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■オープニング本文 前回のリプレイを見る 泰国は天儀本島と離れた地。嵐の壁によって隔たっていたものの、今では飛空船での往来が可能である。多数の群島によって形成され、春王朝天帝と諸侯によって治められていた。 帝都の名は朱春。 春王朝天帝の名は春華王。十一歳の時に帝位へと就き、今もまだ少年であった。 先日、朱藩の首都、安州近郊の高鷲造船所が曾頭全に属した者達に襲撃される事態が発生。春華王の仮の姿、常春と開拓者達が居合わせたおかげで敵の思惑を退けて、新造超中型飛空船『春嵐号』は無傷で済んだ。人的被害もなかったといってよい。 ただこれによって春嵐号を高鷲造船所で預かってもらう訳にはいかなくなる。 ある日、天帝宮からお忍びで出かけた常春は飛鳥家族が暮らす隠れ家へと向かった。 悩んでいた常春であったが、前春華王で世間では失踪中とされている兄の飛鳥がよい案をだしてくれる。ちなみに二人の時、常春は兄をアス兄と、飛鳥は弟をハクと呼ぶ。 「絶壁で徒歩では登れない山の頂に巨大陥没がある場所を知っているのだが、どうだろうか? その大きさの飛空船なら余裕で収まるはず。ただ、昔に飛空船の故障で緊急着陸した際に上から眺めただけなので、底の状態は再確認した方がいい」 「ありがとう。アス兄。そこがよさそうだね」 「それとハク、決めた時には一つ頼みがある」 「あらたまってどうしたの?」 飛鳥は巨大陥没が隠し場所として本決まりならば、自分達の家族がそこで暮らせるよう常春に頼んだ。春王朝転覆を企む組織『曾頭全』にいつ居場所が知られるかわからないからだ。飛鳥は以前、攫われたこともある。 「家族には不便を強いるがこの隠れ家での生活もすでに似たようなものだからな。不満があるわけではないから誤解しないでくれ。私が望んだ現状だ。とはいえ、どうせ隠れていなければならないのなら、いっそのこと人の目がまったくない場所が妻の『棗』や息子の高檜にとってもよいと考えたんだ」 飛鳥の決意は固かった。 「そういうことなら‥‥。でも単なる飛空船の格納庫ではなくアス兄の家族も住むとなるといろいろ必要だよね‥‥」 常春はふと思い出す。王朝特製の『箱』があったのを。 箱とは組み立て式の家である。飛空船では着陸不可能な野外で使用するものだ。王朝一族が使うのを前提としたものなので、非常にしっかりとした造りになっている。 元春華王の飛鳥も当然知っていた。あれば助かるが持ち出せるのかと訝しげだ。常春は老朽化を理由にして一般に払い下げし、依頼した商人に購入してもらう方法を用いるつもりでいた。 現在、春嵐号は高鷲造船所に隣接する安州の飛空船基地で長期係留中である。警備が行き届いている点も含めて衆人環視の状態ならば敵も簡単に手は出せないだろうといった考えからだ。 常春は帰り道に朱春ギルドへと立ち寄る。懇意の開拓者達に連絡をとる手段として依頼を出すのであった。 |
■参加者一覧
伊崎 紫音(ia1138)
13歳・男・サ
パラーリア・ゲラー(ia9712)
18歳・女・弓
ルンルン・パムポップン(ib0234)
17歳・女・シ
ライ・ネック(ib5781)
27歳・女・シ
中書令(ib9408)
20歳・男・吟 |
■リプレイ本文 ●追っ手 超中型飛空船『春嵐号』は曇り空の下、朱藩安州の飛空船基地にあった。 係留方法は海上ではなく敢えて陸上が選ばれている。その方が衆目に晒されて賊に奪われにくいと常春が判断したからだ。 伊崎 紫音(ia1138)と中書令(ib9408)は安州で買い求めた生活物資を荷車で運び込む。留守番の常春は機関室で離陸に備えて宝珠の調整を行っていた。 「これが最後の荷物ですね。次は――」 船倉扉を閉じた伊崎紫音は船内を巡回する。どこかに潜入者が隠れていないかを確かめるため。彼女は常春の護衛も担っていた。 中書令はわざと目立つようにして春嵐号を下船する。そして基地の外で待機している飛鳥家族の三名ともふら一頭を迎えに出かけた。 茶屋で休む飛鳥家族を護衛していたのがパラーリア・ゲラー(ia9712)である。 (「今のところ見つかっていないけど、春嵐号に近づいたらすぐにばれるはずのにゃ」) 埋伏りで草木に同化してじっと息を潜めるパラーリアだ。 