|
■オープニング本文 ●身に纏うは百合の芳香と死人の香り ある山村から少し離れた山の中の鬼百合の群生地。其処は村に伝わる伝承と縁ある場所だった。 ずっと昔、身重の女性が駆け落ちの相手に騙されてその場所に捨てられた。女性の親が心配して探し回って見つけ出した時には鬼百合の中で眠るように息絶えていたという。 そう、鬼百合が隠していた、獣に割かれた腹部を除けば本当に眠るように穏やかだったという。 そんな曰くのある地に夜毎天女のように美しい女性が涙を流しながら舞を舞っているという噂が流れるようになったのは鬼百合が咲き始めた頃。 噂の真偽を確かめようとした物見高い者、或いはその場所は曰くつきの場所だから一人でいるのは危ないと、まして舞を舞うなど止めた方がいいと注意に向かう者が次々行方不明になったのは鬼百合の盛りの頃。 アヤカシか、伝承の女性か、女性が宿していた子供が成長した怨霊なのではないか、と村人が怯えてギルドに助けを求めたのは盂蘭盆を過ぎてそろそろ晩夏に差しかかろうかという頃だった。 「私が此方のギルドで皆様に仕事の仲介をするようになった頃、季節はずれの桜を咲かせるアヤカシと曼珠沙華の化身のアヤカシの討伐依頼をしたことがありましたね。……随分前のような気もしますしあっという間だったような気もします」 鬼百合の咲き誇る地で起こったという伝承と其処に現れるアヤカシと思われる女性の事を話しながら宮守 瑠李は死を悼むように目を伏せた。 「鬼百合姫……彼女を見て生還した人はそう呼ぶようになったという話ですが、その女性のアヤカシは舞いに寄って精神撹乱を引き起こすようですね。じっと見ていると何を考えているのか段々分からなくなってくるそうです。それから鬼百合の香り……花粉、でしょうか。それを吸い込むと身体が麻痺していくとか。 何を悼んで泣いているかは分かりませんし伝承と関わりがあるのかも不明ですが……様子を見に行った村人が十人ほどアンデッドとして配下になっています。鬼百合の季節が終って自然消滅するのか、それとも鬼百合の咲き乱れる地を離れて村に害を及ぼすのか。その辺りは未知数です」 ですが、と目を伏せた際にずれた眼鏡を直して瑠李は開拓者たちの顔を見渡す。 「アヤカシにどのような事情があろうと、犠牲は出てしまいました。これ以上の被害がでる前に討伐をお願い致します」 どれほど悲しい事情があろうと、アヤカシになった以上瘴気を祓ってこの世から消し去らなければ人にとっては脅威となる事実は変わらない。これ以上の悲劇が起こる前に彼女を闇から救ってほしい、そう言って青年は頭を下げたのだった。 |
■参加者一覧
ティア・ユスティース(ib0353)
18歳・女・吟
笹倉 靖(ib6125)
23歳・男・巫
椿鬼 蜜鈴(ib6311)
21歳・女・魔
イデア・シュウ(ib9551)
20歳・女・騎 |
■リプレイ本文 ●その涙は何を伝えるためのもの? 昔身重の女性が捨てられ、腹を裂かれて息絶えた鬼百合の群生地に現れる、涙を流しながら舞を舞う女性。身重の女性の未練か、裂かれた腹に宿っていた子の怨霊か。そんな噂が流れ、ギルドから四人の開拓者がアヤカシの討伐に訪れた。 「哀しい謂れのある場所で発生したアヤカシによる被害……ですか。 もしかしたら……との思いがあって、村の方々もここまでギルドへの依頼をためらってしまったのかもしれませんね」 もしもアヤカシの原因がこの地に宿る曰くなら。二度殺すのは忍びない、そう考えたのだろうか。 害がなければそれでもよかったかもしれない。けれど十人もの犠牲者が出てしまった今となってはそうも言っていられないだろう。 