|
■オープニング本文 前回のリプレイを見る 武天は天儀本島最大の版図を持つ国である。 王は赤褐色肌の巨勢宗禅。巨勢王の名で通っている巨漢の男には娘がいる。 その名は『綾』。普段は綾姫と呼ばれていた。 父親に似ず器量よし。亡くなった母親の紅楓に似たおかげだ。 紅楓は理穴国の王族、儀弐家の血筋。綾姫は親戚となる理穴国王の儀弐重音にどことなく面影が似ている。 綾姫は飛空船で編成された武天軍を統率した経験もある才女の綾姫だが、まだ十歳と若いどころか幼いといってよかった。 「紀江よ、おはようなのじゃ♪」 「おはよう御座います、綾姫様」 寝室から現れた綾姫は廊下で控えていた侍女の紀江と挨拶を交わす。城下へのお忍びこそ控えていたものの、彼女は此隅城で元気に過ごしていた。 城庭で予備の苺苗の世話をし、馬や龍への騎乗がうまくなるよう定期的な訓練も欠かさなかった。ご飯は残さず食べる。そうやって過ごすうちに十一月を迎えた。 十一月一日の午前中、城庭に立った綾姫は空腹を感じる。先程朝食を頂いたばかりだというのに。 「このにおいは‥‥」 例年よりも一ヶ月遅れであったが、城下において秋の豊穣を祝う『野趣祭』が開催されたのである。 『野趣祭』の名物は広場に並んだ料理屋台である。遠く離れているはずの此隅城の庭にまで肉の焼けるにおいが漂っていた。 「これを機会に城下にもでかけようかの♪」 野趣祭への参加を思い立った綾姫は使いの者を此隅の開拓者ギルドに向かわせる。懇意の開拓者達に護衛を頼むためだ。 「せっかくの機会じゃ。身体を動かしておかねばな」 綾姫は少々食べ過ぎても大丈夫なように日々身体を動かす。 体調は万端。やがて当日となる。 野生肉料理を楽しむべく開拓者達と共に城下へと出かける綾姫であった。 |
■参加者一覧
三笠 三四郎(ia0163)
20歳・男・サ
柚乃(ia0638)
17歳・女・巫
九竜・鋼介(ia2192)
25歳・男・サ
宿奈 芳純(ia9695)
25歳・男・陰
パラーリア・ゲラー(ia9712)
18歳・女・弓
蒼井 御子(ib4444)
11歳・女・吟
フランヴェル・ギーベリ(ib5897)
20歳・女・サ
神座真紀(ib6579)
19歳・女・サ |
■リプレイ本文 ●活況な広場 「野趣祭はいいのう。今日を楽しみにしていたのじゃ♪」 「去年食べたんも美味しかったけど、今年はまた新たな味に出会えるかな?」 神座真紀(ib6579)と綾姫は並んで歩きながら心弾ませる。足取りも心なしか軽い。 広場はまだ先だが辺りには美味しそうな肉が焼けるにおいが漂っていた。上級羽妖精・春音も浮き浮き気分である。 (「綾姫‥‥もうすっかり元気になった様だね♪」) 後方を歩いていたフランヴェル・ギーベリ(ib5897)が横を向いた綾姫の微笑みを眺めて安心した。 お忍びのお出かけなので、城下の間は本人の希望により綾姫を『苺』と呼ぶことになっている。 「あぁん‥‥この肉の焼ける香り‥‥♪ 最高なのですわぁ♪」 「わらわもなのじゃ♪」 人妖・リデル・ドラコニアと綾姫は意気投合して張り切った。やがてぽつぽつと屋台が視界に入ってくる。広場周辺の空き地にも露天や屋台がでていたからだ。 「うん、やっぱりいい匂い、だねっ」 「そういえば御子殿が一緒のとき、武神島へいったことがあったのう。あそこは天儀ではあるのじゃが。ジルベリアにも滞在したことがあるのかや?」 「ボクの行ったところは、シチューみたいな煮込み料理が多かった、かな? 