●リプレイ本文
●幻想の街へ
シミュレーターが起動すれば、無機質な世界は一瞬でリアリティを孕んだ戦場へと変化していく――。
既に何度かテスト依頼が行われているものの、初体験の望月 美汐(
gb6693)にとっては物珍しい景色だったのだろう。風に髪を梳かれつつ呟いた。
「へぇ、よく出来ていますねぇ」
「世の中便利になりましたね。命を賭けずに戦いを覚えられるとは」
美汐に同意するように和泉 恭也(
gc3978)は言葉を続けた。後々の事も考え、彼はこのテストへの貢献に意欲的だ。
「よく考えたら、実戦ばかりで、受けたこと、あまりなかったな。どんな、感じだろ?」
のほほんとした様子で語る萩野 樹(
gb4907)。初体験組が興味深そうに周囲を眺めていると、ラルス・フェルセン(
ga5133)が背後を指差し言った。
「あんな感じではー、ないでしょうか〜?」
振り返る三人の視線の先、依頼人イリスは神撫(
gb0167)に頭を撫で回され、腰を落として様子を伺い微笑む黒瀬 レオ(
gb9668)に顔を赤らめている。
「こんにちは‥‥ようやく会えたね?」
「素直ないい子だなぁ。髪型も服装もよく似合ってて可愛いよ」
ゆでだこのような表情で固まっているイリスを二人のイケメンが構っている‥‥。実は毎回本当に『こんな感じ』だったりする。
「久しぶりだな、イリス。今回もよろしく頼むのダー」
「レベッカ・マーエン‥‥と、牧野・和輝! むむむ‥‥!」
いつの間にか仲良くなったレベッカ・マーエン(
gb4204)の姿に一瞬嬉しそうな顔をするも、背後で腕を組んでいる牧野・和輝(
gc4042)を見て直ぐに仏頂面に戻る。
「何やらー因縁の予感ですね〜。皆さんー、宜しくーお願い、します〜」
「始めての参加ですが、がんばるので、よろしくお願いします」
ラルスと樹、のんびりな二人が同時にぺこりと頭を下げる。イリスはどう反応したらいいのか暫く戸惑った挙句、とりあえず同じように頭を下げた。
「で、ではテストを開始します。準備は宜しいですか?」
イリスの周囲、光の線で枠組みされた『安全地帯』が構築され、少女が左右に手を翳すと光のディスプレイが浮かび上がる。
「良い結果を期待します、『能力者』。では――テスト開始」
こうして虚無の世界に今日もまた命が吹き込まれていく。能力者たちの一挙一動、その息吹にて――。
●探索
乾いた風の音だけが全ての沈黙した世界。闇の中でB班の四名、ラルス、美汐、レオ、和輝の四名は探索を続けていた。
ラルスが地図データを把握し、レオは別行動中のA班と探索範囲を予め打ち合わせしてある。事前準備が功を奏し、探索行動には無駄がなく順調だった。
「とはいえ、この広範囲‥‥見つけるのは骨が折れそうですね」
ランタンを闇へ翳し美汐が呟く。だがこれもいい経験になるだろうと彼女は思考を巡らせる。現実では絶対にミス出来ない人命救助だ、訓練するに越した事はない。
「ちょっとー上から見てきますね〜」
覚醒し、瞬天速で一気にビルの屋上まで上り詰めたラルスは風に吹かれながら街を見渡す。見通しは悪かったが、逆に点滅する光は良く確認出来た。
別行動中のA班とは明らかに離れた場所を移動する光がチラリと過ぎる。ラルスはビルから降りてくると仲間にサーチャーらしき発光体の位置を伝えた。
「‥‥そっちなら、俺達の方が近いな。追うか?」
和輝の言葉に頷き、B班は移動を開始。レオは移動しつつA班にマーカー発見及び追跡行動に入った事を連絡した。
サーチャーらしき光を追いかけるB班の前、ビルとビルの合間を横切る飛行する光が見えた。お目当ての敵だと確認するや否や美汐はAU−KVを装着、ビルの向こうへ回り込む。
