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■オープニング本文 前回のリプレイを見る ※注意 このシナリオは舵天照世界の未来を扱うシナリオです。 シナリオにおける展開は実際の出来事、歴史として扱われます。 年表と違う結果に至った場合、年表を修正、或いは異説として併記されます。 参加するPCはシナリオで設定された年代相応の年齢として描写されます。 このシナリオではPCの子孫やその他縁者を一人だけ登場させることができます。(PC本人も登場OKです) 天儀歴一○一八年春。常春は泰大学芸術学科を卒業する。 三年生になった頃から風景画で少しは名が知られていた。卒業と同時に学友達と協力して展示会を開く。 そこで一枚の絵が常春を有名にした。高空から眺めた夕日に染まる泰国大地の絵が素晴らしかったのである。 ところがそれを期に彼は世間から姿を消してしまう。その理由を知る者はほんのわずか。常春の正体は泰国を統べる春華王その人だった。 長く影武者を務めてきた秀英の役目が終わる。これからは天帝宮所属の一役人として常春に仕えることになった。 同じ頃、天帝宮には新しい顔がちらほらと増える。将来を背負って立つ若者達だ。 天帝の生活に戻った春華王は皇妃を娶る。同時期に数人の皇后も輿入れさせた。子孫繁栄に繋がる彼の判断は歓迎される。しかし一部で危惧されたのも事実だった。 天帝宮内で激しい女の戦いが起こるのではといった噂が飛び交う。実際にはとても仲が良くて誰もが肩すかしを食らった。中には邪な企みを画策した者もいたようだが、すべて水泡と化す。 さらに時が過ぎて天儀歴一○二二年夏。 長く休んでいた飛空船が駆り出される。泰儀を揺るがした偽春華王出没の際に活躍したといわれている超中型飛空船『春嵐号』だ。 春華王が招いた人々を乗せて泰国南部の海に浮かぶ小島へと向かう。 「天帝宮以外を描くのは久しぶりだ」 飛空船の片隅には青の間から持ち込んだ絵画道具が積まれていた。 |
■参加者一覧
玲璃(ia1114)
17歳・男・吟
伊崎 紫音(ia1138)
13歳・男・サ
パラーリア・ゲラー(ia9712)
18歳・女・弓
ルンルン・パムポップン(ib0234)
17歳・女・シ
朱華(ib1944)
19歳・男・志
雁久良 霧依(ib9706)
23歳・女・魔
七塚 はふり(ic0500)
12歳・女・泰
ノエミ・フィオレラ(ic1463)
14歳・女・騎 |
■リプレイ本文 ●行きの飛空船 夏の強い日差しの中、超中型飛空船『春嵐号』は雲海の眼下に置きながら南方を目指す。 乗船していたのは春華王自身と親しき者達だ。操船そのものは春華王に忠誠を誓う信義厚い者達が担当していた。 「春嵐号の乗り心地はとてもいいね。改装して専用機にしようかな」 「一緒にこの船で飛び回っていたあの頃が、まだほんの少し前のような気がします」 春華王とルンルン・パムポップン(ib0234)が展望室の窓辺から景色を眺める。椅子に腰かけていたルンルンが自分のお腹に手を添えると春華王が微笑んだ。 数ヶ月前、待ち望んでいた春華王の子供をようやく身ごもったのである。 今は安定期なので普通に過ごす分には旅も問題なかった。母になろうとしているルンルンは春華王に寄り添って頬を赤く染める。 離陸前後は慌ただしかったので、春華王は久しぶりに会った友とちゃんとした挨拶は交わしていなかった。 ルンルンを部屋に送り届けた春華王は別の部屋に向かう。まずは七塚 はふり(ic0500)と秀英に用意した部屋の扉を叩いた。 「あ、王様だ。こんにちはっ♪」 「こんにちは、紅花さん。忙しいところよく来てくれたね。ところで秀英とはふりさんはいるかな?」 