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■オープニング本文 うららかな春。 理穴の女王、儀弐重音は理穴奏生の城庭を散歩していた。遅咲きの桜を愛でながら、ふと先ほど臣下から受け取った親書を思いだす。 「興志王の‥‥」 目を通してみれば興志王の姉妹からの文だ。兄である興志宗末からのお使いで奏生城を訪ねたいとある。希儀で獲れたチョウザメの塩漬け卵『キャビア』を贈りたいと認められていた。 (「キャビア‥‥」) 名を知ってはいたが儀弐王は食べたことがなかった。 噂はいくつか聞いたことがある。 イクラと変わらないと評する者がいる。しかし別物だと強弁する者も。どうであれ世の食通を狂わすぐらいには美味しい物だと聞き及んでいた。 「これは挑戦状なのでしょうか。それとも以前の労をねぎらってのものなのでしょうか」 儀弐王は興志王の真意を測りかねる。 どうであれせっかくの珍しい食材ならば美味しく食したい。また御持たせ物で興志姉妹をもてなす形になるが、それも承知のことだろうと儀弐王は考えた。 城庭の桜はまだ咲き始めたばかり。興志姉妹が一週間程度で来るのならば、ちょうど満開の時期である。 儀弐王は興志姉妹宛に快諾の親書を送った。そして数日後、キャビアをどう料理にしようか城の板前達が悩んでいるのを知って開拓者ギルドに依頼することも決める。 希儀を含めた各地を冒険する開拓者ならば、キャビアの美味しい食べ方も知っているだろうと判断したからである。 開拓者一行が理穴の奏生城を到着したのが興志姉妹来訪の三日前。食材キャビアの現物がない形での試食料理作りが始まるのであった。 |
■参加者一覧
葛切 カズラ(ia0725)
26歳・女・陰
玲璃(ia1114)
17歳・男・吟
からす(ia6525)
13歳・女・弓
サーシャ(ia9980)
16歳・女・騎
ユリア・ソル(ia9996)
21歳・女・泰
エルディン・バウアー(ib0066)
28歳・男・魔
ハッド(ib0295)
17歳・男・騎
ニクス・ソル(ib0444)
21歳・男・騎 |
■リプレイ本文 ●現物なし 理穴国の奏生城。 開拓者達は板場で作業台を囲んでいた。中央に置かれていた器に盛られていたのは鮭の卵『イクラ』である。 塩漬けにされて氷室で保存されていた品だ。板前の話しだとキャビアの代わりにせめてこれぐらいはと儀弐王が準備してくれたのだという。 「現物は知らないけど魚の卵であることは確かなので、このイクラと同じ感じでやればいいんじゃない?」 葛切 カズラ(ia0725)がイクラの器を人差し指で弾いて音を鳴らす。 エルディン・バウアー(ib0066)は紙切れに書かれていた内容を声にだして読む。 「キャビアとは、魚の卵、丸くて黒い粒、塩辛い、イクラに近い、だそうですね」 内容は神楽の都で調べてきたキャビアの情報である。 「キャビアの〜。よ〜わからんが、ここはひとつ食においても王の威光を示さねばなるまいて〜」 ハッド(ib0295)はサジで掬ったイクラの卵を味見してみた。果たしてこれとキャビアがどれだけ違うかが問題だ。 「‥‥チョウザメの塩漬け卵か‥‥それにしても奇妙な食材だな」 ニクス(ib0444)はキャビアが天儀式よりもジルベリア式に近い食材だと聞き及んでいた。ジルベリア式ならば何がよいかと大まかには思案してきたが結論はでていない。 「氷が必要な人はいってね。氷霊結で提供するから」 ユリア・ヴァル(ia9996)は仲間達に氷の提供を告げる。天儀の人は珍しい物を食べたがるものだと思いながら。 「本物のキャビアは黒い粒らしいです〜〜。ゆっくりと現物を確かめる時間はなさそうですね〜〜」 サーシャ(ia9980)はサジに乗せた透明な橙色のイクラを眺める。せっかくなのでパクリと味見した。味はどうであれ粒状の魚卵ならば弾ける食感は同じはずである。 (「キャビア、ね。確かに美味いが調理するに難しいものを出してくれる」) からす(ia6525)が考えている横で、提灯南瓜・キャラメリゼも調理方法を頭の中で探っていた。 