フグ免許皆伝 〜満腹屋〜
マスター名:天田洋介
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 4人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/11/27 01:27



■オープニング本文

 朱藩の首都、安州。
 海岸線に面するこの街には飛空船の駐屯基地がある。
 開国と同時期に飛空船駐屯地が建設された事により、国外との往来が爆発的に増えた。それはまだ留まる事を知らず、日々多くの旅人が安州を訪れる。
 そんな安州に、一階が飯処、二階が宿屋になっている『満腹屋』はあった。


 今年の海産祭は十一月中。市場の周辺は普段以上にごった返す。
 冬に備えての乾物だけが売られているのではない。当然新鮮な海産物も豊富にあり、それらを使った料理も屋台を通じて人々を誘う。
「今年の海産祭は例年よりも遅いですけど、それでも活況なのです♪」
『いつもより、人がたくさんいる』
 満腹屋の智塚光奈はからくりの光を連れて会場周辺を散策した。質の良い食材があれば購入する。今までにない料理があれば食べて味を確かめた。ようは情報収集である。
「珍しいのです。けど‥‥」
 今年はフグが豊漁のようで魚市場にたくさん並んでいた。だが満腹屋では使わない食材だ。
 満腹屋の板前長智三はフグを捌ける腕前なのだが、眼の衰えを感じて扱いをやめにしている。
 フグ毒は怖い。治療が間に合わずに亡くなる者も毎年何人かでていた。
 稀にあたることからフグのことを『てっぽう』とも呼ぶ。ちなみに戦いの場へ赴く前の度胸試しとして食べる者もいるようだ。砲術士の朱藩国ならではいったところだろう。
(「智三さんに相談してみるのですよ」)
 満腹屋に戻った光奈はフグの扱いを智三に相談した。
「俺はもうやるつもりはねぇが、光奈お嬢ちゃんのいうことはもっともだ。フグを食べてぇ客もいるからな。真吉か銀政が習いてぇなら知り合いを紹介してやるぜ」
「えっと‥‥わたしも習いたいけどダメなのです? それとお店をよく手伝ってくれる開拓者も一緒だと心強いのですけと‥‥」
「光奈お嬢ちゃんは欲張りだな。いいさ、みんなが覚えてくれれば俺も楽ができるってもんよ」
「ありがとなのです☆」
 反対されるかと思ったが智三は快く意見を受け入れてくれる。
 フグ捌きの達人の名は『丁助』という。連絡をとったところ満腹屋に来て教えてくれる手筈となる。
 光奈は丁助の満腹屋滞在に合わせて開拓者を呼ぶべくギルドに依頼するのであった。


■参加者一覧
礼野 真夢紀(ia1144
10歳・女・巫
明王院 千覚(ib0351
17歳・女・巫
リィムナ・ピサレット(ib5201
10歳・女・魔
火麗(ic0614
24歳・女・サ


