花嫁衣装は誰の物?
マスター名:雨宮れん
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/07/01 19:39



■オープニング本文

 武天の片隅。山間の小さな村。
 その村の村長の一人娘、サツキが隣村へと嫁ぐ日が近づいてきていた。
 人望にあふれる村長であるから、村の者たちは大喜びだった。毎日のように村人たちからは、ささやかながら祝いの品が届けられていた。
 花嫁衣装と言っても、裕福ではない村のことだからさほど豪勢なものではない。村長が、街から買える範囲で一番の上等の絹を買い求め、それを村のご婦人たち総出で、花嫁衣装へと仕立てているのである。
「本当、あの値段にしてはいい品だね」
 と、村長の母親、つまりサツキから見れば祖母にあたる老婦人が言った。
 細い糸で丁寧に丁寧に織られた真っ白な絹。手触りも日頃彼女たちが身につけている着物とはまったく違う。
「質流れの品なんですって」
 と答えたのは、サツキの母にあたる女性。
「花嫁衣装に質流れの品だなんて、縁起でもないね」
 と、老婦人は鼻を鳴らす。
「まあまあ。そうでもなければ、こんなに上等の品、手には入りませんよ」
 と、サツキの母は姑をなだめる。姑の予感が事実となることなどまったく予想もしないまま。

 そして、花嫁衣装は無事に縫い上げられた。家の一番奥の部屋へと、それは広げられて丁寧に飾られる。
 明日、村人たちに仕上がった衣装をお披露目するのだ。
 その日の夜だった。
 花嫁衣装を飾った部屋から、妙な音がするのに気がついて、サツキの祖母は部屋に足を踏み入れた。
 かけられた着物が、がたがたと揺れている。血のような臭いを感じた、と思った。
 女のすすり泣く声が聞こえる。と、花嫁衣装がふわりと宙に舞い上がった。
「ギャー!」
 しわがれた叫びが、彼女の喉を割った。花嫁衣装の下に隠れていた恨めしげな女の姿。
 女が、老婦人に飛びかかる。
 叫び声に駆けつけてきた村長は言葉を失った。倒れている自分の母親。その上に跨るようにしてがつがつと死体を喰らっている女の姿。
「ア……アヤカシだ! 逃げろ!」
 今度は村長の叫びが、響きわたった。


■参加者一覧
天津疾也(ia0019
20歳・男・志
柚乃(ia0638
17歳・女・巫
水津(ia2177
17歳・女・ジ
空音(ia3513
18歳・女・巫
神鷹 弦一郎(ia5349
24歳・男・弓
九条 乙女(ia6990
12歳・男・志
シルフィール(ib1886
20歳・女・サ
里見・八房(ib3239
16歳・女・志


■リプレイ本文

●開拓者、二手に別れて
 二股になった道のところで、開拓者たちは手をあげてそれぞれの道へと進んでいった。隣村で情報収集を担当する班と、アヤカシの行動を監視する班に分かれることになったからだ。
 柚乃(ia0638)は、監視担当班の先頭を歩いていた。絹の入手経路にも興味をひかれるが、さっさとアヤカシを倒してしまいたいところだ。
 シルフィール(ib1886)は、皆より少し遅れて歩きながら、物思いにふけっていた。こちらの衣装は、やはりジルベリアとは違うのだろう。思わず自分の時のことを思い出しかけて、あわてて記憶をふりはらう。
 一人元気なのは、里見・八房(ib3239)だ。
「里見・八房じゃ!これからよろしく頼むぞい!」
 天津疾也(ia0019)に耳をぴこぴこ動かして、可愛くアピールしてみるが彼には通じなかったようだ。志士の心得などを聞いてみたかったのに残念である。

