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■オープニング本文 武天の都此隅。鉱山街として栄えているこの町の片隅で三人の少女が熱く語り合っていた。 「だからね、北の山を越えたところに住んでいるおばあさんがその薬を作ってくれるんですって」 最初に口を開いたのは、半分ジルベリアの血が混ざっているシーナだった。 「そんな便利な薬があるの? 惚れ薬が実在するなんてちょっと信じられないな」 問い返したのは、いかにも町娘といった楚々とした雰囲気を漂わせているお春。 「でもさ、おけいちゃんが、それで一茶さんと両想いになったんだって!」 シーナに変わって答えたのは三人目。駆け出し開拓者のユウリ。腰に刀をさげている。『両想い』という単語に少女たちはきゃーきゃーと盛り上がる。三人とも十六歳。恋という話題に敏感なお年頃なのだ。 「でも、山を越えたおばあさんのところまでどうやって行ったらいいの? 此隅を出るのは危険だし‥‥」 お春が首を傾げた。 「北の鉱山で、この間廃坑になった坑があるじゃない? そこが山の向こう側に通じているんだって。おけいちゃんもその道を使ったらしいわ!」 わくわくとシーナは語った。 「万が一、アヤカシにあったとしてもユウリちゃんがいるから大丈夫よね!」 「‥‥でも‥‥実戦経験ないんだけど‥‥」 そう言ったユーリは、サムライとして開拓者ギルドに登録してはいるが、まだ一度も依頼を受けたことはない。 「大丈夫、大丈夫! アヤカシなんて出るはずないって!」 無責任にシーナはユウリの肩を叩き――気がついた時には、三人そろって北を目指すことになっていたのだった。 三人の少女が姿を消した日の夜。 開拓者ギルドに慌てて駆け込んできたのは、三人と同年代の少女だった。彼女が噂の『おけいちゃん』である。 「助けてください! 友達が‥‥北の廃坑から此隅の外に出ちゃったみたいなんです!」 駆け込んでくるなり、彼女は受付の前で激しく泣き崩れた。ギルドの受付は、彼女をなだめながら話を聞き出そうとした。 「北の山を越えたところに、おばあさんが住んでいるでしょう? 私、この間お父さんの薬を取りに行ったんです」 おけいが言ったのは、此隅の北にある山を越えた谷間に家を構える元開拓者の女性のことだった。年をとって引退した後は、薬草を摘んで薬を作ったり、開拓者としてあちこち回っている間に覚えた占いをしたりして生計を立てている。余談だが、彼女の占いはよく当たるのだとちょっとした評判になっていた。 「その時はアヤカシの情報はなかったし‥‥別件でおばあさんに用のある開拓者の人に同行させてもらえたから‥‥」 父の容態を正確に伝えるため、おけいがおばあさんのところに行くのは必須条件だった。そこで薬をもとめて彼女のところを訪れる開拓者に同行させてもらったのである。医者にかからないでわざわざ彼女のところを訪れたのは、持病の腰痛に一番効くのが彼女の作った臭い湿布薬だから、なのだそうだ。 「ほら、北の鉱山にアヤカシが出たっていう話があるでしょう? 彼女たちが入っちゃった使われなくなった坑道とは別のところみたいだけど‥‥」 「‥‥アヤカシも移動しますからねぇ‥‥」 三人のうち一人は開拓者とはいえ、実戦経験もない駆け出しだ。自分の命を守るだけならともかく、同行者まで守りきることができるかどうか――。 「大急ぎで救援隊を派遣しましょう」 そう言うとギルドの受付は、大急ぎで開拓者を集め始めたのだった。 |
■参加者一覧
滝月 玲(ia1409)
19歳・男・シ
天野 瑞玻(ia5356)
17歳・女・砲
菊池 志郎(ia5584)
23歳・男・シ
利穏(ia9760)
14歳・男・陰
西光寺 百合(ib2997)
27歳・女・魔
ジナイーダ・クルトィフ(ib5753)
22歳・女・魔
巳(ib6432)
18歳・男・シ
熾弦(ib7860)
17歳・女・巫 |
