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■オープニング本文 朱藩の開拓者ギルドから、調査を依頼された開拓者の一団が山に入ろうとしていた。この山に入った村人――二人の少女――が戻ってこなかったのである。 山菜を採ろうと山に入った少女たちは、二日たっても戻ってこなかった。この山は、村人たちにとっては庭のようなものである。それは少女たちにとっても同様だし、決められた場所から奥に行くなということはきつく言われているから、迷ったということはあまり考えられなかった。 村人たちが捜索隊を結成して入ったものの、行方不明になった少女たちを発見することはできなかった。どこかで怪我をして動けなくなっているか――獣に襲われたか――あるいはアヤカシか。 ひとまず調査のために、ギルドは開拓者たちを派遣したのである。 「行方不明、ねぇ……」 四人から構成された開拓者の一団は、用心深く山に足を踏み入れた。何が出てくるかわからない。 村人たちが普段足を踏み入れるのは、山の中腹までである。そこまでは比較的傾斜が緩やかなのだ。そこから先は急に傾斜がきつくなり、気楽に山菜採りというわけにはいかなくなる。 「アヤカシは今のところ感じられないですね」 あたりの気配を探っていた開拓者が言う。 「ということは、奥に入り込んで足を滑られて転落とか、かな……」 もう一人が前方を見据えながら返した。そうして、開拓者たちはさらに奥へと足を進める。 「いや……、ちょっと待ってください! アヤカシですっ!」 アヤカシの気配は感じられないと言った開拓者が、仲間たちの注意を喚起するように叫んだ。 戦い慣れた開拓者たちのこと。すぐにアヤカシを迎え撃つ体勢をとる――が、あらわれたのは、彼らの予想とはまったく違う敵だった。 「く……熊っ!?」 「か……可愛すぎるっ!」 岩をつたって次から次へと下りてくるのは、熊の姿をしたアヤカシだった。熊といっても恐ろしくはない。おめめぱっちり、ころころした胴体に短い手足。どう贔屓目にみてもぬいぐるみである。 「い……いやっ! 戦うなんて無理だわっ!」 正面から目を見合わせた開拓者の一人が、完全に戦意を喪失した。 「戦うなんて無理とか言うな! ――ごめん、俺も無理だっ!」 戦うなんて無理――とは思っても、そこは開拓者である。 「この数を一度に相手にするのは無理だ! 撤退するぞ!」 正気を残していた残る二人は、戦意を喪失した二人を引きずるようにして山を下りた。 「戦意喪失とかありえないですよー!」 所変わって開拓者ギルド。話を聞いた受付は頭を抱え込んだ。 「いいか? 目を合わせた瞬間、殴られたような衝撃を受けるんだ。そうしたら、戦いのことなんてどうでもよくなってしまう」 「なんて言うのかしら――そうね、恋に落ちた瞬間っていうのが一番近いかも」 戦意を喪失した二人は口々に訴える。アヤカシ相手に恋に落ちたも何もないと正直思うのだが――とはいえ、行方不明の少女二人もまだ発見されていない。 「気をつけて行ってきてくださいね。くれぐれも熊と視線を合わせないように注意してください」 そう言うと、受付の職員は開拓者たちを送り出したのだった。 |
■参加者一覧
水鏡 絵梨乃(ia0191)
20歳・女・泰
一心(ia8409)
20歳・男・弓
黒木 桜(ib6086)
15歳・女・巫
羽紫 稚空(ib6914)
18歳・男・志
和亜伊(ib7459)
36歳・男・砲
神龍 氷魔 (ib8045)
17歳・男・泰
ラグナ・グラウシード(ib8459)
19歳・男・騎
キャメル(ib9028)
15歳・女・陰 |