『キャビア、食べたことないネ。本では知ってるアルが』 提灯南瓜・キャラメリゼは料理精霊を自負している。 今回は知識として持つキャビア調理法を試すよい機会だといえた。からすの許可を得てすべての調理は任されている。 「興志王の姉妹は明明後日の来城ですので、まだ余裕はありますね。キャビアそのものは直前まで手に入りませんが、そのほかの食材を使う下拵えはには充分時間をかけられそうです」 玲璃(ia1114)は千枚漬けを使った料理を作ろうと考えていた。 「そうですね‥‥。生クリームが手に入るのならばサワークリームにしてみるのも一興でしょうか」 エルディンもよい案を思いついたようである。 キャビアがなくてもできる下拵えを始める者。イクラを使ってキャビアを想像しつつ試作をする者。理穴では一般的ではない中間食材を一から用意し始める者。様々ではあったが、興志姉妹の来城に合わせての準備が行われる。 「ぎ、儀弐王様!」 二日目の昼間、儀弐王が板場を訪ねて板前の一人が声をあげた。 「私に構わずそのまま続けてください。現物のキャビアがないといった状況ですがお願いしますね」 儀弐王が板場を見渡しながら話すと何人かの開拓者が側に寄る。 からすはあくまで提灯南瓜・キャラメリゼの付き添いだ。キャラメリゼ自身が儀弐王に伝えたいことがあった。 『前菜だけでなく、きっと料理たくさんあるネ。ミナサン、たくさん考えてきたアル』 キャラメリゼは開拓者が用意するすべての料理を一人で味わうのは難しいと儀弐王に伝える。 「それは残念ですね。あちらはお二人いらっしゃいますし、好みのものを選んで頂きましょう」 来客に全料理をださないわけにもいかないので、手をつけなかった品については後で侍女が頂く。毒味やお替わりなどの予備を含めて一品につき十皿ほど用意することとなった。 次に質問したのはハッドだ。 「重音んよ。キャビアについてもうちょびっとだけ語って欲しいのじゃよ。よいヒントになればよいと思うたのじゃがな〜」 「そうですね。伝え聞いたところによりますと――」 儀弐王が話したのはキャビアを食べたことがある食通からの伝聞である。 イクラよりもねっとりと脂が強く旨みを備えている。また磯の風味もあるようだ。塩漬けの具合が味に大きく影響するようなので一概にはいえないらしい。鮮度のよい薄塩のキャビアが美味しいとされている。 「お酒に合いそうなのですが、その辺りについて食通の方は何かいってましたか?」 「ええ。かなり相性があるようでして――」 エルディンの疑問にも儀弐王は答えた。 赤葡萄酒は基本的に合わない。白葡萄酒だと辛めなら合うようだ。天儀酒も辛めならば合うらしい。 続いてニクスが騎士を礼をもってして儀弐王の前に進みでる。 「仲間にしたキャビアの話、とても参考になった。それとは別に遠野村について変化があれば聞かせてもらえないだろうか?」 ニクスが口にした遠野村とは理穴東部の魔の森内に存在していた特別な土地である。魔の森が形骸化した現在、復興の中心地になっていた。 「村といった規模はすでに越えていますね。飛空船係留地の観点から当初の面積から三倍から四倍に増えているようです。港の整備も急いで行われています。離水着水での運用の方が飛空船にとっては楽ですので」 遠野村の最新情報を教えてくれた儀弐王にニクスは感謝した。 ●ようやくのキャビア ついに来城当日。午後四時頃に一隻の中型飛空船が城内へと着陸した。興志姉妹が訪問したのである。 「遠路遙々よくいらっしゃいました」 城の大広間にて儀弐王は興志姉妹と会談する。 「この度は快く受けて頂いて感謝ですわ」 「にぃ‥‥もとい、兄の興志王も喜んでいる‥‥いえいますです」 興志姉妹の深紅と真夏は普段の姿を隠して儀弐王に話す。真夏は隠しきれていなかったが。 やがて大広間後方に置かれた品々についての話題となる。それらの土産物の中にチョウザメの卵『キャビア』は含まれていた。 ここでようやくキャビアが納められた大樽が板場へと運ばれる。アーマーを稼働させて庭に待機していたサーシャ、ハッド、ニクスが大樽を抱えて庭を静かに横断した。 