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■オープニング本文 神楽の都を経由し、『チョコレート』が流通するようになったのは、ごく最近のことだ。どちらかと言えば高価な甘味に分類されるため、好んで食べるのは比較的裕福な層が多い。 誰が言い出したのかは知らないが、チョコレートには恋をかなえる効果がある、などとこのところ噂になっていた。ジルベリア経由の『バレンタイン』なる行事も、一部では行われているらしい。 そんなわけで、食い意地のはった和菓子店亀屋の店主亀之介が、商売の機会を逃すはずはなかった。 「さあさあ、神楽の都から最高級のチョコレートを取り寄せましたよ。おまえたち、このチョコレートを使った新しいお菓子を考案しなさい」 亀之介の命令で、使用人たちはあれやこれやと新しいお菓子を考案し始める。亀屋にはたくさんのレシピ本も置かれているのだ。 それから二週間後。亀屋では『ロールケーキ』や『チョコレートクッキー』など、チョコレートを使ったさまざまなお菓子が売り出されていた。中には大福にチョコレートを包んだものもあった。 亀屋の商品は何を食べてもおいしいと売れ行きは上々で亀之介は上機嫌であった。 それと同時に亀屋周辺では、ある噂が駆けめぐっていた。 「恋をかなえるには亀屋の新作が一番いいらしい」 意中の相手がいる女性たちの間でチョコレート熱が高まり――それをどこでかぎつけたのか、亀屋の近くにとんでもないアヤカシが出現した。それを見かけた亀之介はあわてて開拓者ギルドに飛び込んだ。 「か――開拓者さんをお願いします! アヤカシが出現しました!」 亀之介は見かけたアヤカシについて開拓者ギルドの受付に説明を始めた。 いわく、アヤカシはそれほど強くない――らしい。何しろやや太り気味の亀之介がアヤカシの手から逃れることができたくらいなのだから。 亀之介が受付に入るのと同時に、他からも次々と情報が入り始める。町中に出現したアヤカシは、巨大なトカゲに似た姿をしているという話だった。 口から飛び出る長い舌で、獲物の足を捕らえて引きずり倒し、頭から丸かじりにするらしい。 さらには、口から粘液のようなものを吐き出すという。それはチョコレートのような香りがするらしいのだが、それを食らうと十秒ほど完全に動けなくなるというものであった。 被害が出たことで、周辺はパニック状態に陥っていた。逃げ惑う女性たち――亀屋のお得意さんたち――の悲鳴が響き渡り、従業員がなんとか避難させたらしい。 アヤカシが出現したのが、亀屋近辺のため亀之介も自分の家に戻ることができない。アヤカシには家を破壊するほどの力はないため、亀屋の従業員や周辺住民は自宅に立てこもっているという話だ。 「よろしくお願いしますね」 亀之介は皆に頭を下げたのだった。 |
■参加者一覧
天河 ふしぎ(ia1037)
17歳・男・シ
利穏(ia9760)
14歳・男・陰
向井・奏(ia9817)
18歳・女・シ
鉄龍(ib3794)
27歳・男・騎
ヴィオラッテ・桜葉(ib6041)
15歳・女・巫
和亜伊(ib7459)
36歳・男・砲
にとろ(ib7839)
20歳・女・泰
ラグナ・グラウシード(ib8459)
19歳・男・騎 |