■リプレイ本文

●トラフグの捌き方
 昼下がりの満腹屋。昼御飯のかき入れ時が終わって一時的に暖簾が外される。
 いつもなら休憩を含めた夕方用の仕込み時間になるのだが、本日からしばらくは別だ。
 開拓者一行が手伝ってくれたので午前仕事の合間に夕方の仕込みも終えていた。そして空いた時間はフグ捌きの練習に費やされる。
 フグ捌きを習う一同は客間で指南役の丁助を待つ。
「千覚さん。お宿でも使えるように、ですか?」
「はい。頑張って、フグの調理方法や扱いを覚えて、お店で出せるようにしたいです」
 礼野 真夢紀(ia1144)と明王院 千覚(ib0351)は互いによく知る仲。千覚は礼野の姉達の友人である。神楽の都に来てからはよくお世話になっていた。
「フグは美味しいですよね。実家で使うのは安全に処理された身ばかりなんですけど‥‥自分でも処理できるようになれば、産地に行ったときなんか廉価で購入できますし」
「若女将としてお店を切り盛りして行く自信を付けるいい機会かな‥‥と思っています」
 千覚と一通り話した礼野はオートマトン・しらさぎの側に座る。
(「少し落ち込んでいるのかな」)
 礼野は出発の準備を整えていた昨日の夕方頃を思いだす。朋友の中で誰を連れて行くかを決めていたときだ。
「しらさぎもできるようになったら助かるし」
『がんばる。けど‥‥コユキ、つれてけない?』
 礼野としらさぎの会話中、お魚と聞いて猫又の小雪が耳を立てて期待の目で礼野を見つめる。
「今回はねぇ、万一廃棄の身に口つけちゃったら毒が大変だから」
『フグのドク、こわい? ‥‥すきる【複製人形】【解毒】そうてん』
「小雪にはお土産買っていくから、ね」
『コユキ、よろこぶ?』
 そんなこんな色々とあった末、しらさぎは満腹屋にやってきた。
 そんなしらさぎにからくり・光が声をかける。
『しらさぎ、がんばって。わたしおてつだい』
『ヒカリまだだめ? だいじょうぶ、ホウチョウになれたらミナさんがオシえてくれるから』
 友達のおかげで気持ちが少し楽になる、しらさぎであった。
 リィムナ・ピサレット(ib5201)もフグ捌きを覚えてもらうために人妖・エイルアードを連れてきている。
「シノビとしての修行で毒のある部位は一通り学んでるんだ。‥‥いつ何時、毒が必要になるか分からないからね」
「それは大変、わたしはシノビにはなれそうもないのですよ〜。手裏剣には憧れるのですけど☆」
 リィムナと光奈がお喋りを楽しんでいる間、エイルアードは酷く緊張して椅子に腰かけていた。押したら座り姿勢で固まったまま倒れそうである。
 火麗(ic0614)が談笑していた相手は銀政だ。
「フグは美味いね。その調理法教えてくれるっていうんなら真剣に取り組まないわけにはいかないよね」
「俺もそうさ。折角の機会だからな。鏡子さんは別にして、真吉には習ったほうがいいって誘ったんだがな。おや? どうやら来たようだな」
 銀政が人の気配を感じて立ち上がる。彼の勘は当たり、まもなく戸板が叩かれた。
 戸板が開かれると二人の男性が立っている。一人はよく知る智三。もう一人は誰も知らない人物だ。
「こちらがフグ捌きの名人、丁助さんだ」
「おいおい、名人だなんてやめてくれよ。おいらが丁助だ。よろしくな」
 智三から紹介された丁助を見て光奈は驚く。想像していたよりも若かった。三十歳前後といったところだろう。
 二人が牽いてきた荷車には樽が載せられていた。中身は活かされたトラフグである。さっそく全員で裏庭へと運び込む。
 練習で板場は行わない。毒での事故を未然に防ぐためだ。指先が凍えないように焚き火が熾される。
「まずはおいらが一通りやってみせようか。細かい指導はそれからだな」
 丁助が樽の中から一尾のトラフグを取りだす。
 フグを押さえるための左手には手袋が填められている。表皮に細かい棘があるからだ。
「まずはこうするんだ」
 包丁の背で叩いてフグをわざと怒らし、膨らませる。
 顎の部分に包丁を入れると一気にしぼむ。さらに首の付け根にも切れ込みを入れて水で満たされた桶の中で泳がす。
 血抜きをしてからまな板の上で各部のヒレをとった。嘴部分を外し、身と皮を差し込んだ包丁で剥がしていく。
「は、早いのですよ」
「鮮やかです」
 光奈と千覚が小声で呟いた。
 目玉を取りながら頭の部分を外す。ついでに身となる胴と内臓部分も切り離しておく。
 胴の裏側にある鶯骨を取ってから余分な部分を掃除。頭部も掃除するのだが、このときには特に注意が必要だ。
「この腎臓には毒が含まれている。毒は他に肝臓と卵巣にあるが、二つとも大きいので見逃すことはまずない。無茶をやって傷つけない限りはな。フグ中毒になる一番の原因はおそらくこの腎臓部分。取り除くのを忘れたり、また包丁で切ってしまって毒を散らして中毒を引き起こす。特に注意してくれ」
 丁助が手にする腎臓を全員が注目した。
 それからも作業は続く。
 内臓の一塊に着手。エラを外してさらに顎の部分を取りだす。地域によってはカエルと呼ばれる部位だ。ベラも切り取られる。
「実は皮引きが一番難しい」
 まな板に広げたフグの皮を包丁で削いでいった。眺める分には簡単に見えるのだが、大変な技術が必要なようだ。
「ふぅ〜‥‥」
「はぁ〜‥‥」
 捌きが終わった瞬間に礼野と火麗が深呼吸する。魅入っていたせいで暫し呼吸を忘れていたようだ。
「これが腎臓か」
「忘れないようにしないとね♪」
 銀政とリィムナは廃棄の木片上に捨てられた腎臓をまじまじと見つめる。
「そうそう、言い忘れていた。フグはすぐに食べても美味くないからな。おいらの経験からすると半日寝かせたくらいがちょうどいい。暑いとそうはいかないがな」
「満腹屋には氷室があるのです☆」
「それはすごいな。なら問題ないだろう」
「ではこれを運んでおくのですよ〜♪」
 丁助が捌いたトラフグ食材の半分は即座に調理された。寝かす残り半分は、からくり・光によって氷室へと運ばれる。
 丁助によって調理されたのはフグ刺しとてっちり鍋。
 全員で少しずつ食べて味を覚えておく。半日の熟成によって変化が起こるかが楽しみであった。

