す犬彦。マリスは退屈そうに溜息を零しそれに続く。こうして傭兵達は基地から離脱して行くのであった‥‥。
「あーあー。治療してあげるから、じっとしてなさい」
十分に基地から距離を置き、帰路に着く傭兵達。山道の途中、ドミニカはヒイロとティナに治療を施す。
「私のティナちゃんをキズモノにするなんて‥‥許せないわ〜!」
「き、傷がーっ!」
マリスに抱き締められ悲鳴を上げるティナ。がっちりホールド、耳を甘噛みされたティナは必死に逃れようともがいている。
「天笠君、かなーり強かったのですよぅ」
「高峰さんもそうでしたね。いやはや、きちんともう一度お手合わせ願いたい所ですな」
「ヒイロはもういいかな‥‥」
剛から目を逸らし呟くヒイロ。そんな会話をする一行から少し離れ、木の陰でキアと瑠亥は言葉を交わしている。
「そうか‥‥やはりな」
「だからといってどうという事でもありませんが‥‥ブラッド氏が我々に嘘を吐いているのは確実、でしょうね‥‥」
木に背を預け腕を組む瑠亥。その嘘にどんな意味があるのかはわからない。だが――。
視線の先、ブラッドは小さな岩の上に腰掛けている。浩一はそこへ歩み寄り声をかけた。
「ブラッドさん、『世界平和』とはどういう状態を指すのだろうな」
「何ですか、急に?」
「俺達は世界平和の為、正義の為に戦っているのだろう? なら、ブラッドさんの言うそれらはどういう物なのかと思ってな」
口元に手をやり思案するブラッド。そうして空を見上げる。
「上杉さんは、今の世界をどう思いますか?」
「どう‥‥」
バグアが存在する限り、少なくとも平和とは言えないだろう。それは彼らと戦う傭兵が一番良くわかっている。
「僕には、今の世界もそれなりに平和に見えるのです。人類同士の戦争がないだけ、以前よりマシかもしれませんよ」
黙って話を聞く浩一。ブラッドは肩を竦める。
「バグアを倒せば英雄なのに、人を殺せば殺戮者。ではバグアが居なくなった時、僕ら傭兵はどうなるのでしょう。能力者という異形が、果たして日常に戻る事が出来るでしょうか?」
「‥‥それは」
「平和な世界とは、人が人を殺さなくて良い世界。そして理不尽にバグアによって命が奪われない世界です。僕の正義とは、誰も泣かない世界そのものなのです」
立ち上がり苦笑を浮かべるブラッド。そうして浩一の肩を叩く。
「‥‥なんてね。まあ、正義なんて人それぞれですよ。誰にでもあり、誰にもない。だから追い求める価値がある。そう思いませんか?」
立ち去る背中を見送る浩一。ブラッドの背中、それがどこか寂しげに見えた。
何もかもを利用してまで追いかけたい理想があるのだろう。それを現実にする為に、手段すら選ばないと決めたのだろう。
「人間同士の戦争を経験した者でしか、わからん事もあるか‥‥」
こうしてまた一つ任務をこなし、嘘と事実を重ねていく。
決して噛み合わないと知りながら、誤魔化しながら綴られた正義の言葉。それが彼ら自身へと突きつけられる時、それは間近に迫っていた――。