「ツインズを呼ばれては困りますので」
ラルスの合図で和輝がサハクィエルを構える。能力者の存在に気づいたのか、サーチャーは逃げようとするもその先にはライトを照らした美汐が待ち伏せていた。
「生憎ですが通行止めです」
ちょこまかと動き回るサーチャーへ和輝が援護射撃を行い、レオがソニックブームを放つ。更にラルスがエネルギーガンで撃ち抜くとサーチャーはバラバラに吹っ飛んでしまった。
「斥候は潰しましたし、これで――」
と、そこで全員の耳に小さなアラートが届いた。攻撃に集中していて聞こえなかったのか、音が小さかったのか‥‥ともあれ、それは傍にマーカーがある事を示している。そして――。
「‥‥見つかった、か?」
サーチャーはツインズへマーカーの位置を連絡する。和輝が舌打ちし周囲を見渡す隣、美汐はライトで瓦礫の影に倒れた女性型マーカーを発見する。
「直ぐに移動しよう。ここから離れれば追跡を断てるかもしれない」
予め用意していた紐でマーカーを背負い固定するラルス。レオは直ぐにA班へ連絡を取る。
「こちらB班、マーカーを確保しました。そちらはどうですか?」
すると通信機からはやや遅れ、少々慌しい返答が帰ってくる。
「A班神撫だ。さっきまでツインズと交戦してたんだけど‥‥上手く逃げられた。そっちに向かったのかもしれない」
既に背負い終えたラルスが頷く。美汐はAU−KVをトライクモードへ変形させ、そこへラルスが乗り込んだ。いざという時の為体力温存にもなるだろう。
ツインズが追ってくるというのならば時間との勝負だ。B班は急いでに出発地点へと逆戻りを開始した。
●幽騎
時を少しばかり遡る――。
B班がマーカー確保とサーチャー撃破に向かっている頃、A班の四名、神撫、レベッカ、樹、恭也の四名もまたマーカーを探索していた。
神撫の提案で間隔を広く取り、かつ互いをサポート出来る距離でA班も順調に探索を続ける。
危険そうな地形をチェックしつつ移動する恭也の視線の先、ゆらりと光る影が見えた。十字路にあるビルの陰、そこへ白く輝く何かが隠れていくのが見えたのだ。
「キメラ‥‥? ちょっと待ってください、今そこに何かいたような」
恭也が指差す方向へ目を向ける仲間達。先頭を移動していた神撫が確認の為に曲がり角を曲がって覗き込んだ――その時だった。
唐突に頭上から振り下ろされた刃、それをインフェルノで受け止め神撫は正面に確かにガイストの片割れを捉える。
「待ち伏せとはね‥‥!」
そのままガイストと刃を交える神撫。照明弾で直ぐに連絡したい所だが、ガイストは次々に攻撃を繰り出しながら前へ前へと押し込んでくる。
「すまない、誰か代わりに連絡を――って、レベッカさん!」
神撫に練成強化をかけようとしているレベッカの背後、路地裏から飛び出してくるもう一体のガイストの姿を捉え神撫が叫んだ。見れば確かに彼が相手にしているのはパラディンだけである。
待ち伏せ、囮――そんな言葉が脳裏を過ぎる。振り上げられた鎌にレベッカが反応する――よりも早く、恭也が間に割って入り弾き落としを発動、盾でジョーカーの鎌を払った。
「通しませんよ」
ジョーカーは鎌をくるくると回転させ構え直し再度襲い掛かってくる。
「やらせない」
樹が竜の咆哮でジョーカーを弾き飛ばすと、ふわふわとした動きでガイストは再び路地裏へと入っていく。
神撫はパラディンに対して優勢を維持していたが、盾の防御と浮遊するような動きに決定打を出せずに居た。
ジョーカーが去った事で集中してパラディンを攻めようと思えば、今度はパラディンの方が後退を始めてしまう。
