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■オープニング本文 前回のリプレイを見る 希儀は現在開拓真っ盛りである。特に注力されているのが食糧事情の改善だ。 増える人口を支えるのには大量の食料が必要。かといって永続的な環境が望めなければ意味がない。その場限りの自然からの搾取ではいつかは破綻してしまうからだ。 その点を興志王は重々承知していた。 「よし、うまくいきそうだな」 興志王は羽流阿出州郊外の水田を眺めながら弁当のおにぎりを囓った。 まだまだこれからだが灌漑が用意できた土地において稲の水耕栽培が始まっていた。今は苗代で種籾を発芽させている最中である。 麦については秋蒔きと春蒔きの両方が試されていた。 「こ、興志王様、大変でございます」 興志王が田園の様子を眺めているところへ臣下の一人が駆けつける。 「どうした。この握り飯がそんなに食いてぇか?」 「あ、ありがたく頂戴しますが、今はそれどころではありません。ここから北西の地で問題が発生したのです」 臣下によれば田植えを行おうと準備していた土地に樹木が生えてきたのだという。その樹木はたった一日で地上から一メートルにまで成長したらしい。 伐っても切り株からすぐに芽が出てきて一からやり直し。丸二日ほど放置したら大変な事態になってしまった。 幹だけでなく伸びた枝が鞭のようにしなって人々を寄せ付けないようになってしまった。また日に日に成長は続いている。 「もしや『あれ』の復活‥‥なのか?」 「いえ、そうではなさそうなのですが」 希儀で怪しげな樹木と聞けば誰もが『ヘカトンケイレス』を思い出す。 しかしどうやら瘴気とは無縁なようでアヤカシではなさそうである。どちらかといえば精霊の類いだと多くの者は判断していた。 「何にせよ、放っておく訳にもいかねぇか。その田んぼだけでなくて、周囲にも影響がありそうだからな」 興志王は念のための荒事も想定する。そこで巨人ギガの漁を手伝ってもらうためにやってくる開拓者達に手伝ってもらおうと考えた。 「よう。実は手伝ってもらう内容が変わったんだが――」 真夜中の零時。希儀、羽流阿出州の精霊門に現れた開拓者一行は興志王に出迎えられる。事情を説明された一行は興志王と一緒に樹木が生えた田んぼへと向かうのであった。 |
■参加者一覧
柚乃(ia0638)
17歳・女・巫
奈々月琉央(ia1012)
18歳・男・サ
リューリャ・ドラッケン(ia8037)
22歳・男・騎
和奏(ia8807)
17歳・男・志
フィーネ・オレアリス(ib0409)
20歳・女・騎
ニクス・ソル(ib0444)
21歳・男・騎
真名(ib1222)
17歳・女・陰
十 砂魚(ib5408)
16歳・女・砲
ウルイバッツァ(ic0233)
25歳・男・騎
鏖殺大公テラドゥカス(ic1476)
48歳・男・泰 |
■リプレイ本文 ●精霊樹 「もしかしてあれか?」 巨人ギガの掌に乗る興志王は平野にぽつりと伸びる樹木らしき影を発見する。近づいていくにつれて影の輪郭がはっきりとしてきた。 「報告通りの針葉樹の形をしているな。方角からいっても、あれで間違いねぇな」 興志王は途中で巨人ギガを待機させて自らの足で歩き始める。開拓者達も同行の飛空船から降りて興志王と一緒に徒歩で目指した。 田んぼのあぜ道を進み、あと三十メートルといったところで興志王一行は立ち止まる。 問題の樹木は事前の相談で『精霊樹』と呼ぶことにしていた。 鏖殺大公テラドゥカス(ic1476)は自分の頭の上に腰かける羽妖精・ビリティスと精霊樹について意見を交わす。 「あれが人を寄せ付けぬ木だというのだな」 『依頼書によると何度か伐採したんだろ? そりゃ怒るぜ』 「斬り倒すのは簡単だが、もしも本当に精霊であるならば意志の疎通も出来るかも知れぬ。後々のことを考えると得策ではない」 『そうだぜ! だから精霊であるあたしの言う事は何でも聞いてもっとうめえもん食わせてくれ!』 