貴方の声が聞きたくて
マスター名:霜月零
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: 難しい
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/12/25 02:30



■オープニング本文

「ねぇ。どうして殺したの……?」
 助けてと泣き叫ぶ娘の肌を、綾女は切り裂く。
 部屋の隅に追い詰められた娘は、必死に首を振るが、綾女に聞く耳はなかった。
 自分達姉妹が、この村で疎まれていることは知っていた。
 死別した母は遊女で、美しく華やかな女性だった。
 農作業など、とても似合わない。
 そんな母を常に村人達―― 特に女は聞えよがしに蔑んだ。それは娘の自分が傍にいても同じ事。
 母の死は病だったけれど、死に顔すらも美しかった。
 恐怖に怯え、刻まれた妹とは違って。
「ねぇ。あの子が、何をしたって言うの……?」
 必死に逃げようともがく娘の足を切る。
 一際高い悲鳴が響いたが、かまわなかった。
 娘を助けに来るものなど、いない。
 この村には、泣き叫ぶ娘と綾女以外、もはや生きているものなど誰もいないのだから。
「お父様っ、おかあさまぁあっ!」
「そんな声じゃないわ……」
 父を、母を、呼ぶ娘の頬を斬る。
 娘の父も母も、既に部屋の床に転がっていた。
 息などとうの昔にない。
 綾女が娘の前で殺したのだから。
「沢山、刻んであげる……お前が、お前達が、あの子にしたように……っ!」
 綾女の刀が、娘の白い肌を再び刻む。
 決して楽に殺してなどやるものか。
「返す、返すからっ、たすけてっ、許してっ……」
 娘が叫び、隠し持っていた簪を必死に差し出す。
 けれどそんなもの、もうどうでも良かった。
「返すなら、あの子を。……妹を、返して……!」
 叫び、娘の足に、刀を突き刺す。
 綾女の黒い瞳に涙が浮かぶ。
『おねぇちゃん、おかえりなさい』
 いつもそういって、出迎えてくれた妹。
 どんなに帰りが遅くなっても、ずっと起きて待っていてくれた。
 開拓者だった父の影響か、綾女にも志体があった。
 最初は父と一緒に依頼を受けて。
 父亡き後は、必死に依頼をこなしてお金を稼いだ。
 自分達を蔑むこんな村を出て、町の、もっとよい場所に住む為に。
 もう少しで、その夢も叶ったというのに。
 あの日。
 作り笑いを浮かべて、村長が家を訪れた日。
 母の形見の簪を譲ってくれと、はした金をもってきたあの日。
 村長の申し出を断った時に、妹の運命は決まってしまっていたのだろうか。
「お前なんかの、声はいらない……っ!」
 深く、深く。
 泣き叫ぶ傲慢な娘の喉を切り裂く。
 親に願えば、なんでも手に入ると思い上がった娘。
 自分の欲しい物は、手に入れなければ気がすまない娘。
 妹が身に着けていた簪を、この娘が欲したりしなければ。
「今も、お前はお帰りなさいって、出迎えてくれた……?」
 今日。
 遠出の依頼から戻った綾女を家で出迎えたのは、冷たくなった妹の死体だった。
 志体を持たない妹を殺すことなど、造作もなかっただろう。
 けれど妹の身体には無数の切り傷があった。
 逃げ惑い、怯える妹を、こいつらは楽しんで殺したのだ。
 村人も同罪だ。
 叫んだはずだ、助けてと。
 誰か、助けてと。
 妹は、必死で助けを求めたはずなのだ。
 けれど誰一人、助けなどしなかったのだから。
「お帰りなさいって、いって」
 ぐちゅり、ぐちゅりと。
 既に絶命した娘の身体を刀で刻む。
「大好きだよって、微笑んで」
 娘の顔を、刀で突き刺す。
「もう一度、声を、聞かせて……」
 飛び散る返り血が、綾女の正気を奪う。
 声が、聞きたい。

 


■参加者一覧
氷(ia1083
29歳・男・陰
御凪 祥(ia5285
23歳・男・志
紗々良(ia5542
15歳・女・弓
叢雲 怜(ib5488
10歳・男・砲
椿鬼 蜜鈴(ib6311
21歳・女・魔
破軍(ib8103
19歳・男・サ


■リプレイ本文

●未来無く
 ―― なぜ、一人にしておいたのだろう?
 どれ程蔑まれようとも、どれほど疎まれようとも。
 殺されたりはしないと、油断していたのだ。
 どこかで、信じていたのだ。
 生まれ育った、あの場所を。
 