赤かったケド結構おいしかったよ。楽器の練習の合間に食べたりしたときは、手が暖かくてすごくおいしく感じたことを覚えてるねー」 「ジルベリア云々と書かれた幟があるぞよ」 蒼井 御子(ib4444)は上級迅鷹・ツキを頭に掴まらせながら歩く。綾姫と一緒に気になった屋台を覗き込む。 柚乃(ia0638)はラ・オブリ・アビスで神仙猫に変化。他の朋友に混じって翁の白猫として参加する。頭上では『ひょっこり』で出現中の玉狐天・伊邪那がくつろいでいた。 「柚乃殿‥‥ではなかったご隠居様と呼べばよいのじゃったな」 「気を遣わせてすまぬのう。わしは諸国漫遊中の身じゃ」 綾姫に話しかけられた翁の白猫はほっほほと笑う。 「ぬこにゃんは苺ちゃんと一緒にいて欲しいのにゃ」 パラーリア・ゲラー(ia9712)は神仙猫・ぬこにゃんに綾姫の護衛を頼んだ。自らは広場を回って綾姫が望む肉料理を探すつもりである。当人に聞いてみたところ、大蒜風味の醤油ダレ牛肉ステーキが食べたいらしい。 綾姫一行が広間に到達した頃、宿奈 芳純(ia9695)は滑空艇改・黒羅で上空を飛行していた。 「大体このような感じでしょうか」 広場の大まかな出店の配置を手帳に書き込んだところで此隅城へと帰還する。そして徒歩で流すべく広場へ。 「一言に肉料理と言っても色々な料理があるのじゃな‥‥つい目移りしてしまうのぅ」 上級人妖・瑠璃は炭火で炙られている網の上の肉塊を眺めて瞳を輝かせる。 「綾姫が食べたいのは分厚い肉の塊。味付けは醤油と大蒜がよいといってたな。ステーキと呼ばれているらしいねぇ」 九竜・鋼介(ia2192)は瑠璃と話しながら綾姫が希望していた料理を思いだす。自身は綾姫が視界に収まる範囲で探すことに。瑠璃は別行動をとる。 「灼龍はどうしたのじゃ?」 「さつなは城でお留守番させています。お土産を買っていくつもりですので」 綾姫と三笠 三四郎(ia0163)が灼龍・さつなを話題にしていると、繁盛している一角へと辿り着いた。美味しいと評判の屋台にはすでに人だかりができている。 「お待たせしました」 宿奈芳純も合流する。一行は屋台巡りを始めるのであった。 ●お肉は美味しいけれど 「肉を扱う露天があるのう」 「この辺りの商売はみんなそうですね。近郊の生肉だけでなく、遠方からの燻された肉もあるようです」 食材として並ぶ肉類に綾姫が興味を示す。三笠は狩りや食肉についてを説明しながらつき合う。 「あの肉はアナウサギ。こちらはシカとオコジョの肉。あちらの鈎にかかっているのはクマ肉ですね。どれも比較的高所に棲む獣たちです」 「よくわかるの〜」 「故郷では食料確保と訓練を兼ねて狩りをしていましたので自然と覚えました。ご存じかも知れませんが、牛や馬、豚などとは違う意味で野生肉には注意が必要です」 「注意? 家畜とどう違うのかや?」 「野生肉は家畜のそれと比べて有害な寄生虫や病気の危険性が高いです。更に食べてきたものによって味そのものが大きく変わります。雑草よりもドングリを食べて育った猪の方が美味しいとかそういう感じです。猟師なら長年の経験や勘でわかるはずですが‥‥悪徳な者もいますので。それに絞め方や捌き方でもその後の日持ちや味が変わります。話しは逸れてしまいましたが、狩って命を奪った以上は無下な扱いは慎むべきです。もちろん異臭を放つような怪しい部位は食べてはいけませんよ」 「なるほどの。