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■オープニング本文 朱藩の都安州。そこの開拓者ギルドに、女のけたたましい声が響きわたった。 「どういうこと? 開拓者ギルドは、盗みの相談にはのってくれないっていうの?」 「いや、のらないというわけではありませんがね‥‥犯人を見つけだすのは難しいかもしれませんよ」 「だから、それをどうにかしてほしいって言っているんじゃないの!」 女は勢いよくカウンターを叩いた。あまりの音にギルド内の受付は思わず飛び上がってしまう。 開拓者ギルドのカウンターをばんばん叩いている女の名前はアキナ。年は三十代に入ったところだ。 「いい? 金銭的にはたいしたことはないかもしれないけど女にとっては大事なものなのよ! 大事なもの!」 「‥‥えっと何をとられたのでしたっけ?」 「もう一回言うからちゃんと記録しておきなさいよ? 神楽の都から取り寄せたジルベリア製のウェディングドレス! 彼のおばあさんが結婚する時に使ったベール! 友達から借りた靴! 青い石のついた首飾り!」 「‥‥お相手の方はジルベリア出身ですか?」 「そうよ」 アキナの説明によると、このたびめでたく結婚することになった。相手はジルベリア人のノウェインだ。 ジルベリア全土ではどうなのかまではアキナは知らないが、ノウェインの出身地には『さむしんぐ4』という習慣があった。新しい物、古い物、借りた物、青い物の四つを身につけて結婚した花嫁は幸せになる、という言い伝えだ。アキナは、彼の住む土地に昔から伝わるこの習慣に従って花嫁衣装をそろえていたのである。 そして結婚式の当日まで、それを自分の家――もう引っ越しは終わっているのでノウェインの建てたジルベリア風の屋敷――にしまっておくことにした。 ところが、だ。 今朝起きて、アキナが集めた品をしまっておいた屋根裏部屋に行ってみるとそこから四つの品が消えていた。 結婚式は三日後。どうにかして四つの品を取り戻したいのだ。 「――で、犯人の心当たりは?」 「いくつかあるわ」 アキナは、指を折って数え始めた。 まずノウェインの商売敵。ノウェインは天儀とジルベリア間の交易に携わっている。商売はたいそう繁盛しているのだが、当然ライバルも多い。 さらには、アキナの交友関係。ノウェインは金持ちであり、言ってみれば玉の輿だ。侵入経路まではわからないが、ちょっとした嫌がらせで持ち去った可能性もある。 もう一つ。近頃、この近辺では盗賊が多発している。もしかするとその盗賊が金目の物と勘違いして持ち去った可能性もある。 「いい? 犯人捕まえたら私の前に連れてきてよね! ぎったんぎったんにしてやるんだから!」 アキナのあげる怪気炎に、ギルドの職員は圧倒されながらも依頼を受理したのだった。 |
■参加者一覧
荒屋敷(ia3801)
17歳・男・サ
マリアネラ・アーリス(ib5412)
21歳・女・砲
リリアーナ(ib7643)
18歳・女・魔
唐州馬 シノ(ib7735)
37歳・女・志 |
■リプレイ本文 ●下準備は念入りに 開拓者たちは、アキナとノウェインの新居となる屋敷に来ていた。 「犯人はただじゃおかないんだから!」 と、拳をふりあげるアキナに対して、ノウェインの方は 「まあまあ」 と穏やかなものだ。 ここへ来るまでに打ち合わせておいた内容に沿って開拓者たちは動き始める。荒屋敷(ia3801)はいつもの格好ではなく、使用人に見えるような控えめ、かつ洒落て見えるような服装に改めていた。 「結婚式の招待状を書いてもらえないかな?」 商売敵を結婚式に招待して、様子を探ろうという作戦だ。アキナはノウェインと相談し、追加の招待状を用意する。 「そうそう、『花嫁衣装の件は全く問題なくなりました』とか『諸事情あって、衣装が当初の予定より素敵なものになりました』とか、そんな感じの言葉も書いておいてもらえると助かるな」 開拓者ギルドまで乗り込んでアキナが騒ぎ立てたおかげで、結婚式のために用意した花嫁衣裳一式が行方不明になっていることはこのあたりの者ならたいてい知っているだろう。