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■オープニング本文 ※このシナリオはエイプリルフール・シナリオです。オープニングは架空のものであり、ゲームの世界観に一切影響を与えません。 西暦二○一三年、四月一日一六時。 横浜港には豪華客船『デウス・エクス・マキナ号』、通称『デウス号』が停泊していた。二日後には客を迎えて出航を待つのみである。 殆どの船員は上陸してデウス号船内に残っていたのはわずか六十九名。そのうち料理人が三分の一を占めていたのには理由がある。 食材搬入の確認が終わり、料理人達も陸へ出かけようとしていたところに悪い知らせが入ったのだ。出先からデウス号へと戻ろうとしていた料理長と副料理長が自動車事故に巻き込まれて病院に運ばれたとのことであった。 長期入院になるものの命に別状はないとのことで一同胸をなで下ろす。しかし出航後のことを考えるとそうはいっていられなかった。 料理長と副料理長を欠いた形で九百人を越える乗客をもてなすのは無理。会社の上からはひとまず料理人の中から代理を二名選出してくれとのこと。そのための話し合いが始まって三時間が経過したものの一向に決まらなかった。 日は暮れてしまい、いつの間にか雨が降り出す。まもなく春の大嵐の様相に。やがて空気を轟かす雷電がデウス号へと落ちた。 雷光はデウス号全体を包み込んで眩しく輝いた。船内は停電。全員がその場で卒倒してしまう。 気絶していたうちの最初の一人が目を覚ましたときにはすでに夜は明けていた。 次々と船員達が目を覚ます。悪いことは重なるものだと話しながら窓の外を眺めてみると昨日までと景色が違う。 誰もが甲板へと駆け出した。電源は回復していたが非常時なのでエレベータは使わずに階段を使って。 そして目撃する。陸側にはまるで時代劇のセットのような街並みが広がっていた。 まもなく銃砲を手にした着物姿の一団が乗り込んできてデウス号の全員が捕縛される。 牢に入れられた後、ようやくここがどこなのかがわかった。天儀本島に存在する朱藩国の安州なる港街だという。 船員の誰もそのような国を知るはずもない。呆然とする者、暴れる者など様々であったが次第に状況を理解する。どうしてこうなってしまったのかはわからないものの、とにかく自分達はデウス号ごと異世界に飛ばされてしまったのだと。 「よう、お前達か。突然、港に現れたばかでっかい綺麗な船に乗っていたって奴らは。ジルベリアっぽい服だがどこか違うような‥‥。まあいいや、少し話そうや」 牢に突然現れた男は自らを興志王と名乗る。 船員のうち三分の一が料理人だと聞くと興志王はにやりと笑う。それが本当ならば俺が食べたこともない異国の料理を作ってみろと迫った。 「俺を料理で満足させられたらこの国での自由と生活を保障してやる。そうだな‥‥宴の開催は三日後の夕方でいいだろ。それにまでに間に合わせろ」 興志王の指示で船員全員がデウス号へと戻された。生き残るため、さっそく調理の準備に取りかかる一同であった。 |
■参加者一覧
レイア・アローネ(ia8454)
23歳・女・サ
紅咬 幽矢(ia9197)
21歳・男・弓
霧雁(ib6739)
30歳・男・シ
多由羅(ic0271)
20歳・女・サ |
■リプレイ本文 ●相談 朱藩国の王を名乗る興志宗末から提示された難題。それを解決するために六割の乗船者がデウス号のレストランに集まっていた。 この場にいないうちの一割は船の機能維持を守る船員達。二割はすべてを諦めて自室で絶望することしか出来ない者達である。 喧々囂々の時間が続いた。戦うべきという者や無理にでも船を動かして逃げようといった意見も出たが多数決で却下される。やはり料理で興志王を満足させるしか今後生き延びる道はないだろうと。 「神に感謝するべきだろうか。機械仕掛けの‥‥」 レイア・アローネ(ia8454)が呟いた機械仕掛けとはこの豪華客船デウス・エクス・マキナ号にかけてのものだ。 元は演劇用語で機械仕掛けの神を指す。 物語におけるどのような伏線も唐突に現れた全知全能の機械仕掛けの神が解決してしまう。そんなご都合主義を表したものだ。 豪華客船にこのような命名をした船主は酷くふざけた人物か、つけたときに泥酔でもしていたのだろう。そうレイアは考えざるを得なかった。 