サ ク ラ チ ル
マスター名:霜月零
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/05/06 09:01



■オープニング本文

 春は桜。
 そういわれていたのは何時からか。
 きっと、桜が生まれた時からなのだろう。
 淡く、それでいて人々を惹きつけてやまない桜の花弁は、陽の元であろうと月の元であろうと、その輝きを決して濁らせることなく咲き誇る。
 ―― なぜ、自分はそうではなかったのだろう?
 桜色のドレスを身に纏い、女は遠くを見つめる。
 この桜のように咲き誇れたなら、美しく生まれることが出来たなら‥‥。
 けれど女の願いは叶う事無く、美しさとは程遠いわが身を呪いながら、女は桜の木の下で散っていった。
 ―― わが身を呪い、愛する人を失い、命を散らし。
 女の残した負の感情は、女の亡骸を糧にこの世ならざるものへと変えてゆく‥‥。


「出ちゃったのよねぇ‥‥」
 開拓者ギルド受付で、深緋はポツリと呟く。
 相手はもちろん通りすがりのマッチョ開拓者。
「出費がか? また簪買いすぎたんだろう」
 以前深緋の簪コレクションを無理やり見せつけられたマッチョ開拓者は、深緋がまた新しい簪を身につけていることに気づいていた。
 脳筋のわりには意外と見ている。
「それはいつもの事なんだけどぉ、遊郭街の側の桜にねぇ、恨み姫、らしいわよぅ?」
 恨み姫。
 それは悲恋の末に亡くなった女性がなるといわれているアヤカシだ。
「そんなに強いアヤカシじゃなかったと思うぞ?」
 マッチョ開拓者、ちょっと記憶を探って呟く。
 確かに一般人には恐ろしいアヤカシかもしれないが、恨み姫はその発生の理由からか、まず群れを成すことなどない。
 そしてそうそう多く出現するアヤカシでもなく、油断さえしなければたった一体のアヤカシ相手に志体持ちの開拓者が遅れをとることはないだろう。
「それなんだけどねぇ、ちょーっと厄介なのよぅ」
 そう言いながら深緋は地図を取り出す。
 遊郭街の側に出たという恨み姫は、そこに咲き誇る桜並木を呪っているかの如く、桜から離れない。
 ゆえに、恨み姫を倒すにはどうにかして桜から引き離すか、桜ごと消し去るしかなくなっているのだ。
「桜は出来れば残して欲しいって、露甘楼の女主人に頼まれてるのよねぇ」 
 この依頼をギルドに持ち込んだ露甘楼の女主人・カナリアには深緋自身も色々とお世話になったことがあるのだが、今は妹の朽黄が芸妓として働かせてもらっていることもあり、その頼みは断れないのだとか。
 鬼畜深緋にも頭の上がらない存在がいた事に驚きだ。
「そこの桜、樹齢数百年だとか噂があるぐらい大きいから、直ぐ見つかると思うわよぅ? だから、ね?」
 いつもの調子で深緋は厄介な仕事を開拓者達に押し付けるのだった。 


■参加者一覧
葛城 深墨(ia0422
21歳・男・陰
倉城 紬(ia5229
20歳・女・巫
景倉 恭冶(ia6030
20歳・男・サ
五十君 晴臣(ib1730
21歳・男・陰
リア・コーンウォール(ib2667
20歳・女・騎
西光寺 百合(ib2997
27歳・女・魔
藤吉 湊(ib4741
16歳・女・弓
ベルナデット東條(ib5223
16歳・女・志


■リプレイ本文

●狂い咲き桜
 春とはいえジルベリアの気温は低い。
 流石に吐く息が白くなる程ではないものの、桜が乱れ咲くにはもうしばらくの時間がかかる。
 だが問題の桜は、他の並木道の桜がまだ蕾だというのにそれはそれは見事に咲き誇っていた。
 大の大人が両手で抱えねばならない程に大きな幹と、桜並木の中でも一際広く左右に伸びる見事な枝ぶり。
 樹齢何百年という噂も頷ける。
「咲き誇る桜に募る恨み‥‥か」
 桜を少し離れた場所から見つめる五十君 晴臣(ib1730)は、その側に出るはずの恨み姫を思う。
 他の仲間達はそれぞれ情報収集に向かっていて、今この場にいるのは晴臣のみ。
 恨み姫がいないのを確認し、晴臣は桜にゆっくりと歩み寄る。
 穏やかな表情に、僅かな緊張が浮かぶ。
 桜に触れれるほどに近づいても、恨み姫が突如出現することはなかった。
 何か出現条件があるのだろうか?
 緊張を解き、そっと桜に触れる。
 ざらりとした桜の木独特の手触りを感じながら、晴臣は桜の傷み具合を調べる。
「桜にダメージはなさそうかな‥‥」
 何故こんなにも早く咲いてしまっているのか。
 アヤカシの影響なのか、それとも元々早咲きの桜なのか。
 けれど特に傷らしきものも見当たらず、晴臣は咲き誇る桜を見上げ、見つめ続ける。