ノウェインの商売敵の耳まで届いているはずだ。 「それから靴を貸してくれた友達にも会ってくるよ。絶対取り戻すって安心させてやらないとな」 荒屋敷の言葉に従って、アキナは靴を貸してくれた友人――幼馴染みのレイ――の家の場所を書いた地図も用意した。 招待状と地図を持って出て行く荒屋敷を見送って、マリアネラ・アーリス(ib5412)は口を開いた。 「最近盗賊が横行しているそうだなァ。俺様は、そっちをあたってみる‥‥あとは近所の住民だ。何か見聞きしているかもしれんしなァ」 魅惑的な肢体を修道士の服装に包んだマリアネラは、独特の口調でそう言うと、荒屋敷に続いて部屋を出た。 リリアーナ(ib7643)は、アキナに言った。 「お心当たりの方について、お話していただけませんか?」 「ノウェインに夢中で、あたしが玉の輿に乗るなんておかしいって言ってる子がいるの。まあこっちは三十路、あんなおばさんがって思われているのかもしれないけれど」 苦笑まじりに言ったアキナは、その相手の家をリリアーナに教えた。千歳というノウェインの取引先の一人娘だ。アキナも千歳が花嫁衣裳を持ち去ったと本気で思っているわけではないが、念のためというやつだ。 唐州馬 シノ(ib7735)は、アキナに言った。 「犯人の痕跡が残っていないか、もう一度確認しておいた方がいいと思う。現場を見せてもらおうか」 開拓者たちとの顔合わせを終えたノウェインは仕事へと戻り、アキナはシノを連れて花嫁衣裳を保管していた屋根裏部屋へとあがったのだった。 ●調査開始 「盗人の痕跡をまずは探ろうか」 アキナとともに屋根裏部屋に足を踏み入れたシノは、床に膝をついた。何年もの間人が入ることのなかった部屋なら足跡がつくほど埃がたまってることもあるのだろうが、引っ越しをきっかけに大掃除したとかで綺麗なものだった。 「足跡は残ってなかったか」 立ち上がったシノは窓を調べ始める。屋根裏部屋は、ガラス窓ではなく木製の鎧戸が部屋の壁につくりつけられていて、解放すれば風通しのいいつくりとなっていた。 「窓‥‥鍵が壊されている気配はないな‥‥ん?」 東から順番に窓を調べていたシノの手がとまった。 「この布に見覚えがあるかい?」 鎧戸の下に茶色の布の切れ端が引っ掛かっていた。問われたアキナは首を横に振る。 「ここが侵入経路ということか」 布は証拠になるだろう。シノはそれを大切にしまいこむ。何か変わったことは、と聞かれたアキナは考え込んだ。 「箱の位置がずれているくらいで、特に変わったこともないみたい」 室内に変化がないことといい、手際よく花嫁衣裳だけを盗み出していることといい、実行犯は内部の情報に詳しい者のようにシノには思われた。 「これ以上のことはわからなそうだね。私も外に出て話を聞いてくるよ」 シノはそう言うと、誰かにたずねられたら『新しい花嫁衣裳を準備することができた』と言うようにとアキナに教えて、聞き込みへと出かけていった。 マリアネラは、盗賊の被害にあった商家を訪れていた。 「そうかい、ずいぶんと念入りに準備していたんだねェ」 話を聞いて、豊かな胸の前で彼女は両腕を組む。その商家では、押し入った盗賊に盗られたのは値打ち物だけ。しかも、家人が寝ている深夜に静かに侵入して盗んでいくという見事なまでの手際のよさだった。手際のよさは、花嫁衣裳を盗んだ者にも通じるような気がする。 「これだけ手際のいい相手だと、尻尾を掴むのも容易ではなさそうだ」 つぶやいてマリアネラは、商家を後にした。盗賊たちのアジトを見つけることができたならば、その周辺でもう一度アキナとノウェインの家に侵入したくなるような噂を流すつもりだったのだが。 他に被害に遭った家に行ってみても、回答は似たようなものだった。アジトを見つけるのは断念した方がよさそうだ。 「まあいい。やりようはあるからねェ」 顎に手をあててマリアネラは、考え込む。噂をばらまく方法はいくらでもある。今度は屋敷の周辺をあたってみようと、マリアネラは屋敷の方へと足をむけた。 ●怪しい‥‥? 荒屋敷は、アキナに書かせた結婚式の招待状を持って、ノウェインの商売敵の家を訪れていた。 