扉を開けたのは秀英の妹、紅花である。紅花に宛がった部屋は隣のはずなのだが、兄夫婦のところへ遊びに来ていたようだ。 「常春殿、改めてお久しぶりなのであります。秀英殿は今、船倉に置いてきた荷物を取りに行っているのでありますよ」 「あたしが呼んでくるよ。待っててねっ」 紅花が秀英を呼ぼうと一目散に駆けていく。 はふりと春華王は二人が現れるまで雑談に花を咲かせた。はふりと同じように、多くの友は春華王のことを今も常春と呼んでいる。もちろん私事の時間に限るのだが。 「この度はお招きありがとうであります。お元気そうで何よりでありますね。皆様とも仲良くしておられるようで自分もうれしいであります」 「はふりさんも元気そうでよかったよ。秀英とは年に何回か顔を合わせる機会があったけど、はふりさんとは全然だったからね」 はふりは泰大学芸術学科卒業と同時に開拓者を引退していた。そして春華王の影武者を辞めて一役人となった秀英と結婚して今に至る。 当時、紅花に事実を話した際にはとても大変だったようだ。祝ってはくれたものの、のけ者にされた気分だったようで大層へそを曲げたらしい。こればかりは理屈ではなく感情である。時間がその気持ちを癒やしてくれた。 今は飛空船の料理人を止めて飯店に務めている。近々、自前の店を出す予定らしい。 「へぇ〜、紅花さんに料理を教わっているんだ」 「なのですが、掃除のほうがやりがいが‥‥とはいえ、昔に比べればまともな食事が作れるようになったであります」 はふり曰く、結婚したばかりの頃は酷い料理ばかりだったという。 「秀英殿は焦げていても食べてくれるけれど、一家の主婦としてはやっぱりおいしいものを食べてもらいたいのであります」 「そういえば去年会ったとき、はふりさんが作ったハンバーグが美味しいって秀英がいってたよ」 思いがけない事実を知って、はふりが手にしていたカップを落としそうなる。まもなく紅花が秀英を連れてきた。 「春華王様、お待たせしてしまいました」 「こちらこそ突然すまないね」 はふりと紅花は秀英と春華王を残して部屋を去る。少し早いが夕食作りに取りかかるために。 「船内の氷室のおかげで食材はいろいろと揃っているからねっ。何を作ろうか?」 「あの、紅花殿。‥‥希望してもよいのなら、ハンバーグを作りたいのであります」 紅花に頼むはふりの頬は少々紅色に染まっていた。 ●古き友 「懐かしいな‥‥これが、俺の乗ってた船だ。すごいだろう?」 朱華(ib1944)は娘の月桃を連れて船内の様々なところを見学に回る。まずは船倉、次に機関室へ。 「春暁号を、思い出すな‥‥。色々と大変だったけど、楽しい船旅だった。ほら、そっちはだめだからな」 昔、朱華はよく機関室の宝珠制御を担当していた。春暁号と春嵐号の大きさはかなり違うが設計思想は同じである。また使われている宝珠は移植されたものが多い。 さらには操船室を見学させてもらう。そして甲板へとあがって景色を眺めてると後方から声がかかる。 「こちらにいらっしゃいましたか。出発の際には慌ただしかったので改めて挨拶しようと思いまして」 朱華が振り返ると出入り口付近に春華王が立っていた。 「久しぶりだな、常春さ‥‥じゃなかったか。今は春華王さんって呼んだ方がよいか?」 「公務でないときは常春と是非呼んでください」 お互い嬉しそうに歩んで近づいていく。 「娘の月桃だ。ほら、挨拶は?」 朱華にくっついたままの小さな女の子が春華王を見上げる。 「げっとう、いいます。よろしゅうに」 「よろしくね。お父さんのように常春と呼んでくださいね」 お辞儀する月桃に春華王が微笑んだ。 「可愛いお子さんですね」 「あと、二人いるけどな。いつか会わせるよ。そういえば大学で描いた絵を観てみたいものだ」 「部屋に何枚か飾ってありますので、後で寄ってもらえれば。