感謝して込めて命を頂かなければな」 いいたかったことが伝わったようで三笠は綾姫に微笑んだ。 ●ジルベリアの煮込み料理 「焼き物の料理もチェックするけど、やっぱり煮込み料理、かな。いくつか屋台があるみたい、だね」 蒼井御子は綾姫から離れて料理を探す。 ジルベリア滞在時に食べた煮込み料理は『ボルシチ』。このスープは赤い色をしているので有名であった。 (「まずくはないけど‥‥」) ボルシチを扱う屋台で注文しては試食。毎度一杯は食べられないので量は減らしてもらう。 「食べたい? 面白そうなものでも見つけたら教えて、ね」 頭上の迅鷹・ツキが不思議そうに器へと顔を近づける。たまにボルシチに入っていた肉塊をあげると喜んで食べていた。 蒼井御子が首を傾げていたのには理由がある。 今日食べたボルシチにはどれもビーツが使われていなかった。潰したトマトで色だけそれらしくしたものばかり。食材としてトマトを使うのは普通なのだが、それだけではちゃんとした色と味にはならない。 これをジルベリアのボルシチだといって綾姫に食べさせるのは気が引ける。 (「夕方までには美味しいトコ、探さないと、ね」) 広場を散策しているうちに蒼井御子の頭に掴まったままツキが羽ばたいた。 「どうかしたの?」 ツキが嘴の先を向けていた先には積まれた木箱がある。背伸びをして覗き込んでみると中には真っ赤なビーツが詰まっていた。 「ということは‥‥」 その木箱を積んでいた屋台で頼んだ煮込み料理は本物のボルシチであった。 幟やお品書きにジルベリアやボルシチの文言がなかったので、ツキが気づかなければ見逃していたかも知れない。 味はもちろん素晴らしかった。昔食べたときのことが思いだされる。 「ツキ、お手柄だねー」 蒼井御子はツキをたくさん誉める。そしてもう一度訪れるために周囲の建物を覚えておいた。 ●変わり種 「どれも美味そうに見えてしまうのぅ」 人妖・瑠璃は九竜鋼介とは別行動で広場を巡った。幟や立て看板でそれらしき屋台を発見する度にステーキは扱っていないか確認する。 ついでに珍しい肉料理がないかと歩いていると極彩色な幟が視界に飛び込んできた。 「熊肉カレーじゃと?」 熊肉そのものは野趣祭ではさほど珍しいものではない。ただカレー仕立ては瑠璃にとって初めてである。 「香りはよいが‥‥」 勢いで購入してみたものの食べる勇気が湧かない。 「そうじゃ、味見は主殿に頼むとするかのぅ」 それまで歩いていた瑠璃はぷかりと浮かんで人混みに邪魔されず移動する。すぐに綾姫と一緒の九竜鋼介を見つけた。 「焼き鳥はうまいのう〜♪」 「鶏肉は最後にしておこう‥‥トリだけにってねぇ。瑠璃、お早いお帰りだねぇ」 瑠璃は駄洒落三昧の九竜鋼介と綾姫の側に着地した。そして熊肉カレーがよそられた竹製の器を差しだす。 味見だと理解した九竜鋼介は竹製の匙で一口、さらに二口。綾姫も一口頂く。 「焼き鳥と熊肉カレー、どっちが美味いと思うかや?」 「こいつはクマッた質問だねぇ。甲乙付けがたい。ここは華麗(カレー)にやり過ごすとしようか」 綾姫の訊ねにやはり駄洒落で答える九竜鋼介であった。 ●お休み春音 「火傷せんよう気ぃつけてな。苺さんに春音っと」 神座真紀が買ったばかりのピロシキを千切って仲間達に渡す。 「うまそうじゃな」 「ジューシーな肉汁がたまらん! て屋台のおっちゃんが言うとったで。小さいから一口でいっとき」 綾姫に続いて神座真紀も頬張る。油で揚げられたさくっとした生地に挽肉が包まれていて寒い日にはぴったりな軽食だ。