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■オープニング本文 その日、開拓者ギルドは朝からにぎわっていた。アヤカシが出たというだけではない。開拓者ギルドにはさまざまな依頼が持ち込まれるのである。 「何をしているの?」 その日、ギルドの受付に入っていたのは胡蝶という女性だった。蝶という名前にふさわしく、ひらひらとした華やかな服を着ている。 胡蝶が声をかけたのは、まだ幼い少女だった。彼女は着物のようなものを着ている。 「あのね――」 声をかけられたことにほっとしたように少女は泣き出した。 「ああ、ちょっと泣かないで泣かないで」 困って胡蝶は、少女を抱き上げる――そして少女の袖がまくれているのに気がついた。 「きゃあっ、何よ、これ――!」 最初に見ただけでは、わからなかった。少女は赤い着物を着ていたから。その着物の袖が血で赤く染まっている。 「怪我、しているの?」 「違う――これ、違うの……!」 受付を他の職員に任せて、胡蝶は少女をギルド内の一室に連れて行く。少女をなだめるために、ジュースやお菓子を取り寄せて必死にあやした。 「お嬢さん、お名前は?」 「……愛」 それから胡蝶は辛抱強く愛から話を聞き出す。 「その腕はどうしたの?」 「……お母さんっ……! うわああああんっ!」 もう一度愛は激しく泣き出した。泣き出す愛を胡蝶はなだめ――話を聞き出そうとしてはまた泣かれる――それを繰り返した。 ようやく話を聞き出すことができたのは、三時間がたってからだった。 「……大変じゃない……!」 泣きじゃくる愛の話を総合するとこうなる。愛は安州から大人の足で二時間ほど離れた村に住んでいた。 その村がアヤカシに襲われたというのである。アヤカシは非常に数が多く、また強かった。 村人たちは次々にアヤカシに食われ――愛だけは両親と近所のおじさんが盾となって逃がしてくれたのだそうだ。 困ったことがあったら、開拓者ギルド――そう聞かされていた愛は必死に歩いて安州まで来たらしい。まだ五歳の愛だから、村を出てからどの程度の時間をかけて歩いてきたのかわからない。途中、親切なおじさんが荷車に載せてくれたのだそうだ。そのおじさんはギルドの前で愛をおろして、いなくなってしまったが。 「……まずは開拓者を集めないといけないわね」 胡蝶は愛から聞いた情報をメモしながら頭を悩ませる。家を破壊したというからかなり力の強いアヤカシなのだろう。二本足で立って、武器を持っていたという。棒のような物だというから近距離攻撃がメインと思われる。 「……村でたった一人の生き残りなのね……」 泣き疲れてギルドの一室で眠り込んでしまった愛を見ながら、胡蝶は深々とため息をついた。 |
■参加者一覧
倉城 紬(ia5229)
20歳・女・巫
リューリャ・ドラッケン(ia8037)
22歳・男・騎
トカキ=ウィンメルト(ib0323)
20歳・男・シ
海神 雪音(ib1498)
23歳・女・弓
神爪 沙輝(ib7047)
14歳・女・シ
唐州馬 シノ(ib7735)
37歳・女・志
大城・博志(ib7903)
30歳・男・魔
一之瀬 戦(ib8291)
27歳・男・サ |
■リプレイ本文 ●誰もいない村 神爪 沙輝(ib7047)は、開拓者ギルドの一室で座り込んでいる愛のもとを訪れた。泣き疲れて泥のように眠った後、ようやく目をさましたところだ。 「家族や村人全員がアヤカシに……私と一緒、なのですね……」 アヤカシにより、家族や友人を失った者は多い。沙輝もその一人だった。 「今から愛さんのお父さんやお母さんや村人たちの仇を取りに行くから、この子と一緒に待っていて欲しいのです」 そう言って渡されたうさぎのぬいぐるみを、愛はまだ涙のあとの残る顔で精一杯にこりと笑って受け取った。いい子にして待っているという言葉が痛々しい。 唐州馬 シノ(ib7735)は、ぬいぐるみを抱きしめている少女の側に座り込んだ。 「仇は討ってやる」 そうささやいた言葉に、少女はこくりと頷く。