家族 〜敵討〜
マスター名:天田洋介
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: やや易
参加人数: 4人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/12/27 20:20



■オープニング本文

 約一年前、直少年が住んでいた村は狂骨と呼ばれるアヤカシの群れに襲われてすべてが灰と化した。
 その際に姉を目の前で殺されたのきっかけにして直の抑えていた精神の箍が外れる。呼び覚まされた志体持ちの能力で次々と狂骨を粉砕。しかし途中で力尽きて気絶する寸前、直は炎の中に立つ巨大な狼を目撃する。再び目を覚ました時には遠くの草原に転がされていた。
 その後、直は志体持ちの血筋を欲しがっていた村からほど近い町に屋敷を構える跡取りがいないサムライ桔梗家の養子になる。改めて桔梗 直祐と名乗るようになった。
 そして現在、姉の敵討ちを密かに誓った直祐は刀剣術の腕を磨くべく開拓者として神楽の都で暮らしていた。
 開拓者として受けた最初の依頼は理穴中部の山奥でのアヤカシ退治。故郷の村を襲った同じ系統のアヤカシであり、依頼者の境遇も自らのものとよく似ている。直祐は同じ依頼に入った仲間達と協力して狂骨を殲滅。依頼を完遂した。
 それからしばらくが経ち、直祐の故郷の村跡にほど近い集落で巨体な狼が娘を攫う事件が起こる。だが開拓者達は状況の不確かさから疑問を抱いていた。
 二ヶ月前、欲望をたぎらせた集落長の長男が画策し、娘だけを残して彼女の家族を死に追いやっていたのである。娘は集落長の家屋で下働きをするしか生きる道が残されていなかった。
 集落長の長男が娘を襲おうとしたところを巨大な狼が助けたのが真相だ。実は亡くなったと思われた家族のうち、娘の兄は巨大な狼『流星』に助けられていた。流星がケモノなのも判明する。
 欺いた集落長と長男は開拓者達によって取り押さえられ、官憲に引き渡された。
 だが後日、大事件が発生する。新しい長が決まる前に集落が空賊に襲われたのだ。
 まとめ役を欠いた形で集落は右往左往するしかなかったが、駆けつけてくれた流星のおかげで空賊を撃退。怪我人こそ出たものの死者は一人もなかった。
 逆恨みした空賊が集落の子供と流星の子狼を誘拐したものの、開拓者達によって取り戻される。空賊に引き渡しを要求されていた流星も無事に済んだ。


 開拓者はすべからく神楽の都に住むのが決まりとなっている。桔梗直祐もまた長屋の片隅を雨露を凌ぐ住処としていた。
「もう夜明けか‥‥」
 早朝、戸口が叩かれる音で直祐は目を覚ます。眠い目をこすって蹌踉けながら閂を外して戸を引いてみれば、見知った顔が視界に飛び込んできた。
「お兄さま! お久しゅう御座います」
「‥‥美希? どうして」
 戸口の外に立っていたのは妹の『美希』。より正確には養子に入った桔梗家の一人娘十二歳。つまり直祐にとって義理の妹にあたる。
 とにかく戸口ではなんだといって中に招き入れた。急いで布団を片づけて畳の上に座れる空間を用意して膝をつき合わせる。
 それなりのサムライの家系で暮らしてきた美希にとって酷い有様に映るだろう。しかし顔色一つ変えずに直祐を真っ直ぐに見据えていた。
「お兄さまは養子に入られて十ヶ月で家を出られました。わずか十ヶ月、たった十ヶ月。お父様、お母様はとても心配しておられます」
 いきなりの美希の説教はしばらく続いた。
 美希は亡くなった姉の未来とどことなく似ている。そのせいもあって直祐は美希に頭があがらない部分がある。
 何度か話題を逸らそうとした直祐だがすべて失敗に終わった。三十分を過ぎようとした頃、ようやく口を挟める機会が生じた。
「‥‥つまり美希は一人でここに来たと。そういうわけなのだな?」
「その通りですが、道に迷うことなくこうして辿り着いております」
「あの父上、母上が美希をたった一人で武天の地から神楽の都まで旅させるとは到底思えない。さては黙ってここに来たのだな?」
「そ、そんなことは‥‥」
 直祐に指摘された美希の顔には図星と書かれていた。
 武天の田舎『鶯町』から神楽の都まではかなりの道のりがある。馬車や飛空船などを乗り継いで一週間から十日、場合によっては二週間かかる。
(「危険だな‥‥」)
 直祐はすぐに鶯町に帰らせようと考えたが、女の一人旅を再びさせるわけにはいかなかった。
「そうだな‥‥。開拓者ギルドの依頼の形にすれば精霊門でひとっ飛び出来る。出発から三日前後で送り届けられるからそうするか」
「それはつまり、お兄さまも一度屋敷に戻られるということですね!」
 結局は美希の思い通りに動かされた気がした直祐だが、それが一番の方法であることには変わりない。
 直祐は美希に付き添って開拓者ギルドで依頼を出させる。武天地方の鶯町までの護衛内容であった。


