森をこえて
マスター名:雨宮れん
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: やや難
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/12/15 22:23



■オープニング本文

 その日、その女性は開拓者ギルドにいた。彼女の名前は鈴。一児の母である。
「なるほど‥‥、とりあえず隣の村まで行きたいと」
「頑張って歩いても、森の中で一泊することになると思うんです。私の足じゃどうしても遅れてしまうだろうし」
「なるほど」
 ギルドの受付は頷いた。鈴が住んでいるのは、理穴の中でも東の方、魔の森に近い地域である。以前行われた大々的な魔の森を後退させる作戦の恩恵を受けることのできなかった場所だった。
 今回、彼女は村を出て奏生へ移住することにしたのだという。というのも、彼女の息子の平吉が、奏生に住む商人のところへ奉公に出ることになったからだ。読み書きそろばん仕込んだ上で、一人前の商人になるまで面倒を見てくれるという話は悪いものではない。
 母子離れ離れになってしまうが、奏生の商人は鈴にも住み込みの職場をいくつか斡旋してくれている。アヤカシに怯えて暮らすよりは、奏生へ出た方がいいのではないかと決意したという話だった。

「確かに森の中で野宿するのは危険ですね」
「だから、開拓者の方に護衛を依頼したいんです」
 隣村まで行けば、奏生へと向かう商隊に合流できるのだそうだ。そのため、護衛は隣村までの一晩で十分。家や畑を処分したお金があるため、依頼料の支払いに困ることもない。
「問題は、どこで夜を明かすかですね‥‥」
「その点も確認してきました」
 鈴の話によれば、隣村との間に岩がくりぬかれたようになっている場所があるのだという。村の男達も、日が暮れるまでに隣村にたどりつけなかった場合は、そこで夜を明かすのだと彼女は言った。奥の方は多少じめじめしているが、手前の方であれば乾燥していて寝ることもできるらしい。あくまでも聞いた話は、であるが。
「問題は、アヤカシがいつどこから襲ってくるかわからないということですか」
 足場の悪い森の中、そして護衛しなければならないのは母子二人。いつ襲ってくるのかわからないアヤカシ。
 この依頼を引き受ける開拓者は現れるのであろうかと疑問を覚えながらも、受付は受理済の判を押したのであった。


■参加者一覧
滝月 玲(ia1409
19歳・男・シ
只木 岑(ia6834
19歳・男・弓
茜ヶ原 ほとり(ia9204
19歳・女・弓
シャンテ・ラインハルト(ib0069
16歳・女・吟
モハメド・アルハムディ(ib1210
18歳・男・吟
神鳥 隼人(ib3024
34歳・男・砲
鉄龍(ib3794
27歳・男・騎
叢雲 怜(ib5488
10歳・男・砲


■リプレイ本文

●いざ、森へと
 開拓者達を待っていたのは、必要最低限の荷物だけを持った母子だった。よろしくお願いします、と頭をさげた鈴の隣で神妙な面持ちで平吉も同じ動作をする。
 鉄龍(ib3794)は、平吉に笑いかけた。
「安心しろ、俺が護衛についてるんだ、何も心配いらんさ」
 渡されたお守りを、平吉はぐっと握りしめる。
「アーニー、私は思うのですが‥‥森にも獣道はあるでしょうし、多少遠回りでも足場の良い道を進むほうがいいのではないでしょうか?」
 モハメド・アルハムディ(ib1210)は、考えながらゆっくりと言った。
「そうですね‥‥」
 シャンテ・ラインハルト(ib0069)は思案顔になる。
「ボクが里を出た時のことを思い出しますよ」
 只木 岑(ia6834)は、緊張している様子の平吉を見て目を細めたが、すぐに表情をひきしめた。これから森の中へと入っていくのだ。油断は禁物である。
「鉄兄ぃ」
 茜ヶ原 ほとり(ia9204)が鉄龍を呼んだ。
「先に行く?」
「――そうだな」
 頷く鉄竜。
「鉈調達してきたよっ。道を切り開かないといけないかもしれないしね」
 村人から鉈を譲り受けてきた叢雲 怜(ib5488)は、それをふって見せた。
「そろそろ行こうか?」
 滝月 玲(ia1409)が皆をうながす。さっと打ち合わせた結果、鉄竜、叢雲、岑が先に進んで道を開き、アヤカシの存在を確認することになった。

