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■オープニング本文 その屋敷は、長年の間誰も住まず荒れ果てていた。元はとある商家の持ち物だったのだが、商売に失敗して夜逃げして以来、誰も住んでいないのである。 「人の住んでいない屋敷って不気味だよなあ」 居酒屋でしこたま飲んで、ご機嫌な若者たちがその屋敷の前を通りかかったのは真夜中近くになろうという頃か。 「いや、待て。明かりがついているぞ?」 一人が足を止めた。生垣の向こうには池、手を入れられないまま草が伸び放題の庭。さらにその向こうにのぞける母屋。そこに確かに明かりが揺らめいている。 障子に映った影は、若い女のように思われた。なぜ影だけで若いと判断できたのか。それは、その場に居合わせた誰にもわからなかった。ただ若いと、条件反射的にそう思ったのだ。 ふいに障子が開かれた。行灯の明かりに照らし出されたのは、見事な黒髪の女。顔は髪の影に隠れてわからないが、髪の隙間からのぞける顎の線が妙に艶かしい。 うつむいたまま女が手をあげた。若者たちを招くように、その手が「おいで、おいで」と動く。一人が魅入られたように歩き出した。 「やめとけって。こんな家に住んでいる女なんて露骨に怪しいだろう!」 「アヤカシかもしれないぞ!」 口々に止める仲間たちをふりきって男はとうとう生垣を乗り越えようとした。 「やめろって! ‥‥うわああああ!」 生垣から彼を引きずり下ろそうとした仲間を、彼はいきなり殴りつけた。 「まったく‥‥アヤカシだったとしても知らないからな!」 「案外、いい夢見られるかもしれないぞ?」 酔っ払っている若者たちは、それ以上は仲間を引き止めることはせずそれぞれの家路へとついた。 彼らが真っ青になったのは翌日のことである。昨夜、荒れ果てた屋敷に消えた男が翌朝になっても戻ってこないというのだ。慌ててその屋敷へと行ってみれば屋敷は空。人がいた気配などまるでない。ただ、埃のつもった畳の上に、土足で踏み込んだと思われる足跡が残されているだけ。 「やっぱりあの女はアヤカシだったんだ」 慌てて彼らは開拓者ギルドへと走る。仲間の無事を祈りながら。 その後、開拓者ギルドも調査員を該当の屋敷に派遣した。その結果、怪しい気配は探知できなかったのである。 しかし、その屋敷に何かあるのも事実のように思われた。何しろ、積もった埃の上に残されていたのは、男一人分の足跡だけ。 女がいた気配も、明かりが灯されていたと思われる燭台も見当たらないのである。 「やはり行くなら真夜中でしょうねぇ」 開拓者ギルドの受付は、そう言って開拓者たちを送り出したのだった。 |
■参加者一覧
有栖川 那由多(ia0923)
23歳・男・陰
巴 渓(ia1334)
25歳・女・泰
喪越(ia1670)
33歳・男・陰
月(ia4887)
15歳・女・砲
アルフィール・レイオス(ib0136)
23歳・女・騎
浄巌(ib4173)
29歳・男・吟
伊丹 春秋(ib5407)
21歳・男・砲
ヴェルナー・ガーランド(ib5424)
24歳・男・砲 |