■参加者一覧
フランヴェル・ギーベリ(ib5897
20歳・女・サ
正木 雪茂(ib9495
19歳・女・サ
雁久良 霧依(ib9706
23歳・女・魔
藤本あかね(ic0070
15歳・女・陰


■リプレイ本文

●集合
 真夜中の神楽の都。
 フランヴェル・ギーベリ(ib5897)、正木 雪茂(ib9495)、雁久良 霧依(ib9706)、
藤本あかね(ic0070)の四名が待ち合わせ場所となっている精霊門前へと向かう。すると開拓者仲間の桔梗直祐と依頼主の少女が待っていた。
「妹の美希です。今回の依頼は個人的な事情がありまして。後で説明させてもらいます」
「兄の直祐がお世話になっております。桔梗直祐と申します」
 直祐からの説明で少女が彼の妹だと判明する。
 時間がないこともあって全員で精霊門内へと移動した。日付が変わる瞬間、一行は武天の此隅へと転送される。
 今回は依頼主の直祐の妹、美希を武天の田舎『鶯町』まで送り届けるのが仕事である。
 一行は此隅にある精霊門使用者目当ての深夜茶屋で小休止しながら夜明けを待った。
「武天から神楽の都まで一人旅とは、大した行動力だね♪ ‥‥必ず無事に家まで送り届ける。安心して欲しいな♪」
「とてもお強いみなさんだと兄から聞いております。どうかよろしくお願いしますね」
 フランヴェルに美希が丁寧に深々と頭を下げる。直祐は美希にとても慕われているのだとフランヴェルはそう感じた。
「女の一人旅は勇気があるわねぇ♪ でもご家族に心配をかけてはダメよ? これだけの人達が集まったんだし、帰りは大船に乗ったつもりでね♪」
「は、はい。ですが――」
 とても兄が心配だったとうつむき加減の美希が雁久良に呟く。
「美味しいわよ♪ さあ食べて」
 雁久良はしばらく美希の話しを聞いてあげてから自分が頼んだみたらし団子を勧めた。美希が串を手にとって食べる姿はとても上品で育ちのよさがわかる。
 正木雪茂と藤本は美希達の隣にある長椅子で直祐と一緒に三人で座っていた。
「ふうん‥‥あなたが志体持ちになったっていうお侍さんね。流星っていう狼を撃退した時の話は人づてに聞いたわ、開拓者のつながりがあるし」
「実は流星という名の大きなケモノ狼には返しきれないほどの恩があるんです」
 直祐は藤本にこれまでの詳しい経緯を説明する。流星に命を救われたこと、反対に助けたことも。
「わかった、ひとまずもふらが引く車両で旅する護衛任務の形ね。途中からは徒歩になるのね。普通の旅路ならたいした危険はなさそうだけど‥‥」
 藤本は直祐との話しが一段落すると頼んだおはぎを美味しそうに食べ始める。
「茶屋に珈琲が置いてないのは残念だ。しかし桔梗殿に妹がおられたとはな‥‥っ。あまり似ておらぬようだが?」
 お茶を啜りながら正木雪茂はちらりと離れた位置の美希を眺めた。
「これまでの話から何となく察しがついているかも知れませんが‥‥義理の妹になります。桔梗家に養子と入った身でして、美希は義理の両親の実子です」
 なるほどと正木雪茂が直祐に頷いた。
 天儀本島において名門一族でも女性当主は珍しくなかった。だが風習としてそれを許さない土地もそれなりにある。これから向かう鶯町は男子のみに家督を継がせるところなのだと正木雪茂は納得する。
 空が白み始めた頃、街道を往復する一両のもふら車に乗せてもらった。
 少しでも早く鶯町へと到着するためには街道を外れる必要があり、二つ先の町で下車してそこからは徒歩。ここからが本格的な旅となった。

