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■オープニング本文 村人の信仰を集める山を背後に持った小さな村。 このところ、この村は災難続きだった。 家畜が姿を消す、山賊が襲ってくる、野菜畑は荒らされる……。 「そろそろ、生け贄を捧げなければならないかのう」 と、村長が浮かない顔で言った。 「きっとそのうち山神様から、白羽の矢が届けられるでしょうな」 と、返したのは別の男。 この村には、代々続けられている儀式がある。山神が腹を減らしてくると、村には災いが押し寄せてくるのだ。そして山神は、ある家をめがけて矢を放つ。 その家には、必ず年頃の娘がいる。そして、その娘は山神の祠へと村長によって連れて行かれ、その場に一人残されることになる。山神へ生け贄として捧げられるのだ。 神の飢えが満たされると、しばらくの間村は平和な時期を迎えることになる。一年か二年の間。それは、村人たちが物心つく以前から、脈々と受け継がれてきた生き延びるための儀式なのだ。 そして一夜が明け、村中に恐怖の叫びが響きわたる。 「矢が……矢が刺さっているぞ!」 矢が刺さっていたのは、今村一番美しいと言われているサナエの家だった。 神の意志は絶対だ。誰も逆らうことなんてできない。皆そう思い、悲しみを押さえ込みながら、儀式の準備に取りかかる。 ただ一人をのぞいて。 サナエと祝言をあげることが決まっていたタイチは、拳を握りしめた。 こんな儀式、いつまでも続けているなんておかしい。だいたい誰一人として、山神様の姿を見た者はいないではないか。 生け贄を捧げた祠に行ってみても、娘たちの着ていた着物すら残っていないという。いくら山神が大食らいとは言え、着物すら残さず食べ尽くすものなのだろうか……? 一度浮かんだ疑問は、打ち消しようもない。 村長に山狩りを提案してみたが、とんでもないと一挙両断されてしまった。 ならば、とタイチは思いを巡らせる。ちょうど数日前、別件でこの村を通過していった開拓者たち。そろそろ彼らが戻ってくる頃合いだ。 もし、彼らがサナエを助けてくれるというのなら。 祝言をあげるために、こつこつ貯めたわずかな金銭をすべて差し出してもいい。 タイチは、開拓者たちが戻ってくるであろう道めがけて走り出した。 |
■参加者一覧
ザンニ・A・クラン(ia0541)
26歳・男・志
深山 千草(ia0889)
28歳・女・志
及川至楽(ia0998)
23歳・男・志
千見寺 葎(ia5851)
20歳・女・シ
宿奈 芳純(ia9695)
25歳・男・陰
尾花 紫乃(ia9951)
17歳・女・巫
黒色櫻(ib1902)
24歳・女・志
セリエ(ib3082)
17歳・女・シ |
■リプレイ本文 ●タイチの願い 開拓者たちは、目の前で地に頭をこすりつける青年を見下ろした。開拓者ギルドから依頼された別の事件を片付けて帰る途中のことである。 「お願いします! サナエを助けてください!」 タイチと名乗った青年が差し出した金銭は、彼女との祝言のために貯めたものだという。 「それは受け取るわけには行きません。御二人の晴れ姿を見せてもらうのが、私への御褒美ですよ」 と手をふったのは黒色櫻(ib1902)、口調は穏やかではあるが強い意思を感じさせる。 櫻と同じように報酬を固辞しているのは、宿奈 芳純(ia9695)である。 「謝礼はご飯でけっこ‥‥あ、いややっぱ無くてもいいのであります」 腹ペコのセリエ(ib3082)は、腹を抱えながら苦笑いを浮かべた。 自身が過去に生贄されかかった経験を持つ泉宮 紫乃(ia9951)は両手を握り締めた。 「お願いします! サナエを助けるためなら! 俺、何でもします!」 タイチの訴えは真剣そのものだった。 「愛する女の為に全てを賭けるその意気や良し。