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■オープニング本文 ※このシナリオは初夢シナリオです。オープニングは架空のものであり、ゲームの世界観に一切影響を与えません。 ここは誰かが氷薄と名付けた世界。 うらぶれた路地裏の行き止まり、凍える雪山の洞窟内、時間と空間を問わず突如現れる異空間への亀裂に堕ちた者が集う場所である。 二十一世紀初頭の日本首都東京の景色によく似ていたが、直径五キロメートル円の閉じた空間になっていた。 外界がどうなっているか、空気の清浄さは、食料や燃料はどこから、などなど誰でも疑問はいくらでも脳裏に浮かぶのだが、どれも人々の生活において不都合は生じていない。 ある日の夕方、白昼夢という名の喫茶店に様々な世界からやってきた異邦人達が集まった。 彼、彼女等がかつての世界で為し得たこと、または為し得なかったことを互いに話す場として会が設けられたのである。 主催者は謎で誰もが宿泊の部屋に招待状が届けられていたのだという。 普通は怪しむものだが、すでに世界そのものが不思議に不思議が塗りたくられて真実などわからなくなっていた。各々の常識を持ち込む事自体が無意味といえる。 とどのつまり、心の底では誰もがどうとでもなれといった気分になっていたのである。 言葉は通じた。 黒づくめの女性給仕に注文すれば単なる喫茶店であるはずなのに古今東西の様々な食事や酒がテーブルに運ばれてくる。 酒を口に潤滑油としてまず最初の人物が語りだす。 「その時、俺達の戦いはこれからだ! そう叫んだのさ。だってよ、そうでもいわなけりゃやってらんなかったのさ」 頬のこけた男は錆びた甲冑を纏っていた。かつての世界で愛用していたものであり、背中の留め具には半分に折れた刀が取り付けられている。 「信じられるか? 化け物に取り憑かれた領主を倒す旅の途中だったのに、突然『これでお終いっ』って神ってのが俺の頭の中で告げたんだぜ。んで、さっきいった通り叫ばずにはいられなくなってそれっきりさ。全員がバラバラになり、俺は酒場で呑んだくれているうちにこの世界にやってきちまった‥‥」 頬のこけた男の話に耳を傾けていた誰もが似たような経験をしていた。 宿敵を、巨悪を、仇を倒そうと決意して行動していた志半ばの状態で神を名乗る誰かに無理矢理終了させられていたのである。 「こんな感じさ。俺の中途半端な生き様はよ‥‥ん、どこだここは?」 話し終えた頬のこけた男が閉じていた目を開くと見知らぬ景色が広がっていた。腰掛けていた椅子もなくなって尻餅をつく。 「お、お前達は!」 遠くから駆け寄ってきたのはかつての仲間達だ。 頬のこけた男はようやく状況を理解する。 苦難の旅が途中から端折られてはいるものの、目の前に聳えているのは化け物に取り憑かれた領主の城である。つまり本懐を遂げようとする直前に頬のこけた男は現れることができた。 「‥‥そうだな。こうなったら細かいことはどうでもいい。領主を倒す!! それこそが俺が生きた証だ!!」 頬のこけた男は仲間達と共に城へと乗り込んだ。 喫茶『白昼夢』に集まった者達は頬のこけた男と同様に生い立ちを語ったあとで飛ばされてゆく。 かつていた世界がどのようなもので自らが為し得たいことを語ったときに奇跡は起こる。 次はあなたの番。 周囲の者達の視線を浴びながら口を開くのであった。 |
■参加者一覧
エルディン・バウアー(ib0066)
28歳・男・魔
十野間 月与(ib0343)
22歳・女・サ
シルフィリア・オーク(ib0350)
32歳・女・騎
ティア・ユスティース(ib0353)
18歳・女・吟 |