あいにくと子どもの相手ができるほど器用ではない。わずかな言葉をかけただけで、その部屋を立ち去った。 「……仇は必ず」 海神 雪音(ib1498)は低い声でつぶやいた。 開拓者たちは、アヤカシが徘徊している村へと急行した。村があったと思われる場所は、跡形もなくなっていた。柱だけ残った建物が建っていたりするが、人が生きている気配は完全にない。その村があった場所は、林の隣にあった。 アヤカシはこの村や林の中にいるのだろう。『瘴索結界「念」』を使った倉城 紬(ia5229)は、アヤカシの気配を探りだそうとゆっくりと歩みを進めた。 骸骨の面をつけたトカキ=ウィンメルト(ib0323)は、冷静な口調で状況を分析する。 「……村の中も林も……地面の高さは同じようなものですね」 村の方は建物に使われていた材木が散らばっていて、うかつに踏めば足を怪我しかねない。つまずけば、アヤカシの格好の的となってしまうだろう。 一之瀬 戦(ib8291)は眉を寄せる。村がアヤカシに襲われて全滅――珍しい話ではない。自らの過去の経験を振り払うように、村の方へと鋭い視線を向けた。 大城・博志(ib7903)は、足音を立てないように注意しながら歩いている。こちらがひきつけようとしていない時に、アヤカシに発見されるのはできるだけ避けたいところだ。 「できるだけ残がいの少ない場所を探したいのだけどね」 竜哉(ia8037)は、戦いの場を探して視線を走らせる。同士討ちにならずに、できるだけいい足場が確保できる、見通しがいい場所。そんな場所を見つけることができたら、そこを主戦場に設定したいところだ。 「感傷に浸っていても状況は好転しませんし、さっさと仕事へと取りかかりますか」 トカキの言葉に、開拓者たちは皆表情を引き締めた。 単独行動は危険だ。開拓者たちは一人にならないよう注意しあって、村内に足を踏み入れた。 ●村内の戦い 雪音は弓を手に取ると、弦をはじいた。今のところ、『鏡弦』を使っても、アヤカシの気配は感じられない。 「おやおや……これは、酷い」 トカキは村の惨状を見て首を左右に振った。予想していた通りとはいえ、村の惨状は目に余るものだった。 竜哉は、歩きながら考えていた。 「鬼が集団で、というのは少し珍しいな……」 これは竜哉個人の経験からの言葉であった。開拓者ギルドには群れをなして出現した鬼の存在も報告されている。 「指揮官のような役割を果たしている奴がいるなら、それを片付ければやりやすくなるはずなんだが……」 開拓者たちは、村の奥へと進んでいく。村の中央には、寄り合いなどに使われていたのだろうか。少し開けた場所があった。この広場にはあまり材木などは散乱していない。周囲を見回すと、見晴らしもいい。ここで敵を迎え撃つことができればいいのだが。 「奥の方に瘴気を感じます……数は三……いえ、二体かしら?」 紬が声をあげた。『鷹の目』で視力をあげていた雪音も同意する。 「奥から二体、こちらに向かってきます!」 紬には最初に三体いるように感じられていた。『瘴索結界「念」』の範囲外に行ってしまったのだろう。その存在を忘れないように注意しながら、紬は素早く『神楽舞「瞬」』を舞い始めた。 姿を見せたのは、二体のアヤカシだった。開拓者ギルドから得た情報どおり、棍棒のような物を手にしている。体は大きく、頭には角が生えていて鬼のような姿をしていた。 「……こちらから行くぜ!」 博志は、敵が視界に入るのと同時に真っ先に『ホーリーアロー』を発動させた。宙を切って聖なる矢が飛んでいく。肩に攻撃をくらったアヤカシは、開拓者たちの存在を悟ったようだった。 博志と同時に、トカキも『サンダー』による電撃の攻撃を放っている。もう一体のアヤカシを電撃が貫いた。どちらの攻撃も致命傷になるほどではなかったようだ。アヤカシたちは足をとめることなくまっしぐらに開拓者たちの方へと近づいてくる。 「二体ですか……足止めした方がよさそうですね!」 雪音は『即射』を使って矢を充填すると、アヤカシの足目がけて矢を放った。