泰大学では一年に一度大学祭がありまして、それ用に描いた絵です」 「それではお言葉に甘えようか。な、月桃」 甲板ではほどよい風が吹いていて気持ちがよい。しばらく甲板で思い出話に語り、そして常春の部屋へ。お茶しながら絵を鑑賞して朱華は暫し時間を忘れるのだった。 ●わいわいがやがや (「常春さま、相変わらず可愛くて凜々しくて‥‥」) 船内での夕食時、ノエミ・フィオレラ(ic1463)はナイフとフォークを持ちながら、とろりとした瞳で春華王を見つめる。 結ばれてかれこれ三年が経過しても、ノエミのぞっこんは今も続いていた。倦怠期など何処吹く風。なにそれ美味しいの?って具合の彼女である。 「ノエミちゃん‥‥、涎出ているわよ」 「はっ!」 横の席に座っていた雁久良 霧依(ib9706)に軽く肘を当てられた。我に返ってハンカチで口元を拭う。 「もしかして、また悪巧みを考えていたんじゃ‥‥。覚えている? 次やったら恥ずかし固めの刑ね♪」 「わ、わかっています、誓いましたから」 ノエミは卒業の前後、それまで心の奥底に封印していた欲望を剥きだしにして春華王を拉致監禁したことがあった。 (「カタケの本みたいなことをしようなんて私は‥‥。常春さまは悪ふざけ程度にしか思っていなくて、本当によかった‥‥」) 事に及ぶ前、察知した雁久良によって阻止されている。それ以後、彼女には頭があがらないノエミだった。 春華王の隣に座っていたのが、パラーリア・ゲラー(ia9712)との間に産まれた三歳の娘、大鳳である。 「ぱーぱ、ほら♪」 「よしよし。よく全部食べましたね」 夕食のハンバーグを全部食べた大鳳は春華王に頭を撫でられてご機嫌だ。パラーリアが大鳳の口元を拭いてあげる。 「ぱーぱと一緒におねんねするの〜♪」 「今晩はそうしようか。パラーリア、用意お願いできるかな?」 大鳳を膝に乗せる春華王にパラーリアが頷く。 「わかったのにゃ♪」 食事の後、パラーリアは神仙猫・ぬこにゃんに手伝ってもらう。春華王の寝床を自分の部屋に用意した。 「深夜も航行しますが、天候が崩れた場合は緊急の着陸もあり得ます」 「わかった。玲璃さんのあまよみだとどんな感じ?」 「狭い範囲しかわかりませんが、今のところは晴天が続くようです」 「向かう先もそうだといいね」 船内の執務室。一応の公務として玲璃(ia1114)から本日の報告が行われる。また明日の予定も春華王に伝えられた。 本来は侍従長・孝亮順の仕事なのだが、今回の旅に関しては玲璃がすべて担当する。試験のようなものだということは彼も自覚していた。 「そういえば食事のとき、紫音さんの顔を見なかったな」 「伊崎殿は乗船してからずっとお部屋で休まれています。今朝まで夜警や書類作りが大変だったようです。おそらく丸三日は寝ていなかったと思われます」 それを聞いた春華王は寝る前に調理室へと立ち寄る。残っていたご飯でおむすびを握り、お茶も用意して伊崎 紫音(ia1138)の部屋を訪ねた。 「あ、常春さん‥‥。用足しですか?」 「ごめん。起こしちゃったようだね。これ、お腹空いていたら食べて」 春華王はすぐに部屋を出て行く。 伊崎紫音は寝ぼけて心が寮の同室だった学生時代に戻っていた。 「何でおむすびがあるんだろう? でも美味しそう‥‥」 伊崎紫音はよろよろとしながら竹筒に入っていたお茶と一緒におむすびを頂いた。 食べ終わったところで再びベットへと倒れ込む。たっぷりと睡眠をとった伊崎紫音は翌日には元気を取り戻していた。 ●南の小島 翌日の昼過ぎに春嵐号は目的の小島へと辿り着く。 「この辺りは空気が違うのよね♪ 夏は特に」 真っ先に下船した雁久良が大きく深呼吸した。 