お前は少し黙っておれとテラドゥカスはビリティスを一喝した。ビリティスは気にした様子もなく頭の上で寝転がる。 「得体の知れない木を、良く調べもしないで切り倒したのは、ちょっと不用意でしたの」 「落ち着いてもらわないことには何もできないか」 十 砂魚(ib5408)とウルイバッツァ(ic0233)は並んで精霊樹を観察する。 依頼書通りに枝の多くが鞭のようにしなっていた。風になびいているだけの動きではなかった。 「よいしょっと。これで見えるかな?」 柚乃(ia0638)は小宝珠から出現した玉狐天・伊邪那に精霊樹を確認させる。これから対する相手の姿を知っておいてもらうためだ。 もっともできることならば穏便に済ませたいと考える柚乃である。 「流石は希儀だ。なにが起こるかわからん、ということか」 「不思議なこともあるものですね」 ニクス(ib0444)とフィーネ・オレアリス(ib0409)は背負っていたアーマーケースを地面へと下ろす。 「いざとなればこいつを使う」 ニクスがケースの上面を軽く拳で叩きつつ精霊樹へと視線を向けた。 「アーマーを稼働させた方がよいでしょうか?」 「いや、少しだけ待ってくれ。わからないことだらけだからな。最初から相手を刺激したくはねぇ」 フィーネは興志王の指示を待つことにした。 「まるでタケノコだな」 奈々月琉央(ia1012)はあぜ道に転がっていた岩へと座ると、目印として腰から抜いた剣の鞘を目の前に立てた。 五分ほど眺めていると精霊樹が未だ成長をとげているのがよくわかる。目視で精霊樹の高さは十二メートルといったところだ。 現地に到着してまもなく何人かの農民が一行に近づいてきた。 「依頼を受けてきた開拓者よ。何があったの?」 「あれが突然、ひょっこりと地面から顔を出したんでさぁ」 真名(ib1222)は一人の農夫に話しかける。そして近日中の状況を教えてもらう。 「とにかく終わるまでは避難していて。それまでは近づかないでほしいの。逃げ遅れた人とかいないわよね?」 真名は農夫に集落の人達への伝達を頼んだ。 「まずは話しかけてみたらどうでしょう? 精霊ならばもしかして」 興志王に意見を述べる和奏(ia8807)の横で上級人妖・光華が大きく頷いてみせる。 「話しかけるのは賛成だが、あの枝の動きといい気性が荒いのも間違いないようだな。力を誇示する相手にはこちらも同様に対抗すべきだ。対等になればこそ、話し合いも通じるのだからな」 竜哉(ia8037)の意見ももっともであった。 「まずは一言声をかけてみるか。ただあの精霊樹が仕掛けてきたのならこちらも銃爪を引かなきゃならねぇな。やってるみるか」 興志王の口から大雑把な作戦が伝えられる。農夫によれば枝が届く範囲まで近づくと精霊樹は攻撃を仕掛けてくるらしい。 興志王が一歩を踏みだす。興志王の護衛として開拓者達も一緒に精霊樹へと近づいた。二十メートルの手前で全員が立ち止まる。 興志王がさらに踏みだすと鞭のようにしなる枝が放たれてきた。興志王は身体を逸らしつつ一歩下がることで攻撃を避ける。 「いいたいことがあるならいってみやがれ! こっちが察してくれるなんて甘い考えはやめておけよ!!」 興志王は大声を精霊樹に浴びせかけた。まるで恫喝のようである。 開拓者の中にはやさしい説得を心がけたい者もいたので、その意味ではまったく逆の接触方法だ。だからといってそれらの者達の考えを蔑ろにしたわけではない。 まずは精霊樹が話せるかどうか、話せないにしてもこちらの意図を読み取ることができるのかを確かめる必要があった。それには怒らせるのが一番手っ取り早かった。 『ドコカイケ!』 「男の子みたいな声‥‥」 柚乃は確かに精霊樹の声を聴いた。もちろん他の仲間達も。 『ソウダ。ココハ、アタシタチのトコロダ!』 「違う声だな」 羽妖精・ビリティスに金髪カツラを被されたテラドゥカスも精霊樹の声を聞く。今度は女の子のような声である。 「巫女舞いをしようとした矢先、どういうことだ?」 『やっぱ、精霊なのか』 テラドゥカスと羽妖精・ビリティスは両手を振りながら精霊樹への説得を試みた。