■リプレイ本文 ●暗い道を ギルドから依頼を受けた開拓者たちは急ぎ足に使われなくなった坑道を目指していた。 「抜けるまで最短ルートで三時間ほどらしい。とはいえ、彼女たちが最短ルートを通るとは限らないし、照明は節約していこう」 滝月 玲(ia1409)が、事前に周囲の人たちから仕入れた情報をもとに皆に注意を促した。 「ほ、惚れ薬なんて本当に存在するのでしょうか!?」 利穏(ia9760)は首をかしげた。そんなことより、急いで三人を保護するほうが急務ではあるが。 「惚れ薬なんて便利な物が有ったとして薬の効果で相手を引っかけても長続きしないでしょうね」 天野 瑞玻(ia5356)は、少々あきれたように首をふる。話を聞く限りでは、三人とも真剣に悩んでいるというわけではなさそうではあるが。 「惚れ薬なんてあったら‥‥」 とつぶやきかけた西光寺 百合(ib2997)は慌てて頭をふった。たとえ本当にあったとしても、一服盛るのは人としての道理に反する。 坑道前にたどりつくと、巳(ib6432)は坑道に入る前に最後の一服を吸うべく煙管を取り出した。 「占いなぁ‥‥。他人の『昔』や『先』が見えるってなぁ、どんな気分なのかねぇ‥‥」 と独り言をつぶやいて、煙管をふかした。占いにはさほど興味はないが、芙蓉という人間には興味がある。三人娘を保護した後、芙蓉のもとへ連れていくことになったら顔を合わせることができるだろう。 ジナイーダ・クルトィフ(ib5753)は地図を広げていた。坑道内の道のりをしっかりと確認する。 年頃の娘たちが恋に夢中になるというのはジナイーダにもわからないでもない。彼女たちの行動力も嫌いではない。とはいえ、気持ちが相手に通じる前に命を落としてしまっては何の意味もないわけで、早く保護してやらなければと思う。 「入る前に、みなさんに加護結界を‥‥」 菊池 志郎(ia5584)は、仲間たちに加護結界を付与した。これで皆の防御と抵抗を一時間の間上昇させておくことができる。 「家に戻ったら、きっと叱られるでしょうね。その前に今回の目的を叶えさせてあげたいです」 志郎の言葉に、何人かが頷いた。 熾弦(ib7860)が松明の持ち手を買って出る。多めに持ってきているし、火種ですぐに着火もできるからだ。 坑道を八人で進むとなると、隊列も自然と長くなってしまう。列の前と後ろで光源を利用できるようにうまく隊列を組んで開拓者たちは坑道に足を踏み入れた。 巳を先頭に開拓者たちは、坑道内を進んでいく。 巳は、超越聴覚を使って遠くの物音も聞き漏らさないようにしている。熾弦と志郎は、交互に瘴索結界を使ってアヤカシを探知することにしていた。まず熾弦が瘴索結界を使う。 「シーナ! ユウリー! お春ー!」 巳のすぐ後ろを歩いていた玲は、大声で三人の名前を呼んだ。 「聞こえるかー!」 この坑道に、アヤカシが紛れ込んでいる恐れもある。アヤカシの注意を引きつけるために、あえて声はひそめない。他の者たちも声を出しながら、用心深く進んでいく。 片手に松明をかかげた瑞玻は、列の後方に位置して警戒していた。マスケットではなく、短銃をすぐに使えるように準備している。 列の中央に位置している利穏は、皆が叫ぶ合間に呼子笛を吹き鳴らした。三人がこちらに気がついてくれればいい。 ジナイーダは、歩きにくい床に注意しながら歩いていた。使われていない坑道は、壁や天井から水がにじみ出ていて床を濡らしている。つるつるとしたそこは不安定だった。 「‥‥悪い。一度静かにしてくれ」 巳が言った。その言葉に皆足を止め、注意を払う。 「この先‥‥下だ! 悲鳴のようなものが聞こえた」 他の者たちの耳には、まだ聞こえていない。暗闇の中、用心しながら巳の導く方向へと走り始めた。 ●坑道の戦い 開拓者たちは、声を出しながら走った。三人に助けが来ていると知らせるために。 「誰か! 助けて!」 「ここにいるから!」 しばらく行くと、若い娘たちの声が聞こえてきた。 「先行するぞ!」 巳が早駆を使って、先を急ぐ。