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■オープニング本文 「この忙しいのに、何をいっているのよぅ?」 ジルベリア最北領スウィートホワイト。 その首都ホワイティアで、深緋はぶーたれる。 目の前にいるのは妹の朽黄。 ホワイティアの遊郭で露甘楼の芸妓をしている少女だ。 「だって、困ってるんだもん。大量のドレスを仕立てないとなんだもん」 深緋に渋い顔をされた朽黄は、ぷーっと膨れた。 「困ってるのは分かるわよぅ? でも今は、そんな場合じゃないんじゃないかしら。少なくとも、開拓者を手配する事ではないと思うわよぅ?」 いつもの簪の代わりに、深緋は黄金の魔除けを磨いている。 ギルドに毎日飾られるようになったそれは、開拓者から贈られた物らしい。 「うんー……。街がこの状況だし。うちだって、それは分かってるんだよ? でもね、露甘楼の洋服をいつも調達してくれている仕立て屋さんの頼みだし。以前すごく無理いった時なんて、たったの一週間で大量の服を用意してくれたし!」 「じゃあ今回もなんだかんだ大丈夫なんじゃないのぅ? 露甘楼の服を一週間で仕立てれるなら、標準的なドレスはそれなりの速さで仕立てれるでしょう」 露甘楼の衣服は少し変わっていて、天儀とギルべリアを混ぜたようなデザインになっている。 深緋と朽黄が着ている服がそうだ。 その為、一般の仕立て屋ではなく、専門の仕立て屋に発注しているのだ。 「……お針子さんが、みんな出払っちゃってるんだよ。やっと、街の外にでれるから」 「あぁ、なるほどねぇ」 俯く朽黄に頷く深緋。 首都ホワイティアが上級アヤカシに占拠されていたのは、つい先日の事。 街に張り巡らされた氷の壁で、街の外に逃げる事も出来なかったのだ。 開拓者達の活躍のお陰で、広場に出来た氷の城にその主はもういない。 やっと外にでれるのと、6月の結婚シーズンまでにはまだ十分時間があった事から、仕立て屋の主人は皆に休暇を与えたらしい。 そこへ、狙い済ましたかのような大量発注。 仕立て屋の主人と、数人のお針子では処理しきれなくなったという事情らしい。 「遊郭のみんなもいま手一杯で、お手伝いできるひと、ほんといなくて。布の仕入れも滞っちゃって。ドレスが作れなかったら、仕立て屋さんも結婚式を控えた人達も、みんな困っちゃうんだよ」 「ん〜」 街のいたるところで人手が足りないのだ。 上級アヤカシの被害は、そのレベルに反して意外と少なかったものの、全くないとは言い難い。 多大なストレスで倒れるものは続出したし、流通も交通も滞った。 南の町ポアリュアで臨時開拓者ギルドが出来ていたとはいえ、首都のギルドが使えなかった影響で大量の依頼が溜まっている。 この状況で、開拓者でなくとも何とかできることは、出来るだけ依頼としては避けたいのが深緋の本音。 だがしかし、可愛い妹の頼みでもあるわけで。 「……仕方ないわねぇ。募集かけてあげるわ。でも、依頼料は弾みなさいね?」 「ほんと?! もううち一杯貯金あるから弾みまくっちゃう。おねぇちゃん大好きっ><!」 ぎゅーっと抱きついてくる朽黄に、深緋は苦笑しながら依頼書を作成するのだった。 |
■参加者一覧
芦屋 璃凛(ia0303)
19歳・女・陰
マルカ・アルフォレスタ(ib4596)
15歳・女・騎
クリスティア・クロイツ(ib5414)
18歳・女・砲
高崎・朱音(ib5430)
10歳・女・砲
セフィール・アズブラウ(ib6196)
16歳・女・砲
リュート・グレイザー(ic0019)
20歳・男・魔 |