シノビのライ・ネック(ib5781)とルンルン・パムポップン(ib0234)は基地の敷地内で姿を晒さないよう隠れながら春嵐号を見張る輩を割り出す。そんな真似をするのは奴らしかいないので『曾頭全』と決めつけた。 (「いますね‥‥。怪しい曾頭全と思われる者達が」) (「もう曾頭全に悪さはさせない‥‥。物を隠すのも探るのもニンジャの得意技なんだからっ!」) 交代した者を含めて春嵐号を見張る曾頭全は計十六人。 こっそりと会ったライとルンルンは倒す割り当てを決める。中書令を追跡中の曾頭全三人については泳がせることにした。 (「ちょっと眠っててもらいっちゃいます」) 物陰に隠れていた曾頭全の口をルンルンが塞いだ。急所に拳を当てて気絶させてゆく。 (「しばらく囮をお願いします」) ライに命令された忍犬・ルプスが曾頭全の所有物を奪って逃走する。 ライは見張りに残った一人を襲って縛り上げた。そのあとでルプスを追いかけて疲れ果てたもう一人も仕留める。 ルンルンとライは約二十分の間に曾頭全十三人を戦闘不能に追い込んだ。 その頃、中書令は飛鳥家族と合流して飛空船基地に至る道を戻っていた。 「何者ですか?」 中書令と飛鳥家族は人気のない場所で行き先を塞がれる。刀を構える曾頭全三人に取り囲まれた。 「そちらの方、前春華王とお見受けする。我々と一緒に来てもらおうか」 曾頭全の一人が飛鳥を睨んだ。返答しない中書令と飛鳥家族に業を煮やしたのか拿捕の号令をかける。 「基地まで逃げ込んでください!」 中書令が曾頭全の攻撃をすべていなす。その間に飛鳥家族が駆けだした。 中書令は焦ってみせたがすべては演技。夜の子守唄で眠らせることもできたが、わざと航行計画書を落として逃走をはかる。 中書令達を追いかける曾頭全のうちの一人が狼煙銃を薄暗い空に向けて撃った。それは応援を呼ぶためのものだろうが無意味でしかない。基地に潜伏していた曾頭全は全員身動き出来ない状況にあったのだから。 こうして春嵐号の航行計画書は拾われて曾頭全側の手に渡るが開拓者側の思惑通り。偽の航行計画書には当然、それらしい嘘が綴られていた。 急いで基地内に戻った曾頭全三人は仲間達が姿を現さないのに不安を感じだす。そのせいで自分達の飛空船へと近づいてしまう失態をおかした。密かに追跡していたパラーリアがはっきりと目撃していた。 (「これで舵の動きはガクガクなのにゃ〜」) 壊すまでには至らなかったが、パラーリアは曾頭全所有と思われる飛空船の翼に不安定になるよう細工を施す。 「点呼よし! 離陸します」 常春は全員が春嵐号へと乗り込んだのを確認して指示を出した。 「了解です。坊ちゃん!」 主操縦席のルンルンが操縦して春嵐号を静かに浮上させる。徐々に加速してゆき、空を覆う鉛色の雲を突き抜けてゆくのだった。 ●頂の大穴 追っ手への注意は継続される。 開拓者達は志体持ちの鋭敏な視聴覚、さらに超越聴覚や暗視を駆使して警戒を怠らなかった。 ただ泰儀の圏内に入っても追尾されている様子は微塵もなかった。安州の飛空船基地での作戦が功を奏したようである。 曾頭全の一人を掴まえて最近の曾頭全の動向を探る考えもあったが、相談の末に今回は見送られた。 情報を引き出せたとして捕縛者を安易に殺せるはずもなく、かといってそこらに放り出すわけにもいかない。官憲に引き渡して罪に問うのには理由が求められる。これから作る秘密基地に幽閉するのも面倒。今後もしないつもりではない。状況が適さないだけだ。 数日に渡る空の旅の間、飛鳥親子は春嵐号の動かし方を勉強した。 飛鳥は飛空船操縦の素養があったので勘を取り戻してもらえれば問題はなかった。 棗と高檜には宝珠の監視と周囲の警戒を覚えてもらう。赤い子もふらの丸々はいつも高檜と一緒である。 予定通りに朱春にほど近い町を訪ねて『箱』を二十戸分購入する。積み込み終わると春嵐号は再び空へ。 「場所がばれれば、秘密じゃなくなっちゃいます」 「そうだね。ここは気持ちを引き締めていこう」 伊崎紫音に常春が同意する。 念のために遠回り。安全を確認した上で飛鳥が指示した方角へと春嵐号の船首を向けた。 目的の山が見えてきたのは朱藩安州を出発して四日目のことである。 