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■オープニング本文 朱藩の首都、安州城。 国王・興志宗末の命じによって天儀酒の蔵元から二名が呼ばれた。真日向家の主、灯と五男の炎である。 真日向灯は五十歳を過ぎたばかり。真日向炎はもうすぐ十八歳になろうとしていた。 遡って三日前。真日向の屋敷へ国王・興志宗末の花押が記された書状が届く。 真日向家は朱藩片田舎の一蔵元に過ぎず、これまで興志家とはまったく繋がりがない。 恐る恐る書状に目を通した真日向灯だったが、何度読み返しても首を傾げるしかなかった。要領を得ない内容で、はっきりとしているのは五男の真日向炎を連れて安州城へ来いということだけ。 「お前、興志王様と面識があるのか?」 「いいえ。まったく存じません。俺がこの土地から離れたことがないのは父上も知っているでしょう。王様は誰かと人違いしているのでは?」 炎を含めて家族全員に訊ねてみても、知らないと誰もが首を横に振るばかり。困り果てたものの、とにかく安州に向かわねばと灯は書状の通り炎を連れてすっ飛んできた。 広間に通されて二時間後、ようやく興志王が姿を現す。 「頭をあげてくれ。すまねぇな、ちょいとばかり出かけてたもんでよ」 真日向親子の間近で胡座をかいた興志王はざっくばらんに話しだした。 実は城下の酒場で葡萄酒造りを知る者を探している間に真日向炎の名を耳にしたのだという。 「ど、独学で葡萄酒造りをしているのは間違いありません‥‥」 声を上擦らせながら答える真日向炎は確かに三年前から葡萄酒作りを朱藩の地で試していた。五男といった気楽な立場だから出来たことだが、彼なりの考えもあって始めたことでもある。 「遠く希儀の地に野生の葡萄の木がたくさん生えている場所があるんだが。そこを任されてみないか? 葡萄酒を造ってもらいてぇ」 興志王は真剣な眼差しを真日向炎に浴びせた。 (「このままだと五男坊として兄達に扱き使われるだけの人生‥‥。だからこそジルベリアの葡萄酒を造ることで俺は――」) 真日向炎の心の中でいろいろな思いが浮かんでは消える。 「ま、急がねぇよ。気が向いたら連絡をくれ」 「い、いえ。希儀での葡萄酒造り、やります。やらせてください! あちらの季節がどうかは知りませんが、もし天儀と大した差がないのなら今から始めないと一年先になってしまいますので」 興志王に頭を下げる真日向炎。その様子を見て父の真日向灯も深くお辞儀をする。 「そういうもんか。じゃ、片づけも急がねぇといけねぇな」 「片づけ‥‥でございますか?」 「おうよ。葡萄の木の一帯にはちとばかりアヤカシが出るんでな。前倒しで開拓者にでもやってもらおうか。奴らならあっという間だろ。臣下として欲しいぐらいだぜ」 「た、頼もしいですね」 豪快に笑う興志王に冷や汗をかく真日向親子。 その日の夕方には神楽の都の開拓者ギルドに依頼募集が張り出される。 場所は希儀本島の南部、羽流阿出州からほど近い一帯。いびつながら直径二キロメートル円の盆地内に多数の野生化した葡萄の木が生えていた。 葡萄はよい実をならせるとすれば水やりが非常に難しい植物である。樹木がまともだと仮定して、今から用水路や手入れをしようやく葡萄酒造りに間に合うかどうかといった具合だ。 その前にアヤカシを退治しなくてはならない。開拓者達に大いなる期待がかかっていた。 |
■参加者一覧
からす(ia6525)
13歳・女・弓
鞘(ia9215)
19歳・女・弓
シルフィール(ib1886)
20歳・女・サ
ゼス=R=御凪(ib8732)
23歳・女・砲
守氏之 大和(ic0296)