 シルフィールとは別の道に進んだ空音(ia3513)は、うるみがちな目を必死に押さえつけようとしていた。嫁ぐ間際にこんな事件が起こるとは、なんて悲しいことなのだろう。空音のすぐ後ろを歩いている神鷹 弦一郎(ia5349)も、空音と同じような思いを抱いている。
 情報収集担当に加わった水津(ia2177)は、絹の出所に何か秘密があると感じていた。
「質流れの品‥‥前の持ち主に秘密があるのではないかと思うのですよ‥‥」
 九条 乙女(ia6990)が水津に同意した。
「私はアヤカシに殺された花嫁の衣装を、盗賊などが質に流したのではないかと考えておりますぞ」
 いずれにしても、隣村に着かなければわからない。一行は足を速めた。

●隣村にて
 村に入った一行は、すぐに別れて情報収集を始めた。
 乙女は通りかかった村人を捕まえた。話を聞いてみれば、サツキの村の者だと言う。
「花嫁衣裳の入手経路について、何かご存知ではありませんかな?」
 うーむ、とうなって村人は返事を返した。質流れの品だということは、村長は隠しもしていなかったらしい。いい品を買えたと喜んでいたようだ。しかし彼が知っているのはそれだけだった。

 サツキに会ってみたかった空音と、絹のいわくに興味を持った弦一郎は、サツキのいる隣村村長の家へと向かった。サツキは、縁側で膝を抱えて座り込んでいた。
「本来はお祝いを述べるところだが」
 弦一郎が話を切り出した。
「こんなことになって非常に残念だ」
と、弦一郎が続けるとサツキの目から涙がこぼれた。
「あの‥‥質流れの品だと聞いたのですが、どちらの質屋さんでしょうか?」
「ここから西へ数日ほど行ったところにある町だと聞いています」
 空音はがっかりした。質屋を訪ねることができればもっと情報を入手できると思ったのだが、行って戻ってくる時間はない。その様子を見て、サツキは思いついた情報を提供してくれた。
「この村に、絹をもともと持っていた方の親戚がいらっしゃるそうです。その方なら何か知っているかもしれません」
「サツキ様。亡くなったお婆様やお父様の為にも必ずアヤカシを退治します」
 空音は、決意の念をこめてサツキに言った。
「これ以上犠牲を出さないように、精一杯やらせていただく」
 二人の言葉に、サツキの目からまた涙が落ちる。平伏して、ありがとうございます、と何度も繰り返す彼女の姿は痛々しかった。

 水津はひらめいた。前の持ち主について調べればいい。誰か、前の持ち主について知っている人はいないものか。手当たり次第に村人に聞いて回る。
 その時、一人の村人が水津の目にとまった。こそこそと、こちらをうかがうような動きをしているのがいかにも怪しい。
「前の持ち主のことご存知ですか‥‥?」
 水津がたずねると、ひい、と彼は悲鳴をあげて逃げ出した。別の村人に話を聞こうと、別行動していた乙女がたまたま通りかかり、男を捕まえる。
「あなた‥‥何か隠していますね? ふふ‥‥私のこの眼鏡から逃れることはできません」
 水津にのぞきこまれて、彼は首をふった。詳しいことは知らない。ただ、あの絹は呪われているのだと男はそれだけを教えてくれた。
「呪われているってどういうことですかな?」
 乙女は首をかしげた。
 男の説明を聞いて、二人はそろって天を見上げた。
 あの絹は盗賊が押し入って、一家全員惨殺された家にあった物だという。その家の長女が婚礼間近で、その衣装を作るための品だったのだそうだ。
 サツキもサツキの父親もその話は知らないで購入したらしい。男はサツキが購入した絹の実物を見てはいないが、あれほどの品がこのあたりにそう出回るはずはないし、同じ物しか思えないという。
 ただし男が言うには、その絹は長女と一緒に葬られたという話だったのだが。

 親類に話を聞きに行った空音と弦一郎が二人に合流した。
 二人が確認してきた話によれば、前の持ち主と一緒に葬られたはずの絹は、この村にいた親族の手によって質入れされていたというのだ。絹の前の持ち主は玉の輿に乗る予定で、花嫁衣裳となる絹は相手の家から送られたものだったらしい。
 押し入った盗賊は、玉の輿の相手から送られた金銀財宝は全て持ち去ったのだが、どういうわけか絹だけがぽつんと荒らされた家の中に残されていたのだという。
 貧乏だった親族は思わず質に入れてしまったのだそうだ。わざわざ遠くの町まで質入れに行ったというのに、すぐ隣の村の者が買うとは思ってもみなかったとか。
「‥‥質流れの品は、安く買えて便利ではあるが、こうなると考え物だな」
 弦一郎のこの言葉が、皆の心のうちを一番的確に表していたかもしれない。