矢は狙い通りにアヤカシの右足に突き刺さる。痛みにアヤカシが声をあげたが、それでも足を引きずりながらも全身をやめようとはしなかった。 竜哉が動いた。前に出ながら、素早く足を置くべき位置を確認する。近づいてきたアヤカシに『聖堂騎士剣』で斬りかかった。棍棒を持っていたアヤカシの右腕が飛ぶ。 沙輝はその隙を逃がさなかった。竜哉が相手をしていたアヤカシ目がけて『漸刃』を利用した忍刀の攻撃を叩きつける。竜哉と沙輝は最初に攻撃をしかけたアヤカシにとどめを刺す。 博志が『アイヴィーバインド』を使った。まだ攻撃を受けていない方のアヤカシの体に地面から生えた蔦が絡みついた。動きを制限されて、アヤカシはただ棍棒を振り回すだけだった。 トカキはもう一度『サンダー』で蔦に絡めとられたアヤカシに攻撃をしかける。シノはアヤカシの背後に回りこんだ。振り回されるアヤカシの攻撃を、身を低くしてかわすと、足元に脇差による攻撃をしかけた。しかけた後、その場に留まることはしない。すかさず離れて相手との距離を取る。 戦が振り返った。大きく一歩踏み込む。蔦に動きを制限されているアヤカシの棍棒の届かない範囲から思いきり槍を突き出した。脇腹に刃が食い込み、アヤカシが体を二つに折る。博志は拘束したアヤカシ目がけて、『ウィンドカッター』で攻撃をしかけた。風の刃がアヤカシを切り刻む。 戦は槍をくるりと回した。アヤカシの腹に刃が突き刺さる。アヤカシは地面に倒れ、動かなくなった。 ●村の外を探索 「すみません! そちらに一体回りこんでいるようです!」 視線をめぐらせた紬が叫んだ。一度は『瘴索結界「念」』の範囲外に出てしまったアヤカシが、ぐるりと回って開拓者たちの裏に回ったらしい。案外頭を使ったようだ。 紬の言葉に、シノが素早く反応した。 「……こっちにもいたか」 シノは身を低くし、建物の残骸の陰に身を隠しながら、素早くアヤカシの方へと近づいた。 「マヌケが、いい的だ」 素早く匕首を投擲する。アヤカシの目に匕首が突き立った。怒りの声をあげて、アヤカシは手にした棍棒を振り回す。 「わらわらと沸いてますねぇ……面倒な事で」 嘆息しながら、トカキはそちらへと『サンダー』を放った。雪音は弓を引き絞る。『即射』を使って足元を狙い、続けざまに矢を放つとアヤカシの足が止まる。 戦が前に出た。最初に戦ったアヤカシのように、相手の棍棒が届かないところから槍による攻撃を喰らわせる。 「鬼風情が修羅様に手ぇ上げるたぁ良い度胸じゃねぇの」 アヤカシが投げつけた棍棒を手にした槍で払い落として、戦はふんと笑った。竜哉と沙輝が援護に駆けつけてくる。三体目が沈むのにそれほど長い時間はかからなかった。 「村の中にはいないようですね。林の方にいるのかもしれません」 紬と雪音は、村内のアヤカシを探索していた。二人に探知できるアヤカシの存在はない。 「林から、大きな生き物が移動しているような音が聞こえます。アヤカシかもしれません」 聴力を高めるために『超越聴覚』を使っている沙輝の耳には、歩き回っている足音が聞こえてきた。それはだんだんとこちらに近づいている。開拓者たちは、足元に注意しながらそちらへと足を向けた。 シノは、『心眼』を使ってアヤカシの位置を探り出そうとした。シノに探知できるアヤカシの気配はないようだ。 ちょうど林と村の接するあたりまで足を進めた時だった。 「……東から……来ます!」 そう言うと、雪音は矢を構えた。アヤカシの気配のした方向に続けて矢を放つ。木の間を通り抜けて、矢は見事にアヤカシに突き刺さった。 「Aur……射抜けよ、光の矢よ!」 博志は、『ホーリーアロー』を放つ。 戦は、『隼人』を使って俊敏をあげると、『直閃』を使って一気にしかけた。村で見た無残に食い荒らされた遺体に、怒りの念がこみ上げている。アヤカシ相手に容赦してやる必要もなかった。 戦の攻撃に、アヤカシが膝をついた。すかさず竜哉が、『鬼切』を使って追加攻撃を行う。アヤカシの首が跳ね飛ばされた。 「もう一体いるよ!」 シノが鋭く警告の声を発する。今度はシノにも探知することができた。