|
■オープニング本文 約一年前、直少年が住んでいた村は狂骨と呼ばれるアヤカシの群れに襲われてすべてが灰と化した。 その際に姉を目の前で殺されたのきっかけにして直の抑えていた精神の箍が外れる。呼び覚まされた志体持ちの能力で次々と狂骨を粉砕。しかし途中で力尽きて気絶する寸前、直は炎の中に立つ巨大な狼を目撃する。再び目を覚ました時には遠くの草原に転がされていた。 その後、直は志体持ちの血筋を欲しがっていた村からほど近い町に屋敷を構える跡取りがいないサムライ桔梗家の養子になる。改めて桔梗 直祐と名乗るようになった。 そして現在、姉の敵討ちを密かに誓った直祐は刀剣術の腕を磨くべく開拓者として神楽の都で暮らしていた。 開拓者として受けた最初の依頼は理穴中部の山奥でのアヤカシ退治。故郷の村を襲った同じ系統のアヤカシであり、依頼者の境遇も自らのものとよく似ている。 直祐は同じ依頼に入った仲間達と協力して狂骨を殲滅。依頼を完遂したのであった。 直祐は殆ど毎日開拓者ギルドへと顔を出していた。そして刀剣術の腕を磨くのに見合った、または姉の仇と関係ありそうな依頼を探す。 (「今日もないようだな‥‥」) 姉を殺した狂骨の個体は黒々とした大弓を備え、赤い鎧を身につけていた。 直祐は灰となった故郷の村に何度も足を運んだが惨禍の夜以来、あの狂骨の群れとは接触出来ていない。倒れる寸前に見たケモノらしき巨大な狼の存在も気がかりである。 「これは‥‥村があった場所からそう遠くない場所だ」 ギルドに通い詰めたある日、直祐は気にかかる依頼を発見する。 それは故郷の村跡から十キロメートル範囲に存在する山奥の集落で起きていた。 巨大な狼に娘を攫われたので助けて欲しいとの内容である。また残念ながら娘が亡くなっていた場合には仇を討って欲しいとも綴られていた。 (「気絶していて覚えていないけれど、おそらく私を燃える村から助けてくれたのは巨大な狼のはず。この依頼の狼は別の個体なのだろうか‥‥」) 悩み燻っていても結論は出なかった。事実を確かめるべく直祐は依頼参加の手続きを踏むのであった。 |
■参加者一覧
エルレーン(ib7455)
18歳・女・志
正木 雪茂(ib9495)
19歳・女・サ
ファラリカ=カペラ(ib9602)
22歳・男・吟
春霞(ib9845)
19歳・女・サ
緋乃宮 白月(ib9855)
15歳・男・泰 |
■リプレイ本文 ●深夜の相談 開拓者一行が集落に到着したのは宵の口過ぎ。集落が用意してくれた小屋で一晩過ごすこととなる。 「しょうじき、よくわかんないことが多いよね‥。まずは、よくしらべないと。きほん、だよね」 エルレーン(ib7455)が囲炉裏に炭をくべた。山奥のせいか日が落ちると大分寒さが身に染みる。 「狼が誘拐したとして、解せぬ。なぜその場で食べてしまわなかったのだかが問題だな。何かあるとしか思えんな」 正木 雪茂(ib9495)はお椀に残った鍋の汁を一気に飲み干す。 すぐにでも攫われた娘を助けに動き出したいところだが、集落民への聞き込みもまだの状況ではどうしようもない。夜更けの集落は寝静まっていて話を聞ける状況ではなかった。 小屋へと案内してくれた男衆によれば、集落長が明日の昼頃に集会を開いてくれるとのことだった。 「前に話したかも知れませんが、実は似たような狼に助けられたことがあるんです。この集落からは離れているんですが――」 直祐は自分を救ってくれた巨大な狼についてを仲間に話す。同じ個体かはわからないが、この辺りに徘徊していても不思議ではないと。 「狼‥ですか。娘さんもですが‥気になりますね」 直祐の説明を聞いたファラリカ=カペラ(ib9602)は食事をとめて振り向き、戸板の向こう側を眺めるような視線を注いだ。 深夜に到着したので仕方ないのだが、娘の救出を急ぐ様子もない集落の緊張感のなさに違和感を持つ。集落長が案内として寄こした者のガラが悪かったのも引っかかる。 「早く娘さんを見つけ出したいです。後‥なぜ狼さんは娘さんを攫ったのか、気になります」 緋乃宮 白月(ib9855)は元気に鮎の塩焼き三尾目を頂く。娘が攫われた川で獲れたものらしい。