人質は、梅
マスター名:雨宮れん
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: やや難
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/06/08 21:25



■オープニング本文

 安州から少し離れた町で商売を営む亀屋亀之介は、たいそう食道楽な男として知られていた。経営しているのが食に関する店ばかりであり、そのいずれもが高い評価を得ている。ちなみに和菓子の店は子ども向けの安いものから贈答品として重宝されるお高いものまで幅広い価格の商品を扱っているが、料亭の方はかなりお高かったりする。
 そんな亀之介の店では、商品の仕入れにも非常にこだわっていた。若い頃は天儀内を旅して回り、学問を修めた男である。天儀内各国のおいしい食材にも通じていた。おいしいものを費用を惜しまずに取り寄せているのである。

「そろそろ梅が届く頃だねえ」
 亀之介は、煙管を片手に縁側を眺めていた。料亭で食前酒として出す梅酒、さらに調理に使う梅干し、ジルベリア風に砂糖で甘く煮詰めたジャム――いずれも亀之介の監督のもと、亀屋三店舗の従業員たちが総出で仕込むのである。その他、砂糖漬けにしてにじみ出たシロップを水で割って飲んだり、甘く煮て和菓子に使ったりと梅の活用法もいろいろだった。
「大変です、旦那様!」
 料亭で料理人として働いている男が駆けつけてきた。
「どうしたんだね、騒々しい。お茶でも飲んで落ち着いてから話をしなさい」
 慌てている従業員に落ち着くようにと亀之介は側に置いてあった急須から茶をついで彼に差し出す。
「どうしたもこうしたも――」
 彼の説明はこうだった。朱藩の他の町で仕入れた梅を樽に入れて運んでいた一団が盗賊に襲われたというのである。
 どうやら盗賊たちは商人たちが運んでいるのは金だとばかり思っていたようだった。
 ところが、樽の中身は梅。そこで、梅がないと困る亀屋に身代金を出せと要求してきた。早く加工しなければ、梅が傷んでしまう。一刻も早く取り戻すのが大切であった。
「開拓者の方に護衛をお願いしていたはずだが――その方たちはどうしたのかね?」
 亀之介がさらにたずねる。毎回荷の護衛には開拓者を雇っているのだ。彼らがいながら、あっさり荷を奪われるなどおかしなことだ。
「それがですね、盗賊たちの中にも志体持ちがいるようで――べらぼうに強いサムライなんだそうです」
「べらぼうに強いって――」
 お金さえ払って戻ってくるのであればそれはかまわないが――と、考えかけ、亀之介は慌てて首をふる。味を占めた盗賊たちが今後同じことを繰り返すのは十分予想できる。
「わかりました。そして、相手方の要求は?」
「明日の早朝、身代金を旦那様が運ぶこと。店の者を連れてきてもかまわない、と言っていますよ。それと開拓者ギルドは見張っているので、ギルドに店の者が入るのを確認した段階で梅は全て破棄するそうです」
「……そこまで考えていたか……以前お願いした開拓者の方にこっそり連絡をとってみようかね」
 亀之介はそう言うと立ち上がったのだった。


■参加者一覧
梢・飛鈴(ia0034
21歳・女・泰
羅喉丸(ia0347
22歳・男・泰
礼野 真夢紀(ia1144
10歳・女・巫
ペケ(ia5365
18歳・女・シ
十野間 月与(ib0343
22歳・女・サ
リンカ・ティニーブルー(ib0345
25歳・女・弓
ブリジット・オーティス(ib9549
20歳・女・騎
春日原 千歳(ib9612
18歳・女・巫


■リプレイ本文

●身代金を運んで
 亀之介のもとへと八人の開拓者が集まったのは、その日の夜のことだった。以前亀之介の依頼を受けたことがある者や、誘われてきた者、開拓者仲間から情報を聞いて駆けつけてくれた者などさまざまである。
「人質が梅だなんて珍妙な話ですねー」
 ペケ(ia5365)は、言った。
「金と間違えて梅を盗むとは、間抜けな盗賊もいたモンだ」
 梢・飛鈴(ia0034)もあきれたように首を振る。
 下調べもろくにしていないようだし、相手の長であるサムライも腕はともかく頭の方は残念な出来ではないかと飛鈴は思う。
 開拓者たちが現在集まっているのは、亀屋の一室である。彼らには、亀屋の従業員を装うために店で使用している揃いの法被が用意されていた。
「できれば誰も殺したくたくはないのですが……」
 春日原 千歳(ib9612)の言葉に、羅喉丸(ia0347)は言葉を重ねた。
「ここで賊を放置すれば被害が増えるだけだからな」
「この事件ではある意味『三兎』ですね〜」
 とペケは事態の困難さを表現した。
 守らなければならない依頼人も同行するし、荷も守らなければならない。盗賊は逃がしてはならず捕縛――もしくは殺害しなければならない。困難な依頼になることが予想できた。