■リプレイ本文 ●可愛らしい外見 羽紫 稚空(ib6914)は、依頼を受けるとすぐにギルドの職員にたずねた。 「風呂敷なんてないか?」 相手の特徴は目を合わせた時の戦意喪失という特殊攻撃。ならば顔を隠してしまえという考えである。彼の恋人である黒木 桜(ib6086)は、 「きっと素晴らしい可愛らしさなのでしょうね……」 と、頬を染めていた。その前に、今回の目的は熊の退治であると口にしていたから任務を忘れていたというわけではない。 「風呂敷、ですか。ちょっと探してみましょう。待っていてもらえますか?」 受付の職員は、奥の方へと入っていく。何かで使った残りだという風呂敷を借り出すことができた。 「……敵がどんなに愛らしいと言えど、私のうさみたんほどではあるまい!」 ラグナ・グラウシード(ib8459)は、可愛らしいうさぎのぬいぐるみを手にしていた。いつも添い寝しているぬいぐるみたちの中から一つ選んで持ってきたのである。背中にそれをくくりつけて出撃準備完了。 そんなラグナの横でキャメル(ib9028)は、 「クマしゃんは食べるものなのー! 食べれないクマしゃんなんて、クマしゃんじゃないのー!」 と、周囲の人たちには謎の発言をしていた。というのも彼女の故郷では熊はご馳走であり、熊イコールご馳走という図式が彼女の頭の中にできあがっているのである。 それはさておき、キャメルは先に向かった開拓者たちを探してギルドの中をうろうろし始めた。見つけた時、広い部屋の中で彼らは他の開拓者たちに熊と出会った時の話をしていた。 「そう! 本当に目があった瞬間やばいんだって」 「ものすごくきゅんきゅんするんだから! 完全に戦意喪失するのよ、あれは!」 先に出かけた彼らを責めるわけにはいかないだろう。アヤカシの特殊能力について情報は何一つなかったのだから。 キャメルは彼らから現地の地図をもらうと、仲間たちのところへ戻ったのだった。 少女たちが行方不明になった村から、開拓者たちは山へと入った。このあたりは村人たちが山菜採りに山に入る時に使う道だから、きちんと整備されている。 「可愛い熊型のアヤカシかぁ……凶暴じゃなければお持ち帰りしたいところだが、そうも言ってられないか」 水鏡 絵梨乃(ia0191)は、まだ見ぬ敵のことを想像していた。凶暴ではなかったとしても、アヤカシを持ち帰るわけにはいかないこともわかってはいる。 「偶然ってのはあるもんなんだな……まさか、黒木隊長等にあうとはな」 桜、稚空と知り合いである神龍 氷魔(ib8045)は、稚空と連携を取って動くことに決めていた。稚空が相手の頭に風呂敷をかぶせてくれるのだという。 一心(ia8409)は、和亜伊(ib7459)の少し後ろ、隊列の中あたりを歩いていた。一心の表情は暗い。最悪の事態を想定しているのだ。アヤカシが出現した地域で、二日間戻ってきていない――被害に遭っている可能性の方がはるかに高い。とはいえ、可能性が少しでもあるのなら、そこにかけるしかないだろう。 ●山道を進んで キャメルは、『人魂』を先行させていた。視覚と聴覚を式と共有し、アヤカシを見つけ出そうというのである。 「確かこの先で、アヤカシと遭遇したんだったな」 亜伊は、キャメルの持つ地図を眺め、周囲の地形と照らし合わせる。できることなら、この先で身を潜めておけるような場所を見つけ出せればいいのだが。 「ここがその場所なのー」 キャメルが指したそこは少し開けた場所だった。亜伊は、素早く視線を走らせる。身を隠せそうな岩が一つあった。亜伊は、その場所をしっかりと記憶しておく。 「ふん、熊どもめ姿を見せぬではないか! 私のうさみたんの可愛さに気後れしたか!」 ラグナが、自信満々に言い放った時だった―― 「あっちから、熊しゃん来るの!」 式と共有しているキャメルの視界にアヤカシの姿が飛び込んでくる。ころころもふもふ愛らしい――残念ながら食べられそうもないが。 それを効いた開拓者たちの間に緊張の色が走った。 「精なる光よ、彼の者を護る力となれ――神楽舞「衛」」 桜は、仲間たちの防御力を上げて戦闘の準備にかかる。 「目を合わせないようにして戦うのは、なかなか骨が折れそうだ」 絵梨乃は考え込む。敵に背を向けて、『背拳』を使いながら戦うしかないだろうか。 前方にそびえ立つ岩を伝って、ころころとした茶色の物体が降りてくる。