陸に上がったクラゲ
マスター名:雨宮れん
シナリオ形態: ショート
EX :危険
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/05/24 23:06



■オープニング本文

 酔っぱらったジルベリアからの交易商人たちが、朱藩のとある街を歩いていた。大きな取引を終えて、機嫌よく宿泊施設へと向かおうとしているところだ。
「いやー、たくさんの商品を売ることができてよかったな」
 今回の商いで商ったのは、大量のワインだ。取引先から天儀産の酒を振る舞われた彼らは、商売を終えて一安心していた。
「そうだな、今回の取引は大成功だ」
 彼らが向かおうとしているのは、宿泊先の宿屋だった。繁華街にあって、飲み屋と宿屋は行き来しやすい場所にある。
 彼らは海に面した道をぷらぷらと歩き、もうすぐ宿に到着しようとしていた。
「おや――、あれは何だ?」
 闇の中にぼうっと光るものがある。何だろうと彼らが近寄っていくと、海から上がってきたそれは彼らに向かって長い鞭のようなものをしならせた。
「た、助けてくれ!」
 商人の一人が、鞭のようなものに足を取られる。そのまま彼はずるずると引きずられていった。
 謎の発光物体へと引きずられていった彼は一段と大きな悲鳴を上げ――そして、彼の声は聞こえなくなった。

 夜の繁華街は大騒ぎとなった。逃げまどう人々の悲鳴が夜の街に響く。
 開拓者ギルドに助けを求める知らせが飛び込んできたのは、それからすぐのことだった。
 海から上がってきた巨大なクラゲが、次々と獲物を探して徘徊し始めたのだ。
 それほど動きは速くないらしいが、触手によって掴まれ、捕らえられた被害者が続出したというのだ。
 幸いにも飲み屋や宿屋の店先に並んでいる提灯があるし、アヤカシそのものも発光している。
 アヤカシの位置がわからないというわけでもないので逃げ出すことのできた者も多かったが、場所は飲み屋の並ぶ通りだ。酔いつぶれていて騒ぎに気がつかない者もいた。まだ何人かは、建物内に取り残されているらしい。
 すでに五名の犠牲が出ている。
「急いで現場に向かってください」
 開拓者ギルドの受付は、そう言って開拓者たちを送り出したのだった。


■参加者一覧
鈴木 透子(ia5664
13歳・女・陰
士(ia8785
19歳・女・弓
晴雨萌楽(ib1999
18歳・女・ジ
ゼクティ・クロウ(ib7958
18歳・女・魔
来須(ib8912
14歳・男・弓
草薙 宗司(ib9303
17歳・男・志
紫泉 羽竜(ib9333
22歳・男・サ
正木 雪茂(ib9495
19歳・女・サ


■リプレイ本文

●クラゲとの遭遇
 開拓者たちは現場に急行した。本来ならたくさんの人が行き来している夜の歓楽街ではあるが、アヤカシが出現した今、通りはしんと静まりかえっていた。
「上から見てみます」
 鈴木 透子(ia5664)は一軒の店の壁際に近寄った。そこには酒樽がいくつか並べてある。それを積み重ねて即席の足場とし、するすると屋根に登った。
「海の方から来たはずだから……」
 透子は、屋根の上から海と砂浜、それに沿うようにしている道を確認し始める。話によれば、アヤカシも発光しているらしいから、注意深く探せばすぐに見つかるだろう。

「良いか、いかづち。私が口笛を吹いたら、すぐに馳せ参じよ」
 正木 雪茂(ib9495)は、同行させている霊騎のいかづちに言い聞かせていた。いかづちは少し離れた場所で待たせておくつもりだ。口笛を吹くのが合図だと言い聞かせて、雪茂はアヤカシの探索へと加わった。
 来須(ib8912)は、雪茂からあまり離れないようにして、透子とは別の方向を向いて『鏡弦』でアヤカシを探知しようとしていた。
「……クラゲが出る時期には少し早いんじゃないか」
 そうぼやきながらも、弓を弾いて反応を見る。まだ、反応は返ってこない。
「……このあたりにはまだいないようだな」
「街の人を早く安心させるためにも、さっさとけりをつけたいものですね」
 紫泉 羽竜(ib9333)は、来須と同じ方向に視線を向けた。