 シャンテは森の中を進んでいく。気持ちを落ち着けるために口笛でも吹きたいところなのだが、物音を立ててはアヤカシに発見される率が高くなる。口笛は諦めて、かわりに森の中の物音に注意を払うことにする。
「その荷物、少し持とうか?」
 列の最後尾についた神鳥 隼人(ib3024)は鈴に手を差し出した。
「アヤカシが出たら、返すことになるけどね」
 そう言った隼人に鈴は恐縮しながら荷を手渡す。
「何があるか判らない‥‥二人には少しでも負担はかけたくないからな」
 滝月は、邪魔な石を蹴り転がした。
 先に行った三人が道を開いてくれてはいるが、まだ大きな石が転がっていたりするのはいたしかたのないところだ。
「そこ、気をつけてください。木の根が突き出しています」
 ほとりはよろめきかけた鈴に手を貸して、歩きやすい場所へと誘導する。母の様子を見ていた平吉は、同じようにして歩きやすい場所へと移動した。
「滝月様」
 怪しい物音を聞きつけた、シャンテが低い声を発した。同じ物音を聞きつけていた滝月は心眼で、アヤカシの気配を探る。
「‥‥何もいないみたいだ」
 ほっとした空気が一同を包み込んだ。

 岑は弓を弾いた。射程圏内にはアヤカシの気配はないようだ。
「鉄龍さん、高いところはよろしくお願いしますね」
 岑も叢雲も背が高いとは言い難い。必然的に、高いところの枝払いは鉄龍の担当となる。
「わかっているさ」
 突き出た枝を鉄龍は払って道を作る。アヤカシ退治に専念していればいいというわけにはいかないようだ。
「アヤカシの出現頻度もわからないし、錬力は温存しておいた方がいいよね? もちろん、強い相手の時には出し惜しみしないけど」
 と、こちらは下草を払った叢雲。
「魔の森が近いからね。できる限り戦闘は避けた方がいいと思う」
 答えた岑はもう一度弓を弾いた。

●野営にて
 何度かアヤカシに接近したが、注意深く進んでいたおかげで全て戦闘を避けられたということもあり、野営場所に予定していた洞穴に着いたのは日が沈む前だった。
「安全かどうかを確認しないとだね」
 岑が洞穴の中にアヤカシがいないかどうかを確認する。幸いなことに洞穴の中は安全そのものだった。
「お話の通り、奥はじめじめしていますね。戦闘にでもならない限り奥には行かない方がいいと思います」
 奥を確認してきたシャンテは、鈴と平吉を手前の乾いたところに座らせた。
「この時期は冷え込むからな。火は絶やさないようにしないと」
 滝月は燃料を集めに向かう。
 岑と叢雲は、周囲の様子を確認していた。今夜は母子を洞穴に寝かせて、二交代で警護にあたることになっている。
「見張るにしても、死角になる場所って絶対あるよね」
 どこで警護にあたるのが最適か、叢雲は周囲を見回す。
「目の届かないところは、鳴子をしかけておくことにしよう」
 拾い集めた木片と荒縄で岑は器用に鳴子を作り、しかけを施した。
「さて、どこで休むかが問題ですね。皆ができるだけ快適に過ごせるようにしたいものです」
 モハメドは考え込んだ。どうせなら見張っている間の寒さもどうにかしたいところだ。
「私は大丈夫だ。慣れているからな。不安もあると思うが、気兼ねなく眠るといい」
 申し訳なさそうな鈴に隼人は、そう言ってやった。鈴が事前に用意していた食料で手早く夕食をすませ、先に見張ることになった者が配置についていく。
「寒い? それならこれをどうぞ」
 ほとりは寒がる平吉に自分が身につけていた『まるごとくまさん』を提供した。もこもこに着膨れてしまうが、耐寒性は抜群だ。
「ちょうどよかった。一着しか持っていないからどうしようかと思っていたんだ。風邪をひかせちゃまずいしな」
 鈴の方には、滝月が『まるごともふら』を貸してやる。動きにくくなってしまうが、鈴が戦闘をするわけではないし問題はない。

