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■オープニング本文 陽だまりというのは、なぜこうも優しいのだろう? 天儀図書館司書のアッ=ラティーフは、読みかけの本を閉じ、窓辺から差し込む優しい光に身を委ねる。 大きな青い瞳も同じように閉じると、日差しの暖かさがより一層感じられる気がした。 春にはまだ程遠くとも、いや、むしろ寒さの増す今この時期だからこそ、金色の光に包まれていたい。 ラティーフは心地よい暖かさと共に、すぅっと意識が眠りへと誘われてゆく事を感じながら……。 「はうっ、また眠って……っ」 ラティーフははっとして、長机から顔を上げる。 (いけない、また眠ってしまったのですよ) ずれた眼鏡を細い指先で抑えながら、ラティーフはあたりを見渡す。 受付カウンターの隣の書棚で本を選んでいる開拓者。背が高く、数日前から図書館に良く訪れるようになった人だ。 花壇のお世話をしに来てくれた少女。こちらも見知った開拓者だ。 カウンターから3つほど書棚を抜けた先にある歴史書の所にも開拓者。数冊の本を既に抱えている。種類はまちまちで、今いるコーナーも、手にした本とはまた違った分野だ。 絵本コーナーの前にある長机には、お爺さんとお孫さんが仲良く座って絵本を読んでいる。 その他にも眠ってしまう前とほぼ変わらない光景が広がっていて、ラティーフはほっと胸をなでおろした。 (どうやら眠ってしまったのはほんの一瞬のようなのです) お昼寝はとても気持ちの良いものなのだが、今は勤務中なのだ。 天儀図書館名物といっても言いぐらいに、彼女が窓辺で舟を漕ぐのは日常茶飯事なのだが、やはり直す努力はしたい。 それに今日はやることが沢山あるのだ。 そう、沢山、たくさ……ん……? 沢山。 仕事やなにやら、色々あったはずなのだ。 そう、今読んでいた本だって、確か、重要だったはず。 けれどラティーフは軽く頭を振ってみても、一向にそれがなんだったか、思い出せなかった。 大事な事のはずなのに。 そしてそれは、ラティーフだけではなかった。 図書館に今いた人々は、こぞって記憶を失っていたのだ。 「おじーちゃん、この絵本読んで! 僕まだ読んでもらってないよっ」 「いやいや、その本は読んだはずじゃ。つぎはこの本……いや、こちらの本を読もうとしていたのかのぅ……?」 「お花にお水はあげたはずなのですけど、全部の花壇だったのでしょうか? まだあげていない花壇も……?」 「こんな馬鹿なことがあるはずがない。わたしは彼女の為に新しい指輪を作るつもりでここに来たというのに、なぜ肝心の彼女との結婚記念日が思い出せないんだ?!」 「なーんで俺様、図書館にいるのかな。本に興味なんてないぞー?」 口々に呟きながら、首をかしげる人々。 (これは、異常事態なのですよ〜?) すぐに立ち上がり、ラティーフは図書館の入り口をまず閉めた。 何かが起こっているのはわかるのだが、原因がまだわからない今、もしかしたらいるかもしれない何かを逃さない為に。 そしてラティーフはすぅっと息を吸って心を落ち着かせ、首をかしげる人々に声をかける。 「皆様、落ち着いてくださいですよ〜。こちらに座って、順番に、お話を聞かせてください〜」 ラティーフ自身もまだ何をしようとしていたのか思い出せないのだが、そこはそれ、ぼんやりしていても一応は司書。 図書館を訪れた人々を安心させるべく、笑顔を心がけながら人々を席に着かせる。 そうして聞き出せた情報を纏めると下記の通りだった。 1)暖かい光を感じ、一瞬、寝てしまった。 2)失った記憶はまちまち。つい今し方の出来事もあれば、数年前の出来事であったりもする。 3)原因は不明 4)暖かい光は、動いていたような気がする 5)ほわんとした丸い光を何個も見たような? 「つまり、皆様一瞬寝てしまって、記憶が飛んでしまっている、ということでしょうか〜?」 