しかし憤慨した精霊樹はありったけの枝を振り回して暴れ始める。 地面に枝先を叩きつけて土塊を飛ばす。元が田んぼなので大石は混じっていないが、それでも迷惑極まりなかった。 「声の印象と同じガキだな」 興志王は口の中に入り込んだ土を吐き捨てる。 盾になるべくアーマー「人狼」・ロートリッター弐、アーマー「人狼」改・エスポワール、アーマー「人狼」・スメヤッツァが興志王の前に立つ。 「俺に機会をくれないか。少し考えがある。今はまだ叩きのめすつもりはない」 「わかった。任せよう」 竜哉は興志王から一言もらうと疾風の翼によって迅鷹・光鷹と同化を果たす。 白い煌めきをまとう俊足を得た竜哉は、まるで風のように精霊樹へと迫った。 もちろん精霊樹も黙って見過ごしたわけではない。多数の鋭い枝先を伸ばして竜哉を狙う。 竜哉は指一つの隙間で枝攻撃を避ける。最小限の動きにしたのは次の攻撃に備えるためだ。飛んできた針のような多数の葉を俯せのような屈みで避けきった。 二つの枝が土埃を舞い上がらせて竜哉の周囲を煙らせる。 視界を奪われた竜哉だが精霊樹が動かなければ到達目標は変わらない。枝の攻撃を寸前で避けつつ前進を続けた。 精霊樹まで辿り着いた竜哉は幹にぽんと触れただけで後退する。『俺はアンタの不安も解消できる力がある』と示すかのように。 説得は竜哉だけで終わらない。 (「対話を試みる‥‥。しかしながら、人に害成す兆候あらば、除去やむなし、と‥‥」) 柚乃は興志王の方針を心の中で呟きながら玉狐天・伊邪那と焔纏で同化した。炎のような光に包まれながら柚乃が一歩を踏みだす。 「そこが元より精霊の領域だったなら‥人の方が侵入者、なのですよね」 柚乃は心の旋律を試した。精霊語の歌を通じて言葉が通じない相手にも意思を伝えられる術である。 柚乃は歌に『はじめまして』と『騒がせた謝罪』といった気持ちを込めた。固まってしまった精霊樹の心を解きほぐすように。 柚乃による三回目の歌が終わった頃、心なしか精霊樹の暴れ方はおとなしくなっていた。 次に接触を試みたのは奈々月だ。 「無理はするな。危険を感じたら即座に戻ってこい」 奈々月は迅鷹・蒼空を偵察に向かわせて様子を見る。人に敵意を向けている精霊樹だが、他の生き物ならばどうなのかを知りたかったからだ。 「んっ?」 迅鷹・蒼空は精霊樹の上空を旋回しつつ少しずつ高度を下げていく。やがて枝の一本へと留まることに成功した。 「対象は人だけのようだな」 「そうらしいな」 奈々月と興志王が意見を交わす。枝に留まってから十数分後、迅鷹・蒼空は無事に奈々月の元へと戻ってきた。 「危ないので光華姫は下がっていてくださいね」 和奏は自分よりも前に出ようとした上級人妖・光華を抱えて後ろへと下がらせる。 人以外なら大丈夫そうなのはわかったのだが、人妖だと精霊樹が誤認する可能性が捨てきれなかったからだ。 「返事を頂ければよいのですが、嫌なら結構です。その代わりにしばらく自分の話しを聞いてくれませんか?」 和奏が大声で呼びかけると精霊樹は枝で地面を叩かなくなった。これまでの仲間達の説得が功を奏しているようである。 初めに何故ここに生えるのを決めたのかを訊ねてみた。しかし返事がなかったので代替え地の提案を行う。 「こちらには落ち着いた場所に移ってもらう心づもりがあります。人里離れた山奥です。水辺がよいとか日当たりなどの条件ならなるべく叶えますので、どうかご一考ください」 和奏が話しかけている間、上級人妖・光華も手振り身振りで何かを訴えかけようとしていた。 和奏と交代して十砂魚の番となる。 (「不興を買ったというだけで、『粛清』してくるような精霊も居ますし。死人が出ていないなら、運が良かったと思いますの」) 十砂魚は道中で興志王に話した内容を思いだす。精霊力を司る精霊が消えれば、土地が枯れて農業ができなくなるかも知れない。 精霊殺しは神殺しだと十砂魚は考えていた。できることならばこの地を鎮守してもらいたいとも。 準備してきた神酒や供物を並べた十砂魚が精霊樹を見上げる。 