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■オープニング本文 朱藩の首都、安州。 海岸線に面するこの街には飛空船の駐屯基地がある。 開国と同時期に飛空船駐屯地が建設された事により、国外との往来が爆発的に増えた。それはまだ留まる事を知らず、日々多くの旅人が安州を訪れる。 そんな安州に、一階が飯処、二階が宿屋になっている『満腹屋』はあった。 逆さにした壷から垂れる黒い滴。 「ついに終わってしまったのです‥‥。『そ〜すぅ』が」 智塚光奈を壷を振って最後の一滴までを丼の中に落とした。 黒い滴はジルベリア産の『ソース』という液体調味料だ。最後のソースを使って光奈は『そ〜すぅかき揚丼』を頂く。 光奈は両親が営む満腹屋の一階にある飯処で給仕をしていた。今は昼の書き入れ時が終わって遅い食事休憩である。店内は姉の鏡子が切り盛りしてくれている。 「光奈さん、お願いしますね」 「わかったのです。ふぅ‥‥」 しばらくして光奈は鏡子と給仕の担当を交代した。ソースがなくなった事にがっかりしながら。 「あ!」 項垂れていた顔をあげると光奈の瞳によく知る人物が映る。椅子に座っていたのはソース入りの壷をくれた三十歳過ぎの男性『呂』であった。 「呂さん、来店するのを待っていたのですよ〜♪」 「ほえ、どうしたのアルか?」 まず光奈は呂に美味しかったとソースのお礼をいう。さらにすでに無くなってしまって残念だとも話す。ちなみに呂は泰国出身の旅泰と呼ばれる交易商人だ。 「もっとたくさんの『そ〜すぅ』を手に入れたいのですけど、何とかなりませんです?」 「満腹屋で使うのアルか。それなら何とかするアルよ〜」 「わぁ〜、ありがとうなのです♪」 「で、お値段アルが‥‥」 食事中だというのにさっそく算盤を出して値段の交渉に入る呂に光奈は目を丸くする。少し遅れてさすが商売上手の旅泰だと感心するのだった。 「智三さん、お話があるのですよ」 「何だい? 光奈嬢ちゃん」 店じまいの後、光奈は板前の『智三』と相談した。以前に開拓者の案で出来たソース料理がある。それを満腹屋の新献立にしようと話がまとまる。 そして翌日。 「あら、光奈さん。どちらに行くの?」 「ギルドで開拓者さんを募集するのですよ。最初が肝心なのでいろいろと手伝ってもらうのです〜」 鏡子に答えながら光奈は満腹屋を飛びだす。目指す先は開拓者ギルドであった。 |
■参加者一覧
紗耶香・ソーヴィニオン(ia0454)
18歳・女・泰
フィー(ia1048)
15歳・女・巫
嵩山 薫(ia1747)
33歳・女・泰
慄罹(ia3634)
31歳・男・志
設楽 万理(ia5443)
22歳・女・弓
藍 舞(ia6207)
13歳・女・吟
フィリン・ノークス(ia7997)
10歳・女・弓
木下 由花(ia9509)
15歳・女・巫 |
■リプレイ本文 ●試食と相談 朱藩の首都、安州。 早朝の開店前だが満腹屋一階の店内は賑わっていた。光奈がギルドで募集したソース料理の販売を手伝ってくれる開拓者達が集まっていたのである。 「久しぶり光奈」 「この間手伝ってくれた藍さんなのです。よろしくなのですよ〜」 藍 舞(ia6207)が光奈に抱きついて再会を喜んだ。 「ん?‥‥あ‥‥あ〜うん成長期ね」 「あう? どうしたのです?」 藍舞は光奈から目をそらして誤魔化す。光奈は以前より肥えていたようである。 「あ、もしかして。ちゃんと運動しているから大丈夫なのですよ〜」 本当のことなのか、根拠のない自信なのか、それは光奈のみぞ知るところだ。 「ところで本題なのです。そ〜すぅ料理をドカンと売り出したいのですよ」 智塚光奈は依頼した内容を全員にあらためて説明する。ソースの入手に不安がなくなったので、これからは思う存分に使えると。 問題は新しい味がどれだけ多くの人に受け入れられてもらえるかだった。広く宣伝をし、ちゃんとした接客で、さらにソース味の料理を満足してもらう。そうすれば何度も通ってくれるお客様が増えるはずだと光奈は考えていた。 「取り敢えずは、そのソースとやらの味見をまずさせていただきたいのですが‥‥」 料理人である紗耶香・ソーヴィニオン(ia0454)は、まずソースを舐めさせてもらう。 