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■オープニング本文 だいぶ春めいてきた。もう少ししたら、桜の花が咲いて花見ができることだろう。普通の家庭では夕食を終えようとするあたりの時間帯、一杯ひっかけた男たちがふらふらと町を歩いていた。 「今年も花見ができるだろうなー」 「うちの嫁につまみを作らせるぜ。嫁は料理上手なんだ」 「じゃー、うちで酒を用意するか」 うきうきと花見の計画をたてながら歩いているうちに、酔っぱらった彼らは町の広場に到着していた。 この町の中央には、町民たちの憩いの場となっている広場があり、そこには一本の桜の木が植えられている。花が咲くと、町民たちは料理や酒を持ち寄って花見をするのが毎年のことだ。 「あれ……、誰かいるぞ?」 「若い娘さんじゃないか」 彼らの方に背を向けるようにして、桜の下に一人の娘が立っている。暗くてよくわからないが、身につけているのは白っぽい色合いの振り袖だ。 「こんな時間に危ないぞ。おじさんたちが送っていってやろうか?」 男たちのうち一人が女に声をかける。彼女は彼らの方に肩越しに視線を投げかけると、振り袖をひらひらと振った。誘われるように男の一人がふらふらと歩きだす。 「おい……」 歩きだした男をとめようとした男は、途中で言葉を切った。歩きだした男は桜の下に立っている娘のところに到着する。 そうすると娘は男の方へ手をさしのべた。娘が首をかしげる――と、彼女の右手が素早く動いた。 「うわああああ!」 彼女の側にいた男は、首を一撃で切られて倒れる。 「お――お前、何をするんだ!」 男たちが彼女を押さえようとした時、一人が気づく。 「おい、ちょっと待て! あの娘は――昨日死んだ大崎屋のお嬢さんだぞ!」 死人は普通生き返らない――となると、これはアヤカシではないだろうか。死体に瘴気がつくことがあるのを皆知っていた。。 「でも、あいつが!」 娘は、倒れた男をがつがつと喰らい始めていた。 「諦めるんだ! 相手がアヤカシじゃ開拓者に頼むしかないぞ!」 男たちは倒れた男の救出を諦めてばらばらになって走りだす。どこからか犬の鳴き声が響いていた。 |
■参加者一覧
喪越(ia1670)
33歳・男・陰
鞍馬 雪斗(ia5470)
21歳・男・巫
からす(ia6525)
13歳・女・弓
針野(ib3728)
21歳・女・弓
鉄龍(ib3794)
27歳・男・騎
嶽御前(ib7951)
16歳・女・巫
破軍(ib8103)
19歳・男・サ |
■リプレイ本文 ●静かな夜の街で 「死んだ人間がアヤカシ化か……」 破軍(ib8103)は顔をしかめた。里を出奔する契機となった出来事が胸をよぎる。機嫌が悪い一番の原因はそこにある。 「亡くなった人の身体を勝手に動かすなんて、瘴気ってホント、タチが悪いんよ」 針野(ib3728)は、アヤカシに身体を操られている娘に同情的な言葉をもらした。 「死者は静かに眠りにつきたいだろうに……」 針野の恋人である鉄龍(ib3794)も、彼女に同意した。それから針野は、町の住民たちが避難している場所へと向かう。周囲に松明を固定できるような場所があるならば、事前に確認しておきたいし、ないならば松明を固定するような台を借りられるといい。 夜のアヤカシ退治であるから、視界を確保しなければならないのだが、針野の得物は弓であるから松明を持ちながら攻撃するというわけにはいかないのだ。 破軍もそれに同行した。今回の戦闘場所は、町の住人たちが花見をする場所と聞いている。夜桜を楽しむための照明器具が置いてないかどうかを確認するつもりだった。 「『マシャエライト』と各自の照明を使えば、それなりな視界は確保できると思うけどね」 と言ったのは、鞍馬 雪斗(ia5470)である。 やがて、住民たちから話を聞いてきた針野と破軍が戻ってきた。まだ広場に設置はしていなかったのだが、松明を固定するための台は準備してあったという。二つ借りてきたうちの一つを針野は、からす(ia6525)へと手渡した。 「すまないな、助かるよ」 からすは松明を地面に置くつもりだったので、台があるというのはありがたい。 「今回は後衛が多いなぁ……」 雪斗は、自分の立ち位置を、後衛とはいえないまでにしてもやや後方に下がった場所に決めた。そこならば、視界の確保にも役立つだろうし、いざという時剣での攻撃でアヤカシに対応することもできるだろう。 