「事情を聞けば同情はするけど……これじゃまるっきりアヤカシ憑きだぜ」
 氷(ia1083)がぞっとした様に上着を口元まで引き上げる。
 既に周囲には死体が幾重にも転がっていた。
「即死か……」
 遺体の切り口を確認し、御凪 祥(ia5285)はその鮮やかな手並みに相手の力量を確認する。
 村に至るまでの間に、何体の遺体を見ただろう。
 その遺体全てが一撃で屠られていた。
 中には開拓者と思わしき者もいたというのに、だ。
「……ここで、止めなきゃ」
 凄惨さに目を伏せ、紗々良(ia5542)は口を引き結ぶ。
(彼女の、妹さんの、ためにも。きっと、悲しんでる)
 自分が死んだ事により、姉が殺人鬼と化した。
 その事実を、優しかった綾女の妹が喜ぶはずも無い。
「被害が拡大している以上、一刻の猶予もないのだぜ」
 最年少の叢雲 怜(ib5488)は、綾女を止める事に意識を巡らす。
 一つの村を全滅させ、今また、新たな犠牲者を作り出している殺人鬼。
 幸い、事前に向かう村の建物配置はギルド情報より把握していた。
 それは開拓者全員の共有情報となる。
「せめてアヤカシの仕業であって欲しかった……」
 椿鬼 蜜鈴(ib6311)の瞳にも、悲しみが濃く浮かぶ。
 命があれば、救う事もまた出来たが、ここに来る間での間に出会った綾女の被害者は、皆即死。
 アヤカシでもここまで無造作に切り捨てはしないだろう。
 だからこそ、
(早う、救ってやらねばの)
 蜜鈴は死者への弔いは胸の中だけで済まし、目的地へと急ぐ。
 そして唯一、綾女への同情よりも自分よりも、強き者への挑戦に心を傾けているものがいた。
 破軍(ib8103)だ。
「随分と腕が立つらしいが……どこまで出来るか試させて貰おうじゃねぇか……」
 黒く染めた髪と同じく、心もまた、黒く染め上げて。
 破軍は敵に、綾女が待つ村へと向かう。


●死に急ぐ魂
 ―― 何度も見てきた。
 人が、人を殺す姿を。
 金の為に、名誉の為に。
 見ず知らずの他人を、両親を、恋人を。
 自らが欲するものの為に、人が人を殺す。
 何度も何度も目にしていたというのに。
 自分の甘さに、反吐が出る。