「いくら異邦の地とはいえ、海があるということは刺身を御馳走しようかな」 紅咬 幽矢(ia9197)は研いだばかりの包丁を掲げて天井の明かりで確認する。 握る包丁は名工によって打たれたもの。この包丁の切れ味がこの地のそれに劣らない証明のためにも興志王を呻らせる必要があった。これは心意気である。 「王様と言うのは皆、舌が肥えているもの。拙者の料理で満足頂けるかどうか‥‥。しかしやるしかないでござる」 霧雁(ib6739)は料理人としては異色の容姿をしていた。腰まで届くパステルピンクの髪には穏やかなウェーブがかかっている。 それもそのはず、彼は元ビジュアル系ロックバンドのメンバーとして活動していた時期が。解散の後、料理人としての修行を積み、小さな洋食店経営を経てこの船に雇われていた。 各地に寄港するとはいえ乗客達が一番長く過ごすのは海原の船上だ。船内にプールやカジノなど様々な娯楽施設は揃っていたが無条件に楽しいのは最初だけ。やがて飽きてくるもの。そのような状況時、人は食に強く興味を示す。まずければ乗客達の不満は増すばかり。閉ざされた空間においてこれほど怖いものはない。豪華客船の料理人は責任重大なのである。霧雁は自分の腕がどれだけ役立てるのか試すつもりでいた。 厨房には料理人達に混じって部外者もいる。 要人護衛を生業としている多由羅(ic0271)もそのようなうちの一人。客室の安全を確かめるためにデウス号に前のりして災難に巻き込まれたのである。 それだけならまだしも悪戯好きの要人がこっそりとついてきてしまった。雇われている要人家族のご子息だ。 (「どうすべきでしょうか‥‥」) 多由羅は悩む。要人を守るために剣客として戦うにしても、乗り込んできたこの国の者達が纏う雰囲気は常人からかけ離れていた。眼光から感じられる殺気は戦士そのもの。不本意ながら自分の剣では守り通せないと判断せざるを得なかった。 「ここは日本ですか‥? 窓から覗ける景色はまるで時代劇のセットのよう‥‥タイムスリップ‥‥いやいや、漫画じゃあるまいし‥‥」 多由羅は仲間に問いかけながら首を横に振った。 えらく昔の街並みにも関わらず空には飛行機の代わりに船が浮かんでいた。 信じられないことが次々と起こって混乱しない方がおかしい。夢の中だと割り切れれば一番納得出来た。しかし足の裏は確かに靴を通じて床を捉え、肌を抓れば痛みが感じられる。現実だと受け止めて行動するしかなかった。 幸いなことにデウス号の損傷は非常に軽微。燃料も満載された状態ですべての調理器具が使える状態である。 冷蔵庫、保冷庫も止まらずに動き続けているのですべての食材がそのまま。LED照明での一部野菜の栽培も続けられていた。 三日目夕方の宴に向けて料理人達は動き出すのであった。 ●レイア 料理の提供方法は基本バイキング形式が採用される。但し、直接判断する興志王だけは別。給仕が出来たてを提供するコース料理のテーブル席に着いてもらった。 くじ引きで選ばれた者達が興志王用のコース料理を担当。その他の料理人はバイキング料理を作ることに。 コース料理を担当するのはレイア、霧雁、多由羅、紅咬幽矢の四名。一番手はレイアである。 テーブル席には興志王の他に毒味役の配下二名が座った。コース料理とされているが、多くを試食してもらうために提供されるのは一人前のみ。結果的に三分の一の分量になるのでおそらく興志王は全部を口に出来るはずである。 遅効性の毒を想定すると興志王が食べられるのは冷めたものばかりになってしまうのだが、普段からそうはしていないという。聞けば安州と呼ばれる街を自由に闊歩しているらしい。 「これは葡萄酒か。こちらの世界にもあるぞ、ジルベリア産が有名だな」 「はい、赤ワイン、私達の世界ではヨーロッパフランスの名産になっています。これは年代物です」 レイアが用意した葡萄酒を興志王は一気に飲み干す。 「なかなかの味だ‥‥香りもよい」 二杯目からは普通に口をつける。どうやら興志王は喉が渇いていたようである。 「こちらはこのようにして食してもらえるでしょうか」 「肉の薄切りのようだが豚か?」 「いえ牛になります」 「牛か。武天ではたまに食べられるようだが、この朱藩では珍しいな」 レイアはローストビーフをサンチェの葉に置いてマヨネーズと黒胡椒をかけて巻いてみせた。毒味役がやろうとしたところ、興志王は自らの手で巻いてみせる。 