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■オープニング本文 天儀酒は主に米から作られる。 つまりは米の出来不出来が天儀酒の仕上がりにも影響してしまう。 武天の地。川の流れが近くにある農耕地帯に天儀酒造りの蔵元『葉滴』はあった。 「雨が‥‥降らないわね」 蔵元・葉滴の女主人『竹見 菊代』は青空を見上げながら腕を組んでため息をつく。 ここのところ近くの川の水量が落ちていて、周辺の村や集落に不穏な空気が漂い始めていた。水田が広がるこの一帯では、水を奪い合った陰惨な歴史がある。 時には人が死ぬ事もあり、数年前にそれぞれの長が集まって一つの約束をするに至った。 それは雨乞いの競い合いである。 一日置きに各代表者が雨乞いをするのだ。雨を降らせた代表者の村か集落には、翌年の水優先権が与えられる。 結局のところ、雨が降らなければ約束は破られて争いになってしまうだろう。 しかし、しばらくの間だけ雨が降らない苛立ちは雨乞いへの情熱に転化される。つまりは雨が降るまでの時間稼ぎが出来るという考えだ。 「此隅までちょっと依頼を出してきてくれるかい? 開拓者に雨乞いをしてもらいたいのさ。此隅から精霊門で神楽の都に飛ばしてもらっても、此隅の支部で頼んでもどちらでも構わないから」 屋敷に戻った菊代は蔵人の一人に開拓者ギルドへの使いを頼んだ。 「あの‥‥、お言葉を返すようですが、雨乞いは村や集落の代表がやるのでは?」 「長達には話をつけてある。葉滴の代表として開拓者が雨乞いをすれば、その分だけ時間が稼げるだろ? かといって、うちの蔵のもんが踊ってもあまりに滑稽だしね。ここは神楽の都仕込みの芸を見せてもらうのも一興じゃないか」 菊代の説明に感心した蔵人はさっそく旅支度をし、荷馬車で此隅へと出かけるのだった。 |
■参加者一覧
幸乃(ia0035)
22歳・女・巫
瑞姫(ia0121)
17歳・女・巫
皇・綺羅(ia0270)
10歳・女・巫
桜木 一心(ia0926)
19歳・男・泰
華美羅(ia1119)
18歳・女・巫
王禄丸(ia1236)
34歳・男・シ
水津(ia2177)
17歳・女・ジ
懺龍(ia2621)
13歳・女・巫 |
■リプレイ本文 ●到着 夕刻の蔵元・葉滴。 「よく来てくれたね。あたしが葉滴の主人、竹見菊代さ。雨乞いの方、よろしく頼んだよ」 天儀酒の蔵元、葉滴の女主人、竹見菊代は客間に通した開拓者達と対面を果たす。 「依頼書にあったと思うけど、ようは踊ったり騒いだりして雨乞いをしてもらえればいいのさ。ある程度までの必要なものなら、うちで用意するから遠慮なくいっておくれ。とりあえず酒はたくさんあるよ」 多くの蔵人をまとめているだけあって菊代は独特な雰囲気をまとっていた。優しく感じられる瞳の奥に鋭い光を潜ませる。 「よろしくお願いします‥‥。道中でみなさんといろいろと考えてきましたので‥‥」 幸乃(ia0035)は心得として両手を揃え、丁寧にお辞儀をした。その上で仲間達と相談してきた計画を菊代に説明する。 朝から昼にかけては何人かが舞いやまじないで雨を請う。他の者達はその間に宴用の準備を終わらせる。 夜になったら出来上がった料理を見学者達に振る舞って宴を盛り上げ、その勢いで雨を呼び寄せようという趣向だ。 幸乃自身は横笛を吹くつもりである。 「私は歌を歌います。それ以外の間は宴の用意をするつもりです」 懺龍(ia2621)は自分が何をやるかを説明した後で、右に座る王禄丸(ia1236)と左に座る水津(ia2177)をちらりと眺めた。