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■オープニング本文 ここは泰国中部にある猫族の村。 七月のある満月の夜、数え年で十三歳の女の子の中から月の女神役が選ばれた。その者には八月に行われる月敬いの儀式を取り仕切る大役が与えられる。 「今年は今まで村で食べたことがない秋刀魚をお月様に捧げるのにゃ! 新鮮な秋刀魚を使って!」 茶色と白色の斑髪をした月の女神の言葉に村人達がどよめく。 苅野村は内陸にあるので滅多に秋刀魚が食べられなかった。 これまで毎年の月敬いの儀式に使われるのも糠秋刀魚か秋刀魚の味醂干しのどちらかである。それらに少々工夫を加えて夜に浮かぶ月に捧げてきた。 苅野村では沿岸部に出かけた際に秋刀魚の塩焼きを食べたことが自慢になる。生の秋刀魚を使った料理をこの地で食した者など誰もいなかった。 「まあ、待て皆の衆。これだけ飛空船が普及した世の中じゃ。そろそろこれぐらいの贅沢は許されるじゃろう。因習は改めるべきじゃ」 長老の後押しもあって今年の月敬いの儀式には生の秋刀魚が使われることになる。 「あ、あの‥‥お月様に捧げ終わったあと皆の衆で秋刀魚を食べてるけんど‥‥それはどうなるんじゃろ?」 「それも生の秋刀魚を使った料理にするのにゃ♪」 女神が村人の疑問に答えると歓声がわき上がった。 それから数日後、女神は近くの町を訪れる。風信器を借りて開拓者ギルドに依頼した。 まずは儀式と料理七十人分用の生秋刀魚を入手してもらいたい。さらに苅野村に届けて美味しい秋刀魚料理を作って欲しいとお願いするのであった。 |
■参加者一覧
静雪 蒼(ia0219)
13歳・女・巫
羅喉丸(ia0347)
22歳・男・泰
静雪・奏(ia1042)
20歳・男・泰
礼野 真夢紀(ia1144)
10歳・女・巫
叢雲・暁(ia5363)
16歳・女・シ
リューリャ・ドラッケン(ia8037)
22歳・男・騎
リエット・ネーヴ(ia8814)
14歳・女・シ
ライ・ネック(ib5781)
27歳・女・シ |
■リプレイ本文 ●それぞれ 深夜、精霊門を通って開拓者一行は泰国朱春を訪れる。 そのうちの一人、羅喉丸(ia0347)は夜が明けてから朱春近郊に出向いた。訪れようとしていたのは輸送を請け負う昇徳商会である。 「ネージュ、頼む」 羅喉丸は上級羽妖精・ネージュに幸運の光粉をかけてもらう。髪型や服装を整えてから呼び鈴を鳴らした。 「はい。どちらさま‥‥と思ったら、羅喉丸さんじゃない」 「久しぶりだな、元気そうで何よりだ」 女性社長の李鳳と羅喉丸が再会を喜び合う。 すぐに商談に入る。羅喉丸は雪の採取と秋刀魚の輸送を潤滑に行うために人員を貸して欲しいと頼んだ。 「あたしと響鈴なら手伝えるわよ」 操船に慣れた二人がいれば百人力である。羅喉丸は即座に契約を結ぶ。 開拓者一行の間では飛空船をもう一隻用意する計画になっていた。そちらは竜哉(ia8037)が手配してくれる。 「速さと積載量のバランスを考えれば、これがいいだろう」 朱春ギルドで小型飛空船を貸してもらい、都合二隻が揃った。 便宜的に飛空船二隻へと名前がつけられる。 飛空船・羅喉丸号には羅喉丸自身、ライ・ネック(ib5781)、礼野 真夢紀(ia1144)、李鳳と響鈴。そして主人に合致した朋友達が乗り込んだ。 飛空船・竜哉号へは竜哉自身、静雪 蒼(ia0219)、静雪・奏(ia1042)、リエット・ネーヴ(ia8814)が乗った。