■リプレイ本文 ●もう一度あの世界へ 喫茶『白昼夢』での語りは続いていた。 次に話し始めた四人は同じ世界『ジ・アース』から飛ばされてきたという。とても広大で大陸をも跨ぐ世界だが月道と呼ばれる移動手段によって比較的自由に行き来できた。 ジャパン、イギリス、ロシア、ノルマンなど月道が繋がった国家は対立もあったものの、ある敵に対しては不干渉の共同歩調をとっていた。 エルディン・バウアー(ib0066)、十野間 月与(ib0343)、シルフィリア・オーク(ib0350)、ティア・ユスティース(ib0353)が暮らしていたのはノルマン王国。 豊かな土地であったが光あるところ闇は存在する。デビルと呼ばれる悪が跋扈暗躍し、人々の生活を脅かすことも多かった。 国家の守護たるブランシュ騎士団の活躍によって平和は維持されていたが、それだけではデビルを抑えきることは出来ない。 もう一つの存在の冒険者達の活躍があってこそ、デビルの企みは阻止され続けたといっても過言ではなかった。 四人も冒険者としてデビルと戦い続けた経歴を持つ。やがて黙示録と呼ばれる地獄での大戦に勝利して地上に平和が訪れたかに思えた。しかし十数年を経てもデビルの残党は未だ人々を脅かし続けたという。 デビルは人の魂を欲する。 民が魂を奪われる事件が多発したことに業を煮やし、一人のかつて冒険者だった聖職者が立ち上がる。彼に三人が賛同することで魂奪還の遠征は始まったといってよい。 この四人に呼応して次々と仲間が集まった。機運は高まって目処がついた頃、理由も説明もなく突然に四人は氷薄へと飛ばされてしまう。 茫然自失の日々を見せかけの平和の世界で送る四人。 その後魂奪還の遠征がどうなったのかわからない状態で悶々とした日々を送ってきた四人にようやく光明が射す。四人が同時にため息をついた瞬間に奇跡は起こった。 突然に放り出されたのは暗闇の中。 「一体どこでしょうか?」 十字架を握りしめるエルディンが見上げた先には二つの赤い月が浮かんでいた。おかげで目が慣れてくると少しずつ周囲の状況がわかりだす。 「少なくてもパリ‥‥いえ、ノルマン王国ではないと思うな」 月与は自分達の服装や装備が変化しているのに気がついた。さらに手で触って確かめる。 (「この短剣は‥‥?!」) シルフィリアは手持ちの武器が何かを知ってここがどこなのか理解する。シルフィリアが短剣を鞘から抜くと刀身が輝く。それを見たティアも気がついた。 「シルフィリア姉さん、そのレミエラによってデビルスレイヤーの能力を得た短剣は旅立ちの前に打ち直したものですよね?」 「あの時点での細工を施したものとそっくりだねぇ‥‥。でもいくつかの傷は見覚えがないけど」 「私達はあの予定していた遠征の地獄への突入に成功し、ここまで辿り着いたということなのでしょうか」 「喫茶店での話は眉唾だと思っていたけど、そう考えるのが妥当さ。いわれた通りに途中の経過が端折られた形で‥‥ということは‥‥」 ティアとシルフィリアが周囲を見回すと遠くの丘がほのかに明るかった。慎重に近づいてみれば丘の向こう側にはたくさんの人がいた。しかも見知った顔がいくつも。 所持していたアイテムでデビルではないのを確かめてから近づいてみる。話しかけてみれば自分達四人がこの先の広野へと偵察に向かったことになっていた。地獄における長い遠征の旅路も一緒だったようである。 四人は余計なことはいわずに話しを合わせることにした。そうすることが互いに最良なのだろうと。 戻ってきた四人を含めて総勢四十一名の遠征隊である。うち十五名が冒険者、魂を奪われた被害者が二十六名である。 防御や回復が重要になるためにクレリックが多く参加していた。実質的な攻撃担当の冒険者は七名といったところだ。 「ここまでたどり着けたのです。魂を取り戻すのはもうすぐですよ。神のご加護を信じましょう。さあこの手を。お立ちになってください」 エルディンの回りにはいつの間にかたくさんの被害者達が集まる。加えてクレリックのうち若い女性の姿も。 