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■オープニング本文 朱藩の首都、安州。 海岸線に面するこの街には飛空船の駐屯基地がある。 開国と同時期に飛空船駐屯地が建設された事により、国外との往来が爆発的に増えた。それはまだ留まる事を知らず、日々多くの旅人が安州を訪れる。 そんな安州に、一階が飯処、二階が宿屋になっている『満腹屋』はあった。 朱藩の首都、安州で行われる秋の収穫祭は『海産祭』と呼ばれている。 新鮮な魚介類、海産の乾物が多く扱われ、わざわざ遠方の泰国から買い付けがくるほどの質の良さを誇っていた。 「う〜むむむっ‥‥」 満腹屋の給仕、智塚光奈は壁に貼られたたくさんお品書きを見上げて唸る。 これまでにもたくさんの新料理を開拓者に協力してもらいながら作ってきた。中には定番となって四季を通じて提供している料理もある。 「光奈さん、どうなさったの?」 姉の鏡子が声をかけると光奈の厳しい表情が少し和らいだ。 「今冬の満腹屋は麺で攻めようと思っているのです。麺といっても焼くのではなくて、丼の汁物。饂飩か、蕎麦か、それとも拉麺にしようかって」 「一杯で満足できるのが丼のいいところよね。手間を考えると、さすがに満腹屋で三種類は難しいわ」 「それが悩みどころなのです。麺だけ切り替えればといいという考えもあるのですけど、そういうのはできるだけしたくないのですよ〜。ちゃんと合った汁で提供したいのです」 「難しいところね」 鏡子と話す光奈はとても真剣である。ここ一ヶ月間、研究と敵情視察のためにすべての食事を安州内の麺料理を出すお店で済ませていた。 それから二日後、悩んだ末に光奈が決断する。人がたくさん集まる海産祭に饂飩、蕎麦、拉麺の屋台三種を出して、その手応えで決めようと。 光奈は仲間を集めるために開拓者ギルドへと駆け込むのであった。 |
■参加者一覧
礼野 真夢紀(ia1144)
10歳・女・巫
十野間 月与(ib0343)
22歳・女・サ
汐劉(ib6135)
28歳・女・弓
月・芙舞(ib6885)
32歳・女・巫 |
■リプレイ本文 ●準備 風が吹くと肌寒い季節。 「この時期の安州は特に楽しいのですよ♪」 智塚光奈と開拓者達は賑やかな人波の中。海鮮祭は活気に満ちていた。 味見としての買い食いをしながら一通りの屋台を眺める。それから茶屋で話し合うことに。 「いろいろと売っていましたけど、新鮮なものは冬の間中手に入らないかも知れませんので控えた方がよろしいですの」 「そこは押さえておかないといけないのです。忘れていたので感謝なのですよ♪」 礼野 真夢紀(ia1144)の話しを聞きながら光奈が串団子を頬張る。 「海産祭って言ったら、以前牛丼の屋台が盛況だったよねぇ」 「あのときも楽しかったのです〜♪」 十野間 月与(ib0343)に光奈がうんうんと頷く。 牛丼販売の当時、周囲の屋台が海産物主体であったのが逆に強みになっていたのではと月与は考えていた。変わっていたから売れたのではなく、意外と海産物が苦手な人もいたのだろうと。 「美味しい物を美味しく頂く為にも、健康でないとね。蕎麦の総菜として秋の野菜や山菜を天ぷらにしてみようかと考えているわ」 月・芙舞(ib6885)は普通の市も覗くつもりである。 「天ぷらは屋台に設備があるから大丈夫なのです☆ それに満腹屋でも普段から揚げ物は出しているので、すぐに対応出来るのですよ〜♪」 光奈は天ぷら蕎麦の味を思い出してほわほわな表情を浮かべた。普通の市には他のみんなも足を運ぶつもりのようだ。 「回遊ものだけでなく地付きものが一年中獲れるようなので、基本食材はアジにするつもりです。作るのはすでにラーメンと決めました」 「おお、アジを使ったラーメンなのですか! これも美味しそうなのです☆」 汐劉(ib6135)の言葉に光奈が瞳を輝かせる。 「もちろん身の部分も使わせてもらいますからお楽しみに。出来たら真っ先に試食してください」 「了解なのです☆ お腹空かして待っているのですよ〜♪」 汐劉に答える光奈はとても嬉しそうだ。