土にひそむ恐怖
マスター名:雨宮れん
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや難
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/12/25 01:03



■オープニング本文

 そろそろ芋の収穫時期も終わりそうだ。女は、芋を抜くためにかがんでいた腰をあげた。見上げた空は、どこまでも青くすんでいる。まさしく秋晴れ。
 畑の向こう側で、隣の住人が手をふっている。足下に高く積んでいるのは落ち葉だ。収穫した芋を、焼き芋にでもしようか。彼女が一歩踏み出した瞬間、目の前が暗くなった。
 おそらく彼女は自分の身に何が起きたのかということさえ知ることはなかっただろう。胸に突き立てられた爪の痛みを感じる暇もなかったに違いない。
 土から飛び出したそれは、一瞬にして彼女を捕らえ、土中へと引きずり込む。
 彼女の名を呼ぶ隣人の声だけが秋晴れの空に響き渡った。

 開拓者ギルドの受付は、神妙な面持ちで開拓者たちを見回した。
「かなり苦戦しそうなアヤカシです」
 何人もの開拓者を犠牲にしながら、確認できたのは以下のような情報だ。
 アヤカシは土中を掘って移動する、しかもかなり素早い。どういう原理かわからないが、地上の人間を察知すると同時に土から飛び出し、捕獲する。
 捕らえた人間を土中にひきずりこみ、巣まで持ち帰ってそこで食らうらしい。
 何より恐ろしいのは、かなりの速度で土を掘り進むことのできる強大な爪を備えた二本の前足。土の中を移動するためか、後ろの足はないらしく、腕の生えた蛇のような形態をしているとのこと。その蛇のような胴体を、人間に巻きつけて攻撃していたとの目撃情報もある。
 そして。
「口から粘液を吐き出します。その粘液に触れると、しばらくの間体が麻痺して動くことができません。それだけでなく、その粘液に触れた箇所が火傷のようになります」
 土中のアヤカシをどうやって発見するか。または地上におびき出すか。そのあたりが問題解決の糸口になるだろう。


■参加者一覧
天津疾也(ia0019
20歳・男・志
輝夜(ia1150
15歳・女・サ
真珠朗(ia3553
27歳・男・泰
琉宇(ib1119
12歳・男・吟
モハメド・アルハムディ(ib1210
18歳・男・吟
言ノ葉 薺(ib3225
10歳・男・志
東鬼 護刃(ib3264
29歳・女・シ
浄巌(ib4173
29歳・男・吟


■リプレイ本文

●恐るべき敵の前に
「なるほど‥‥アヤカシが出現する前に特に前兆のようなものは感じられなかったのですね?」
 言ノ葉 薺(ib3225)は村人から話を聞いて、ため息をついた。何かわかりやすい前兆があれば、アヤカシの発見に役立つと思ったのだがそううまい具合にはいかないようだ。
 話を聞いた村人たちから鈴を借り受け、付近の竹藪の竹を切って竹槍を作ってもらう。そして、薺はそれを抱えて仲間たちの方へと向かった。
「普段よりも多少気をつけておいたほうが無難じゃの」
 その言葉の通り、いつもより注意を払いながら輝夜(ia1150)は薺の持ってきた竹槍を地面に突き刺した。
 その竹槍の先端には村人から借りた鈴がとりつけられている。同じものが何本も用意されていた。
 アヤカシを待ち構える場所の近辺にこれを適当な感覚で配置し、土中を移動してくるアヤカシの気配を察知しようという目論見だ。
「巣穴は空じゃった。今はどこのあたりをうろついているのかのう」
 そう言いながら、アヤカシの巣穴の場所を確認してきた東鬼 護刃(ib3264)が二人に加わった。目撃情報が多発した場所も調べてきた。
 モハメド・アルハムディ(ib1210)は用意した足場をつまさきでつついてみた。彼の意見を取り入れた開拓者ギルドに材料を用意してもらい、漆喰を地面に流し込ませておいたのである。
「間に合えばよいのですが‥‥」
 足場はまだ柔らかさを残している。戦闘開始までに彼らの体重を支えきれるほど堅くなってくれればよいのだが。
「こんなもんで間に合うかいな」
 天津疾也(ia0019)は、村人から借りてきた網をひっぱって、強度を確認した。ついで、それを地面に広げる。
「誰か杭くれや、杭」
 手渡された杭を受け取って、彼は網の四隅を杭で地面に固定した。
 琉宇(ib1119)は土中の物音に耳をすませ、アヤカシの気配を探っている。アヤカシが土の中を移動してくれば何らかの物音が響いてくるはず。足下に持参したリュートを交差させて置いているのは、弦の震えで土中の気配を探知するのを期待してのことだ。
「どうすれば、アヤカシが移動してくるのを探知できるかなぁ‥‥」
 そんなことを考えながらも、準備している皆がアヤカシに襲われないよう、琉宇は気を抜くことはない。いつでも共鳴の力場を使用できるようにしている。
「ふむ‥‥」
 浄巌(ib4173)は仲間の方へと戻った護刃を見送って、もう一度地面に開いた穴からアヤカシの作った通路を覗き込む。確認されている巣穴は複数。そのいずれにもアヤカシの姿はなかった。複数の巣穴からのびている通路は、ある箇所で一本にまとまり、しばらくまっすぐ続いた後また枝分かれしている。再度枝分かれした終着点は地面にあいた穴であることからすると、獲物を捕えた場所ということになるのだろうか。
「‥‥これではアヤカシの数までは判断できぬな」
 深くかぶった笠の内で彼は首を横にふり、罠を仕掛けるのに最適な場所を見つけ出そうとあたりを見回した。相手の数が確認できないのならば、万全の体制で待ち構えるしかない。
 真珠朗(ia3553)は、皆が作業している間手は出さないでいた。こんな寒風のふきつける場所ではなく、あたたかな布団の中でぬくぬくしている方が何倍もいいのだが。
「とはいえ、寝てるだけじゃ金も入らないのが人の世だって話でして」
 真珠朗が皆から離れた場所にいるのは、何も準備をサボっているからというわけではない。常に全員が視界に入るように、ときおり場所を移動しながら、アヤカシの出現に備えているのである。何かあればすぐに駆けつけられるように。

