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■オープニング本文 朱藩の首都、安州。 海岸線に面するこの街には飛空船の駐屯基地がある。 開国と同時期に飛空船駐屯地が建設された事により、国外との往来が爆発的に増えた。それはまだ留まる事を知らず、日々多くの旅人が安州を訪れる。 そんな安州に、一階が飯処、二階が宿屋になっている『満腹屋』はあった。 「つ、疲れたのです〜」 朝早い開店前の満腹屋。給仕の智塚光奈は店へやって来た早々、背中に担いでいた大袋を下ろすと尻餅をつくがごとく椅子に腰掛けて卓に突っ伏した。 「そんなに大変だったの?」 姉の鏡子が卓の向かい側へと座る。 「少しだったら問題なかったのですけど、多めだったから交渉しないといけなくて。でもちゃんと手に入れてきたのですよ〜♪」 上半身を起こした光奈が大袋の中から取り出したのはオリーブオイルの瓶。 巷で噂の希儀産だ。これまでもジルベリアやアル=カマルの調理で使われており、光奈も武神島でオリーブオイルを使った肉料理を食したことがある。秋刀魚料理の時も使われた覚えがあるが、ただ天儀本島で流行っているとは言い難い。 希儀にはオリーブがたくさん自生しており、その気になればオイルを大量に生産することが可能だという。また発見された資料の中にオリーブオイルを使った料理の記述も多いようだ。 新大陸への期待と相まって朱藩の首都、安州でもオリーブオイル人気が高まっていた。 ここは流行りに乗っていち早くオリーブオイルを使った料理を満腹屋でも出そうと光奈は画策していたのである。 現在では少量の流通しかないものの、次第に増えてゆくだろう。こういうことに目敏い交易商人の旅泰が放っておくわけがなかった。 現時点において貴重な希儀の他の食材についても、先日、旅泰の呂が手に入れてくれると約束してくれた。試作するには申し分ない。 「少し元気が出てきたのですよ。さてと☆ ぼうっとはしてられないのです〜♪」 光奈が外へと飛び出す。 向かった先は開拓者ギルド。 光奈は比較的楽に希儀産の食材の入手が出来るようになった時に備えてオリーブオイルを活かした料理を前もって準備しておこうと考えていた。 「お願いしたいことがあるのです〜♪」 ギルドにて一緒に調理法を考えてくれる仲間を募集する光奈であった。 |
■参加者一覧
礼野 真夢紀(ia1144)
10歳・女・巫
十野間 月与(ib0343)
22歳・女・サ
リィムナ・ピサレット(ib5201)
10歳・女・魔
月・芙舞(ib6885)
32歳・女・巫 |
■リプレイ本文 ●炬燵 夜明け前の満腹屋二階。来訪した開拓者四名はまず智塚光奈の部屋へと招かれる。炭火の掘り炬燵へと足をいれて暖をとった。 「いっぱいあるのでどうぞなのです☆」 行灯の薄暗い中、光奈が蜜柑とピスタチオを抱えて戻り話し合いが始まる。 「参考書を持ってきたはず‥‥ありましたの」 「あたしも持っているよ〜♪」 礼野 真夢紀(ia1144)とリィムナ・ピサレット(ib5201)が希儀料理指南書を取り出した。行灯の近くで二冊を広げて全員で重なるように目を通す。 「希儀のオイルって面白そうだね。野菜にそのままかけてたりしているし」 十野間 月与(ib0343)が挿し絵を指さすと礼野がこくりと頷いた。 「健康によさそうな料理もあるね。ジルベリアやアル=カマルの料理と似たものもあるような」 月・芙舞(ib6885)はリィムナが捲ってくれる頁を眺めながら呟く。 「野菜を切って油をかけるだけでよいのは簡単に一品増やせるので便利なのですよ。ただ問題はこの街の人達の舌に合うかどうか‥‥うむ〜」 光奈はピスタチオを頬張りながら蜜柑の皮を剥いた。 「オリーブオイル、よくたくさん手に入ったね〜。持っているけど勿体なくてなかなか使えなかったんだよ〜♪」 「方々に手を回したのです☆」 リィムナも光奈と話しながら蜜柑の皮を剥き始めた。 それぞれが作りたい料理を発表したところで、必要な食材を書き出していった。特にオリーブオイルと同じように朱藩安州で手に入りにくい食材は注意が必要である。 「光奈ちゃん、レモンは大丈夫かな?」 「ハムやチーズ、バターはどうですの?」 