生者の、そして人間の世界で優先されるのは死者や人間を脅かすアヤカシではなく人間でなければならないのだから。 ティア・ユスティース(ib0353)は目を伏せて哀悼の念を表すと言葉を続けた。 「願わくば、無事にこの一件を治めた後に、村の方々の想いも組んで、死者達を送ってあげたいですね」 「同情染みた噂話だがアヤカシはアヤカシだろう。 娘もそんな元凶のように言われて気の毒だねぇ。 夜の山百合って色味も相まっておどろおどろしいねぇ……日向で咲くべき花だよなぁ」 笹倉 靖(ib6125)が煙管をふかして煙から風向きを確認する。 ティアは岩清水で湿らせた手ぬぐいでマスク上に口元を覆い、花粉よけに。靖は途中で煙管をふかすのをやめて防塵マスクを装着して同じく花粉対策をとっていた。 靖の持つ提灯がすぐ傍に開けた場所があることをぼんやりと知らせる。 件の鬼百合の群生地についたようだった。 「子を想う母の心か、将又母を想う子の心か……何方にせよアヤカシと成る程に悲しき想いか……。 それとも人の潜在的恐怖の生み出した幻影か……真相は分からぬが救いのないアヤカシよの」 椿鬼 蜜鈴(ib6311)が向けた視線の先には天女のような服装で舞を舞う女性の姿。 静かに微笑みながら、その微笑みよりも静かに頬を濡らす涙の意味は誰も知らない。 彼女を取り巻くように死者にアヤカシが寄生したかつて村人だった存在が座り込んでいる。 彼らの腐肉のにおいとゾンビ化した身体さえなければ密やかな祭事のようにも見えたかもしれない。 ●月夜に鬼百合は舞散り、姫は天へ帰す タイミングを合わせてその輪の中に開拓者たちが立ち入る。つい、と鬼百合姫と呼ばれる女性は視線を上げたがそのまま舞を舞い続けた。 「鬼百合姫とやらには同情はするが容赦はしない。彼女が死んだのも、きっと彼女の選択のせいだから。自分にできるのはただ一瞬でも早く葬ることだけ」 イデア・シュウ(ib9551)が花粉対策に口元に巻いておいた布の下で鋭く言葉を放つ。 アンデッドたちがもう意味を成さない声を上げながらゆらゆらと近付いてきた。 「アンデッドの相手は自分が。鬼百合姫は任せる」 舞を視界に入れないように、かつ花粉が届きにくい風上で通常のものよりも長大な刀身を持つ騎士剣を抜くイデア。柄が赤く塗られ、龍の瞳のようなひずみが見える黄色い宝珠が嵌めこまれた騎士剣でアンデッドの手足を斬りつけて戦力を削ぐ。 隙を見計らってアンデッドの口中に剣を突き刺し頭を飛ばすことでとどめを刺した。 「いであ一人に任せる訳にもゆかぬて、前へ出るとしおるか。術師といえど両の手に握るは刃じゃ。 突き刺し零距離での渦炎と雷槍にて消し炭としてやろうて。 ――瞬光の槍よ、雷となりて彼の災いを穿ち滅せ」 蜜鈴が鬼百合姫に向かって轟音と共に雷を走らせた光の束をお見舞いする。 つ、と舞の続きのように手を天に差し伸べる鬼百合姫。 空を仰ぎ見た彼女の頬は相変わらず涙に濡れていた。まるで何かを悼むような。 ティアは天使の影絵踏みで仲間の抵抗力を高め、靖は仲間が傷を負えば癒していく。 効果が切れるまでの合間を縫ってアンデッドたちを足止めするために重低音を叩きつけダメージを与えると同時に動きを押さえつけた。 花粉対策に巻いた布類でも防ぎきれなかった花粉が引き起こす状態異常は安らぎの子守唄で治療する。 主な戦闘はイデアと蜜鈴に任せ、ティアと協力しながら回復をとり行い、回復が必要ないときは蜜鈴とティアの護衛のために動く靖。 此方へむかってくるアンデッドの一体に白霊弾を打ち込みながら彼は目を眇めた。 