二人とは親しい間柄のようだ。 「酒はいいとして、この辺りで買い出しするにはどこがいいのか? 日照りで困っているとはいえ、今は飢えるほどのせっぱ詰まった状況ではなさそうだしな」 牛の骸骨を模したものを頭に被る王禄丸の姿は異様だ。しかし菊代はまったく気にした様子はない。淡々と案内の者を一人用意すると答えた。 それと王禄丸は狩猟が出来そうな森も教えてもらう。 「あ、あの‥‥昼はまじないの準備と火を燃やす準備をします‥‥。火はいろいろと使いますので‥‥」 夜にまじないをし、集まっている人々の力を借りて雨雲を呼ぼうと考えていた水津である。 「きらも薪割りお手伝うの。えーいって薪お割るつもりなのぉ」 皇・綺羅(ia0270)は篝火だけでなく、舞台で燃え上がらせる小さめの井桁も作るつもりだ。身振り手振りで身体を動かしながら説明する。 「任せてくれ。この土地の者に最高の雨乞いを体感させてやろう」 すっと片腕を伸ばし、座りながらも武術の型を見せたのは桜木 一心(ia0926)である。超桜木流拳法を広めるのが彼の使命だという。 それが雨乞いと、どのように関係するのか菊代にはわからなかった。しかし余計な事をいってこの自信とやる気を消してしまうのはもったいないと何もいわない。 「私は巫女ですから‥‥横笛の演奏と神楽舞をしてみるつもりです」 丁寧にお辞儀をした後で瑞姫(ia0121)は雨乞いを方法を話す。膝の上に置いた『扇子「巫女」』は舞いに使うつもりである。 「昼の間は、場が盛り上がるようにしますね。皆さんの芸事を楽しんでいれば、村の方々も自然とついてきてくれると信じています」 自らの舞いは夜にと考えていたのは華美羅(ia1119)である。肌の露出が過多な巫女服姿で男も女も虜しようと画策中だ。 葉滴の代表となる開拓者達の雨乞いは翌朝から。 日が暮れて夜空には星が瞬いた。雨雲はなく、今夜中に雨が降る気配は感じられなかった。 ●早朝から夕方 日中の雨乞いは二人の開拓者に任された。幸乃と懺龍である。 他の仲間達は夜の準備に忙しく動いていた。 「それでは‥‥」 幸乃は横笛を手にして舞台となるやぐらの上への階段を登る。地上から三メートル程の高さがあり、かなり遠くを見通せるようになっていた。 集まる人はまばらだが、菊代の姿だけははっきりとわかった。 まずは空を見上げてみる。 ぽつりと小さな雲があるだけだ。日照りは強かったが、そよ風が吹いていた。 長丁場になりそうなので、幸乃は用意してもらった椅子に座る。そして静かに唇を歌口にあてて横笛を吹き始めた。 どこからか小鳥のさえずりが聞こえてくる。 次第に合ってゆき、まるで一緒に演奏しているかのようになってゆく。 (「なかなかいい感じですね。ここは演奏が終わったときに声をかけた方がよさそうですね」) 雨乞い会場の席に座っていた華美羅は幸乃の横笛の奏でをしみじみと耳で感じ取った。 幸乃の横笛が終わる頃にはかなりの人数が会場に集まっていた。 喝采を浴びながら幸乃はやぐらを降りて夜の準備を手伝い始める。 続いては懺龍の番だ。 「私は歌を唄います」 懺龍は昨晩のうちに葉滴の蔵人から教えてもらったこの土地の童歌を唄う。会場のほとんどの者が知っており、口ずさむ人も多くいた。 子供達がやぐらの周囲に集まり、一緒に唄ってくれた。その後、懺龍は子供達と仲良くなる。 「私も笛を吹かせて頂きます。