「神父様、少しよろしいでしょうか」 火急の伝達の必要に迫られた月与は憎まれるのをわかっていたものの、仕方なくエルディンを呼び寄せる。伝え終わった後で少々呆れ気味の表情を浮かべた。 「モテモテね。そういえばと昔を思い出したよ」 「ナンパじゃないですよ? 暗い地獄でも皆さんの心の支えとなるよう笑顔を絶やさないのです」 エルディンの側にいた女性達の瞳を見れば余程の朴念仁でない限り誰にでもわかる。恋する乙女そのものだ。 全員ではないにしろ、女性クレリックの多くがエルディン目当てで地獄の果てまでついてきたといえる。神に仕えるはずなのに罪作りな男、それがエルディンである。 ちなみに月与は結婚しており、かなりの年月が経っても未だ夫と熱々の関係だ。十野間は夫の姓で旧姓は明王院という。エルディンを尊敬しているものの異性としては見ていなかった。 月与が地獄への遠征に参加した一番の理由はデビルに奪われた知人の娘の魂を取り戻すため。その娘は遠征隊に同行しており、エルディンとの話しが終わった後で側にいてあげる。 「はい♪ 美味しいわよ。零さないようにと」 作られたばかりのスープを娘と一緒に頂いた。 娘の眼光には精気がなくて手足の動作は緩慢。魂の一部をデビルに奪われたせいだ。体調も悪く、こうして過酷な旅をしていること自体が奇跡に近いことである。 何故そんな無理をさせているかといえば、当人ならば魂の在処を本能的に知ることが出来るからだ。幸いなことに今のところ被害者全員が指し示す方向は同じ。近づくにつれて誤差はなくなっていた。つまり魂は一所に集められていると考えてよかった。 シルフィリアとティアは月与達とは別の焚き火を囲んでいた。スープを頂きながら信頼のおける冒険者からそれらしい理由をつけてこれまでの旅路を事細かく教えてもらう。 「到達した地獄がどこなのかわからなくて困ったなあ。覚えていますか?」 「あ、あのときは困りました」 「今も変わらず真っ暗ですし」 「は、はい」 冷や汗をかきながら適当に相づちをするティア。 シルフィリアは二人の話しに耳をそばだてて、ここに至るまでの状況を頭の中へと叩き込んだ。そして考察も並行して行う。 (「もしデビルがあたいらを地獄から追い返すつもりならこちらの食料を台無しにしてしまえばいい。そうしなかったのはたまたま遭遇したデビルのおつむが弱かったせいなのかねぇ。でもそうでないとしたら。もし容易に逃げられない地獄の奥まで引き寄せてから新たに魂を奪うつもりだったとしたら辻褄が合う‥‥」) シルフィリアの脳裏を嫌な予感が過ぎる。 デビルは魂を欲するが誰のものでもよいわけではない。 人の世界で上に立つ地位や名誉を持つ者の魂。契約の履行を持ってして心の自由を奪った上での魂。そのような魂こそがデビルにとって稀少価値がある。 であるのに関わらず、ここにいる被害者達は不意を突かれて中級デビル『フュルフュール』に魂の一部を抜き取られたという。デビルにとっては価値が低い魂ばかりだ。 さらに不可解な点が。 全員ではないものの、被害者の知人、友人、縁者には冒険者出身が多かった。 デビルを壊滅的な立場に追いやった冒険者ならば契約を交わしていなくても、その魂は奴らにとって極上であろう。 フュルフュールは冒険者を釣るための餌として罪のない人々の魂を奪ったのかも知れなかった。そしてかけた罠はこの地獄の階層だ。 シルフィリアは深夜の見張りの時にエルディン、月与、ティアへと相談した。 「そうだとしたら‥‥許せない」 月与は奥歯を噛みながら胸元の両の手を眺める。希望の詩い手を二つ名に持つ彼女の心を怒りが強く締め付けた。 「月与姉さん‥‥」 ティアが両手で月与の手を握る。 ティアの父母は彼女が幼い頃に魂の半分を奪われてしまった。なので実際に育ててくれたのは月与やシルフィリアである。 ティアの父母はあまりにも衰弱していて地獄まで連れて来るわけにはいなかった。