牧場を守れ!
マスター名:雨宮れん
シナリオ形態: ショート
EX
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/06/02 19:33



■オープニング本文

 朱藩の都、安州からそこそこ離れたところにその男は住んでいた。彼の名は亀之介。彼の最大の道楽は食べることである。
 もっとも、彼の食道楽が彼の店を大きく発展させる理由でもあった。もとは和菓子屋だった亀屋を方向転換し、今では和菓子屋、総菜屋兼珍しい食材店、小料理屋と三店舗を経営するまでになっている。彼の店に行けば、たいていの食材は手に入ると、時には安州からプロの料理人が食材の調達に来る時もあるほど、亀屋の名は知られるようになっていた。

「牛‥‥ですか」
 あきれたような口調で、男は首をふった。彼は亀之介の商売仲間である。このあたりでは、牛やその乳を食用にするという習慣はほとんどない。したがって牧場というものも存在しないのだ。
「そう。神楽の都で食べた『ろおるけえき』なる食べ物が忘れられなくてねぇ」
 亀之介はよだれをたらしそうな顔で天井を見上げる。ふわふわのスポンジ生地。中にたっぷりと入った生クリーム。そして季節の果物。実においしい食べ物だった。あれなら毎日食べてもいい。
「お高いですが、珈琲も神楽から取り寄せられるようになりましたし、今度はジルベリア風の茶屋を出すのもいいと思っているのですよ。チョコレートも仕入れルートを確保しましたしね」
 ケーキを作るのに必要なバターも生クリームも牛の乳から作られる。チーズもだ。もちろん、出来上がったものを問屋から仕入れてもいいのだけれど――どうせなら、原材料から手をかけたいと牛を飼うところから始めるとはこの男、どこまで食道楽なのか。先立つ資金はたっぷりあるだけにたちが悪い。
「牛の乳というのは健康にいいそうですしね。というわけで、必要でしたら声をかけてくださいね。安価でお分けしますから」
 そう言って亀之介は席を立つ。牧場になる土地は購入し、整備済みだ。バターやらチーズやら生クリームを作るための機材も用意した。乳製品の作り方を学ばせた従業員も牧場になる地に住み込んでいるし、後は牛の到着を待つだけだ。

 と、順風満帆と行けばよかったのだが。ここで問題が発生した。
 まだ牛の到着していない牧場に、アヤカシが大量に発生したのである。数はおそらく数十以上。牧場には牧舎と乳製品を作るための建物、それに従業員たちが住むための母屋がある。
 最初に見つけた者は、巨大なトカゲだと思ったのだがいくら何でも大きすぎる。幸いアヤカシの足はそれほど速くなかったため、牧場から逃げ出したり、牧場内の建物に逃げ込むことで従業員たちに被害はなかった。
 牧場から亀之介の元まで助けを求めにきた従業員によって事情を知った亀之介は、さっそく開拓者ギルドに依頼を出した。従業員の救出と、アヤカシの殲滅を。
 従業員は、母屋に二名、乳製品を作るための建物に三名が取り残されているらしい。
「難しい依頼なのですが、お願いできるでしょうか?」
 亀之介は、集まった開拓者たちを見回す。依頼を受けた開拓者たちは、思い思いの表情で頷いたのだった。


■参加者一覧
風雅 哲心(ia0135
22歳・男・魔
葛切 カズラ(ia0725
26歳・女・陰
瀧鷲 漸(ia8176
25歳・女・サ
コルリス・フェネストラ(ia9657
19歳・女・弓
シュヴァリエ(ia9958
30歳・男・騎
モハメド・アルハムディ(ib1210
18歳・男・吟
ヴァナルガンド(ib3170
20歳・女・弓
叢雲 怜(ib5488
10歳・男・砲


■リプレイ本文

●川を探索
 モハメド・アルハムディ(ib1210)は、牧場内に残っている従業員のことを心配していた。
「アーニー、私は思うのですが、従業員たちは避難する必要があるのを知っているのでしょうか?」
 建物の中に逃げ込んだとはいえ、アヤカシはまだ牧場内に残っているはずだ。
 コルリス・フェネストラ(ia9657)は考え込む。開拓者ギルドの調査によって、発生したアヤカシが牧場内、牧場付近の川、牧場外の草むらの三箇所に絞られていた。
「アヤカシの出現が確認されているのが三箇所ですから‥‥三班に別れるのがいいでしょうか」
 叢雲 怜(ib5488)が同意する。
「俺達も素直に三手に分かれてアヤカシを退治するのがいいと思うのだ」
 怜の頭の中は『ろおるけえき』のことでいっぱいだ。この依頼が無事に終わって、牧場に牛が入り、『ろおるけえき』がたくさん作られるようになったら思いきり食べられると思えば、期待も高まるというものだ。
「距離的には、呼子笛で連絡が取れそうだな。自分のところが片付いたら一度鳴らす。そして二度鳴ったところに合流するという形でよいな?」
 風雅 哲心(ia0135)の案に皆同意する。

