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■オープニング本文 前回のリプレイを見る 昼下がりの泰大学。 (「一体、何の話しだろう」) 常春は学長室に呼ばれる。 実は学園祭で青の教室を催した全員に声が掛かっていた。それぞれ何かしらの事情があって、ただ一人常春の身だけが空いていたのである。 「学園祭での絵画、素晴らしかったですよ」 「ありがとうございます」 学長室で待っていたのは『花麗』大学長。小柄な女性で年齢は四十路といったところだ。行事以外は滅多に姿を現さない。 常春は花麗大学長に勧められた席に座って話しを聞いた。 「クリスマスイブの夜、講堂でパーティを開催しようかと考えております。そこで飾り付けの一つとして、絵を描いてもらおうと考えまして」 「クリスマスパーティですか。それはジルベリアの風習に則った絵画ということでしょうか?」 「無理にそうしなくても構いません。パーティの趣旨に合うよう、楽しい美しい、厳かな内容に限りますがそれだけです。引き受けてもらえますか?」 「はい」 大学長に頼まれて学生が拒否できるはずもない。それに常春も興味がある。 材料などかかる費用はすべて泰大学持ち。それに特別な要請なので依頼金も支払われる。芸術学科学生としての加点評価にも繋がることだろう。 その日の夜、常春は学友達に花麗大学長から聞いた内容を伝えた。 クリスマスの絵画は講堂の壁面に描く。 一人につき一個所が割り当てられてあり、その大きさは約三メートル×二メートルである。絵の内容は各自に任せるがクリスマスに相応しい内容が望まれた。締め切りは二二日夕方までだ。 「日数的に大変だけど、絵の腕を見込まれてのことだから頑張るつもりなんだ」 常春はジルベリア建築の塔を描く予定である。雪が降りしきる中、鐘が鳴らされているものだ。 参加を決めた学友達はどのような絵を描こうか考え始める。 これからの二週間、常春と学友達は一日の大半を講堂で過ごすこととなる。依頼を受けた一同は翌朝から作業に取りかかるのであった。 |
■参加者一覧
玲璃(ia1114)
17歳・男・吟
伊崎 紫音(ia1138)
13歳・男・サ
パラーリア・ゲラー(ia9712)
18歳・女・弓
ルンルン・パムポップン(ib0234)
17歳・女・シ
雁久良 霧依(ib9706)
23歳・女・魔
七塚 はふり(ic0500)
12歳・女・泰
ノエミ・フィオレラ(ic1463)
14歳・女・騎 |
■リプレイ本文 ●講堂へ 常春と学友達は花麗大学長から依頼された翌朝に講堂へと向かう。 絵を描くように指定された壁は全部で八面ある。丁度一人一面の割り当てとなった。 「生鮮品は別にしてこれで三日は間に合うはずです」 「けっこうな量を買ってきたね」 常春は玲璃(ia1114)が早起きして購入してきた食材を眺める。 芸術寮の食堂利用はどうしても時間に縛られてしまう。自分達で調達した方が何かと都合がよかった。 「講堂は広いので、火鉢を用意しました♪ それに温石も。どうです常春様?」 「この石の包み、とても助かるよ。温かいね」 常春は熱した石を布で包んだ温石をノエミ・フィオレラ(ic1463)から受け取る。おかげで冷えていた手が温まっていく。 指先が冷えたままでは絵が描けないとノエミは人数分以上の火鉢を運び込んでいた。温石は火鉢の熱を利用して用意したものだ。 「明かりの違いは大きいのでありますよ。常春殿」 「そういえば‥‥忘れていたよ」 七塚 はふり(ic0500)に気づかされた常春ははっとする。全員で窓を閉じてランタンと蝋燭の炎を灯す。 光源によって絵画の印象はかなり変わってしまう。特に暖色の光は顕著だ。パーティは日が暮れてから行われるので、それを想定しなければならなかった。 「パーティー会場の壁画、大役ですね」 「こういう絵は細部にこだわりすぎると迫力がなくなるんだよね。かといって無為にするとスカスカになってしまうし」 伊崎 紫音(ia1138)と常春は講堂の中央付近に立って担当の壁を眺める。二人とも脳裏にある絵を実際の壁に当てはめてみて違和感がないかを確かめた。 