「花嫁衣裳を盗まれたのはお気の毒でしたな――おや、代わりの衣装が準備できたのですか」 「そのように聞いております」 荒屋敷は、相手に気づかせないように相手の顔色をうかがっていた。相手もさすがは商売人というべきか腰が低かった。使用人に見える格好をした荒屋敷にも丁寧に対応する。そこに怪しい気配は感じられなかった。 「最初の品より素敵な衣装が見つかったのならば、不幸中の幸いというべきでしょうな。ええ、もちろん喜んでお伺いします」 あくまでも使用人を装い、丁寧に頭をさげて、荒屋敷はその家を後にした。商売敵は一人ではない。アキナに用意させた一覧にある家を一つ一つ回り、同じような会話をかわして相手の様子をうかがう。 一通り話を聞き終えて、荒屋敷は大きくのびをした。残念ながら、荒屋敷の目には怪しいそぶりを見せた者はいなかった。 次に荒屋敷が訪れたのは、アキナに靴を貸した幼馴染みのレイの家だった。 「あんたも靴を盗まれて大変だったな」 「靴くらいどうでもいいんだけどね。たまたま足のサイズが一緒だったから貸しただけだし‥‥そんなに高価な物じゃないしね。わざわざ来てもらって、悪いことしたわね」 荒屋敷に茶をふるまいながら、レイは嘆息する。 「絶対取り戻すから安心してくれ」 彼がそう言った時、レイの顔が曇った。荒屋敷が重ねて問おうとすると、レイが先に口を開いた。 「首飾り、ずいぶん高価な品なんでしょう? やっぱり盗賊が盗んだのかしら」 盗賊についてならばマリアネラが情報を集めているはずだ。茶の礼をのべて、荒屋敷はレイの家を後にしたのだった。 「大変そうですね。お手伝いいたしましょうか? 門を押さえてさしあげます」 千歳の家の前にはりこんでいたリリアーナは、大きな荷物を持って戻ってきた使用人のために門の扉を押さえてやった。 「ありがとう。よかったらお茶でも飲んでいく? まだ夕食の準備を始める時間には早いし」 使用人はリリアーナに好感を持ったらしく、台所へと彼女を誘った。 「好いた男が結婚するってんで、最近、うちのお嬢さんぴりぴりしていてね〜。まったく困っちゃうわ」 千歳の言動にストレスがたまっているのか、相手の方から話をふってくる。 「ぴりぴりしていらっしゃるんですか?」 話を引き出すチャンスだ。リリアーナは話を引き出すべく適当な相槌をうってやる。 「最初に結婚するって聞いた時は殺してやるとかって大騒ぎして大変だった。前よりは少し落ち着いてきてるけど」 「それは大変ですね」 うんうんとリリアーナはうなずきながら、振る舞われた茶を口に運ぶ。 「では、アキナ様が最初より素敵なドレスを手にいれたと聞いたらどう思われるでしょう?」 「そうねえ」 相手は首をかしげた。 「やっぱり面白くはないんじゃないかな――って、前より素敵なドレスを手にいれたの? どうやって?」 ノウェインのツテを使って入手したと適当なことを言いながら、リリアーナはその情報が千歳の耳に入ることを確信していた。 ●罠をしかけて シノが訪れた古着屋の店主は年老いた小柄な男だった。 「噂は聞いているよ。盗まれたんだろ? ジルベリア渡りの『ウェディングドレス』ってやつだろ? ウチみたいな小さな店じゃ滅多にお目にかかることのない代物さ」 盗品を売るのならば小さな寂れた店だろうとあたりをつけてきたのだが、失敗だったか。それから店主は、声をひそめて 「うちじゃ盗品は扱わないんだが、角の質屋にはよく盗品が持ち込まれているという噂だぞ」 と、耳寄りな情報を教えてくれた。 「ありがとう。そっちを回ってみるよ」 シノは店主に礼を言うと、教えられた質屋へと足を運ぶ。素早く店内を見回すが、ジルベリア風の花嫁衣裳も青い石の首飾りも店内には陳列されてはいなかった。 「ジルベリア風の花嫁衣裳? うちには質入れされてないよ」 質屋の店主も、ジルベリア風の花嫁衣裳や首飾りは質入れされていないという。 「盗まれたのはノウェインのとこの嫁さんだろ? うちに質入れに来たら真っ先に知らせるよ。あの人は敵に回すより味方にした方がいい――まあ、どういう理由で花嫁衣裳なんか盗んだのかはわからないがな」 盗品も扱うのならば、ここから伝わるかもしれない。