●過去を求めて
「なんていうか、怪談でも悲恋の末にとかって結構あるけど、こういうのって大体、女性だよな‥‥女の恨みは怖いってヤツ?」
 とあるジルベリアの遊郭街。
 葛城 深墨(ia0422)は以前にも別の遊郭を訪れたことがあるのだが、また違う趣の在るこの遊郭街で目の保養をしつつ情報収集。
「やれやれ‥‥桜にアヤカシねぇ。風流なんも賑やかなんも好きやけど、妙なもんも引き寄せちまうんかねぇ」
 ともに訪れた景倉 恭冶(ia6030)はこりこりと指で顔の傷を掻く。
 極度の女性アレルギーである彼にとって、この場所は目の保養であると同時に触るな危険。
「俺は茶屋当たってみるけど、深墨はどこ当たるよ?」
「‥‥深緋さんに口利きして貰ったから、露甘楼当たってみるよ。対価がちょっと怖いんだけどね‥‥」
 深墨は深緋の言葉を思い出す。
『また依頼を受けてくれればいいわよぅ? ギルドにはこんなに沢山依頼が溜まってるから、どんどんこなして行って頂戴?』
 どすっと目の前に詰まれた依頼書の山は思い出すと軽く眩暈。
 そんななんとも言えない遠い目をした深墨にちょっと不思議そうな顔をして、景倉は茶屋へと歩き出す。


「さて、払いのいい依頼やし、気張って行こか」
 藤吉 湊(ib4741)は他の仲間達とは違い、依頼額の良さで仕事を請けたらしい。
 本当なら情報収集を皆でしても良かったのだが、湊の目的はただ一つ、桜の無事。
 桜が無事なら報酬がアップするというのだから、お金が目当てで参加した彼女にとって、それ以上の目的があろうはずも無い。
 はたから見れば現金や不謹慎にも思えるが、ずっと貧しい暮らしをし、お金で苦労をしてきた湊にとってそれは致し方ないことなのかもしれない。
 桜の為の腐葉土をちょこっと貰って―― あくまで、お金は使わずに。桜並木を通りがかった農家のおじさんのお手伝いをしてあげて、そのお礼に分けて貰ったのだ―― 晴臣の待つ桜の木へと、尻尾を立てて走り出す。


「あの。少々妙な事を伺いますが、お時間いただけるでしょうか?」
 遊女達が何とはなしに集まっていた甘味所の店先で、倉城 紬(ia5229)は勇気を持って話しかける。
 おずおずと、けれど健気に尋ねてくる紬に、遊女達も柔らかい笑顔で微笑み返す。
 その笑顔に勇気付けられ、紬は恨み姫となってしまった女性の素性を探るべく、他愛のない話題から徐々に確信へと。
 遊女達に不審がられる事無く噂話から真実を手繰り寄せる。


「おっと、相手が悪かったようだ」
 聞き込みを行っていたリア・コーンウォール(ib2667)は襲いかかって来たならず者達を即座にいなす。
 桜並木の事を聞いて回っていた彼女だが、豊満で魅惑的なスタイルが遊郭街という場所柄も相まって、こういった善からぬ輩を惹きつけてしまったようだ。
 あえて女性ではなく男性に聞いて回っていたからかもしれない。
 あまり大きく立ち回ることはせず、手加減しながらでも開拓者である彼女とそこらのゴロツキでは力量は一目瞭然。
 吹っ飛ばされて酔いも吹っ飛んだ男共は全力で逃げ出してゆく。
(騒ぎには‥‥ならずに済んだ様だ)
 辺りを見回し、殆ど人だかりすら出来なかったことにリアはほっと溜息をつく。
 こちらから仕掛けたわけではないのだが、出来るだけ穏便に噂を調べている最中なのだ。
 騒ぎになるのは不味い。
 だがこんな小競り合いはよくある事なのだろう。
 足を一瞬止めていた遊女も事が済めばまた何事も無かったかのように人込みに消えてゆく。