■リプレイ本文 ●ドレス作りってどんな事? ジルベリア最北領首都ホワイティア。 その街の片隅に、仕立て屋工房『ミュンセ』があった。 レンガ造りの壁には銅のプレートで看板が下げられ、開け放たれたドアから見える店の中は、メイド服とナースキャップ風ヘッドドレスをつけた店員達が忙しそうに作業をしているのが見える。 「…………たのもー」 愛らしいからくり少女のシフォンが、開いていた仕立て屋のドアからひょこんと顔を覗かせる。 その後ろには、知的で人の良さそうなリュート・グレイザー(ic0019)が。 「裁縫は俺もよくやるので何かお力になれればと思いまして……。あと、どういう風に作っているのかちょっと興味があったんです」 柔らかく微笑むリュートとシフォンを、店員達が嬉しそうに招き入れる。 「朽黄が困っておるのならば、助けねばなるまいて。あ、礼は汝の抱擁でよいのじゃ」 「……朱音様、私の抱擁では……ないのですか……」 店の奥から出てきた朽黄を見かけ、高崎・朱音(ib5430)が冗談を言うと、隣にいたクリスティア・クロイツ(ib5414)がほんのり不満そうに呟く。 「いやいや、むろん汝の抱擁も期待しておる」 「……信じますよ……朱音様……」 翡翠色の瞳にじっと見つめられ、普段は高飛車な朱音も、「う、うむ」とちょっと焦り気味。 「お嬢様。他の皆様も居られますし、きっと大丈夫です」 今までじっと側に控えていた土偶ゴーレムのクリスが、クリスティアを励ます。 朱音との抱擁もだが、クリスティアがプロの針仕事にほんのり不安を持っていることを感じ取ったのだろう。 「おお、そうじゃ。翠、汝はクリスと共に準備をするのじゃ。我は型紙を用意するでの」 クリスを見て、朱音がカラクリの翠に命じる。 翠はスッと前に進み出ると、クリスティアに深々とお辞儀。 「主の命令とあらばお任せを……。クリス様宜しくお願いします……」 クリスティアとなんだか口調が似ている翠は、クリスティアをクリスだと思ったらしい。 「……それはクリスティアじゃぞ、翠」 朱音が言えば、本物のクリスがぺこっとお辞儀。 店の中では、既にセフィール・アズブラウ(ib6196)とマルカ・アルフォレスタ(ib4596)、そして芦屋 璃凛(ia0303)が店主を交えて布の入手経路相談をしていた。 「予約が入っているのは、プリンセスラインのウェディングドレスとマーメイドタイプ、それと……これはなんていうんやろな?」 デザイン画の数々を見て、璃凜が首を傾げる。 「エンパイアラインですわね」 「詳しいんやな」 即座に答えたマルカに、璃凜は橙色の瞳を見開く。 もともとジルベリアの侯爵家出身のマルカは、ドレスのデザインも見慣れているようだ。 「大量に布が必要ならば、大きい街がいいでしょうか。デザイン画を見ますと、レースとフリルも多く使われるようですね」 セフィールが手にしたデザイン画には、ドレスの背面に魚の背ビレのような大量のフリルと、肩口にはレースが使われていた。 「そうですわね。ここからなら、ジェレゾがいいと思いますわ」 「やはりそうですか」 マルカの言葉に、セフィールも頷く。 最北領首都ホワイティアで布が手に入らないのなら、ジルベリア首都ジェレゾに行くのが妥当だろう。 クリスティアと朱音、そしてリュートが今ある布でドレスを作り始め、マルカとセフィール、璃凜が布の買い付けに動き出す。 ●足りないものを買いにいこう! 「なぁなぁ、あんた。この布ちーっとばかしまけてくれへんか?」 先に買える分だけでもと、璃凜は近場のとある布屋の前で値切り交渉を始めていた。 ぽっちゃりとした人の良さそうな店長は、マイそろばんを弾いて見せてくる璃凜に困惑顔。 それもそのはず。 そろばんで提示した額は通常の半額レベル。 いくら人の良い店主でも、頷くわけにはいかないだろう。 一緒に来ていた甲龍の風絶が「璃凜がんばれ! お兄ちゃんがついているぞ」とでも言いたげに、軽くいななく。 「この店の布はそりゃぁいいもんや。きめが細かいし艶も最高や。けんど、いくらなんでもこの定価はありえへんやろ?」 「そういわれましても……」 「うーん、それなら、この値段でどや? 大量に買うさかい、まけたってや」 言いながら璃凜はそろばんを再び弾く。 そのお値段は定価の三割引。 それならと頷く店主に、にんまりと笑う璃凜。 もともと半額はありえない事など分かっていたが、ありえない額を最初に提示する事によって本来買いたい値段で買いやすくしたのだ。 