「本当ですね! ではさっそく‥‥ゴホッ!」 「ど、どうしたの?」 真似したノエミは思わず咳き込んでしまったが、春華王に背中をさすってもらって結果良しである。 春嵐号は一通りの設備が整っているので、小島滞在の間もここで寝泊まりする。 「数日間は晴れのようですね」 玲璃は真っ先にあまよみで天候を確かめた。次に紅花を夕食の準備を手伝う。 「秀英さん、しばらく常春さんをお願いしますね」 「お任せ下さい」 伊崎紫音はさっそく小島に危険な動物などが棲息していないか調査に向かう。事前に調べてあるのだが念のためだ。忍犬・浅黄と手分けてして島内を駆け回った。 「本気で頼むね」 「心得ています」 小島の再調査が終わるまでの間、春華王は秀英と将棋に興じる。甲板に用意した卓と椅子でくつろぎながら軽快な音を響かせた。 「お茶の時間であります」 はふりが運んできたのは冷たい紅茶と珈琲、そしてクッキーである。 「はふりさんもよかったら、ここに座ったら?」 「よいのでありますか? それでは」 はふりは空いていた椅子に座って二人の対戦を観戦した。対戦成績は三勝三敗。互角で終わる。 将棋が白熱している間、朱華とパラーリアは砂浜で子供達が遊んでいるの眺めていた。 「大学で命を狙われる事件もあったのか」 「春くんは知らないから内緒なのにゃ」 月桃が五歳で大鳳が三歳。月桃は長女なので年下の面倒見はよかった。子供二人はやけに大人しく砂いじりを続ける。 「親ばかといわれそうだが、これはすごいな」 「月桃ちゃんと大鳳ちゃん、才能あるのにゃ♪」 一時間が過ぎた頃、月桃と大鳳が砂を盛って作っていたものわかった。それは春嵐号。細かい部分まで外観がちゃんと作り込まれている。 パラーリアは神仙猫・ぬこにゃんに頼んで船内にいる春華王へと伝えてもらう。まもなく春華王だけでなく秀英、はふり、紅花もやってきた。 春華王とパラーリアは一生懸命に話す月桃と大鳳の説明に耳を傾ける。朱華は秀英と紅花に話しかけた。 「良かったな。またいつでも会えるようになって」 秀英は行方不明だった紅花の捜索を手伝ったことがある。 「あのときはありがとうねっ。おかげでこうしていられるよっ♪」 「楽しい毎日を送っています」 兄妹とも幸せなようで朱華はとても喜んだ。 「お待たせしました。小島にいるのは小動物ぐらいなので大丈夫です」 戻ってきた伊崎紫音が調査結果を報告する。これで春華王の自由行動が解禁となった。 とはいえもう暮れなずむ頃。絵を描くのは明日からにして春華王はゆっくりと過ごす。ルンルンと一緒に砂浜を散歩した。 歩いているうちに日が暮れて空が赤く染まりだす。 「綺麗な夕日ですね」 「滞在の間に描きたい一枚だね」 砂地に布を敷いて二人で腰を下ろした。 「怒らないでくださいね。子供のことなんですけど‥‥ほんのちょっとですけど、先を越されて悔しかったんです。でも半年も経てば春さんの子が産まれます」 「当分の間、飛んだり跳ねたりは駄目だからね」 「仮面の花忍ルンルンはお休みですね♪」 「後宮内でいろいろとあるんだろうけれど、侍従長か玲璃さん紫音さんに相談して欲しいな」 春華王の耳には届いていなかったが、皇后、皇妃に近づこうとする者はそれなりにいる。 それ自体は普通のことだ。問題なのは春華王に近い女性同士の間を裂こうとする輩の存在だった。ようは将来の春華王に対しての影響力を持ちたい輩の卑しい策謀が渦巻こうとしていたのである。 ルンルンはそれらの企みをすべて潰してきた。泰大学時代に培った信頼関係があったからこそ、乗り越えられたのだろう。 「あ‥‥」 立ち上がったときにふらついたルンルンを春華王が支える。頭を包み込むようにしてしばらく抱きしめた。 「大丈夫?」 「は、はい。