●リィムナとエイルアード
「じゃエイル、始めようか♪」
『う、うん』
 リィムナとエイルアードは二人並んでまな板前の踏み台に立つ。丁助が見守る中、包丁を手にトラフグを捌き始めた。
『まずは血抜きをしてっと』
 エイルアードは小柄なので捌くフグも小さめのが選ばれる。
「こうするんだよね」
『あいたっ! ‥‥なかなか難しいですね』
「エイル、しっかり♪ ここはこうだよ♪」
『わ、わかった』
 丁助は二人が困ったり、毒部位の扱いを間違えない限りは口をださなかった。捌き終わったあとでそれぞれに総評を告げる。
「速さよりもまずはしっかりと捌くことを心がけよう。大丈夫、数をこなせば手際はよくなっていくものだからな」
「丁助さん、この身でさっきやってくれたふぐ刺しの薄切り、やってくれないかな? ちゃんと廃棄するからお願いします」
『ぼ、僕からもお願いします』
 二人に頼まれた丁助は包丁を手にとる。
「ではいくぞ」
 包丁の長い刃全体を使ってフグの身を切っていく。削ぐと表現した方が正しいかも知れなかった。
 切られた刺身はとても薄くて向こう側が透けてみえるほどだ。フグの身は固いのでこのように切るのが定番である。
「薄切りの練習をしてから処分するからね」
「それがいいな。食べられないとしてもできるだけ有効活用すべきだ」
「そういえばフグの卵巣って、糠漬けにして毒抜きすれば食べられるんだよね。丁助さんは作り方知ってる?」
「田舎ではやっていたな。ただ使うのはトラフグではなくてゴマフグだった。二年は寝かす気の長いものだぞ」
「毒のある部位を的確に取り除いて捌く技術も勿論凄いけど、毒抜きして食べられる様にするってのも凄いよねー」
「よくぞ思いついたものよな、ご先祖様は」
 リィムナといくらか話した後、丁助は他の参加者の指導に当たる。
『もう一度やってみます』
「エイル、一緒にがんばろう!」
 それから夕方までトラフグを捌き続ける。まずはすべての工程を身体に叩き込む二人であった。