15歳・女・シ
輝羽・零次(ic0300)
17歳・男・泰
硝(ic0305)
14歳・女・サ
春炎(ic0340)
25歳・男・シ |
■リプレイ本文 ●希儀 朱藩所属の中型飛空船二隻が希儀上空へと到達する。片方の船内には船乗り達の他に開拓者八名と真日向炎の姿があった。 「葡萄の木の特徴は――」 開拓者から質問を受けた真日向炎が葡萄の樹木に関する説明を一通り語り終わる。 すべての葡萄の木を傷一つつけないで済めばそれが一番だが、激しい戦いの中ではそうはいかないはずである。葡萄栽培に適していない状態の樹木を判別出来れば、それを盾にしても問題は少ない。 「炎殿、私の相棒達は酒が好きでね。近い将来、美味しい酒が呑めると教えてあげたら喜んでいたよ」 からす(ia6525)は座席にもたれ掛かりながら、膝の上に乗せていたミヅチ・魂流を撫でる。魂流は水が恋しくて少々不機嫌だが、からすの側で静かにしていた。 「酒造りをしてる者としてはとても嬉しいですね」 「今後も必要なら、開拓者、よく使うといい。依頼とあれば護衛も収穫もやってくれるからな」 それは助かると真日向炎は喜んだ。 真日向家の下働きの中から希望者を募るつもりでいたが、人手が足りなくなるのは容易に想像できたからだ。 これが朱藩の地なら周辺住民を一時的に雇い入れて手伝ってもらうことも出来るだろう。しかし移住者がまばらな希儀の地だとそうはいかない。すべてを自分達で賄わなくてはならなかった。 開拓者ギルドの存在を真日向炎はとても心強く感じていた。 「ワイン用の葡萄の木々ね。いいわね、ワインは私が一番飲み慣れて好む酒よ」 前の座席にいたシルフィール(ib1886)が真日向炎へと振り返る。 「アヤカシ退治が終わりましたら、去年の試作葡萄酒を振る舞うつもりでいますので。ただ‥‥本場のものに比べるとまだまだの味だと思いますのでその点はご容赦を」 畏まる真日向炎にシルフィールが首を横に振る。 「きっと美味しいワインに違いないわ。それに未来のいいワインの為に全力を尽くすとするわね」 シルフィールから真日向炎は元気をもらった。 「俺は希儀の葡萄酒を飲んだ事があるが‥‥あれはジルベリアの物とも違い美味かった」 「ほ、本当ですか?」 ゼス=M=ヘロージオ(ib8732)の発言に真日向炎は身を乗り出す。 「ほんの少量でよいのならば後で呑ませよう。それでいつか同じものが飲める様になるのであれば」 「や、約束します」 ゼスの言葉に真日向炎は歓喜する。 「食べられる葡萄の実ってあるのかな? シュンシュンはどう思う?」 「‥‥どうだろうか」 並んで座る守氏之 大和(ic0296)と春炎(ic0340)は葡萄の味を話題にしていた。守氏之がお喋りして春炎がたまに相づちを打つ。どんな味なのだろうと守氏之が涎を垂れそうな表情を浮かべる。 「残念ながら難しいと思います。温暖な土地ですが寒さ暑さの変わり方そのものは天儀と似たようなものと興志王様が仰っていました。俺も聞いただけなので本当にそうなのは知らないのですが‥‥」 守氏之と春炎の会話を聞いていた真日向炎がすまなさそうに答える。希儀も冬だとすれば葡萄の房は絶望的だと。 「そうなんだ。教えてくれてありがとうね」 残念がる守氏之だが春炎に共闘を試そうといわれて心機一転。船倉にいる駿龍・ぽちと駿龍・たまの世話をしようと席を立つ二人である。 「お昼の時間だ。汁を零さないようにな」 鞘(ia9215)が人妖・かたなと一緒に運んできたのはざる蕎麦。全員に配られるとさっそく食事となる。 鞘の生家は蕎麦屋なので打つのは非常に得意。先に食べてもらった操縦室や機関室の船乗り達にもとても好評であった。 