「あたしは春くんの横なのにゃ♪ 違和感ないように合わせるよ〜」 「山を背景にした絵にするっていってたよね」 常春のいう通り、パラーリア・ゲラー(ia9712)は山の風景を描く。トナカイが牽くソリに乗ったサンタクロースを登場させるつもりであった。 「私もクリスマスに合う雪景色の街並みを描いちゃいます♪」 「よろしくね。 ルンルンさんもジルベリア風?」 「街はそうですね。ただ‥‥」 「ただ?」 ルンルン・パムポップン(ib0234)も常春のと繋がるような街中の絵にするので近くの壁を選んだ。 「うふふっ‥‥常春様‥‥うふふっ‥‥」 雁久良 霧依(ib9706)が多幸感の笑みを浮かべたノエミを横目で眺める。 「ふぅん‥‥」 ノエミだけでなく仲間達の殆どがどこか以前とは違う雰囲気を纏っていた。 (「成程、みんなそれぞれ何かあったってことね♪」) それはそうと雁久良は食事の用意で玲璃と協力している。絵には影響のない窓戸を開けて外に身を乗りだした。 「大丈夫?」 『お任せください』 提灯南瓜・ロンパーブルームが石組みの簡易釜戸に火を熾す。釜戸の上では巨大な鍋が鎮座ましましている。 食材の下拵えは終わっているので、アク取りさえ忘れなければ後は湯を沸かして順に投入するだけ。悪戯や盗難されないよう輝鷹・忍鳥『蓬莱鷹』と忍犬・浅黄が周囲を見張ってくれていた。 ●それぞれの絵 七塚は絵を描く前に廃材を持ち込んで足場を作ろうとする。見かけはどうでもいいので頑丈さだけを気をつけて組み上げていった。 「梯子だけでは危険なのであります。てまりは浮遊して落っこちそうな人が居れば支えるのでありますよ」 『レスキュー隊かしらっ♪ もう張りきっちゃうわ!』 「退屈なときは人妖の清掃術で片付けをするのであります」 『うそでしょ‥‥』 足場は早々に完成して七塚も絵に取りかかる。 (「壁を三分割して薔薇の細密画を描くであります」) 左右には左右には赤い薔薇。中央は青い薔薇を描く予定だが、布を貼る前のキャンバスを壁面に取りつけるところから始めた。 まずは下地に白を塗って乾かす。黄金比を計算に入れて薔薇を配置し、見た目に心地よくを心がけるつもりである。下地が乾燥するまでは昨晩描いた紙の素案に手を入れていく。木目をそのまま活かすために仕上げには漆を使うつもりである。 常春は壁面に直接木炭で構図を描いていく。 「こんな感じかな。いや違うな‥‥。もう少し見上げるような構図がいいかな」 何度も壁から離れては眺め、また近づいてを繰り返す。 描こうとしていたのはジルベリア建築の高い塔だ。夜間の雪が降りしきる中、鐘が鳴らされている風景を壁の中に再現しようとしていた。 そのままだと暗い印象の絵になってしまうので構図も含めて試行錯誤する。 「どうすれ‥‥あっ! ‥‥‥‥あ、ありがとう」 『気をつけた方がよろしくてよっ』 姿勢を崩して転げそうになった常春をてまりが下から支えた。ちなみに常春が落ちそうな床には玲璃がもふら布団を敷いてある。 普段は目端が利く常春も好きな絵のことになると注意力が散漫になってしまう。それを学友達は重々承知していた。 (「なるほどなのにゃ〜」) パラーリアは常春の構図を参考にしながら自らの絵を頭の中で組み立てていく。まだ未完成ながら常春がやりたいことは何となくわかった。 手元のスケッチにはあかはなのトナカイや、空飛ぶソリ、それにサンタクロースが描かれていた。こちらは昨晩描いたものだが、もみの木は夏秋の森で描いたものを参考にする。 「えっと透けている羽根は大きめがいいのにゃ」 未定なのは雪の妖精のデザイン。神仙猫のぬこにゃんを傍らに置きながら真っ白なスケッチの頁に案を描き始めた。 パラーリアの反対側の壁に玲璃が描こうとしていたのは劉の桃園の冬景色である。 泰国における名所の一つであり、行ったことはなくても泰国民なら誰もが聞いたことがある場所だ。 「象徴的なものとしてリーフを飾りましょうか」 川に沿ってジグザグに作られた長廊『臥竜橋』。蓮の池を楽しむ庵『眺蓮亭』。桃花の宴が行われたという『望桃堂』。それぞれを組み合わせて雪景色を仕上げていく。 伊崎紫音も常春と同じように構図を描いては離れて確認し、近づいては修正するのを繰り返していた。 