だとするならばとても綺麗な川だろうと想像した。 「絶対に見つけましょうね! 頑張りましょう!」 春霞(ib9845)は胸元近くで両の拳を握る。 集会は明日昼からだが、早起きをして集落民に話を聞こうということなる。遅い晩飯が終わったところで布団を敷いた。 見張りの順番を決めたところで就寝する開拓者一行であった。 ●誘拐当時 早朝から始めた開拓者達による集落民への聞き取りであったが、誰もが曖昧な答えばかりで要領を得なかった。 しばらくして昼からの集会が始まる。 巨大な狼に攫われた娘の名は『菫』。十六歳で小柄なやせ気味。当時は藍色の着物を来ていたという。 菫は集落長の屋敷で下働きをしていた。水汲みも仕事の一つだ。 彼女が下働きになった理由は二ヶ月前の事故に起因する。木こりの両親と兄が荷車で資材を運ぶ際、崖下に転落。それで天涯孤独の身の上になってしまった。 開拓者達は気になっていた疑問を集落民達に訊ねる。 「巨大な狼って‥どれくらいでしょう? これくらいでしょうか?」 「いやいや、そんなもんじゃなくて、尻尾まで含めればあの縁側の半分ぐらいはあったぞ」 両腕を広げる春霞は第二目撃者の猟師が指さした集会所の縁側へと振り向いた。 「そうだとすると‥‥。一歩、二歩、三歩――」 春霞と猟師の会話を聞いていた緋乃宮が自らの歩幅で縁側の長さを測ってみる。 縁側の長さは約十二メートル。猟師の証言が正しいとすれば巨大な狼は頭の先から尻尾まで六メートル前後と思われた。 「その狼とやらは以前からも目撃されていたものなのか?」 正木雪茂は攫われた菫と同じように集落長の屋敷で働いていた者達に質問する。 川が流れる森の中で巨大な影が何度か見かけられていたようだが、今回のようにはっきりと目撃されたことはなかった。 被害といえば蕎麦畑が荒らされて獣道が出来ていたことがある。だが巨大な狼のせいかはわからない。最近では稲穂がついた田んぼもやられたという。 第一目撃者である娘の証言に変わりはなかった。巨大な狼が菫の胴を口に銜えて走り去ったたというものだ。 菫は気だての良い子で誰からも好かれていたようである。そんな話題が出ると人々の間からすすり泣く声が聞こえてきた。 「お、狼が消えた方角は‥‥どちらでしたか?」 「そうだな」 エルレーンがお願いすると第二目撃者の猟師は教えてくれる。集落から見て北北東。川を越えたその向こうは森の中心部だ。 森は猟師の生活の場ではあるが、あまりに鬱蒼としているので最深部までは入ったことがないという。 集会は一時間強で終わる。しかし集落民の殆どが何かを隠しているようで開拓者達は腑に落ちなかった。 「少しよろしいですか?」 ファラリカは集会場から離れたところで一人の女性に声をかける。集会の間、ずっと思い悩んでいた様子が気になっていたからである。 「貴方が気になった事、でもいいのです。最近の娘さんの様子とか‥何かありませんか?」 「そんな‥‥あれ以上のことは」 最初、女性の口は堅かった。しかし自分が喋ったのを秘密にする条件でファラリカに教えてくれる。 集落長には息子が何人かおり、そのうちの長男がかなり以前から菫に熱を上げていたという。 家族の転落事故の後、菫を預かろうとした集落の家は何軒かあった。しかし集落長の長男が圧力をかけて誰もが断念。菫が生活するには集落長の屋敷での下働きしか道は残っていなかった。 開拓者一行は巨体な狼が踏み荒らしたとされる田んぼを確認する。そのまま菫が攫われた川原にも足を運んだ。 「結構、流れが速いですね」 緋乃宮が川面を覗き込むと鮎が泳いでいた。鮎が獲れるだけあって水苔が生えやすい岩が多い。川の中、川原のどちらにもだ。 「これって‥‥。みなさん、これどう思います?」 直祐は水汲み場近くの岩にどす黒い染みのような跡を発見した。仲間を呼び集めてそれが何かを調べ始める。 「これは血に間違いないな」 正木雪茂が血飛沫の跡だと断定した。 集落に戻った後で確認されるが、事件発生から今日まで雨は降っていなかった。つまり事件発生の際についた可能性が非常に高い。 「娘さんは狼さんに銜えられて攫われたはずです。