「ぜったいにぶつけないのにゃ」 主操縦者はパラーリア。春嵐号を山の頂にまで急接近させる。 先陣を切ったルンルンは三角跳で壁面を蹴って着地。ライは忍犬・ルプスを連れて山頂へと飛び降りた。 伊崎紫音は炎龍・紫、中書令は駿龍・陸で甲板から飛翔する。 「常春くん、どんなかんじにみえる?」 『昼間でも見えるのは穴の三分の一ぐらいかな。ただどうなっているのかは不思議なことに全体が青黒っぽくてよくわからない。どうしてだろ?』 春嵐号を高く飛ばした状況で、パラーリアが船倉下展望室の常春と伝声管でやり取りする。 パラーリアは上空から大穴の底がどう見えるかを気にしていた。昼間はひとまず大丈夫なようである。 すぐにでも巨大穴の底に降りて調査を開始したい山頂の開拓者達だが、ここは落ち着いて行動した。毒ガスが底に溜まっている危険があったからだ。 「この方法ならばっちりですっ♪」 ルンルンの案が選ばれて縄の先に縛り付けた火を点けた提灯を大穴の底へとゆっくりと下ろす。仲間で協力して次々と縄を継ぎ足す。やがて底についた感触があって引き上げた。 提灯の火は消えていない。毒ガスは溜まっていないようだ。 「それにしても底が青黒っぽくて何があるのかわかりにくいのです」 「どうしてかわかりませんね。気をつけましょう」 伊崎紫音と中書令はそれぞれの龍の背に跨りながら並んで下降する。 「底の様子が見えてきたら三角跳でおりちゃうのです。秘密基地なんて、わくわくなんだからっ♪」 「私はルプスを背負っているのでゆっくりと下ります。お先にどうぞ」 ルンルンとライはもう一度下ろした縄を伝って大穴の底へと下ってゆく。 先に下りた龍騎の伊崎紫音と中書令が見たものは土ではなかった。巨大穴の中央付近は湖になっていた。 「日光が湖の底まで到達していないから暗かったのですね」 「湖面が反射しにくいのでしょうか」 伊崎紫音と中書令は湖面スレスレを飛んで危険な魚類が住んでいないかを調べる。これだけ隔絶された場所だとヌシともいえるケモノが棲息していてもおかしくないからだ。 湖畔周辺の土地へ降りたルンルンは三角跳で縦横無尽に跳ねながら巨大穴の底を調査する。続くライは危険な存在がいないか、毒ガスが溜まっていないかを忍犬・ルプスの鼻で探らせた。 約二時間に渡って行われた調査において、危険な動植物、アヤカシ、毒ガスなどは発見されなかった。 当初、春嵐号が着地しやすいよう岩などを退かすつもりだったが必要はなくなる。湖に充分な広さと深さがあるので着水すれば済むからだ。 ただ湖岸に関してはさすがに浅いので春嵐号を寄せることは出来ない。そこで艀用の簡易船着き場を用意することになった。 「パックンちゃん、お掃除してもらうつもりでしたけど、船着き場作りに変更なのですっ」 ルンルンはジライヤのパックンちゃんを召還して力仕事を手伝わせる。大きめの岩を湖岸に沈めて仲間達と力を合わせて簡易な足場を作り上げた。 「常春クンに伝えてきますね」 伊崎紫音が炎龍・紫に飛び乗って山の上空を旋回していた春嵐号まで報告に向かう。 それからまもなくして春嵐号が巨大穴を下降し始めた。ホバリング的な動きで見事、着水に成功するのであった。 ●不思議な風景 「こんな風になっていたんだ!」 「おどろきなのにゃ!」 艦橋の窓から湖を眺めた常春とパラーリアは眼を見開いた。 もちろん飛鳥親子もだ。この場所を推薦した飛鳥自身もこのようになっていたとは知らなかったと呟く。 全員が下船し湖畔を一周してみることになる。 「先程確認したところ、湖にはイワナが棲息していました。釣れば食料になります」 「これは楽しみ、美味しそうだね」 中書令は歩きながら常春にイワナをみせた。駿龍・陸が湖面を蹴飛ばして獲ったものだ。 「草木も生えていますけれど、あのように少しだけですね」 「日の光が限定的なせいかもね」 伊崎紫音もあたらめて実地を見ながら報告する。 「坊ちゃん、すごいものを見つけたんですっ。ほら、あそこに!」 ルンルンが指さした斜面には黒い岩が並んでいた。よく見れば岩が黒いのではなく、何かが張り付いている。 「これが生えていたんですよっ♪」 「これって‥‥岩茸だね。へぇ〜」 ルンルンの掌にのっていたものを常春が言い当てる。 