食いしん坊の本領発揮である。 目星をつけておいたお店で各自、乾物を含めた魚介類を購入する。礼野のおかげで氷もあるので新鮮なものも心配なく購入出来る。 一度満腹屋に戻って購入した食材を置いてゆく。それから全員で向かったのは満腹屋が普段からお世話になっている製麺所だ。 「満腹屋で普段から出している麺ならちゃんとしたものですの」 礼野は茹でた麺を試食する。硬めでちょうど良さそうなラーメンの麺を選ぶ。 「打ち粉をお願いできますか? ぎゅっと握って欲しいんです」 汐劉は仕上げに両手で包み込む作業を追加してもらい、ラーメン用の麺を縮れさせてもらう。 「うどんの麺はたくさんで蕎麦も少しお願いしたいわ」 月芙舞は主にうどんを頼んだ。 「こういうのお願いできるかな?」 月与は特製麺の配合表を製麺所の職人に見せた。 玄米入りのそれは、作り上げるのに時間がかかるので月与は製麺所に残る。この後の一般食材の購入は礼野と光奈にお願いした。その代わりに月与は全員分の試食用の麺を満腹屋まで運んでくれるとのことだった。 普通の市場でも購入するものはたくさんある。満腹屋が常備している食材は別にして必要なものを選んだ。 「ラーメンに合う味噌を見つけるですの」 礼野は先に月与の買い物をかたづけてから味噌の吟味に入る。 合わせ味噌も視野に入れるのでなかなかの苦労。経験と知識を動員して何種類かの候補を選んだ。どの味噌もお店にたくさんの在庫があるのを確かめた上で。 「とろろ用にはこの山芋がよさそう。美味しい物を美味しく頂く為にも、健康でないとね」 月芙舞は野菜類を沢山購入する。候補はすでに決めてあったが試しにその他の物も。 試作用の食材を買い込んだ一同は満腹屋へ。月与もまもなく麺入りの木箱を抱えて戻ってくる。 裏庭に移動すると海鮮祭参加用の屋台が並んでいた。 ●下準備 どの麺料理を選ぶにしろ、汁を作るにはそれなりの時間がかかるものである。うどんと蕎麦用に使う返しにしかり、ラーメンの出汁にしかり。 そこで食材を手に入れた後の一日目はそれらの下拵えに費やされる。試食検討は二日目、屋台が出動するのは三日目からとなった。 礼野は味噌ラーメン。 月与は薬膳餡かけうどん。 汐劉はアジの魚骨スープの塩ラーメン。 月芙舞は天ぷら付きの月見うどん。 光奈はクロケット蕎麦。 各自、屋台を調理場代わりにして作り始めた。 「時間がかかるものから取りかかりますの」 礼野はまず鶏がらを沸騰した湯に通した後で流水で綺麗に洗う。 ズンドウ鍋の水を入れ替えてあらためて煮込むのだが、その際に海産祭で手に入れた煮干を頃合いに入れた。頭と腸をちゃんととって。 さらに生姜とタマネギを浮かべる。肉類の臭み消しとしては大蒜も考えられたが、女性が食べることも考慮して生姜を選択したのある。玉葱は仄かな甘みを加えるためだ。 「豚ならクセはありませんし手に入りやすいです。それに少量なら魚介を好む安州の方々でも抵抗は少ないかと」 「なるほどなのです〜」 覗き込む光奈の前で礼野は豚肉のかたまりを糸で縛り上げる。そして煮豚に。残った煮汁はタレ作りに使う。 「コロコロと転がすと黄身が真ん中になります」 別鍋で煮卵も。半熟で取り上げて氷水で冷やしてから殻を剥く。そして醤油、酒、みりんに水を加えて沸かして作ったタレへと漬け込むのだった。 「まずはこれを完成させとかなきゃね。えいっ」 月与は釜へとのせたズンドウ鍋へと小分けに水を入れてゆく。 肝心なのが出汁と合わせる薬膳汁である。 以前に満腹屋で用意された薬膳餡かけ『うまかー』と『から味うどん』を合わせたものを目指していた。ここ最近は『カレー』なる名称が世間で浸透しつつあるが、満腹屋で通りのよいのは『辛い丼』。 薬膳汁を作るには様々な香辛料が必要で、なおかつ長時間寝かす必要。満腹屋の地下にある冷暗所で一晩寝かせばよりうまくなるはずである。 薬膳汁と合わせる出汁には鰹節以外の魚介類を使うつもりはない。その代わりに盛り沢山の豚肉と野菜をいれて味に迫力を持たせるつもりでいた。 