リィムナや礼野が光奈に質問したところ、どれもつき合いのあるお店が扱っているので手に入るそうだ。レモンについては天儀本島よりも温暖な泰国でも栽培しているので一年中大丈夫とのこと。 「指南書にあるアスパラガスって手に入りそう?」 「呂さんのところにいけばおそらくあると思うのです〜♪」 月与が光奈に指南書を見せながら野菜の絵を指さす。 「生姜とニンニク、塩と合わせるハーブも必要ね。それによい豆腐を扱うお店が安州にはあるそうだね」 「美味しいお豆腐屋さん、知っているのですよ♪」 月芙舞に光奈が笑顔で豆腐屋の場所を教えた。 夜明けを待って早朝の市場を全員で巡りその後、お店で買い物を済ませる。寄港中の呂の飛空船にも立ち寄って必要な食材を得た。 満腹屋の昼の書き入れ時が終わり一旦暖簾が下ろされる。光奈と開拓者達は調理を開始するのであった。 ●一日目の調理 せっかくなので試食を夕食代わりにすることに。そこで調理は二日間に渡ることになる。 一日目の試食作りは礼野とリィムナが担当。月与は礼野、月芙舞はリィムナを手伝うことになる。光奈は全体の補助だ。 「オリーブオイル増産に行った時は、パンにオリーブオイル塗って食べると美味しいって聞いたんですよね」 「お姉ちゃんが好きそうなのです〜♪」 礼野に頼まれた通り、光奈が包丁でハムとチーズを薄切りにしてゆく。 「よいしょっと♪ まずは馬鈴薯ね」 月与は蒸籠でジャガイモを蒸かした。平行して七輪の炭火の上でサツマイモを転がす。 「オリーブオイルを使ったらやっぱり味変わるでしょうか? 試してみるですの」 礼野はオリーブオイルを使ってのマヨネーズ作りに挑戦する。卵黄、塩胡椒、酢に油はオリーブオイルを使う。酢を少しずつ加えながらかき混ぜてマヨネーズを完成させる。 「まゆちゃん、あたいは満腹屋の料理から発想したものを試してみようと思って。焼きそばとかね」 月与は蒸籠のジャガイモに竹串で刺して蒸し具合を確かめた。 月与との会話の中で礼野はふと思いつく。甘藍を短冊に切って蒸しあげて、ハーブなどで香りを付けて温めたオリーブオイルかけたらどうだろうかと。 「あれがあればいいかも‥‥?」 新しい工夫を思いついた礼野は急いで追加の食材を買いに出かけるのだった。 「冷たっ!」 リィムナは裏庭でイワシを手にしたまま思わず叫んだ。 「途中で代わるのですよ〜」 光奈が井戸から汲んだばかりの桶の水をリィムナの手元に注いでくれる。イワシの鱗、頭、内臓を取って丁寧に洗っていたのである。全部終わったら炊事場のまな板の前へ。 水気をとって身を三枚におろし小骨もとった。リィムナの両隣で月芙舞と光奈が手伝う。 「では水を凍らせますね」 リィムナのフローズでも拳大の水は凍らせられるが、少々多めの氷水が必要だったので月芙舞に氷霊結をお願いする。 「砕くにはこれがあると便利なのです♪」 「光奈ちゃん、助かるよっ♪ よし!」 リィムナは光奈が貸してくれた尖った金属製の握り棒で大きな氷の塊をつついた。さすがは志体持ちの開拓者。一分もかからずに細かく砕ききる。 「これでイワシの身を締めれば‥‥もっと冷たっ!」 リィムナが我慢して再びイワシを氷水で洗う。塩胡椒をかけ、微塵切りの大蒜、細葱、そして肝心のオリーブオイルをかけて出来上がり。好みで絞ってもらうためのレモンも用意。 「えっと、これが『かるぱっちょ』って奴かな? ちょっと違う?」 リィムナが出来上がった料理と指南書の絵を見比べた。 「これでいいと思うのです☆」 「生肉を使う場合もあるって書いてあるけど、魚介が豊富な安州ならこれで正解だね」 三人で味見をしてにこりと笑う。 「次はっと♪」 リィムナは市場で手に入れた魚三種類を別々の鍋で調理を始める。 水と塩、ハーブと生姜を少々入れて沸騰寸前で煮立てて、おろした魚を投入。火が通ったら今度はハーブと生姜も一緒に魚をオリーブオイルに漬け込んだ。完成には一晩かかるのでこれらの試食は二日目の場になる。 「んーもしかして色んな食材にオリーブオイルと塩胡椒、ハーブを加えて揉み、オイルが染み込む様にして少しおくだけでもかなり美味しくなるんじゃ?」 「お肉類なら地下の冷温部屋に在庫があるのですよ♪」 リィムナの案を叶えるために光奈が鶏肉や豚肉を提供してくれる。 「これでいいかな?」 