●火麗と銀政
「皮と内臓部分が剥がれたな」
「次は‥‥、そうそうこの部分、鶯骨を剥がすんだったね」
 火麗と銀政は相談しながらフグを捌いていく。
 作業手順は帳面に記してあるものの、忘れがちな細かい部分を互いの記憶で補い合う。
「ここは刃をひっくり返して切った方がいいぞ」
 どうしても行き詰まったときには丁助に教えてもらった。
 二人とも飲み込みは早く、作業そのものはすぐにそつなくこなせるようになる。後は習熟になるがこればかりは繰り返しが必要であった。
 幸いにたくさんのトラフグがあるる。日が暮れるまで包丁を握り続けた。
 手元が見えなくなってからは一同で協力して捌いたフグのすべてを焚き火で燃やす。
「フグ始めましたって告知、お姉ちゃんが準備中なのですよ♪」
「人様の食を預かるってことはそのままその人の命と安全を預かるってことだからね。より安全に美味い物を広めていくために努力は惜しまないよ。その辺を強調して宣伝していけばいいじゃないかねぇ」
 光奈と火麗は一緒に焚き火の番をする。
 燃やした後の灰は落ち葉の灰と混ぜて郊外に運び、掘った穴へと埋める予定である。
「てっちり鍋もいいけどさ。いくつか挑戦したいフグ料理があるんだよね。まずは一夜干し。フグの切り身を乾燥させ旨味を凝縮した物を焼く。これがまた美味いんだよねぇ」
「あう〜美味しそうなのですよ〜♪ それにお土産物にもよさそうなのです☆」
「やっぱり光奈は商売人だね」
「えへっ♪」
「あとはフグの身の天ぷらとかどうだろう。さっぱりとした身をじっくりと揚げることで油の旨味を付加することもできるね。塩で頂きたいところだね。これがあれば酒が進むこと間違いなしだし」
「大賛成なのです〜♪」
「そして呑みの締めとして用意しておきたいのがフグの茶漬け。刺身を飯の上に乗せて熱々の出し汁かけて完成だよね」
「早く丁助さんのお墨付きが欲しいのですよ〜♪ そうすれば毎日フグ三昧なのです☆」
 焚き火に照らされる光奈と火麗のフグ談義は尽きることを知らなかった。

●礼野と千覚 しらさぎに光
 実演の直後、オートマン・しらさぎは茫然と立ち尽くした。今見たばかりのフグ捌きが半分も理解できなかったからだ。
『センセイのホウチョウサバキ、はやすぎ』
「大丈夫。もう一度やってもらえるようにお願いするから。‥‥丁助先生、すみません。しらさぎが目で追い切れなかったみたいなので、もう一度お願い致します」
 頭を下げる礼野としらさぎ。そんなに恐縮しなくしてよいと丁助は笑い飛ばしてゆっくりと再演してくれる。
 さらに何もいわず三度目をやってくれた。しらさぎだけでなく他の参加者も非常に助かる。
(「ああしてこうすればいいみたいですね。ここは修正です」)
 千覚は帳面に残した作業手順を再確認した上で包丁を握った。
 礼野は作業工程を覚え込んだ上で自らが再現していく。しらさぎは礼野の包丁を見よう見まねで振るう。
「千覚さん、この次はどうするんでしたっけ?」
 礼野はしらさぎが追いつけるように時々動きを止める。悩んでいるふりをしながら。
「次はこの部分です。丁助さんは取り外したら骨ごと半分に割っていました」
 千覚も二人と一緒にフグと格闘中。
「腎臓を外してっと」
『ジンゾウ、ドクたいへん。ゼッタイとる』
 傷つけずに腎臓部分を取り除いて三人ともほっと胸をなで下ろす。しらさぎにもようやく余裕がでてきた。
「それ、すごいな!」
「? あ、氷霊結ですね。まゆちゃんもできますよ」
 千覚が桶の中の水を凍らせたことに丁助が驚いていた。
「刺身にするとき氷があればいろいろと便利だからな」
 解毒のことも千覚が説明すると丁助は感激しきりである。
「フグ料理屋に一人、そういう者がいれば安心に繋がるのにな。もちろんそうならないための調理の腕なんだがな。よい土産話ができたよ」
 これまでに開拓者と呼ばれる人達と接触はあった。しかし詳しく話を聞けたのは丁助にとって初めてだったようだ。
 やがて三人のフグ捌き一尾目が終わる。
「うまくいったな。大丈夫。あとは繰り返して覚えていけばいい」
 仕上がりを確認した丁助がやさしい言葉をかける。
 しらさぎが仕上げたフグの身はグズグズ、皮はズタズタになっていたが、毒については大丈夫のようだ。二尾目、三尾目と続けて捌いているうちに食材としてのフグも様になっている。
 礼野と千覚はトラフグの正しい扱いはすぐに覚える。慣れるために数をこなしていく。
「フグの身を誰かが持っていったり食べたりしないように見張っていてくださいね。野良犬、野良猫とかもです。解毒はありますが苦しいと可哀想ですから」
 千覚の言いつけを守り、周囲を見張る又鬼犬のぽちである。
「そろそろお片付けなのです☆」
 日が傾いてきたので光奈が今日の練習終了を告げるのであった。