「では、余命幾ばくもなかった、と‥‥?」
 ベルナデット東條(ib5223)は、露甘楼を訪れて噂の桜の木について驚愕する。
 側には先に露甘楼を訪れていた深墨、そして西光寺 百合(ib2997)も顔を曇らす。
「出歯亀で申し訳ないけれど、詳しく教えていただけるかしら‥‥」
 西光寺は浮かない表情のまま、露甘楼の女主人に先を促す。
 正直、あまり楽しい話題ではないのだが、桜から離れない恨み姫の過去を知ることが出来れば、桜から引き離す対処法も見つかるかもしれない。
「つまり、どこかの遊女に思い人を奪われてしまったという事か」
 見事な黒髪と、桜色の打ち掛けの似合う遊女は、ここジルベリアで天儀の衣装を好んで着ていたという。
 露甘楼の遊女ではないので、露甘楼の女主人もあまり詳しいことは知らないらしい。
 ただ、恨み姫となってしまったのであろう女性の事は、一度だけ会った事があるという。
 それは彼女が泣きながら露甘楼を訪れた時。
 自分にはもう未来はない、どうかあの人を返してくださいと。
 露甘楼の店先で涙を零した彼女は、天儀とジルベリアを合わせた様な独特の衣装が売りの露甘楼に件の遊女がいると思い込んでの事だった。
 確かに、打ち掛けを好む遊女も露甘楼にはいるので、問題の遊女の後をつけたのでなければ間違えられてもおかしくはなかった。
「その後、その彼女は‥‥」
 言いかけて、深墨は口をつぐむ。
 恨み姫となったのだ。
 愛しい人を奪った遊女に会う事も出来ぬまま。
「‥‥一つお願いがあるの。打掛を一つお借りできるかしら。出来れば桜色のものがいいわ」
 西光寺はなにか思いついたのだろう。
 露甘楼女主人に桜色の打掛を借りて大切に仕舞いこむ。 

●恨み姫
「なんやなんや、いきなりかいっ?!」
 突如現れた恨み姫に、湊は焦る。
 例え恨み姫が現れてもこちらから先に手を出す予定はなかったのだ。
 情報収集に奔走する仲間と合流し、準備を整えてからのつもりだった。
 だが、桜の樹に晴臣の姿を見、湊が声をかけた途端、恨み姫は桜に寄り添ったまま攻撃を仕掛けてきた!
「下がって!」
 恨み姫の集中攻撃から湊を守るべく、晴臣は幻影符を発動する。
 愛しい人か、憎き人か。
 恨み姫が視たものは定かではないが、一瞬、怯んだ。
「貴方の想い、受け止めて見せます‥‥っ」
 駆けつけた紬は叫ぶ。
 露甘楼ではなく別ルートで噂話を集めていた紬は、恨み姫の過去―― 余命わずかだった事、そして、恨み姫となってからは、女性の前にのみ姿を現すという事実を知り、全力で桜の樹にかけて来たのだ。
 紬の声が聞こえたのか、恨み姫は湊から紬に視線を移し、そして。
「‥‥っ?!」
 次の瞬間、紬の脳裏に女の悲鳴と共に幻覚が紡がれる―― まるで、走馬灯の様に。
 恨み姫となる前の生前の彼女は、元々病弱だったのだろう。
 色白というよりも青白いと思える顔色の彼女は、愛しい人が自分を訪れてくれる時だけが幸せだった。
 けれど心無い使用人達の噂から彼の裏切りを知り、この桜の木の下で現実を知ってしまったのだ―― 見知らぬ美しい打掛の遊女と、愛しい人の姿を。
 愛しい人に詰め寄ることも出来ず、裏切りを胸に秘めたまま。
 たった一度の勇気も遊女に会うこと叶わず‥‥。
 それは、紬が集めた噂が作り出した、紬の幻想かもしれない。
 けれど紬は涙が止まらなかった。
「さて‥‥効いてくれるかね」
 茶屋から戻った景倉は現状を見るや即座に雄叫びを上げる。
 だが、恨み姫は桜から離れない。
 余りにも強すぎる執念が咆哮を打ち消しているのだ。
 そして露甘楼から戻った深墨、西光寺も戦闘に加わる。
 本来、恨み姫など大したアヤカシではないのだ―― その能力のみを見るならば。
 この場に集まった開拓者誰一人、恨み姫に遅れを取るものなどいないだろう。
 だが問題は彼女の容姿。
 生前の姿そのままに儚く涙する彼女を、頭ではアヤカシなのだと割り切ろうにもどうしても剣が鈍る。
「理由は不純やろうけどな、この木に傷付けさせられへんのや」
 戦い辛い相手に、湊も舌打ちしたくなる。
 恨み姫が桜から決して離れないのも問題だった。
 このまま攻撃してしまっては、桜を傷つけてしまいかねないのだ。
「こっちに来てみるがいい、相手になってやる」
 遊郭から戻ったリアが戦闘に加わり、恨み姫を誘き出そうとわざと挑発的な態度を取る。
 だが恨み姫は離れず、彼女の涙を見、その悲しすぎる瞳と目が合った瞬間、リアは恐怖に襲われた。
 何というわけではない。
 ただ、怖くて怖くてたまらない。
 何も信じられない。
 仲間を攻撃したいなどとは思わないが、訳のわからない恐怖で足が竦む。
 構えて全長160cmを誇る自慢の大剣・龍の牙すら頼りなく思える。
 戦意を奪われているリアになおも攻撃を仕掛けようとする恨み姫に、西光寺が口を開いた。