 屋根の上から眺めていた透子は、煙幕銃を手に取った。空に向けて煙幕銃を放つ――ぼうっと光るものが道をのろのろと移動している――数は二つ。ギルドからの連絡では、三体のはずだから数が足りない。
「こちらに二体います! 数が足りないのですが!」
 そう叫ぶが、仲間たちに届いているかどうか確証はなかった。透子は、『人魂』を作り出すと仲間たちの方へと飛ばした。アヤカシの居場所を教えるために。

 それと同時に来須にもアヤカシの存在が察知できた。
「――こちらに一体いるぞ! どう別れる?」
 雪茂は音高く口笛を鳴らした。待機させておいたいかづちが駆け寄ってくる。
「鈴木殿! 私たちはあちらの援護に!」
 『人魂』を飛ばしてきたところを見ると、透子の見つけたアヤカシははるか遠くに一体、比較的近いうちに一体のようだ。
 一体たりとも逃がすわけにはいかない。軽やかに飛び乗った来須を後ろに乗せ、雪茂は一番遠い位置にいるアヤカシ目がけていかづちを走らせた。
「開拓者が来たからもう安心だ、だから絶対に建物から出るな」
 雪茂はそう叫ぶと、いかづちから滑り降りて槍を手にした。いかづちはその場に待機させておいて、自分は敵と来須の間に立ち塞がる。
「この秦国より伝わりし槍をもって成敗してくれん!」
 まずは鞭のようにしなるクラゲの触手をそぐことを目標に、雪茂は相手を見つめた。軌道を見極めれば、相手の攻撃を避けることはできるはず。
「まずは一撃!」
 来須は、狙いを定めて矢を放った。雪茂目がけて触手を振り上げようとしていたクラゲの気勢をそぐ。雪茂は槍を構えると、クラゲの触手目指して振り下ろした。
 鋭い攻撃にクラゲの触手が一本、宙に舞う。クラゲは残った触手のうち、二本を雪茂目がけて伸ばした。そして激しく雪茂の腕を打つ。
「しまった!」
 雪茂は、槍を取り落としてしまった。二回連続の打撃攻撃で、殴られた腕がじんとしびれている。取り落とした武器を拾い上げようとすると、触手に阻まれてしまった。
「ちょっと待ってろ!」
 来須は『即射』を使って攻撃を次々に叩き込んだ。飛来する矢にアヤカシが触手をひっこめた隙に、雪茂は槍を拾い上げることができたのだった。

●三体のクラゲ
「このアヤカシは僕がひきつけますね」
 草薙 宗司(ib9303)が前に出た。来須の発見したアヤカシはすぐ側にいる。羽竜は、事前にギルドから網を借り出しておいたのだが、それを役立てる機会には恵まれそうもなかった。網をその場に残し、羽竜は戦闘の態勢を取る。
「申し訳ありませんが、これも街の人が安心して街を出歩けるようにするためですので、覚悟して頂きます」
 クラゲに言葉が通じるのか否かは不明ではあるが――羽竜は胸に手を当て、アヤカシに向かって優雅に一礼して見せた。
 返事はなく、代わりにしなる触手が羽竜へと伸ばされた。
「……困りましたね!」
 少しも困っていない口調でそう言うと、羽竜は『スマッシュ』を飛んできた触手目がけて叩きつける。切り落とされた触手が地面に落ちた。
 他で戦っている仲間の方へクラゲがいかないよう、宗司はクラゲの前方へと回り込んだ。高い位置を狙ってきた触手は頭を下げることでかわす。髪一本と言ってもいいほどすれすれのところを、音を立てて触手が通り抜けていった。
「うねうねしてて気持ち悪いんだよ!」
 低い位置を狙って伸びてきた触手に宗司は毒づく。
 羽竜は、再度『スマッシュ』を使って、触手をもう一本切り落とした。クラゲの注意がそっちにむかったのか、宗司に対する攻撃が一瞬緩む。宗司は、その瞬間を逃さなかった。
 触手の間をかいくぐり、さらに一本切り落としてアヤカシの本体に接近する。アヤカシがカサの部分を反らせた。大きな口が開いている。牙の生えたその口で、宗司目がけて噛みつこうとした。その口の中に宗司は剣を突き立てる。