 打ち合わせた結果、牧場近くの川は怜と哲心が向かうことになった。
 瀧鷲 漸(ia8176)、ヴァナルガンド(ib3170)モハメドは牧場内の探索に回る。葛切 カズラ(ia0725)、シュヴァリエ(ia9958)、コルリスは牧場外の草むらのアヤカシを退治することが決められた。

「銃と火薬は護らねばならないのだぜ」
 怜は耐水防御を発動して、武器と火薬を水にぬれないようにする。戦闘場所は川辺、注意するにこしたことはない。
「思ってたよりでかいな。おまけに数も多いときたか。‥‥こいつは厄介かもしれんな」
 河原をうろうろしているアヤカシを睨んで、哲心はつぶやいた。心眼を使うまでもない。目視で確認できただけでも五匹以上いそうだ。
「行くぜ!」
 怜はマスケット「魔弾」を発射する。一番手前にいたアヤカシに弾が命中した。
「まとめていくぞ。‥‥迅竜の息吹よ、凍てつく風となりてすべてを凍らせよ―――ブリザーストーム!」
 哲心は、ブリザーストームでまとめて敵を片付けに出た。精霊武器の先からほとばしった走り出た吹雪がアヤカシに襲いかかる。
 のろのろとアヤカシが動き始めた。もう一度、哲心はブリザーストームを放つ。ばらばらとアヤカシが崩れ落ちていった。

「そこなのだ!」
 水辺に止められていた小舟の陰。そこに動いた黒い影を狙って怜は弾を放つ。それほど防御力の高い相手ではなさそうだ。強弾撃を使うほどでもないだろう。単動作を使って素早くリロード。もう一度射撃。アヤカシが倒れる。
 足元にいきなり姿をあらわしたアヤカシの尾を、一歩後退することでかわして哲心は刀を尾に打ちつける。素早く逃げようとしたアヤカシめがけ、続けて哲心はアークブラストを放った。アヤカシが地面に倒れるのを見て、息をつくと哲心は周囲を見回した。

 怜は耳をすます。水辺に注意深く視線を向けながら。聞こえてくるのは、川の流れる音と鳥の鳴く声だけ。目視で確認するには限界がありそうだ。
 心眼を使って哲心はあたりの気配を確認する。心眼ではアヤカシだけではなく生命体も察知されてしまう。念のため気配を感じたところをざっと確認してみたが、アヤカシの姿は確認できなかった。
「こっちは片付いたな。まだ他に残ってるかもしれんし、行くとしようか」
 哲心は呼子笛を吹き鳴らす。約束しておいた通り一度。二度の響きが返ってきたのは牧場の方だった。
 哲心と怜は顔を見合わせると、牧場の方へと駆けだした。

●草むらを探索
 シュヴァリエは、手にしたハルベルトを勢いよく振り回した。
「さて、それではアヤカシ狩りを始めようか」
 石突を地面に叩きつけて、彼はにやりと笑う。
「それでは私が敵の位置を確認しますね」
 このあたりは人間の腰のあたりまで草がのびている。アヤカシの位置を把握するにはコルリスの鏡弦を使うしかない。コルリスは弦を弾いた。

「‥‥あちらの方に気配が確認できます。それほど遠くはなさそうですが‥‥気配は散らばって感じられます」
 アヤカシの気配が感じられる。
「‥‥私が人魂で調べてみるわね」
 あいにくカズラは、広範囲に敵の位置を確認できるようなスキルは持ち合わせていない。人魂でにょろにょろとした触手を持つ小型の生命体を作り出してカズラは草むらへと放った。視覚を式と共有して、彼女はあたりの探索を行う。
「‥‥確かにばらけているわね」
 カズラの指示に従ってコルリスは弓を構える。