板場に到着次第、藁や氷で何重にも保護された大樽の中からキャビアが取りだされる。自重で潰れないよう小分けになっていた。 まずは誰もが一口ずつキャビアの味を確かめる。 「しょっぱさは想像していたよりも薄い‥‥。色は思っていたよりも黒いですね‥‥。彩を考えないと」 エルディンは頭の中で作る料理の修正を行う。 「ふむ、なるほどな。これほどねっとりとしているとは」 「こういう味なのね。金のスプーンの一匙で海の恵みをそのまま味わって貰うのもいいわね」 夫婦のニクスとユリアは一緒にキャビアの味を確認した。 「黒い宝石とはよくいったものじゃ♪」 ハッドはがばっと口いっぱいにキャビアを頬張る。ゴクリと飲み込み、舌の上に残った味を確かめながら胸元で腕を組んでしばし考え込んだ。 「シンプル故に扱いが偏りそうなのよね〜〜」 「あ、ここにありました〜〜」 サーシャと葛切はキャビアの味見を済ませた後で荷物の中からチョウザメの肉を探しだす。これも重要な食材である。 「想像の範囲から外れない味ですね」 玲璃は準備済みの鮭の千枚漬け重ねにキャビアをのせて味を確かめる。ちなみに蕪の千枚漬けと鮭の切り身の他にチーズも挟まれていた。 からすは提灯南瓜・キャラメリゼと一緒にキャビアを味見する。 「どうだ、キャビアの味は」 『プチプチするアルネ。やっぱりチトしょっぱいアル。このまま塩味に使えるネ』 味はともかく歯がない故に食感はわかるのだろうかと、からすはまじまじとキャラメリゼを見つめる。 『精霊厨師たるウチの料理、見せてあげるネ。からすサン、ちと手伝うアルヨ』 キャラメリゼは張り切っていた。事前の相談通り、からすは一部作業の助手役に徹する。 晩餐の時間まで二時間を切っていた。城のお抱え板前も手伝って大急ぎでキャビアを使った調理が始まる。 「鶏卵を追加で二個、お願いします」 玲璃の調理を上級羽妖精・睦が一生懸命に手伝う。 鮭の千枚漬け重ねは事前の作業のおかげで後は盛りつけるだけ。大変なのはキャビア茶碗蒸しとブリヌイである。 キャビア茶碗蒸しは卵は泡を立てないように溶きほぐし、冷ました昆布だし汁とみりん等の調味料で混ぜ合わせる。 布でこしつつ器に入れて、ほうれん草や椎茸などの具材を配して蒸す。仕上げとしてキャビアをのせれば完成だ。 ブリヌイは薄く焼いた生地と一緒に具材を楽しむ料理である。小麦粉に隠し味として甘刀「正飴」を溶かして混ぜ、卵も加えて生地の元にする。混ぜる際には牛乳とジルべリア製古式ヨーグルトも加えられていた。 オリーブオイルで焼きあげて薄皮を重ね合わす。ジャムや樹糖をかけ、さらにキャビアを散らしてできあがりである。 「そろそろですかね〜〜」 サーシャは時間を見計らいながらチョウザメ肉をバターで焼き始めた。 作り方は素直そのもの。フライパンに残ったバターの残りにキャビアをあえてから皿の上のソテーにかけてソースとする。 フライも同様だ。キャビアを散らしたタルタルソースをチョウザメ肉のフライにかけて完成である。 サーシャが一番気にしたのは配膳される前に冷めてしまわないこと。そのために湯で皿を十分に温めた上で保温性の高い器をかぶせて侍女に運んでもらう。 「試食したけれどやはり肴の卵は卵よね。イクラと同じでやればいいでわよね〜〜」 葛切はキャビア到着前から水餃子の準備を整えてあった。 天妖・初雪が包丁を手に細かくみじん切りしてくれた白菜とチョウザメ肉を具とする。食感を活かすためにキャビアは粒のままだ。皮で包み込む寸前に三粒ずつほど忍ばせておく。 包み終わった餃子はネギと豚肉でとったスープで茹であげる。チョウザメ肉とキャビアの水餃子はできあがり。葛切がちぎった水餃子を食べさせると天妖・初雪はたまらず笑顔になるのだった。 忙しい最中、両膝を震わせて床に倒れかかる開拓者の姿もある。 「どうかしたの? 私の軍艦巻きが美味しくなかったのかしら?」 ユリアが手を貸してニクスをしっかりと立たせる。 額に汗を浮かばせるニクスは口の中に残っていた軍艦巻きをすべて胃袋へと押し込んだ。 「な、何でもない。調理の続きをしようか」 ユリアがニクスに食べさせた軍艦巻きにはわさびがたっぷり使われていた。 