 士(ia8785)は、弓を手にした。ゼクティ・クロウ(ib7958)は、士同様、中間地点にいるアヤカシの方へと駆けつける。
 そして『即射』を使って続けざまに矢を叩き込んだ。触手をすり抜け、カサに突き立った矢にクラゲは触手を激しく振り回す。
「クラゲって電気効いたんだったかしら?」
 ゼクティが、クラゲ目がけて『サンダー』を放つ。効いたようでのた打ち回りながら、クラゲは触手のうち一本を天高く掲げた。そしてそれを勢いよく振り下ろす。
「あ……きゃああっ!」
 アヤカシの伸ばしてきた触手に、ゼクティの右足がとられた。悲鳴を上げた彼女は、地面に引きずり倒される。もう一本の触手が伸びてきて左腕を胴体に巻きつけた姿勢で拘束されてしまう。
「ちょっと……! やだ、助けて!」
 両腕を絡めとられてしまっては、なす術もない。ゼクティはそのままずるずるとアヤカシの方へ引きずられていく。
「おいおい、捕まってるんじゃないぞ!」
 舌打ちした士は、さらに矢を叩きつける。ゼクティを捕まえたアヤカシはじりじりと砂浜の方へと移動を始めていた。

 モユラ(ib1999)は、通りを探し始める。酔いつぶれて、こんなところに転がっている人がいては大変だ。さすがにアヤカシの出現に気づかず寝ている者はそれほど多くないだろうが。
 しかし、もう戦闘は始まってしまっている。ここはアヤカシの出現したすぐ側だから巻き込まれかねない。
 屋根の上から索敵している透子の声に注意しながら、モユラは一軒の店をのぞき込んだ。入口の扉が開いたままになっている。
 そこは飲み屋だったのだが、奥の座敷に誰か倒れている。座敷だから、横になりやすかったのだろう。酔っ払いは完全に眠り込んでいた。
「んもうっ、こんなところで寝ちゃァだめだってば!」
 モユラは大声を張り上げて起こそうとするが、酔っ払いは目を覚まそうとはしない。
「しかたないなぁ」
 軽くため息をついて、モユラは酔っ払いに肩を貸して立たせようとした。酔っ払いの方がだいぶ背が高く、立ち上がらせることはできないようだ。しかたなく半分引きずるようにしてモユラは店の裏口から別の通りへと出た。
 通りを一本挟んだところに避難させれば安全だろう。通りを一本挟んだ別の建物に酔っ払いを放り込んで扉を閉めると、モユラは仲間の援護へとむかったのだった。

●街に賑わいの戻ることを
「大変! 海には逃がしませんよ!」
 透子は、『結界呪符「白」』で、巨大な白い壁を作った。道から砂浜へと下りようとしていたクラゲの退路が塞がれる。
 片手を胴体に固定され、クラゲに足を掴まれて引きずられていても、ゼクティの片手は自由だった。
「アヤカシの癖にこのあたしを捕まえるだなんて……お仕置きが必要みたいね?」
 どこか挑戦的な口調で言うと、ゼクティは別のスキルを繰り出す。
「彼の者動きを鈍らせ、フローズ!」
 自分を掴んでるアヤカシ目がけて、ゼクティは『フローズ』を叩きつけた。クラゲの進む速度がゆっくりになる。
 そこへ一般人の避難を終えたモユラが駆けつけてきた。ゼクティを掴んでいる触手の根本目がけ、モユラの『蛇神』が炸裂した。
 触手が半分ぐらぐらになる。それを見ていた士は、ゼクティの足を絡めとっている触手を狙って矢を放った。攻撃をくらって、獲物を掴んでいるどころではなくなったのかもしれない。ゼクティを掴んでいた触手が二本とも離れる。地面を転がって反転し、跳ね起きたゼクティは素早く後退した。