「知らぬこととはいえ、重ね重ねのご無礼、何卒ご容赦願いますの」 土地によって儀式が様々なのは承知の上である。しかもここは天儀ではなく希儀。それでも気持ちが通じればと十砂魚は精霊樹に祈りを捧げた。 真名は玉狐天・紅印との狐獣人変化で人とは違う姿に化ける。 「あなたのこと、教えて。話がしたいの」 ヴィヌ・イシュタルを使って好意を醸しだしつつ精霊樹との会話を試みた。人か狐か判別がつきにくかったのか、精霊樹は再び枝を武器として振るおうとする。 「落ち着いて! 言葉がわかるんでしょ? あなたと話がしたいの。攻撃をやめてくれたら、こちらもしないから」 真名の嘆願の声で精霊樹の動きは止まった。 『ツカレタ、ダカラココニハエタ』 『ソウ。タビ、ツカレタ』 精霊樹から男の子と女の子の声が交互に聞こえてきた。 どうやら数週間前にニ柱の精霊は長い眠りから目覚めたようだ。様変わりした希儀の様子に驚きつつ、各地を見て回ったが飽きてしまったらしい。 たまたま降りたこの地に自らの住処である樹木を育てようとしたところ、人に伐られてしまった。 憤慨した精霊達は意固地になる。樹木を無理に成長させてこのような状況になってしまったようだ。 『よっしゃ! やっと出番だぜ!』 「なあ、どうしてもこのカツラをつけないといけないのか?」 『マジ似合ってるぜ‥‥ぷっ』 「‥‥‥‥」 羽妖精・ビリティスの嘘だと気がついたテラドゥカスは金髪のカツラを外す。祝詞を奏上し、見よう見まねで覚えた巫女舞いをする。 『おーい! 機嫌直してくれよー。伐っちまったのは謝るからさー。あたしの話分かるかー?』 羽妖精・ビリティスはテラドゥカスの後ろから精霊樹に向けて説得を試みた。そろそろ精霊樹へと前進しようとした矢先、変化が現れる。 精霊樹からけたたましい笑い声が聞こえてきたのである。 「よくやった。後は俺に任せてくれねぇか」 興志王に頼まれたのなら仕方がない。成果をあげたテラドゥカスと羽妖精・ビリティスは後ろへと下がった。 興志王は後方にアーマー三機を従えて精霊樹へと近づく。 武器を外していたがアーマーは力の象徴といえる。三機のアーマーを操縦する開拓者三名は気が気でなかった。 「よーし、よしよしよしよしよし。そのまま、そのまま。怖くない‥‥怖くないよ〜?」 ウルイバッツァはアーマー・スメヤッツァ内で呟いた。 ここで精霊樹が興志王を攻撃してきたらすべてがお終いである。おそらく興志王は交渉決裂と判断して討伐を決断するだろう。それはできるだけ避けたかった。 精霊達は疲れたからここに留まり木を育てたといっていたが、それだけではないだろうとウルイバッツァは考える。 「よし。伐られたショックから立ち直っておとなしくなった今なら」 ニクスがアーマー・エスポワール内で精霊樹をじっと見つめる。エスポワールは両腕をあげて敵意がないことを示しながら精霊樹へと近づいた。 アーマーでのその行為は矛盾をはらんでいる。しかしニクスの気持ちに嘘偽りはなかった。 「そうです。もふらさまも大地から誕生するのですから、精霊が希儀で目覚めても不思議はありません。きっと眠っている間に人との関わり方を忘れてしまっただけです。すぐに思いだします」 アーマー・ロートリッター弐内のフィーネも同じ気持ちだ。心の中で精霊達の誤解が解けるよう念じ続けた。 「よし」 興志王は無傷のまま精霊樹の幹まで到達する。 開拓者達のおかげで精霊樹との話し合いの準備は整った。 ●移植 精霊樹との話し合いは丸一日がかりとなる。徹夜でへとへとになりながらも話はまとまった。 二日目の昼間、巨人ギガは精霊樹を移植する作業を開始した。 廃棄された軍用飛空船の装甲板で作った道具で精霊樹周辺の土を掘る。太めの根をできる限り残すようにして。 『よし、そこだぜ!』 羽妖精・ビリティスは巨人ギガの頭の上に乗ってご機嫌であった。テラドゥカスはあきれ顔だ。 「どうかしたの? 吠えるなんて」 不思議に思った真名が玉狐天・紅印の視線の先を追う。