●道中
「よろしいのですか?」
「そのつもりで連れてきたので心配ご無用」
 徒歩となってから正木雪茂は連れてきた霊騎・いかづちの背中に美希を乗せた。健脚な開拓者の歩きを基準にして順調に旅は続く。
「大丈夫かい?」
「は、はい♪」
 フランヴェルは常に美希のことを気にかけてくれる。野原の一本道は整備されておらず、石だらけでとても歩きにくかった。馬上でも荒れた道だと激しく体力を消耗するものである。
「直祐君、よかったわね〜。ハーレム状態よ♪」
 雁久良が直祐に近寄ると軽く肘鉄で脇をつついた。すると直祐が顔を真っ赤にさせる。
「た、確かに女性の方々ばかりですが‥‥あのですね、その‥‥」
「私達の中で誰が一番好みかしら〜♪」
 たじたじしている直祐の瞳に雁久良が顔を近づけた。
(「あら? 潮時かしらね」)
 直祐と腕を組もうとしたところ、前方にいた馬上の美希が一瞬だけ振り返る。表情は見えなかったが頃合いだと感じる。
(「美希ちゃんが機嫌悪くするといけないしね♪」)
 女の勘とは恐ろしいもの。雁久良は腕を組むのをやめて他愛もない会話へと切り替えた。
 休憩になって藤本は岩の上に腰掛ける。
(「今のところ安全なようだけど。町についても気を抜かないようにとね」)
 そして人魂で作り上げた雀を飛ばして上空から周囲を警戒した。冬のせいか野生動物も滅多におらず、寒風を除けば長閑なものである。
 日が暮れる前には進むのをやめて野宿の準備を行う。
 寝床についてはフランヴェルと雁久良が用意してくれた天幕ですぐに整う。近くに枯れた枝や葉が多く落ちていたので焚き火の燃料には事欠かなかった。
「小型天幕のうち一つは直祐君に使ってもらおう。美希ちゃんはボクと一緒の天幕がいいだろう。何があっても守れるからね♪」
「そうさせてもらおうか?」
 フランヴェルの提案を受けて桔梗兄妹が頷こうとしたところ直前に邪魔が入る。
「あの人と一緒の天幕なんてもっての外♪ 狼だから一人で寝かせましょうね〜。美希ちゃんは私と一緒に寝ましょう♪」
「あ、あの‥‥」
 美希の背中を押しながら雁久良が隣の天幕へと二人で姿を消す。仕方がないとフランヴェルは小型の天幕を利用することに。直祐もだ。
「アヤカシがいないとしても野盗が潜んでいるかもしれないからな。ここは適宜交代して寝ずの番をしようか」
 正木雪茂と同様の考えを他の開拓者達も抱いていた。焚き火で鍋料理を作り、お腹を満たしたところで就寝することになる。
「わずかに風が吹いても寒いですね」
「多めにくべて焚き火を強めにしよう。それにしても月が綺麗な夜だな」
 最初に見張りをしたのは直祐と正木雪茂である。
 鶯町に向かうということは直祐が住んでいた村跡へと近づいているということでもある。直祐の心はざわついていた。
「そういえば貴殿がどうして開拓者という道を選んだのか聞いていなかったな。私は父の武名を汚さぬよう、むしろ高めようと思って開拓者になった。貴殿はどうだ?」
「私は‥‥姉の仇を討とうと開拓者になったのです。相手は骨のアヤカシ、一般に狂骨と呼ばれている奴らです。姉の頭を射抜いた狂骨は黒々とした大弓を備え、赤い鎧を身につけていた‥‥」
 時間はいくらでもあった。直祐は正木雪茂にこれまで経緯を語る。すでに話したことも含めて事細かく。
 これから向かう鶯町からそう離れていない場所にかつて姉と住んでいた村は存在していた。方角は違うものの、ケモノの大狼『流星』と再会した土地も比較的近くである。
 なかなか眠れない雁久良と美希は天幕の中で横になりながらお喋り中だ。
「ねえ、美希ちゃんはお兄さんの事は好き?」
「え? ええ、もちろん好きですよ」
「兄として? それとも‥‥男性としてかしら?」
「兄ですから」
 間髪入れずにきっぱりと答えた美希だが、それまで仰向けに寝ていたのに雁久良へと背中を向ける。なるほどねと思っていると外から声が聞こえてきた。
「子猫ちゃんたち、起きているかな?」
 声の持ち主はフランヴェル。
「寒いと思って。口に合うかわからないけどね♪」
 雁久良が天幕の入り口を開くと湯気立つ紅茶を差し入れてくれた。
「あ、ありがとう御座います。フランさん。美味しいです」
「本当にマメ‥‥驚いたわ。でも寒かったし、ありがとうね」
 美希と雁久良にお礼をいわれたフランヴェルは笑顔で去っていった。
 その後、美希は朝までぐっすりと眠る。雁久良は見張りの時間になるまで身体を休めるのであった。

