濡れ衣 〜春華王〜
マスター名:天田洋介
シナリオ形態: シリーズ
相棒
難易度: やや難
参加人数: 10人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/02/24 23:39



■オープニング本文

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 泰国は天儀本島と離れた地。嵐の壁によって隔たっていたものの、今では飛空船での往来が可能である。多数の群島によって形成され、春王朝天帝と諸侯によって治められていた。
 帝都の名は朱春。
 春王朝天帝の名は春華王。十一歳の時に帝位に就き、今はまだ十四歳の少年である。


 大型飛空船・春暁号。
 この船は泰国・春華王の仮の姿、老舗お茶問屋『深茶屋』の御曹司『常春』が所有するものである。
 身分を隠して各地を旅する常春だが、この度選んだのは武神島と呼ばれる少々変わった土地。独立した浮遊大陸の中央部分に広がる島だ。
 位置は天儀本島の理穴から見て北西遠方。ジルベリア大陸への開拓史に中間基地の島として記されている。
 ジルベリアほどではないものの寒冷の地であり、冬季の現在は雪と氷に覆われた土地である。天儀王朝所有の島だが、独自に辿った歴史によって現地出身者の賢人集会によって自治されていた。
「何が起きているだろう? なぜこの春暁号に集まっている?」
 常春が武神島唯一の街『広地平』に隣接して建設されている飛空船基地に春暁号を着陸させると武装した者達に取り囲まれた。身なりからして荒くれ者の類ではなく基地の警備兵のようであった。
 警備兵達はいきなり春暁号の乗降用扉を破壊して内部に侵入しようと試みる。その様子を常春は窓越しにだが開拓者達と共に目撃した。
 状況がわからないものの危険を感じた常春は春暁号を急上昇させる。すでに乗降用扉は破られてしまっていたが、侵入されたのは二名のみ。開拓者達によって捕まえられる。扉はすぐに予備と交換された。
「この空賊め!! よくも堂々と姿を現したものだ!!」
 常春が事情を聞こうとして監禁の部屋を訪れると縛られたままの警備兵が悪態をついた。二名の警備兵が興奮していた為に最初は会話にならなかったが次第に状況が判明する。
 どうやら春暁号にそっくりな大型飛空船が存在するらしい。しかも空賊が所有しているものだと警備兵二名は語る。すでに何件も武神島の空域で強奪事件が発生しているという。
「汚名を着せられたみたいですね」
 憤慨する常春だが武神島周辺を訪ねたのは今回が初めて。果たして春暁号と空賊の飛空船が似ているのは偶然なのか、それとも意図的なものなのか何もわからなかった。
 常春は決意して開拓者達の協力を得る。春暁号にそっくりな大型飛空船を探しだして身の潔白を証明しなければならなかった。


■参加者一覧
紅(ia0165
20歳・女・志
久万 玄斎(ia0759
70歳・男・泰
伊崎 紫音(ia1138
13歳・男・サ
奈良柴 ミレイ(ia9601
17歳・女・サ
パラーリア・ゲラー(ia9712
18歳・女・弓
ルンルン・パムポップン(ib0234
17歳・女・シ
アレーナ・オレアリス(ib0405
25歳・女・騎
将門(ib1770
25歳・男・サ
朱華(ib1944
19歳・男・志
鳳珠(ib3369
14歳・女・巫