「亀之介さん、捕縛用の紐の用意をお願いできますか」
 リンカ・ティニーブルー(ib0345)は依頼者にそう頼むと、敵に思考を向ける。
 魔の森の浄化作戦を初めとして、一人でも多くの力が必要な時期だというのに――それだけの腕を持ち合わせていながら盗賊に身を落とすとは、言葉も出ない。
 礼野 真夢紀(ia1144)は、
「梅はこの時期にしか使うことの出来ない大事な食材なんです……」
 と、顔をしかめている。姉のために梅酒を買い求めるつもりでいたところ、十野間 月与(ib0343)に誘われたのである。
「亀屋さんの荷ってことは、簡単に再調達なんて出来ないだろうしね」
 そう言った月与は、真夢紀が立ち上がったのに気がついた。
「まゆちゃん、どこに行くんだい?」
「厨房に行ってきます。お馬さんをなだめるのに人参とかあればいいでしょうし」
 こうして厨房に向かった真夢紀は、無事に人参を入手することができたのであった。

 指定の時間、開拓者たちは身代金受け渡しの場所まで亀之介に同行した。
 若い頃は天儀を周遊した亀之介ではあるが、開拓者同士の戦いの場に身を置くなどもちろん初めてのことである。緊張の色は隠せない。
 ブリジット・オーティス(ib9549)は、亀之介のすぐ側を歩いていた。ブリジットは、亀之介が用意した本物の金銭が入った袋を手にしている。主の身を案じてついてきた使用人という体だ。
 大きな街道に沿って、亀之介を守るような配置につきながら開拓者たちは歩いて行く。油断なく目を配りながら。
「ここで道をそれます。皆さん、よろしくお願いしますよ」
 亀之介の言葉に、開拓者たちは改めて気を引き締める。そして道をそれて森の中へと入っていった。

●賊との遭遇
 約束の場所には、既に盗賊たちが待ち受けていた。簡素なものからしっかりしたものといろいろではあるが、皆しっかりと防具を着こんでいる。手には刀や剣などの武器を手にしていた。
 彼らの側には、馬が引く荷車が一台置かれている。荷車には樽が積み込まれていた。
「ずいぶん、大人数できたものだな」
 敵の頭領らしい、ひときわ重厚な装備を身につけた男が言った。これが例のサムライなのだろう。いきり立つ男たちを制するように手を広げる。
「ええ、それはもう……わたし一人では不安なものですからね。『店の者を連れてきてかまわない』ということですし、お言葉に甘えさせていただきましたよ」
 相手を刺激しないよう、亀之介は低姿勢を崩さない。
「金を渡してもらおうか――おっと、亀屋の旦那、あんたがここまで運ぶんだ。一緒に着いてきたあんたたちは下手に動くなよ」
 彼を護衛してきた開拓者たちの緊張が高まった。亀之介がちらりと後ろを見る――大丈夫、というように開拓者たちは彼に合図を送った。
 そこへ、真夢紀が割り込む。
「ち、ちょっと待ってください。ご主人様がお金渡す前に、う、梅が商品として無事なのか、確認させてくださいっ」
 揃いの法被を着こんで、頭に手ぬぐいをかぶった真夢紀の姿は奉公に出ている子どもにしか見えない。
「心配するな。大切な『人質』だからな。丁寧に保管しておいた。それに、そんな子どもに積荷が無事かどうか確認できるのかね?」
 サムライの言葉に、男たちは大声で笑った。
「ブリジット、お、お金を渡してもらえるかね?」
 あくまでも従業員に対する態度で、亀之介はブリジットに手を差し出した。ずしりと重い袋を受け取る。亀之介が一歩踏み出す。彼の動きから袋の重さが相当であることは見て取れるのだろう――盗賊たちの視線が彼の方へと向いた。