こちらにも主人に合致した朋友達が乗船する。 「いってらっしゃい〜〜」 叢雲・暁(ia5363)は秋刀魚仕入れの任を帯びて朱春に残る。 「さて魚市場にレッツGO!」 浮上する飛空船二隻を見送ってから海の方角へと歩きだす叢雲暁であった。 ●仕入れ (「いろんな仲買が秋刀魚を扱っているね〜」) 叢雲暁は焦らず魚市場を一通り見て回った。 箱詰めや海水に浸けられていたりなど秋刀魚の扱い方は様々である。 ただどれも水揚げの当日に食べることを前提にしている。干物に加工するとしても本日中に作業することだろう。 秋刀魚も鯖と同様に青魚なので足が速いといわれている。低温保存にして運ぶとしても新鮮な状態で仕入れることが大切だった。 (「そういえば漁船から直接買えたらいいって、蒼さんいっていたかも」) 漁船の船主と交渉するにしても、叢雲暁にはその伝手がない。 博打をせずに堅実なやり方を選ぶ。 まず表向きの態度から信頼できそうな秋刀魚の仲買人を三人見繕う。そして闘鬼犬・ハスキー君に協力してもらい、商品に対して真摯な人物かどうかを確かめる。 一番良さそうな仲買人と交渉して秋刀魚漁の漁船を紹介してもらった。もちろん仲買人には口利きしてもらったお礼に報酬を支払う。 約束したのは明日の朝出港の水揚げ分。叢雲暁は仲間の帰りを心待ちにするのであった。 ●万年雪 羅喉丸号と竜哉号が万年雪積もる高山に到着したのは朱春を離れて十時間後のことである。日は暮れていたものの雪面が月光を反射してとても明るかった。 「上から落とすのでまずは登りますね」 『雪かきも頑張る』 羅喉丸号から降りた礼野と上級からくり・しらさぎはスコップを担いで雪の斜面を登る。 「それでは北側をお願いしますね。私は南側を確認してきます」 ライは又鬼犬・隠と手分けして危険が潜んでいないか周辺を探った。もちろん雪の積み込み作業も手伝うつもりである。 (「雪の余剰分を売れば予算に余裕ができる。秋刀魚を余分に買え、昇徳商会の支払いも大丈夫。何より朱春には安い雪を欲している人がいるに違いない」) 羅喉丸もスコップを手にしていたが船倉内に残った。 開閉扉をわざと雪壁に引っかからせる。上から雪を落とすと開閉扉が滑り台の役目を果たして船倉内に運ばれるよう仕組んだ。 羅喉丸の役目は落ちてきた雪を船倉内でならすことである。 「張り切っていきましょうね♪」 志体持ちの響鈴も雪落としに力を貸す。猫又のハッピーも手伝ってくれる。 「こんなもんでしょ」 李鳳はいつでも離陸できるよう両船を整備する。 竜哉号側でも船倉内に雪を積み込もうとしていた。 「これがあれは大分楽だからな」 竜哉は仲間全員に保天衣をかけて回った。高山は夏場であってもかなり寒い。保天衣があれば作業が捗ること必至である。 上級迅鷹・光鷹は月夜を飛んで警戒中だ。 「秋刀魚の買い付け、捗っておるやろか」 「きっと大丈夫だよ」 保天衣がかけられる前、静雪奏は静雪蒼を抱きしめて暖めてあげる。 (「この虎耳が周囲の音を聞き洩らさないじぇ!」) リエットは雪雪崩を心配していた。時折、スコップを雪に刺して耳を澄ます。からくり・おとーさんはリエットのすぐ近くで一生懸命に雪かきを続けている。 船倉内に十分な量の雪が溜まったところで即座に離陸する。夜通しの飛行になるので両船とも操舵手や機関士の交代は時間制で行われる。 「少しでも長持ちさせます」 羅喉丸号に乗っていた礼野は溶けだした水を定期的に氷霊結で再凍結させていた。練力が足りなくなれば持ってきた節分豆で補給する。 ちなみに使用した分の節分豆は万年雪の一部を売った収入で補充されることとなった。 ●水揚げ 丸買いした漁船が港に戻ってきたのは二日目の十時頃である。羅喉丸号と竜哉号の二隻は二時間前に朱春へ戻っていた。 叢雲暁が話しを通してくれたので、仲買人を通じて雪の販売も行われる。安価な雪があれば新鮮な秋刀魚を地元に持ち帰られると飛ぶように売れた。 丸買いも大成功。約束した最低量を大きく上回った水揚げがあり、そのすべてが飛空船二隻へと積み込まれる。 仲買人から借りた木箱に雪を敷いて秋刀魚を並べた。そしてさらに雪を被せて蓋を閉める。木箱を積んだ山の周囲にも雪を残して船倉内の冷気を持続させた。 十分な量の雪が手に入ったので、二重構造の保冷よりも作業時間を短くして早く到着するのを優先する。 叢雲暁と闘鬼犬・ハスキー君は竜哉号に乗船した。秋刀魚の積み込みを終えた二隻が浮上して苅野村を目指す。 飛行中も作業は行われる。 生での調理に備えて秋刀魚を捌く。頭やヒレを落として血を抜き、ワタを取った状態でもう一度雪の箱の中に並べなおした。 「糠秋刀魚や味醂干しも美味しいですが、別の味の干し物も良いんじゃないかな? さっと干しただけのは日持ちしないし」 礼野は傷んだ秋刀魚を一夜干しにする。 捌いたそれらを荒縄へと通し、からくり・しらさぎに甲板へ干してもらった。 夜間飛行中の飛空船の甲板は冷たい風に晒されるので干すのに都合がよかった。 羅喉丸号と竜哉号の二隻が苅野村に着陸したのは三日目の昼頃である。猫耳だらけの村人達に歓迎される開拓者一行だった。 ●下準備 今年の月敬いの儀式は急遽、今夜行われることとなる。 せっかく新鮮な秋刀魚が村に届いたのだ。今日やらずしていつやるのだと村人全員の意見が一致する。 「これほど注目されるとはな」 「それだけ期待されているってことだ」 木箱を運ぶ羅喉丸と竜哉が小声で話す。きらきらとした村人達の視線を浴びながら。 村人達も手伝ってくれたので板場への木箱の運び込みはすぐに終わった。 「うー。僕、パスタ料理なら何でも作るんだけどなぁ〜‥‥」 リエットは木に登って二股のところに腰かける。そよ風を受けながら秋刀魚でどのような料理を作ろうか考えるのであった。 静雪蒼と静雪奏は早い時点から調理に取りかかる。 静雪奏が作るのは『秋刀魚ご飯』と『秋刀魚の蒲焼き』。静雪蒼が考えてきたのは『さんまサンド』である。 静雪蒼はある理由があって調理するのを控えていた。故に実際に調理するのは静雪奏の役目だ。 「秋刀魚は新鮮なままや。これなら思った通りの料理ができますぇ」 静雪蒼は氷の箱に収まった秋刀魚を眺める。この箱は静雪蒼が氷霊結で作り上げた特別製である。 静雪奏は時間配分を考えて先に静雪蒼の料理『さんまサンド』に手をつける。 「まずは大蒜、生姜をすりおろし、酒、味醂、醤油が入った器に入れ混ぜてもらえますぇ。その器に三枚におろしたさんまを大きいまま漬け込んで欲しいんや」 静雪蒼のいう通りに静雪奏は調理した。下ろしたばかりの三枚おろしの秋刀魚を小瓶に漬け込んだ。 染みこむまで静雪奏は自分の料理用に秋刀魚を捌く。形のよい秋刀魚は蒲焼きに。そうでないものは秋刀魚ご飯に利用する。 「蒲焼きには甘めのタレにするね」 秋刀魚ご飯は酒や醤油で味付けしたご飯を炊いた後に秋刀魚の身を合わせて作る。焼き上げた秋刀魚から綺麗に身だけをとってほぐす。それをご飯に混ぜ合わせた。 蒲焼きは後は焼くだけの状態にまで下拵えを済ませてある。 調理作業はさんまサンドに戻る。玉葱を薄切りにして水にさらす。 染みこませた秋刀魚に片栗粉をつけて揚げ、玉葱と一緒にパンへと挟んだ。