 宗司と羽竜は、二人で一体のアヤカシを相手にしていた。アヤカシの触手は大半が切り落とされ、地面に転がっている。中には砂浜の方まで跳ね飛ばされた触手もあった。
「コレでトドメだ!」
 アヤカシの懐に入り込んでいた宗司が、大きく剣を振り上げる。
「そうですね……成敗!」
 羽竜も宗司に合わせる。
 羽竜の『地断撃』と、宗司の『流し斬り』が同時にアヤカシのカサ部分を破壊する。触手がなおも反撃するかのように蠢いたが、すぐに地面に落ちて動かなくなった。
 二人は顔を見合わせ、すぐに他の組の援護へと駆け出した。

「加勢に来ました!仕留めましょう!」
 宗司が叫んだ。
「あちらにも加勢に行ってください!」
 屋根の上から透子が返す。その場に宗司が残り、羽竜とモユラは雪茂と来須の方へと加勢に走る。透子は、『白狐』を放った。九尾の白狐が、触手にくらいつく。
「あいつをひっくり返せればよかったんだがな――」
 そう言いながら、士は矢を放つ。カサの下に口があるのだ。ひっくり返すか、下に潜り込んでそこを直接攻撃できればよかったのだが――そうはうまくいかないようだ。
「そろそろ終わりにしたいものね!」
 ゼクティが再び『フローズ』を放つ。
 動きが鈍ったところに宗司が斬りつけ――ようやくアヤカシは動きを止めた。

 雪茂が振るった槍が、クラゲの触手を跳ね飛ばす。来須の方へもう一本の触手が伸びたが、彼はそれを触手の届かないところまで一気に後退することでかわした。なかなかカサ部分に近づくことができない――雪茂はもう一本触手を切り落とした。
 雪茂の頬を触手がかすめる。勢いはそれほどでもなかったが、ぴりぴりとした痛みが広がっていく――どうやら毒による攻撃のようだ。
 ダメージはそれほどではないが、身体がしびれるような気がする。槍を地面に立てて、雪茂は身体を支えようとした。雪茂に襲い掛かろうとした触手が、来須の矢によって地面に縫い付けられた。一つ大きく呼吸をして、雪茂は槍を構え直す。まだ、動けなくなるほどのダメージではない。
「毒をもってるのはアンタだけじゃないよ。陰陽師モユラが蠱毒術、受けてみなっ!」
 走りながらモユラは、『神経蟲』を放った。羽竜が触手の届く範囲内に飛び込んで、右に左にと触手を跳ね飛ばす。
 カサに接近することに成功すると、雪茂は『強打』を叩き込んだ。続いて羽竜が斬りつけ、来須が矢を打ち込む。
 動かなくなったアヤカシに、開拓者たちは安堵のため息をついたのだった。

「よく耐えた……救援が遅れてすまない――あれ?」
 雪茂は、いかづちを待機させ、取り残されていた人たちを労わりに行ったのだが――皆、まだ酔いが覚めていないようだ。
「綺麗な姉ちゃんだな! 一緒にどうだ?」
 などと雪茂に酒を勧める男もいる始末で、緊張感というものが感じられない。ひょっとするとアヤカシが出たことすら気づいていないのかもしれないが……全員無事だったのだから、この点に関してはよしとすべきだろう。

 仲間たちとともに透子は遺体を一箇所に集めていた。中にはもとの顔立ちがわからないほどにばらばらになった遺体もあったが、できるだけ身なりを整えてやる。
「遠方から商いに来られる方が多いと聞いています」
 遺体の目を閉じてやりながら、透子はつぶやく。今回の被害者たちはジルベリアからやってきた商人なのだそうだ。遺体を遺族に引き渡すのも大変な作業になるのだろう、きっと。

 それからギルドへと開拓者たちは報告に向かった
「お店の前に提灯が下がっていますよね。火の用心をお願いいたします」
 最後に透子がつけたす。アヤカシを退治しても、火事になったのでは意味がないから――これで一安心だ。きっと数日中に街はもとの賑わいを取り戻すことだろう。