ラティーフ自身にも起こっている事だから、たぶんそれで合っている。 (陽射しなのですし、動いていてもおかしくはないのです。太陽が動いているのですから。でも……) 言われてみれば、陽射しがやけに優しく感じたような気もする。 そう、今も身体全体を包み込んでくれるような優しい陽射し……。 「あっ?」 「うわっ」 「おじーちゃぁんっ」 「あれ、わたし、なんでまた?」 「うおー、本落っことした! 何で俺様今眠ったわけ? つーかなんでみんな集まってんだ?」 口々に叫ぶラティーフと集まった人達。 今また一瞬、全員が眠ってしまったのだ。 そしてまた、思い出せない何かも増えている。 思い出せないのだから、もともとそれがあったかどうかもわからないのだが、思い出せないという思いだけは強く残っていて。 (き、危険な気がするのですよ〜?) そういっている傍から、また暖かさと共に眠気が。 以前にもこんな状況を聞いた気もするのだが、今のラティーフには思い出せない。 「み、みなさんっ、メモを取りましょう! 急いでくださいですよ〜!」 ラティーフははっと思い立ち、皆に羊皮紙と筆記用具を押し付ける。 「ご自分の事を忘れてしまわないうちに、大事なことから、メモを取ってくださいませ〜」 何が起こっているのかはわからなくとも、記憶を失いかけていることだけは確かなのだから。 ラティーフも自身のことを眠気に記憶を取られながらメモに書き記していった。 |
■参加者一覧
リューリャ・ドラッケン(ia8037)
22歳・男・騎
霧雁(ib6739)
30歳・男・シ
戸隠 菫(ib9794)
19歳・女・武
サライ・バトゥール(ic1447)
12歳・男・シ |
■リプレイ本文 ● (ページをめくり直すような感覚、か?) リューリャ・ドラッケン(ia8037)は失われた記憶を思い浮かべ、そんな感想を漏らす。 めくる先のページは何かに阻まれ、白く霞んで読み取れない。 (メモを持っていなかったら、何の為にここにきたのかすら、思い出せなかったかもしれないな) 常に持ち歩いていたメモ帳をめくり、今日の予定を読み直す。 最愛の妻との新居に置く家具。 そのデザインを、恐らくリューリャは見に来ていたのだと理解する。 いま立っている本棚に並ぶ本が装飾品である事と、手にしていた本が天儀とアル=カマルの建築様式についてであることからも窺い知れた。 「皆さん、落ち着いてくださいですよ〜」 図書館司書のアッ=ラティーフが皆に羊皮紙を配りだす。 「あぁ、助かるよ」 ラティーフから羊皮紙を受け取りながら尋ねる。 「ラティ、君はなにをしていたか覚えているか?」 「眠る前ですよね……たぶん、読書をしていたはずなのですが、自信はありません〜……」 小首をかしげ、懸命に思い出そうとしているラティ。 「ふむ……」 確かに、今この状況で明確に答えることは困難だろう。 読書のあとに別のことをしていたとしても、その記憶が消えているのかもしれないのだから。 頷きながら、リューリャは自分の名前と、妻の名前をメモ帳に書き込んだ。 忘れるとは思い難いが、念の為に。 「ラティ、この図書館の見取り図を借りれるか?」 「はい〜。入り口のこちらに飾られているのがそうです〜」 失われた記憶の事と違って、ラティーフは自信満々に受付に見取り図を広げる。 リューリャはそれを羊皮紙にさらさらと書き写す。 羊皮紙の上部には『図書館内を探索する事』とメモ書きする事も忘れない。 (何をしようとしていたかを忘れてしまっては、調査が無駄になるからね) リューリャは羊皮紙を片手に、手始めに目の前の本から調べだす。 (本棚に異常はないか? 亀裂や破損は見当たらないようだが) 軽く本棚をノックし、強度を見る。 目視する限りでは、何者かに手を加えられた形跡は見当たらない。 精霊力と瘴気を感じ取る真なる水晶の瞳も無反応だ。 くらりと。 めまいにも似た睡魔がリューリャを襲う。 (今、確かに真なる水晶が何かを感知した?) アヤカシではない何か。 強い睡魔に一瞬意識を奪われた為、記憶が曖昧だ。 即座にメモ帳と羊皮紙をリューリャは確認する。 直近の記憶で失われたものはなさそうだ。 最愛の妻のことは当然の如く、今この時点で何をすべきかも失われていない。 (ならば何を失った?) 自然の睡魔ではなかった。 一瞬でも眠れば記憶は奪われるはずなのだから、何かを忘れているはず。 だがメモ帳にも羊皮紙にも、書かれている内容で忘れている事がなく。 ふと、目の前の本に目を留める。 ラティーフは何の本を読んでいたのだろう? (ラティにあとで何の本を読んでいたのか確認したほうがいいな) 念の為にと頷いて、リューリャはチェックを進める。 ● (うぅ、やっかいだなぁ) 戸隠 菫(ib9794)が最初に抱いた感想は、それだった。 以前はゆっくりと見る時間のなかった図書館を、じっくり見ようと訪れたのが運のつき。 よりにもよって、正体不明の何かに記憶を奪われる事態に巻き込まれるとは。 ラティーフから羊皮紙を受け取った菫がまず書いたのは、自分の名前。 (あとは、アーシャとか、シーラとか、神楽のこととか、それにお父さんとお母さんの事も) 忘れる前にすべてを書く勢いで、菫は次々と大切な人達を書き記していく。 最後のほうには自身が修行の末に身につけた技の事も。 (何者かの仕業だと仮定して、技を忘れてしまったら、対応が困難だものね) いま自分が置かれている現状も羊皮紙に書き込んだ所で、すうっと眠気が襲ってくる。 立っていたから倒れそうになりながら、菫は本棚に片手をついた。 (いま寝ちゃったのかな? 忘れちゃってる記憶は?) 眠るのが一瞬であっても、記憶を奪われていくのだ。 (戸隠菫、両親はジルベリア人。だけど天輪宗に帰依し、東房国の安積寺に移住して、武僧に。……忘れている事はないかな) それとも、この羊皮紙に書いていなかった記憶が消えているのか。 「あれ?」 菫は、思わず声を漏らす。 そう、菫は忘れたのだ。 こんな時に、使うであろう技を。 もう一度、菫は羊皮紙に目を通し、『転幻喝破』に目を留める。 (うん、間違いない。あたしはきっとこの技を使おうと思っていたはずだわ) もし思っていなかったとしても、使って損のない技だ。 (精霊には通用しないけど、何も反応がなければアヤカシの仕業じゃないって事が確定できるんだものね) 菫は指先で印を結び、桜色の唇で真言を紡ぐ。 「八百万の神にかしこみかし込み申す、我が名は菫、汝のあるべき姿をいまここに指し記さん」 菫の指先から、周囲の本棚に向かって透明な光が放たれる。 本棚を包み込んだ光は、けれどそのまま何事もなく消え去った。 「ハズレ、かなぁ?」 アヤカシらしき反応は無かった。 (アヤカシがいないのはいいことなんだけど、そうすると、打つ手が無くなっちゃうんだよね) 苦笑して、菫は羊皮紙にいまこの場所と転幻喝破による結果を書き込んだ。 (何か手がかりがつかめればいいんだけど) そう思いながら、菫はもう一つ、別の印を結んだ。 深く、強く己の意識を集中させ、瞑想する。 そうすると、心なしか目が冴え、微睡みが遠のいた気がした。 ● 「先生にどじょう髯は似合いませんよ」 サライ(ic1447)は、隣で髯をなぜか選んでいる霧雁(ib6739)にきっぱりと言い切った。 図書館の中でなぜ髭を選んでいるのかからして謎なのだが、その髭がやけに精巧なのもさらに謎。 「そ、そうか? かなり精巧に作ったのでござるが……むしろなぜこのようなものをつけているのかが謎でござるな……」 霧雁は端正な顔に困惑を浮かべる。 髭を作ったことは覚えているのだ。 細部まできっちりと作りこみ、顔につけるとまるで今までずっと生えていたかのようなフィット感。 さすが変装を得意とするシノビならではといいたいところなのだが、理由が不明すぎる。 