■リプレイ本文 ●甘い香りが漂う中を 天河 ふしぎ(ia1037)は、恋人である向井・奏(ia9817)と顔を見合わせた。 「恋をかなえるには亀屋の新作が一番いいか……素敵な噂だね。恋する全ての人達の為にもそのアヤカシ、退治しなくちゃね」 「亀屋の商売、『ばれんたいん』に乗じて恋を成就させようという人々の恋路を邪魔するとは許せぬ所業でござるな」 拳を突き上げて気合いを入れているふしぎに奏も同調する。『旦那』であるふしぎの手前、恥ずかしい戦いはできない。いい格好を見せねば、と奏もまた気合いが入る。 ヴィオラッテ・桜葉(ib6041)は、街中まで入り込んでくるアヤカシが増えていることに苛立ちを覚えていた。さっさと排除するに限る。 「チョコレートみたいなアヤカシか。前読んだ本には蛙型の動くチョコレートなんかいたっけなぁ」 和亜伊(ib7459)は、ふと読んだ本のことを思い出す。今回は食べられる相手でないのが残念ではあるが。 「チョコレートで恋がかなう、だと……ちっ、また売らんが為の戦略、か! リア充滅殺! リア充爆ぜろ!」 残念ながら『モテ』とは程遠いところにいる非モテ騎士ラグナ・グラウシード(ib8459)。こういった恋愛関係のイベントになるとついつい否定的な思考をしてしまう。その横で、にとろ(ib7839)は、 「二月十四日は、ジルベリアではぁ死者が帰って来てぇ、リア充にぃ襲いかかる日らしいにゃんす」 などと本当か嘘かわからないことをぺらぺらとしゃべっている。その言葉を真に受けた開拓者ギルドの職員が恐ろしそうな顔になった。 「あぁー、ついにぃ天儀にもぉ、恐るべきぃ魔の手がぁとどいてしまったにゃんす」 にとろは遠い目をした。 それはひとまずおいておくとして、アヤカシを索敵できるスキルの持ち主が今回は多い。アヤカシの数が四体と確認されていることから、四組に別れて探索することになった。それほど強い敵ではなさそうだし、排除するのに困難は少ないだろう。 利穏(ia9760)は、亀屋周辺の地図を取り寄せていた。 それから利穏は、依頼人である亀之介にアヤカシの姿形を確認する。トカゲに似ている、口から粘液を吐き出す、などアヤカシの特徴を頭に叩き込んだ。 「上とか物陰とか気ぃつけた方がいいな」 亜伊は、『耐水防御』を施しながら言う。敵がどこからやってくるのかまったくわからないのだ。 鉄龍(ib3794)は、一緒に組むことになったヴィオラッテの方を振り返る。索敵はヴィオラッテの『瘴索結界』を中心に行うことになる。戦闘になったら、全力でヴィオラッテを護衛することになるだろう。 ●アヤカシとの遭遇 ラグナはふしぎと一緒に探索に出ることになっていた。 「奏、気をつけてね」 と恋人に手をふるふしぎに若干いらっとしてしまったのは、断じて僻みではない――はずだ。 「新作楽しみだよね、亀屋のお菓子なら期待大だよ!」 と、ふしぎはにこにこしながら『超越聴覚』で聴覚を高めておく。懐中時計「ド・マリニー」を、瘴気の流れを図るために取り出した。 「……あの、亀屋の依頼とはな」 亀屋の依頼を受けた後にふるまわれる食事や菓子が美味いということは依頼を受けたことのある開拓者たちから聞いたことがある。甘いものが好物のラグナとしては、依頼を受けたあとに振る舞われる甘いチョコレートの方が気になっていたりする。 利穏(ia9760)は、鼠型の人魂を放った。アヤカシの大きさからすると怪しいのは、日陰や塀の裏、建物の隙間といったところか。亜伊の言葉に従って、上の方も注意を払うのを忘れない。 利穏と一緒にいるにとろは 「探索系のスキルは持ってないにゃんすがぁ、そこはそれぇ、研ぎ澄まされた勘で頑張るにゃんす」 と、やる気があるのだかないのだかよくわからない態度だ。 「妖気!」 と、ぴこーんと振り返っているのはいいのだが、猫と正面から顔を合わせているのではどうしようもない。 奏は、亜伊と一緒にアヤカシが出た亀屋周辺を見回っていた。『超越聴覚』で聴覚を高めてある。 「ふとどきなアヤカシを退治するでゴザル……和亜伊殿、その建物の陰、怪しい物音がしたでゴザル」 亜伊は『荒野の決闘』で俊敏を高めておいて左右の手に短銃を構えた。奏は呼子笛を口にくわえ、いつでも仲間を呼べる態勢を取る。 緊張を崩さないようにしながら、二人はじりじりとその建物の陰へと回り込んでいく。