■リプレイ本文

●相談
 今後の方針を決める為に常春と開拓者達は大型飛空船・春暁号の艦橋へと集まる。
「同じような船が空賊を? 大型船は製造にも維持にも莫大な資金が掛かるような気がするけれど、大規模な空賊団ならば考えられるし、それとも別の何かかもしれないですわね」
 常春から一通りの状況説明を聞いた後で、アレーナ・オレアリス(ib0405)は疑問を口にした。
「わざわざ春暁号のふりをする理由がわからないのが不気味です」
 鳳珠(ib3369)が首を傾げると常春と目が合う。
「みなさんもお考えのように空賊の存在が本当だとして、何故にこの船と同じなのかが疑問なんです。この空域を立ち去るのは簡単ですが、濡れ衣を着せられたままでは枕を高くして寝られません」
 身の潔白を証明したいという常春の意見に全員が賛同してくれた。開拓者達も同じように考えてくれていたことがわかって常春はほっとする。ちなみに『空賊』と聞く度にルンルン・パムポップン(ib0234)が誰からも視線を逸らすのは気のせいであろう。
「大型船なんて、早々手に入る物じゃないですし、只の空賊ではないのかもしれません。それに春暁号にそっくりな飛行船。常春さんの事を知っている人でしょうか?」
「どうなんだろうね。今のところの唯一の情報源である捕まえた二人は興奮気味で、ちゃんと話せる状態ではないんだよ。一晩眠ればきっと落ち着くと思う」
 伊崎 紫音(ia1138)の質問に答える常春の表情からは覚悟が滲み出ていた。
「まったく、回りくどいことをしてくれるのう。やれやれじゃ。それにしても寒さが身に染みるのう」
 白い顎髭を触りながら呟く久万 玄斎(ia0759)は常春の様子も観察していた。以前より少しだけしっかりした印象を感じ取る。
「坊ちゃんの船の名を騙るなんて、絶対に許せません。正義の忍法で懲らしめちゃうんだからっ!」
 空賊が春暁号と名乗っていたかは知らないが、少なくとも姿形がそっくりなのは間違いないはず。そう考えたルンルンは右拳を高く掲げた。
(「本当に名前まで騙っていたかは捕まえた二人がきっと教えてくれるだろう‥‥春暁号も有名になったものか。だが、解せない。一体何が目的なのだろう」)
 仲間達の話し合いに耳を傾けながら紅(ia0165)は思案を巡らせた。
「その飛空船の正体が何にせよ、まずは調べないとな。俺は妙見でこっそり街に出て、春暁号がいつ頃から暴れているのかを調べてこよう」
 将門(ib1770)は甲龍・妙見で出かけるつもりである。
「操縦補助をするから船に残る」
 奈良柴 ミレイ(ia9601)は、ぶっきらぼうにそれだけを宣言して春暁号の操縦に専念する。
「あたしも残るよ〜。航海士として常春くんのさぽーとだにゃ」
 窓際に立っていたパラーリア・ゲラー(ia9712)は話し合いに参加しながらも常に天候の変化に気をつかっていた。
「俺も残ろう。捕まえた二人からいろいろと聞きたいしな」
 朱華(ib1944)は甲龍・梅桃を連れてきていたが、それはもしもの戦いの為である。アレーナもまた船外には出かけずに捕まえた二人から話を聞こうと考えていた。
 春暁号に残る者、街へ出かける者、武神島周辺の海域を調査する者。各自、役割が決められる。
 しかし、時はすでに夕暮れ時。比較的安全な空域へと春暁号を移動させて、今晩は何事もないようにやり過ごすのだった。