巨人ギガが精霊樹の幹を両手で抱えて持ち上げると、大地から現れた多数の根が巨大な何かを抱えている。 「もしかして‥‥宝珠でしょうか」 宝珠かも知れないと思った和奏だが確証は何もなかった。それは酷く無骨で見かけはただの岩でしかない。 「抱えているのには、きっと理由があるんだろう。あのまま運ぶべきじゃないか」 「私もそう思いますの。疲れたからっていっていましたけど、もしかして精霊の勘であの岩の場所を見つけたのかも知れませんの」 竜哉と十砂魚の意見を聞いた興志王は今一度精霊達に訊ねる。ちなみに精霊達は未だ精霊樹に隠れていて実際の姿を現してはいなかった。 「要石とかこの土地を守るための物ならまた埋め直す。そうではなさそうだとこっちは考えているんだが‥‥どっちがいい?」 興志王の問いから数分後に男の子の声で答えが返ってくる。そういう物ではないので一緒に運んで欲しいとのことだった。 精霊達が隠し事をしていると興志王は判断する。とはいってもこちらに危害はなさそうなのも確かだ。これ以上は触れずにしておく。それがお互いとってよいことならばと。 「ギガ、そのままでしばらく待ってくれ。今、仲間が下で作業中だ」 『わかった。待とう』 奈々月が巨人ギガの身体を駆け上って話しかける。精霊樹の真下でアーマー三体が根をまとめていた。 「あまりきつく縛ると解くのが大変だな」 アーマー・エスポワールを駆るニクスは、根が邪魔にならないよう解くのを前提にしていくつかを結びつけた。 「こちらは大丈夫です」 「位置についたよ〜」 アーマー・ロートリッター弐を駆るフィーネとアーマー・スメヤッツァを駆るウルイバッツァは丈夫な巨人ギガ用の投網を使って根を覆う。 「ルオウというそこつ者を覚えているか? 俺はあれの兄だ」 『ルオウ、知っている。愉快なやつだ』 奈々月は巨人ギガと雑談に興じた。しばらくして様子を見に行った羽妖精・ビリティスが根の処理終了を教えてくれる。 ちょうどその頃、移植予定地の確認をしに行っていた飛空船が戻ってきた。 「興志王様がいっていた場所の中にちょうどよいところがありました。大丈夫ですっ」 飛空船に同行していた柚乃が興志王に報告する。 玉狐天・伊邪那も一緒に状況を説明してくれた。精霊としてとても住みやすい土地だと。 「んじゃ、向かうか!」 興志王の号令で飛空船へと乗り込む。 迅鷹の蒼空と光鷹は飛空船と共に飛んで巨人ギガの道先案内となる。 三時間後、飛空船と巨人ギガは目的の山奥へと辿り着く。 精霊樹の精霊達の望み通り、日当たりがよく水辺の土地がそこにあった。また他の樹木がないことも条件の一つになっていた。 巨人ギガは精霊樹を優しく地面に下ろしてから、背負っていた穴掘り用の道具を手にする。一時間も経たないうちに穴を掘って精霊樹の根の部分を差し込んだ。 根元へ土を被せる際にはアーマー三機も手伝う。 巨人ギガだけで細かい作業は無理だったはずである。その場合、人だけで行わなくてはならなかったので今以上の手間がかかったことだろう。 移植が無事に終わって一同はようやく肩の荷が下りる。 「此処いらにはなるべく人を近づけないようにしておくが、もし迷い込んだとしても手荒いことはやるな。羽流阿出州の方角を教えてやるだけでいい。もし荒そうとする輩ならば戦っても構わねぇが、その前に俺の名『興志王』を出せ。人ならそれで大抵は怖じ気づく」 興志王が精霊達にいくつか告げてから一同は立ち去った。 その後、田んぼに戻って穴を埋めなおす。灌漑からすぐに水が満たされることとなった。 感謝した農民が用意してくれた料理を野外で食べながら一同は田の風景を眺める。一部の田んぼでは苗植えが始まっていた。 「秋になれば黄金色になりますの」 十砂魚がおにぎりを頂きながら笑顔で呟く。 「精霊樹はあの場所から動きたくなかったのではなく、探し当てた岩のようなあれを守りたかった。そう考えれば辻褄は合うな」 竜哉の想像はおそらく当たっている。興志王もそう考えていた。 いろいろとあったがとにかくすべてが丸く収まる。希儀の開拓はまた一歩前に進んだのであった。 |