●鶯町
 翌日の旅も順調。途中、ガラの悪い連中とすれ違う一幕もあったが一行の強さに勘づいたのか何事も起きなかった。
 空賊かもと藤本は疑ったが、少なくとも近くに飛空船は見あたらない。
 夕暮れ前には目的の鶯町に到着する。
「景色が曇っているように見えるわ」
 藤本が町の景色に目を細める。
「きっと温泉の湯気のせいですね。町には源泉が二カ所あって、そのうちの一つが桔梗家の敷地内にあります。湧き出ている湯を触ったら火傷するぐらいに熱いので、離れた場所に送っても大丈夫。周囲の家庭や温泉宿に分配しています。冬場でも心配ありません」」
 桔梗家に着くまでの間、直祐が源泉の説明をしてくれる。温泉が湧き出ているおかげで鶯町の冬は温かかった。
「これは皆様、直祐と美希をよく連れてきて下さった。ささ、奥にどうぞ」
 一行は屋敷で直祐と美希の両親から感謝された。正確には美希のみの護衛の旅であって直祐は仕事を請け負った側なのだが、説明すると無粋なので触れないことにした。
「替えの着物も用意しましたので」
 まずは旅の疲れを流し落として欲しいと一行は美希の案内で露天風呂へ。直祐だけは両親と一緒に広間へと残った。
「これは立派な岩風呂だな。うむ」
 正木雪茂は豪快に一糸まとわぬ姿で露天の岩風呂に挑んだ。軽く身体を流して温泉に浸かると自然に安堵のため息がもれる。
 岩風呂はちょうどよい湯加減になっていたが水で薄めた訳ではない。そうするところもあるのだが、桔梗家では侍女達が大きな板を使って湯揉みをするという。するとちょうどよい湯加減になるそうだ。
(「一体何を話しているのかしら?」)
 藤本は直祐と両親の話し合いが気に掛かるものの、それはそれ。今は温泉を楽しんだ。
 湯に浸かると寒風の道中で自分の身体が冷え切っていたのがよくわかる。お湯が身体に染みこんでくるような、そんな錯覚を覚えるほどに。
「ああ‥いい気持ちだ‥‥疲れが癒される」
 フランヴェルが温泉を楽しんでいると美希が少し遅れて入ってきた。
「素晴らしい眺めだね♪」
「父が自慢の庭園なんです。冬でも趣があるようにと造られたそうで」
 フランヴェルは近づく美希へと声をかける。
 美希のいう通り桔梗家の庭園は手入れが行き届いていたが、フランヴェルの心の内にあるのはそれだけではないようである。
「このあとで食事が控えていますが、せっかくですしお酒も用意させました」
 フランヴェルが美希から桶の中に入った徳利と猪口を受け取ろうとすると雁久良に横からさらわれる。
 その直後。
「はぴっ!」
 奇妙な響きがして全員が同じ場所へと振り向いた。
 その正体は正木雪茂が驚いた声。枝に積もっていた雪が彼女の背中に落ちて冷たかったようである。
「さ、さけか。‥‥これは温まるな」
 顔を真っ赤にしながら正木雪茂が猪口を受け取った。どうぞと美希が酌をしてくれてようやく正木雪茂は普段の調子に戻る。
「直祐君が心配かい?」
 フランヴェルは美希が屋敷へと振り向いたのを知って声をかける。
「ええ‥‥。兄は最終的には両親を説得して神楽の都へと旅立ち、開拓者となりました。ですが強く反対されていたのも事実なんです。怒られているのかもと‥‥」
 フランヴェルに答えながら俯く美希に雁久良が猪口を渡す。雁久良の酌で一杯だけ美希はお酒を頂いた。
「ねえ、最近この町でアヤカシの事件とか起きたことってある? 見たところ平和そうだけど」
「周辺の土地では聞いたことがあります。町中でのアヤカシ騒動は確か――」
 藤本の問いをきっかけにして美希が大まかな鶯町の歴史を話してくれる。
 三年前に鶯町で起きたアヤカシ事件の話では流星らしきケモノ大狼が登場した。
 流木に掴まって骨アヤカシ六体が川から鶯町へと侵入。暴れる骨アヤカシを排除しようとサムライや町の衆が対抗したものの歯が立たなかった。サムライといっても普通の人達であり、その頃の町には一人として志体持ちがいなかったからである。
 そこへ大狼が現れて骨アヤカシと戦ってくれた。一体を倒したところで残りの五体は敗走。川に飛び込んでそのまま町の外へと流されて姿を消した。おかげで鶯町は救われたという。
「父が身よりのない立場だった志体持ちの兄を養子として迎え入れたのも、そのことがあったからだと思います‥‥。打算的とは思いますが当家にはこの町を守る役目を背負っています。そのためには志体持ちの力がどうしても欲しかったのだと」
 話し終わった美希は口を噤む。そして小さく「私はそんなことよりも」と呟いた。