 岑は洞穴から少し離れた場所に静かに座っていた。定期的に弓を弾いて、アヤカシの気配を確認する。
 シャンテは、いつでもアヤカシに対応できるよう龍笛を手元に置いたまま、風の音に耳を傾けていた。
「‥‥ん?」
 滝月は眉を寄せた。何か近づいてくるような気配がする。彼が気配に気づくのと同時に、一緒に見張りについていた岑、シャンテ、隼人もその気配を察知していた。それぞれの身体に緊張が走り、いつ戦闘になってもいいよう武器に手をかける。
 岑が事前にしかけておいた鳴子がからからと音を立てた。岑は呼子笛を吹き鳴らし、仲間を呼び集める。先に休んでいた開拓者たちは、その音を耳にするのと同時に跳ね起き、洞窟から飛び出した。
「ああ、起こしてしまったか。すまないな、少しの間だけ我慢してくれ」
 洞穴の入口を守っていた隼人は、不安そうに入口から顔をのぞかせた平吉を安心させるように微笑んだ。
「見ていて楽しい物でもないから、君たちは奥の方へ行っていなさい。大丈夫、すぐに終わる」
 隼人のその言葉にうなずいて、平吉は母親とともに奥の方へと退避する。奥はじめじめしているが、うかつに顔をのぞかせてとばっちりを食うよりははるかにましだ。

●闇の中の戦い
 獣の唸るような声が、森の静寂を突き破る。そして、がしゃがしゃと武装した兵士がたてるような音も響いてきた。
 洞窟の入口前では、隼人が焚いていた炎が燃え上がっているが、敵の全容を確認できるほどではない。開拓者たちが今まで積み上げてきた経験が頼りとなる。

「皆様の攻撃力を高めます!」
 シャンテは龍笛を口にあてた。武勇の曲の旋律があたりに響き渡る。

 叢雲は、バイエンを構えた。暗闇の中、敵の気配を探る。
「こう暗いとわかりにくいな」
 叢雲はぼやく。敵の位置がわからなければ、弾を発射するわけにもいかない。
「洞穴には近づかせないぞ!」
 そう叫んだ滝月の目の前に現れたのは、錆びた甲冑に身を包んだ人の骨だった。ぽかりとあいた眼孔が、恨めしげに滝月を見すえる。滝月は、炎魂縛武にて炎をまとわせた刀をふるった。
 アヤカシの刀と、滝月の刀がぶつかり合い、激しい音を立てる。滝月が、自分とアヤカシの位置を示しているのを叢雲は見逃さなかった。
「あたれぇっ!」
 叢雲は引き金を引く。銃声があたりの空気を引き裂いた。
「親子の新たなる門出を邪魔させるか!」
 滝月はもう一度刀をふるう。悲鳴をあげて、アヤカシが崩れ落ちた。

 鉄龍は大声をあげた。
「こっちだ、ついてこい!」
 敵の数は確認できないが、彼に引きつけて母子のいる洞穴から少しでも遠ざける作戦だ。禍々しい黒いオーラが彼の身体を包み込む。
 彼の前に立ふさがっていたのは、狼に似た姿のアヤカシだった。アヤカシが地を蹴った。飛びかかってきたアヤカシの牙を左腕で受け止め、鉄龍は相手をそのまま地に叩きつけた。敵に立ち上がる隙を与えず、喉元に両手持ちの剣を突き立てる。
 背後からもう一体が攻撃をしかけてくる。ふり向きざまに剣を振り下ろしたところへ、三体目が飛びかかってきた。
「囲まれたか!」
 鉄龍は舌打ちした。
「援護するよ!」
 駆け寄ってきた岑は、矢を放った。目を射貫かれ、地に転がったアヤカシが、悲痛な叫びをあげた。岑は、続けて矢を撃ちこみ、追い打ちをかける。
「鉄兄ぃ、大丈夫?」
 鉄龍に声をかけながらも、ほとりは淡々と攻撃を続ける。即射を使って放たれる矢は、とどまることをしらない。