「あ、開拓者が来たってのは言いふらしちゃダメだぜ?」
 村に着くと、氷はすぐさま村人に避難を促した。
 いま氷達が来た方角へ逃げるようにと。
 詳しい事情を話す時間は無かったが、開拓者の氷の言葉を村人は疑うことなく頷き、無事な隣近所へ伝えに走る。
 氷達が来た道は綾女が通り過ぎた後だから、既に彼女はこの村に潜入しているはずだった。
 だが遭遇はしていない事から、村人を逃がす方角としては最適だろう。
「遅かれ早かれ始末されるんだ。ここでやっても問題無いだろうよ……」
 破軍のその言葉に、紗々良が目を伏せる。
 次の瞬間、悲鳴が響いた。
 祥が真っ先にその悲鳴の元へと走る。
 そこには、無論、綾女。
 綾女は刀を無造作に振るい、雑草を斬るかの如く人を切り捨てる。
 襲われた者は即死。
 だが、次のターゲットはまだ生きている!
 祥は即座に守ろうと動くが、綾女の方が早かった。
「な……っ!」
(早い……っ!)
 咄嗟に、祥は槍で防御する。
 視認出来ない刀が槍を、祥を、そのまま押し切る。
 祥は煉瓦作りの壁に壁に叩きつけられ、血を吐いた。
 スキルを使う間などなかった。
 祥でなければ、首と胴が永遠の別れを告げていただろう。
 他人を守るどころの話ではない。
「助けたい奴は勝手にやれ……俺は奴が隙が生じたなら斬る……それだけだ」
 チッと舌打ちして、破軍が祥に向けられた追撃を止める。
(尤も、手加減は『死』に直結するだろうしな……)
「逃げて」
 氷が余りの出来事に止まってしまった村人達に、囁く様に、けれど強い口調で避難を促す。
 叫ばなかったのは、綾女の注意をひかぬ為。
(おびき寄せれるのか、これ……!)
 綾女の力量が、開拓者達のそれを上回っている事は解っていた。
 だが、現実はそれ以上だ。
「椿鬼ちゃん!」
「わこうておる……悲鳴が途切れる前に止めてやらねばの」
 氷の呼び声に、高所に潜んでいた蜜鈴が鉄壁を出現させる。
 小路に誘い込めぬなら、小路を作ればいい。
「之で身を隠すは出来まいて。壁を壊すもそう容易ではなかろ?」
 無論、永遠ではない。
 綾女が攻撃を繰り出せば、崩れるだろう。
 だが足止めにはなる。
「……っ」
 見えないにも拘らず、破軍は直感的に後ろに飛んでそれを回避した。
 直後、彼の居た地面が激しく隆起する。
 そのまま居れば直撃は免れず、綾女の前でバランスを崩していたなら後は―― 考えるまでも無い。
「そこに居たんだね」
 怜の魔弾が猫又を射抜く。
 彼は一人、離れた建物の中から状況を窺っていたのだ。
 二階の窓からは二匹の猫又が綾女につかず離れず、けれど開拓者達の死角を上手くついて立ち回っているのが見えた。
 そして吹き飛ばされた祥がすぐさま立ち上がり、猫又の攻撃を回避、止血剤と梅干を飲み砕いて破軍の援護に回るのも、蜜鈴が破軍と祥を全力で回復してゆくのも。
 氷が破軍と祥が綾女に集中出来るよう、猫又の気を引き続けるのも。 
 全て見ていた。 
 そんな彼を、撃たれた猫又が血涙と共に鋭く睨む。
 次の瞬間、猫又が増えた。
「なんで、猫又が増えているのさ?!」
 もう一度、怜が増えた猫又を撃つ。
 だが何も起こらない。
 増えた猫又は魔弾を受けてもビクともしない。
 分身とは違う。
 攻撃を仲間に繰り出しながらも、消えないのだ!
 必至に怜が魔弾を撃ち続けるが、意味を成さない。
 事態に気づいた蜜鈴が、怜に向かって閃光を放つが間に合わなかった。
「なんでっ?!」
 蜜鈴の行動に度肝を抜かれた怜は、次の瞬間黒い炎に飲み込まれる。
 猫又だ。
 それもすぐ傍に。
 睨まれた瞬間、怜は幻覚に囚われていたのだ。
 そして潜む怜の居場所を知ったもう一匹が、怜を消す為に動いたのだ。
 氷が動かなかったのは撃たれた猫又が分身を繰り返して、氷を攻撃した為だ。
 蜜鈴が狙ったのは怜ではなく、猫又。
 怜を救うために、蜜鈴は再度閃光を放とうとするが、綾女の放つ衝撃波に巻き込まれた。
 崩れた窓にバランスを崩し、そのまま地面へと叩きつけられる。
「大事な者を失う辛さはわらわとて解るつもりじゃ……じゃが、其れを知ったおんしが、更なる悲しみを振り撒くのか……」
 地に臥しながら、それでも。
 蜜鈴は憎しみよりも、深い同情を綾女に向ける。
(身体の傷は術で癒やせようとも、心の傷は術では治せぬ……わらわは無力じゃ……)
 蜜鈴を襲う体中の痛みより、心が強く悲鳴を上げた。
 一瞬目が合った綾女の瞳は、黒く、暗く、何も写しては居なかったのだ。
 攻撃せねば、倒さねば。
 今ここで、止めてやらねば。
 そう解ってはいても、蜜鈴の目に浮かぶ涙が、それを遮る。
 悲しみが深すぎた。
「悪いけど、主の言いなりにしかならないケモノに容赦はしねえ」
 怜を襲う猫又を、氷の符が呪う。
 苦しみもがき、血を吐きながら猫又は息絶える。
「やられっぱなしでは、無いのだぜ!」
 怜が立ち上がり、息も絶え絶えになりながら、幻覚をもたらした猫又を撃つ。
 最後の最後で猫又は氷に光針を飛ばし、限界以上の気力を込めた怜は意識を失うと共に猫又の命を絶った。
(オレの治療する暇は無いね、こりゃ)
 氷は千の針に射抜かれた身体を、血を流す自らの身体を無視し、祥と破軍の治癒に当たる。
 蜜鈴も治療に当たるが、祥と破軍、二人を相手取り、綾女は少しも引けをとらないのだ。
 二人掛かりで回復に当たらねば、祥と破軍、どちらかが欠ければ全てが終わるだろう。
「相殺させてもらおう!」
 祥が綾女の衝撃波を自らの作り出す其れで打ち消す。
 二人の間に衝撃波のぶつかり合う圧で、地面が爆ぜた。
「さて、手前ェの実力……見せて貰おうか……ッ!!」
 斬る斬る斬る!
 獣のように鬼神のように我武者羅に。
 破軍の剣は止まらない。
 祥がそれに被せるように、破軍を巻き込まぬように綾女の死角に回り、剣先を揺らめかす。
 猫又の援護を無くし、回復すらもない綾女は、その剣を避けきる事が出来なかった。
 祥の剣が、綾女の腕を切り裂く。
「あんたの刃の元に散った命もまた、あんたが返せと願う命とかわらない。なぜわからないんだ!」
 叫ぶ祥に、綾女はそれでも刀を落とさない。
 祥と綾女には、似た所があった。
 大切な者を、兄を助けられなかった後悔と悲しみ。
 失う悲しみを知っているからこそ、悲しみ故に振るう凶刃を、綾女を止める為に、祥は全力で槍を振るう。
「痛覚まで無いことはあるめェ!」
 破軍が追撃を放つ。
 その、瞬間。
 紗々良が動いた。
 祥と、破軍が今まさに綾女を討ち取らんとする刃に背を向けて。
 綾女の前に両手を広げる。