どうかよろしくお願いしますね」 夜に舞いを披露する予定の瑞姫は急遽やぐらに担ぎだされた。流石に幸乃と懺龍の二人だけで日中の時間すべてをこなすのはきつかったからである。 がんばって瑞姫が横笛を吹き続けていると、懺龍を心配した水津と王禄丸が駆けつけてくれる。 水津はまじないの儀式を前倒しして挟んでくれた。 王禄丸は夜の宴用の一部料理を会場の人々に振る舞う。ちなみに怖そうな牛の骸骨のかぶりものは外して素顔で接した。 夜の準備も万端に整う。 薪割りは水津と皇綺羅、桜木一心ががんばってくれた。「えーいなのっ」や「ふんがー!」などのかけ声が周囲に響き渡ったらしい。 王禄丸は食材や調理の他に森に入って猪を仕留めてくる。その他に大きめの野鳥も手に入れたようだ。 日が沈みかけた頃、用意されていた篝火が灯される。 これからは夜の雨乞いの時間であった。 ●夜明けまで 「こりゃうまいね」 菊代が頂いていたのは開拓者達が用意した料理の数々。会場に集まっていた全員に振る舞われていた。 雨乞いという名の宴の始まりである。 「雨が‥‥降るように天に祈り‥ましょう‥‥」 やぐらの上に井桁の壇を用意して水津はまじないを始める。 雨や水にまつわる物語を言霊として雨が降るのを呼び続けた。元々井桁の壇には煙が出やすい燃料をくべていたが、さらに緑の葉がついた枝などをかぶして煙を誘発する。 王禄丸が太鼓を叩き、懺龍も打楽器で手伝ってくれる。 立ち上る煙は雨雲の象徴。人々の手拍子や楽器の奏では雷や雨の音と見立てていた。 次にやぐらに登ったのは皇綺羅である。 「ボーボーだね♪ 薪をたいた煙がくもさんもくあめふりくもさん呼んできてくれるといいよね♪」 まだまだ勢いのある井桁の炎を前に皇綺羅はでんでん太鼓を手に歌を唄った。 「♪雨ほしやに 水ほしやに 雨おろちへたまふれ♪」 でんでん太鼓を激しく振る。そして裸足で大げさにやぐらを踏み鳴らす音は雷鳴を意味していた。 心の中では地に降り注ぐ雨を思い浮かべ、祈り続ける皇綺羅であった。 「神楽の舞を披露したいと思います」 日が暮れてからの三人目は瑞姫である。少々疲れ気味であったが、『扇子「巫女」』を広げて舞いを始めた。 優雅な淀みない動き。 大地から立ち上った蒸気が、天で雲となり、それが大地へと降り注ぐイメージが舞の中に込められる。 小一時間の舞いを踊った後で瑞姫は一旦やぐらを降りて宴に参加する。疲れが回復してきたのなら再び舞う予定である。 「お酒はすみませんが。まだ雨乞いの舞いや笛を吹くつもりなので」 「そうかい。まあ、王禄丸さんもいったけど、無事に雨が降ったときにでも呑んでおくれ」 菊代に勧められた酒を瑞姫は丁寧に断った。 「さぁーてと、とくとごらんあれ。これは高確率で必ず雨を呼び出す、非常にありがたーい由緒正しい演舞。そもそもの始まりは――」 桜木一心の長い口上が始まった。 ようやく終わると桜木一心が演舞を始める。 「ほっ! ほっ!」 連続の宙返りからやぐらの四方に立てられていた柱をうまく使い、しがみついたり跳ねたりなどに使う。 柱の上で片手逆立ちを見せた時、拍手がまき起こった。 「そーれ、それ、それ雨よ、降れ!!」 締めに天を仰ぎながらの両腕を広げた決めポーズもうまくいく。 しかしここで雨がざっと降ってきて歓喜の声が周囲に響き渡る予定であったが、うまくはいかなかった。 「さすがに過激すぎるねぇ。ちょっとおいで」 「あら、どちらまで」 桜木一心の後でやぐらに登ろうとした華美羅は菊代に止められる。 