 月与は、その隙を見逃さなかった。『咆哮』を上げる。
 それが開戦の合図だった。
「亀之介殿、下がるんだ!」
 羅喉丸が亀之介を背後にかばうようにして前に飛び出す。
「こちらに――!」
 ブリジットは亀之介の手を引いて、後方へと下がった。
「これで体をかばってください」
 ブリジットはガードを亀之介に手渡した。本来ならば、腕と掌の二箇所で固定して使うのだが、亀之介は地面にしゃがみ込むようにして小さくなり、手渡された盾で頭をかばうようにする。
 ブリジットは容赦しなかった。武器をすばやく弓へと持ち替える。前方に出た開拓者たちの隙をついてこちらへ来る敵がいれば矢を放つ構えだ。

 ブリジットが亀之介を退避させている間に、リンカはすばやく弓を引き絞った。『即射』で矢を装填し、『猟兵射』を使った攻撃を放つ。敵の頭領らしいサムライは、飛んできた矢を刀で弾き飛ばした。
 リンカは続けざまに矢を放つ。
 飛鈴は用意しておいた焙烙玉を取り出した。サムライの足元めがけ、それを投げつける。リンカの放った矢を避けるのに気を取られていたサムライの足元でそれは炸裂した。
 
●森の中の攻防戦
 月与の上げた『咆哮』を合図としの行動は事前の打ち合わせ通りに進行していた。
「いっきますよぉぉ!」
 ペケは、『奔刃術』を使って、盗賊たちの中に飛び込んだ。
 真夢紀はペケと一緒になって、荷馬車の方へと突っ込んでいく。サムライの相手はできないが、単なる盗賊たちならなんとかなるだろう。
「これでもくらいなさい!」
 戦闘の余波で梅が傷つきでもしたらどうしてくれよう。真夢紀は、『浄炎』を繰り出す。荷馬車の近くにいた盗賊たちが驚いたように荷馬車から距離をあけた。
 ペケは荷馬車に飛び乗ると、『風神』を繰り出した。鋭い風の刃が、盗賊たちを切り裂く。
「よしよし……怖くないから……落ち着いて……」
 興奮したようにいなないた馬をなだめようと真夢紀は馬の首を叩き、厨房からもらってきた人参を差し出した。
「荷物が!」
「逃がしてたまるか!」
 そう叫んで盗賊たちは荷馬車に近づこうとする。
「こちらはまかせるのですよ〜。盗賊たちはお願いしますね〜」
 敵を荷馬車に近づけないようにペケは、繰り返し『風神』を放つ。
 馬をなだめて手綱を取って歩く真夢紀は、近づいてくる盗賊たちは小刀で威嚇し、さらに『白霊弾』を使って相手を攻撃する。
 ペケと真夢紀の二人にやられ、馬車の奪還を諦めた盗賊たちは口々に、
「今は馬車はいい! あいつらをやっつけてから取り戻せばいいんだからな!」
 と叫ぶと、攻撃目標を他の開拓者に変更した。

 混戦の中、千歳は声を上げる。
「待ってくださいよ、あなた達は今の世界について知らないんですか!?」
「――知ったことか!」
 その言葉を聞いたサムライは冷笑した。世界はアヤカシによって脅かされている。こんな時だからこそ一丸となるべきだ。千歳のその主張は、相手には通じないようだった。
「こんな時だからこそ、自由に生きる! それだけの力があるということだからな!」
 彼ほどの力をもってすれば、自分の欲のために力を使うことなどたやすいだろう。そこまでの力を持っていながら惜しいことだ。彼ほどの技量があれば、開拓者ギルドでも頼りにされたことだろうに。

 羅喉丸は、『八極天陣』を使って回避を上昇させた。相手が強いというのはわかっている。油断などすることはできない。
「これでもくらエ!」
 飛鈴は、羅喉丸と対角線上に回り込んでいた。相手の脚を狙って蹴りを繰り出す。二人を相手にしているというのに、サムライは身軽な動作でその蹴りをかわした。
「厄介な。だが、退くわけには行かなくてな」
 羅喉丸はじりじりと位置を変えて、亀之介とサムライの間の位置をキープし続ける。相手の振り下ろした刀を、間一髪のところでかわした。

 月与は右手に霊刀、左手に盾を構え、盗賊たちの中へと斬り込んだ。敵の真ん中へと身を置くと、刀を大きく振りかざす。『回転切り』を使用して、周囲の敵を一度に斬り伏せた。相手を殺すことにはこだわっていない。足に深手を負えば動けなくなるのだから。
 月与は、亀之介の方を目の隅でうかがいながら、横から撃ち込んできた男の刀を盾で受けとめる。姿勢を低くして腿を切り払うように攻撃する。
 うめき声を上げて、盗賊は横向きに倒れ込んだ。