●動き始めたアヤカシ
 一方、アヤカシが現れた村に監視担当の面々もたどり着いていた。
 遠巻きに村長の家を眺めてみれば、花嫁衣裳と思われる白い着物がかけられた部屋の中に動く女の姿が見えた。村人たちは全員退去しているから、あれがアヤカシだ。
「はー、質流れした絹で作った花嫁衣裳にアヤカシかいな‥‥そらまたご愁傷様やなあ」
 柚乃の隣に立った疾也は、首をかしげた。
「花嫁衣装から動こうとしないのは、あの衣装に憑いているのかな?」
 などと、そんなことはないとわかっているのに柚乃が返してしまったのは、花嫁衣裳の側から離れようとしないアヤカシの姿に異様な物を感じたからだった。
「なんでまたそんなのが質流れしとったんやろうな?」
 と言いながら、疾也は頭に手をやった。
「まあ、そっちは調べに行った奴らの調査結果を待つしかないんやろな」
「このまま、ここで監視しましょう。あまり近づきすぎるのも、アヤカシを刺激してしまうものね」
 と、シルフィールも村長の家を見つめている。
 まさか、あの絹がアヤカシの本体などということはないでしょうね‥‥、と思わずシルフィールは考えた。アヤカシの習性から言ってそれは完全にないとわかっているのだが、人気のない村の中はしんと静まり返っていてそんな妄想が思わず浮かんでしまう。

「見晴らしのいいところから見張りますぞ!」
 八房が駆け出していった。村で一番高い場所へと自慢の足を急がせる。
 村全体を見渡せる高いところに到着した八房は、真剣な眼差しで村中を見回していた。目が血走ってしまいそうなほどに真剣に。

 アヤカシが動こうとしないまま、時間は過ぎていった。
 日はだいぶ西の方へ移動している。そろそろ隣村へ調査に行ったメンバーが戻ってくる時刻になりそうだ。
「あら‥‥」
 柚乃が声をあげた。
 花嫁衣裳のすぐ側にいたアヤカシが動き始めたのだ。ぎくしゃくとした動きで、村長の家を出ようとしている。
「まだ他のやつらが帰ってきとらんが‥‥」
 疾也が顔をしかめた。
「動き始めましたぞ!」
 八房が駆け戻ってきた。耳がぴこぴこと忙しく動いている。
「俺たちだけでたおしてしまってもかまへんやろ」
 疾也は刀に手をかけた。
「私たちだけでいけると思うわ。それほど強いアヤカシでもないようだし」
 今までずっと冷静に敵の戦力を分析していたシルフィールが言った。
「近隣の村に移動なんてことになったら厄介よね」
 柚乃が同意する。
「それじゃやってまうか」
 疾也は、刀を構えた。シルフィールが援護するようにその隣に立つ。柚乃は後衛へと下がる。まだ未熟な八房は、
「が、頑張るぞい!」
 と自分に気合を入れて、疾也とシルフィールをサポートできる位置へ着いた。
 村長の家を出たアヤカシは、開拓者たちに気がついたようだった。いい餌を見つけたと言わんばかりに、女の口が耳元まで裂けて開く。
 先に動いたのはアヤカシだった。疾也めがけて、つっこんでくる。疾也は、横踏を使ってさっとかわした。そのまま相手に体勢を立て直す隙も与えず斬りこむ。
「ぎゃあああ!」
 胴を横なぎに斬られて、アヤカシは悲鳴をあげた。すかさずシルフィールが刀を振り下ろし、アヤカシの気を疾也からそらせる。
 八房は、炎魂縛武を使って自らの攻撃力と命中力を上昇させた。皆の足手まといにならないように、攻撃の隙を狙う。
 柚乃は手のひらに精霊の力を集中させた。
「白霊弾!」
 アヤカシ目がけ、白い光が放たれる。光弾をくらって、アヤカシは背中をそらせた。それでも、最前線にいる疾也めがけ手をふりおろす。一瞬の差で疾也は鋭い爪をかわし、返す刀で斬りつけた。その刀は、宙を斬る。アヤカシは、よろめきながらも何とか数歩後退していた。
「い‥‥行くぞ!」
 思い切って八房はアヤカシ目がけ、刀で斬りつけた。アヤカシは八房の攻撃をかわすことができなかった。身を守るために突き出した腕が、地に落ちる。
「行くわよ!」
 隙を見てとったシルフィールは攻勢に転じた。渾身の力を込めて、スマッシュを叩きつける。疾也も続いてアヤカシを袈裟懸けに斬りつける。それがとどめとなった。
 恨みがましい悲鳴を上げながら、アヤカシの姿が消えていく。
「怪我をした人はいないわね?」
 皆の様子を確認して柚乃は笑顔になった。