食べ歩きにも丁度良かった。 『熱々なのですぅ』 千切ったとはいえ小柄な羽妖精・春音とってはかなりの量となる。ふーふーといいながら食べ終わるとそれだけでお腹いっぱいになった。 『お休みなのですぅ』 春音がごろんと横になる姿を眺めて神座真紀はあきれ顔を浮かべる。しかしはっと気がついた。寝ていた場所が綾姫の頭の上なのを。 「てあかんやろ! ゴメンなぁ、苺さん」 神座真紀が春音を摘まみあげようとする。その腕を綾姫は優しく掴む。 「このままでいいのじゃ。せっかく寝たのじゃからな」 綾姫がそういうのならと神座真紀は春音をそのままにする。何も知らずにすやすやと眠る春音であった。 それからも屋台巡りを続く。 「おもろいもんがあるで。この辛い餡はもやしやな」 神座真紀は試食した料理を気に入ると店主から作り方を聞きだす。それを手帳に書き留めた。主婦代わりも結構大変らしい。 (「こりゃええ、特に春音にはぴったりや」) それらの中でも特に気に入ったのが『ティガニャ』という料理だ。主に豚肉を白葡萄酒で炒め煮にした料理で玉葱やピーマン、茸類も入っている。 ティガニャは後でのお楽しみということで綾姫には内緒。未だ寝ている春音にも秘密であった。 ●翁の白猫と小さな伊邪那 『あの油揚の挽肉詰め、美味しそうよね。翁や苺はそう思わない?』 玉狐天・伊邪那が翁の白猫の頭の上で興奮気味に話す。伊邪那が前足で指す屋台では作り終えたばかりの料理が並べられたばかりだ。 「これこれ、暴れるでないぞ。仕方がないのう」 「わらわに任せるのじゃ」 綾姫が油揚の挽肉詰めをいくつか買ってくれた。 『あたしの見立て通りだわね。とても美味しい』 「少し辛いがこの寒さにはぴったりじゃの」 翁の白猫と伊邪那は半分こにして頂く。お行儀よく、両手で持ってはぐばぐ♪と。 「中々の味じゃ♪」 もう一つと手が伸びるところだが満腹になった時点で試食は終わってしまう。綾姫は我慢して次の料理に目を向ける。 (「食いしん坊の八曜丸はお留守番させてよかったっ。連れてきたら危険‥‥っ。丸丸と肥えてしまいそう」) 柚乃は翁の白猫姿でもふらの八曜丸のことを思い浮かべた。きっとすねているのでお土産としてたくさんのソーセージを購入する。これで機嫌も直るだろうと。 翁の白猫はふと道行く人が食べている軽食が気になった。 「その手の物は何か教えてくだされ」 「しゃ、喋る猫? こ、これはケバブっていってアル=カマルの料理らしい。あそこの屋台で売っているよ」 道行く人にお礼をいった翁の白猫は人混みをすり抜けて目的の屋台に辿り着く。 「天狗駆を使うまでもなかったようじゃな」 ケバブを数個購入して一行の元へ。全員で分けて味を確かめるのであった。 ●美味い丼物 「ふぅ〜、ちょっと歩き疲れたのじゃ」 綾姫が野外に置かれた椅子に腰かける。大分歩き回ったので小休憩となった。 この機会にと宿奈芳純は『言魂』で出現させた小鳥を飛ばす。各屋台でどのような肉料理を出しているのか念入りに探るために。 (「この店は酷いですね。あまりに適当すぎます。あちらはどうでしょうか‥‥。可もなく不可もなくですね。料理は美味しそうです。お品書きを記録しておきましょう」) 小鳥の目を通じて眺めたお品書きを手帳に写す。調理の裏側も覗いておく。 このような場での生焼け料理は非常に危ない。綾姫がお腹を壊したのなら一大事。解毒の手段は持ち合わせていたものの、使わないで済めばそれに越したことはなかった。 