豚と熊 〜巨勢王〜
マスター名:天田洋介
シナリオ形態: シリーズ
相棒
難易度: 普通
参加人数: 10人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/09/22 19:15



■オープニング本文

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 武天の名物といえば獣肉の料理。もちろんその他にも特産品はあるのだが、旅で訪れれば肉嫌いでない限り大抵の者が口にするであろう。
 都の此隅にもたくさんの獣肉を扱った料理店が建ち並ぶ。天儀本島において特に肉食に慣れた土地ともいえた。
 とはいえ山や森で狩られる獣の数は自然相手故にどうしても不安定。そこで巨勢王の命によって畜産の奨励もなされていた。
 一般に多いのは鶏と豚。
 鶏はどちらかといえば卵としての需要が大きい。肉としての需要が大きいのは豚なのだが、当初は猪を育てようとしていた。ところが家畜としてある程度の世代を経ると、牙が引っ込んで毛並みも変わって豚になってしまうのである。
 あくまで噂なのだが逆に豚を野に放すと数世代のちには猪になるらしい。野生の猪を連れてきて絶えず交配する手もあるのだがそれでは本末転倒だ。こればかりは自然の摂理なので畜産家は猪はあきらめて豚の飼育に専念するようになっていた。


 此隅から飛空船で半日弱で辿り着く山間地。
「たくさんの豚が走っておるの」
 巨勢王はお供として開拓者達を連れて畜産現場の視察に訪れていた。飛空船による輸送で豚肉の殆どは此隅の隅々へと卸される。時には豚のまま、場合によっては塩漬け肉として。
 ドングリを食べて育った豚はとても味がよいと評判である。この山間地には飼料になるドングリの木が多く自生していた。
「てぇへんだあ!!」
 叫び声が聞こえて巨勢王は振り向く。目に入ったのは駆けてくる土地の者らしき風体の男。状況からして森から逃げてきたのだろう。
「熊が‥‥でっけぇ熊がでたんでさぁ!!」
 巨勢王と開拓者達の前で男は膝を落として大地に座り込む。
「そういえば熊もドングリを食べるとか聞いたな。ならこの辺りに現れるのはさもありなん。秋ならなおのこと。腹ごなしにこのわしが倒してやってもよいぞ」
「い、いんや‥‥巨勢王様。巨勢王がお強いのは知っとるだども、ありゃ普通の熊でねぇ。あの大きさや格好‥‥ケ、ケモノに違いねぇ」
 緩んでいた巨勢王の表情が男の言葉で引き締まった。
 ケモノとはアヤカシとは違って生き物に間違いないが、一般のそれとかけ離れた能力を持つものの総称である。男の目が恐怖で濁っていなかったとすればだが。
「大きな熊よりもっと大きかっただ! おらの四倍はあったと思――」
 男によればどうやら熊に似たケモノの身長は約六メートルのようだ。
「ケモノとは珍しい。どれ、一つ相対してみようか」
 腰の大刀を確認した巨勢王は山森の中と向かう。護衛の開拓者達も一緒に足を踏み入れるのだった。


■参加者一覧
雪ノ下・悪食丸(ia0074
16歳・男・サ
水波(ia1360
18歳・女・巫
ルオウ(ia2445
14歳・男・サ
西中島 導仁(ia9595
25歳・男・サ
宿奈 芳純(ia9695
25歳・男・陰
物部 義護(ia9764
24歳・男・志
玄間 北斗(ib0342
25歳・男・シ
将門(ib1770
25歳・男・サ
朱華(ib1944
19歳・男・志
晴雨萌楽(ib1999
18歳・女・ジ


■リプレイ本文

●山の森へ
 巨勢王一行が森の茂みに立ち入ってまもなく雄叫びが轟いた。
「熊のようなケモノのものか?」
 巨勢王は薄暗い森の奥を見つめながら瞼をわずかに下ろす。ついてきた開拓者達も足を止めて腹に響く雄叫びを浴びる。
 複雑な地形のせいか音には広がりがあり、大まかにしか雄叫びの聞こえる方角は特定出来なかった。そこで二手に分かれる事となる。
 一班には水波(ia1360)、ルオウ(ia2445)、宿奈 芳純(ia9695)、将門(ib1770)、朱華(ib1944)。さらに巨勢王を加えた六名。
 二班には雪ノ下・悪食丸(ia0074)、西中島 導仁(ia9595)、物部 義護(ia9764)、玄間 北斗(ib0342)モユラ(ib1999)の五名だ。
「どちらの班がケモノと接触しても待つ必要はないぞ。倒すか追い払うかは任せる」
 巨勢王を含む一班は東側を選ぶ。二班は西側へと歩を進めるのだった。