玲も続いた。志郎の張っていた瘴索結界に、アヤカシの気配が察知される。三体‥‥いや、四体か。 開拓者たちが駆けつけた時、三人は下へと降りていく坑道の折り返し地点になっているところに追いつめられていた。 二体のアヤカシが三人を取り囲んでいる。上に戻る道も、下へ逃げる道もアヤカシに塞がれていて、逃げ出すことはできそうになかった。 娘のうち一人が、他の二人をかばうように刀を構えている。後ろにいる二人のうち一人が松明を手にしていた。 他に二体のアヤカシが、巳の方を向き、威嚇するかのように鋭い爪の生えた足を振りあげている。 「彼女たちはやれないな、代わりに上等な炎を食わしてやるから諦めろ」 玲が瞬脚を使って飛び込んだ。そのまま道を塞いでいるアヤカシに天呼鳳凰拳を仕掛ける。アヤカシが、一歩後退する。その隙に玲はさらに前進した。二体のアヤカシの隙間をかいくぐり、刀を構えているユウリと並ぶようにして立つ。よく見れば、ユウリの腕からは血が滴り落ちていた。 利穏は、黙苦無を投げた。少女たちを喰らおうとしているアヤカシのうち、右手側にいるアヤカシに続けざまに苦無を撃ち込む。アヤカシが体をのけぞらすのを見て、瑞玻は短銃を構えた。彼女が今位置しているのはアヤカシたちより上の坑道。クイックカーブを使い、利穏の攻撃をくらったアヤカシ目がけて狙いを定める。皆を巻き込まないよう慎重に。乾いた銃声が坑道内に響き渡る。玲が骨法起承拳を使った攻撃を叩き込み、まず一体が崩れ落ちた。 手持ちの苦無を全て投擲した利穏は、武器をナイフに持ち替えた。 百合は、素早くホーリーコートをアヤカシと対峙している者たちへとかけていく。これで攻撃力が増すはずだ。 「ここでなら大丈夫そうね‥‥」 ジナイーダは少女たちの前にいるアヤカシめがけてウィンドカッターを放つ。百合のホーリーアローがそれに続く。瑞玻が狙いを変えて、そのアヤカシに銃弾を叩き込むと崩れ落ちた。 暗視で視界を確保した巳は、三人の少女に声をかけた。 「もう少し壁際に寄れ。そこにいると巻き込まれる」 それから、ユウリに向かって 「己の感覚を信じろ。仮にも開拓者なんだろ? 守れねぇでどうすんだよ」 と諭す。少女たちとアヤカシの間へと入り込んで、巳は、目の前にいるアヤカシの鋭い爪の生えた足目がけて刀を振り下ろす。まず、右側の足が飛び、続いて左側の足が地に落ちる。攻撃手段を奪われたアヤカシは、ぎちぎちと口に生えた牙を鳴らした。 ナイフを構えた利穏が、背後からそのアヤカシに斬りかかる。正面からもう一度巳に斬られて、アヤカシは瘴気へと返って行く。 残ったのは一体だった。少女たちに牙を向けようとするアヤカシに開拓者たちの攻撃が集中する。ジナイーダのウィンドカッターと百合のホーリーアローが同時にアヤカシに炸裂し、玲が拳を叩き込む。連携のとれた開拓者側はそれほどの怪我を負うこともなく戦闘が終了した。 「これで一安心ですね」 熾弦は息をついた。まだアヤカシの危険は残っているが、少なくとも三人を保護することには成功した。この周囲にアヤカシの気配は探知できないし、巳の耳にも不自然な物音は聞こえない。 「おけいさんが心配していましたよ」 と、皆の傷を閃癒で癒やしながら志郎は言う。三人とも完全にしゅんとしていた。 手当てを終えた三人を玲は叱りつけた。こんなところに入り込むだなんて正気の沙汰ではない。それからユウリにはよく頑張ったと声をかけてから、 「これだけ怖い目にも合ったんだ、芙蓉さんの所に連れて行ってもいいんじゃないか?」 と彼は提案した。 「そうね。彼女のところにも坑道を抜けたアヤカシが現れていないとも限らないし‥‥」 ジナイーダが同意する。 「一度会えば、もう無茶もしないでしょうしね」 熾弦も賛同した。ここまで来れば、戻るより向こう側に抜けた方が早い。坑道内で戦闘になるよりは、開けたところへ出た方がいいだろうと皆の意見も一致する。坑道を抜けてしまえば、少々遠回りにはなるが山を越えて戻るルートもある。