依頼、確かに承った」 ザンニ・A・クラン(ia0541)がゆっくりと手をあげ、承諾の意を表す。 「それでは、あなたの知っている全てのことをお教えいただけるかしら?」 深山 千草(ia0889)は、タイチの目を見つめる。 まっすぐに千草を見返して、タイチは知っている限りの情報を提供した。今までに村に起こった災いのこと。山神が打ち込む白羽の矢のこと。生贄の儀式のこと。祠までつきそうのは村長一人であることなど、彼の知る全てを。 「山神って、人じゃない‥‥とか? いろいろと裏がありそうですね。とりあえず祠のあたりを調べてみますか」 及川至楽(ia0998)はそんな疑問を口にしながら、祠の場所をタイチに描かせた。 千見寺 葎(ia5851)は、そこへ地形などの情報も書き込むようにタイチを促す。 「あのう‥‥どこかで私とサナエさんが入れかわるわけにはいかないでしょうか?」 意を決した紫乃が、自身を身代わりとすることを提案した。タイチは首をひねった。 「村長が衣装を用意するって話なんで、祠についてから入れ替わるしかないんじゃないかと思います」 「では、サナエさんと事前に接触する必要がありますね」 と、葎。 「サナエは今、村長の家にいます。多分窓からこっそり話せるんじゃないかと」 サナエと入れ替わる紫乃、変装を手伝うためにサナエの容姿を確認したい葎の二人が、タイチとともにサナエと話をすることになった。 「自分は、ちょっと村長の身辺調査をしてくるであります」 セリエは、村長が何か隠しているのではないかと疑っている。シノビである彼女ならば、村長に気づかれることなく様子を探れるはずだ。 「お二人が隠れる場所も必要ですね」 櫻は、祠の近辺に隠れ場所を探しに行くと名乗りをあげる。 残りの面々も祠周辺を探り、相手がアヤカシなのか人なのか、それとも本当に神なのか、事前にできるだけ情報を集めることに同意した。戦闘になるにしても、事前にあたりの状況は確認しておいた方がいい。 ザンニは、タイチを呼び止めた。サナエと二人、村を出る準備を進めておくよう言い含める。事の次第によっては、村には戻らない方がいいかもしれない。タイチはぺこりと頭を下げると、先に行った二人を追いかけて走り出した。 ●生贄の祠と村長の家と 櫻は、道に迷ったふりをしながら祠の周囲をうろうろとしていた。困った様子を装っていても、その目は地面にわずかに残された形跡を見逃すことはない。神経を張り詰めている。 「どちらに向かえばいいのかしら‥‥」 そう呟きながら、櫻は道を離れていく。いくらか山を下っていったところに洞窟を発見した。中を確認してみれば、最近人が入り込んだような気配はない。ここを二人の隠れ場所にすればいいだろう。 祠のすぐ側を鼠が駆け抜けていく。少し離れた場所に身を潜めた芳純が放った、人魂で生み出された鼠だ。芳純は鼠が送ってくる情報に神経を研ぎ澄ませる。アヤカシの気配はないようだ。 ということは、『生け贄として娘を差し出せば村は潰さない』と村長は脅されているのだろうか? 相手が武装している相手ならば、こんな小さな村の村長では対応することはできないだろう。 次に小鳥を生み出して空からも確認してみたが、怪しい情報を入手することはできなかった。 千草は、人目につかないように用心しながら祠に近づいた。古びてはいるがそれなりの大きさはある。中に一人くらいは隠れることができそうだ。その一人が大柄だったとしても。 心眼を使って周囲を探るが、感じ取れるのは仲間の気配ばかりだ。過去に生贄に捧げられた者が残した気配もない。扉を開いてみれば、中は完全に空っぽだった。いったい何を祀った祠だというのだろう。 祠周囲の地形を確認していたザンニが千草の側へと寄ってくる。 「これはいい場所だな。俺が隠れても問題なさそうだ」 不敵な笑みをうかべて、ザンニは祠の扉に手をかけた。アヤカシであろうと人間であろうと、娘を攫う相手になど手加減をする必要はない。