●一班の辿り着いた先
 山中の森は斜面が多いだけでなく起伏も激しかった。迂回した方が賢い絶壁もあって一班は迷路のような森の中を彷徨う。
 たまに聞こえてくるケモノの雄叫びを目指して歩いていたものの、間違いに気づくにはかなりの時間が必要であった。
 引き返そうとした時にルオウが立ち止まる。
「巨勢王のおっちゃん、なんかズドドドッって音が聞こえないか?」
「ふむ‥‥」
 ルオウの言葉に巨勢王が屈んで地面へと耳をつける。
「集団の走る音が聞こますね。何でしょうか」
 水波も巨勢王の真似をして地の音を聞いてみた。
「あの岩の向こう側が怪しいな」
「調べてみるか」
 朱華と将門が調べに向かうとすぐに戻ってくる。二人は森の中にある豚の放牧場が地鳴りの原因だと仲間達に報告した。
「興奮しているようですね。ケモノの存在を臭いか何かで気づいているのでしょうか」
 放牧場に辿り着いたばかりの宿奈芳純が大きく顔を動かして周囲を見渡す。
 かなりの広さがある放牧場の中を豚の集団が固まって走り回っていた。疲れた様子がうかがえる豚もいたが、それでも止まる気配はない。酷く興奮している様子であった。
「向かった方角から察するに二班は雄叫びへと近づいているであろう‥‥。ならケモノは二班に任せて、わしらは目前の豚等をどうにかするのが懸命だな」
 巨勢王は腰の太刀から手を離すと開拓者達に振り返る。そして興奮している豚を宥めるのによい方策はないかと訊ねた。
 樹木や岩に豚が衝突している姿が目に入る。怪我程度で済めばよいのだが最悪だと死んでしまうかも知れない。事は急がねばならなかった。
 開拓者達が出した意見に巨勢王は耳を傾ける。そして即座に作戦を組み合わせた。
「豚といえば臭いに敏感で結構神経質な生き物のようにも思います」
 水波が巨勢王からもらった毛皮の上着を枝へと吊り下げた。こうすることで獣道を塞いで豚が走る流れを制しようという考えだ。
「こちらは危ないですね」
 宿奈芳純は崖へと近づく獣道を塞ぐ形で結界呪符「白」を使って白い壁を召喚する。なるべく豚が正面衝突をしないように立てる角度に注意しながら。
 将門は放牧場の小屋にあった斧を探しだすと急いで杭を作ろうとしたが、やがて手を止めた。
「さすがに無理か。ならドングリだな。腹を満たせば落ち着くだろうよ」
 五十頭前後の豚を囲む杭を用意するのに時間が足りない事に気がついた将門は豚の好物であるドングリを集めだす。
「うおおおっ!」
 巨勢王も木の幹を揺すってドングリ集めを手伝ってくれる。豪快なドングリの雨が大地に降り注いだ。
「逃げるなー! こっちだ豚ー!!」
「このままだと近くの住人にも被害があるだろう。安全が第一だな」
 ルオウと朱華は自らの身体を使って豚の動きを狭めようと奔走する。ルオウは俊足を活かして回り込んで誘導。朱華は槍で豚の横腹を叩いて進路を変えさせた。
 徐々に豚の暴走範囲が狭まってゆく。ドングリが一山積まれた頃、最終段階に入った。
「ここからが肝心」
 巨勢王が吹いた呼子笛を合図に開拓者達が一斉に動き出す。
「こっちこっち!」
 わざと追いかけられたルオウは豚集団の一部を誘導する。追いつかれそうになった瞬間、強く大地を蹴った。そして頭上の枝へと掴まって真下を走ってゆく豚達を見下ろす。
「気がついてくれ」
 朱華は炎魂縛武を纏わせた炎の槍を豚の集団の中で振り回す。仕掛けは上々で驚いた豚が散らばってゆく。これで我に返る豚もいるはずである。
「水はこちらにありますわ」
 水波はドングリの山の近くに水桶を用意していた。一杯だけ豚の集団にかけて水の在処をわからせる。
「ここを塞げばおそらくは」
 宿奈芳純が結界呪符「白」で壁を作った個所は大木同士の狭間。これで完全に逃げ道がなくなって豚の集団は一個所に閉じこめられた。
「ほら、まだまだある。焦るんじゃない」
 将門が桶でドングリを追加する。豚は喜んでドングリと水を食べて飲んだ。
 最後に巨勢王が一頭だけはぐれていた子豚を担いで戻ってくる。子豚を放すとドングリの山に駆け寄ってゆく。
 ドングリを食べる事で豚集団の興奮は収まり、気がついたときにはすやすやとお休みの時間となっていた。
「さて豚は片づいたな。後は二班の頑張りに期待しよう」
 呟いた巨勢王が振り向いた方角からこれまで以上の雄叫びが届くのであった。