興志王が食べる様子をレイアはつぶさに観察した。 (「この世界が日本の昔に似た世界ならば、牛は農耕用として飼われているはずだ。働けなくなった個体を食べる程度だろう。そんなものはどんなにうまく調理してもたかが知れている。だがこのデウス号にあるものなら肉質からして違う。日本の現代のものなら食肉用に品種改良されているから遥かに味が優れている筈だ。低温熟成でさらに旨味も増している。野菜の鮮度も違うしな。生野菜を食う食習慣もあまりないはず‥‥」) レイアが考えていた通り、ローストビーフを噛んだ瞬間に興志王の表情が変わる。 美味いかまずいかは個人の味覚に大きく左右されるが、少なくともこれまでに興志王が食べたことのない料理であるのは間違いない。 「これが牛の肉とは信じられんな。かといって謀っている‥‥ようにも思えん」 ローストビーフを二つ口にした興志王は背もたれに深く腰掛けて胸の前で腕を組む。そしてしばらく皿を見つめ続けた。 「これが調理に使った牛肉と同質のものになります」 レイアは用意しておいた牛肉の塊を仲間に持ってきてもらう。 「これが牛の肉だと?!」 脂身のさしが入った見事な霜降り牛肉を前にして興志王は席を立ち上がって眼を見開く。レイアは礼をして次の仲間と交代するのだった。 ●霧雁 二番手を担当する霧雁が用意したのはレイアと同じく洋風だが、トマトを多く使った料理となっていた。 「これはわかるな。おそらく卵を焼いたものだ。だがかかっている赤いものは一体‥‥?」 「トマトをピューレ状にしたトマトケチャップでござる」 「とまと‥‥聞いたことがあるな。しかしこのような半練りの汁にして使われているのは始めてだぞ」 「オムライスは熱々のうちに食べてもらえると嬉しいでござるよ」 霧雁の言葉にそうだったと思い出すように興志王は箸を手に取った。テーブルにはフォークも置かれていたがやはり箸が使いやすいようである。 「これは‥‥」 「半熟でござる」 興志王にとっても鶏卵は食べ慣れた食材のはず。しかしこのような食感を味わったことはないといった表情を浮かべていた。 食感だけでなくふわふわの半熟卵の部分にトマトケチャップの酸味が加わって味も素晴らしいものに仕上がっている。 (「う○い棒を使ったのが功を奏したのでござる」) 霧雁はデウス号を監視していた朱藩警備兵に頼んで現地食材を手に入れていた。そのときに現代日本のお菓子を取引材料にしたのだ。ものによってはこの世界の食材の方がよい質だと判断したのが功を奏す。 「次はビザでござるよ。先程のオムライスよりもトマトの味をより強調したものでござる」 「それにもトマトケチャップを使うのか?」 「食べてからのお楽しみでござるよ」 「ふむ‥‥」 次に運んだのは焼きたてのピザ五枚。霧雁が切り分けて一つずつを興志王の前に置く。 「チーズとトマト、これが味の基本になっているのはわかる。他にも大蒜、玉葱‥‥いろいろと入っているな」 「五種類のピザを作ったでござる。モッツァレラチーズとピザソース。そにに具はアンチョビ、ぺパロニ、ガーリック、ホタテ、ベーコン、ポテト、バジル、トマト、カレー粉 挽肉、オニオン、ネギ、餅、明太子、コーン、いろいろと組み合わせたでござるよ」 霧雁は食べる興志王に作り方を聞かせる。 事前に窯を熱する準備が必要なものの、わずか数分で焼き上がることに興志王はとても興味を引かれた様子だ。 霧雁はもう一種類、料理を用意していた。それは仲間の分も終わってから出すことにするのであった。 ●多由羅 三番手は多由羅。 実は興志王の配下達が食べているバイキング形式の配膳方法は多由羅の案である。 様々な料理人が集まるデウス号の厨房だからこそ、まずは国際色豊かな料理を楽しんで欲しい。そういった考えからだ。 (「ここまで仲間達はコゴシオウを料理で感心させていますが油断はいけません。夢心地でいてもらわないと」) 多由羅は心臓の鼓動を感じながら自ら料理を運んだ。 「一目瞭然の鍋だが、中身はなんなのだ?」 「フグのてっちり鍋です」 興志王の訊ねに答えた多由羅に毒味役の二人が銃口を向ける。 「我らの王を殺すつもりなのか!」 今にも撃たれそうな状況の中、多由羅は冷静さを装って説明した。 「大丈夫です。私はフグの免許を持っています」 「免許? 免状と同じものか?」 「そうです、毒の部位を取り除くようフグ解体の技を極めた免状を持っています。