「苺様、これらで食べたい料理は御座いますか?」 「なになに‥‥」 宿奈芳純は書いた手帳を綾姫に渡す。小休憩が終わった後、見繕った屋台内で料理を購入する。まじめな調理をしているのは小鳥の姿で確認済みであった。 「この牛鍋丼はうまいのう! 甘辛く煮た薄い牛肉と玉葱だけだというのに」 「料理酒として葡萄酒を使っているようですね。今度作ってみましょうか」 綾姫は牛鍋丼をとても気に入ってくれる。仲間達にも好評だ。 次に食べたのがミートパイ。香辛料がぴりりと利いていてこちらもとても美味しかった。 ●変わったソテー 屋台の主人が熱い鉄板に肉を敷くと胃袋を揺さぶる香ばしいにおいが漂う。釘付けになった綾姫は暫し眺めてから隣に立つフランヴェルに話しかけた。 「フラン殿、こちらの料理は何じゃ?」 「これは塩漬け肉のソテーだね♪ 塩漬けにして乾燥させた肉を水で戻して玉葱と炒めてあるんだ。肉を塩漬けにするのは保存のためだけじゃない。旨味が凝縮されてコクが出るんだよ♪」 「ほー、新鮮ならば美味しいというわけではなのじゃな」 「そうだね。色は黒っぽくなってるが、独特の風味と舌触りが最高なんだ♪ 柔らかくなってるしね♪」 物は試しと一皿購入して仲間達で一切れずつ試してみる。 「なるほど。フラン殿のいう通りじゃ♪ とても柔らかいしよい舌触りじゃ♪」 綾姫はこのようなステーキも捨てがたいと感じる。同じ屋台で鶏肉を使ったサラダも扱っていた。 「これは茹でた鶏肉を解して旬の野菜と共にオリーブオイルドレッシングをかけた鶏肉サラダだね♪」 「温野菜かや?」 「肌寒い野外だからこの屋台ではそうしているみたいだね。肉と野菜を一緒に摂ると、大変お腹にいいんだ♪ 肉だけ食べるより、かえって沢山食べられるんだよ♪ さっぱりしていて美味しいね♪ ぜひ食べてみてくれたまえ!」 こちらも注文して全員で味を確かめる。 「肉と食べるとちょうどよい舌休めにもなりそうじゃ。よいのう〜♪」 『至福の時なのですわぁ♪』 綾姫と人妖・リデルは目を細めて幸せそうな笑顔を浮かべるのであった。 ●みんなで夕食 試食を終えた一行は此隅の街中を散策してお腹を減らす。そして暮れなずむ頃に再び広場へと足を運び、それぞれ気に入った料理を頂くことにする。 焚き火が近い野外の卓へと陣取って何人かが買いに向かう。 開拓者達は協力して綾姫の希望に一番近いステーキを扱う屋台を探しだしていた。パラーリアが代表でそのステーキを購入して戻ってくる。 「苺ちゃん、ほかほかの焼きたてなのにゃ♪」 「おー、パラーリア殿ありがとうなのじゃ。わらわでは足が遅くてここまで運ぶのに冷えてしまうからのう〜♪」 パラーリアが購入してきたステーキは三人前。綾姫と自分、そして三笠の分だ。 一切れの肉を綾姫が食べようとしたとき、九竜鋼介が声をかける。 「ステーキの素敵な食べ方を知っているか?」 「先生、それは知らないのじゃ」 「タレは数摘だけかけるのが良いらしい‥‥ステーキだけにってねぇ」 「うっ‥‥うまい返しが思い浮かばぬのじゃ」 九竜鋼介はこっそりと大根おろしを用意していた。これををかけるとより美味しいというので綾姫はステーキのタレに混ぜてみる。 「念願のステーキ、美味いのう〜♪」 ステーキを頬張った綾姫は至福の笑顔を浮かべた。 『きっとカレーには不思議な魔力があるのじゃ』 人妖・瑠璃は熊肉カレーの他にさまざまなカレー味の料理を卓へと持ち込んだ。