魂の半分は煉獄の中にあって苦しんでいるはずだが、どうすることも出来ない。 ティアが選んだのは万に一つの奇跡。一縷の望みを持って広大な地獄のどこかにあるはずの父母の魂を発見することである。 ティアを抱きしめる月与。その二人をシルフィリアがまとめて抱擁する。 「ティア、月与‥‥、大丈夫さ。きっときっとね。こうしてここに来られたのだからねっ」 シルフィリアの言葉に涙ぐむ月与とティア。その様子にエルディンは決意を新たにする。 闇に輝く赤い月が徐々に重なってゆく。 この時、飛翔するフュルフュールが舌なめずりをしていたことを知る人間は誰もいない。 ただ嫌な予感がして飛び起きた者はたくさんいた。テントの中で目覚めた者達は汗びっしょりの額を手の甲で拭うのだった。 ●地獄での戦闘 太陽が昇らない地獄において朝は訪れるはずもなかった。 「さあ出発しましょう」 目が覚めた人々はエルディンの指示の元、魂を求めて歩き始める。 「妙だね‥‥」 「地獄に鳥でしょうか?」 シルフィリアとティアが赤い月の輝きでわずかに染まる地獄の空を見上げる。頭上から鳥の羽ばたきが聞こえてきたからだ。最初は数羽程度だったものが、今では騒がしい程になっていた。 次第に目が慣れてきて上空の一部を覆っていたものが雲ではないことがわかる。それらの正体は鳥ではなくデビルであった。 急降下して襲ってくるグレムリンの群れ。 「大丈夫だよ。クレリックさんたちから離れないようにね」 月与は娘をクレリックの一人に預けて鞘から剣を抜いた。 蝙蝠のような翼を持つグレムリンは空中からの攻撃を得意とする。 地獄で本来の力を発揮しているとはいえ初級デビルなので屈強な冒険者達にとって敵ではなかった。敵を倒すより大切なのは被害者達を守ることである。 「相談の通り、隙間無く効率的に張りましょう」 エルディンはクレリック達を統率して多数のホーリーフィールドで安全地帯を作り上げた。 月与、ティア、シルフィリアはそれぞれにデビルスレイヤーの武器を手にグレムリンを葬り去ってゆく。 デビルの戦い方は地上と地獄ではかなり違う。 地上においての身体は仮のものなので倒されたとしても地獄に存在する本体は無事だ。再び地上に現れるためにかなりの年月を必要する程度である。 しかし地獄においての身体は本体そのもの。誰かに倒されたということはこの世からの消滅を意味していた。自然に地獄では守りに徹した戦い方となる。 仲間が簡単に倒されてしまう実力差を知ってグレムリンの多くは地上への接近を躊躇うようになっていった。 「何をしている! 奴らを倒せば一気に高位のデビルになれるだけの魂が得られるのだ! 臆するな! 人の魂を欲せよ!! それこそがデビルの本懐!!」 轟く低い声はグレムリンが漂う宙よりもさらなる上空から届いた。 「危ない!」 シルフィリアが叫んだ瞬間に上空が青く輝いた。グレムリンを鼓舞した声の持ち主が放った雷電である。 落雷によって大樹が真っ二つに割れて燃えさかった。被害はそれだけではない。まるでシャボン玉が指先でつつかれたようにかなりのホーリーフィールドが消滅してしまったのである。 (「強いですね‥‥。これはどうしたものか‥‥」) 壊された超越のホーリーフィールドを作り直しながら、エルディンは敵首領の正体を探したが見つからなかった。 「あれか‥‥?!」 シルフィリアが上空の群れの中に雷電を放ったと思われるデビルを探し出す。グレムリンと似た蝙蝠のような翼だがとても洗練されていた。 エルディンに特徴を伝えるとすぐさま正体が暴かれた。地上で魂を奪っていった中級デビルの『フュルフュール』に間違いないと。 「エルディン司祭! きっとあのフュルフュールってデビルが魂を持っているに違いないよ!」 月与は魂の抜かれた被害者全員が渇望の目で見上げているのに気づいていた。