●二名の警備兵
「調査に出る人のお弁当はこれで完成と‥‥」
 翌朝、伊崎紫音は出かける仲間達用に弁当を拵えた。次に二人の警備兵がいる監禁部屋へと朝食を運ぶ。到着すると食べやすいようにひとまずそれぞれの両腕の拘束を解いてあげる。
「帰してあげたいのは山々なのですが、そっくりな空賊のせいで寄港もままならない状況で。本当にごめんなさい」
 誤解をこれ以上増やさないように出来るだけ優しく接した伊崎紫音である。しかし二人の警備兵の口数は少なかった。なかなか口をつけようとしないので少しずつ毒味をしてみせると、ようやく二人の警備兵は食べ始める。
 捕らえられる際に伊崎紫音も含めて開拓者達の実力を知らされたせいか、二人の警備兵はよからぬことなど考えずにおとなしかった。
 食器を片づける伊崎紫音と入れ替わるように部屋へやってきたのが朱華とアレーナだ。
 最初に質問を始めたのはアレーナである。
「この空域に人知れぬ島などはありませんでしょうか? 飛空船基地の警備兵なら知っているかもと思いまして」
 アレーナは空賊が大型飛空船を所有しているのならば整備に港が必要だと踏んでいた。
「武神島の浮遊大陸は天儀のそれとは比較にならない程狭いものだ。その他の小さな浮遊大陸も非常に目立つ。どうして人知れぬ島などがあり得ると思う?」
 アレーナの考えはどちらの警備兵にも一蹴される。それはそれで一つの情報となり得た。肝心なのは敵の正体の見極めである。
 わざわざ遠方から飛来して武神島周辺で悪さをしているのか、もしくは外形こそ春暁号にそっくりな大型飛空船でも中身は別物なのか。やはり警備兵二人が知らないだけで、どこかに整備用の隠し港が存在するのか。どの可能性も捨てるには早い段階だ。
 その他に武神島の西側と東側の海の様子も訊ねてアレーナの質問は終わる。次は朱華の出番である。
「あらかたは訊ねられたと思うが、まあ、聞いてくれ。俺達はその飛行船を捕まえたいんだ。些細な事で構わない。情報は無いか?」
「そのもあのもないだろ。この飛空船こそがお尋ねの空賊だろ」
「警備の立場の者ならそういうのが普通だろうな。だがな、俺達を信用出来ないとしても武神島を狙っている怪しい空賊は他にもいるんだろ? 空賊にとって空賊は味方じゃない。敵だ。あくまでもしもの話だが、俺達が空賊だとして敵の敵は味方って‥‥考えてみてはどうだろう?」
 朱華は言葉巧みに警備兵二人が知っている情報を引き出そうとする。そしてわかったのは、襲われたすべての飛空船が墜落させられていた事実である。
「いや‥‥沈められたんじゃないだろ? 証言者はそうはいっていなかったはず」
「何をいう。きっと恐怖で幻覚を見たに違いない」
 目撃証言についての意見が食い違って警備兵二人がいがみ合う。
「幻覚とはなんだ?」
 朱華は二人を無理矢理引き離して聞こうとしたが、今度はどちらも話そうとはしなかった。秘密事項だとの一点張りで。
 これ以上は無理だと感じた朱華の質問も終了。警備兵二人の拘束を元に戻してからアレーナと朱華は甲板へとあがる。
「常春君から許可をもらいましたし、これだけ広い春暁号の甲板ならヴァイスリッターでも大丈夫でしょう」
 アレーナは念のために駆鎧の準備を行っておく。その上で望遠鏡を使って監視を開始する。
「風が強いな‥‥大丈夫か? 梅桃」
 朱華は甲龍・梅桃を連れた上で、アレーナと同じく甲板からの監視任務にあたるのだった。