「これは必ず必要になりますから。もう少し日数が欲しいところだけどね」 「満腹屋でも少しはあるのですけど、すでに使い道が決まっているのですよ〜。なので新しく作った方がよいのです☆」 月芙舞と光奈が協力して作ろうとしていたのは醤油とみりん、そして粗目を加えて煮詰めた『返し』である。 返しとは蕎麦、うどんのどちらにも使う基本ともいえる調味料。醤油をそのまま使うのではなく、より味をまろやかにして使用するものだ。 本来ならば一週間は寝かせたいところだが、時間がないので試食には満腹屋の仕込み済み分を使う。 屋台で使用するためにたくさんの量を複数の瓶に仕込んだ月芙舞と光奈であった。 「ここに置いておけば大丈夫です」 汐劉は三枚に下ろしたたくさんのアジの身を満腹屋地下の冷暗所で保存した。 裏庭の屋台へ戻るとズンドウ鍋に水を張り、少量の酒、生姜のブツ切り、昆布を入れる。そしてアジのアラである中骨、頭、腹骨、ゼイゴ等も加えて煮詰めた。 白濁したアクを笊で漉しながら約一時間。味見をしながら塩加減を決めて完成である。 ただ一晩寝かすことで魚介の風味が消し飛んでしまうかも知れなかった。そうなればそうなったらで明日にも作り直すつもりである。 夕方までには全員の作業が終わる。 中身が詰まったズンドウ鍋はすべて満腹屋地下の冷暗所へと運ばれた。氷室の隣りなので凍らない程度のひんやりとした部屋で保存にもってこいである。 二日目には試食が行われた。 満足な場合はそのまま。そうでないものは味の調整や工夫が施されて完成。本番の三日目に備えて本格的な仕込みが行われるのであった。 ●賑やかな屋台 夜明け前。満腹屋ののぼり旗を掲げたうどん、蕎麦、ラーメンの三台が海鮮祭の一角に並ぶ。 うどん屋台を切り盛りするのは月与と月芙舞。 ラーメン屋台は礼野と汐劉。 蕎麦屋台は光奈である。 離れて店開きしようかとする案もあったが、まとまることで麺好きの集客を狙った。また隣り合っていれば協力も出来し、卓の共有も出来る。 朝早いのは新鮮な魚を届けてくれる漁師達に合わせて。漁師達の間で評判になれば自然と海鮮祭の裏方の耳に届くだろうといった光奈の計算もある。安州に根付いた人達にこそ評価してもらいたいからだ。 「さ〜てぇと♪」 光奈はジャガイモを主体としたクロケットを揚げる。単体でも味わってもらえるよう醤油の他に『そ〜すぅ』も用意してあった。 「身体によくても、味に難ありじゃ問題だしね。礼野さん、味見お願いできるかな?」 「充分に美味しいですの。寒い日にこれならばっちりです」 月芙舞はラーメン屋台まで訪ねて天ぷら付きの月見うどんを礼野に味見してもらった。そうしたのは普段から礼野に一目置いていたからだ。 「このかたさがよいですの」 礼野は『懐中時計「ナイトウォー」』で時間を計り、麺の一番よい茹で上がりを探り当てる。肌寒い野外なので汁をいつもよりも熱めにしておくのも忘れない。 (「餡のとろみはばっちり♪ うどんの絡みも充分♪ 麺の歯触りも独特だし、出汁の風味もちゃんと出ている♪」) 月与は朝食と味の確認を兼ねて薬膳餡かけうどんを隠れて頂く。 通りの行き来が増えて、やがて各屋台の暖簾が揺れた。 ●うどん屋台 「んー、わたしは月見うどんを頼もうかしら。かき揚げがのっているのを」 「俺はこの薬膳餡かけうどんってのをもらおうか。どんなのか知らないけど、ここは挑戦してみるわ」 月与と月芙舞が担当するうどん屋台に現れた最初の客は男女二人組であった。 少しでも早く提供するために月与と月芙舞は協力して調理する。今は月与が麺を茹でて、月芙舞が丼に汁の用意。頃合いをみて交代する予定である。 具は手が空いているものがのせる。お金のやり取りも同様だ。 「へぇ〜、かき揚げおいしい。野菜だってわかるけど、何がはいっているのかしら?」 女性客が食べている天ぷら付きの月見うどんにはかき揚げと刻み葱の他に、とろろと大根おろしがかかっていた。月見なので当然生卵も。 「かき揚げは明日葉と紫蘇を主に使っています。身体によいですからね」 月芙舞は女性客の問いに笑顔で答える。 