好みに応じてマヨネーズも用意。パンは村人が焼いてくれたものを使った。 静雪蒼はこっそりと鯖サンドを作る。鯖は丸買いした際におまけでついてきたものを使う。 (「こりゃあかん。死人だしたないよっ」) できあがったサンドは見た目からして毒のようである。静雪蒼は鯖サンドを紙で包んで氷の箱の中にこっそりと隠すのだった。 秋刀魚の塩焼きには大根おろしと醤油がなければ始まらない。 羅喉丸は李鳳、響鈴と一緒に羅喉丸号でひとっ飛びして足りない食材を隣町で買ってくる。その中には醤油樽と大根、大根おろしが含まれていた。 「折角だ。これまでに食べたことがない物がいいだろう。丼物なら食べやすいだろうし」 羅喉丸は秋刀魚の蒲焼きをご飯にのせた丼物を作るために包丁を握った。 「特にお年寄りとか干した魚の方が好きな方もいるはずです」 礼野は一夜干しの秋刀魚を焼いて宴の席に並べることにする。 さらにもう一品として秋刀魚のアラを使って味噌汁を作ることにした。秋刀魚を刺身用に捌いた際にでたアラは塩を振った上で冷たくしてとってあった。 「アラを使う時は新鮮じゃないと駄目だし」 鯛の潮汁を参考にし、塩を洗い流した上で身を鍋へと投入。すでに昆布で出汁はとってある。最後は味噌で仕上げた。 からくり・しらさぎがもう一つの鍋で同じ味噌汁を作る。 板場にいた村の婦人に味見してもらったところ、とても気に入ってくれた。 「今からだとちょっと浅めになるけどそれはそれでよし!」 叢雲暁が作ろうとしていた料理は『昆布じめした秋刀魚の刺身』と『バター醤油の秋刀魚ムニエル』である。 まずは最初に昆布じめ。飛空船の船倉に雪が残っているので簡易の氷室代わりに使う。 続いてはバター醤油のムニエル。田舎では手に入りにくいバターは朱春で購入済み。鉄板を用意し、バターと醤油を置いたら準備完了である。 月敬いの儀式の開始に合わせて作りだせばちょうどよいと叢雲暁は考えていた。 空腹での調理は辛いのでちょっとだけお腹にいれておくことにする。 「これならいいよね。特に捻り無しだけど、それが美味しさに繋がっているし!」 試食として作ったバター醤油の秋刀魚ムニエルは美味しかった。 闘鬼犬・ハスキー君には刺激が強すぎるので少しだけ。その後、薄塩味に秋刀魚を焼いて本格的に食べさせる。 叢雲暁は嬉しがるハスキー君の頭を撫でてあげるのだった。 「あんまり捧げるものとの差異があっても気まずいだろう」 竜哉は考えた末に宴にだす料理は『秋刀魚の葱味噌焼き』でいくことにした。 最初に葱、味噌、砂糖、酒で葱味噌を作っておく。それを三枚に下ろした秋刀魚の身に塗り、網で焼いてみた。 「野外で食べるのなら串に刺して焼いたほうがいいな」 箸で試食した竜哉はもう一工夫加えて串焼きに変更する。これなら立っていても食べやすかった。 もう一品は秋刀魚の骨を利用した『骨酒』だ。 身を取った後の秋刀魚の骨ならいくらでもある。軽く炙って熱燗に浸すだけなのだが、呑む直前にしなければ意味がない。 そこで骨や酒などの道具一式と一緒に作り方のお品書きを卓に用意した。 「なめろうに決めたじぇ〜♪」 突然に木の上から飛びおりたリエットは板場へと駆け込んだ。秋刀魚の塩焼きとは別にもう一品として刺身用の身を使い、なめろうを用意することにする。 「確かこうやってたねぃ!」 リエットは料理が得意な友人の巫女が教えてくれたレシピを思いだしながら手を動かす。 秋刀魚のワタを取りだして三枚に下ろした。腹骨をすいて皮むきもする。