元いた世界のものですけれど‥‥」 「それを信じろというのか!」 毒味役の一人が多由羅ににじり寄る。周囲の者達も固唾を呑んで見守った。 「‥‥まあ、待て。その技術、この国の者にも教えることは可能なのだな?」 「はい。そうした場を用意くださればいくらでも」 興志王は多由羅に聞いたあとで鍋を頂こうとした。しかし今回ばかりは精査した毒味をさせてもらいたいと止められる。 「そこまでいうのなら‥‥先にこの者が口にしてから食べればよいだろう。な、多由羅なる者よ」 「信じて頂けるのならば」 多由羅は興志王にいわれた通りてっちり鍋の毒味を自ら行った。続いて毒味役の二人も。 (「この際どうでもよいことですが、フグの調理免許は都道府県別にとらなければならないのですよね‥‥」) いろいろなことが多由羅の脳裏を過ぎる。多由羅の体調に変化がないのを確かめた上で興志王は食した。 「これはうまい。失敗のないフグの捌き方、それがわかれば安州の板前達も喜ぶに違いない」 興志王はてっちり鍋の美味さを誉めてくれる。最後の雑炊まですべて味わってくれた。 ●紅咬幽矢 最後は紅咬幽矢の番である。 「用意したのは鮨と刺身だ。といってもそこらのものとはわけが違う。まずは味わってみてくれ」 紅咬幽矢はネタを並べた台の前に立って次々と鮨に握る。 最初は鯛から始まった。鮭の鮨には興志王も驚いていたが、ルイベに似た方法で処理してあると説明した。実は鮭とサーモンは別物なのだがこの際嘘も方便である。 「づけではない鮪鮨なのだな」 興志王は躊躇なく鮪鮨を頂いた。 づけとは醤油漬けのこと。冷凍技術が発達していない世界で生を食べるにはいろいろと工夫が必要。醤油に漬けることによって塩分が腐敗を防いでかつ味わいも高める。づけの技法はよく考えられた生活の知恵といえた。 しかし現代の設備が整うデウス号では別。生の味をたんと味わってもらおうと紅咬幽矢は大胆な手を繰り出す。 「これも‥‥鮪の脂ではないのか?」 「まずは召し上がって欲しい」 瞼を半分落とし怪訝な表情を浮かべながらも興志王はトロ鮪鮨を口にする。トロはバーナーで炙られていた。 「珍味だな。まるで獣肉のようだ」 さすがは様々な料理を口にしている王だけあってトロの鮪鮨でたじろぐことはない。 (「ならこれならどうだ?」) 紅咬幽矢が鮨の次に出したのは馬刺し。食べてから明かすのは卑怯と考えて先に馬の肉と説明する。 朱藩でも馬は食すことがある。しかし生は普通あり得ない。 興志王は生で食べても大丈夫なのかと訊ねた。紅咬幽矢は衛生管理をしっかりとした形で解体した馬ならば腹をこわすことはないと説明する。 理解出来たのなら興志王はそれ以上何もいわなかった。出された馬刺をすべて胃袋に収める。 最後は無菌豚の刺身も。こちらは解体だけでなく育て方も工夫してあると説明する紅咬幽矢だ。 「俺が腹を壊すことがあれば、お前がいったことは嘘だったということだ。そのときには覚悟してもらうが‥‥ま、すぐにわかることだろう。証明された時にはフグの調理法と同じく安州の板前達にも生食の料理法を伝授してやってくれ。それが今後の生活を保障する条件の一つだ」 きつい表現をした興志王だが味には満足したようである。ゆるんだ表情がそれを物語っていた。 ●そして 最後のデザートとして霧雁が用意したアイスクリームが振る舞われた。 バニラ、チョコミント、ストロベリー、抹茶、ラムレーズン、ピスタチオ、チョコ、キャラメル、モカ、小豆、オレンジシャーベット、レモンシャーベット、メロンシャーベット。お酒などで一工夫加えたものも。 「これは美味いな」 特に興志王が気に入ったのはチョコレート味だ。聞けばこの世界にもチョコレートはあるという。ただアイスクリームについては食べたことがないらしい。 数日後、興志王の名においてデウス号と乗員の保護が決定される。 乗員一同は安堵した。元の世界にどうすれば戻れるのか大きな問題は残っていたが、当分の生活を心配しないで済むことに。 数ヶ月が過ぎ去って安州の街にも気軽に出かけられるようになる。そして夏の真っ盛りに台風が安州の街を襲う。 落雷を受けたデウス号が激しく輝きながら揺れた。 「あれは‥‥」 誰かが窓の外を覗くと安州の街は消えていた。 デウス号は夜景煌めく元いた世界に戻る。長い夢から覚めた瞬間であった。 |