そこにいたのは、大きな野良犬だったので、思わず息をついたのだった。 ヴィオラッテは、『瘴索結界』を使った。いざという時は一緒に組んでいる鉄龍の後方に下がれば安心だ。 「……アヤカシの気配がします」 ヴィオラッテの指差す方向に、鉄龍は意識を向ける。右目が鋭さを増した。 「瘴気の位置からすると、あの建物のあたりに一体。道を挟んだ反対側にもう一体……、というところでしょうか」 さほど強くなさそうなアヤカシとはいえ、鉄龍が一人で二体を相手にするのは分が悪い。事前の打ち合わせどおりに、鉄龍は呼子笛をくわえると大きく吹き鳴らした。 「鉄龍様……援護いたします!」 ヴィオラッテは後方に下がると、神楽舞「速」を舞い始めた。 ●チョコレートはアヤカシの臭い 鉄龍とヴィオラッテの近くにいたのは、奏と亜伊だった。二人とも呼子笛の声に反応して駆け寄ってくる。 「鉄龍、上だ!」 亜伊は叫んだ。家の壁に張りつく様にしてアヤカシがこちらを睨んでいる。長い舌を口からちょろちょろと出して開拓者たちを威嚇してきた。 「俺の後ろにいれば安全だ、あの程度の攻撃一度足りとも後ろには通さん」 鉄龍は焦った様子などなかった。ヴィオラッテの方には目もくれずそれだけを口にする。 アヤカシが鉄龍目がけ舌を伸ばした。鉄龍は、伸ばされた舌を逆にしっかりと掴む。力任せに引き寄せると、『グレイヴソード』を用いた上で、思い切り斬り捨てた。 舌を切られたアヤカシが、ちろちろと残った舌を蠢かして、鉄龍を威嚇する。それを鉄龍は笑い捨てて、アヤカシが吐き出した粘膜を身軽な動きでかわした。 そこから後は、さほど時間はかからなかった。『オウガバトル』を発動した鉄龍は、ヴィオラッテの援護もあってアヤカシに反撃する隙などほとんど与えなかった。彼の剣がアヤカシを一刀両断にする。地面に倒れたアヤカシは、すぐに瘴気へと返っていった。 「確かにいい匂いだ。問題は食えねぇ事だけどな!」 もう一体、建物の陰にいた。口から発せられた粘液を、亜伊は横に飛んでかわす。奏が亜伊とアヤカシの間に走りこんだ。 奏の足にアヤカシの舌が巻きつく。避けようとしたが位置が悪い。とっさに奏は刀をアヤカシの舌に突きたて、地面に固定する。アヤカシが尾を振り回した。 もう片方の手の苦無を、奏はアヤカシ目がけて投擲する。アヤカシの目に突き立った。亜伊は、『単動作』で弾を装填しては、アヤカシ目がけて銃弾を喰らわせる。 奏はアヤカシが弱ってきたのを見てとると、刀を引き抜いた。引きずられる前に素早く舌を切り離す。そしてアヤカシに飛びかかって斬りつける。アヤカシは地面に倒れこんだ。 ラグナとふしぎの組、利穏とにとろの組にも呼子笛の音は届いていた。笛の音の方へと駆けようとするが、ふしぎがラグナを呼びとめる。 「待って! このあたりにもアヤカシがいそう!」 瘴気の流れと、高めた聴覚で怪しげな気配を探ることができた。さらに甘い香りが漂ってくる。ちょうどそこへ利穏とにとろの二人が合流する。 「うにゃああああ!」 出会い頭ににとろが叫ぶ。壁の向こう側から出てきたアヤカシが出会い頭に粘液を発したのだ。避けきれず、にとろは甘い香りのする粘液に包まれて身動きが取れなくなった。 「気をつけるにゃりぃ! 私ぃみたいになっちゃうにゃんすよ!」 かろうじて動く口を必死に動かして、にとろは仲間たちに警告を発する。 「……くそっ!やたらにいい香りをさせおって!」 ラグナがいらついた声を出した。甘い甘いチョコレートそのものの香りが周辺に漂う。 「トカゲ風情が、私に牙剥こうとは!」 ラグナは『オーラドライブ』を使うと、グレートソードを構えた。アヤカシが口から吐き出した粘液を、グレートソードで受け流し、ラグナは一歩踏み込んだ。 ラグナの攻撃はいつもより鋭い。完全に八つ当たりではあるが、『リア充』への恨みつらみも同時に発散しているのだ。