「毎度おおきに♪」 ご機嫌で礼を言う璃凜に、風絶もよく頑張ったねといいたげに璃凜のほっぺたに顔をすり寄せた。 「布と、レースですね」 セフィールは仕立て屋でチェックした材料のメモをもう一度確認すると、布屋の店主に声をかける。 「ミュンセのご紹介でこちらに参りました。ウェディングドレス用の布を購入したいのですが、在庫はございますか?」 急な大量発注だ。 ミュンセご用達の店だけでは、とても足りないだろう。 そしてすべて買い占めてしまったら、布屋が当分仕入れに困るだろう事も。 だからセフィールは、本来必要な量の何割かをこの店で購入するつもりだった。 「そうですね、カラードレス用の布もあればありがたいです」 同じ白いシルクでも、生成り系とオフホワイトでは大分色味が違う。 混ぜる事は出来ないが、一着ずつ作成するなら問題はない。 お色直し用のカラードレスの素材も数着分必要だから、布屋が困らない程度の購入でも、仕立て班の面々が布がなくて暇になることはないだろう。 「できれば、こちらのお店で懇意にされている布屋も教えていただけないでしょうか」 セフィールが尋ねれば、布屋は喜んで紹介状を書いてくれた。 「飛ばしますよ、シロさん。少々重いですが、頑張ってくださいね」 セフィールは駿竜のシロさんの背をなでて、大空へと舞い上がる。 「さあ、しっかり頼みますわね!」 甲龍のヘカトンケイルにそういって、ジェレゾを訪れたのはマルカ。 彼女はアルフォレスタ家出入りの仕立て屋へ向かいだす。 (「そういえば、この仕立て屋さんへは、お母様とよく訪れましたわね……」) ジェレゾの町並みは、最愛の母を思い出させる。 (「……あんな事さえなければ、きっと今も一緒にいられましたのに」) 変えられない過去に俯くマルカに、ヘカトンケイルは心配そうに顔を覗き込む。 「あぁ、大丈夫ですわ。ほんの少し、いろいろなことを思い出してしまいましたの。心配してくれてありがとう」 マルカがヘカトンケイルの頭を撫でると、ホッとしたようにヘカトンケイルが尻尾を揺らす。 そうこうしていると、目的の布屋についた。 久しぶりに店を訪れたマルカに、店主は一瞬分からない。 それもそうだろう。 今までマルカは見事な金髪をずっと伸ばしていたのだが、目の前のマルカはばっさりとショートヘア。 よく似合っているよと微笑む店主に、マルカは頬を赤らめる。 「シルクもなのですが、サテンやオーガンジー、それにレースも購入させて頂きたいのです」 マルカが事情を説明すれば、幼い頃からマルカを知っている店主が全力を出さないはずがない。 原価すれすれの値段であろう安価で、店にあるシルク類を全て売ってくれた。 (「ほかの店は回らなくとも大丈夫かもしれませんね」) またいつでも遊びにおいでと微笑む店主にマルカは深く感謝して、大量の布をヘカトンケイルに積み込んで、ホワイティアへと帰路を急いだ。 ●一針一針ちくちくちく♪ 「シフォンの服なんかはたまに作ったりしますけど、こういうのは初めてですねぇ」 ちくちく、ちくちく。 ウェディングドレスを縫う手は軽やかに、リュートはどこか楽しげだ。 男性だが、常日頃シフォンの服を作っていたお陰か、手元にぶれはない。 慣れない人間だと真っ直ぐに縫うことすら困難だというのに、リュートはまつり縫いすらも難なくやってのけた。 「生成りとオフホワイトは混ざらないようにしないとの……」 リュートの隣では、シフォンが様々な布が散乱し始めている工房で、布が混ざらないように整理整頓に勤しんでいる。 「シフォン、ちょっとこっちにきて、試着してもらえるかな」 リュートが呼べば、とことことよってくるシフォン。 手渡されたフリル一杯のドレスにおずおずと袖を通す。 「うん、よく似合ってる。かわいいと思うよ」 「そ、そう……ありがと……」 普段からリュートの手作り服を着慣れているとはいえ、ウェディングドレスは初めての経験。 真っ赤になって、リュートとの結婚式まで想像するシフォンに、「どうしたの?」とリュートは小首を傾げる。 「っ?! ……な、何でも……ない……」 慌ててドレスを縫いで、布の整理に戻るシフォン。 (「ウェディングドレスが好きなのかな? 今度作ってあげようか」) リュートはシフォンの気も知らず、そんな事を考えながら再び針を動かし始める。 「……あ、朱音様。……貴女、裁縫がお出来になられたのですか……?!」 朱音の手元を覗き、瞳を見開くクリスティア。 「出来ぬのならここにくるはずがなかろうが」 じろっとジト目をクリスティアに向ける朱音。 その手元には、刺繍を施したウェディングドレスが。 「言われてみればそうですわね……でも朱音様が裁縫……」 自分が見ている現実が信じられないのだろう。 クリスティアはまだそんな事を言っている。 「そろそろ風穴開けるぞぇ?」 「も、申し訳ありません……」 カチリとマスケットを鳴らす朱音に、慌てて詫びるクリスティア。 もちろん朱音だって本当に撃ったりはしないのだが。 「主、お戯れはそれくらいで……」 止める翠に、「我は本気じゃから問題ないのじゃ」と言い切る朱音。 「……ならば問題ありません」 「問題ないの?!」 朱音に頷く翠に、クリスが驚いて布を落としかける。 クリスにも堂々と「はい」と言い切る翠。 きっと、相棒と開拓者はよく似るのだろう。 「お嬢様、お気を確かに」 あまりの出来事に手元がブレまくるクリスティアを、クリスが一生懸命なだめる。 「クリスティアは帰ったらお仕置きじゃの。これでも我や翠の服は自分で縫っておるのじゃ」 朱音は豪華な自分の服をつまんでクリスティアに見せる。 遊女と見紛う程に艶やかなそれを自作している彼女に、ウェディングドレスはぬる過ぎた。 「ま、普段は面倒じゃからやれるものにやらせておるがのぉ」 ほっほっほと笑う彼女に、敵はない。 「お嬢様、こちらも精一杯頑張りましょう」 きゅっと手を握ってくるクリスの手をクリスティアは握り返し、 「……えぇ……できる限りのことを……」 歪んでしまった縫いあとを解き、クリスティアはもう一度ゆっくりと縫い始めた。 ●ドレスが沢山出来ました☆ 「見事やなぁ」 璃凜が出来上がったドレスを見回し、満足げに頷く。 布仕入れ組みの面々が布を入手順に次々と店に運んでくれたから、無駄な待ち時間等がなくなり大幅な時間短縮が出来たのだ。 (「何時の日かわたくしも着る事になるのかしら」) 布の買い付け後、一緒に裁縫を手伝ったマルカは、沢山のドレスの中から自分が着ている姿を想像してみる。 一生に一度の夢だ。 「皆さん疲れましたでしょう。こちらにお菓子と紅茶をご用意しました」 セフィールが皆に声をかける。 甘いワッフルと香りの良い紅茶は、連日作業を続けた皆の疲れを取ってくれるだろう。 「シフォンもよく頑張ってくれたね」 「うん!」 リュートがシフォンの頭を撫でると、嬉しげに笑う。 大好きな大好きなリュートの役に立てたのが嬉しくてしょうがないのだろう。 「お嬢様、大丈夫です。きちんと完成しています。ほどけて崩れたりはしていません」 「……そう……ありがとう……」 最後の最後まで心配しているクリスティアに、クリスがドレスを確認しながら励ます。 「さて、出来たものは多少試着せぬとの。翠、そこはしっかりやるのじゃ」 「御意に。文字通り着せ替え人形の用に頑張ります……」 最後の仕上げに、朱音と翠は試着をしながら微妙な手直しを入れていく。 「おっと、そやった。大事なことを忘れるとこやった」 璃凜が眼鏡の奥の瞳をきらっと輝かし、店主を店の奥に連れて行く。 「なぁなぁ、報酬をドレスで支払ってくれへん?」 驚く店主に、璃凜はなおも食い下がる。 「ウェディングドレスをとはゆわへん。店に飾られている試着用のドレスとかでえぇねん。無理やろか?」 それならと、店主が店の奥から持ち出してきたのはベルフラワーの形にふくらんだスカートのドレス。ビスチェスタイルで、シースルーのスカーフもセットになっている。 「それ素敵やん! しかも未使用ちゃう?!」 喜ぶ璃凜に、頷く店主。 こうして。 全てのウェディングドレスは完成し、花嫁達はこれから幸せな結婚式を迎えるのでした。 |