「これでも凄いが、さっきよりマシか」 菊代によって大分露出が弱められた華美羅だが、それでも充分な色気を漂わせていた。 調べは瑞姫が奏でる横笛の音色である。 登った途端に男達から歓声が沸き上がった。妻や恋人が近くにいたのなら、酷い目に遭う事間違いなしだ。 神楽の舞いの型は崩さず、出来る限り女性にも受けいれられるような艶めかしい動きを華美羅は心がけた。 桶から水を被り、巫女の服をより肌に密着させて天に祈りを捧げたところで舞いは終わった。 引き続き順番で雨乞いは行われたが、そうでない者達は宴のご相伴にあずかる。 「できたぞ。これを持っていってくれ」 調理に専念していた王禄丸は猪の丸焼きの最中だ。焼けた肉を削ぎ落としては皿に盛ってゆく。運び役は水津と懺龍である。 猪は牡丹鍋にも姿を変えていた。それだけに留まらず様々な料理が用意される。おかげで誰もが陽気で、水に困っているのをしばし忘れていた。 「はい、どうぞ‥‥」 幸乃は子供達に果物の絞り汁で作った飲み物を配る。その後でいくらか料理を頂いた。長い夜なので体力を維持する為である。 「きらもそれたべるーっ!」 「あ、とっちゃダメー」 皇綺羅は同世代の子供達に混ざり、一緒に料理を食べていた。この時期には珍しい餅を笑みを浮かべて頬張った。開いた時間には子供達と一緒に手まりをして遊ぶ。 「ふぅ、少し休みましょう」 瑞姫は会場から少し離れたところで一休みをした。次の出番が来るまでに元気を取り戻さなくてはならなかった。 「次の演舞では降らさせねば。いや絶対に降るのだ」 桜木一心はお腹を一杯にしたところで、雨乞いのやる気を取り戻す。 「結構いける口ですね。もう一杯いかが♪」 華美羅は酒のお酌に回った。ちょっと腕の辺りに胸元をくっつけたりするサービス付きである。 少し離れたところに固まっていたのは王禄丸、懺龍、水津の三人だ。 「これ、美味しいわ」 懺龍はみったんジュースをやめて用意されていた果汁の飲み物を口にする。甘いのは蜂蜜が入っているおかげらしい。 「どうした? 箸が進んでいないな。この猪肉はうまいぞ」 王禄丸は目を細めながら懺龍と水津に料理を勧めた。 「はい‥‥頂きます‥‥。お、美味しいです‥‥」 水津は料理を慎ましく頂いた。 義理の関係だが、王禄丸が父で、水津が姉、懺龍が妹であるようた。しばらくの間、三人は家族団欒を楽しんだ。 「これはもしかするかも知れんな」 仲間達と後かたづけをしながら、王禄丸はくすんだ空を見上げて呟く。 すでに太陽が昇っているはずなのに周囲はぼんやりと明るい程度である。よく見れば空は鉛色の雲に覆われていた。 その状況は続き、昼前には待望の時が訪れる。 雨粒が一つ、二つと大地に染み込む。やがて雷と共に本格的な雨が降り始めた。 心配を続けていた農家の人々は外に出て雨の到来に歓喜した。ある者は叫び、ある者は駆け回る。 抱き合って涙を零す光景もそこかしこで見かけられた。 開拓者達は祝杯をあげる。 大人達は天儀酒を頂き、子供達は果汁の飲み物を頂きながら酒蔵の中で遊んだ。思うところがあるらしく、桜木一心はひっそりと一人先に葉滴を立ち去る。 後にわかるが、川の上流にある山岳部にも雨は降り注いでいた。 ●そして 雨は穏やかながら三日間、降り続く。そして晴れ上がった日の早朝。 「開拓者は、いい運を持っているみたいだね。とてもいい雨だったよ」 菊代を始めとした葉滴の者達が酒蔵の前で開拓者七名を見送る。 「ありがとう〜。これで今年もいい酒が造れそうだ!」 葉滴の全員が手を振る中、開拓者七名は神楽の都への帰路に就くのだった。 |