「お蕎麦、とても美味しいです」 硝(ic0305)は掛け蕎麦を美味しく頂いた後で船倉に移動し、愛用の『槍「鬼徹」』の手入れを始める。船内で唯一の広々とした空間なので槍の鍛錬も欠かさなかった。 船倉には輝羽・零次(ic0300)の姿もある。 連れてきた鷲獅鳥にはまだ名前がつけられていなかった。これまで喧嘩ばかりの意地の張り合いが続いて、その機会がなかったのである。 (「名前をつけるのは俺を主人とわからせてからだ」) 輝羽は無言で餌をやって鷲獅鳥の前を去る。 希儀の空到達からさらに半日強が経った真夜中、朱藩の中型飛空船は静かに大地へと着陸するのであった。 ●葡萄園跡 野生化した葡萄の樹木が育つ一帯は盆地内にあった。 これまで枯れないで葡萄の樹木が残ったのは小川が流れていたおかげであろう。 人工物の痕跡はほんのわずか。しかし元々は人の手によって作られた葡萄園に違いなかった。 飛空船が係留されているのは葡萄園跡から二キロメートルほど離れた山向こうの平野部である。危険なので真日向炎には船乗り達と共に飛空船へ残ってもらった。 準備を整えた開拓者達はさっそくアヤカシ退治を開始する。 戦うのは太陽が照る明るい日中だけ。 単に見渡すだけではアヤカシの姿は確認できなかった。隠れている敵を求めて雑草生い茂る葡萄園跡に開拓者達は足を踏み入れるのであった。 ●からす、硝、春炎 まずはアヤカシの位置を特定するために、からすが鏡弦を使用する。構えた『呪弓「流逆」』の弦をかき鳴らして周囲を探った。 「こちらだ。あの特に蔦が絡みついた木の周辺に一匹隠れている」 からすが遠くの葡萄樹木を指さす。 巣くっていたのは蛇アヤカシの『ヒュドラ』である。巨大で首がたくさんある大蛇。孤立して一体のみなのはとても好都合といえた。 「あの場所は‥‥このような地形だ」 春炎は先に調べた地形図を取り出して、これから向かう地点を説明する。ここからは見えないが奥には樹木の北側には小川が流れていた。 「この辺りは私が塞ぎます」 硝は滑空艇・陣陽を静かに浮上させてを静かに移動。樹木の南西側で待機する。 春炎は樹木の南東側だ。駿龍・たまになるべく背を低くしてもらいながら地上を徒歩で移動した。 「魂流、木に絡みついていたら『落として』。川は『渡らせないで』」 『ミュー』 からすに指示されたミヅチ・魂流は小川へと飛び込んだ。そして水中を泳いで樹木の北側へと回る。 ミヅチ・魂流の行動が攻撃開始の合図となる。川面から頭を出した魂流が真上に水塊を出現させた。 葡萄樹の幹に絡みつくヒュドラ・壱に目がけて練水弾が放たれた。大きく弧を描きながら幹よりはぎ取るように命中。ヒュドラ・壱が草むらへと落下する。 ヒュドラ・壱は小川のミヅチ・魂流に向けて蛇行する。水柱で攻撃したいものの射程から外れているので近づきたいのであろう。 ミヅチ・魂流による練水弾の二発目がヒュドラ・壱の首の一つに命中。衝撃を受けながらも射程距離まで近づいたヒュドラ・壱は三本の首すべてをミヅチ・魂流に向ける。 その時、一本の矢が宙を舞った。からすが南側から放った矢はヒュドラ・壱の中央の首へと深く突き刺さる。 またヒュドラ・壱がミヅチ・魂流との距離を縮めていた時、春炎と硝がただ黙って見守っていた訳ではなかった。 硝は滑空艇・陣陽。春炎は駿龍・たまの背に乗ってヒュドラ・壱の背後へと迫っていた。 「蛇は強くなければ、蛇じゃないでしょう」 滑空艇・陣陽から飛び降りた硝は直閃で踏み込み、槍先をヒュドラ・壱の首の一つに貫通させて引きちぎる。 春炎は葡萄樹との距離を目測した上で駿龍・たまに指示。龍蹴りが決まってヒュドラ・壱は弾き飛ばされた。 