●ケモノ
 日中であっても薄暗い山中の森。二班は徐々にだが雄叫びの主の元へと近づいていた。
「折れた木の幹をたくさん見つけたのだぁ〜」
 偵察から戻ってきた玄間北斗によれば、熊ケモノが通ったと思われる木々がなぎ倒された新たな獣道があるという。
「木の幹に爪痕や地面の足跡はあると考えていたが、そこまでの怪物ですか」
 物部義護は玄間北斗から聞いた話に顔をしかめる。
 無益な殺生は好まないが冬籠もりを前にした熊のような生き物にとって豚は恰好の獲物である。さらに人里まで下りてきたのなら取り返しがつかない。そう考えた物部義護だ。
「あたい、まずは相手を見極めたいナ。ケモノってよく見たことないし」
 別方向を探って戻ってきたモユラは熊ケモノの姿を自分の目で確認したいと仲間に告げてから先に向かう。温厚なケモノなら追い返せばよいし、そうでなければ退治する必要があるだろうと。
(「見事熊を倒せば巨勢王様の覚えも良くなるかも知れない‥‥」)
 そう考えながら歩いていたのが雪ノ下。武天の氏族として雪ノ下一族が巨勢王の誉れに与れば非常に明るい未来が待っている。熊ケモノを倒して自分も幸せであり、困っている周辺の人々も幸せ。何より美味い熊料理が食べられれば仲間も幸せのはず。全力で頑張らなければと雪ノ下は自然と拳を強く握る。
(「おそらく巨勢王はケモノ退治を俺達に譲ってくれたのだろう。ならば、なおのこと逃すわけにはいかんな」)
 そう考えた西中島は期待に応えなければと気を引き締める。
 しばらくしてモユラが吹いたと思われる笛の音が二班の四人の耳に届いた。急いでモユラと合流する。そして巨大の岩の後ろに隠れながら熊ケモノの様子をうかがう。
 熊ケモノが人を見てどのような反応を示すのか、モユラが志願して試す事となった。
「熊、ここだよネ」
 モユラが姿をさらすと熊ケモノは鋭い爪がついた右手を振り下ろす。ひらりとかわしたモユラはすぐさま姿を隠した。
「獰猛なのだぁ。倒すしかなさそうなのだ‥‥。一度被害が出てしまったら、山で静かに暮らす動物達と里の人達との関係まで崩れてしまいかねないのだ」
 ここは心を鬼にして玄間北斗は熊ケモノ退治の覚悟を決める。
 二班の面々は熊ケモノを囲むように配置についた。樹木はたくさんあったものの、袋小路に追い込めそうな障害物がなかったからである。
「俺が相手だ、ケモノ」
 殲刀「朱天」を構えた西中島はすっと前に出した片足をさらに伸ばす。熊ケモノの注意を引きつけて仲間が攻撃しやすい状況を作り出す。
 熊ケモノが向かってきた瞬間、西中島は腿の部分を撫で斬ろうとしたものの考えていたよりも深く食い込まなかった。
「もしかしたら漆を身体に塗っているかも知れないのだぁ!」
 撒菱をばらまいていた玄間北斗が大声で告げた。元々の頑丈さに加えて樹脂で毛皮が強化されている可能性に気がついたのである。樹脂の粘りけのせいで刃物が入りにくくなっているのかも知れなかった。
「なるほど、一筋縄ではいかないと。仮令、森のヌシのような存在であろうと、見境も分別もなければタタリと同じよな」
 物部義護は横踏で熊ケモノの爪攻撃を避けながら呟いた。とはいえすべてが樹脂で覆われているとは限らない。目を凝らして隙間を狙って炎魂縛武をまとわせた短刀を突き立てる。熊ケモノは天に届くかのような叫びをあげた。
「よぉーしっ、イイコだから大人しくなさいっ!」
 モユラはまず呪縛符を使って動きを鈍らせた後で毒蟲によって群れた雀蜂の式を飛ばして熊ケモノを痺れさせる。
「示現流壱の太刀、チェストォォォォッ!!」
 雪ノ下は珠刀「阿見」を両手で構え、地面に食い込むかと思われる程強く片足を踏み出し、渾身の一撃を熊ケモノの右膝に見舞う。
 ぐらりと揺れた熊ケモノは膝を地面について前屈みとなる。
「新たに得た力、ここに見せる! 震空烈斬!!」
 大上段の構えから繰り出された西中島の真空刃は熊ケモノの額を捉える。その痛みに熊ケモノは膝を落としながらも呻きながらのけぞった。
 大きな隙をみせた相手などたとえ熊ケモノであっても開拓者達の敵ではない。数分とかからず、完全に熊ケモノを仕留める。
「これだけ大きいと大変だね。でも折角ですし、頂きましょーかっ」
 さっそくモユラが熊ケモノの解体に取りかかった。一班と分かれる時に熊ケモノを退治した場合はできるだけ食べて供養しようとすでに話し合っていたのである。
 雪ノ下と西中島は太い木の枝などをつかって担ぐ道具作りを始めた。物部義護は熊ケモノの解体を手伝う。
 玄間北斗はひとっ走りして一班を連れてくる役目を担った。約一時間後、一班と一緒に倒した熊ケモノの元へと戻ってくるのだった。