■リプレイ本文 ●荒れ果てた屋敷にて 開拓者たちは、ギルドから依頼を受けたその足で目的の屋敷へと向かった。ギルド職員の調査によれば、昼間は何も出ないという話であるし、明るいうちに一度屋敷の中を調査しておきたい。 「何かあれば、呼子笛で呼ばせてもらう」 そう言って、巴 渓(ia1334)は天井裏へと姿を消した。 「美人さんなら、アヤカシでもかまわねぇんだけどな、俺は」 喪越(ia1670)は、長い棒を持ってきて渓ののぼった天井をつついている。埃が舞い落ちて、げほりとむせた。 「やっぱ、何も出ねぇなぁ」 彼は棒を投げ出して、庭のほうへと足を向ける。 「相当金を掛けていただろうに、こうなると無残なもんだわな‥‥」 喪越自身は、こういう雰囲気は嫌いではない。一仕事終えた後、もう一度来てみても面白そうだ。 「ふむ‥‥いかにも出そうな雰囲気だな‥‥出てきませんように‥‥」 両手を胸の前で組み合わせながら、月(ia4887)は室内を確認する。女が目撃されたのはこの三十畳ほどもある和室。さて、戦闘を有利にするためにはどこから撃つのがいいのだろうか。部屋の広さは十分ありそうだ。仮想の敵を思い浮かべながら、月は戦闘の状況を予測してみる。 「足跡はここまでか‥‥」 浄巌(ib4173)は、床の上に膝をついて男の足跡を追っていた。 「どうやらこれが被害者の足跡みたいだな」 有栖川 那由多(ia0923)は、浄巌の隣に立って畳を見下ろしている。調査にきた職員の足跡や、男の仲間たちの足跡と思われるものは全て外へと出ている。残っているのは、この足跡だけだ。部屋の上座に設けられた床の間の前で止まったきり、戻っていく足跡は存在しない。 「このあたりに何かあるのか?」 那由多は、床の間を中心に調べ始める。浄巌は、庭へ出ると、魚の姿をした人魂を作り出し、池の底へと放った。天井裏は、渓が調べてくれているので手を出す必要はないだろう。 「それでは私は床下を見てみますね」 伊丹 春秋(ib5407)は、浄巌と同じく床の間周辺の捜索を那由多にまかせると自分は台所へと向かった。こういった屋敷は、台所から床下へもぐることができるはず。 天井裏へと回った渓の目の前には凄惨な光景が広がっていた。一応松明は持ってきたのだが、屋根の隙間から差し込む光であたりの光景は確認できる。屋根裏一面に広がる白骨。アヤカシの気配はない。呼子笛を使うまでもなさそうだ。 「廃屋になっているとはいえ、傷みはそうでもないようだな」 アルフィール・レイオス(ib0136)は、戦場になるであろう和室の床を調べていた。見上げた天井の高さは、それほどではない。アヤカシが宙を飛ぶ相手であったとしても、かろうじて剣の攻撃は届きそうではあるが。 「物理攻撃が効かない相手だとしたら、壁役に徹した方がよさそうだな」 アルフィールは目を細めて、架空の敵を宙に描く。どちらにしてもやっかいな相手であることにはかわりがない。 「綺麗だったら立派な屋敷だったんだろうね」 庭を探索していたヴェルナー・ガーランド(ib5424)が、和室へと入ってきた。池では何も見つけることができなかったのだ。 「さてさて、なんか出てくるかね? 埋蔵金とか隠し財産でも良いんだけど」 などと、軽口を叩きながら彼は壁に手をあてる。隠し扉などがないかを調べているのだ。 「で‥‥出ました‥‥」 床下から春秋が戻ってくる。手に白骨を持って。 「池にはアヤカシの気配は見受けられなかった」 と、浄巌は言ったが、彼の表情は笠の影にかくれて伺うことはできない。どうやら、失踪した男はアヤカシに喰われてしまったようだ。骨の数から推測すると、被害者は彼一人ではないということだろう。 「残念! 庭にも池にも何もなかったぜ!」 ぼやきながら喪越が戻ってくる。骨が発見されたという話を聞いて彼の表情が変わった。開拓者としては、全力でアヤカシにぶつかるのが彼の流儀だ。 「そういえば、明かりをつけていた道具が見当たりませんね」 春秋は首をかしげた。行灯だった、燭台だったと男たちの話は迷走しているのではあるが、いずれにしても部屋を照らすために使われていたはずの道具は見つからない。春秋は、そこに怪しさを感じたのであった。 ●夜中に再び屋敷へと 開拓者たちは一度屋敷を離れた。