「もう少し賑わった感じにしたいですね。ここに増やしてみましょうか。うーん。邪魔になってしまったような‥‥」 描こうとしていたのは『クリスマスマーケット』と呼ばれるジルベリアの市の様子だ。常春と目が合って少し雑談を交わす。 「とっても賑やかで、楽しいらしいですよ」 「市はどこの国にもあるんだね。右端の露天は何を売っているの? 食べ物みたいだけど」 お互いの絵で惹かれたところをやり取りしてすぐに作業へ戻る。 ルンルンは一旦講堂の外にでて気合いを入れ直していた。 (「常春さんのお返事を思い出すと、今でも顔が熱くなっちゃいますけど、ここは素敵なクリスマスの絵を描かないと。大学の皆にも幸せをプレゼントしちゃうんだからっ!」) 頬を赤く染めつつも拳をぐっと握りしめて心機一転。構内に戻って担当の壁へ近づくと常春が立っていた。 「すごくやる気に満ちている瞳だね」 「もちろんです! クリスマスといったら美しい雪景色の町並みとクリスマスツリー、そしてトナカイと幸せを運ぶ伝説の赤い仮面のお爺さん! ですよね♪」 ルンルンが話す最後の辺りで常春は微笑みながら「えっ?」首を傾げる。だがルンルンは気にしない。颯爽とした勢いで下絵を描く。 後にわかるが彼女のいう赤い仮面のお爺さんとはニンジャ風のサンタクロースであった。 常春は担当の壁へ戻る最中にノエミのところで足を止める。ノエミは駿龍・BLの背中に乗って作業を進めていた。 「今描いていたのは暖炉だよね。だとすると室内の絵なんだ」 「そうなんですよ。暖かな部屋の中が描きたくて」 ノエミは下描き途中の壁面を指さしながら眼下の常春に説明する。室内で幼い兄妹がサンタクロースからプレゼントをもらっている様子を描くつもりだと。 常春に完成を楽しみにするといわれてノエミは張り切った。BLの背中の上で軽やかに壁へと木炭を滑らせる。 「見えちゃうわよ〜♪ それとも見えちゃったかな?」 「えっ?」 雁久良に声をかけられたノエミは最初、意味がわからなかった。キョロキョロとしながら二呼吸してようやく気がつく。絵に集中しすぎてスカートを履いていたというのに無防備だった。 (「も、もしかして、さっき常春様が声をかけてくれたときも‥‥」) ノエミがBLの背に座り込み、両手で赤面した顔を押さえて隠す。 「もう、気をつけないとダメよ♪」 雁久良がクスリと笑う。恥ずかしがったり、嬉しがったり、端からみるとノエミの仕草はとても微笑ましい。 「わ、わかりました! 今は絵に集中です!」 まだ頬に赤みを残しながらノエミが元気に振る舞う。それはそれとして雁久良も自分の絵を描き始めた。 壁面に描こうとしていたのはトナカイの引くソリに乗ったサンタクロース。星の輝く夜空をたくさんのサンタクロースが飛ぶ景色である。 サンタクロースは老若男女様々でその中には雁久良にそっくりな人物も。これから子供たちにプレゼントを届けようとする瞬間を絵として講堂の壁に封じ込めようとしていた。 集中して作業をしていると時間はあっという間に過ぎていく。 『お鍋、できました。お肉たっぷりです』 ロンパーブルームが鍋の完成を告げるまで、誰も昼が過ぎたことに気がつかなかった。 ●ちょっとした息抜き 二週間は長いようで短い。誰もが集中して描いていたがそれでも休息は必要である。 ノエミが作ってきたハムサンドを常春が頂く。 「サンタって子供達が寝静まってから家にやってくるもの。らしいですけど、私が小さい頃、我が家ではパーティの最中にサンタの扮装をした父がプレゼントを抱えて来たんですよ♪」 「いいお父さんだね」 「私も兄も毎年楽しみでした‥‥。今は、流石にしないですけど父はとてもやりたがってるみたいです♪」 「そうなんだ。今お兄さんはどうしているの?」 寮の朝食を食べ損ねていた常春はノエミのおかげでとても助かった。 ある日ある時、常春は物陰から七塚に手招きされる。 「常春殿、常春殿」 「どうしたの?」 「秀英殿へは話を通してくれたのでありますか? 文通したくても宛名がわからないであります。天帝宮青の間春華王様宛はまずいような気が」 「ああ、そうだった。ごめん。