スープカレーにカレーパンなどなど。九竜鋼介も一緒に平らげる。 三笠は食べる前にステーキがよく焼かれていることを観察した。 (「大丈夫ですね。それにちゃんと美味しいですし」) これならばお腹を壊すことはあり得なかった。安心して自身も食べ始める。灼龍・さつなに食べさせる肉の購入も忘れていない。 「こりゃ贅沢じゃ。ほっほほほほっ♪」 翁の白猫姿の柚乃はケバブとソーセージ煮込みを頂いた。ソーセージ煮込みは仲間の分も用意してある。 『ま、このぐらいの役得はね。地団駄踏んでいる八曜丸が目に浮かぶわ』 玉狐天・伊邪那も好みの料理を存分に頂く。 「飲み物をご用意しました。食事なので普通のお茶になります」 「芳純殿よ。さすが気が利くのう〜」 「他の飲み物がよろしければ、屋台の目処はつけてありますので」 「では食事後は温かい珈琲を頼めるかの。ミルクが入っているのが所望じゃ♪」 宿奈芳純が竹の水筒に入った熱いお茶を竹筒の器に注いだ。仲間の分もちゃんとある。 「お肉もたまにはいいのにゃ♪」 パラーリアは神仙猫・ぬこにゃんにステーキをお裾分けした。猫はかなりの肉好きである。 「このボルシチは本場の味、だよ」 「ではさっそく‥‥。うまい、うまいのう〜。確かにうまいボルシチじゃ。武神島に行ったときを思いだすのう♪」 「ボルシチみたいのは、いくつかあったんだけどねー」 「やはりビーツは武天では手に入りにくいのか。よくぞ、見つけてくれたぞよ」 綾姫がステーキを食べる合間にボルシチを味わった。 蒼井御子はお肉いっぱいのボルシチを食べる。迅鷹・ツキは新鮮な丸の鶏肉を啄んでいた。 ティガニャを食べていた羽妖精・春音は、ピーマンだけを神座真紀の皿に放り込んでいく。 「こら春音、好き嫌いはダメやで。育ててくれた大地とお天道様に申し訳ないやろ」 『春音はピーマン嫌いですぅ‥‥』 しょぼくれる春音越しに神座真紀は綾姫に視線を向ける。 「苺さんはピーマン平気やろ?」 「うむ。わらわは平気じゃぞ。このティガニャなる料理もうまいのう♪」 神座真紀はまさかと思って聞いてみたが杞憂だったようである。綾姫用の小皿に盛ったティガニャは綺麗に食べられていた。 春音用の小皿に戻されたピーマンを綾姫が半分食べてくれる。春音は綾姫に感謝しつつ、我慢して残りのピーマンを平らげた。 (「綾姫さんの食べっぷり、もうすっかり元気になったみたいやな。ええことや」) うんうんと綾姫と春音のやり取りを見守った神座真紀は『よっしゃ、あたしも負けんと食べるで♪』と叫んでティガニャを頂く。食べ足りなかったのでもう一皿買ってきて春音と一緒にお腹へと収めた。 「塩漬け肉のソテーとサラダもうまいのう〜♪」 綾姫は他にソテーの三分の一、サラダ一人前も頂いた。ソテーの三分の二は人妖・リデルがぺろりと食べ尽くす。 「うまかった‥‥のう‥‥」 遊び疲れとお腹いっぱいになったおかげで綾姫の瞼が落ちてくる。椅子の上で身体を揺らし始めてからしばらくして寝入ってしまう。 「屋台巡りをしているときに、眠ったらボクが抱っこするって冗談でいっていたのが本当になったようだね」 抱っこはさすがに大変なのでフランヴェルは綾姫を背負った。持っていた荷物は人妖・リデルや仲間達に預ける。 「‥‥姫。これからもお守りしていきますよ」 此隅城までの帰路にフランヴェルは背中の綾姫にそう呟いた。 夕日が地平線に落ちていく。綾姫と開拓者一行が楽しんだ野趣祭の一日は終わりを告げるのであった。 |