亜伊は短銃を構えて待っていた。慎重にタイミングをはかっている。 「う……か、可愛いです……し、しかし、負けるわけには!!」 まだ目も合わせていないというのに、桜は目を潤ませてアヤカシを見つめている。戦意を喪失したわけではないのだがあまりにも可愛らしい。 「んのヤロー……あんなアヤカシにばっかり桜をメロメロにさせてたまるかってんだ!」 稚空は、アヤカシにまで嫉妬丸出しである。そんな彼を桜は、『神楽舞「衛」』で援護した。 その間にも熊たちは次々と降りてきて、開拓者の前に姿を現した。どうやら、ここに全ての熊が集結しているようだ。 「目を合わせる? じゃあ見えなきゃ問題はねぇな!」 亜伊は、敵の中央に向かって『閃光練弾』を撃ち込んだ。まばゆい光に、熊たちの動きが止まった。 「おっしゃあ、今だ! 一気に畳んじまうぞ!」 熊のうち何体かが目をやられて転げ回っている。 「この隙に……!」 絵梨乃は一番近くにいた熊に飛びかかった。この熊は目をやられてはいない。ならば――まずは顔を攻撃するのがいいだろう。顔が変形すれば、目を合わせた時の攻撃もしにくくなるかもしれない。 絵梨乃は鋭い回し蹴りを、熊の顔目がけて放った。もろにくらった熊が勢いよく飛ばされる。と同時に、背後からの気配を絵梨乃は感じた。大きく横へ飛び退くことでそれをかわす。 どうやら、絵梨乃が攻撃をしかけた熊と連携を取って動くつもりだったらしい。 「ほらよっと、これでどうだ!」 桜の援護を受けた稚空は、『フェイント』を使って熊へと近づいた。手には風呂敷を持っている。ほいとばかりに風呂敷をかぶせられた熊は、それを取ろうと必死に頭に手をやった。 そこへ氷魔が飛び込むと、熊の頭目がけて拳を叩き込んだ。熊がよろめくところへもう一撃。そこへ絵梨乃の足技が炸裂する。一体の熊が地面に倒れ込んだ。 ●さらに戦いは続く キャメルは、皆からはるか後方に下がっていた。ここまで下がれば、熊と目を合わせることはまずないだろう。キャメルは、『眼突鴉』を使った。呼び出された眼突鴉が、熊の目を狙って飛び込んでいく。 キャメル同様に後方に下がった一心は弓を構えた。 「……ああ、いやこれは……確かに直視は出来ないな」 弓を構えながら、彼は苦笑いになる。ころころと転げ周り、短い手足を振り回して一生懸命攻撃しようとしている熊の姿は凶暴かつ愛らしすぎる。 とはいえ戦闘は戦闘なわけで、何事もなかったかのように一心は矢を放った。『六節』を使ってすかさず矢を装填し、『極北』を使って大ダメージを与えることを狙う。矢の突き刺さった熊は、一生懸命それを抜こうとしているが難しいようだった。 そこを狙いもう一度。さらにキャメルが同じ熊に攻撃を放つ。遠方から立て続けに攻撃されて、熊は地面に倒れた。 絵梨乃は熊に背を向けて攻撃しようとするがうまくいかない。しかたなく目を合わせないよう、今度は地面にうつる影を見て戦う戦法に切り替えた。 「……影見ながらじゃ、距離がつかめないな……」 絵梨乃は顔を上げ――熊の目を見つめてしまう。 「か……可愛いっ!」 何とか気力を使って対抗しようとするが――黒く円らな瞳の愛らしさに思わず目を奪われてしまう。絵梨乃はとっさに『乱酔拳』を使ってアヤカシの攻撃を避けることにした。しばらくの間耐えれば、攻撃意欲も戻ってくるはず。 亜伊は、敵に背を向け、顔を合わせないようにして撃つという戦法を選択していた。彼は他の面々からは少し気距離を置いたところにいる。 「これは……あいつらの言ってたことが何となくわかったぞ……」 背中ごしに一頭倒してまた一頭――思いきり回りこんでいた熊を見てしまう。亜伊は、その熊に『単動作』で装填した銃を撃ち込み、相手が倒れるのを横目で確認するとその場を離れた。あらかじめ目をつけておいた岩陰に『埋伏り』を使って身を潜め、相手を攻撃したくないという意思が薄れるのを待った。 地面の上を転がり回っていた熊がよろりと立ち上がった。そして小首をかしげて愛らしくラグナを見つめる。ラグナと熊の目が合った。 