「強烈な香りで、どんなものか思ったら味にも、ものすごい迫力があるな! 麺もなんだか変わった味が‥‥なんていうのかな、雑穀ご飯の麺的な感じだろうか」 男性客は薬膳餡かけうどんを半分食べ終わったところで口を開いた。額にうっすらと汗を浮かべながら。 「これからの寒い季節にはぴったりだな」 「少しもらっていい?」 「おうよ。それじゃそっちのかき揚げも少しくれよ」 「もちろん♪」 男女二人組の客は仲良くうどんを平らげると満足げに帰ってゆく。 「大体、考えていた通りの感想が聞けたみたい」 「あたいもそうだよ。ホカホカ温まれるうどんを目指していたからねっ。店先で働く人に喜ばれそうだし」 月芙舞と月与が喜んでいると次の客達が暖簾を潜る。わずかな間に屋台前の席は全部埋まる。周囲に並べた卓も利用することとなった。 ●ラーメン屋台 「屋台を引いて回るつもりでしたが、その必要はなさそうです」 「こちらに向かっている方はきっとお客様ですの」 礼野と汐劉は暖簾の隙間から往来の景色を眺めていた。暖簾がめくれると「いらっしゃい」と声をかける。 格好からして客は二人とも漁師。水揚げが終わって一休みをしようといったところである。 「出しているのは味噌ラーメンと塩ラーメンか。お前も腹減っているよな」 「へい、船長!」 「んじゃ、味噌と塩、二杯ぐらい余裕で食べられるな。俺もそうしよう」 「ごちになります!」 客二名であったが注文は計四杯。二人で協力してまずは汐劉が考えたアジの魚骨スープの塩拉麺を作る。 汐劉は打ち粉を払い落としてから麺を二分茹でた。さらに深笊で激しく湯切りをこなす。 その間に礼野が湯に丼を通して温めてから魚の出汁がよくでた汁を注いだ。茹で上がった麺をそっといれて箸で掬って形を整える。 焼いてまもないアジの照り焼きをのせて完成である。 「‥‥なるほどな。美味い! 『アジ』のおかげでよい『味』のラーメンだな」 「さすが船長! それにこの照り焼き、最高っす!」 客による親父ギャグとヨイショの連続攻撃に礼野と汐劉は引きつった笑顔を浮かべた。とはいえ美味しいのは本当のようで二人の食べる勢いがものすごい。急いで次の味噌ラーメンを用意する。 「こりゃコクがあるな。肉もうまい」 「初めて食べますけど、味噌の汁なのに味噌汁とは全然違うって驚きっす!」 漁師の二人は味噌ラーメンも喜んで食べてくれた。 礼野が考えた味噌ラーメンは白と赤の合わせ味噌が使われている。 具材には葱、紅生姜、蒲鉾、竹輪、焼き海苔。そして煮卵に煮豚がのっていた。炒り胡麻も少々かかっている。 「はっきりと醤油の色がつくぐらいに煮込まれているのに、中が半熟の湯で卵たぁ、不思議なもんだな」 「おいらはこの煮豚の薄切りが旨いっすよ。味噌味に負けてねぇところがいいっすね」 二杯目が食べ終わった漁師二名は支払いを済ますと満足げに帰っていった。うまかったと大声でお喋りしながら。 それがよい宣伝になったようで、まもなくラーメン屋台には客が押し寄せた。 ●蕎麦屋台 そして 「はい、クロケット蕎麦、おまちどおさまなのです〜♪ 追加したクロケットはお好みで醤油かそ〜すぅをつけてどうぞ♪」 光奈は熱した脂でクロケットを揚げながら、蕎麦を茹でて丼を仕上げる離れ業をこなしていた。 (「作っておいて正解だったのですよ。そうでなければ大変だったのです〜」) それが出来たのも満腹屋地下の氷室のおかげである。クロケットを揚げる寸前まで大量に作り置きして冷やしておいたのだ。 後は熱した脂の中に放り込むだけでクロケットが仕上がる。蕎麦についても返しやだし汁をたくさん作っておいたのが功を奏した。 (「みんなの屋台もお客さんがすごいのです〜♪ 負けられないのですよ〜♪」) 光奈も奮闘して屋台を切り盛りした。 屋台での麺販売は一週間続けられる。 「試食を味わったときから思っていたのですけど、売り上げも甲乙つけがたかったのです〜♪」 光奈は一週間ごとに切り替えて全員が考案した麺料理を満腹屋でだすことにする。 大入り袋を手渡した光奈は開拓者達を精霊門まで見送るのだった。 |