シノはこの店主を通じて噂を流すことにした。 「ま、花嫁はすぐ新しい衣装を調達したらしいがな。これが嫌がらせなら惨めな話だね」 「おやおや、それはそれは相手が気の毒だね」 質屋の店主はシノの話に笑うと、シノを送り出したのだった。 屋敷周辺の聞き込みを終えて、マリアネラは治安のよろしくない地域に移動した。柄の悪い者もここには多い。適当な相手に近づいては、マリアネラは情報を流す。 「あの屋敷の娘が新しく前よりもかなり値打ちがある品を手に入れたそうだ。しかも二度も同じ場所で盗られはしまいとでも思ってんのかまた屋根裏に置いたとか」 話を聞いた男たちのうち、何人かが身を乗り出してきているのに彼女は気がついていた。値打ちがある品は何かと問われると、マリアネラは意味ありげに笑って相手の好奇心をそそろうとする。 こうして開拓者たちは罠を張り巡らせていった。 再集合して打ち合わせを終えた、開拓者たちは屋根裏に身を潜めていた。あちこちで情報をばらまいたのだ。うまくひっかかってくれれば、もう一度盗賊がやってくるかもしれない。 リリアーナは、アキナに頼んで最初に花嫁衣裳一式を入れておいたのと同じような箱を用意してもらっていた。物音一つしない室内で開拓者たちは静かに待ち続けている。 ●晴れの日を迎えるために どのくらい待っただろうか。とんとん、と物音がして開拓者たちは身構える。物音の発生源は鎧戸だった。どうやったのか、外から叩かれることによって鎧戸の鍵が外される。そしてシノが布を見つけた窓の鎧戸が静かに開かれた。そして二つの影が入り込んでくる。 短刀を構えた荒屋敷が侵入してくる影に忍び寄った。 「まんまと罠にひっかかったな!」 荒屋敷に気がついた男たちは、慌てて逃げ出そうとした。 「簡単に逃げられると思うなよォ?」 銃を二人につきつけてマリアネラは笑った。もっとも、マリアネラの持っている銃に弾は入っていない。あくまでも威嚇用のものだ。 シノと荒屋敷は、手際よく男たちを縛り上げた。周囲に被害を与えないように慎重に場所を選んで、サンダーを放つ準備をしていたリリアーナの出番は残念ながらなかったのだが、激しい戦闘にならなかったのはよかったのかもしれない。 無事に盗賊たちを捕らえたと聞いて、アキナとノウェインが屋根裏部屋まであがってきた。アキナの方は見るからに殺気立っている。手にしているのは、何故か草履だった。これで盗賊たちをひっぱたくつもりらしい。 「アキナ様、落ち着いてください。ケガをしては大変です」 リリアーナは、思いきり草履をふりあげるアキナを押しとどめた。 「嫁になるって女が人を殴っただなんて聞いたら相手の男はどうなるかねェ‥‥ククク」 マリアネラの言葉に、アキナの手がとまった。まあまあとアキナをなだめるノウェインは、盗賊たちを目の前にしても表情一つ変えない。案外大物なのかもしれない。 「とりあえず、こいつらはギルドに引き渡してもらえますか?」 開拓者たちはその言葉を受け入れて、捕らえた盗賊たちを開拓者ギルドに連行して行ったのだった。 ギルドで取り調べた結果、盗賊たちは、青い石の首飾りが値打ち物だという噂を聞いて忍び込んだのだということが判明した。事前に情報収集を徹底し、どこに保管してあるのかまで調べ上げてから屋根裏に忍び込んだ。ついでとばかりに一緒に保管されていた花嫁衣裳一式持ち去ったのだが、期待したほどの値打ちではなかった。 そこへもう一つの値打ち物の噂を聞きつけて、意趣返しとばかりに盗みに入ったのである。 「ごめんね、本当に‥‥」 レイはアキナに頭をさげた。噂の出所はレイだったのである。レイは、ノウェインがアキナに贈った首飾りがたいそう高価な品物だと勘違いして、他の友達との噂話に首飾りのことを持ち出したのだった。 謝られたアキナは肩をすくめた。 「まあいいわよ。無事に戻ってきたんだし‥‥そうだ、よかったらあなたたちも結婚式に参加していってよ。式って言っても単なる宴会だけどね」 アキナの誘いに開拓者たちは笑顔で応じた。 おいしい料理においしい飲み物。そして幸せそうな二人を見守る招待客たち。たまにはこんな依頼の終わりも悪くないのかもしれない。 |