一番敵に近づけるのは、この場所であろうとザンニは思った。 祠からのびた道をたどっていた至楽は、何も見つけることができないまま戻ってきた。 隣接した村へ通じる道は確認できたのだが、人目につかないように生贄を連れ去るのには無理がある。道をはずれて山奥の方へと進めばまた違うのだろうが、山の中を一人で探索するのは難しい。 いずれにせよ、決戦は明日だ。開拓者たちは、思い思いに身を隠して身体を休めることにした。 サナエが押し込められているのは、村長の家、一番奥の部屋だった。代々この時のために使われていたのだろうか。窓には木製ながら格子が嵌め込まれていて、女の細腕では破ることなどできそうもない。 紫乃は人魂で作り出した小鳥を見張りへと飛び立たせる。他の人間に話を聞かれてはやっかいだ。 「タイチさん!」 タイチに気がついたサナエが窓際へと近づいてくる。 「サナエが、生贄になることはないんだ。開拓者さんたちに山神を倒してくれるように依頼した。一緒に逃げよう」 「でも‥‥」 格子越しにタイチと指を絡ませながら、サナエはうつむく。 「本当に山神様がいるというのなら、家畜や野菜畑の件はともかく、山賊が襲ってくるのはおかしいと思いませんか?」 紫乃はサナエの説得に乗り出した。 「お願いです。勇気を出してください。誰かが断ち切らなければ、このままずっと生贄の儀式が続くことになってしまいます」 涙ぐみながら、紫乃は訴える。 「僕たちにまかせてもらえませんか?‥‥貴女が犠牲になることはないのですよ」 葎が紫乃の援護に乗り出した。もう一度タイチに名を呼ばれ、ようやくサナエは小さな声で 「わかりました」 と、だけ言った。葎はサナエに持参の呼子笛を手渡す。 「もし夜の間に危険が迫るようなら、思い切り吹いて下さい。すぐに僕たちが駆けつけますから」 サナエはそれを肌身離さず身に付けておくことを約束してくれた。 セリエは闇にまぎれて村長の後をつけていた。抜足を使って気配を殺しながら移動しているので、めったなことでは見つからないだろう。 「こんな所まで来られては困ります!」 村をひっそりと出て行った村長が、誰かと話をしていた。言葉遣いが丁寧なのは、相手に気を使っているのだろうか。 「明日、予定通り儀式は行われます。いつもの祠に娘を連れて行きますから」 村長の話している相手は柄の悪そうな男だった。刀をわきに寄せて、大きな岩を背にあぐらをかいている姿は、悪役そのものだ。盗賊なのだろうか? セリエはそれ以上の情報収集は一度断念することにした。足音を殺したまま、村長たちから離れていく。村長と話していた相手をつけて行きたいところだが、警戒されても困る。行動を起こすのは、仲間たちと合流してからの方がいいだろう。 ●祠前の戦い 翌日早朝。まだ薄暗い中を、サナエと村長は出発した。村人たちが総出で見送る中、タイチの姿はなかった。 村長の娘の一番上等の着物を身につけさせられたサナエは、両手を前で縛られている。彼女の両手を縛った縄の先を、村長は放さないようにしっかりと握りしめていた。セリエと葎が二人の後をつけていることなど、気づいてもいない。 祠の前までやってきた村長は、握っていた縄の端を祠の扉へと縛りつけた。うつむいたままのサナエに、声をかけることもなく、逃げるようにその場を離れていく。その後ろからセリエが再び村長の後をつけていった。 紫乃は、小走りで祠に近づくとその場で着物を脱いだ。サナエには、タイチが持ってきたサナエ自身の着物を着せて、サナエが着ていた村長の娘の着物を素早く身にまとう。自分の着物は葎に渡した。葎が紫乃の髪をサナエと同じように結い上げる。遠目にはごまかせそうな雰囲気だった。 「さ、二人とも早く」 櫻がタイチとサナエをうながした。昨日見つけておいた洞窟へと二人を案内していく。 紫乃は着物の胸元に符を何枚かしのばせると、葎に両手を差し出した。