小太刀手に、『居合』で一気に攻撃をくわえる。刃がアヤカシの腕にめりこんだ。意外に相手の動きは俊敏だった。振り回された棍棒が、シノの肩をしたたかに打つ。シノはそのまま、木の陰に転がり込んだ。痛みはたいしたことはない。武器を構えなおす。 沙輝は木の間を潜り抜けて、アヤカシの後方へと回り込んでいた。『打貫』を使って石で作られた礫を投擲する。アヤカシの注意が沙輝へと向く。 その隙を狙うようにして博志は、再び『アイヴィーバインド』を使った。トカキも後方から援護する。その間ずっと紬は、神楽舞を舞い続けていた。仲間たちの俊敏性を高めるために。 別のアヤカシと対峙していた竜哉が前に出た。アヤカシが棍棒を振りあげる。戦とタイミングを合わせて、竜哉は飛び込んだ。竜哉の攻撃が、アヤカシの胴を切りさく。戦の槍は、喉を貫いていた。 ●弔いの時 「念のためにアヤカシがいないか確認してきますね」 戦いを終えた後、雪音は弓を手に周囲の探索を行った。『鏡弦』を使ってみても、アヤカシの気配を探知することはできない。 博志は遺品を拾い集めていた。 「こういうのは気持ちの問題だからな……関わる方にとってもね」 紬も博志同様に遺品を集めている。 「家族を護って死ぬなんて、誇り高ぇ奴等だな。自由の為に家族を捨てた俺には、到底理解出来ねぇよ」 戦は、自嘲的な笑みをうかべてつぶやいた。彼は遺品を集める係に加わっていた。開拓者ギルドを通して遺族に渡すことができればいいのだが。 竜哉は、戦いの場となった広場に遺体を集めていた。雪音もそれを手伝っている。建物の残骸を集めて薪の代わりとし、集めた遺体を火葬した。 「弔いのためもあるが……疫病を防ぐ意味もあるからな」 竜哉は燃える火の前でそっと目を閉じる。 「この石を墓石として使えないでしょうか?」 墓石になりそうな石を探していた沙輝は、雪音を呼んだ。雪音もそれに同意し、大きな石に村の名前を書き記す。被害者全員の名前までは知りようもなかったから、それを墓碑銘とした。 「……仇は取りました……ですから安らかに眠って下さい」 雪音は墓前で瞑目する。 紬は鎮魂の舞を舞い始めた。紬の舞が終わるまで開拓者たちはその場を動こうとはしなかった。 弔いを終えると、開拓者たちは報告のために開拓者ギルドへと戻る。村内にも近隣の林にもアヤカシの気配は残っていなかった。これでひとまずは安心だろう。 沙輝は開拓者ギルドへ戻ると真っ先に愛のいる部屋へと向かった。 「愛さんの仇はとりましたよ……何かあったら何時でも力になりますから。連絡してくださいね」 そう報告すると、彼女は黙ったまま首を縦にふる。まだ言葉を出すことはできないのだろう。手元に戻されたぬいぐるみには、待っている間にギルドの受付である胡蝶が差し入れてやったハギレで作ったらしく可愛らしいリボンが追加されていた。 少女への報告を終えて沙輝はギルドの受付へと向かう。そこには雪音とシノがいた。 「依頼以上の事はやらねえ主義だが……今回は特別だ」 ぼそりと言ったシノは、愛の引き取り先がないかを受付にいる胡蝶にたずねていた。 「孤児院ですとか、里親ですとか……どなたか引き取ってくださる方はいないのでしょうか? もしお金が必要でしたら……いくらかはご用立てできると思うのですが」 雪音もシノと同じように少女の行く末を心配していた。同じ境遇の沙輝は、引き取りたいと思ったものの、それが難しいであろうこともよくわかっていた。 「大丈夫ですよ」 胡蝶はにこりとして、たずねてきた三人に説明した。ギルドの方もただ待っていたわけではなかった。開拓者たちが依頼を片付けている間に調査を進め、遠縁ではあるが、神楽の都に親戚がいるということが判明した。 彼女の行き先が定まったことに安堵して、開拓者たちはギルドを後にする。 それから数ヵ月後。開拓者ギルドに、愛を引き取った親戚から手紙が届いた。一人生き残った彼女も、少しずつ立ち直りつつあるようだ。 依頼を受けた開拓者たちの目にとまるように、その手紙は掲示板の端に張り出されたのである。 |