まず間違いなく奪われた魂はフュルフュールの中にある。 「もしかすると父と母の魂も‥‥」 ティアが手にしていた長柄武器ハルバートは母の形見だ。この機会を逃すまいと眼光鋭く赤く染まる上空を睨んだ。 「行け! 奪ってこい、下僕共よ!!」 フュルフュールのかけ声によって多勢のグレムリンが一斉に襲いかかってきた。一体では大したことがなくても捨て身でまとまって来られると厄介なものである。 「ここは任せてください! 掃討はお任せします!」 エルディンは仲間のクレリック達と力を合わせて魂を抜かれた被害者達を強固に守護する。今しばらくの攻撃は得意とする仲間達へと託された。 「ピンチなんかじゃない。やっと、やっとこの時が来たんだ!」 月与はグレムリンを剣で斬り裂き続けて機会を窺った。雑魚のデビルなどいくら倒しても一緒。倒すべきはフュルフュールだと。 地獄には様々な階層が存在し、それぞれが独立している。フュルフュールがこの階層を統べる主であるのならば主要な魂は奴の中にあるはずである。 以前は上級のみが階層を任されていたようだがそうではないのだろう。ここからもデビルの衰退は想像できる。 (「どうすれば大地まで引きずり落とすことが出来るのでしょうか?」) グレムリンをすべて殲滅したところでフュルフュールが地上に降りてくるとは限らなかった。ティアはデビルが消滅する際の霧の中を駆けながら思考を巡らす。 「ティア、手助けする。やりたいことをやりなっ!」 「は、はい!」 ティアに近づいたシルフィリアが告げた。二人を引き裂くように上空から二度目の雷電が大地に叩きつけられる。 (「司祭様のホーリーしかない‥‥」) そう考えたティアはシルフィリアに魂の抜かれた被害者達の防衛支援を頼んだ。エルディンに力添えをして余裕を作ってもらうために。 「お土産だ。よく聞いておくれ」 「どうしましたか?」 シルフィリアはエルディンにティアからの作戦を伝える。そしてホーリーフィールドが長持ちするようデビルスレイヤーの刃で多くのグレムリンを粉砕し続けた。 わずかだが余裕が出来たエルディンは詠唱の機会を窺う。高速詠唱であっても一瞬の間は必要。それだけ本気になったグレムリンの猛攻を凌ぐのは大変であった。 「慈愛と博愛の神よ、宿敵デビルを打ち砕く力を与えたまえ!」 赤黒い空へと放たれるホーリーの輝き。それは高空のフュルフュールへと見事命中。怒りの雄叫びをあげたフュルフュールは魔力を振り絞って何度も雷電をエルディンへと落とす。 ひたすらにホーリーフィールドを張り直して耐えるエルディン。業を煮やしたフュルフュールはついに地上へと急降下した。それを見逃さなかったのが月与だ。 「今度こそ、ハッピーエンドをこの手に取り戻させて貰うよ!」 月与は消滅しかけたグレムリンを踏み台にして地表間近のフュルフュールへと跳びかかった。 宙を滑るデビルスレイヤーの剣がフュルフュールの翼の片方を切り落とす。 それでも安心は出来なかった。中級デビルならば元々浮遊能力を持っていてもおかしくはなく、また変身や透明化といった脱出に有効な手が残っているはずだからである。 畳みかけることが肝心とティアがハルバートの長柄の斧で追いつめる。後退するフュルフュールだがシルフィリアが逃げ道を塞いで逃がしはしない。 ティアは戦いながらフュルフュールに問うた。父母の魂も奪ったのはお前なのかと。だがフュルフュールは嘲笑を浮かべるだけで答えようとはしなかった。 「父母ばかりで無くこれほど多くの人まで‥‥」 ティアの怒りの一撃がフュルフュールの右肩から指先までを斬り落とす。 「あの時は良くも出し抜いてくれたもんだよ。永劫を生きるあんたにとっては短い時でも、あたいらにとっては貴重な日々なんだよ!」 シルフィリアは後方から抱きつくようにフュルフュールの脇へと短剣の刃を突き立てた。耳元で囁いてから抜かずに離れる。 「エルディン司祭!」 