葎は紫乃の両手に縄を巻きつけ、縛られているように見せかける。 葎が姿を隠すと、紫乃一人になった。心細い。違った状況ではあったが、自分が生贄に捧げられた時のことを思い出してしまう。サナエは幸せだ。命がけで取り戻そうとしてくれる人がいるのだから。 大切な人からもらった桜の花びらの栞を、そっと着物の上から押さえてみる。勇気を出さなければ。 「‥‥来たな」 祠の中で膝をついていたザンニは、太刀に手をかけた。彼の使用していた心眼に心眼にひっかかるものがあった。何かが祠に近づいてこようとしている。 「これが今年の娘か。まあまあだな」 男の声がした。外の様子をうかがえば、十人近い男たちがサナエに変装した紫乃を囲むように立っていた。 「さがれ!」 そう叫びながら、祠の扉を開け放つ。ザンニの声にはじかれるように、紫乃は巻きつけていた縄を落とした。逃れられる方向は一つだけ。飛び出したザンニと入れ替わるように、祠の方へと紫乃は退く。 「盗賊か‥‥。ならば容赦する必要はないな!」 ザンニの太刀が走った。悲鳴をあげて、盗賊が崩れ落ちる。紫乃を背後に庇うようにして、ザンニは太刀を振るった。また一人、盗賊が胴を切り裂かれて血しぶきをあげる。 「行きなさい!」 芳純が、霊魂砲を発射した。放たれた霊魂が、祠へ近づこうとした盗賊の背中に叩きつけられる。そこへ駆け寄った至楽が合口で斬りつけた。容赦はしない。 「か‥‥開拓者だあ!」 逃げ出そうとした盗賊の前に早駆で葎が回り込んだ。逃げ場を失った盗賊の死に物狂いの攻撃を素早い動きでかわし、刀で胴をなぎ払う。 炎魂縛武を使った千草が、盗賊に刀を突き立てる。おっとりしているように見えても、その刃は相手を逃すことはない。 もう一人、葎の隙をついて逃げ出そうとした盗賊の足元に手裏剣が突き刺さった。 「白兵戦はあまり得意ではないであります‥‥」 そう言いながらも、しっかり相手の退路を絶っていたのはセリエだった。村長が村へ通じる道まで行ったのを確認して戻ってきたのである。 紫乃の呪縛符が、盗賊の動きを封じ込める。タイチたちを洞窟に隠し戻ってきた櫻も刀をふるう。 盗賊たちが死亡もしくは戦意を失って投降するまで、それほど時間はかからなかった。 ●山神伝説の決着 「何でこんなことをしたんだ?」 軽症の一人の襟首をつかんでザンニはたずねた。返事は思わず耳を疑うようなものだった。 盗賊団と村長の間には協定が結ばれていたというのである。それも百年近く前から。差し出された生贄の娘たちは、そのまま遠い国へと売られていったのだという。しかも同様の行為が行われていたのは、この村だけではなかった。近隣の村々も同じようなことを行っているのだという。 山神の白羽の矢が数年単位なのは、細々と搾取するためだった。数年かけて近隣の村々を順番に回る。楽に搾取したい盗賊と、村を守りたい長の間にひそかに盟約が結ばれていたらしい。 櫻に呼ばれて戻ってきたタイチとサナエも、あまりのことに言葉を失っていた。 「どうしますか。村へ戻りにくいようならギルドにいらっしゃるという手もありますが」 紫乃が言った。 「よければ私がギルドまでお送りしますよ」 と櫻が続ける。その言葉に、二人は首をふった。せっかくの好意ではあるが、育った村を離れたくない、と。 盗賊たちを拘束して村へと戻る。出迎えてくれた村人たちは、サナエが無事に戻ってきたことを喜んでくれた。 事情を説明され、娘を生贄に捧げた家族が村長に襲いかかるといった一幕もあったが、ザンニの一喝で収束した。思ったよりは冷静に事態を受け止めたと言っていいだろう。 長年の悪しき風習を断ち切った今、乗り越えていかなければならない問題も多いが、それを解決できるか否かは村人たち次第だ。 二人の結婚を祝福し、開拓者たちは村を後にした。 彼らにとっては、並んで見送ってくれたタイチとサナエの笑顔が一番の報酬だったのかもしれない。 |