首をかしげる霧雁の右手には別の髭――コールマン髭――が握られていたりするし、テーブルの上には髭図鑑なるものまである。 (そう、そしてそもそもこの目の前にいる褐色美少年はどこの誰なのだろうか?) 「……先生?」 サライのつぶらな緑の瞳が、霧雁を見上げてくる。 (先生、と呼ぶからには、当然、拙者はこの少年の知り合いに間違いないのだろう。だがしかし……) 思い出せない。 霧雁には、サライが誰なのか、どんな関係だったのか。 名前すらおぼろげだ。 覚えているのは、そう、愛しさ。 (そうだ。拙者には恋人がいたでござる。そうそう、恋人が髭のダンディな男が好きだといったから、拙者は図書館に髭のデザインを見に来ていたのだ。うむ、思い出せるぞ) 恋人の名前も思い出せないが、髭のデザインを見に来ていたのなら、それが好きだといった恋人と見に来るのが筋じゃないか? 「先生、どうしたんですか? さっきから、僕をじっとみて」 サライが垂れ下がった愛らしい兎耳を、不安げに揺らす。 (恋人を不安にさせるとは何たる不覚! 拙者、この少年の先生として恋人として、この上ない幸せを与える義務があるでござるっ!) 記憶が色々ぶっ飛んでいるせいか、思考もぶっ飛び始めている霧雁。 そんな霧雁の脳内なんて露ほども知らない純真無垢なサライは、ぐぐっと霧雁に顔を近づける。 霧雁を心配するが故のその行動は、けれど霧雁の最後の理性を吹っ飛ばした。 ドンッ! サライをそのまま壁に押し付ける霧雁。 その瞳はほんのり艶めき、色香が溢れる。 「あの、あのっ、先生、具合でも、悪いんですか?」 そう言うサライの顔も、なにやら赤い。 「もっとよく、顔を見せてほしいでござる」 くいっと、サライの顎を細い指先で上向かせ、顔を近づける霧雁。 「先生、僕、ドキドキして……」 霧雁の手をとり、自分の胸の上に置くサライ。 サライの激しい胸の鼓動が霧雁の指先を伝い、霧雁を更なる行動に急き立てる! 「もっとよく、顔を見せてほしいでござる」 首筋に顔を寄せ、唇を這わせる。 ぴくんっと、サライのうさ耳が跳ねた。 「せ、先生、それ以上は……でも……うん……僕、先生になら何されても……」 だんだんその気になってくるサライを、ここぞとばかりに霧雁は攻める。 「黙って。そのまま、拙者に身を委ねるでござる……」 「あっ……」 かぷり。 サライの赤く染まる頬を見つめながら、霧雁がサライのうさ耳を甘噛みする。 ふっさりとしていて、それでいて程よい硬さのそれに、けれど霧雁ははたと気づく。 (食感が、違うような気がするでござる?) かみかみ、かみかみかみ。 噛めば噛むほど、違いが出てくる。 そう、噛み味がいつもと違うのだ。 (そうだ、うさ耳ではなく、猫耳、しかもサビ猫耳だったような気がするような) ふっと、噛むのを辞めた霧雁に、サライは潤んだ瞳のまま小首をかしげる。 「すまないな、記憶がちと混乱しているようだ。拙者の恋人は、サライではなかったでござるよ」 うさ耳の感触から呼び起こされたサビ猫の記憶は、そのまま、目の前の少年がサライであるという事実も霧雁に思い出させた。 「あう……確かに、違うかも……」 ほっとしつつも、唇を尖らすサライ。 「ふむ、記憶を再確認したほうがよさそうでござるな。羊皮紙を見直すでござる」 サライの不服そうな顔に気づかずに、霧雁は恋人と間違えた恥ずかしさも手伝って、この怪奇現象に意識を傾けた。 ● 「そっか、この向こう側はリューリャさんが調べてくれたんだね。なら安心だよ」 菫は羊皮紙の半分に丸をつけて頷く。 ラティーフがああゆう雰囲気なせいか、余り広さを感じない図書館だが、ここは天儀の中央図書館なのだ。 一人で調べきるには無理がある。 それでも効率的なリューリャと菫だから、半分ずつは既に調べ済みだった。 「ラティ、マスターキーを返しておく。借りている事を忘れる前にね」 リューリャは皆にお茶を入れ始めたラティーフに、各部屋のマスターキーを返却する。 