●フグ料理
「昼間に食べたのとは全然違うのですよ」
「ここまでとは‥‥」
 光奈と銀政が呟いた。
 一同は保冷室で寝かせた食材を使ったフグ刺しとてっちり鍋を晩御飯に頂く。その味は捌いた直後に食べたものとは雲泥の差が。寝かせた方が非常に美味しかったのである。
「うちでだすのならこちらですね」
「あたしも注意しないと」
 あまりの違いに千覚と礼野が煮える鍋から視線を外せなくなる。
「酒が欲しくなってきたのさ。いや今日は呑まないけどねぇ。修行の身だからさ」
 火麗は目を瞑って味わってみる。
「おいしー♪ すごくおいしいよ♪」
 喜ぶリィムナを眺めながら人妖・エイルアードがモグモグと口を動かす。
(「リィムナは毒のありそうなものでも解毒あるから平気っていって、パクパク食べちゃうけどね‥‥」)
 それは本当。だからこそ一般の人にはきっちりと捌いたフグが必要だとリィムナはいっていた。
 トラフグを捌く練習は二日三日と続いた。
 四日目の早朝に試験が行われる。皮引きは要練習の条件付きだが、全員に丁助からのお墨付きがでた。
「これでみんな自由に捌いて構わないぞ。存分にお客様に提供してくれ」
 喜んだ一同は協力して新規にトラフグを捌いた。これは今晩に自分達が食べる分である。
「明日からの屋台のトラフグは夕方までに仕入れておかないと♪」
「俺は屋台の準備でもしておくか」
 光奈と銀政は初期の計画通り、海産祭への出店に闘志を燃やした。
 夕方頃には屋台用のフグを捌く。
 宵の口。暖簾が外されたところで晩御飯を作り始めた。智三、丁助、鏡子、真吉、智塚夫婦を招いてのフグ尽くしである。客がいなくなった店内で頂く。
「どれも美味しそうですわ♪」
「てっちり鍋はわたしが作ったのです☆」
 鏡子と光奈がさっそくてっちり鍋を食べ始めた。フグの旨さに姉妹揃って笑顔になる。
『フグのてんぷら、おいしい。マンゾクなでき』
 オートマトン・しらさぎは礼野と協力して作ったフグの身の天麩羅を自ら味わった。そして礼野や千覚、からくりの光に食べるのを勧める。
『しらさぎのてんぷら、すごい。光奈、わたしもつくりたい』
「あと二ヶ月ぐらい経って包丁がうまくなっていたら教えてあげるのです☆」
 約束した光と光奈がフグの身の天麩羅を頬張る。
「この二つの土鍋、どちらも雑炊ですわ」
 鏡子が二つの土鍋を見比べた。一つは礼野、もう一つは千覚が作ったフグ雑炊であった。
「本当はてっちりの〆に作ることが多いんだけど‥‥明日の海産祭でフグの一日屋台するんでしょう? もう結構寒いし、体の温まるものの方が良いかなって」
「そういうことなのね。ではまず礼野さんのから‥‥。うん、フグの身がたっぷり具だくさんね♪」
 鏡子はまず礼野のフグ雑炊を味わう。続いては千覚のフグ雑炊だ。
「こちらは出汁がとてもよくでているわ♪」
「そうなんです。フグのから揚げもどうですか?」
 千覚に勧められて鏡子はから揚げも口にする。
「から揚げとはいえフグの身は淡泊な味です。汁物と合わせて、出汁の味で旨味が増すように考えてみましたが如何でしょうか?」