からすによる二射、三射目と矢が突き刺さる。ヒュドラ・壱から二本目の首が消え去った。残る首は一本のみ。 ミヅチ・魂流が水柱で足止めをしている間に駿龍・たまによる二撃目の龍蹴りも決まった。ヒュドラ・壱は瀕死状態となる。 止めを刺したのは春炎が放った棍の一撃。胴に深くめり込むとヒュドラ・壱の巨体が黒い瘴気となって消え去る。 「なるほど‥」 春炎は戦いのコツを一つ、掴んだようである。 主に地上を這いずるヒュドラを狙ったからす、硝、春炎であったが、鳥と人が合わさったようなハーピーと戦う機会もある。 その時には滑空艇・陣陽を操る硝が囮となって地上まで引き寄せて全員で消滅させた。太陽が完全に落ちる前に飛空船へと戻る三人であった。 ●鞘、シルフィール 滑空する鷲獅鳥・エルランスの背中には二つの影。シルフィールと鞘の二人が乗っていた。盆地は広いので分散のための移動である。 空飛ぶ仲間達と一緒に行動した際にハーピー一体と遭遇した。 シルフィールは槍、鞘は弓での消極的な遠隔攻撃に留める。二人乗りでの空中戦闘はかなりの不利を伴うからだ。 ここは仲間の力を信じるべきであるし、事実あっという間にハーピー・壱は退治されてしまった。 鞘とシルフィールは盆地の東端に到達。すると高い樹木目がけて鞘が飛び降りた。 鞘は木の枝を渡って見事に着地成功。シルフィールは鷲獅鳥・エルランスを反転させて全速力で飛ばして引き返す。そして人妖のかたなを乗せて鞘の元へと戻った。 「すでに鏡弦で見つけておいたわ。あちらの方角にヒュドラが一体、こちらにもう一体。微妙な距離だけど離れているわ」 「うまく誘い出せば一体ずつと戦えるわね」 鞘とシルフィール達は茂みの中に隠れながら相談する。 二体の敵とまとめて相対するよりも、一体ずつ二回に分けての方が有利に戦える。約二十メートル離れているヒュドラの間を多数の葡萄樹が遮っていた。 「‥‥いくわ」 シルフィールは鷲獅鳥・エルランスの背に屈んで乗って低空を飛んだ。ヒュドラ・弐の頭上を掠めるように旋回して鞘が隠れる方角へ。 鎌首をもたれた三首のヒュドラ・弐は飛び去った鷲獅鳥・エルランスを追いかける。 離れた位置のヒュドラ・参は騒動に気づいていなかった。敵一体のみの誘い出しに成功した瞬間である。 (「油断は禁物だが、勝負あった」) 迫るヒュドラ・弐に向けて冷静な鞘は猟兵射による矢を叩き込んだ。 不意の攻撃に怯むヒュドラ・弐。 その間にも鞘は矢を即射。近づかせる前に首一つを消滅させてしまう。 鞘から離れた位置に待機する人妖・かたなも活躍。呪声を聞かせてヒュドラ・弐をさらに惑わしてくれた。 どの方向に進むべきか悩み、ヒュドラ・弐が長い身体をくねらせる。 狙い澄ませた鞘の矢射が止むことはなかった。どこに向かうのかようやく決めたヒュドラ・弐は鞘が隠れる茂みに向かって大地を這う。 しかしそれもわずかな進みで止まる。 低く滑空した鷲獅鳥・エルランスの背中から飛び降りたシルフィールの『魔槍「ゲイ・ボー」』が首の根本へと深く突き刺さったからだ。 捻りながら抜いてもう一度突き刺す。今度は絡め取ってそのまま投げようとすると途中で首が千切れた。 地面へと転げたヒュドラの首は瞬く間に黒い塵になって消え去る。 残るヒュドラ・弐の首は一つのみ。ヒュドラ・弐が反転し、ぬかるんだ沼地へと逃げ込もうとした。 冷静に矢を敵に命中させ続ける鞘。シルフィールは鷲獅鳥・エルランスの背に飛び乗って空中から追いついた。 シルフィールがゲイ・ボーを振り下ろす。槍先が唯一残っていたヒュドラ・弐の頭を貫いて顎へと飛び出す。 それでヒュドラ・弐は終わり。長い身体がみるみるうちに崩れて滅した。 