●町の様子
 一行は美味しい山の幸による夕食を頂き、柔らかい布団で温かい夜を過ごす。
 翌日、それぞれに自由行動する。
 鶯町の広さは約二キロメートル四方。山間の地だが西の方角には平原が広がっていた。町の中を通る川は東から北西へと流れている。
 町の外縁を示す土塀の高さは二から三メートル前後。東西南北それぞれに門があって外界との出入りはそこのみだ。
 開門は夜明けから日の入り一時間後まで。各門はサムライ約十名が警備を固める。
 その他の警備も地方の町が用意できる範囲でだが隙はない。以前の失敗から学んで川の上流付近では常時監視が行われていた。
「くっ!」
 桔梗家の庭で直祐はフランヴェルと手合わせする。直祐はフランヴェルに遠く及ばなかったが、それでも前進を怖がらなかった。
 直祐の太刀の動きをフランヴェルの盾が遮る。その隙にフランヴェルの赤く光る『魔刀「アチャルバルス」』の先が右肩を掠めてゆく。
「最後にこちらを披露しよう。‥‥太刀筋、見切れるかな?」
 フランヴェルが放った切っ先はいくつにも分身して直祐を襲う。直祐の髪を掠めて枝の一本が切り落とされた。柳生無明剣と呼ばれる技だ。
 技を見切ることは適わなかったものの、その後直祐は練習に励むこととなる。
「よい町だな。商売も繁盛しているようだ」
 正木雪茂は霊騎・いかづちと一緒に徒歩で散策した。とても賑やかで活気のある町なのがよくわかる。
「空賊ってこの町だとどんな感じなのかしら?」
 雁久良は酒場で空賊と鶯町との関わりについてを訊ねてみた。
 近年、直接町を襲われたことはないものの、周辺空域で商用飛空船の襲撃事件が発生しているようである。
「ちゃんと整備が行き届いてるみたいね」
 藤本は塀や櫓に上り、または傀儡操術で人形を操って町の警備状況を確かめる。美希がいっていたように川の上流警備も万全。地方の町としてはこれ以上望むべくもない。
 無事に美希を送り届けた開拓者一行は三日間の滞在の後に神楽の都への帰路に就く。
「お兄さま‥‥」
 見送ってくれた家族に後ろ髪を引かれる直祐であった。