鶏肉や豚肉、椎茸もオリーブオイルを使って調理を施す。これらも一晩寝かせるために棚へと仕舞っておくのだった。 ●一日目の試食 夕方の営業が再開する前に炊事場の片隅で試食が行われる。居合わせた光奈の姉の鏡子も一緒に頂くことに。 「オリーブオイルって私の好みね」 鏡子がオリーブオイルを塗ったパンを囓って呟く。 「こちらはオリーブオイルを塗ったお餅にハムとチーズをのせたものですの」 礼野が鏡子に料理の特徴を説明しながら勧める。 「頂くわね。あら、変わったお味だけど美味しいわ。とろりとした味に合わさった塩気のハムとチーズがいい感じに。なによりオリーブオイルの香りが食欲をそそってくれるし」 「なのです☆ あったかくなるのですよ〜♪」 普段あまり似ていないといわれる智塚姉妹だが美味しい物を食べた時の表情だけは別。そっくりである。 「まゆちゃん、この蒸した甘藍に香りがついたオリーブオイルをかけたのって美味しいね」 月与がオリーブオイルがけの温野菜の皿へと何度も箸を運ぶ。 「こちらのサラダも美味しいね。かけてあるのはポン酢のようだけど、オリーブオイルが合わされているような」 月芙舞は水菜と炒ったじゃこをかけたサラダを気に入る。確かにポン酢にはオリーブオイルが混ぜられていた。 「残念ながらオリーブオイルを塗っただけの馬鈴薯とサツマイモはいまいちでしたの」 礼野の説明を聞いた光奈が皿にのせられていた芋二種類を摘んだ。食べられなくはないが特に美味しいともいえなかった。 「そのかわりに揚げてみましたの。それと潰して味付けしたものも」 礼野が作った揚げた芋二種類はとても美味しい。食べた誰もが笑顔になる。揚げ油にはオリーブオイルが混ぜられてあった。さらに好みでオリーブオイル入りのマヨネーズや生のオリーブオイルをかけて頂く。 「これも美味しいね♪」 「冷えていても美味しいのが、とてもよいのです☆ 作り置きが出来るのはお店として助かるのです〜♪」 リィムナと光奈が馬鈴薯にマヨネーズを加えて潰した料理を絶賛する。 混ざる赤い粒々の正体が何かと光奈が訊ねてみれば礼野は辛子明太子だと答えた。マヨネーズに加えておいたそうだ。当初は塩鮭の身をほぐして使ってみたものの、それよりも辛子明太子の方が合っていたということだ。 「ここはあたしのも食べてね♪ じゃんじゃじゃ〜ん♪」 リィムナが逆さまにした籠と布巾を外すと皿に盛りつけられた魚料理がお目見えする。 食事が始まるギリギリまで保冷庫に置かれていたので新鮮さも万全。『イワシとオリーブオイルのかるぱっちょ』である。 「これはお魚の新しい食べ方かも」 「取り皿でレモンをかけてみますの」 月与と礼野はその味のよさに顔を合わせる。 「美味しさではイワシでもよいのですけど、手間はどうだったのかしら? 小魚は大変だから」 「手伝った立場からすると他のお魚でもきっと大丈夫なのですよ♪」 智塚姉妹もかるぱっちょに舌鼓を打った。 「他の料理は明日まで待ってね♪」 リィムナがウィンク。ここで一日目の試食は終了する。お腹一杯になったところで開拓者達は夕方の満腹屋を手伝ってくれた。 ●二日目の調理 翌日の昼下がり。昼の書き入れ時が終わって昨日と同じく調理が開始。今日は月与と月芙舞の番。それと一晩寝かせたリィムナの料理も含まれる。 月与の手伝いは礼野。月芙舞の手伝いはリィムナ。光奈は全体を手伝う。 「昨日のお手伝いの最中に決めたんだよ」 月与は礼野と光奈にこれから作る料理を説明する。満腹屋の既存料理からオリーブオイルの可能性を模索しようと。具体的には焼きそば、お好み焼き、ピザの改良に手をつけた。 最初は焼きそば。そ〜すぅをかける前でもとてもよい香りと風味があるのに気づいたからだ。昨日の空いた時間にも試してみたが今日はその集大成になる。 用意したのはアスパラガスにベーコン、大蒜に唐辛子。そしてオリーブオイル。 別の味として卵とチーズ、牛乳を分離させた生クリーム。こちらにもオリーブオイル。 温かさや麺の固さも重要なので試食直前に一気に仕上げるつもりである。 焼きそばの改良料理の準備を終えた月与は他の調理に取りかかる。 「こちらはお醤油だけのほうがいいかな?」 光奈が味見。焼きうどんにオリーブオイルを使う案もあったがこちらはお蔵入りとなった。 