噛まれて血が滴ったとは初耳なのですよ」 「私も訊きましたけど攫われたときに娘さんは怪我をした様子はなかったみたいです。そういっていたのは第一目撃者の娘さんですね」 緋乃宮と春霞は猫耳を動かしながら会話を続けた。 「つ、つまりもくげきしゃがうそをついているかもしれないね‥‥」 エルレーンが呟いた結論にその場の誰もが辿り着く。 「先程聞いた話と合わせて考えると‥‥見えてきますね」 「田んぼにあった獣道は巨大な狼が通った跡と考えれば納得できるのものでした。狼は嘘ではなく実在するはずです」 ファラリカと直祐はここまでの推測をまとめる。 巨大な狼が実在し、菫を連れ去ったことは本当であろう。但し、その前に菫が岩の側で大怪我をして血を大量に流したと思われる。果たして菫の怪我の原因が狼の牙によるものなのか、それとも別の何かなのかは謎のまま。それこそが真実に至る鍵と考えられる。 開拓者達は集落長の一族に知られないよう第一目撃者の娘に接触した。後悔していたのか再度訊ねたときには包み隠さず真実を話してくれる。当時、現場にはおらず集落長の長男からお金で偽証を頼まれたと。 「私が今話したことは内緒で、どうか内緒でお願いしますね。そうでないとこの集落にはいられなくなってしまいます‥‥」 「大丈夫です。絶対に悪いようにはしませんから」 正直に話してくれた第一目撃者の娘に直祐が約束する。 夕暮れが迫っていたものの、開拓者一行は菫を探しに森の深部へと出発するのだった。 ●巨大狼 陽は落ちる。 月が出ていたおかげで暗闇ではなかったものの、それでも夜の森は危険に満ちている。開拓者一行が朝を待たなかったのはこれ以上集落長一族の思惑に乗らないためである。 これまでに得た情報から開拓者達は事件当時どのようなことが起きたのか推測していた。 集落長の長男は菫にいいよろうとして拒絶され逆上。自分のものにならないならばと刃にかける。そこに偶然か必然か、巨大な狼が現れて大怪我をした菫を口に銜えて逃亡。 集落長の長男は菫がすでに死んだと考えているのだろう。だからこそ菫の救出に偽装した巨大な狼を始末させるための依頼を集落の名義でギルドに出したのだと考えられた。 だがもしも巨大な狼が直祐を救ってくれた個体ならば菫が生存している可能性は高い。助けだされて草原で気がついた時、止血効果のある葉っぱが直祐の傷口に当てられていたからだ。巨大な狼は治療に関しての知識を持っていた。 開拓者一行は集落でもらった松明を掲げながら奥へ奥へ。寒さに身体が震えだした頃、遠吠えを耳にする。 遠吠えの方角に振り向くと丘の上に狼の影が浮かんでいた。 「あ、あのっ! ‥女の子を、さらったのは、‥あなたなのッ?!」 心眼を試みたエルレーンだが巨大な狼はまだ範囲外で判別は出来なかった。だが投げかけた声は届いたようで巨大な狼は跳ねるようにゆっくりと近づいてくる。 「遠吠えはわざとのようだな」 正木雪茂は『片鎌槍「北狄」』に手をかけながら巨大な狼の行動に注目した。 巨大な狼がいた方角は一行の位置から風下にあたる。においでは狼を探知できない位置関係だ。つまり用心深いのを一行に示しながらも遠吠えでわざと居場所を教えたということになる。 「桔梗さん、あれを試してみますね」 「お願いします」 直祐に一声かけたファラリカは取り出した『パラストラルリュート』の弦を弾いた。その旋律はアヤカシのそれに近く『怪の遠吠え』と呼ばれている。同時にアヤカシにしか聞こえないものであり、遠距離の敵味方の判別に役立つ。 直祐が眼を凝らして確認してみたものの、巨大な狼に怪の遠吠えに対する反応はなかった。おそらくアヤカシではないと仲間達に報告。より接近してきた時、エルレーンの心眼で明白になる。巨大な狼はアヤカシではないと。 『おぬしらはあの集落のものか?』 抑揚が少々変であったものの、巨大な狼ははっきりと人の言葉を話した。かなりの知能を持つケモノに他ならない。 「えっと‥‥違いますけど助けてあげてくれと頼まれた者です。どうして娘さんを攫ったのでしょうか?」 『それはおかしい。娘とは菫のことか。殺そうとしておきながら助けるとは変』 緋乃宮と巨大な狼のやりとりで自分達の推測が概ね正しいことがわかる。 