「こちらの雑炊はから揚げと合わせ技ですのね。一杯で満足させる雑炊と、定食として美味しい雑炊。どちらも素晴らしいですわ」
 鏡子は方向性が違う二種類のフグ雑炊に感心する。
「はい。おかわりです。たんと食べてね」
 千覚は足元で大人しくしている又鬼犬・ぽちにフグ料理を食べさせた。
 ぽちはちょっとだけ厚みのあるフグ刺しを美味しそうに噛んでいる。犬にとっては丁度良い噛み応えのようだ。
 リィムナと人妖・エイルアードが作ったフグ刺しが卓に並べられた。エイルアードがフグを捌いて薄切りにしたのはリィムナである。
「すごいな。皿の絵が透けて見えるぜ」
「数日でここまでとはな」
 銀政と丁助が皿に顔を近づけて眼をこらす。
「丁助さんに教えてもらった技術。それに開拓者として、泰大学の学生として身につけた技の粋を尽くしたんだよ♪」
 リィムナのフグ刺しの皿はすべての卓に置かれた。
「フグ刺しなんて何年ぶりだろうか」
「そういえば長い間、食べてませんでしたね」
 智塚夫婦が仲むつまじくフグ刺しを味わう。
『どれも美味しいです‥‥。これももらいますね』
 エイルアードは様々なフグ料理を頂いた。美味しいものを知れば知るほど将来の料理の腕にも繋がる。一生懸命にお腹いっぱいになった。
「フグ刺し、いくらでも食べられるのです☆」
「ところで興志王ってフグ好きなのかな? 万一のことを考えると、ああいう立場の人は自由に食べられないかも」
「安州の街中を一人でぶらぶらしてるから食べてても不思議ではないのですよ♪ 機会があったらご馳走してあげたらいいのです☆」
「あたしもそれ、考えていたんだ♪」
 光奈とリィムナは興志王を肴にして盛り上がった。
 羽妖精・冷麗と一緒にフグ料理と酒を楽しんでいた火麗の側に銀政が座る。
「美味そうなもん食べているな。それ、ひょっとして光奈がいっていたフグの身の一夜干しか?」
「食べるかい? 昼間に干したから一夜干しじゃないかも知れないけどねぇ」
 銀政の杯に火麗が酒を注いだ。フグの身の一夜干しは酒の摘まみとして最高である。
 火麗もフグの身の天ぷらを作っていたが、こちらは塩のみで頂く。油の旨味が加わったフグの身がこれまた美味い。
「こういうのも用意しておいたんだ」
「フグ茶漬けか」
 フグ刺しを丼飯の上に並べて熱々のフグ出汁をかけて完成。火麗と銀政は茶漬けをうまいうまいと食べ尽くす。
「あ、わたしも♪」
「美味いものには敏感だね」
 においで気がついた光奈に火麗はお茶漬けを作ってあげた。
「どうだい。フグはうまかったかい?」
 火麗の隣で食べていた羽妖精・冷麗に丁助が声をかける。冷麗は大きく頷いて笑顔を浮かべた。

 翌日は屋台を引いての海産祭参加である。
 昨晩に楽しんだフグ料理を用意して会場に集まった人々に格安で振る舞う。
 満腹屋がフグ料理を始めた告知も忘れてはいない。鏡子制作の看板が立てられる。
 功を奏して後日満腹屋は満員御礼。たくさんのフグ料理が注文された。
 ちなみ開拓者達は捌いたフグ食材を土産として持ち帰る。住処で仲の良い者達と食卓を囲んで楽しんだという。