●戦い終わって
 隣村から戻ってきた弦一郎は、アヤカシが消滅しているのを確認すると
「もう終わったのか」
 と、感心したようだった。
「ああ、俺たちだけでいけそうだったからな」
 と、疾也は返す。
 人型のアヤカシの苦手な乙女はこっそりと胸をなでおろした。もしアヤカシと遭遇していたら泣くことになっていたかもしれない。姿を見ないですんだのは幸いだ。
 情報収集担当班の話を聞いたシルフィールは首をふった。とんでもない話だ。強盗の被害にあった娘がうかばれなかったとしても当然のことだ。
 水津とともに村長の家から花嫁衣裳を持ち出してきた空音は、首をかしげた。
「この衣装はどうしましょう?」
「供養のためにも、燃やすのがいいと思いますぞ」
 そう乙女は提案した。とはいえ、勝手に燃やすわけにもいかない。隣の村へともう一度移動して、サツキや村長の妻の意向を確認することにした。アヤカシ退治が無事に終了したことも伝えなくてはならない。

 サツキと村長の妻に判明した事実を全て話すと、遠慮なく燃やして欲しいと返ってきた。村人たちが輪になって見守る中、水津が衣装に火を放つ。
「もしよければ、私のユノードレスを貸しますぞ」
 と灰になっていく花嫁衣裳を見つめながら、乙女が言った。
「なんで、あんたがそんな物を持っているのや」
 すかさず疾也がつっ込む。ぷい、と明後日の方向を向いて乙女はごまかそうとする。
「できれば、改めてお祝いしてあげたいのだけど‥‥」
 柚乃の言葉に、サツキは丁寧に礼をのべた。
 こんなことがあったのだ。婚儀は一年ほど延期することにしたのだという。
「その時には、ぜひ皆様も出席してくださいませ。父も祖母も喜んでくれると思います」
 サツキの顔にはまだ涙の後は残っているが、アヤカシが退治されたことでほっとしているようだ。サツキの婚約者である青年も、開拓者たちの手を一人一人取って、丁寧に礼の言葉をのべた。誠実そうな人柄が、その行動に表れている。
 花嫁衣裳が完全に灰になったのを確認して、開拓者たちは村を出発することにした。これで任務完了だ。
 ずらりと並んだ二つの村の村人たちの中央で一行を見送るのはサツキと婚約者、それとサツキの母親だ。
「これからの二人に幸多からん事を。お元気での!」
 八房は笑顔で手をふった。
 見送りに出てきてくれた村人たちも、いっせいに手をふって返してくれる。
 村を後にした空音は、何度も振り返った。今度こそ、彼女が素敵な花嫁衣裳に身を包んで嫁ぐ日がくる事を願わずにはいられない。

 一年後、サツキは嫁いでいくだろう。その時、もう一度村を訪れた開拓者たちの前には、輝くような美しい花嫁が現れる‥‥それを皆確信していた。