●艦橋
「春暁号の設計図の管理はどうなっている?」
「設計図の管理? かなり厳重にされているはずさ。関わった全員が会議で全部を見せてもらっているが、各担当に渡された設計図は抜粋されたもの。全部を知り得る人物はわずかなはずだね」
 奈良柴は昼食をとる際に食堂室で一緒になった高鷲造船所の技師に話を聞いた。設計図さえ手に入れば製造技師なら誰でも複製可能だと考えたのである。そこから辿れば空賊と考えられている相手の正体も浮かび上がってくるのではと考えた奈良柴だ。
(「設計図がなくても外見の特徴だけならいくらでも似せられる。だとすれば、これまで停泊した港で何かあったのかも知れない‥‥」)
 奈良柴は過去の状況を思い出そうとするうちに交代の時間が迫る。ひとまず食事を済ませて艦橋へと向かう。
 艦橋にいたのは常春とパラーリアの二名である。
(「そろそろこっしょり街に行ったルンルンさん、風信器で高鷲造船所の人たちへのお手紙を頼んでいる頃だにゃ」)
 パラーリアは天候を地図に描き込みながら心の中で呟く。春暁号の同型船についての問い合わせを龍で出かけたルンルンに頼んでいたのである。まったく同じと見間違うことなど滅多にないはずで、そこに事情が隠れていると考えていた。後は空賊やアヤカシの被害状況の調査に向かっている仲間達の報告次第だ。
「常春くん、昼食のおまけでちょっと警備兵さんたちと会ってくるにゃ」
「了解だよ。今は安定している大丈夫だよ」
 常春に声をかけたパラーリアが奈良柴と入れ替わりで艦橋から出てゆく。
「春暁号の偽飛空船があるとすれば、どこかで何者かに観察されたんじゃないかって考えた」
「それが意図的か、偶然なのか‥‥、どっちにしろ気持ちのよいもんじゃないよね。無実の罪で捕まったら目も当てられないし」
 艦橋に残った奈良柴と常春の話題は偽春暁号についてとなる。常春にもどこかの空港や飛空船基地で妙な監視をされた覚えがないかを奈良柴は訊ねた。これといった答えは出なかったものの、可能性の考察は十分に行われる。
 パラーリアは食事を終えると二人の警備兵がいる監禁部屋を訪問する。
「具体的な空賊の被害ってどんなのだったのかなぁ? 獣人さんみたいに特徴があったりすればわかりやすくて助かるにゃ」
「‥‥‥‥‥‥知らん」
 パラーリアから視線をそらした警備兵二人は黙り込んでしまう。そこでパラーリアは二人の前に空図を広げて知っている限りの説明を始めた。
 無視しようとしても他にやることがない二人である。勝手にパラーリアの言葉や仕草が目や耳に入ってくる。
「‥‥‥‥見ていない。誰も」
「にゃ?」
「遠方の他の飛空船からの目撃証言はあるが、空賊そのものは誰も確認しておらん。これ以上は話せん」
「うん。ありがとうだよ〜」
 パラーリアは警備兵二人にも立場があるのだろうと、それ以上は聞かなかった。

●広地平
「さてと、風信器での連絡が済んだところで聞き込みを開始しちゃいましょう!」
 ルンルンは武神島唯一の街『広地平』を訪れていた。滑空艇・大凧『白影』は近郊に隠して徒歩でこっそりと。
 通りの門番で試した新忍法『夜春』の結果は上々である。聞き込みにもとても有効であったが、さすがに結婚してくれといわれた時には屋根に駆け上って遁走したルンルンだ。世の中には非常にほれっぽい人がいるものだと額にかいた汗を手の甲で拭う。
「この間、基地に降りようとしてから逃げた空賊って、どんな奴らだったのですか? たくさん酷い目に遭った人がいたとか‥‥?」
「目撃された分を除けば、おそらく奴らにやられたんだろうって推測に過ぎないのさ。すべて墜落してきれいさっぱりだからな。‥‥せめて貨物だけにしとけってんだ。命までとる必要はねぇだろうに」
 襲われたすべての飛空船は墜落しているという。生き残りもいないようだ。目撃の証言者は全員がたまたま遠くを通りがかった別の飛空船の乗員らしい。
 もう一人、広地平にやってきていたのは将門である。
「この間、基地を襲おうとして逃げていった大型飛空船。あれの被害を受けた最初の事件っていつだったかな‥‥。貴公は覚えているかい?」
「そうだなあ。一ヶ月前ぐらいだったかな」
 将門もルンルンと同じく偽春暁号に乗っていた空賊がどんな奴らだったのかを調査していた。しかし返ってくる答えは同じ。襲われたすべての飛空船が墜落してしまったから目撃者がいないというものだ。
 ルンルンと将門は広地平を立ち去る前に、それぞれ別の旅泰から妙な噂話を教えてもらった。それは偽春暁号に突然大きな口が現れて、狙った飛空船を丸ごと食べてしまったというものだ。
 日が暮れる前にルンルンと将門は春暁号へと帰還する。
「坊ちゃん、バッチリ聞き込みしてきました!」
「その背中の荷物、どうしたの?」
「えっ、これですか?話聞く先々で、町の人達がお土産くれて」
「うわぁ、食べ物から人形までいっぱいだね」
 常春とお土産についてお喋りが弾んだルンルンである。
「忙しそうだから報告は全員が集まってからな」
「将門さん、助かります」
 将門は常春に一声かけると夕食の時間まで頑張ってくれた甲龍・妙見の世話をするのだった。