暗くなる前に戻りましょう」 春華王とルンルンは手を繋いで春嵐号まで戻った。 ●暑い日差しの中 翌日から春華王は精力的に動き回った。まずはよい景色を探すためにパラーリア、ノエミと一緒に島中を歩く。 「描きたい景色がたくさんあって迷ってしまうね」 「ここに椰子の木があるのにゃ〜♪」 まずは腰を落ち着けて海の絵を描くことにした。 パラーリアも春華王の側で描き始める。大鳳の世話は神仙猫・ぬこにゃんに任せておけば安心だ。 「ノエミさんは海を描かなくてもいいの?」 「海も描きますが、常春さまの背景としてですっ。これまでのずっと続けてきた連作ですからっ!」 「ごめんね。専属でモデルをしてあげられなくて」 「いえっ! 真剣な眼差しで絵に集中しているお姿を描けるのとても嬉しくて。なので心配ご無用ですっ!」 ノエミは緑に囲まれながら絵筆を振るう春華王をキャンバスに描写していく。 (「常春さまの絵は何枚描いても飽きるということはありません。毎回、新しい発見があって、その度に、常春様をより一層愛おしく思ってしまうんです」) 暑い南部の小島なので普段よりも薄着な点もノエミの創作意欲に拍車をかけていく。鼻息荒く描き進めていたノエミだが、休憩のときにある品のことを思いだす。 「あ、あのー。常春さんにパラーリアさん、こんな装置を手に入れたんですけれど」 ノエミが持っていたのは『アイズ』と呼ばれるジルベリアで開発された撮影機器である。 「映像を鑑賞したことあるけど、実物を間近で見たのは初めてだよ。これで本当に撮せるの?」 「面白い形をしているのにゃ♪」 ノエミは試しに二人を撮って岩肌に映しだしてみた。つい先程までの春華王とパラーリアの様子が平面に再現される。 「後で見返せばきっと楽しいです♪ 思い出は形に残しておきたいですし♪」 ノエミは撮影係を買ってでる。実は用意したアイズは二台あった。一台はこっそり春華王撮影専用アイズだ。 玲璃も時間が空いたときには絵を描く。 (「春華王様も楽しまれているようなので、ここはそっとしておきましょうか」) 最初に描いたのは子供達の姿である。 月桃と大鳳がぬこにゃんと一緒に砂浜を駆け回っている姿を紙の上に写し取った。ささっと水彩画で仕上げていく。 「ではそのまま静かに座っていてくださいね」 気がついた子供達にせがまれてもう一枚。 木漏れ日の下、ぬこにゃんを中心にして月桃と大鳳がのんびりとしている姿をじっくりと描いた。子供達が動いても気にせず自由気ままに。 砂浜では紅花が用意した『何でも屋台』が店開きしていた。 「お腹が空いているのんなら、これぐらいいけるよねっ♪」 「大皿の上で山になっているぞ。これ」 朱華は大盛り焼きそばを頬張りながら子供達を遠巻きに眺める。 「かき氷もありますよ、朱華殿」 「もう少ししたら子供達がここに来るだろうから、そのとき頼もうか」 はふりの側には、どでんとかき氷削り器が置かれていた。春嵐号には氷室用としてたくさんの万年雪が積まれているので氷は幾らでもある。 「七塚さんと秀英さんの結婚が一番の驚きかもな」 「だよねっ。いつの間にという感じだよ。っていうか兄ちゃんの性格からいって、あり得ないからねっ。きっとはふりさんが猛アタックしたんだろうけどっ♪」 朱華と紅花の会話を聞いているうちに、はふりの耳が赤く染まっていく。そこへちょうど玲璃に連れられて子供達がやってきた。 「はい、苺味二つとメロン味でありますね。朱華殿は如何しますか?」 はふりは注文と別にもう二つかき氷を用意する。それをお盆に乗せて船内の秀英の元へと向かう。 「あなた、おつかれさまなのであります」 「ありがとう。ではさっそくかき氷を‥‥冷たくて美味しいね。この宇治金時」 秀英は窓が開け放たれた部屋の中で書類と格闘していた。 