残ったヒュドラ・参は人妖・かたなが呪声で誘い出す。こちらも難なく倒しきったところで、人妖・かたなによって神風恩寵による回復が行われるのだった。 ●ゼス、守氏之、輝羽 ハーピーとの戦いは唐突に発生することが多かった。それは敵にとっても味方にとっても、飛ぶという行為が画期的な移動能力を有させるからである。 「お互い、ケンカは後にしようぜ。今はアヤカシをなんとかすんのが先だ。そう思うよな? お前も」 飛行中、輝羽が跨ぐ鷲獅鳥に話しかける。暫しの間の後で鷲獅鳥が啼いた。どうやら異論はないらしい。 出来る限りの高度から葡萄園跡を見下ろす輝羽と鷲獅鳥。探し始めて十分後、ハーピー二体を発見する。 ここは一人で戦うよりも仲間と一緒の方がよい。そう判断した輝羽は遠くを飛んでいたゼスと守氏之に協力を求める。 鞘とシルフィールが一緒の時もハーピーと戦ったのだが、味方が多勢過ぎてよくわかなかった。三対二の戦いならばどれくらいの実力差かはっきりとわかるはずである。 「あれか」 ゼスがロングマスケットで狙い定めてフェイントショットを命中させた。撃たれたハーピー・弐は翼を怪我したのか飛行を不安定にさせる。それでも急上昇で三人に向かってきた。 「例のあれを撃つ。注意を忘れるな」 ゼスは迫るハーピー二体に向けて放ったのは閃光練弾。 「所持金九百文まで減らして鍛えた装備が今こそ唸るのです! ぽち、ばしばしいきますよ!」 眼下が光りに包まれる中、駿龍・ぽちに乗る守氏之が真っ先に急降下した。 「勝つぞ!」 殆ど同時に輝羽も鷲獅鳥と一緒にハーピーを目指す。翼を小さく畳み、まるで矢のような勢いで落下する。 ゼスの閃光練弾のおかげでハーピー二体はよく見えず虚ろな様子。駿龍・ぽちの足に取り付けられたデーモンズソードがハーピー・参の右翼を深く損傷させた。 ハーピー・弐の胴には輝羽の拳に取り付けられた刃の跡が深く刻まれた。輝羽と鷲獅鳥が協力したからこその一撃といえる。 ハーピー二体は途中の勢いだけであっという間に倒された。 再び実力を計るまでには至らなかったものの、三人でかかれば殆ど傷つかずに敵を倒せるのがよくわかる。 広い空なので単独での戦いに追い込まれることもあるだろうが、出来る限り共闘する約束を交わした。三人は近い空域でハーピーを探す。 「シュンシュンとたまちゃんがいる!」 偵察中、守氏之は遠くを飛ぶ駿龍・たまを駆る春炎に気づいた。しかし両手を振って合図を送ってみたものの反応がない。残念がっていると米粒のような大きさまで遠ざかった春炎が片腕を挙げていた。 「あ! だめです! 仕事なので真面目にせねば‥‥!」 嬉しくてほんわかしてしまった守氏之だが、すぐに気分を引き締めた。いつ敵に襲われるかも知れない戦いの場なのだからと。 その頃、大地に下りていたゼスはハーピー・肆を発見していた。 「さすがに全てを排除するのは難しいだろう。恐れをなしてここに近づかなくなれば‥‥それが一番良いが」 ゼスが上空を滑空するハーピー・肆目がけて閃光練弾を放つ。 「そう、そのまま一気にいってくれ!」 輝羽と鷲獅鳥はゼスの射撃に合わせて大空へと上昇した。そしてハーピー・肆の左翼を強打。ハーピー・肆が錐もみしながら落下する。 ゼスが地上に落ちるまで三発を撃ち込んだ。激しく大地に叩きつけられたハーピー・肆だがそれでも消滅しなかった。 その時、守氏之が戻ってくる。 「後ろにずっと付かれて‥‥。わーん、助けて下さい〜‥‥」 駿龍・ぽちの背中で守氏之は半べそ。新たなハーピー・伍に追いかけられていたのである。 「こいつは俺と鷲獅鳥に任せろ! あんたは地上のハーピーを頼んだ!!」 輝羽は守氏之と空中ですれ違いながら叫んだ。