とんでもない勢いでグレートソードが振り下ろされ、アヤカシは真っ二つになる。 動けなくなったにとろが悲鳴をあげる。アヤカシがにとろの方へ舌を伸ばしたのだ。 「失礼……しますよ!」 利穏は、斬撃符をアヤカシに叩きつけた。 「僕はあっちの援護に回るねっ!」 ふしぎは『奔刃術』を使って、にとろと利穏に対峙しているアヤカシの方へと駆け寄る。駆け寄るのと同時に、勢いよく切りつけた。最初の一撃で舌が飛ぶ。もう一撃がアヤカシの上唇を切り落とした。 再度利穏が斬撃符を放つ。素早くアヤカシの横に回りこんだふしぎは、アヤカシにとどめを刺したのだった。 ●甘い甘い時間はいかが 「念のために、もう一度周囲を調べておきましょう」 ヴィオラッテが、『瘴索結界』で、アヤカシの残りがいないかどうかを確認する。開拓者ギルドの報告どおり、敵は四体しかいないようだった。 「ははは、できれば新作のクッキーとかケーキとか、そうそうチョコレートを包んだ大福などもいただきたいものだな」 ラグナはちゃっかり亀屋に寄っていた。何しろ亀屋の依頼を片付けた開拓者たちは、亀屋の商品がたくさん食べられるのである。甘い物好きのラグナはたいそう上機嫌であった。 「バレンタインっつったらやっぱりこれだろ!」 亀屋の店内は一画が、茶店のようになっている。そこに座り込んだ亜伊は、自作の菓子を広げていた。みたらしの要領でチョコレートをかけたチョコレート団子と餡団子である。 「男からで申し訳ないけどな」 と笑った彼に悪気はない。 「恋をかなえるには亀屋の新作が一番いいらしいというのは本当ですか?」 利穏は、店員にたずねる。出所不明の噂話だという回答に、彼は納得した。そう言えば、女性から男性へチョコレートを贈るのだった。女性たちの間でそんな噂が出てもおかしくはなさそうだ。 亜伊の座っている一画に加わった利穏は、お茶を出す手伝いをして、ゆっくりとチョコレート菓子を味わう。 「いやぁ、同じ甘い香りと言えど先のアヤカシとコレでは雲泥の違いですね」 甘い香りが疲れを癒やしてくれるようだ。 「これが新作の菓子か……ふむ、甘い物は普段あまり食べないがこれが美味しいのは分かる」 鉄龍も、新作に遠慮なく手を伸ばす。土産に分けてもらえないかと亀之介に交渉すると、彼の予想以上の量を包んで持ってきてくれた。 「本当においしいです」 にこにこしながら、ヴィオラッテもチョコレート菓子を味わっていた。レシピを聞くことはできないだろうか? 作りたい相手がいるわけでもないのだけれど、後学のために聞いておきたい。 企業秘密の部分は無理だけれど、家庭用にアレンジしたものでよければ――というわけで、チョコレート味のロールケーキのレシピを教えてもらった。 奏は亀屋の店員に、 「愛を伝えるに亀屋の新作が丁度いいという話を聞いたのでゴザル。それにはどの商品がいいのであろう?」 新作のチョコレートを受け取ると、それをそのまますぐ後ろにいたふしぎに手渡す。 「あいらびゅーでぷれぜんとふぉーゆーでゴザル」 渡す対象も今回の依頼に一緒に参加していたのである。 「わぁ、チョコありがとう……奏、大好き」 ふしぎは頬を赤くしてそれを受け取った。そして、一口食べておいしい、と破顔する。 「はい、奏、あーんして」 と、奏とふしぎがチョコレートの食べさせあいをしている後ろで、 「というより……リア充なんて皆爆ぜればいいのに」 と、一応小声でつぶやくラグナ。非モテ騎士はこの季節が大嫌いなのである。 「べ、別に、チョコレートが喰いたければ自分で買うし、それで十分だしな!」 などと強がってみるラグナなのであった。 その頃、にとろは、というと。 「………………完全にぃ忘れられてるにゃんすね」 戦闘を終え、静けさを取り戻した亀屋の前に猫と一緒に座り込んでいるのであった。 |