「弓を放ちます――射程内に入らないようにしてください! 薙!」
 コルリスは鷲の目で命中を高めた上で、バーストアローを使って範囲内に矢を放つ。炙り出されたアヤカシたちがわらわらと草むらから這い出してきた。

「雑魚っぽいし、大雑把でかまわないわね‥‥」
 コルリスに炙り出されたアヤカシにむかってカズラは霊魂砲を放つ。触手を持った式がアヤカシ目がけて襲いかかった。練力が切れたら鞭に切り替えるつもりで、出し惜しみはしない。

「うるさい」
 シュヴァリエの耳に、背後からアヤカシの鳴き声が聞こえてくる。ギルドからの注意点、アヤカシの鳴き声を聞くと麻痺してしまう。それを思い出し、必死に抵抗する。
「自分から位置を教えてくれるなんて、ありがたいことだな!」
 鳴き声が聞こえた方向へ、シュヴァリエはオーラショットを放つ。
 アヤカシも同様なのかはわからないが、トカゲは尾を残して逃げるもの。狙うのは頭部。ハルベルトの斧の部分が、アヤカシの首へと激烈な斬撃を落とす。続いて、槌の部分が頭部をたたきつぶした。

 仲間たちの攻撃の範囲に入らないように注意しながらコルリスは、様子をうかがって鏡弦を使う。カズラも人魂の効果が切れるたびに新しい人魂を生みだし、死角を作らないようにしながら戦闘を行う。
「シュヴァリエさん、後ろです!」
「わかった!」
 コルリスにうながされ、シュヴァリエは素早く後方へと攻撃を行う。ハルベルトに叩きつぶされたアヤカシが悲鳴をあげた。

 アヤカシとの戦いを終えた開拓者たちの耳に、呼び子笛が一度鳴るのが聞こえた。どうやら、川辺に向かった一行はアヤカシ退治を終えたようだ。牧場内の方から二度の返事が返るのも聞こえた。
「牧場に向かうとしようか」
 シュヴァリエはハルベルトを肩に担いだ。
「その前に、もう一度確認しておきましょう。もう残っていないとは思いますが」
 コルリスは草むらの中をあちこち走り回り、該当の範囲内を全てカバーできるように注意して構えた弓の弦を弾く。
 そしてアヤカシが残っていないのを確認してから、三人は牧場へと向かった。

●牧場内
 三人は、牧場内に入ると周囲に気を配りながら中央の建物を目指した。
「ハル・アントゥム・ビハイリン!? 大丈夫ですか!」
 モハメドは、建物の扉を叩きながら中の従業員たちに声をかける。母屋に二名、乳製品を作るための建物に三名が取り残されているとの事前情報通りの人数が残されていることを確認すると、
「アーニー、私たちがアヤカシを退治します! もうしばらく中でお待ちください!」
 モハメドの言葉に、中からは安心したような答えが返ってきた。

 その間に漸は自分の立ち位置を確保していた。建物の周囲は草が刈り取られ、人が行き来しやすいようになっている。
「ここならいけそうだな」
 漸は、不敵な笑みをうかべる。建物を背後にすれば、敵に背を取られることもない。
「ヤー、漸さん。準備できました。始めてください」
 モハメドの合図に、漸はハルベルトを構える。そして咆哮を使って敵をおびき寄せた。

 草むらの陰から、わらわらとアヤカシたちが姿をあらわす。
「全て任せるわけにもいきませんからね。距離があるうちは、弓術師の仕事です」
 強射「朔月」を使って、攻撃力を高めたヴァナルガンドは弓を放った。
「まずは敵を眠らせましょう」
 モハメドはリュートをかき鳴らす。抵抗に失敗したアヤカシがことりと眠りに落ちた。

「援護を頼むぞ!」
 漸はハルベルトを構えて前に出た。眠りに落ちなかったアヤカシたちがわらわらと彼女の咆哮におびき寄せられている。どうやら、ここが一番敵の集まっていた場所らしい。
「大人しく狩られてください。狼の獲物として」
 ヴァナルガンドは、前に出過ぎないように注意しながら矢を放って、敵を牽制する。
「こちらの動きを俊敏にします!」
 モハメドの奏でる曲が、黒猫白猫へと変化する。モハメドは続けて、剣の舞を奏でた。