「そんなところにいつまでいるの? ‥‥あのひとは、私が貰うわよ」

 いつの間に取り出したのだろう。
 そこには、桜色の打掛を纏った西光寺。
 桜の花びらが舞う中、艶やかな黒髪と打掛を風になびかせる彼女。
 それは、恨み姫の想い人を奪った遊女、正にそのもの―― ‥‥。
 恨み姫の顔が苦痛に歪み、次の瞬間桜から離れて西光寺に襲い掛かった!
 泣き叫ぶ彼女の接近を重い打掛を纏ったまま交わし、西光寺は桜から恨み姫を遠く引き離す。
「‥‥せめて、成仏という摂理の輪に戻してあげるよ。それが‥‥貴女の救いになると思うから‥‥」
 恨み姫の死角に潜み、仲間が彼女を桜から引き離すのを信じて待っていたベルナデットは迷う事無く殲刀「秋水清光」を恨み姫に振り下ろす。
 後少しで西光寺を捕らえかけた恨み姫は、その剣に怯む。
 痛みなど感じぬ身体でも、斬られれば仰け反るのだ。
 深墨の手から放たれた小さな式が恨み姫を取り巻き、その動きを束縛する。
「いつまでもここに居ないで、早く生まれ変わって。次の生では幸せになって」
 そして晴臣の手から魂食が放たれる。
 身動きの取れぬ恨み姫は、涙だけを残して瘴気へと還って逝く。
 
●サクラチル‥‥
「せめて、彼女のために線香や花を捧げることはできないだろうか‥‥?」
 桜舞い散る中、ベルナデットは提案する。
 誰一人、それに反対するものなどいなかった。
「これおっちゃんから貰ったんや。桜がまた咲誇るとえぇな」
 湊が腐葉土をまいて、正気に戻ったリアがそこに折れた細い桜の枝を刺す。
 桜には一切傷などつけていなかったのだが、消えた恨み姫の下になぜか落ちていたのだ。
 まるで、恨み姫の儚さそのもののように細く小さいその枝に、リアは「すまないな‥‥」と詫びて深い黙祷を捧げる。
「妄執ってのが悪いとは思わないけどな‥‥何にしても、少し、羨ましくはあるよ」
 愛する人を想い、その怨念がアヤカシとまでなってしまった恨み姫。
 自分は彼女ほど、大切な人を想えているだろうかと、深墨は脳裏に大切な人を思い浮かべる。
「私などの舞で、慰められるとは思いませんが‥‥」
 少しでも恨み姫の気持ちを安らげれたらと、紬は鎮魂の舞を舞う。
「想い‥‥やね。命散るもその想い散らず、か‥‥願わくば花びらと共に散らして次は咲き誇れると、いいやねぇ」
 舞い散る桜と共に、今生の禍根を全て洗い流し、次の生では咲誇れるように。
 景倉も瞳を伏せる。
 西光寺は借りた打掛を再び大切にしまい、桜に語りかける。
 自分も、この桜のように咲誇りたかったと。
 誰が見ても申し分ない美貌をもっているように見える西光寺。
 だが、その心の中には常に寂しさが宿っているようだ。
 西光寺はしばらくしたら恨み姫の想い人の素性をもっと探るつもりだった。
 そして、想いを募らせながら儚く散った恨み姫のことを伝え、彼女の分まで幸せに生きてほしいと伝える為に。
「この先、幸か不幸か何が待ってるのかは分からないけど‥‥一日一日を大切に生きていきたいね」
 そういって、ベルナデットは桜を見上げる。

 それは、桜が聞かせた幻なのかもしれない。
 それでも、開拓者達の耳には確かに届いた。


                       ア リ ガ ト ウ‥‥