粗く細切りにしてから身を崩さない様に丁寧に叩く。 長ネギ、生姜の微塵切り味噌を軽く混ぜておいた。秋刀魚の身と合わせながら叩きつつ混ぜ込ませる。 味見をして満足できたら完成である。 「はっ!」 つい美味しくて作ったばかりのなめろうを全部食べてしまう。からくり・おとーさんに呆れられてリエットは照れ笑いをするのであった。 「私が使うのはこれですね」 ライが手にしていたのは真っ赤に熟れたトマトである。 刺身用の三枚おろしの秋刀魚をさらに食べやすい大きさに切って大皿に並べた。トマトを賽子状に切り、食用菊の花びらと一緒に大皿へと散らす。 「生姜をすり下ろして塩を加え、そしてぎゅっと」 ライはすだちを絞って大皿全体にかける。さらにオリーブオイルと酢をかけ、微塵切りの大葉を散らせば出来上がりである。 「『秋刀魚のカルパッチョ仕立て』とでも名付けましょうか」 ライが満足そうに大皿を眺めていると又鬼犬・隠がすり寄ってきた。 前処理していない普通の秋刀魚は生だとお腹を壊すかもしれない。そこで薄塩味の秋刀魚の塩焼きをあげることにした。炭の上に脂が落ちて盛大に煙が昇る。 「身だけにしたので安心して食べてくださいね」 ライが皿を地面に置くと隠は秋刀魚にむしゃぶりつく。 そろそろ日が傾き始める。月敬いの儀式はもうすぐであった。 ●月敬い 「お月さま、お月さまよ〜♪ 秋刀魚食べれば元気いっぱい。明日も夜空に輝いてほしいのにゃ〜♪」 宵の口の村の広場。月の女神役の女の子が夜空に輝く月に秋刀魚の塩焼き三尾分がのった盆を掲げて祝詞を口にする。 村人達は篝火に照らされながら祭壇の周囲を躍り回った。 その間に開拓者達は宴の準備を行う。 「秋刀魚のカルパッチョ仕立てはこれぐらいで充分ですね。後は秋刀魚の塩焼きを手伝いましょう。飛空船まで塩を取りに行きますよ」 ライと又鬼犬・隠が大急ぎで塩を取りにいった。 「煙いわね。ほんと」 「秋刀魚はこれがないと♪」 李鳳と李鳳が炭を団扇で扇ぐ。 黒猫のハッピー、羽妖精・浅葱、鋼龍・蒼羅、闘鬼犬・ハスキー君、迅鷹・光鷹は野良犬などに秋刀魚が捕られないよう見張っていた。 「これで十尾焼いたじぇ! なめろうを作るのでここをお願いねぃ〜♪」 リエットが焼き場から離れて、なめろうの準備を始める。 「任せてくれどすぇ。やるのは奏さんやけど」 静雪蒼がちらりと静雪奏に視線を送った。 「ボクがやるから気にしないでね」 静雪奏はよりたくさんの秋刀魚焼きを担当して目まぐるしく動き回る。 「全力だじぇ!」 リエットはからくり・おとーさんが済ませてくれた下拵えに手を加えて、なめろうを仕上げていく。 「卓には限りがあるようだし、串焼きして正解だったな」 竜哉は網で挟んだ秋刀魚をまとめてひっくり返す。途中で葱味噌を塗ってさらに焼いていく。 「バターの香りがなんともいえないよね!」 バター醤油の秋刀魚ムニエルの新しい皿がもう一つ増える。 昆布じめした秋刀魚の刺身はすでに完成していた。冷気漂う飛空船の船倉から運べばそれでよかった。 「秋刀魚の塩焼きは足りそうだな。なら俺は」 羅喉丸は秋刀魚の蒲焼き丼作りを本格化させる。ご飯はたくさん炊いてあった。串に刺した秋刀魚をタレにつけて炭火で焼いていく。 羽妖精・ネージュは皿や串を運んだり、羅喉丸の手伝いに忙しい。 静雪蒼が卓への料理運びを手伝う。さらに氷が足りなくなると氷霊結で水を凍らせて用意する。 完成済みのさんまサンドも飛空船の船倉から運んで卓に並べた。つい毒々しい鯖サンドも運んでしまう。 