●見えない敵
 疾也は、自分が広げた網の上に立っていた。土中のアヤカシを引きずり出す囮になっているため、彼の足元はモハメドの提案した足場ではなく普通の土だ。
「やれやれ、見えないところからいきなり引きずり込むんか、まったく変質者並に悪質なやっちゃなあ」
 疾也は、つぶやく。一歩間違えば、アヤカシの餌食だ。常に精神を張りつめていなければならない。
「‥‥とっととお天道様のところに引きずり出したるわ」
 疾也は、琉宇に準備ができたと合図を送る。
「皆、準備はいい?」
 琉宇は、全員が配置についたのを確認するとバイオリンを構えた。
「弾いている間は無防備になっちゃうから、援護はよろしくね」
 そう言って、琉宇は演奏を始めた。開拓者達には、どんな局が流れているのか聞き取ることはできない。琉宇が奏でているのは怪の遠吠え――アヤカシの耳にしか届かない旋律だからだ。
 護刃殿から少し離れた場所を選んだ薺は、琉宇がバイオリンを構えるのと同時に、槍の柄で地面を叩き始めた。アヤカシに獲物がいると知らせているのだ。
 護刃は、超越聴覚を使って耳をすませていた。準備の段階で仕掛けておいた鈴が鳴れば、アヤカシが土中を移動していることになる。輝夜も同様に、こちらは護刃とは疾也を挟んで対極線上に立つようにして耳をすませている。
 浄巌は符を取り出して、自分の足元に地縛霊をしかけた。
「此処は戦場‥‥御神関所‥‥骨を跨いでとおりゃんせ」
 これで符の射程以内に敵が入れば、自動的に罠が発動する。
 完全に準備を整えて開拓者たちは待ち構えていたが、なかなか敵は姿を現そうとはしなかった。
 網を張った上で待ち構えている疾也の背中を、冬だというのに汗が流れ落ちる。アヤカシは、いつどこからやってくるのだろう。疾也の集中力も限界に近づこうかという頃、ようやく護刃が声をあげた。
「鈴が鳴った‥‥東から来るぞ!」
 その言葉に輝夜は、手近にあった竹槍を引き抜いた。輝夜の耳にも、東から近づいてくる鈴の音が届いている。東から来るのならば、アヤカシが狙いを定めているのは疾也か、それとも。
 モハメドがリュートを取り上げた。奏でるのは騎士の魂。全員の防御力をあげて、アヤカシに対抗する。
 薺は心眼を使って、敵の正確な位置を探り出そうとした。
 網の上に立っている疾也は刀を抜いた。心眼で敵の現在地が把握できれば、敵の飛び出してくるタイミングもわかるはず。
「わあ!」
 琉宇が尻餅をついた。ずっと奏でていたバイオリンの音が止まる。いつの間にかその傍に走りよっていた輝夜は、ため息をついた。
 琉宇が演奏していたのは、モハメド考案の足場の上。下から突き上げられて、ひどく揺れたが、アヤカシの力では足場を破ることはできなかったらしい。とっさに琉宇をかばうように立ちふさがった薺は、再度心眼を使う。アヤカシはすでにその場を離れていた。次にアヤカシが狙いを定めたのは。
「こっちだ!」
 疾也が叫んだ。土の中を移動してくるアヤカシの気配。アヤカシが通過するたびに、ごくわずかに鳴る鈴の音。
 五‥‥四‥‥三‥‥二‥‥一‥‥今だ! 完璧なタイミングで、疾也は飛び退いた。それと同時に、地面からアヤカシが飛び出てくる。疾也は刀をアヤカシの胴体に突き通した。
 琉宇の元から疾也の元へと素早く移動してきた輝夜は、疾也の刀と交差させるように竹槍をアヤカシの胴体へと突き刺した。網に絡められたアヤカシは土中へ逃げ込もうとする。
「そうはさせぬ!」
 護刃は、水遁を放つ。勢いよく水柱が立ち上った。方向感覚を失ったアヤカシがのた打ち回った。
「ま、矢が刺さってりゃ穴に潜り込むのもやりにくくなるってもんでしょ」
 真珠朗は弓を引き絞って矢を放つ。放たれた矢はアヤカシの胴に突き立って、アヤカシの動きを鈍らせた。