●宴は楽しく
 あたりには血の臭いが立ちこめていた。盗賊たちの大半は動けないほどの深手を負わされて倒れている。最後まで攻撃を諦めなかった者は、死体となって倒れていた。
 ブリジットは、相手の呻く声には頓着しなかった。ここは戦場だ。ブリジットは、盗賊たちの胴を狙って矢を放つ。荷馬車の側に陣取ったリンカも同様だった。足を狙って矢を放ち相手を足止めする。

 二人を相手にしてもサムライの動きは、少しも乱れていなかった。『不動』を使って肉体を硬質化させ、羅喉丸の拳は防具で覆われた腕で受けとめ、飛鈴の足技は身軽な動作でかわす。
 羅喉丸は、サムライめがけて『骨法起承拳』を叩き込む。
「……この程度!」
 相手が反撃してきた。かわそうとした瞬間、脇から盗賊が突っ込んできて羅喉丸の脇腹目がけ刀を突き出してきた。そちらはかわしたものの、サムライの攻撃を肩に受けてしまう。
「しまった――!」
 しかし、ここで引くわけにはいかない。彼の背後には、依頼人である亀之介と大切な荷が控えているのだ。一歩だけ後退したものの、すぐに体勢を立て直して羅喉丸は敵に対峙しようとする。
 羅喉丸と対角線上にいる飛鈴の方へサムライの意識がむいた。『鬼切』を使った攻撃を、飛鈴はぎりぎりのところでかわそうとする――が、あと一歩のところでかわせなかった。飛鈴は舌打ちした。腰を切り裂かれて、血が滴り落ちる。
 真夢紀が『愛束花』で、羅喉丸を回復させた。どちらからともなく羅喉丸と飛鈴は合図し合い、同時にサムライに攻撃をしかける。羅喉丸がもう一度『骨法起承拳』を使った攻撃をしかける。サムライがよろめいたところへ、飛鈴の脚が叩きつけられた。『絶破昇竜脚』を使った攻撃で首を攻撃され、サムライは地面に倒れた。
 倒れたサムライの刀を遠くへ蹴り飛ばし、羅喉丸はサムライの脈を確認する――絶命していた。

「サムライは死んだぞ!」
 そう言った羅喉丸の言葉に、飛鈴が、残りの盗賊たちに呼びかけた。
「投降した方がいいんじゃないカ?」
 月与もそれに同調して投降をすすめる。これ以上の戦闘は無意味だ。
 結局、頭目がいなくなったことで盗賊たちは戦意を失ったらしい。全員が開拓者たちに投降した。
「今の世の中、人同士が戦っていてもいいことなんてないのに……」
 戦いが終わったその様子を一瞥して、千歳は言った。
 真夢紀が動けなくなった盗賊を捕縛し、月与は用意の止血剤を使って手当を施している。リンカが亀之介に手配を依頼した紐は大いに役に立っていた。盗賊たちは、これから開拓者ギルドに身柄を預けられることになる。

 依頼を引き受けてくれた開拓者たちに、亀屋での大盤振る舞いがあるのは毎度のことだ。捕らえた盗賊たちをギルドへと引き渡した開拓者たちは、亀屋を訪れていた。
「何はともあれ、無事に済んでよかった」
 羅喉丸は一息つくと勧められた席に腰を下ろした。
 卓の上には所狭しと料理が並べられている。蒸しナスの梅肉和え、鰯の梅煮、蒸した鶏肉に梅のソースをかけたもの等梅干しを使った料理の他、寿司や天ぷらなども用意されていた。
「まゆちゃん、このお料理を食べてごらん?」
 月与は同行していた真夢紀に料理を勧める。せっかくの最上級の味を覚える機会だ。梅肉を叩いて作ったソースも絶妙な味だ。帰る前に可能ならレシピを教えてもらおうと月与は思う。
「こ……これはっ!」
 ブリジットは悶絶していた。蒸しナスと梅肉を和えたものをいただいたのだがあまりにも酸っぱい。
「ああ、慣れない方にはこちらでどうですか?」
 亀之介がすかさず、梅のジャムを使ったケーキを差し出した。こちらは甘くておいしい。
 和やかな雰囲気の中、亀屋の接待は深夜まで続き、開拓者たちは思いきりもてなされて帰宅したのであった。