お好み焼きはそ〜すぅの味が強すぎてオリーブオイルの香りが飛んでしまったので今回はなし。またソースを使わないとすればピザとの差別化が難しいので一本化する。 ピザにオリーブオイルはとても合う。短時間で焼き上げる料理なので香りが引き立つし、食材との相性もよかった。 「具材にお餅とかお豆腐とかを入れて焼いてみても美味しいね。他にも味付けが天儀風でも、泰国風でも合うのもあるかも‥」 年末年始にかけてのお店の賑わいを想定して月与は料理を考えていた。 月芙舞が試しそうとしていたのは身体によい料理。今は冬なので優しい味わいかつ、身体が温まるものを模索していた。 「オリーブオイルは不老長寿の秘薬とも呼ばれる位に健康に良いとされているそうだね」 月芙舞は薬効を考慮して食材を選ぶ。 まずはスープ。 わかめ入りのスープなどで胡麻油が風味付けで使われているようなので、それを参考にした。食材として選んだのは生姜と大蒜、玉葱。 その前に月芙舞は昨日から作っているコンソメスープ作りの仕上げにかかる。美味しいのだが非常に手間と時間がかかるのが難点である。 「これを擦ればいいんだね〜♪」 リィムナが生姜と大蒜を下ろし金で擦ってくれた。 「た、たまねぎを繊維と垂直方向に切ればいいんですね?」 光奈は涙を流しながら玉葱を月芙舞のいうとおりに切ってゆく。終わるとオリーブオイルを張った鍋に入れて弱火で煮込んだ。 「薬効を引き出して美味しい料理になるか色々と試したけど、うまくいっているかどうか‥‥」 最後にすべてを合わせてゆっくりと温める。 もう一つ、用意したのは湯豆腐。 オリーブオイルに自前のハーブソルトを混ぜて三種類のタレを用意する。ハーブソルトは昨日の空いた時間に作ってある。 寝かしてあったリィムナの料理の準備も整い、二日目の試食を兼ねた早い夕食が始まった。 ●二日目の試食 「これがオリーブオイル漬けなのですね」 智塚姉妹はリィムナが作ったオリーブオイル漬けの料理を眺める。魚は鮭、鮪、ハマチと三種類。それに鶏肉、豚肉、椎茸のオリーブオイル漬けも試されていた。 お肉と椎茸に関してはオリーブオイルに漬けるというよりも揉んでしみこませたというのがより正しかった。 「チーズフォンデュと同じくらいに美味しいよ♪」 リィムナは軽やかなナイフとフォークさばきで料理の小皿に取り分ける。 「おお、鮭がいけるのです〜♪ 豚肉も☆」 「私はハマチと鶏肉が好みね」 智塚姉妹を始めとして全員でオリーブオイル漬けを美味しく頂いた。 続いては月与。 アスパラガスにベーコン、大蒜に唐辛子そしてオリーブオイルを使った焼きそば。もう一つが卵とチーズ、牛乳を分離させた生クリームとオリーブオイルを使った焼きそばだ。 「美味しいです。身体がとても温まりますの」 「そういってもらえると嬉しいな♪」 礼野の言葉に喜ぶ月与だ。 全員が美味しいと誉めてくれたが、鏡子が生クリームを使った焼きそばをいたく気に入ってくれたようである。 ピザは具として野菜のみのものと、ソーセージやハムなどをのせた二種類が用意された。「おいし〜♪」 「単純なピザにも合いますね」 月芙舞とリィムナも大満足。好みの問題もあるが軽くオイルをかけるだけで味が変わるのは大収穫である。 そして最後に月芙舞の料理が並んだ。 「どちらも熱いので気をつけてね」 生姜入りオニオンスープ・オリーブオイル仕立てと湯豆腐のハーブ・オリーブオイル和えである。 「こ、これは〜♪」 「光奈さん?」 光奈は目をまん丸くして一口飲んだあとで身体を固まらせる。 「武神島で頂いたスープに似ているけど、それよりも美味しいのです☆」 月芙舞に振り向いて笑顔で何度も頷いた光奈だ。 「湯豆腐の案は面白いね。これならすぐにできるし」 月与はハーブソルトとオリーブオイルを合わせたものに感心する。これなら他の料理にも応用出来ると。ただハーブ系の香りと味は各自の好みに大きく左右される。その点は注意しなければならなかった。 「いろいろな案、参考になりましたです〜♪ まずは明日から一通り料理を再現してみて、その上で自分なりの工夫を考えるのですよ♪」 大げさな光奈の手振り身振りに一同から笑いが起こる。 今年ももうすぐ終わり。来年もまたよろしくと互いに声をかけてから開拓者達は神楽の都へと戻って行くのであった。 |