「アヤカシ探索はよろしくお願いします。私はできる限り皆様の治療と支援に尽力します」 嶽御前(ib7951)は、出発前に全員に『加護結界』を付与して回る。 「俺たちは依頼が終わればそれで終わりだが……ここの連中にとっては大事な物だってあることを忘れるな……」 任務に同行する開拓者たちは皆知っていることではあるのだが――破軍は、桜を傷つけないことを仲間たちに徹底させる。 雪斗が自分の頭上に火球を浮かべる。それは雪斗の周囲をふわふわと浮遊し、あたりを照らし出した。 ●振袖がひらり 教えられていた広場には、何事もなく到着した。今夜は満月ではないが、わずかな月の光にぼんやりと桜の木が浮かび上がっている。 花は咲き始めといったところで、満開になるにはまだ何日かありそうだった。その木の下は影になっていて何も見えない。 「……少なくとも、あまり良い空気ではないな……ここは……アヌの子よ、その身をもって光となせ」 雪斗は、消えかけていた『マシャエライト』の光を改めて浮かび上がらせる。今はアヤカシの姿は見受けられないものの、ここで目撃情報があったのだから嫌でも緊張感は高まっていく。 からすと針野は携えてきた台を地面に置き、松明の火をそこに立てた。 アヤカシの存在を探知しようと、からすが弓を手にとった時――桜の木の陰から白っぽい振袖を着た若い女性が姿をあらわした。 「彼女かな?」 からすは弓を取り上げた。『鏡弦』を使って、アヤカシの気配を確認する――感じられるのは目の前の人の位置だけ。 「確かに彼女のようだ」 その言葉に、皆の緊張は一気に高まった。 「死体に憑いたという話だから、アヤカシを倒した後に死体が残るだろう。なるべく綺麗に倒すようにしたい」 からすの言葉に、開拓者たちはそれぞれ目標とする攻撃位置を定める。身体は衣服でごまかしがきく。顔はなるべく傷つけないように、と。 「まずはその両腕だ……!」 事前の情報からアヤカシが振袖の袖をひらひらとさせると、自分の意思を失ってしまうようだということは知っていた。 破軍は、まずはその両腕を狙おうとしていた。もし、ひらひらとさせようとしたならば――いつでも止められるように。 鉄龍も前方に走り出た。防御面ではそこそこ秀でているという自負がある。あまり死体を損壊しないよう、アヤカシへの攻撃回数は極力少なくしたい。 若い娘の姿をしたアヤカシが、鉄龍へと飛びかかる。袖の中から包丁が出てきた。大きく振りかざされたそれを、鉄龍は、『ガード』を利用して受けとめる。 雪斗は、敵との位置を慎重にはかっていた。皆の視界の中に、極力アヤカシがうつるような位置をキープし続ける。あまり前方には出過ぎないように注意しながら。 包丁を持ったアヤカシが、左腕を振り上げた。破軍は、アヤカシの懐に飛び込む。袖をひらひらとさせようとした左腕に剣で切りつけた。 アヤカシの左腕が傷つく――それにもアヤカシは動じず、今度は包丁を握ったままの右腕を振りあげた。 そうしてひらひらと袖を振る――破軍の攻撃は間に合わなかった。標的になったのは、もう一人、目の前にいた鉄龍だった。 目の前が真っ赤になったような気がした。鉄龍の目には、アヤカシの姿しか映らなくなる――彼女に近づこうとする衝動に彼は耐えた。 今回の依頼には恋人も同行している。目の前で他の女にふらふらするわけにはいかない。 「残念だったな、俺にはその手は通用しない」 言うなり、鉄龍は剣を振り上げる。葬送の名を冠した剣だ。死体に瘴気が憑いたアヤカシを退治するにはもっとも適した武器だろう。 その隙に嶽御前は、鉄龍に『加護結界』をかけなおす。 「とどめだ!」 鉄龍と破軍は攻撃のタイミングを合わせる――二人の刃が同時にアヤカシの胴体を切り裂き、アヤカシは地面に倒れた。 ●予期せぬ出現 「遺体が動き出すくらいの瘴気があるってことは、別の遺体が動いてる可能性もあるんよね?」 針野は、『鏡弦』を使って他の敵の存在を確認しようとしていた。帰る前に、念のため――というやつだ。 人間の遺体とは限らない。雀だろうが猫だろうが死体に瘴気がとり憑けばアヤカシとなり、獲物を求めて徘徊することになる。 弓を手にした針野の感覚がアヤカシの存在を捕らえた。 「……アヤカシがまだいるさー! 多分、三体くらいいると思うんよっ!」 針野の言葉が終わる前に、アヤカシが姿を現した。