 漸は不適な笑いをうかべた。相手の数は多いが、負ける気はしない。
 身を低くした漸を中心に、竜巻のようにハルベルトが舞う。回転切りの範囲内にいたアヤカシが勢いよく飛んで、ばらばらになった。
「‥‥やはり魔神か何かですね。姿と良い、戦い方と良い」
 ハルベルトを軽々と振り回し、次々と敵を粉砕していく漸を見てぼそりとヴァナルガンドはつぶやいた。露出度の高い華やかな衣装といいマントといい、独特の雰囲気を醸し出している。
 敵があまりにも近づいてきた。武器を片手剣と短剣に持ち替えて、モハメドも至近距離の敵と対峙する。左手のシーマンズナイフで敵を牽制し、右手のカッツバルゲルでアヤカシの頭部に斬りつける。
 
 その時、戦っている開拓者たちの耳に呼子笛の音が聞こえてきた。一度。片付いたという合図だ。
 ヴァナルガンドは呼子笛を口にくわえた。こちらはまだ終わっていない。二度、吹き鳴らし、援護をもとめる。敵の数は多いが、すぐに味方が駆けつけてくることだろう。

●ロールケーキを作ろう!
 漸が咆哮をあげて、敵を再度引きつける。牧場へ駆け込んだ哲心がアークブラストをアヤカシに叩きつける。
 カズラは、符ではなく鞭を使ってアヤカシを攻撃し、シュヴァリエのハルベルトが頭部と胴体を切り離す。
 合流してきた開拓者たちによって、残りのアヤカシはあっという間に粉砕された。
 念のために、哲心の心眼とコルリスの鏡弦でアヤカシが残っていないことを確認する。そしてようやく建物内に取り残されていた五人は解放されたのだった。

 戦闘が終わった後、一行は亀屋の店舗の一つに招かれた。
「俺は酒さえあればいいんだがな‥‥今回は酒がだめな奴もいるしな」
 シュヴァリエはちらりとモハメドに視線を向ける。
「では、後ほど改めて酒席をご用意させていただきましょう」
 にこりとして亀之介はシュヴァリエに頭を下げた。

 コルリスの差し出したチョコレートを、亀之介は丁寧に辞退した。なかなか手に入りにくい品であるが、流通ルートは何とか確保できているのである。
「チョコレートの流通ルートは確保しているんです? なら、それをロールケーキに使ってはどうでしょうか」
 ヴァナルガンドは、ルートの確認をしてからチョコレートを使うことを提案する。
「ロールケーキのクリームにチョコレートを混ぜるというのはどうでしょう?」
 ヴァナルガンドの言葉に、コルリスが意見を追加した。
「クリームの白とチョコレートの黒で、色合い的にもよさそうに思えるが」
 哲心が考えながら言う。
「生地にチョコレートを混ぜ込むのもいいかもしれないな。あとチョコレートと寒天を混ぜた物でくるんでみるっていうのはどうかな」
 漸も、チョコレート話に加わった。

 チョコレート話が一段落したところで、哲心はもう一言つけ足した。
「天儀の感じを出すなら、抹茶を使うのも手かもな」
「ジルベリアと天儀の出会いみたいな感じでいいかもね。あと旬の果物なんかもいいかもね」
 と、怜は差し出された『ろおるけえき』を前に大喜びだ。これは試作品で、プレーンな生クリームしか包まれていない。

「前に別のところで食べたんだけど、外周から内部にかけて徐々にクリームの味が濃くなっていくというのが美味しかったのよね」
 と、カズラはキセルを片手に妖艶な笑みをうかべる。
「‥‥というか食べさせて?」
「すぐにはご用意できませんが、なるべくおいしいものを完成させるように努力いたしますよ」
 亀之介はカズラの要望にも丁寧に応じる。カズラの注文はなかなか大変なことだが、やりがいはあるだろう。

 モハメドは、ロールケーキを前に考え込んだ。
「甘い物は好物なのですが、お酒を使っているお菓子は私にとってハラーム、つまり禁忌となってしまうのです。お酒を使わないお菓子は作れるでしょうか?」
「なるほど。確かにジルベリアのお菓子は香りづけにいろいろなお酒を用いたものが多いですね。お酒を使わなくてもいいように、工夫してみましょう」
 亀之介はモハメドの提案を受け入れた。

 それから数ヶ月後。亀之介の牧場では、さまざまな乳製品が作られるようになった。その乳製品や神楽の都から仕入れたチョコレートなどを使ったロールケーキが亀屋の店頭に並び、大評判となったのである。