「せっかくの休暇に仕事を持ち込んでしまってすまないね。明日いっぱいまではかかりそうなんだ。その後は自由に過ごせるから」 秀英が頭に片手を乗せながらすまなそうにいうと、はふりが首を横に振る。 「職務に忠実なきりっとしたあなた、ステキであります。惚れ直しました」 かき氷を食べ終わっても少しの間、はふりは秀英の側にいた。その後、屋台を畳んだ紅花の夕食作りを手伝う。 時間は少し遡る。はふりと入れ替わるようにして屋台に現れたのが伊崎紫音だ。 「昨日は失礼しました。朱華さん、五歳のお子さんがいるなんてびっくりです。今更ですけれど、ご誕生おめでとうございます。健やかな成長をお祈りしますね」 「ありがとう。実は月桃の下にもう二人いるんだ。男の子と女の子の双子でね」 「三人のお父さんとは!」 「そういわれると何だか恥ずかしくなってくるな」 朱華との会話は徐々に伊崎紫音の結婚話になっていく。 「ボクですか? ボクは未だお相手も居ないので、そういう話はまだまだですね。ただ、気になる相手が、居ないわけでも、無いですけど」 「それは気になるな。どんな人なんだ?」 「同じ宮仕えの方で、ボクより少し先輩なんですけど、すごく格好良くてですね」 「俺が知っている人かな?」 「いえ、開拓者ではありませんでしたから、きっと知らないはずです」 いつの間にか朱華の膝の上では月桃が寝ていた。伊崎紫音が抱っこしていた大鳳も瞼を落として夢の中へ落ちてしまう。二人は子供達を静かに船内へと運んでベットに寝かす。 (「パラーリアさんと常春さんのお子さんは、ボクが守ります。これから生まれる常春さんの子供達も、全員ボクがお守りしますからね」) 伊崎紫音は可愛い寝顔を眺めながら決意を新たにする。 護衛としては手持ち無沙汰だったので、絵を描く以外には体力作りをした。 「私も常春さまや皆さんを御守りする騎士ですからっ!」 「負けませんよっ!」 早朝はノエミと一緒に刀剣修行を行う。 食事作りに欠かせない薪割りで上半身を鍛える。さらに砂地を走り込む伊崎紫音であった。 ●春華王 小島に来てからの数日間、船室に籠もっていたのは秀英だけではなかった。雁久良も書きかけの論文や事業計画を前にして筆を走らせる。 心配した春華王が彼女の部屋を訪ねた。雁久良は彼が持ってきてくれたアイスティで休憩をとる。 「ありがとう、常春くん♪」 「どう致しまして」 「ちょっとこれ見てくれるかしら? 気になる点があったらじゃんじゃん意見をいってね♪」 「‥‥‥‥そうだね。決めるのは役人だけど、これだけだときついかな」 雁久良は春華王に事業計画書の原案を確認してもらう。 国家事業を推進するのは役人である。 最終承認は春華王の仕事だが、彼が目を通す時点でほぼすべてが決まっているのが常だ。余程の理由がない限りはそのまま承認される。つまり意見を反映させたいのであれば、事前の段階で役人を通さなければならなかった。 「どの辺がまずいと思うの? 結構よい案だと思っていたんだけど」 「もう一工夫かな。このままだと住民が救われるのは一時的だと思う。お金が回りきらないからね」 「この辺りは蚕の産業で生計を立てているのだけど、交通事情が悪いのよ。飛空船を買うお金もないし」 「この山道整備の計画を少し変えれば大丈夫だ。外部ではなく集落の人々を雇う形にすればいい」 「確かにそうすれば当面の収入があるわね。自分達の生活に役立つ道作りなら頑張るだろうし」 「それと飛空船を格安で提供してあげるべきかな。でも注意しないと独占する奴が現れるからね」 雁久良は遺跡の保護の案についても相談する。 遺跡は一度破壊してしまうと取り返しがつかない。かといってすべてを保存することは不可能に近かった。人々の生活もあるからだ。 取捨選択は非常に難しい問題である。