●そして
 暗くなる前に巨勢王一行は熊ケモノの肉を担いで山中の集落まで下りた。住民に熊ケモノ退治を告げると歓喜が沸き上がる。
 泊めてもらったその日の晩に並んだのは熊料理と豚料理であった。
 集落全員でも数日中に食べきるのは不可能な量なので、熊肉の薫製作業も行われているようだ。
「熊鍋、おいしいですねっ」
 モユラはほくほくと熊鍋を箸でつつく。山中なので夜になるともう肌寒かった。鍋を食べるのによい季節である。
「美味いな、この熊の肉。ん? これは豚汁だと? 美味いのに変わりはないからどんどんと頂こう」
 熊肉と豚肉の区別がつかなかった朱華だが、あっという間に大鍋一つを平らげる。
「食ってやるのが自然の摂理というやつだな。これが美味いという噂の熊の掌の肉か。どれ」
 将門は様々な熊肉の部位の味を確かめてみる。
「熊さんの命はオイラが頂くのだぁ」
 熊鍋を頂きながら玄間北斗はしみじみと頷いた。どうやら熊の毛皮は巨勢王の考えによって集落の人達に譲られるようだ。
「こうやって食べてやることこそ供養かと。ドングリ等と同じく、こうした狩りで得られる肉もまた山の恵み。感謝しても罰はあたりますまいて」
 物部義護は一味一味確かめて熊の肉を頂いた。
「豚の肉も熊の肉もどちらも美味しいです」
 食料が豊富な秋頃の肉は特に味がよかった。宿奈芳純はどちらの鍋も同じように箸をつける。
「こいつは強敵だった‥‥。倒さねばならなかったのだから、その命、俺達が引き継ごう」
 合掌した後で西中島は熊肉の塊を頬張る。脂身で包んで焼かれていたせいかとても柔らかく、そして美味かった。
「もしも食あたりをなされたのならわたくしに声をかけてくださいませ」
 解毒を心得る水波は仲間に告げて回る。
「巨勢王様、男の酌ですみませんが」
「おお、これはすまぬな。うむ! 一仕事した後の酒は美味い!!」
 雪ノ下が注いだ天儀酒を巨勢王が一気に呑み干す。巨勢王の隣に座って熊肉の料理も堪能した雪ノ下だ。
「巨勢王のおっちゃーん! 大食い競争やんねー!」
「わしに挑戦するというのか。負けぬぞ」
 ルオウの一言に笑うと巨勢王も焼けた熊肉の塊を手に取る。すぐに二人はバクバクと食べ始めた。
 周囲が応援する中、巨勢王の勝ちで終わる。しかし健闘を称えられてお酒を少し呑ませてもらったルオウであった。
 楽しい宴の時間は終わってその晩、巨勢王一行はぐっすりと眠る。そして翌日、武天此隅への帰り路に就くのであった。