「この辺りで箱を組み立てたらどうでしょうか? 危ないものはないとルプスのお墨付きです」 ライは障害物のない平らな場所を居住用として常春に推薦する。 小高くなっているので湖の水位が少しぐらいあがっても沈むことはなさそうである。それに小さな滝が近くにあるので水には事欠かない。 薪のような燃料になりうるものは見つからなかった。今後も外部から持ち込む必要が確認される。 一休みしてから開拓者達が居住用の箱を組み立てた。常春と飛鳥親子は春嵐号内で夕食作りを行う。 朋友達も箱の組み立てを手伝った。 炎龍・紫と駿龍・陸は大きな身体と首を生かして梯子の代わりをしてくれる。ジライヤのパックンちゃんは壁を支えたりの力仕事をこなす。 常春は組み立て済みの箱に設置されている風呂を沸かしてくれた。順番に湯へ浸かってから夕食となった。 「たくさんありますのでお腹いっぱいに食べてください」 飛鳥親子が得意とする餃子や焼売が食卓に並ぶ。 完全に日が暮れてから伊崎紫音と中書令が龍で山頂上空を飛んでみた。 居住用の暖炉を焚いていても灯りや煙はわからない。また湖に浮かんでいるはずの春嵐号も目視出来なかった。 ●ヌシ 箱が組み立てられて十二戸分の住居が完成した。 六戸分は予備・補修用として傷みにくいよう大切に保存。二戸分は未組み立てのまま春嵐号に残された。 各住居には壱から拾弐の番号が振られる。壱と弐が飛鳥親子用で参が集会用。残りは必要に応じて開拓者達に割り当てられる予定である。 「人が通れそうな洞窟が一つ見つかったんです」 「それと小さな洞窟がもう一つ。ルプスが通り抜けられたので兎や狐程度であれば通れるはずです」 伊崎紫音とライが再調査したところ外界と繋がる洞窟が発見された。さっそく一同が集まったときに報告が行われる。 報告を聞いたパラーリアはさっそく洞窟に細工を施した。 「あとは定期的に壊れていないかすれば大丈夫なのにゃ」 パラーリアは罠伏りの知識を駆使し、侵入者が引っかかると遠くの鈴が鳴る仕組みを洞窟内に作る。さらに侵入された場合の落とし穴も。小さな洞窟には霞網が仕掛けられた。 「私はどうしても湖の中が気になるのです」 「何かいそうな雰囲気はあるよね」 「かといって潜って調べるにも限界はありますし、第一、この季節では寒すぎます」 「確かに」 中書令と常春は春嵐号が浮かぶ湖を眺めながら思案していた。 一度は安全だと判断した中書令だが、湖に何かが潜んでいるのではと気になって仕方がなかった。 「坊ちゃん達、何か忘れてはいませんですかっ? 私のパックンちゃんがいるじゃありませんかっ!」 「そうか! 水の中を調べるならパックンちゃんはもってこいだよね!」 ルンルンは常春達にニコッと笑顔を振りまくと、ジライヤのパックンちゃんを召還する。そして湖に潜らせた。すぐに戻ったがちゃんと調べてきてくれる。 「ふむふむ‥‥」 ジライヤのパックンちゃんの話しにルンルン、常春、中書令が耳を傾けた。 湖の底にある窪みに全長五メートル前後のナマズが棲んでいるらしい。 大まかにだがパックンちゃんは大ナマズと意志の疎通ができたようだ。大ナマズは時折、湖面の水鳥を食べるのだが、それを邪魔しなければ周囲で暮らしても構わないという。 「ふぅ〜。そういうことみたいです、坊ちゃん」 ジライヤのパックンちゃんを召還符に戻したルンルンが常春へと振り返る。 「ナマズのヌシには、たまに家賃代わりにお土産でも渡したほうがよさそうだ‥‥ね?!」 常春が話している途中で激しい水しぶきが湖であがった。話題にしていた大ナマズが湖面で跳ねたのだ。水鳥を口に銜えてそのまま底へと消えてゆく。 「迫力がありましたね」 「す、すごかった‥‥」 中書令と常春は湖面に残った波紋をしばらく見続けた。それから疲れた様子のルンルンに肩を貸して住居へと戻るのだった。 ●そして 下ろされた物資は三人家族ならば余裕で一年は持つ量がある。整理整頓も終わったところで、常春と開拓者達は帰ることとなった。飛鳥親子からのお礼が手渡される。 春嵐号で平地まで移動して常春と開拓者達が下船。飛鳥親子が操縦する春嵐号が秘密基地へと戻っていった。 常春と開拓者達は徒歩で帰路に就く。 次には朱春と秘密基地を往復するための凡庸な飛空船を用意するつもりの常春であった。 |