「かなり味付けが濃いようですね‥‥ただ‥‥かなり複雑な味がしますね‥‥。これは、野菜とか果物とか‥‥あと香辛料も入ってますねぇ。あまり沢山かけない方がいいとは思いますね」 紗耶香が味を探る最中、慄罹(ia3634)が光奈に近づく。 「ソースそのものの味見もさせてもらうとして、売り出す新しい料理の味見も必要だな。味がわかってねぇ〜と作れねぇし」 「わかったのですよ。そういわれると思って下準備はしてあるのです」 慄罹だけでなく全員が試食を希望した。光奈は板前の智三にさっそくソース炒飯を作ってもらう。そして朝食代わりの試食が始まる。 「おっ、確かにうまいっ! この絶妙な味わいがなんともいえねぇ〜。なるほどな。素材の味を活かす料理にも使えるって訳か。逆にソース味で強引にまとめてしまうのも出来そうだが」 慄罹は一口ずつ確かめながらレンゲでソース炒飯を頂いた。 「ソースって、どんなお味なんでしょう。この香ばしい匂いが食欲をそそります。わくわくしますね!」 そういって食べ始めたのは木下 由花(ia9509)である。 「酸味、甘味など複雑な味がしますね!」 気がつけば皿には一粒の米も残っていない。もう少し食べたかったが試食なので我慢する木下由花だ。 「ソースはいい調味料だね」 ソース炒飯を食べながら時間が空いたら料理の試作をやってみようと藍舞は考えていた。以前に発見した脂と絡まったソース味に捨てがたいものを感じていたからだ。 「そうなのですよ。呂さんってお客さんがソースをくれた人なのです」 「その呂という商人は商売上手ね。タダで分けたそ〜すをちゃんとその後の販売に繋げるとは」 以前の参加で光奈とうち解けていた設楽 万理(ia5443)は、ソースを販売してくれた呂という人物についてを訊ねる。 呂の掌の上で踊らされている気がしないでもないが、商売上手なところは真似させてもらおうと設楽万理は思案する。 「なかなか癖になりそうな味ね。お酒の肴にも良さそうだわ。ところで光奈さん――」 「それなら大丈夫なのですよ♪」 嵩山 薫(ia1747)がソースの在庫についてを訊くと光奈はにこりと笑う。腰の高さ程がある樽五つがすでに納品されていた。他の食材にも余裕があるので大丈夫だと光奈は胸を張る。 「いい‥‥匂い‥‥」 「美味しいですか?」 フィー(ia1048)が食べ始めてしばらくしてから光奈は話しかける。『美味しい‥‥』と答えが返ってくると智三と光奈は視線を合わせて頷き合った。フィーには後で満腹屋の給仕の仕方を教える事になるだろう。 「僕も給仕をやるつもりだよ♪」 フィーの隣に座っていたフィリン・ノークス(ia7997)が光奈に広げた手を伸ばす。 「よろしくなのですよ♪」 光奈はフィリンと握手をした。フィリンは自分とフィーが姉妹だと告げる。しかし何故かフィリンと接するときのフィーはどことなくぎこちないのだが。 開店の時間が迫り、開拓者達は店の奥へと移動する。ここで互いの役割などを確認し合った。 宣伝担当は設楽万理、藍舞。 調理担当は紗耶香、嵩山薫、慄罹。 給仕担当はフィー、フィリン、木下由花。 宣伝用の看板作り、試食として配布するそ〜す煎餅の調理などは共同でやる予定だ。二日目までは準備に費やし、三日目から本格的なソース料理のお品書きを店内に貼りだすのだった。 ●宣伝 「このぐらいあれば足りるだろ。どれ、味を確かめてみるか」 慄罹は調理場でそ〜す煎餅を焼いていた。前日から作り続けたおかげで宣伝用の小さなそ〜す煎餅はたくさん出来上がる。 その中の一枚を慄罹は割って口に放り込んだ。 「私達にももらえる?」 設楽万理は慄罹からそ〜す煎餅の半分をもらうとさらに割った。そして片方を藍舞に渡す。 「やっぱり美味しいわね」 「これならきっと大丈夫」 藍舞と設楽万理は確信を持つ。この煎餅ならばソースの魅力を町の人々に伝えられるだろうと。 そ〜す煎餅の入った木箱を台車に積み上げると設楽万理はさっそく店を出た。 藍舞は設楽万理を見送った後で店先に卓を設置する。光奈と鏡子がそ〜す煎餅の入った木箱を運んでくれた。 「さあさ、寄ってらっしゃい嗅いでらっしゃい! お金があるならいらっしゃい! 一文無しでも試食をどうぞ? 数量限定! 