 刀を構えた隼人は顔をしかめた。
「数が多いな‥‥‥‥」
 囮となって穴から離れた鉄龍の方へとは向かわなかったアヤカシ、さらには滝月と遭遇しなかったアヤカシが、隼人の方へと近づいてくる。
 一体‥‥二体‥‥三体か。
 隼人は気配を探って数を割り出そうと試みた。
 人骨の姿をしたアヤカシの刀が空気を斬り裂く。篭手払でそれを払いのけた隼人は、逆に一歩踏み込んだ。炎に包まれた刀身が、むき出しになっているアヤカシの頭部に叩きつけられた。横から飛びかかってきた狼に似た姿のアヤカシの攻撃は、後方へと跳躍してかわす。
「‥‥おとなしく眠ってもらいましょうか‥‥」
 モハメドは、リュートをかき鳴らした。母子のところへアヤカシを近づける訳にはいかない。夜の子守唄の旋律に逆らえなかったアヤカシが地面に倒れ込んだ。
「ヤー、神鳥さん。ご無事ですか」
 モハメドは、隼人へと声をかけた。
「――助かったよ」
 そう返しながら、隼人は目の前で倒れこんだアヤカシに刀を突き立てる。
 モハメドは武器をカッツバルゲルへと持ちかえた。敵が眠り込んでいる間にとどめを刺さなければ。闇の中にひらめいた刃が、アヤカシの体を瘴気へと戻していった。

●森を越えたら
 アヤカシを殲滅した後、開拓者たちは見張りと休息を交代した。
 鉄龍は、火を絶やさぬよう焚き火のそばにいた。平吉はほとりから借りた『まるごとくまさん』に身を包んだまま鉄龍の方へと近づいてくる。
 眠れないのかと問われて、平吉は頷いた。鉄龍は火に新しい小枝を放り込む。彼は平吉の方を見ないまま言った。
「俺は商人ではないが一つだけ教えてやれることがある。商売をする時は各地を転々とするだろうが、その時は開拓者を護衛に雇え。アヤカシだけでなく盗賊だろうと開拓者の敵ではない」
 平吉は黙って鉄龍の言葉に聞き入っている。
「眠れませんか?」
 寝ていたはずのシャンテが、話している二人の側へと近づいてきた。
「明日も一日歩かなければなりません。よろしければ、子守唄を‥‥」
 シャンテの奏でる夜の子守唄が平吉を眠りの世界へといざなっていく。

 その後はアヤカシの襲撃を受けることもなく、夜明けを迎えることができた。
 鉄竜、叢雲、岑が先に行き、他の者は母子を護衛しながら進むという昨日と同様の陣形で、開拓者達は道を作りながら進む。
 岑は昨日と同様に、頃合いを見計らって弓を弾く。アヤカシの気配があれば、後方へと連絡し、道を変える。一時も気を許すことはできない。
「このまま何事もなく着くことができればいいのですが」
 モハメドは、鈴のために枝を支えてやりながら言った。
「そうだな。ここで襲われるとやっかいだ‥‥何事もないことを祈りたいな」
 と、昨日同様鈴の荷物を持ってやった隼人が返す。
「滑ります。手を貸しましょうか?」
 ほとりも、昨日に続いて母子を気づかうのを忘れず慎重に足を進めた。

 ようやく目的地が見えてきた時、皆思いきり息を吐き出した。ここまで来れば安心だ。いくら開拓者といえど、常に緊張を強いられる道のりには、疲れを感じずにはいられなかった。
「無事に辿り着くことができました。アルハムド・リッラー」
 安堵した表情で、モハメドは胸に手をあてた。
 隣村の入口。ここで開拓者たちは母子と別れることになっていた。奏生の商人たちから母子の同行を依頼された商隊が、村の入口で一行を出迎えてくれる。
「お前が立派な商人になれるよう祈ってるよ」
 鉄龍は、平吉の頭に手を置いた。滝月は膝を曲げて、視線を子供の視線の高さに合わせた。
「これからはお前がお母さんを守るんだ、しっかり奉公しろよ」
 その言葉に平吉が首をふる間もなく、叢雲は彼の手をつかんで勢いよくふり回す。
「平吉はちゃんと母上にお手紙書くのだ!」
 それから叢雲はにこりと笑って続けた。
「俺も依頼から帰ったら、家族にお手紙書くよっ! 」
 少年二人は、顔を見合わせてもう一度笑顔をかわす。
「本当にお世話になりました」
 鈴と平吉はそろって頭をさげた。
「これからがお二人の新しい人生の始まりですね」
 シャンテは、笛を口にあてた。流れる旋律にムハマドの奏でる音が重なる。母子の門出を祝福する軽やかなメロディは響き渡っていく。
 歩き出しかけて、理穴出身の岑はもう一度二人の方をふり返った。
 商人と開拓者。選んだ道は違えど、将来はそれぞれの方法で故郷を守れるようになればいいと思う。少しずつ理穴のアヤカシを減らしていければ――。岑は大きく手をふって、共に依頼を受けた開拓者たちの方へと駆け寄った。