誘うようにふわふわと後退しつつ応戦するパラディン。そこへ路地裏を抜けてきたジョーカーが加勢に入ると流石に神撫も劣勢に陥ってしまう。
二体は同時に攻撃を仕掛けて来る――と思った直後、一瞬停止した後まるで何事もなかったかのようあっさりと立ち去って行った。
「レベッカさん、大丈夫ですか?」
「ああ‥‥。神撫は?」
軽く追跡しガイストの去った方向を把握した神撫も大した怪我は無さそうだった。そこへ丁度B班からの連絡が入った。
照明弾で互いの位置は確認した。B班の現在位置からならば恐らく追いつかれる前に安全地帯へ到達出来るだろう。
しかし問題はお互いの位置を確認した所、ガイストが向かった方向は安全地帯とは違う方向だったという事である。となれば考えられる事は一つだけだ。
A班は直ぐにツインズ・ガイストへの追跡を開始した。
●追撃
ツインズ・ガイストは緩やかな速度で街を移動していた。しかしその迷いの無い動きは明確な目標地点があるように見える。
レベッカが背後からエネルギーガンを放つと、二体は足を止めパラディンが盾にてそれを受ける。軽く剣振り前に出るパラディンはまるで挑発しているかのようだ。
「白が相手の攻撃を抑え黒のリーチに誘う、黒のリーチを嫌えば白がそこを付き間合いを詰める。確実に進化しているな、面白い」
逃げ切るのは難しいと悟ったのか、二体のガイストはゆっくりと接近を開始する。ガイストとの戦闘は想定済だ。能力者達は二体の連携を崩す事を目指す。
「出来ればパラディンとやりたいな。『力』でどっちが上かはっきりさせたい」
「では、こちらはお任せを」
神撫の言葉に恭也が微笑む。同時に襲い掛かってくる二体のガイストを前にレベッカが神撫に練成強化を発動する。
パラディンへと斬りかかり強引に押し込む神撫と背中合わせに樹が移動し、竜の咆哮でジョーカーを弾き飛ばす。
「鎌でも、使い方は、槍と同じはず」
カデンサを構える樹の背後、レベッカは練成弱体をジョーカーに施す。最も恐ろしいのは連携なのだ。今はその足並を崩す事が重要である。
完全に分断されてやりにくいのか、ガイスト達はお互いの位置を何度も確認しつつ消極的な動きを見せる。もしもプログラムに思考があるのならば、それは『迷い』とでも呼べたのだろうか。
ジョーカーは大鎌を振り回し、次々に猛攻を仕掛けて来る。樹と恭也は分断に尽力するが、そもそも二人で抑えるには厳しい相手。徐々に状況は劣勢へ向かっていく。
「これはちょっときついですかね‥‥はは」
無言で再度樹が竜の咆哮でジョーカーを弾く。この作戦は非常に有効、ジョーカーは中々攻めきれずに居る。だが所詮は時間稼ぎに過ぎない。
じりじりとした緊張感の中、再び近づくジョーカーへ恭也が盾を構えた時、ジョーカーの背に矢が突き刺さった。
「待たせたか?」
弓を構え笑う和輝の脇、AU−KVを纏った美汐が竜の翼で回り込んでくる。樹と並ぶとジョーカーとパラディンの間にある壁はより分厚くなった。
「ふうん、これがツインズ。僕の大事な友達にそっくりだ」
紅炎を軽く振り、レオは小さく微笑みながらジョーカーを見据える。思い浮かべた二人の姿に比べれば、この敵はまだ容易いだろう。
「形勢逆転ですね」
非覚醒時とは打って変わってラルスが淡々と告げる。ジョーカーはパラディンと合流しようとするが、完全に周囲を取り囲まれてしまっていた。
苦し紛れに放つ一撃をレオは刃の切っ先から乗せ、滑らせるようにして受け流す。火花の瞬きの後、大きく一歩踏み込んだ。
「この一撃で断ち切るよ――。双子の連携さえも、ね」