「……まぁまぁよくもこんなに多くの」 犠牲を出したものだ、という鬼百合姫への非難か。それとも忠告にいきすぎだ、という村人への多少の呆れか。途中で切れた言葉が差すものは本人にしか分からない。 「被害者達の亡骸は可能な限り美しきままに連れ帰ってやりたいが……わらわにはちと加減が出来ぬてのう。 じゃが魂はしかと還してやろうて」 アンデッドにサンダーヘヴンレイを放ちながら鬼百合姫との距離を再び詰める蜜鈴。 「舞い踊る姿は美しいが……その思い以上に、悲しき想いで舞う彼のアヤカシが不憫でならぬ。 留まらず、早う来世で幸福をと願うよ」 鬼百合姫と蜜鈴の双眸が一瞬交錯した。 「おんしの哀しみはわからぬ事もない……裏切られるは辛かろうて……なればこそ、此処でその想い、断ち切ってやろう。来世でこそは、結ばれる様に……と……」 願いを込めるように、祈るように柄に赤みのかかった大きな宝珠の嵌っている短剣を鬼百合姫の胸につきたてる。 戦闘の最中も舞を舞い続け、ただ微笑みながら涙を流し続けた女性のアヤカシは、最期に。 声にならない声で何かを呟いた。音を発しない唇がゆっくりと戦慄く。 その身体は粒子となって消えていき、後には荒れた鬼百合畑と偽りの生から解放された村人の遺体と開拓者たちの姿だけが残った。 ●天に帰した魂に送る鎮魂の 「……あの。鬼百合畑、焼いてしまうのですよね?」 ティアの問いかけに靖が頷く。 「焼き払って何もなくしてやったほうがいいと思う。鬼百合を見るたびに思い出される娘が不憫だよ。墓でも立てて同じように村で娘を捨てようとする男がいて、此処を通ることがあったら自分を省みるようにしたほうがいいってもんだ。 思い切って焼いちまおうぜ」 「ではその前に……可能ならばこの哀しき伝説の地に眠る死者たちの魂に鎮魂と安らぎが訪れる事を祈り、精霊の聖歌を奏でて清めの酒を捧げさせて貰えないでしょうか」 「……そうだな。娘のほうは伝説かもしれないが……アンデッドは、確かに少し前まで村人として生きてたんだもんな」 全員がティアの申し出を受け彼女の錬力が回復し、スキルを交換する時間を取る。 鎮めの儀がとり行われる中イデアはそっと呟いた。 「……きっとあなたは……何処かで選択を誤った。 私もあなたも……その小さな選択の上にいるのですよ……」 「なぁ、蜜鈴」 「なんじゃ、靖」 「鬼百合姫は……最期になんて言ったんだ?」 「さてのぅ」 「あの距離なら見えただろう?」 「月明かりの、逆光でもあったからのぅ」 「……言う気はないのか」 「言わぬのも華、ではないかの」 「……そうか」 精霊の聖歌が奏でられ終えたあと、鬼百合の群生地に火が放たれる。 白み始めた空に立ち上る、強い百合の芳香。 「……燃やすにはもったいない美しさですね……いえ、それが燃えるからこそ美しいのか……」 「後は遺体を村に運んでギルドに報告してこの件はおしまいですね。……彼女は、何を思って涙を流していたのでしょう……」 微笑みながら、涙を流しながら。彼女はきっと何かを悼んでいた。 そのアヤカシとしての哀しい生から解放される間際、なにを口にしたのか。知っているのは蜜鈴だけだ。 だが憎む言葉ではなかったのだろう。白い面は安らかだったから。 感謝の念だったにしろ村人の命を終わらせてしまった後悔にしろ、彼女の思いと、村人たちの命は百合の香を共にして天へと昇っていく。 「……願わくば天の国で安寧を得られますように」 四人は煙が消え、百合の芳香が消え、完全に鎮火するまで黙祷を捧げたのだった。 鬼百合の姫は、もう嘆きの涙を流さない。 |