互いの位置関係からしてそれがもっとも効率的な戦い方だったからだ。 輝羽はゼスに射撃で援護をしてもらいながらハーピー・伍へと急接近。渾身の泰練気法を込めた拳の爪を刻み込む。 「これで倒れて〜〜」 滑空する駿龍・ぽちの背中に掴まる守氏之は、恐がりながらも近づくハーピー・肆から視線を外さない。 作戦は成功した。 駿龍・ぽちのデーモンズソードが手負いのハーピー・肆の首を刎ねて止めを刺す。 輝羽の一撃で瀕死となったハーピー・伍がゼスの放った弾を額に受けて絶命する。 二体のハーピーは同時に瘴気の塵へと還元し消えてゆくのだった。 ●興志王 アヤカシ退治は三日目に突入。その日の午後を過ぎた頃から鏡弦による探知にアヤカシがまったく引っかからなくなった。 葡萄園跡よりも少し範囲を広げてみたがアヤカシは影形もない。今後も定期的な警戒は必要だが、まずはアヤカシ一掃が確認された。 それまで離れた土地で待機していた朱藩の飛空船が葡萄園跡に着陸する。真日向炎は葡萄樹の状態を確かめた。 「樹木を整理して‥‥それと小川からの灌漑をちゃんとすればうまくいくはず‥‥いや大丈夫。今年の秋から期待できます」 真日向炎は強く拳を握り締めた。 開拓者達を含めた全員で手分けして葡萄樹のすべてに番号札を取り付ける。真日向炎は一本一本の状態を記載して残す。 出来る限りの下調べをした上で一行は天儀への帰路に就いた。 報告しようと朱藩の安州城へ立ち寄ってみたものの、興志王はいない。そこで城下を探してみることに。 「シュンシュン、シュンシュン♪」 アヤカシ退治が終わってから守氏之は春炎にべったり。まるで子犬のようにじゃれまくる。 「美味しそうなにおい。お団子食べたいです‥‥」 茶屋の前で守氏之が春炎の服の裾を引っ張った。 (「もしや‥‥」) 春炎は守氏之へと振り向く途中で気がついた。茶屋の席で大口を開けてみたらし団子を食べようとしていたのが興志王なのを。 「おー、もう戻ってきたのか。それでどうだった?」 興志王のおごりで全員分のお団子と飲み物が運ばれてきた。 「葡萄の実りは大丈夫です。秋には葡萄酒造りが出来ます」 断言する真日向炎に無理はしないでいいと興志王が笑いながら肩を叩く。ゆっくりとやれとの言葉であった。 「‥‥そうでした。これを呑んでもらおうと思っていたんです」 真日向炎は去年、朱藩の地で自分が造った葡萄酒の瓶を取り出す。茶屋の主人に断った上で栓を抜き、希望する者の椀に注いだ。 「これを」 お返しにとゼスが貴重な葡萄酒を少しだけ真日向炎に呑ませてくれる。とても濃い味で、なおかつ別の香りづけもされていた。約束の希儀で発見された葡萄酒だ。 「ところ変われば葡萄酒も変わる。味や香りも違いますが‥‥それに白葡萄酒なのですね」 ジルベリア産の葡萄酒との違いを真日向炎は舌と心に刻んだ。これは彼にとって大きな財産となる。 「酒も茶もよいものだ」 『ミュー♪』 からすは両手で茶碗を持って頂く。朱藩産の葡萄酒は一口頂いてからミヅチの魂流にあげる。 (「どんなのがいいだろうな‥‥」) 輝羽は鷲獅鳥につける名前を考えながら団子を頬張った。 「それにしてもアヤカシを退治出来てよかったわ」 「そうだな。うまくやれたといってよいだろう」 シルフィールと鞘が葡萄酒を呑みながらアヤカシとの戦いを話題にする。 「首が沢山あれば強いというわけではありません」 硝もまたヒュドラとの戦いを思い出していた。 真日向炎はすぐに希儀の葡萄園跡に戻ることになるだろう。まずは春を目指して大がかりな葡萄樹の選定作業だ。 葡萄の房を垂らすための棚も用意しなければいけない。やらなければならない仕事は山積していた。 |