「あ、あのですね‥戦いたいのではないのです‥‥」 「僕たちは怪しい者ではありません」 巨大な狼が自分達を敵だと誤解して戦いにならないよう必死にエルレーンと緋乃宮が説明を続けた。 『‥‥菫は生きている。ついてこい』 巨大な狼はちらりと直祐を眺めた後で背中を向けて走り出した。開拓者一行は言うとおりに後をついてゆく。 しばらくして大きな洞窟にたどり着いた。焚き火によって照らされる洞窟内部には寝ている女性と岩に座る男性の姿があった。 『もどったぞ』 「おかえりなさい。そちらの人達は?」 男性が巨大な狼を親しく迎える。それを見て開拓者一行は巨大な狼への警戒を解いた。巨大な狼が人に仇なす立場ならばこのような状況はあり得ないからだ。 「もしかして菫さんですか?」 「は、はい。あなた方は?」 ファラリカの問いに小さな声だが娘ははっきりと答えた。 菫とのやり取りで側にいた男性が彼女の兄だと判明する。集落では両親と一緒に崖下へ転落して亡くなったとされている人物である。 「私たちは開拓者です。菫さんを助けて欲しいと頼まれたんですけど、いろいろと裏があったようで説明しますね」 春霞は焚き火の側に座り、かいつまんでこれまでの経緯を説明した。仲間全員で考えた推測も含めて。 「殆ど当たっています。付け加えるなら私も狼の『流星』に崖の転落事故の際に助けられたんです。両親は残念ながら‥‥菫を欲しいがためにあの集落長の長男が仕掛けた罠ではないかと考えていますが証拠はありません‥‥」 菫の兄が唇を噛みしめる。 「それで合点がいった。兄殿が妹の菫殿を助けたくて頼んだから狼の流星殿が集落の近くにいたということか。そんなときに川原で刃物沙汰が起きたと」 「その通りです。まさか惚れていたはずの菫まで殺そうとするとは‥‥」 正木雪茂の前で菫の兄が徐々に俯き加減になる。 「怪我はどうだ? 見せてくれるか?」 正木雪茂はもしもに備えて持ってきた包帯や薬を使って菫を治療する。その際、エルレーンが持っていたお酒で化膿していた部分を拭って清めた。 肩の傷は深かったものの急所は外れており、また兄の手によって丁寧に針と糸で縫われてあった。安静さえしていれば命に別状はなさそうだ。 「集落長の長男、このままにはしておけませんね」 ファラリカは思案する。 対処方法はいくつか考えられ、最終的には官憲に任せることになるだろうが、このまま放ってはおけなかった。官憲の動きに勘づいた集落長の一族が根回しをしたり、または逃亡するといった事態もあり得るからだ。 「朝までここで休ませてもらってよいだろうか?」 正木雪茂の問いに狼の流星が首を縦に振る。開拓者一行は洞窟内で身体を休めることにした。 「撫でても、良いですか? ふわふわ‥‥!」 春霞は狼の流星の尻尾にくるまれて夢心地。獣人の耳と尻尾が軽やかに踊る。 「約一年前、炎の中で倒れていた私を助けてくれたのは流星さんなのですよね?」 『覚えていたのか』 窮地の直祐を助けてくれた巨大な狼はやはり流星であった。 ●解決 翌日、開拓者一行は先に戻って集落長と長男を取り押さえた。直祐だけは菫の兄の護衛として少し遅れて集落に到着する。 菫はまだ無理をさせられない容態なので洞窟に残される。狼の流星が一緒なので心配は無用だった。 「嘘だ! そんな出鱈目を!!」 「何をする!」 集落長と長男はしらを切り続ける。 しかしそれを信じる集落民はほとんどいない。今回の事件だけではなく、何らかの横暴が続いていたのだろう。 取り巻きの何人かは集落長と長男を助けようとしたものの、開拓者達の強さを知ってからはおとなしかった。 他の集落長の親族については後に現れるであろう官憲に任すことになる。 菫を丁寧に集落へ運んだ翌日、開拓者一行は集落を後にした。 「開拓者ギルドをだますような真似をするなんて‥‥」 エルレーンは縄で数珠繋ぎ状態の罪人達を誘導する。縄の先頭は馬の腰に結ばれており、逃げることは適わない。また無駄口が叩けないよう猿ぐつわもしてある。 遠吠えが聞こえて開拓者達は遠くの丘へと振り返る。流星の雄姿をしばし眺め続ける一行であった。 |