だからこそ研究者の意見は公明正大でなければならなかった。 「おかげで助かったわ」 雁久良は気分転換に滑空艇・カリグラマシーンで空を飛ぶことにする。後ろに春華王を乗せて上空から小島を眺めた。 「今晩中にあげて明日は常春くんと海で遊んじゃうわ♪ 絵を描くのは明後日からにしましょうか?」 「それはいいけど、根を詰めて体調を崩さないようにね」 「大丈夫、ノエミちゃんにも手伝ってもらうから♪ 魔法の言葉を知っているしね♪」 「えっ? 魔法の言葉?」 春華王が訊ねても雁久良は笑顔で『内緒♪』と返す。ちなみにノエミに対しての魔法の言葉とは『春華王の水着姿見放題』だった。 雁久良の思惑通り、ノエミは論文や事業計画の仕上げを手伝ってくれた。 翌日、晴れ渡った砂浜を水着姿の雁久良とノエミが春華王の腕を引っ張りながら駆け抜ける。 雁久良は『大胆ビキニ「ノワール」』を纏っていた。ノエミは『ビキニ「マゼンタ」』で可愛さを演出している。 「やっぱり、比較しちゃうなあ‥‥」 「ノエミちゃん、いくわよ♪」 三人で向かった先は磯付近にある洞窟だった。滑空艇に乗った雁久良が発見した場所であり、満潮時には出入り口部分が隠れてしまう。中に入るのは初めてである。 「ひんやりとしているわね」 ランタンを手にした雁久良が先頭を歩いた。 「コウモリはいないようだね」 「乾いた部分がありますし、満潮のときも海水だらけにはならないのかな?」 ノエミは常春と腕を組んでぴったりと寄り添う。 「何かしら?」 雁久良がランタンをかざして岩肌を照らす。 「これは壁画かな?」 「どのくらい昔のものかしら?」 岩の表面には海中を泳ぐ魚が描かれていた。かなり写実的で鯛、鰹、鯖、秋刀魚等の見分けがちゃんとつく。 「ここにもありますよ。この耳は‥‥猫族でしょうか?」 ノエミが見つけた別の岩には猫族の祭りが描かれている。 「きっと月敬いの儀式‥‥興味深いわ」 雁久良はノエミに『アイズ』で記録を撮ってもらう。 潮が満ちる前に砂浜へと戻った。それからは海辺で遊んだ。 「常春さま、昨晩霧依さんの手伝いを頑張ったんですっ!」 「もうノエミちゃんったら甘えん坊ね♪」 ノエミと雁久良が春華王にいきなり抱きついた。 勢いのまま転んで三人とも海の中へ。 泡に包まれながら浮かぶまでの間に春華王は思う。この小島で見る何もかもが綺麗だと。 「常春さーん」 「春く〜ん、来たのにゃ♪」 朱華とパラーリアがそれぞれの子供を連れて海辺にやってくる。 「ぱーぱ♪ まーま♪」 パラーリアと春華王は波打ち際で大鳳と遊ぶ。 「では天帝宮を作りましょうか」 「がんばるー」 月桃に懐かれたノエミは一緒に砂山を作った。 「常春さんがそんなことを」 「そうなの。事業とか工事とか無関心だと思っていたんだけど、そうじゃなかったみたいね。さすがは私の旦那様♪」 雁久良から事業計画の話しを聞いた朱華が常春へと振り返る。 (「常春さんが作る国を見たい‥‥それは今も変わっていない。世間から見えないところで頑張っているんだな」) 朱華は安心した。常春は自分と旅していた頃以上に立派な天帝になったのだと。 ●思い出の景色 伊崎紫音と玲璃も時間があるときに小島の風景を描く。 「常春さんが、休暇にこの島を選んだのがわかるような気がしますね」 「明日、天候が崩れることをお伝えしたところ、喜んでおいででした。おそらく嵐の様子を描かれるおつもりなのでしょう」 「でしたら、明日は付きっきりで、警護をしないといけませんね」 「この絵が描き終わりましたら、私は龍を借りて本土へ出かけてきます。足りない食材がありましたので買い求めて参ります」 二人が話題にするのは春華王のことばかりである。 ちなみに玲璃は今でも天帝宮地下幽閉中のヤオと交流を持っていた。 