現れたのは、野犬の死体に瘴気がついたと思われるアヤカシだった。 からすが舌打ちした。 「思っていたより近い!」 からすは、『山猟撃』を使い、弓から山姥包丁へと武器を持ち変える。それと同時だった。アヤカシがからすに飛びかかる。 からすはアヤカシの牙を持ち替えたばかりの包丁で受けとめるが、アヤカシの勢いに負けて地面に突き倒された。 牙を受けとめられたアヤカシは、今度はからすの肩を爪で引き裂いた。 鉄龍はからすに駆け寄ると、上に乗っていたアヤカシに剣を振り下ろした。アヤカシは、首を跳ね飛ばされて地面に転がる。からすはその間に素早く体勢を立て直すと、残りのアヤカシからの距離をあけた。 「貴様らの相手は俺がしてやろうじゃねぇか……!」 破軍は、『咆哮』でアヤカシたちの注意を惹きつけようとする。 「娘さんだけじゃなくて、まだいるとは……!」 そう言った雪斗の身体の周囲を、火球はまだ回っている。まだしばらく視界の確保はできそうだ。 嶽御前は、からすの怪我を『神風恩寵』で治してやり、『加護結界』をかけなおす。 今度の相手は、遺体を綺麗に残す必要はない。容赦なく叩き潰してやるだけだ。 雪斗は、『ホーリーアロー』をアヤカシめがけて放った。闇を切り裂くようにして聖なる矢が飛んでいく。アヤカシは、雪斗の攻撃を脇腹にくらった。針野も矢を放って援護する。 ぐるる、と唸りをあげてアヤカシが雪斗に飛びかかろうとする。 「させるか!」 鉄龍と破軍が、そのアヤカシの前に立ち塞がった。破軍の剣がアヤカシを一刀両断にする。残ったアヤカシは一体だった。 アヤカシとの距離をあけ、もう一度武器を弓に持ち替えたからすが矢を放つ。その矢は、アヤカシの右目に突き立った。針野ももう一度弓を引く。アヤカシの反対側の目に矢が突き刺さった。 視界を封じられたアヤカシは、悲鳴に似た声を上げて地面の上をのた打ち回る。 「これで終わりだ……!」 鉄龍は、アヤカシの背中に剣を振り下ろした。アヤカシは、反撃することなく地面に倒れこむ。 全ての敵を片付けた後、地面には犬の死体が残されていた。 ●静かにたたずむ桜 「君達に恨みなんて無いが……せめて安らかに黄泉路に着くよう祈ろう……元は同じ魂なんだしな」 アヤカシたちを退治した後、雪斗はつぶやいた。 嶽御前は、香炉とお香「梅花香」を取り出して、開拓者になってから覚えた鎮魂の儀式を執り行おうとする。 作法が全て合っているかどうかは確実ではなかったものの、一通りの祈りを終えて供養とした。 鉄龍と針野の二人はギルドへの報告は皆に任せてこの場に残ることにした。 「酒があれば良かったんだがな……次に桜を見る時は用意しておこう」 「今度はちゃんとお酒を持って、お花見に来たいっさねえ」 二人同時にそう口にして、そのことにおかしさを感じながらまだ咲き始めの桜を見上げる。思考回路が似てくるということは仲がよいということなのだろう、きっと。 桜が咲く頃とは言え、夜はまだまだ冷え込む。 「夜見る桜も綺麗だな……」 鉄龍は後ろから針野の身体に腕を回す。戦いが終わった後、二人のいる場所は温かかった。 からすは、倒れた大崎屋の娘の遺体をできる限り綺麗な状態に戻すと、ギルドへの報告をした後、大崎屋へ遺体を届ける役割を買って出た。 皆が気を配ってしとめたから、見える部分の損傷はそれほどではない。そこは遺族にとっては救いだろう。ギルドが用意した死に装束に着替えさせ、振袖は切れた箇所が見えないようにうまく畳んで傍らに置いた。 大崎屋では、礼をのべて遺体を受け取った。からすは言う。 「怨み、未練、生きたいという渇望……そう言った欲望に瘴気は集まりやすい、と思っている」 これはあくまでもからすがそう思うというだけの話なのだけれど。 病気で亡くなる前日、今年も桜が見たいと言っていたと大崎屋の家族たちは涙ながらに語る。桜が咲いたら一枝もらってきて供養にしようと彼らは誓った。 破軍は、開拓者ギルドへの報告を終えると、再び戦いの場所へと足を向けた。広場は、平和を取り戻しているが、人々はまだ不気味だと感じているのか、桜の木に近づくのは避けているようだ。 人目を避けて桜の木に近づいた破軍は、そっと桜の根元に膝をついた。町で買い求め、携えてきた花を一輪、その場に供える。 それから彼は無言でその場を立ち去った。 桜の花たちは、数日後には満開になりそうな気配だ。きっとその時には、町の皆が花の美しさを愛で、犠牲者たちへ哀悼の意をしめすことだろう。 |