この宛先の家に亮順殿宛で送れば大丈夫だよ。朱文字で書けば春宛ってことになっているから」 常春から宛先を教えてもらった七塚はさっそく秀英に手紙を送ることにした。 『秀英殿へ 芸術寮の皆さんと絵を描いたので機会があれば見に来てほしいのであります』 そう書いた手紙の返事は三日後に届く。時間を取って必ず観に行くからと認められていた。 (「早めに絵が描き終わったらてまりに教えてもらいながらマフラーを編むであります。寮の皆へのクリスマスプレゼントにできたらいいかも」) 七塚はしばらくの間、軽やかな足取りで絵を描いていたという。 料理を作る玲璃を常春が手伝うときもあった。 「玲璃さん、どれやろうか」 「絵の方は大丈夫なのですか? この間、悩んでいらっしゃったようですが」 「もう平気。玲璃さんの助言のおかげだよ」 「そうですか。ではお言葉に甘えまして、この鍋のアク取りをお願いできますか?」 「わかった。すでに美味しそうなにおいだね」 「この料理はみなさん大好きですから」 大勢の分をまとめて作れるので煮込み料理は重宝する。常春はカレー作りを手伝う。 ある日の帰り際、常春は下描きが終わった伊崎紫音の壁を眺めて驚いた。 「バザールの絵は大変そうだね」 「好きで描いていますので。クリスマス、楽しみですね」 絵の中の露天でリースやオーナメントなどの飾りが売られている。買い物客はシュトレンや焼き菓子を頬張っていた。その細やかな描写の素晴らしさに常春は目を見張った。 下描きではわかりにくいが買い物客を常春を始めとした学友達の容姿にするつもりだ。伊崎紫音のちょっとした遊び心である。 常春が火鉢で暖まっていると神仙猫のぬこにゃんが膝の上に飛び乗って丸くなった。 「あ、ぬこにゃんこんなところにいたのにゃ。春くん、重たくない?」 「いや、ぬこにゃんは温かくていいね。この服よりも余程いいよ。背中に掴まってもらいながら描こうかな♪」 笑いながらパラーリアがぬこにゃんのふわふわした背中を両手で触れる。とても柔らかい温かさで常春と同じ気持ちになった。 講堂で二人きりのとき、常春はルンルンに誘われて休憩する。 「この紅茶、とても香りがいいんですよ。えっと、甘いのがお好きですよね」 「ありがとう。ほんと、いい香りだ」 隣に座ったルンルンが常春との間を詰めた。 「皆に素敵なクリスマスプレゼントになるといいですよね‥‥。楽しい気持ちをお届けです」 「ルンルンさんの絵、明るくていいよね。頑張らなくちゃって気分になるよ」 少しの間だけ二人は肩を寄せ合う。 「マフラーはクリスマスに間に合わせるのです」 日中のルンルンは講堂の絵を描く。深夜に芸術寮へ戻った後はマフラーを編んだ。 ある日の昼食時、鍋の中で煮えていた真っ赤なタコを見て雁久良と常春がサンタクロースを話題にした。 「サンタって、絶対兼業だと思うのよ。普段は他の仕事やプレゼントの準備して一日だけ一斉にサンタになるの♪」 「そういうの聞いたことがあるような、ないような。そうだ、一日だけというのは違うけどまるで正義の味方みたいだね。そういう絵草子、読んだことがあるよ」 「ああいうの、いいわよね。きっと、年齢も性別も様々なんじゃないかしら♪ 私の絵のようにね。やってみたいわね♪」 「あの絵のサンタクロース達がみんな優しい目をしているのはそういうことなんだ」 食事後、常春は一人で完成半ばの雁久良の絵を眺める。絵の中のサンタクロース達には間違いなく雁久良の気持ちが込められていた。 ●追い込み 「これ、本格的に積もりそうだね」 「どうりで寒いはずです。火鉢の炭、たくさん用意していかないと」 常春とノエミが寮から講堂に向かう途中で空を見上げると雪が舞っていた。十二月半ばからちらほらと降っていたが、今日の雪はいつもと違う。 掌に落ちてもしばらく溶けなかった。常春はノエミの肩に積もった雪を掌で軽く払ってあげる。 絵の完成期日は二二日の夕方だが一日前には全員が完成しそうである。すでに描き終わっている学友もいた。 『あ、そこ違うわよ』 七塚は人妖・てまりに教えてもらいながらマフラーの鈎編みに挑戦中だ。 「こう見ると屏風みたいでありますね」 ふと手を休めたとき、七塚が完成した自分の壁絵を眺めて感想を漏らした。 (「ここなら常春さんにすぐ会いに行けるし。よし、クリスマスまで残りは少ないですが頑張りますよ!」) ルンルンもマフラーを編んでいたのだが、常春には内緒なのでこっそりと講堂内の準備室に籠もる。輝鷹・蓬莱鷹には常春の様子を見張ってもらう。 「少し出かけて参りますね」 「いってらっしゃいなのにゃ〜♪」 玲璃はパラーリアに一言かけて外出する。向かった先は泰大学の敷地外にある桃の木だ。 今回の絵を描き始めた頃に学友達へ相談したところ、七塚が桃の木ならここにあると教えてくれる。雪の化粧をした桃の木の様子は仕上げのよい参考になった。 「よし、完成です!」 伊崎紫音は足早に離れて遠くから絵を眺める。満足のいく出来上がりでかなり長い時間鑑賞し続けた。 (「これで春くんの絵と同じように見えるのにゃ♪」) パラーリアも細かい修正を残すのみ。まもなく完成に至りそうである。 「ロンちゃん、今日の鍋はどう?」 『よい寒ブリが手に入りましたので、大根おろしのみぞれ鍋です』 雁久良が提灯南瓜・ロンパーブルームから窓越しに小皿を受け取る。仕上げの大根おろしはまだ入っていなかったが充分に美味しい。全員が集まったところで夕食を頂いた。 いつもなら芸術寮へ帰る時間になったものの、佳境なので作業を続行。深夜までには全員の絵が完成するのであった。 ●クリスマスの絵 そして二二日。花麗大学長が絵の完成を見届けるために講堂を訪れた。 伊崎紫音の絵はクリスマスの日常を描いたもの。クリスマスマーケットと呼ばれる賑やかなジルベリアの市が表現されている。 道行く買い物客は学友達を模していた。常春に似た人物がシュトレンを食べ歩きしていて、自分自身もオーナメントを売る露天の店主として登場している。 雁久良が描いた絵は星輝く夜空を飛ぶトナカイソリのサンタクロース達だ。 壁一杯にプレゼントを待つ子供達の元へ向かおうとするトナカイソリとサンタクロースが描かれている。躍動感のある素晴らしい絵に仕上がっていた。 深夜の雪景色の中、鐘を鳴らす塔の絵は常春が制作したもの。雪雲で空の一部は覆われていたが、切れ間に輝く星空も描かれていて厳かな印象が感じられた。 パラーリアの絵は常春と同じ色調で描かれている。 雲間の満月を背景にしてあかはなのトナカイのソリが夜空を飛んでいる。乗っているサンタクロースはどこか常春に似た容姿をしていた。 近景には雲間の月明かりに照らされたジルベリア風のモミの木の森が広がる。中央には神木のような巨木が聳え立つ。 枝葉には雪が積もっていて細かな雪が振り続けていた。さらに透き通る羽根の生えた雪の妖精達が舞う。この世のものとは思えない幻想的な景色が映されていた。 ルンルンが描いた絵は雪景色の街並みとクリスマスツリーが非常に目立つ。トナカイに牽かれたソリに乗るサンタクロースは赤い仮面を被っている。 ルンルン曰く『ニンジャサンタ』なのだという。 ノエミの絵は暖炉のある部屋に訪れたサンタクロースの姿を描いていた。幼い兄妹がプレゼントをもらい、サンタクロースに頭を撫でられている。 室内は綺麗に飾られていて、子供達が飾ったと思われる植木鉢のツリーが目立つ。眺めていると暖かさが伝ってくるような絵の仕上がりである。 玲璃は泰国の名所『劉の桃園』の雪景色を幻想的に表現していた。 雪景色の『臥竜橋』。蓮の池を楽しむ庵『眺蓮亭』。桃園を一望する大殿の『望桃堂』。 一見するだけではただの冬景色に過ぎないが、もみの木やリースを配置することによってクリスマスを喚起する表現がなされていた。泰国民ならば気がつく趣向である。 最後は七塚の壁絵。 屏風のように仕上げられたそれは三本の薔薇が彩っていた。左右には赤い薔薇、中央は青い薔薇だ。 青い薔薇は伝説上の存在だが、また世界のどこかにあるかも知れないとされている。 「眼福です。この短い期間によく仕上げて下さいましたね」 花麗大学長が感謝の言葉と共に一同へ謝礼を手渡す。最初に約束したよりも多めの金額を。 ここから先は他学科の学生達に任せる。二三日朝から二四日昼にかけてパーティの準備が整えられた。 料理についても準備万端。クリスマスパーティはもうすぐであった。 |