「お……お前などより、私のうさみたんのほうが可愛いわあああッ!!」 ラグナは絶叫した。ここで負けては何のためにうさみたんを背中に背負ってきたというのかわからない。どこからともなく愛らしい声まで聞こえてくるような気がする。 (ラグナくんがんばって! うさみ、応援してる!) うさみたんに応援されては頑張るしかない。 「うおおおおおっ、滅せよ、愛くるしい邪悪の化身よおおおおっ!!」 ラグナは叫び声とともに、大きく剣を振り上げた。頭から足まで一刀両断に切り裂かれて、熊は地面に倒れる。ラグナの背後から飛びかかろうとした熊も、あっという間に斬り倒された。 立ち直り方がある意味残念ではあるが、こうしてめるへん&きゅーと大好きな非モテ騎士は熊の呪縛に耐え切ったのであった。 ●行方不明の少女を探して しばらくすると、開拓者たちも熊と目を合わせずに戦うことに慣れてきた。前に出ていた絵梨乃は何発か熊の攻撃をくらったが、それほど重傷ではない。 「彼ものに癒しの光を……愛束花」 桜が、『愛束花』を使って、絵梨乃の傷を癒やす。 「桜! こっちにも回復してくれ!」 稚空が叫んだ。彼とチームになって熊に対峙していた氷魔もラグナも手傷を負っている。 「わかりました! 皆さん、もう少しです。頑張ってください!」 稚空の声に桜は彼らにも『愛束花』を使い、傷を癒やしていった。 「生憎、俺は見かけで動けなくなる程、優しいヤローじゃないんでな……」 稚空が熊の頭に風呂敷をかぶせ、ラグナは他の敵の注意を引きつけながら、氷魔がアヤカシに与えたダメージにさらにダメージを追加してやる。 はるか後方からは、キャメルと一心が仲間たちの動きを確認しながら攻撃を続けている。キャメルは熊の目を狙って攻撃を放ち、一心は狙い定めて矢を放っていた。 次第に熊たちは姿を消していった。最後の一体が地面に倒れ、瘴気へと返っていく。 「これで終わりか……」 稚空の持っていた風呂敷はだいぶ汚れてしまっていた。ギルド内の倉庫に転がっていた物だそうだから、弁償をもとめられることはないだろう。 「急がないとな。無事でいろよ……!」 銃をしまった亜伊は、大きく息をついた。山に入って二日。少女たちは無事だろうか。 「……おそらく、こちらの方へ行ったのだろうな」 一心は、道を調べていた。キャメルの借りてきた地図には、山菜採りに少女たちが向かったであろう場所も記されている。 「足跡を探すのがいいだろうな」 ラグナも一心に同意する。皆で地面を這うようにして足跡やその他の痕跡を探し、開拓者たちは少女たちの後を追った。 「おーい、無事かー!」 声をかけては耳をすませ、返事が戻ってくるのを待つ。 「たーすーけーてー」 どこからか、かすかに声が聞こえてきた。開拓者たちは顔を見合わせる。そして、声の聞こえてくる方向を探り出そうとした。 「ここー、ここですー」 再び開拓者たちの耳に細い声が聞こえてきた。開拓者たちと少女たちは何度か互いに声を掛け合った。そうして、ようやく崖下に転落していた二人を発見する。開拓者たちが崖を下りていくと、二人とも手足の骨を折って動けなくなっていた。 「大丈夫? 二人ともよく頑張りましたね」 絵梨乃の言葉に、二人とも涙を見せた。 無事を確認して、皆、ほっとしたように顔を見合わせた。最悪の場合、遺品を集めて帰ることも想定していたのだ。二人とも全身傷だらけで動くのもままならない様子だったが、まだ生きてはいる。 聞けば片方の少女が熊のアヤカシに遭遇し、ばっちり目を合わせてしまったらしい。その間、もう片方の少女は見つけた山菜を摘もうと身をかがめていたため目を合わせなかった。すぐに友人の異常に気がついた彼女は、彼女を引きずって逃げ出した――ところが崖から転がり落ちてしまったというのである。予想していた悲劇ではなく、無事に見つけ出すことができてよかった。 キャメルが『治癒符』で少女たちの傷を癒やして、開拓者たちは山を降りた。こうして愛らしく凶暴なアヤカシの事件は無事に解決されたのである。 |