ヤオの心情は変わっていない。偽春華王のことを想って生きているようだ。ただ以前のような喧嘩腰の態度はなくなり、女性らしい一面を見せるときもある。 その頃、神仙猫・ぬこにゃんと春華王は大鳳の世話をしていた。 「ぬこにゃん、夕食は秋刀魚だよ」 『秋刀魚、うれしいのにゃ』 お昼寝中の大鳳を離れたところで眺めながら、春華王とぬこにゃんが言葉を交わす。 「大鳳の子守、いつも悪いね」 『気にする必要はないのにゃ。楽しくやっているのにゃ』 「それなら嬉しいよ。大鳳もぬこにゃんのこと大好きだからね」 『大鳳はいい子なのにゃ』 その日のぬこにゃんは珍しく饒舌だった。 『よかったら、百年後の君たちの子や孫に伝えたいことを承るにゃ』 「そうか。神仙猫は長生きだからね」 春華王はぬこにゃんに思いを託した。『困ったときには信じる道を行きなさい』と。 そして翌日。小島は暴風雨に見舞われる。春華王は展望室の窓から荒れる小島の景色をキャンバスに描いた。 荒れた天候は深夜まで続く。夜明け頃には徐々に雨が止んで風は収まる。 「朝日を眺めてから寝ようか」 一晩中起きていた春華王は雨上がりの風景を眺めようと甲板にでた。瞳を大きく見開くと走って伝声管にしがみつく。 「虹です! ものすごく大きくて綺麗な虹が甲板から見えますよ」 春華王が虹を眺めていると一番にやってきたのがルンルンである。 「こんな虹、初めてです♪」 「まるで島と本土を繋ぐ橋のようだね」 二人が虹を見上げていると親しき者達が集まりだす。 「なんて大きな虹だ。ほら、月桃も見てごらん」 「すごーい」 朱華は月桃を肩車しながらやってきた。パラーリア、大鳳、ぬこにゃんも。 「ぱーぱ、まーま、あれなぁに?」 「虹っていうのにゃ♪」 春華王が抱き上げた大鳳にパラーリアが虹を教える。 「紅花殿は大丈夫なのでありますか?」 「昨日は嵐のせいで寝付かれなかったらしいんです。でも虹は見たいって」 秀英が紅花を背中に担ぎながら甲板へと現れた。はふりは時折倒れそうになる秀英を後ろから支える。 「これはよい思い出になるわね♪」 「さっそく撮しますね」 雁久良とノエミがアイズで虹や一同を撮影した。途中から孝亮順が交代してくれる。 「嵐の後にはこのように清々しい朝が訪れる‥‥」 「アヤカシの被害がなくなるのも、もうすぐのはずです」 玲璃と伊崎紫音は感慨深い表情で巨大な虹を眺めた。 ●春華王の言葉 「すごいね。その格好」 「どう? 惚れ直したでしょ♪」 滞在最終日、雁久良は野外で行うキャンプファイヤーで民族衣装を披露する。毛皮ビキニに毛皮外套を纏い、さらにボディペインティングといった出で立ちであった。 「こ、これでいいですか? スースーしますけど」 ちなみにノエミも雁久良に協力して同じ格好に着替える。 燃えさかる炎を中心にして雁久良は踊って祈りを捧げた。ノエミは変わった形の太鼓を叩いてリズムをとる。 「春華王の治世も、その後も我等に永遠の幸福あれ!」 雁久良の祝福で一同が酒やジュースを酌み交わす。 「‥‥自慢の、仲間‥‥友人だ。だから、ずっと応援している。困ったら、呼べよ?」 「ありがとう、朱華さん。そのときはお願いします。いつでも天帝宮に顔をだしてくださいね。歓迎します」 朱華と約束を交わした春華王は屈んで月桃にも話しかける。大鳳だけでなく、これから産まれる子供達とも仲良くして欲しいと。 翌日、超中型飛空船『春嵐号』は小島を離れて朱春への帰路に就いた。 到着後、一同はそれぞれの生活に戻る。 春華王は天帝宮で役人達との謁見の日々をこなす。許可をだすのは以前と変わりなかったが『良きに計らえ』の台詞はすでに使っていない。 「安全への配慮を忘れないように」 簡潔だが熟考した言葉で答えるようになっていた。 |