アヤカシが出ない以上、この場に留まる意味はない。ギルドへ一度戻り、互いの情報を交換する。 「ええと、簡単なメモなんですが見取り図作りました」 春秋は自分が作ったメモを取り出した。 「見た目はぼろいが、床はしっかりしていた。戦闘中に床が抜けるということはなさそうだ」 アルフィールが口をきった。 「万が一の場合の退却経路だが、裏口か玄関から抜けるのが一番いいと思う。庭には何もなかったらしいが、どこまでアヤカシの力が及んでいるかわからないからな」 渓は、春秋の作ったメモに退却経路を追加する。 「足跡が消えていたのはここ。調べてみたけど、何も見つからなかったよ」 那由多は、床の間の位置に丸印をつけた。 「夜の探索は、この床の間あたりを中心にしてみたらどうかな」 那由多の言葉に反対するものはいなかった。 「とにかく、夜はばらばらにならず一丸となって行動することだ。シノビでもなきゃ、闇の中の単独行動は厳しいからな。松明は持っていく」 渓は、立ち上がった。 「んじゃ、夜の本番までちょっと休憩な――夜の本番ってエロい表現だな」 周囲の冷たい視線にも負けず、喪越はその場にごろりと横になる。いずれにしても夜中まではまだ時間がある。開拓者たちは、それぞれの方法で休憩を取るべく散っていった。 「さて、夜か‥‥一応、準備は万端だがね」 ヴェルナーは、カザーク・カービンにバヨネットをはめ込んだ。かちゃりという音が、意外に大きく響き渡る。 「夜はまた、雰囲気が違うな」 屋敷の玄関に立って、那由多がつぶやいた。頭の上に後ろ向きに人魂で生み出したシキを乗せているのは、背後を警戒するためだ。 「先に人魂飛ばすぜぇ」 喪越は、室内に人魂で生み出した鼠を放つ。 「いきなり室内戦って、難儀な依頼になったもんだな」 月は、屋敷を見上げてため息をついた。味方に当ててしまうのだけは避けなければ。 「‥‥そう言えば家の中で松明ですが、うっかり火を付けないようにご注意ですね」 春秋は、渓に言った。 「わかっている」 無愛想に渓は返す。 「夜光虫も使えるぜぇ」 と、喪越。身体全体で独特のリズムを取りながら言うものだから、真面目なのかふざけているのか全く見当がつかない。 「ん、行こうか」 アルフィールと松明を手にした渓の二人が前に立って、一行は屋敷の中へと足を踏み入れた。 喪越と視界を共有している人魂の目には何も怪しいものはうつっていなかった、はずだ。少なくとも喪越にはそう思えた。 しかし一同が広間に足を踏み入れたその瞬間。ぽっと目の前が明るくなった。一定の間隔を置いて、壁際に並べられた行灯が室内を明るく照らし出す。 「‥‥いらっしゃい‥‥」 気がついた時には、障子の側に女が座っていた。その側には、ジルベリア渡りと思われる銀の燭台が置かれている。男たちの証言どおり、確かにものすごい美人のように開拓者たちの目にもうつった。女が首をかしげて「おいで、おいで」と手招きする。肩から黒い艶やかな髪が零れ落ちた。 「すげぇ、美人さんだなぁ、オイ」 喪越がふらふらと歩き始めた。ヴェルナーも魅入られたかのように前に進み出る。 「ちょ‥‥待てって!」 那由多の静止も聞こえていないようだ。 ち、と舌打ちしてアルフィールが二人の前に走り出た。スマッシュをアヤカシに叩きつける。燭台を手にした女はふわりと舞い上がり、叩きつけたはずの攻撃はかわされた。 「やっぱり飛ぶのか!」 アルフィールは叫んだ。 「さて‥‥これを外したら笑いものだな」 後方から、月はカザーク・カービンを撃つ。狙い済ました一撃は、宙に浮かんだアヤカシの右肩を捕らえた。苦悶の叫びをあげて、女はのけぞる。 「俺が敵の攻撃をひきつけている間に頼む!」 