早い者勝ちよー」 藍舞は店の前を通過する町の人々に口上を述べ始めた。身体の前後には看板をぶら下げて、目立つように黄色い外套を羽織るのも忘れていない。 「はい、気に入った方は五枚入り、十枚入りの二種類がありますよ。家で待っている恋しい女房にいかが? かわいい坊ちゃん、嬢ちゃんも大喜びだよ!」 『真のクールはクールじゃない仕事も平然とこなす』と『忍びたい時は忍び、忍びたくない時はしっかり目立つ』がモットーの藍舞である。ここは積極的にそ〜す煎餅を売り込んでゆく。 「ありがとうございます〜。はい、十枚入りですね♪」 店先でのそ〜す煎餅販売は光奈が手伝ってくれた。 販売するそ〜す煎餅セットは今日から三日間限定の特別価格だ。儲けよりソース味に親しんでもらうのが目的である。 藍舞と光奈は新しいソース料理がお品書きに増えたのも忘れずに宣伝しながら路上販売を続けた。 「ここでいいよね」 店先での販売が始まった頃、設楽万理は大通りの片隅に矢盾を利用して作った看板を設置していた。 『そ〜す煎餅無料配布中。あのジルベリアの家庭の味、そ〜す料理はじめました。満腹屋におこしやす』 と墨を使って大きな文字で書かれてある。町全体の簡易な地図に満腹屋の位置もばっちりだ。 「百聞は一食にしかず作戦、開始ね」 眼光を強くした設楽万理は台車に積んだ木箱の中からそ〜す煎餅をお盆に並べた。 「満腹屋で〜す。お一ついかがですか〜?」 「あら、いいのかね? んじゃ頂こうかね。この子の分ももらえるかい?」 「もちろんです。はい、どうぞ」 設楽万理は女性とその子供にお盆を指しだしてそ〜す煎餅を受け取ってもらう。その様子を見せていた人々にも『いかがですか?』とそ〜す煎餅を勧めてゆく。 「満腹屋では、このそ〜す煎餅の他にもソースを使った新メニューがあります。どうかお立ち寄りの際には――」 地図で満腹屋の位置を説明しながら設楽万理はそ〜す煎餅の配布を頑張った。約二時間後には、運んできたすべてのそ〜す煎餅が終わる。 「今日はこのぐらいね。結構配ったけど、この経費が活きてくるといいんだけどね」 軽くなった台車を押しながら設楽万理は満腹屋へと戻るのであった。 ●店内 そ〜す煎餅の配布が二個所で始まってからしばらくが経ち、ぼちぼちと常連以外の客が来店し始める。 稀に常連がソース料理を頼む事もあったが普段の品を食べる傾向が強かった。 鏡子も加えて、フィー、フィリン、木下由花が給仕を担当する。 「いらっしゃいませ〜♪」 来客者に気がついた給仕が挨拶で出迎える。 「‥何名様ですか‥?」 小柄なフィーは見上げるようにして客を案内する。今はまだ空いているが仲間達の頑張りによって混むかも知れないからだ。 鏡子がさっと人数分のお茶を運んで挨拶と共に去ってゆく。 「店先じゃ『そーす』とか『そ〜すぅ』とか叫んでいたけど、美味しいのかい?」 「はい‥オススメ‥は‥そ〜すぅ料理‥‥です‥」 フィーがお品書きを読むと客は『野菜と魚介のソース炒め』と『ソース炒飯』を注文した。さっそく調理場との狭間にある小窓までいって、該当の真新しい木札をぶら下げるフィーである。 「ほい。『そ〜すぅかき揚丼』二丁出来上がったぜ」 智三が先に受けていた注文を仕上げて小窓の卓に丼二つを並べる。すぐさまお盆に乗せてフィリンは運んだ。走りはしないが元気な歩み方で。 「へいおまちぃ♪ 『そ〜すぅかき揚丼』ですね〜」 笑顔のフィリンは二人連れの客それぞれの前に丼を丁寧に置いた。 「どんな感じ?」 「‥評判は‥よいです」 フィリンとフィーは店の奥に入ってから客の反応を喋る。そこに早めの昼食が終わった木下由花が加わった。 光奈から借りた着物姿の木下由花だ。光奈や鏡子と同じ格好で、やる気をあげようと考えたのである。 「お腹も一杯になりましたし、元気いっぱいにやらせてもらいます」 「それでは‥‥お先に‥」 木下由花と入れ替えにフィーが休憩に入る。もう少ししたらフィリンも鏡子に任せて休憩時間となる。 (「ソースの香りがとてもいいです」) お腹もいっぱいで上機嫌に木下由花は足取りも軽く給仕を始めた。 「いらっしゃいませ〜。ご注文をどうぞ! はい、普通の炒飯とソース炒飯のお一つずつですね」 木下由花は元気よく客がついた卓と調理場を往復するのだった。 ●調理場 四日目からの満腹屋は朝から大忙しであった。ソースの評判を聞いた人々が押し掛けてきたのである。 肝心なのはこれから。忙しさのあまり味を落としてしまっては元も子もない。誰もが肝に銘じて仕事をこなす。 「は、はやいですね」 「燃え盛る炎の料理人と呼んで頂戴‥‥なんてね。使っているのは水だけど」 真吉が葱を刻んでいる横で嵩山薫は熱が抜けた粘りけの少ない炊いた飯を冷水で洗っていた。笊で水気をとり、少し放置してから炒飯用に使うのである。 今日が忙しくなるのは何となくわかっていた嵩山薫だ。そこで前日の準備、そして普段より早く起きての下準備に余念がなかった。 必要な食材をチェックして智三に伝えたのも嵩山薫である。 「もらってゆくわね」 紗耶香は真吉と嵩山薫のところから刻み葱と飯を手に入れる。 「さてと‥‥」 紗耶香は熱した泰国製の鍋を前にして炒飯を作り始めた。御飯に葱、卵、そして肉を少々というのが炒飯の基本だ。 普通の炒飯、そしてソース炒飯と二つの鍋を用意して調理してゆく。 (「やっぱりソースも焦げ付きやすいわね」) ソースがあるので塩は少な目。最後に香りを残すように素早くソースを絡める。醤油で炒める時もそうだが、やはり液体調味料というのは焦げやすかった。慎重さと大胆さをもって炒飯を仕上げてゆく紗耶香だ。 その頃、慄罹はそ〜す煎餅を焼く実演の為に藍舞、光奈と店の外にいた。 「うっしゃ、じゃあじゃんじゃん作ってくぜ!」 綺麗に並べられた煎餅生地をかなりの長さがある箸で次々とひっくり返す。冬場であっても真っ赤に燃える炭からの熱はかなりのものがある。それにも負けずに慄罹は焼き続けた。焼き上がってすぐに板を押しつけて平らにし、熱いうちにさっと刷毛でソースを塗って出来上がりである。 「い、忙しいのですよ〜」 途中から光奈が煎餅にソースを塗る作業を手伝ってくれた。好評な売れ行きで間に合わなくなってきたからだ。 「助かるぜ。それにしても、これだけいい香りだとお腹が空いてくるな」 「あとちょっとで人通りが少なくなる頃なのです。そうしたら賄いを食べてきて下さいな〜。みんなで順番で休むのですよ」 腕まくりをした光奈が慄罹にニコリと笑う。 「任せていいよ」 宣伝をひとまず中断して光奈と二人で煎餅焼きに徹すれば何とかなると、藍舞も自信ありげに慄罹に話しかけるのだった。 ●裏口で 時間が空いた時、藍舞は店の裏でこっそりと料理を研究する。 鉄板を広げて様々な食材を焼いてみた。ソースに合う新たな料理を見つける為に。 「くっ! また失敗か!」 出来上がった料理は食べられないことはなかったが、どれも今一であった。ソースの味は非常に強く、油断すると他の食材の良さを殺してしまう。 ソースでまとめてしまう手もあるが、そうするとくどくてたくさん食べるのは難しい。以前に肉類の脂とソースが絡まった味のように。 「味を加えるではなくて逆にソースを緩和させる食材は‥‥。そうすれば舌休めになるはず‥‥‥‥」 藍舞は光奈がくれたそ〜す煎餅を囓りながら考えた。そして煎餅の中まではソースが染みこんでおらず、ちょうど自分が考えていた舌休めになっているのに気がつくのであった。 ●そして 「みなさん、助かったのですよ。おかげでそ〜すぅ味が大分知れ渡ったと思うのです♪」 手伝いの最終日。閉めた店内で光奈は開拓者に感謝する。 「それじゃあ、存分に食べていってくれ。おかわりしてもいいぜ」 智三が調理場の小窓から顔を出して開拓者達に声をかける。 「お召し上がりあそばせ」 鏡子が出来上がったばかりのソース料理を盆にのせて卓まで運ぶ。光奈も手伝って今回の仕事における最後のまかないが振る舞われた。 「ふむ。酒のツマミとの相性が良さそうなのよね‥」 「どうぞなのです♪」 呟く嵩山薫がついた卓に光奈が天儀酒を置いた。感謝をしながら嵩山薫はもう一つのお願いをしてみる。ソースの出所と入手方法を教えてもらいたいと。 出所については光奈も知りたいところだが、それは秘密だと旅泰の呂は教えてくれなかったそうだ。将来的にもっとソース料理が広まったのなら、この満腹屋の在庫を譲っても構わないという。ただ今はまだ規模的に難しい。 「また何かあったらお願いするのですよ〜♪」 光奈達に見送られながら開拓者達は神楽の都への帰路に就くのだった。 |