●島の西側海域
「モクモクと海面から湯気がのぼっておる。場所を選べば温泉にもなるかもしれんのう」
 駿龍・壮一郎で飛ぶ久万玄斎は、寒さを凌ぐ為の酒を瓢箪の水筒から一口だけ含むと眼下の海を見下ろす。春暁号から離れて武神島の西側の海域を探索中である。
 海底から温泉が出ているようで、この一帯だけは流氷が見かけられなかった。事前の情報ではアヤカシの出没が多い海域だという。
「おっと‥‥巡回警備の飛空船っぽいのう。今、話しても冷静に聞いてくれるとは思えんから逃げるぞい」
 遠くに飛空船の影を見つけるとそそくさと反転する。途中、トビウオのようなアヤカシ数尾に狙われたが、その程度なら久万玄斎の拳で一撃粉砕である。
「何かと騒がしい空域じゃて。さて坊ちゃんに報告でもしようかの」
 今日のところは状況偵察にとどめて退散した久万玄斎であった。

●島の東側海域
「氷がひしめいていますね‥‥」
 駿龍・光陰の上で鳳珠が真っ白な息を吐きながら肩をすぼめる。
 武神島の東側海域はびっしりと氷で覆われており、非常に冷たい空気が漂っていた。ゆっくりと飛ばなくては凍ってしまいそうになるくらいに。
「飛空船が海面に浮かぼうと思ってもなかなか難しい感じです」
 鳳珠は海域上空を一通り巡回してどこもかしこも流氷だらけなのを確認する。アヤカシや飛空船との接触もなく、とにかく寒いのが印象に残った鳳珠の偵察であった。

●島の南部上空
(「かなり深い森だな。ここなら隠そうと思えば出来るかも知れない。だが――」)
 駿龍・赤百合を駆りながら紅は唸った。
 雪化粧こそしていたが眼下の森を形成する木々の存在は圧倒的だ。これだけの面積があるのならば空賊が秘密の拠点を作っていても不思議ではなかった。とはいえ、さすがに春暁号と同型の大型飛空船となれば事情は変わってくる。中型までなら何とかなるだろうが、大型以上を世間から隠し通すのは難しいと紅は判断した。
 春暁号に帰還し、夕食後の会議でその事実を仲間全員に伝える。
 全員の情報を突き合わせて常春が決断を下す。明日、島の西側海域上空を全員で調べようという話にまとまるのだった。