アルフィールは、敵の挑発にかかった。 ●真相は闇の中 「やれやれ、せっかくのお楽しみだと思ったのによぉ!」 魅入られていたかと思われた喪越は足をとめた。黄泉より這い出る者を叩きつけておいて後退する。 「‥‥何もこんな時にまでふざけなくても‥‥」 那由多の肩が落ちる。それはともかく、ヴェルナーの方は本気で魅入られてしまっているようだ。渓が彼の前に立ちふさがっているのだが、渓に向かってバヨネットで攻撃をしかけようとしている。 「‥‥ごめん」 那由多は、呪縛符を放って、ヴェルナーの動きを鈍らせる。 アヤカシは手にした燭台でアルフィールに撃ちかかってきた。見た目よりはるかに重い攻撃を、アルフィールは剣ではじき返す。 「朽ちた華には興味は無きよ‥‥早々に闇へと還るが良い」 浄巌が、低い声で言った。 「瞳逸らせばその目を鴉が掠め取る!」 眼突鴉を女に向けて撃つ。 「一気にけりをつけてやる!」 渓は手にしていた松明を庭の池に投げ込んで飛んだ。疾風脚がアヤカシの腹に叩きつけられる。女の姿をしたアヤカシが後退した。床の間までするすると後退すると、 「私を‥‥殺せるというの‥‥?」 喉の奥で笑うような声をたてる。 「倒すさ! これ以上犠牲者を出してたまるものか」 渓の目の前にうかんだのは、昼間天井裏で見かけた人骨。一体何人が彼女に喰らわれたというのだろう。 「そう‥‥なら、あなたが死になさい!」 渓に燭台を叩きつけようとした女の攻撃を、横からアルフィールがなぎ払った。再び相手の意識を自分へと集中させる。呪縛符で動きを封じられながらも、斬りかかってきたヴェルナーのバヨネットも振り払われた。 「攻撃できるなら、なんら恐れる必要はない‥‥!」 弾を装てんしなおして、月は再び銃を発射する。 那由多は、呪縛符でアヤカシの動きを押さえにかかる。 「ふむ」 後方から戦闘の様子を見守っていた春秋は、顎に手を当てた。どうやら相手が魅了できるのは男性だけのようだ。最前線に立っているのが女性二人である以上、これ以上心配しなくてもよさそうだ。おまけに物理攻撃も効くらしい。 「圏内に入ると、男性は魅了されてしまうようですよ! なるべく下がって!」 春秋は叫ぶのと同時に、銃を構えた。間髪いれずに弾を放つ。 「うぎゃああああああ!」 アヤカシが絶叫をあげた。 「‥‥すまない」 アヤカシの呪縛から解放されたヴェルナーがわびた。那由多が彼にかけた呪縛も解けようとしている。 「一発、かましてやるよ」 お返しはせねば。ヴェルナーは構えて、撃った。浄巌が再び眼突鴉を放つ。月も後方からの援護射撃をやめようとはしない。 「これでとどめだ!」 渓の脚がうなりをあげる。 アヤカシが崩れ落ちていくのと同時に、室内に灯されていた行灯が一つ一つ消えていく。完全に室内は真っ暗になった。 「松明、池に投げ込んでしまったよ」 渓が肩をすくめた。もう一つ持参しているから、そちらに火をつければいい話ではあるが。 「外へ出る間くらいなら、こいつで十分だろうぜぇ」 喪越が夜光虫を呼び出す。ぼんやりとした光が足元を照らし出した。確認してみれば、アヤカシが持っていた燭台も消えている。あの行灯や燭台はアヤカシが瘴気で作り出した物だったということか。 後日。任務に参加した開拓者たちの耳に入った噂によれば。 あの屋敷を持っていた商人は夜逃げしたのだが、逃げずに残った者もいたらしい。 アヤカシが手にしていた燭台は、あの広間で宴会が開かれるたびに床の間の前に飾られていた品に似ているらしいがあくまでも噂。真相は闇の中だ。 あの屋敷にいたアヤカシは、華やかな宴の席を夜ごとに再現していたのだろうか――。それは、今となっては誰も知ることができないのである。 |