●土にひそんだ敵の最後
 地面についたお尻をぱんぱんと払って、琉宇は再度バイオリンを構える。
「重力の爆音行くよ!」
「アーニー、私も行くのです!」
 重力の爆音は、範囲内にいる全ての者がその対象となる。範囲内にいれば、味方にも攻撃が及んでしまう。
 一度開拓者たちが離れたところで、琉宇とモハメド、二人の吟遊詩人の攻撃がアヤカシめがけて炸裂した。
「狩ってんのか‥‥狩られてんのか。ちょいと判断に悩むところではありますが。何にせよ、セコくヤらせてもらいますよ。相応にね」
 真珠朗が使用したのは、泰練気法・壱。命中率を高めておいて、アヤカシを狙い撃つ。消耗は激しくなるが、後方からの攻撃だ。さほど支障はあるまいと真珠朗は判断した。
 それよりも狙い定めた一射を、確実に相手にあてることに専念したい。
 一番近くにいる疾也めがけ、地面の上を激しくのた打ち回りながらも、アヤカシは粘液を吐き出した。この粘液に触れれば大変なダメージをこうむることになってしまう。それを知っていた疾也は、吐き出された粘液を虚心を使って回避する。
「我は汝が姿を見たり‥‥」
 浄巌の放った符が、アヤカシめがけて襲いかかる。魂に直接攻撃をする砕魂符。浄巌が好んで使う白骨を模した形をしている。
「冥府魔道は東鬼が道じゃ。わしの炎が案内してやる。そのまま滅すが良い」
 護刃の火炎が、アヤカシの頭部へと叩きつけられた。
 モハメドは奏でる曲を夜の子守唄へと変化させた。アヤカシは眠りには落ちず、そのまま大きくのびあがる。
「地中に潜られるのは少々厄介じゃからの」
 輝夜は刀を閃かせた。土の中を移動する時に使うという腕を狙い、片方を斬り落とす。
 疾也はアヤカシの懐に飛び込むと、先ほど突き立てた刀を引き抜いた。もう一度、今度はアヤカシの胴体を払うようにして斬撃を加える。
「‥‥そうはさせません!」
 残った腕で輝夜を薙ぎ払おうとしたアヤカシの動きを、薺の長矛が封じる。
「‥‥このタイミングを逃すわけにはいかないすからねぇ」
 アヤカシが動きをとめた瞬間を逃さず、真珠朗が矢を射こむ。何本も突き立った矢が、アヤカシがのたうつ度に奥へ奥へと食い込んでいく。
 少しずつ、アヤカシが弱っていくのが開拓者たちの目にははっきりとわかった。闇雲に残った腕を振り回してはいるが、開拓者を捕らえることはできない。口から吐き出される粘液も相手を特定してのものではないようで、アヤカシと何度も戦ってきた開拓者たちにとってはかわすのはさほど難しいことではなかった。
 ようやくアヤカシが地面に倒れこみ、その姿は瘴気へと戻って消えていく。
 戦闘終了後、一応あたりを探索して回ったが、その他のアヤカシの姿は確認されることはなかった。ひとまずこれで任務終了だ。

 薺は護刃に声をかけた。
「お疲れ様でした。あの業、戦姿‥‥見事でした」
 ついつい見惚れてしまいそうになったことまでは口には出すまい。薺はそのことは自分の胸に秘めておくことに決めた。
「ああ、そうそう。帰りに一つ‥‥茶屋にでも寄りませぬか?」
「茶屋、か。悪くはないの」
 護刃は薺の誘いに笑顔で応じ、二人は共に帰路についた。

「足場を戻さねばなりませんね」
 村人たちから道具を借りて、モハメドは自ら作った足場を壊し、元の地面へと戻していく。記念碑代わりに残すことも提案したのだが、死者を慰霊するための地蔵を置きたいと言われたため、全て綺麗に片付けた。
「ラウ、もし、それが宜しいのでしたらビクッル・スルーリン、賛成ですよ」
 そう言って、モハメドは村人たちの意見に賛成した。
 モハメドが信じているのは、このあたりの人とは違う宗教だ。彼らがそうしたいと言うのであれば、そうした方がいいだろう。

 後日、開拓者たちがアヤカシを退治したところに一体の地蔵像が祀られた。村人たちは、日々お供え物を欠かさないでいるという。