●偽春暁号
 夜が明けるとルンルンが滑空艇・大凧『白影』で広地平までひとっ飛びして、風信器によって届いた高鷲造船所からの手紙を受け取って来てくれる。
 その内容に多くの者が驚愕した。
 処女飛行前の準備段階。春暁号は安州沖でシャボン玉のような物体と軽い接触していたという。内緒にしていたつもりはなく、その際は何事もなかったので今まで忘れられていた事実であった。
 また安州周辺でも半年前に大きな口を持った飛空船の形をしたアヤカシが、旅泰によって目撃されている。今現在はぱったりとないのだが、噂では他の空域でも目撃の噂はあるらしい。目撃地点を繋げると安州から武神島までの航空路と酷似していた。
 武神島の西側海域上空を飛び始めて二時間後に春暁号は急襲を受ける。それは海中から突然に現れた。
 まさしく春暁号にそっくりな偽春暁号であった。
 春暁号付近を駿龍・光陰で飛翔していた鳳珠の呼子笛が鳴り響く。瘴索結界が功を奏して早めに気づけたのである。
 呼子笛に反応した奈良柴が機転をきかせて春暁号を急旋回させ、偽春暁号との衝突を免れる。
 パラーリアは船倉下部の展望室に移動し、伝声管を使って偽春暁号の動きを艦橋の仲間達に伝えた。
 ルンルンは艦橋内で動力管理の補助に回って常春は全体の指揮に集中する。
 アレーナは近接戦闘に備えて甲板近くに設置しておいたアーマー・ヴァイスリッターの起動準備を急いだ。
 調査を行っていた開拓者達も呼子笛を聞いて春暁号の周辺へと戻ってくる。駿龍の速さを生かし、紅が赤百合、久万玄斎が壮一郎を駆って偽春暁号に突撃する。
 紅は偽春暁号の艦橋付近に向けて赤百合に火炎を吹かせて様子を窺うが、特に反応はなかった。やはり誰も乗っていないのだと紅は確信する。
 久万玄斎はすれ違いながら出来る限り偽春暁号へと近づいて表面を観察した。間近で見ると木材や金属とは別のものに思える。
 伊崎紫音は春暁号の艦橋真下の甲板上で万が一の敵襲に備える。いつでも飛び立って艦橋を狙う敵と対峙出来るようにと。
 甲龍・妙見の将門、甲龍・梅桃の朱華は春暁号と偽春暁号の間に入って壁となった。
 朱華は燐光のような輝きを纏わせた『刀「鬼神丸」』を偽春暁号の船首へと突き立てた。
 将門もまた炎で輝く『刀「嵐」』で偽春暁号の左側面を撫で斬った。
 損傷を負った偽春暁号に反応がある。船首下部に獣のような口がぽっかりと現れたのだ。
 大きく開いた口で春暁号に噛みつこうとする偽春暁号。パラーリアの連絡を聞いた常春が指示。ルンルンが宝珠の活性化を最高にし、奈良柴がなだらかな曲線を描きながらの最大船速を叩き出す。
 春暁号に避けられた偽春暁号は呻くとそのまま降下して海中へと消え去るのだった。

●そして
 二人の警備兵は戦闘の様子を船窓から目撃する。空賊だと判断したのは誤解だったと春暁号の一同に詫びを入れた。
 事の次第を関係者に伝えてもらう為に広地平近郊で警備兵二人を解放する。うまく信じてもらえたのなら誤解は解けるだろうと常春は考えていた。
「このまま放置しておく訳にもいかないよな。何故、飛空船を狙うのかの理由もわかっていしないし」
 常春は艦橋の席に深く腰掛けていた。
「これ。早くあげようと思っていたけど、いろいろと忙しかったから」
「え! あ、ありがとう。宝珠がとても綺麗だね」
 前のめりに椅子へ座り直した常春は、奈良柴から贈られた『扇「修験」』をさっそく開いてみる。
「ようやく落ち着いたにゃ♪ ほいさ、常春くんとみんなにハート型チョコをあげるのにゃ♪
 扉を空けて現れたパラーリアが後ろでに持っていたのはハート型チョコレート。男性陣にバレンタインデーの贈り物だ。
「坊ちゃん、私のも食べてください!」
 ルンルンもハート型チョコレートを男性陣に贈った。
「私も用意してきました」
「チョコは男性全員に」
 さらにアレーナと奈良柴のハート型チョコレートも加わる。
「せっかくだからチョコレート頂くね。いいお茶があるんだよ」
 常春は自らお茶を淹れる。
 偽春暁号の退治を心に決めた一同はひとまず帰路に就くのだった。