●声を聞かせて
 ―― 叫んだはずだ、何度も。
 何度も、何度も。
 助けを呼んだはずだ。
 ……「おねえちゃん、助けて」と。
 なぜ傍にいてやらなかったのだろう。
 人が人を、妹を殺すなら。
 私が全て、消し去ろう。
 二度と、あの子を殺せぬように。


「お姉ちゃん……」
 血に濡れて、自らを貫く綾女の刀ごと、紗々良は綾女を抱きしめる。
 綾女の背中に回す手に力を込めると、刀がより一層、紗々良を深く貫いた。
 涙を流し、それでも。
 決して綾女を離さず、微笑んで。
 血に濡れた身体と黒髪と。
 綾女の濁った瞳に紗々良が、妹が、重なって写りこむ。
 紗々良から流れ来る、暖かい温もり。
 父と母を無くして以来、妹からしか与えられる事のなかった、安らぎ。

「これ以上、貴女と……妹さんと、同じ思いを……誰かに、させないで」
 息も絶え絶えに、紗々良が囁く。
 綾女の耳元へ。
 抱きしめる手に、力を込める。
 より一層深く、刀が紗々良の身体に埋まってゆく。
 溢れる紗々良の命は、血濡れの綾女を更に赤く染め上げる。
 綾女の瞳に涙が浮かび、紗々良の涙と混ざり合った。
 
 動きを止めた綾女の、その隙を見逃す破軍ではない。
 いつまた壊れるか解らない彼女を、死罪を決められている彼女を、ここで止めるしかないのだから。
「脇が甘い……」
 破軍の剣が、綾女を斬る。
 彼が重荷を背負うつもりだった。
 誰一人殺したくなど無く、けれど殺さなければならない存在。
 その悲しみ事、破軍は全て背負うつもりで、剣を綾女に突き立てる。
 気配に気づいていながら、綾女は避けなかった。
 
 ―― どうして。
 自らの命を犠牲にしてでも、護りたかった存在も、また、人だったのに。
 目の前の名も知らぬ少女のように、優しい存在。
 自分は、どれ程の人の命を、優しい者達の存在を、消し去ったのだろう?

 綾女は紗々良を貫いていた刀を、ゆっくりと引き抜き、彼女から身を離す。
 そして、その刀で。
 自らの心を貫いた。


●安らかに
「悪いけど、巫女さんじゃないんでちゃんとは葬ってやれないけどな」
 氷が紗々良を背負いながら呟く。
 綾女が自害したあと。
 氷は紗々良に応急手当を施して、何とか一命を取り留めた。
「帰らぬ魂を求め彷徨う者に、慈悲を」
 祥が綾女の血を拭い、横たえる。
 その隣には、綾女に何処となく似た、美しい少女の遺体。
 綾女達の育った村に赴いた開拓者達は、既に村人達を埋葬する為に派遣されたギルドの者に事情を話し、綾女の妹の遺体を預かったのだ。
「ふん……」
 村から離れ、見晴らしの良いその場所で、破軍は穴を掘り終える。
 その赤い瞳に後悔は無い。
(力だろうが心だろうが弱い奴から淘汰される……。それが俺達の住む世界の理だ……否が応でも進むしかねぇんだよ)
 どんなに心が悲鳴を上げても、破軍はこれからも進み続けるのだろう。
 大切な修羅の少女を護る為にも。 
「おんしの大切な者と……安らかに眠るがいい」
 蜜鈴が綾女の瞼を閉じさせる。
 綾女と並び、苦痛に歪んでいた妹の死に顔が、ほんの少し、和らいだ気がした。
「綺麗な花を見つけたのだぜ」
 怜が全力でこの場にかけてくる。
 意識が戻って直ぐ、全てが終わったことを知った怜は、飾る花を探し回った。
 雪深いジルベリア。
 その村の中で花を探し当てるのは、困難だったろう。
 雪を掘ってやっと見つけた怜の白い指先は、氷のように冷え切り、赤く霜焼けが出来ていた。
 埋められてゆく二人を、氷の背から見つめる紗々良。
 夢と現を彷徨う彼女の瞳には、子供のように手を繋ぎ、空へと登ってゆく二人が見えたような気がした。