どうやらニクスは先日ユリアの機嫌をかなり損ねてしまったらしい。それがわかっていたのでニクスは特に抵抗せず食べきり、また触れもしなかった。 「どう? 美味しい?」 ユリアは試食分の料理をニクスだけでなく迅鷹・アエロも食べさせる。アエロは結構味にうるさいグルメ鷹なのである。 「ユリアからもらった氷を使って作った冷製パスタだ。食べてみてくれるだろうか?」 「見かけはよくできているわ。それじゃもらおうかな」 ニクスが作ったウニと蟹、野菜、そしてキャビアを使ったパスタは素晴らしい彩りである。味はオリーブオイルによってまとめられていた。 調理が終わったニクスはユリアを手伝う。特に牛乳を使った氷菓については削り器前に張り付いて秒単位の繊細さで仕上げる。 ハッドは四品作るために大忙しで包丁を振るっていた。とはいえ冷製仕立ての料理がほとんどなので、茶碗蒸しさえ間に合えば後はどうにかなる。 余分に作った分で味を確かめる。『マグロとサーモンのカルパッチョキャビア和え』は味のアクセントとして高級粉チーズとキャビアが加えられた一皿だ。 「素晴らしいコラボレーションじゃの」 ハッドも満足な仕上がりである。他に『キャビアのせ冷や奴』『キャビア茶碗蒸し』『キャビア丼』も完成した。 事前準備でほとんどの調理を済ませていたエルディンは食材の組み合わせで完成度を高めていた。わずかな差が味に大きく影響すると考えたからだ。 「ケルブはどうです? この料理は」 エルディンは窓辺に留まる迅鷹・ケルブに味見をしてもらう。 元気よく鳴いたときは美味しい。唸るように鳴いたときはあまり美味しくない。そういった解釈で一番よい味を探しだす。 最終的には『ゆで卵のキャビアのせ・サラダ風』『キャビアの軍艦巻き』『キャビアサンド』といった品揃えになる。 提灯南瓜・キャラメリゼが主に務めるからす組の調理も佳境に入っていた。 まず鳥もも肉を塩で茹であげる。ソースはキャビア、希儀産オリーブオイル、果実酢で作り上げてもも肉にかける。さらにレモン汁と黒胡椒を加えたらできあがりだ。 もう一品はパイ皮に鮭の切り身を乗せ、さらに長ネギ、キャビアを置く。溶き卵を糊代わりにしてもう一枚パイ皮を被せて封をする。外側にも溶き卵を塗り、オーブンで一時間ほど焼き上げた。 ちなみにからすはオーブンの火加減担当である。その他のすべてはキャラメリゼがこなしたといってよい。 『茹で鳥のキャビアソース』と『鮭のパイ包み』。どちらも手間がかかる。配膳間際、温かさも味の一部といえる料理が完成した。 ●重音と興志姉妹 時は少しだけ遡る。 「お姉ちゃん、なんだかいい匂いが漂ってくるよ」 「もう真夏ったら。今日は興志ちゃんの代理なんだからお行儀よくしてね」 興志姉妹は侍女の案内で広間から落ち着いた部屋へと移っていた。畳の間ではなく板の間に卓が複数置かれた部屋である。どことなく泰国風の趣が感じられた。 「お任せしました。今宵は頂いたキャビアを使っての料理とさせて頂きます」 部屋に現れた儀弐王が興志姉妹と同じ卓について晩餐が始まる。 「すごい!」 思わず真夏が声をあげた。 膳を使わない卓での食事はたくさんの料理を並べるための配慮といえる。給仕役の侍女達によって周囲の卓へと次々に料理が運ばれた。 卓の側に立つ侍女に皿の色をいえば持ってきてくれる。どの料理も三人分が用意されているのだが、望めば板場からお替わりも大丈夫だと儀弐王から説明された。 最初に三人はキャビアそのものの味を味わう。それぞれ金のサジを使ってキャビアを口に含んだ。 ほんのりと塩味がする粒を噛んで弾けさせると口いっぱいに旨みが広がる。これがキャビアなのかと儀弐王は心の中で呟いた。 「このお肉美味しいよ。お姉‥‥いえ、深紅お姉様」 真夏が料理として一番最初に食べたのはチョウザメ肉のソテーである。並んで置かれていたフライも一緒に頂く。ソースの中に含まれるキャビアがよいアクセントになって肉の味を引き立てた。 「では私はこちらから‥‥。この食感。素晴らしいですわ」 深紅はチョウザメ肉とキャビアの水餃子を食べるとあまりの美味しさに頬へ手をあてる。 