アヤカシが退治されたのを確認してから、そちらの道を使って返るのもいいだろう。 「あなたも開拓者です。芙蓉さんの家まで、お友達をしっかり護衛していきましょう」 志郎の言葉に、刀を握り直したユウリはしっかりと頷いたのだった。 ●惚れ薬の真相 少女たちを保護した開拓者たちが、芙蓉と名乗る引退した女性が住む家にたどり着いたのは、それから数時間後のことだった。 小さな祠があり、そのすぐ側に小さな家が建てられている。案内を請うと、出てきたのは、背筋のぴんと伸びた女性だった。「おばあさん」と彼女たちは言っていたが、確かに相応に年を重ねてはいるものの、老け込んだ印象はない。 「馬鹿だねー」 家の中に皆を通し、話を聞いた芙蓉は馬鹿だ、馬鹿だと繰り返した。 「惚れ薬なんて便利なもの、存在するわけないじゃないか」 詳しく話を聞いてみれば、おけいが訪ねてきた前日に彼の方もこの家に薬をもらいに来ていた。そのついでに彼の話を聞いていたので、おけいが来た時には双方の気持ちを知っていたのだという。 惚れ薬と言って渡した瓶の中身はただの水。それで告白する勇気が出れば――と思ってのことだったらしいのだが。 「まさか、本気にする馬鹿がいるとは思わなかったよ」 「惚れ薬の真相なんて、あっけないものね」 ジナイーダは苦笑する。 「ちょっと背中を押してやるつもりが、とんでもないことになって申し訳なかったね」 言葉の通り申し訳なさそうに、芙蓉は開拓者たちに頭を下げた。 「過ぎたことを言っても始まらないわ。それより、占いをお願いしたらどう? せっかくここまで来たんだし」 ジナイーダの言葉に、少女たちは顔を見合わせてそれからお願いしますといっせいに頭を下げる。 「しかたないねぇ、もともとはわたしのついた嘘が原因なんだし」 芙蓉はカードを取り出して、少女たちのために並べ始めた。巳はその様子を興味深げに眺めていた。他人の未来が見えるというのは、どんなものなのだろう。 占いを終えると、三人の少女はそれぞれ喜んでいたりがっかりした表情を見せたり、それからこれからどうするかを話し合ったりと忙しい。 「傷によく効く薬の作り方を教えてもらえないかしら?」 占いの道具を片づけている芙蓉に百合はそっと頼んだ。本当に惚れ薬があるのなら見てみたかったような気もするのだけれど。実際に使うわけにはいかないのだから、これで丸く収まったのだろう。 臭いけどかまわなければ、という芙蓉に薬の調合を書いたメモをもらい、迷惑ついでにもう一つ頼んでみる。彼女の想い人の未来のことを。心配ない、明るいものだという返答に百合は胸をなで下ろす。あの人の未来が明るいものであるなら、それでいい。 「あのですね‥‥、美容や健康などに効果のある薬はございますか?」 利穏は芙蓉に声をかけた。できれば三人分ほど、という彼の言葉に芙蓉は破顔する。 「あの子達にあげるんだね。お代はいいよ、持っていきな‥‥親切な開拓者さんだね」 利穏は照れくさそうに小さな包みを三つ受け取ると、帰り支度をしている少女達へと手渡す。 「皆さんの微笑みがあれば、惚れ薬なども不要でしょう」 女性の事は余り詳しくありませんが‥‥と言いながら彼が手渡したのは、肌が美しくなるという効用のある薬草茶。きゃー、とまた歓声があがる。 「‥‥俺の恋愛運もいいかな?」 皆の注意が芙蓉からそれたところで、玲はこっそり頼んでみた。じろりと彼を見た芙蓉は、 「カードを出すまでもないね。あんたみたいないい男は、モテモテで困るに決まっているじゃないか」 と、断言した。 「何だよ、それ」 と玲が返すと、芙蓉は笑った。 「人相で占う方法もあるんだよ――さあ、そろそろ帰りな。これ以上ここにいると夜になってしまう」 用件のすんだ少女たちは、完全に帰り支度を終えている。 こうして此隅のアヤカシ騒動は終幕となった。惚れ薬の噂はしばらく此隅に残り――芙蓉のもとを訪れる者が何人もいたというが、それも一月もしないうちに収まったのであった。 |