両断剣・絶を乗せた一撃は鎌ごとジョーカーを深く切り裂く。がくりと膝をついたジョーカーは集中攻撃を浴び、光となって消えるのであった。
片割れの消失に動揺したのか、パラディンは逃走を試みる。しかし美汐とラルスに先回りされてしまい、最早逃げ場はない。
「さぁ、ダンスは終了ですよ」
じりじりと後退するパラディンの背後、斧を引っさげ迫る神撫の姿があった。
これまでの鬱憤を晴らすかのように小細工無し、『力』でパラディンの防御力へと挑む。
天地撃を受けたパラディンの盾は砕け、その身も空へ。更に空中からの強烈な追撃が叩き込まれ、パラディンの甲冑はぐしゃりと派手にひしゃげてしまった。
勢い余ってアスファルトの大地まで激しく軋ませると、神撫は苦笑して斧をキメラの死体から引き抜くのであった。
●その後
「また完敗ですか。まあ、そんな気はしていましたけどね」
ガイスト撃退後、もう一つのマーカー付近でうろうろしていた残りのサーチャーを倒し、無事にテストは終了した。今回もあっさり負けてしまったというのにイリスはどこか満足気だ。
「全く、茶々を入れる余地もありませんでした。恐ろしいものですね、能力者というのは」
少し寂しげにそう呟くとイリスは遠くを眺めた。そんな彼女に近寄り握手を求めたのは恭也だ。
「素晴らしい研究ですね。この研究で命を落とす新兵がまた減るでしょう。ご一緒できて光栄です。またなにか御座いましたらお呼びください」
一瞬意味がわからないという顔をした後、照れくさそうに少女は手を握り返した。
「それにしても、こんなかわいい女の子だったとはね」
「どうでしょう、今度一緒に洋服でも見に行きませんか?」
小さく微笑むレオに続き、美汐が声をかける。曰く、髪を綺麗に梳いてお洒落をすれば女の子は化けるもの‥‥らしい。
「何事もトライ&エラーだぞ」
レベッカが続けると、イリスは『まあ、機会があったら‥‥』と恥ずかしそうに返した。ちなみにかくいうレベッカも白衣ファッションが基本なのは自覚している事である。
「そういえば今日は喧嘩しないのか? おまえら」
レベッカの言うおまえらとは肩を並べる和輝とイリスの事である。これまで事ある毎にいがみ合ってきた二人だが、今日は比較的大人しい。
「ガキが成長してんのに、俺だけ成長しないのも、な‥‥。まァ、想像通りのガキで、ショックはショックだが」
「むむ‥‥! ガ、ガキとはなんですかガキとは!?」
「ガキはガキだろ――いや、まぁ、イイか」
溜息交じりに頭をがしがしと掻き、和輝は微笑む。腕を組んで目を逸らすイリスだったが、その横顔は微笑んでいるように見えた。
「しかしこれだけのシミュレータが能力者用か、勿体無いんじゃないか?」
「うぐ‥‥。そ、それにはまあ色々と事情があってですね‥‥」
「事情ですか?」
レベッカと美汐がイリスと雑談する様子をラルスと樹はのほほんと眺めていた。二人とも戦闘中の凛々しさは感じられない。
「めでたしめでたしー、ですかね〜?」
「そうですね」
二人も微笑み、会話の輪に参加していく。沢山の傭兵に囲まれイリスは不器用に笑っていた。それはこれまでの彼女からすれば大きな変化だ。
このまま人と交わることに臆さなければもっと世界が広がり、彼女の人生も豊かになるだろう。そんな風に思う神撫はまるでイリスの父兄のようである。
「つ、次こそは! 能力者をぎゃふんと言わせてみせますから‥‥! だから‥‥その‥‥これ以上は言わなくてもわかりますね!」
目を瞑り、顔を真っ赤にして叫ぶイリス。わかるかどうかはともかく、こうして今回のテストも無事終了するのであった――。