興志姉妹はキャビア茶碗蒸しも頂いたが二つには違いがあった。 深紅が食べたのは玲璃が作った卵と他の食材がキャビアを引き立てる一品だ。真夏が食べたのはハッドが作ったキャビア多めの茶碗蒸しである。 儀弐王が料理として最初に頂いたのは、茹で鳥のキャビアソースとチョウザメの皮の湯引きと味噌和えだった。 (「どちらも素晴らしい技術で仕上げられていますね」) 素材を引き立てる調理法に儀弐王は感服する。どちらの皿も綺麗に食べ終えた。 真夏は鮭のパイ包みをナイフとフォークを使って切って口に運んだ。 笑顔をあふれさせる真夏を眺めながら、深紅はマグロとサーモンのカルパッチョキャビア和えを頂く。チーズの味に驚きながらあっという間に食べてしまう。 儀弐王はパスタを連続で侍女に持ってこさせた。ニクスの冷製キャビアパスタとユリアのキャビアとチーズの絶品パスタである。 どちらも冷製で砕いた氷の上に皿が置かれていたので、よい状態が保たれている。さらに黒や赤、緑などの鮮やかな色彩が目を引いた。味も濃いめで儀弐王の好みだ。 絶品パスタは調理そのものは簡素なものの、食材そのもののを強烈に味わう料理に仕上がっていた。練り込まれたチーズ風味の麺にキャビアがとても似合う。 「この味‥‥とても好きですわ」 深紅のお気に入りになったのは、ゆで卵のキャビアのせ・サラダ風だ。ゆで卵とは別に切ったトマトへキャビアをのせたものもとても美味しい。 「甘いって美味しいよね♪」 「本当に」 ブリヌイについては三人とも頂いた。薄塩のキャビアのおかげで甘みがより一層が引き立てられていた。 がっつりとキャビアを食べたくなった真夏はキャビア丼とキャビアのせ冷や奴を一緒に楽しんだ。 「これだけでも普段の一食分かな? でも美味しいしまだ食べられるよ♪」 小ぶりな鉢なのは確かなのだが真夏はぺろりと平らげる。 「ああ、どれも美味しいですわ」 一緒に口にしていたお酒も大分進んでいる。深紅はぼちぼち酒の摘まみとして料理を楽しみ始めていた。 鮭の千枚漬け重ねに牡蠣のキャビア乗せ、レモンがけ。チョウザメのお刺身に甘辛煮付けを梯子していく。牡蠣のキャビア乗せについては真夏も好んで食べていた。 「なるほど。これは‥‥」 儀弐王はキャビアの軍艦巻きの歯ごたえの豊かさに感心しつつ、キャビアサンドにも手をつける。 パンに挟まれた燻製鮭の身にチーズとサワークリームが添えられていた。さらにキャビアが独特の歯ごたえと味で深みを醸しだす。 儀弐王はキャビアサンドをお替わりした。 わさびとキャビアのダシ茶漬けについては小さな茶碗なので三人とも頂いた。 締めは牛乳を使った氷菓だ。ユリアが氷霊結で凍らせた牛乳の氷を荒く削ったものである。こればかりは特別に食事が終わる直前に板場から運ばれてきた。 「美味しいよ♪」 表面的には真夏が一番喜んでいたが、それは違う。わずかに口元へ笑みを零したのは儀弐王である。 キャビア尽くしの晩餐は終わった。手つかずの残った料理は侍女達が食べてよいことになっていたが、何人かが首をかしげる。想定していたよりも残った料理が少なかったからだ。 「もしかして、儀弐王様がすべての料理を頂いたとか?」 「いえ、さすがにそれはないでしょう」 最後には気のせいということで納得する。侍女達のお腹を満たすのには十分な量が残っていたからだ。 また開拓者や朋友も板場の者達と一緒にキャビアを使った料理を堪能した。互いの料理を食べ合って批評し合う。 儀弐王がチョウザメとキャビア料理を堪能した噂は瞬く間に市中へと広まる。どうしてそうなったかには理由があった。 儀弐王が知らないところで奏生城内に『儀弐重音様後援会』が結成されていた。通称『重音様の会』は耳ざとかった。 政に差し障る情報や個人の恥ずかしい秘密を暴くのは厳禁。しかし儀弐王が好む料理や小物の趣味などは共通の情報として特に城内の女性達の間で囁かれる。 その情報の一部が奏生の市中に伝わったのである。キャビアとはどのようなものなのかと民の興味を引いた。やがて希儀からのキャビア輸入へと繋がっていく。 遠くのどこかで釣りを楽しんでいた暴れん坊の王様がほくそ笑んだかどうかは定かではなかった。 |