月与がフュルフュールの左腕を斬り落として叫んだ。 エルディンが放ったホーリーの輝きがフュルフュールを包み込んだ。断末魔の叫びと共にフュルフュールの身体が砂のように崩れ去った。 風に吹かれて砂が飛び散ると大地には大量の球が転がる。それは紛れもなく人の魂であった。 ●平和 わずかに残っていた上空のグレムリンはフュルフュールの消滅に畏れおののき何処かへ消え去った。 連れてきた被害者達の魂はすべて見つかる。もちろん月与が連れてきた娘の分もだ。 「よかった。本当によかったよ‥‥。もう大丈夫だからね。お父さんとお母さんのところへ帰ろうか」 月与は元気になった娘を見て号泣する。次々とこぼれ落ちるのはうれし涙。もう悲しみの涙ではなかった。 魂はまだ残っており希望を持って地上へと持ち帰る。 遠征隊が帰還してから丸一日後に地獄へと通じるノルマン王国ブルッヘ近郊のヘルズゲートは閉じた。フュルフュールを倒したことと関係があると思われたが真実は謎のままだ。 ヘルズゲートの周辺警備を担当してくれていたのはブランシュ騎士団黒分隊。その中にはかつてちびっ子と呼ばれていた面々の姿もある。 ドーバー海峡からセーヌ川を遡る船旅を経て、回収された魂はひとまずパリの教会へと預けられた。 ティアは急いで馬車を用意して父母を教会へと連れて行く。 (「どうかこれらの中にありますように。神様、お願いします‥‥どうか‥‥‥‥」) そして父母の魂がこの中にあるのを神に祈った。 弱々しい父の手が一つの魂を握りしめる。母も別の魂の球を握りしめた。 それらは間違いなくそれぞれの魂の半分。口の中へ入れてあげると瞬く間に吸収される。 長年の闘病生活で立ち上がることはできなかったもののティアの父母の瞳に輝きが戻った。 唇を震わせて言葉なく喜び合うティアと父母。医者によれば時間はかかるだろうが父母の身体も元気を取り戻すとのことであった。 「よかったねぇ。ほんとうに‥‥。どうも涙もろくなっていけないねぇ」 シルフィリアは一人教会の外に出て感慨深く呟いた。月与と娘、ティアと両親、そしてエルディン。シルフィリアにとって誰もが大切な人である。 幸福を感じていたシルフィリアだが、気がかりなことがあった。それは再び薄氷の世界へと飛ばされてしまうのではないかといった危惧だ。 しかしある日ある時、頭の中で誰かが囁く。望まない限り、このジ・アースの世界から引き離されることはもうないと。 その後エルディンは教会から魂の持ち主を探し出す任を拝命する。約三ヶ月後にすべてを完了した。 「いつかはエルフが司教になれる日が来るかも知れませんね」 エルディンが呟いた冗談は三年後に現実となる。 ノルマン王国ではかつて冒険者として名を馳せた女性が王妃となっていたが、彼女の尽力によって神聖ローマ帝国とノルマン王国との関係に修復がみられたのである。 その成果の一つとしてエルフのエルディンが司教に選ばれることとなった。 しかし繰り返しになるがこれは今から三年後の話。しばらくパリの片隅では相変わらず女性に微笑みかけるエルディンの姿が見かけられたという。 遠征の一年後にはパリのレストラン・ジョワーズにすべての関係者が集まった。魂を奪われた全員が完全回復する。 「こちらに座ってお父様、お母様」 ティアが椅子を引く。ティアの父母は自らの足で歩いて参加してくれた。 「お嬢さん、こちらの席は空いていますか?」 エルディンは相変わらず。 「まさかギルド長に就任にするなんて。あの食いしん坊さんがってね」 「それは酷いのですよ〜♪」 月与は依頼成立に尽力してくれたシーナとお喋りを楽しんだ。彼女がパリギルド長になるとは昔を知る者にとっては信じられない事実であろう。 「いや、あたいは見込んでいたよ‥‥なんてね♪」 シルフィリアにもからかわれる始末である。 ノルマン王国に再び平和が訪れたのであった。 |