「沸騰はさせないようお願いね」 『わかった』 礼野は秋刀魚の潮汁風の味噌汁の大鍋二つを、からくり・しらさぎに任せた。自らは一夜干しの焼き秋刀魚に集中する。 多少日持ちするので余った分は村に置いていくつもりである。 「さんまー! つきー!」 月敬いの儀式が終了した。例年通りその後は宴の時間となった。 「夢でも見ているやんろか」 「おらたち、明日死ぬんじゃねぇか」 村人達は野外の卓に並べられた料理の迫力に押されてしまい、中々席に着こうとはしなかった。 「これこれ。早くせぬとせっかくの料理が冷めてしまうぞ」 「そうなのにゃ。お月さまと一緒に美味しい秋刀魚料理を食べるのにゃ」 長老と月の女神役の女の子が席に着くことで村人達が倣う。各々の感謝を持ってして食事は始まった。 秋刀魚の塩焼きに始まり、『秋刀魚ご飯』『秋刀魚の蒲焼き』『さんまサンド』『秋刀魚の蒲焼き丼』『一夜干しの焼き秋刀魚』『秋刀魚の潮汁風の味噌汁』『昆布じめした秋刀魚の刺身』と『バター醤油の秋刀魚ムニエル』『秋刀魚の葱味噌串焼き』『秋刀魚のなめろう』『秋刀魚のカルパッチョ仕立て』と村人達は好きな料理を選んで口にする。 食べるより酒。『骨酒』を作り始める村人も多かった。 開拓者達も美味しく頂く。自分のは試食済みなので仲間の料理を選んでいた。 「さすがは奏さんや。秋刀魚ご飯と蒲焼き、どちらも美味しいぇ。そ、それは奏さん、た、食べんでえぇよ?!」 卓の下に隠しておいた鯖サンドが静雪蒼の近くに置かれていた。見た目から凄まじいので誰も手を出していない。 「やはり蒼が作ってくれたものなんだね。嬉しいよ。ありがとう」 静雪奏は普通に鯖サンドを食べてしまう。心配した静雪蒼だが静雪奏は微笑むだけ。 もしもを考えて静雪蒼は背中向きの静雪奏にそっと解毒をかけておく。どちらの行為も愛故にである。 「秋刀魚の味噌汁はいけるな。ほら、ネージュも食べてみな」 羅喉丸は羽妖精・ネージュと一緒に腰を落ち着けて料理を楽しんだ。 「昆布締めの秋刀魚のお刺身、美味しいですね。しらさぎはどれが好みですか?」 礼野が聞くと、しらさぎはさんまサンドが美味しいと答える。 「これ、あとで作り方教えてもらおうっと♪」 叢雲暁は秋刀魚のカルパッチョ仕立てが気に入った様子である。一緒に秋刀魚の蒲焼き丼を頂いていた。 「骨酒を楽しんでいる者は多いようだ。では俺も」 竜哉は秋刀魚の塩焼きとご飯でお腹を満たす。その後はお酒を嗜む時間となる。秋刀魚の骨酒を呑みながら摘まみとして秋刀魚のなめろうを頂いた。 「バター醤油がこんなにも秋刀魚と合うとは」 ライが気に入ったのはバター醤油の秋刀魚ムニエルだ。その他にも秋刀魚ご飯や秋刀魚の潮汁風の味噌汁も口にした。秋刀魚尽くしで大満足である。 「李鳳さんと響鈴さん、楽しんでいるかな」 羅喉丸は李鳳と響鈴に声をかける。 「こうやってみんなと食べるとより一層美味しいわね」 「ハッピー、大はしゃぎですよ〜♪ もちろんわたしもです!」 秋刀魚尽くしの料理が食べられて昇徳商会の二人とも喜んでいた。 「お腹いっぱいだじぇ」 リエットは秋刀魚の葱味噌串焼きとさんまサンドをたらふく食べる。しばらくして向かいに座っていた静雪蒼から誘われた。 「リエットはん〜。せっかくやし一緒に踊りまへん?」 「うんっ! 一緒に踊ろ♪」 月敬いの舞いが村人達によってもう一度躍られていた。静雪蒼とリエットも踊りの輪に加わる。 儀式の際に村人達が踊っているのを見て覚えたのか、静雪蒼の舞いは完璧だった。リエットは静雪蒼の真似をして形にする。 苅野村の猫族の月敬いは夜遅くまで続いたのであった。 |