ドアも窓も締め切ってあるとはいえ、資料室など、この部屋から繋がる部屋は数箇所あり、リューリャは念のため各部屋の異変も調べてきたのだ。 そして羊皮紙に目を落とし、リューリャは尋ねた。 「この部屋で日の当たる窓辺で特に温かみを感じたのは、ラティが座っていたあの席なんだが、あの周辺に思い当たることはあるかい?」 「思い当たることですか〜? いつもあの席で本を読んでいるのですよ。一番、陽射しが暖かいのですよ〜」 ラティーフとリューリャが見つめる席には、ラティーフの読みかけの本がそのまま置かれていた。 菫がその本を手に取り、タイトルを確認する。 「精霊辞典? ラティーフさんは、精霊が好きなのかな?」 「かわいらしいものは好きですが、特に精霊を好んでいるわけではないのですよ〜」 「それにもかかわらず、随分読み込んでいるな」 リューリャが気づき、菫から本を受け取る。 精霊辞典には、ラティーフがつけたと思われる付箋が数箇所、貼られていた。 (付箋のページに書かれている精霊は、眠りと時間と、記憶関係か?) 幸せな眠りへと誘うものや、ここではない別の次元へと連れて行くもの、そして記憶を食べるもの。 今回の事件に関係していそうな疑わしい精霊達だ。 だがリューリャはすぐにそれと断定せず、付箋ではなくブックマークが挟まれていたページから先を更にめくる。 (もしも事前にこの現象を引き起こす何かに気づいていたなら、なぜラティがまだ読んでいたか。答えは簡単だ。彼女はまだ、見つけていなかった) だから、俺が見つける。 リューリャはするするとページをめくり、そして答えに辿りついた。 「こいつだな。ケセランパサラン」 リューリャが開いたページを、皆で覗き込む。 そこには、ふわっとしたまぁるい生き物が描かれていた。 「ふむふむ、お腹が空くと記憶を食べたり、粉白粉を食べたりするだね」 「粉白粉なら、拙者が持っているでござるよ」 霧雁が変装用具の中から粉白粉を取り出す。 その瞬間、周囲が暖かい陽だまりに包まれる! 「先生、ド・マリニーが反応しています! この反応は、精霊ですっ」 サライがうさ耳をぴんっと伸ばして、輝く懐中時計を霧雁に見せた。 「ラティ、避けろ!」 リューリャが真なる水晶の瞳で捕らえた軌道上にいたラティーフの腕を引く。 ふわんっ☆ まぁるい陽だまりが、はっきりと嬉しそうに粉白粉に飛びついた。 その瞬間、皆の脳裏に溢れる記憶たち。 「そっか、お腹が空いていたんだね」 菫が流れ込んできた記憶にこめかみを押さえながら、頷く。 なぜ人の記憶を奪うのか。 話の通じる相手なら、こんな事をやめてもらえるよう説得するつもりだったのだが、粉白粉で解決できるとは。 (記憶が全部なくなっちゃったら、この図書館から新しい一歩を踏み出さなくちゃとかも思ってたんだけど。そうならなくてよかったかもだね) もしも菫が一から人生をやり直すとしたら、この図書館に司書が増えていたかもしれない。 「精霊はいたずらをするものだしね。それよりラティ、なぜ精霊辞典を先に読んでいたかは思い出せたのかい?」 リューリャも肩の力を抜く。 「はい〜。実は数日前から、この図書館で何人かの記憶がなくなることがあったのですよ〜。それで、調べていたのです。忘れちゃってましたが〜」 「そういう時は、一人で解決しようとせず、開拓者ギルドにちゃんと来るように。その為に俺達がいるんだしね」 苦笑するリューリャにのんびりと微笑むラティーフ。 そしてその後ろでは、霧雁が思いっきり床に突っ伏す。 「先生、どうしましたか?」 「いや、その、拙者はなんと言うことを」 先ほどの行動を思い出し、赤面する霧雁。穴があったら入りたいとはまさにこの事。 愛弟子に手を出すとは。 「彼女さんにばらそうかな・・・・・・?」 ちょっとだけいぢわるな気持ちになって、ふふっと笑うサライ。 「そ、それだけは勘弁でござるぅううううううっ!」 ほわほわのまぁるい光が漂う中、霧雁の絶叫がこだました。 |